日銀「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」に対する代替案

9月21日に日銀はこれまでの金融政策についての総括的な検証を行い、新しく「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」への移行を発表した。この内容は難解ではあるが、多数の解説がすでに書かれている。ここでは内容にはふれず、私の意見だけを書かせてもらう。

まず、私の考え方は異端である。「日銀による大規模な国債購入と政府による増税とを組み合わせることにより、50年程度の時間をかけて国債の全額償還をめざす」という立場である。今回はこの立場から日銀の総括と新しい枠組みを批判することにする。

私が総括と枠組みを最初に読んだ第一印象は、多くの人たちと同じと思うが、「理解の難しい矛盾だらけの内容」であった。一方では、このような理解不能な政策を発表せざるをえない日銀の内部事情の方がよりはっきりと見えてきた。これは黒田総裁の就任以来、日銀を支配していたリフレ派と昔から日銀の多数派であった反リフレ派の妥協の産物であり、反リフレ派の方にやや有利な形で書かれたものである。

黒田総裁のリフレ政策にはいくつかの欠点があった。その中で黒田総裁が一番気にしていたことは、出口戦略がないことである。一応、米国式テーパリングが基本戦略ではある。しかし、FRBより実質的にはるかに大きなバランスシートを持つ日銀では、FRBと同じ政策を採用してもうまくいくはずがない。規模はよくわからないが、2003年のVARショック時を大きく上回る金利の上昇が発生する可能性が高い。

黒田総裁は、従来のリフレ政策がうまく効果を発揮できなかった理由を、原油価格の値下がりなどに求めている。この点が私の認識と全く異なる。失敗の最大の原因は、日銀の量的緩和の量が決定的に不足していたことと考えている。黒田総裁は2014年10月のバズーカ砲第2弾で量的緩和を打ち止めにしている。一方で、2%インフレの達成時期は何度も先延ばしにされた。黒田総裁に対する信認が薄れ、責任追及とも言える声が記者会見でも日に日に高まっていた。それでも、黒田総裁は追加の量的緩和を実施しなかった。黒田総裁は有効な出口戦略を持っていなかったため、追加の量的緩和をやりたくてもできなかったのである。この量的緩和の大幅な不足が失敗の最大の原因とみる。

もともと日銀プロパーの行員たちは、インフレ、バブルの発生防止を最優先し、デフレの悪影響を軽視する反リフレ派が主流であったはずだ。そこに安倍政権の誕生後、それまで日銀と対立していた黒田総裁を筆頭とするリフレ派が日銀に送り込まれた。トップがリフレ派になったため、日銀の行員もとりあえずは面従腹背するしかなかったのであろう。しかし、今や黒田総裁のリフレ政策の行き詰まりが明らかになった。この時、日銀内部の反リフレ派も、黒田総裁と同様の危機感を感じていたはずである。出口で金利上昇が起こり、経済が混乱に陥った場合、黒田総裁を始めとする一部のリフレ派だけの責任ですむことはない。リフレ政策に反対せず、本意ではないながらも協力してきた反リフレ派も含む日銀全体が歴史的な責任を負わされる。黒田総裁のリフレ政策の明らかな行き詰まりを目にして、日銀内部の反リフレ派がついに声を上げ始めたのであろう。苦悩していた黒田総裁も、日銀内部の反リフレ派の意見を取り入れざるをえなくなったのだと思う。

今回発表された「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という名の新しい枠組みについては、私の感覚では反リフレ派の勝利が4割、リフレ派の勝利が1割、残りの5割は両者妥協の引き分けという感じである。反リフレ派の意見とリフレ派の意見とが両方とも書かれてある。しかし全体としてはテーパリングに近い内容が中心で、黒田総裁は反リフレ派の方の意見をより優先的に扱っている。そのため、反リフレ派の勝利と言えなくもない。しかし、反リフレ派の完勝では全くない。

出口戦略のないリフレ派の意見は後退させられている。しかし、反リフレ派の言う通りにすると、急激な円高が起こり、デフレ不況に戻ってしまう恐れがある。これを防ぐ具体案を反リフレ派は持ち合わせていない。株は年間6兆円のETF買いで短期的には急落を阻止することができる。しかし、急激な円高だけでも、発生したならば十分に打撃である。従って、円高やあるいはアメリカ、中国経済の不況化などにより日本に再び不況の波が襲ってきたならば、反リフレ派には対応できる政策がない。リーマンショックの大波に対して、ごく小規模の金融緩和で立ち向かい、円高株安を通じて日本を震源地のアメリカ以上の不況におとし入れた白川前総裁流の政策を単に復活させるわけにはいかないのである。経済危機が再発の場合は、たとえ出口が怖くても、年間80兆円の国債購入金額を増やすなどしてデフレ不況の再発を防がなければならない。そのために、リフレ派の意見も2番目に書かれている。日銀内部で分裂しているだけではなく、両派とも有効な政策を打ち出すことができていない。幸運の神様が舞い降りてきて、賃金上昇率が3%、インフレ率が2%にまで上昇し、そこでぴたりと止まるなどの現象が発生しなければ、どちらの政策でも成功にはたどり着くことができない。これはリフレ派、反リフレ派に関係なく、日銀という組織に、幸運なしでは現在の状況を打開できる能力が備わっていないからだと考える。

現在の状況を劇的に好転させる案はありえない。しかし、上記の2案より多少はましな案なら存在する。それは現状を、日銀単独ではなく日銀、政府が協力して改善させるという案である。具体的には、日銀が量的緩和を拡大させる一方、出口戦略は政府が引き受け、インフレ発生時には政府が増税によってインフレを鎮める責任を負うという政策である。金利ではなく、政府が増税でインフレを抑制するので、金利を長期間低く維持しておくことが可能になる。名目金利を名目成長率よりも低く維持する金融抑圧という政策である。政治的に一番容易な政策は、消費税増税の時期を2019年10月ではなく、2%インフレの到達後、できるだけ早く実施に移すという案である。第2次大戦直後のハイパーインフレを鎮静化させたという見方が有力なドッジ・ラインのバージョン2を作成できれば理想である。日銀が無制限に国債を購入すると同時に、インフレやバブルが発生した場合、政府が包括的な増税策を実施し、インフレやバブルを長期間封じ込めるという政策である。インフレ税と行きすぎたインフレやバブルが起こった際の消費税、地価税などの増税により、国債は50年くらいの時間をかけてでも全額償還をめざすのである。日本経済は消費税増税を始めとする増税に大変弱い。非ケインズ効果が発生するような国では不可能であるが、増税に弱い日本なら増税によりインフレを簡単にデフレ不況に戻すことが可能である。

株式バブルは増税による封じ込めが難しくなりつつある。そのため、株価が安い間に、できるだけ多額のETFを日銀があらかじめ購入しておく必要がある。株価にバブル色が強まれば、ETF売却によりバブルの進行を抑制し、同時に巨額の売買益+配当金を獲得して政府に日銀納付金として支払うのである。

国債の償還財源の大半は増税(または歳出削減)になる。しかし、その増税の実質価値をインフレによって大きく減少させる手段が、金融抑圧を通じたインフレ税である。インフレ税は国債や預貯金といった確定利付き債権の保有者に実質的な税金を課す資産課税である。デフレ時代にデフレ補助金をもらい、実質的に資産を増やしてきた国債や預貯金の保有者に対して、今度は実質的には税金を課することによって国に資産を移転させるのである。デフレ補助金は使うあてのない金融資産を保有する資産家(あるいは企業)の金融資産を増やすという大変悪い補助金であった。現在、すでにインフレ税に変わってはいるが、波があるのでインフレ税が定着したとは言えない。インフレ税を払いたくない資産家は株や外国証券を買えば良い。それならば円安株高が自然に進行する。「目で見る総括」の冒頭に、リフレ政策の成功には円高株安が大きく寄与していたということが書かれている。

インフレ税の導入は、金融資産を大量に保有する資産家に対する累進性の高い税金なので、資産格差の縮小につながる。2%程度のインフレ税は1日も早く実現定着させる必要がある。国債発行とデフレによって恩恵を受けた世代の中のほんの一部の資産家にインフレ税を多めに支払ってもらうことが必要であるからだ。世代間の不公平はできるだけ少なくしなければならない。インフレ税は、収入の大半を年金収入に頼る資産の少ない高齢者にとっても負担は軽いため、良い税金である。

金融緩和策には限界があり、日銀はインフレを引き起こすことができないと言われることも多い。こんなバカな話はない。日銀が額面100円の国債を100京円の価格で購入すればよい。即刻インフレが起こる。この場合はハイパーインフレであり、100京円は高すぎる。しかし、100円と100京円の間に適切な価格が必ず存在する。量的緩和拡大の途中でマイナス金利が拡大して、日銀が国債を買えなくなるという意見も有力である。こちらの方を金融緩和策の限界と呼ぶこともある。しかし、マイナス金利による損失は、その後に発生するプラスのインフレで取り戻すことができる。とはいっても私もマイナス金利の大幅な拡大は容認しない。金融抑圧による財政再建の効果縮小は小幅なものにとどめる必要がある。短期金利を引き上げたり、財政法を改正して国債発行の全額を日銀引受にするなどのテクニックも存在する。加えて全額償還までの目標を50年くらいとしているのは、マイナス金利が続いたとしてもマイルドなものにとどめ、国債の償還まで待つことも考えているからである。50年という期間は、担保として必要な国債を他のものに変更するのに必要な時間としては十分長い。こうした意味において、日銀はインフレを必ず発生させる能力を保有しているのである。

国債がなくなったらどうするか。国債は将来増税予約証書とも呼ぶべきものである。将来増税予約証書は可能な限り少なくすべきである。日銀は将来増税予約証書とは言えない社債、財投機関債、政府保証債などを買うべきである。これだけでは足りないので今回導入した期間が最長で10年の固定金利オペによる貸出金額を大幅に増やす。なお、国債以外の政府債務だけでもGDPの半分を上回っている。政府債務は、国債以外だけで十分である。環境が激変しているとはいえ、昭和40年以前の日本経済は、国債がなくても高度経済成長が可能であったのだ。

ISバランスを均衡させるためには、政府部門が国債を発行して赤字になる必要があるという意見も存在する。しかし、この状態でストックに対してインフレ税を課すことには全く問題がない。使うあてのない過剰な資金を保有する個人、企業部門から政府部門に対して円滑に資金を移転させる手段がインフレ税なのである。そして今の政策なら政府部門の赤字は永久に続くことになる。しかし、少子高齢化が進むと個人部門は黒字から赤字に転落する。今は国内部門は黒字であるが、将来的には赤字になり、海外部門の黒字に頼るしかなくなる。これは、現在は世界最大の対外債権国である日本が、50年くらい先に今のギリシャのような国に転落する可能性が高まることを意味する。ギリシャ化だけは絶対に避けたいため、50年かけて政府部門の中で少なくとも国債だけはゼロにしたいのである。

インフレ税と増税による国債の全額償還。これは言うは優しいが、実際に実行するのは非常に難しい政策である。日銀金融政策決定会合で政策を決めることと、国会で増税法案を作って政策を決めることとの間には大きな差がある。その他にも様々な問題が噴出することはわかりきっている。現在の日本の前にバラ色の道は存在しない。イバラの道しか残されていない。選択すべき道は、イバラのトゲが一番少ない道である。その道とは、リフレ政策を放棄する道ではない。出口戦略をも日銀が引き受けながらリフレ政策を続ける道でもない。日銀が国債購入金額を大幅に拡大し、インフレ率が高まったら出口で政府が増税をしてインフレの高進を止める、そして50年くらいの時間をかけて国債を全額償還させる。この道がイバラのトゲが一番少ない道であると信じている。

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ノキアの株価急上昇がもたらしたフィンランドの静かな経済危機

今年1-3月の海外投資家による日本の現物株売越額は合計5兆円であった。大幅な売越額に見えるらしく、一部の人たちは大騒ぎをしていた。しかし、海外投資家は現物の取引所内取引だけで1991年-2016年4月第3週で86兆円の買い越しである。発行市場も含めた国際収支ベースでは1991年1月-2016年2月の期間で112兆円の買い越しである。安倍政権誕生直後の2013年1月以降だけでも、12兆円と18兆円の買い越しである。日本は、日本企業の株という日本人にとって貴重な財産をバブル崩壊後一貫して国内投資家に売らせ、代わりに海外投資家に買わせてきた。アベノミクスの正体は、この日本株を海外投資家に売り渡すという大変間違った政策を大幅に拡大させたことであった。安倍首相が2013年9月25日にニューヨーク証券取引所で行った「バイ・マイ・アベノミクス」というスピーチがその証拠である。海外投資家が大株主になった時の損失については過去に何度も書いたことがある。かつて使ったことのあるグラフを1つだけ下記に示す。

フィンランドの対外債務

ギリシャ危機の深刻さを表す際に使ったグラフである。2000年頃のフィンランドでは対外純債務の対GDP比率が200%近くであった。借金で首が回らない最近のギリシャよりも2000年頃のフィンランドの方が対外純債務比率が高かったのである。これは海外投資家がノキアの株を大量に買って株価が大きく上昇したからである。海外投資家がノキアの大株主になって株価が大きく上昇した時点でフィンランド経済は終わっていたのである。ノキアがさらに成長して海外投資家に巨額の配当金を支払い続けるか、ノキアの没落とともにフィンランド経済も没落するかの2つの道しか残されていなかった。その後フィンランドがたどった道は、後者の道であった。現在の日本は2000年時点のフィンランドとは全く異なる世界最大の対外純債権保有国である。しかし、今後日本経済が成長力を取り戻した場合、海外投資家に日本株を売り続けて、海外投資家が日本株のより多くの割合を保有する大株主になっていたならば、フィンランドと似た現象が将来の日本で発生するのである。

海外投資家に対して日本株を売るという状態はすぐにでも解消させる必要がある。そのために必要な政策が金融緩和の強化である。日銀が日本国債、株式ETF、REITの保有金額を年間1000京円ずつ、合計3000京円分だけ1年間で純増させるという政策目標を発表すればよい。そうすれば、物価も国債価格も株価も地価も急激に上昇することは間違いない。日銀が額面100円の国債の買い取り価格を1万円→1億円→1兆円→1京円と引き上げ続ければ、札割れなんか起こらない。ETFもREATも日銀が購入価格を無制限に引き上げれば、無制限の設定購入が可能になる。金融政策が実質GDPを引き上げることが可能かどうかという論点では、議論は分かれる。しかし、物価、株価、地価、名目GDPなどはいくらでも引き上げることは可能なのである。実質ではなく名目ベースのものに対して、「金融政策に効果はない」、「金融政策の効果には限界がある」と言うならば、その考え方は完全に間違っている。

3000京円は話をわかりやすくするための一つの極端な例であり、金額が大きすぎる。しかし、現在の政策と3000京円の間に現実的な解が必ず存在する。それなのに日銀は金融緩和を強化しようとしない。理由は明らかである。黒田総裁は出口戦略に自信がないからである。

出口戦略は政府が全面的に引き受けるべきである。第二次世界大戦終了直後のハイパーインフレを鎮静化させたと言われることが多い「ドッジ・ライン」の「バージョン2」を早急に策定するのである。消費税増税により、日本では消費税増税のデフレ不況促進効果が非常に大きいということが明らかになった。日本経済は消費税増税だけではなく、一般的に増税に弱い。非ケインズ効果が発生するような国とは正反対なのである。この増税を中心とするデフレ不況促進政策により、金融緩和によって発生するインフレを抑制することは可能である。そして、「ドッジ・ライン・バージョン2」を策定するならば、国債発行残高ゼロも同時に目指そうではないか。

とはいっても2016年の日本の前にはバラ色の道は存在しない。イバラの道しか残されていない。それでも海外投資家による日本株買いをこのまま続けさせ、現在30%強である海外投資家による日本株保有比率がさらに上昇すると、日本のフィンランド化が少しずつ進み、イバラのトゲの痛さは必ず増す。金融緩和をやめ、経済をデフレ不況に戻せば、海外投資家とともにイバラだらけの道に引き戻されることになる。増税だけで物価や株価を抑制することは簡単ではない。痛みも必ず伴う。しかし、それ以外の政策を採用した場合と比べれば、痛みは少ないはずである。

これから先の金融緩和の強化は完全に手遅れであり、痛みは大きい。しかし、痛みが一番少ない道が金融緩和の強化の後に続く道なのである。日本をフィンランドにさせてはならない。日銀は1日も早く無制限の金融緩和の強化を実施に移すべきである。


(長文ですが、過去にはこんな記事も書いています)
外国人株主比率上昇を伴う株価上昇による損失について
 2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少
 アベノミクスがもたらした株価上昇による100兆円の損失
金融緩和による財政再建策について
 金融抑圧による財政再建 イギリスと日本
 金融抑圧による財政再建 経済財政諮問会議資料における試算
 不動産バブルの崩壊防止を通した財政再建策

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中国の対外純資産の減少より深刻な日本の対外純資産の減少 

6月30日に、中国の外国為替管理局が対外純資産の数値とその内容をインターネット上に公表した。このサイトには、以前から対外純資産の数値は存在していた。しかし、その内容を詳細に時系列で英語でも公表したのは今回が初めてである。以前ならごく少数の人しか入手できなかった情報が、インターネット上で英語さえわかれば世界中の誰もが見ることが可能になった。その少し前から中国の株価が下落し始め、株式バブル崩壊とも言える状況になった。加えて、人民元レートまでが切り下げとなり、世界経済を振り回すようになった。中国経済への関心が高まり、中国の対外純資産についての分析があちらこちらで見られるようになった。

中国政府が対外純資産の詳細をネット上で公表したこと自体は大きな進歩であり、高く評価されるべきものである。ところがこの対外純資産の数字は、ウソが含まれている不正確な数字である可能性が高い。中国の統計はGDPに代表されるように、多かれ少なかれウソが含まれていることが今では常識になっている。加えて、対外純資産は外国との間の統計であり、外国の側の統計から見た統計数字も一部だが存在する。そのため、ほぼ確実にウソと言える数字が中国の対外資産負債の一部に存在していることがわかっている。対外資産負債の一部がウソであるということは、対外純資産全体の数字もウソである可能性が高いということになる。

中国の対外純資産の数字がウソであるにしても、ウソの統計から本当の数字を導き出すことは非常に難しい。一部のエコノミストの間では、ウソの数字をさまざまな方法を使って修正し、独自の見解を述べることも広まっている。ただその中には、疑問のある修正方法や根拠のない推測に基づくものが多く見受けられる。私はこうした推計値も信じられず、不可能な領域への挑戦と考えている。

今回は、中国の対外純資産の数字が正しいという仮定を置く。この場合でもある程度は正確な中国経済の姿を読み取ることができる。そして、中国の対外純資産に問題があるにしても、それよりももっと大きな問題を抱えている国が別に存在することを説明する。より大きな問題を抱えている国の一つはアメリカであるが、もう一つの国は日本である。日本の対外純資産の減少という問題と、この問題を解決できる可能性のある道を探りたいと思う。

まずは、中国の対外資産、対外負債、対外純資産のグラフを下記に示す。


中国対外資産負債

上記のグラフからは、主として2種類の問題点が指摘されることが多い。1点目は、中国の対外債務の大きさである。中国は2015年3月末時点で5兆ドルの対外債務を抱えている。この対外債務の金額が大きすぎて、返済ができるのかが問題視されることがある。2点目は、対外純資産の減少である。中国は2013年末の対外純資産2兆ドルから、2015年3月末の1.4兆ドルまで6000億ドルの対外純資産を減らしている。この間の中国の金融収支は1000億ドルの黒字である。この金融収支の黒字を考慮すると(経常収支が使われることが多いが、正しくは金融収支)、対外純資産は7000億ドル消失している。そのため、2014年以降、資産が大量に中国から海外へと逃げ出しているのではないかという疑惑が語られることになった。こうした考え方が、8月11日-13日の人民元レートの切り下げ、8月末の外貨準備急減などと合わさり、中国からのキャピタルフライト、人民元レートの暴落、国際収支危機の発生といった見方が一部に出始めている。

中国の国際収支危機発生は、中国の対外純資産の数字が正しいという仮定を置いた上で主張されることが多い。一部には、中国の対外純資産はずっと少ないと推計した上で、中国の国際収支危機の発生を述べる考え方も存在する。この一部の考え方はここでは無視する。繰り返すが、本当の数字を求めることは、不可能な領域への挑戦と考えているからだ。中国の対外純資産の数字が正しいという仮定を置いた上でも、中国の国際収支上の問題点がいろいろと指摘される。その中に、将来、国際収支危機に発展するという意見が一部に存在する。しかし、中国の対外純資産の数字が正しいという仮定をおいた場合、中国の対外純資産には全く問題はなく、国際収支危機などは発生しえないのである。そのことを説明するため、アメリカの対外資産、負債、純資産を表すグラフを下記に示す。


米国対外資産負債

中国の対外債務は5兆ドル、アメリカの対外債務は32兆ドルである。対外純資産は中国は+1.4兆ドル、アメリカは-6.8兆ドルであり、アメリカは大幅な対外純債務国になっている。

アメリカの対外債務は多いが、これは米ドルが世界の基軸通貨であることが最大の原因である。中国は人民元の国際化を推進している。人民元の国際化というのは、人民元を外国で使用してもらうことである。使用してもらうと、必ず人民元建ての対外債権と債務が増加する。すなわち、人民元の国際化が進行すると、その先に中国の対外債権と債務が増加するのである。

中国の対外債務5兆ドルは、多すぎるのではなく、少なすぎるのである。アメリカには歯が立たないだけではなく、GDPが中国よりずっと少ない日本を含むいくつかの先進国にも負けている。しかし、アメリカや日本、イギリス、ドイツなどの国の巨額の対外債務が問題と指摘されることはない。仮に中国の5兆ドルの対外債務を問題視するならば、アメリカの32兆ドルの対外債務をもっと大きく問題視しなければならない。しかし、誰もアメリカの32兆ドルの対外債務が問題だとは言わない。アメリカの32兆ドルを問題にせず、中国の5兆ドルを問題視することは完全な誤りである。

次は対外純資産である。中国は+1.4兆ドル、アメリカは-6.8兆ドル。そして両方とも減少傾向にある。アメリカの場合、最近の対外純債務が急増している最大の原因は、ドル高である。アメリカは、日本株を始めとして多額の円建て資産を保有している。しかし、円建て資産の価値は、ここ3年あまりの間に進行した円安ドル高の結果、大きく目減りしてしまった。一方、アメリカの場合、負債の大半はドル建てである。これはドル高でも目減りすることはない。結果としてアメリカの対外純債務は急増しているのである。

この6.8兆ドルの対外純債務には、少し問題がある。中国の対外総債務が5兆ドルであるのに対して、アメリカの場合は対外純債務が6.8兆ドルである。純債務と総債務では全く意味が異なる。6.8兆ドルの対外純債務は少し大きすぎて、少しは心配しなければならない。ただ、アメリカの2014年のGDPは17兆ドルである。対GDP比で見た対外純債務の比率は39%。39%という水準は、問題がないわけではないが、国際収支危機を恐れるレベルでもない。日本では、アメリカの6.8兆ドルの対外純債務が全く問題視されないことが多い。他方で、アメリカの6.8兆ドルの対外純債務は大問題であり、日本がアメリカに対して保有している1.2兆ドルの米国債は、将来必ず紙切れになると主張する意見が一部に存在する。米国債が紙切れになる可能性はゼロではないが、高くもない。アメリカ経済を見るに当たって、6.8兆ドルの対外純債務が存在するという事実、そして最近のドル高の結果として対外純債務が急増しているという事実は頭には入れておく必要がある。このことを頭に入れておけば、6.8兆ドルの対外純債務を保有するアメリカよりは、1.4兆ドルの対外純資産を保有する中国の方が、圧倒的に健全であるということがわかる。

より頻繁に指摘される問題は、中国の対外純資産が2013年末から6000億ドル減少、ないしは7000億ドル消失している点である。しかし、アメリカ以外にも、中国と変わらないくらい対外純資産が大幅に減少しているという問題を抱えている国が別に存在する。それは日本である。日本の対外純資産をドル建てと円建てに分けて見ることにする。


日本対外資産負債

日本は中国を上回る世界最大の対外純資産国である。そして円建ての対外純資産は2014年末までは増加し続けていた。一方、ドル建てでは2012年末をピークにして大きく減少している。円安進行により見えにくかっただけである。この問題は2013年末の日本の対外純資産が発表される直前に、大問題であることを指摘した(*1)

中国の2013年末-2015年3月末のドル建て対外純資産の減少金額は6000億ドルである。日本の2012年末-2015年3月末のドル建て対外純資産の減少金額は5600億ドルである。絶対金額では、日本より中国の方が少しだけ上回っている。しかし、2014年のGDPは、日本が5兆ドル弱、中国が10兆ドル強である。経済規模を考えた場合、実質的には中国より日本の方がより大規模な対外純資産の減少に見舞われている。

日本の対外純資産が大きく減少した理由は、金持ちが密かに円をドルに替えて海外に逃げ出したからではない。日本の対外純資産が大きく減少した最大の理由は、日本の株高である。バブル崩壊後、1991年-2015年3月の間に海外投資家は国際収支ベースで115兆円の日本株を買い越してきた。これは、日本から見た場合、対外債務の大幅な拡大を意味する。日本は資金需要がなくなったといって銀行からの借入金という国内債務を大幅に減少させる中、かわりに対外株式債務を大幅に増やしてきた。企業レベルで見た場合、株式は債務ではなく資本であるが、国家レベルで見た場合、株式もまた債務になるのである。そして、対外株式債務は株価が上昇すると債務の金額も増える。配当利回りも今や借入金の利回りを上回っている。アベノミクスが始まる直前の2012年9月末から日経平均株価が2万円台を回復した2015年4月22日の間に、株高による対外株式債務の金額がちょうど100兆円増加し、その金額だけ対外純資産が減少したことを書いたことがある(*2)

2013年末-2015年3月末と少し期間を変えて株価上昇による損失を再計算すると、100兆円よりは少ない90兆円、7500億ドルになる。この間の対外純資産の減少金額は5600億ドルなので、株価上昇による損失金額は、対外純資産全体の減少金額を上回っている。この差の1900億ドルの中で一番大きく寄与しているのは、日本の投資家が保有している外国株式の値上がり益である。日本は自国の株高が原因で、2012年末-2015年3月末のドル建て対外純資産を7500億ドルも減らしている。この巨額の減少を、保有する外国株式の値上がり益やそれ以外の多くの要因を合計して、対外純資産全体の減少額を5600億ドルまで縮小させている。中国の対外純資産の6000億ドルの減少、7000億ドルの消失を大騒ぎする前に、日本の株高によるドル建て対外純資産の7500億ドルの減少、あるいは日本が保有する外国株高などを合計した対外純資産の5600億ドルの減少の方をより声高に叫んで問題視すべきである。

中国の2013年末-2015年3月末における対外純資産の6000億ドルの減少、7000億ドルの消失の最大原因も、日本と同様に中国の株高である。中国の株価上昇による損失金額は、3800億ドル弱と推定できる。日本ほどは大きくないが、昨年後半から株高による対外純資産減少が増え始め、今年の1-3月期には株価急上昇により対外純資産を大きく減らしている。それ以外の要因は正確にはわからない。ただこの期間、米ドルの実効為替レートが18%上昇している。2013年末時点で中国の対外総資産6兆ドルのうち、米ドルとそれに連動する人民元、香港ドル建て以外の資産の比率は全くわからない。しかし例えば、米ドル、人民元、香港ドル以外の資産が50%であったと仮定すると、為替差損は6兆ドル×50%×18%≒5400億ドル前後も生じていることになる。対外負債の場合は、すべてが米ドル、人民元、香港ドル建てではない。しかし、米ドル、人民元、香港ドル建ての比率が高いと思われる。ユーロ建て、円建ての債務もあるはずだが、資産サイドよりはその比率はずっと低いはずである。為替差損5400億ドルは過大評価であり、実際にはもっと少ない。しかし、5400億ドルよりは少ないとしても、中国はドル建てで見た為替差損が数千億ドルレベルで発生していることは間違いない。中国の株高による損失金額は3800億ドル弱であると推定できるので、残りの3200億ドル強が米ドル高=人民元高による為替差損であり、合計で7000億ドルの対外純資産の消失と説明できる可能性はありえる。もっとも、個別項目まで分解すると、為替差損と確認できる金額は少なく、原因不明要因が多い。それでも株価と為替変動による損失の可能性がある項目を合計した場合、対外純資産消失金額は7000億ドルには達しないが、その多くの割合を説明できると考える。

中国の対外純資産の公表数字が正確な数字と大きな乖離がないという条件を付ければ、近い将来に国際収支危機が発生し、その結果、中国経済が崩壊することはありえない。発生することは、人民元レートの下落までである。

より重要なことは、日本が株高により対外純資産を実質的には中国以上に減らしてきたという事実の方である。これは将来の予想ではなく、過去に実際に発生してきた事実である。しかし一方、ドル建ての対外純資産の減少を食い止める政策の実施は非常に難しい。日本経済をデフレ不況に戻せば株価は暴落し、対外純資産は増加するが、この道は問題外である。日本経済に景気後退の徴候が現れ、6月をピークにして海外投資家による日本株の大量売り越しと株価下落が発生している。そのため直近での対外純資産は増加に転じているが、日本経済の不況への再突入は避けなければならない。

私は追加金融緩和が必要と繰り返し書いてきた。海外投資家を日本から閉め出すような政策は厳禁である。日本は外にも開かれた自由な市場を絶対に維持しなければならない。その中で、海外投資家による日本株の持株比率を、直近の32%からある程度引き下げさせる政策が必要なのである。中国のように国際収支危機予想を引き起こすような政策は、情報公開の進んでいる日本では不可能である。しかし、極端な通貨安予想から円建て資産の保有恐怖症を引き起こすことなら、絶対に不可能とは言い切れない。黒田バズーカ砲の第1弾と第2弾は、海外投資家による日本株の過去最大の買い越しを引き起こした。第3弾は過去最大の買い越しを引き起こしてはならず、今度こそ反対に日本株の売り越しを引き起こす必要がある。実際問題として、これは簡単なことではない。非常に困難なことである。成功するかどうかは別にして、第1弾、第2弾とは次元が何次元も異なる極端なサプライズを伴った追加金融緩和の実施が、必要不可欠なのである。


リンク先記事
2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*1)
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アメリカ製造業の構造的な成長率低下

2015年7月21日に、FRBが新しい基準での鉱工業生産、製造業生産を発表した。新基準での直近の鉱工業生産、製造業生産は、旧基準よりも下方修正となった。特に下方修正の幅が大きかったのは製造業生産である。今回は、製造業生産の下方修正をふまえ、今後のアメリカ製造業の中期的な成長率低下予想について説明する。

最初に、製造業生産の修正前と修正後の1990年からのグラフを下記に示す。


製造業生産 新旧

製造業生産は、旧基準では、リーマンショック前の高値を更新していたことになっていた。ところが、新基準では、リーマンショック前の高値に依然として到達していないことが明らかになった。

このように伸び悩むアメリカの製造業であるが、これでも日本よりははるかに高成長なのである。日本では鉱工業生産の99.8%を製造業生産が占める(日本の場合、製造業の正式名称は製造工業)。そのため、製造業生産はあまり使われることはなく、普通は鉱工業生産が使われる。アメリカでは製造業生産が鉱工業生産に占める割合は74.5%であるので、別個の指標として扱われる(厳密には、電力・ガス等が鉱工業生産の中に、日本では含まれていないが、アメリカでは含まれている)。ここでは、日米の製造業生産の1990年以降の推移を表すグラフを下記に示す。


製造業生産 日米

アメリカの製造業生産は下方修正されたとは言え、日本とは比べものにならないほど高い成長を遂げてきた。主な理由は2点ほど考えられる。1番目の理由は、工業製品、特にハイテク製品の性能向上が、日本よりアメリカの方が高く評価されていると考えられるからである。これは、特に2000年以前の日米の製造業の成長率格差の1つの大きな原因ではないかと推測している。例えば、パソコンの頭脳であるMPUは、価格は上昇しなくとも、性能は爆発的に上昇してきた。この性能向上分をアメリカは生産量の上昇に変換して計算し直している。日本も同様な作業をしているが、アメリカほど性能向上分が評価されていないと感じている。そうはいっても、性能向上の著しかったパソコンのMPUは大半が米国製である。日本にも半導体産業は存在するが、一番高価なMPUには弱かった。日本でかつては強かったDRAM、現在でも強いフラッシュメモリの場合、MPUとの比較では性能向上が高かったと言うことは難しいであろう。それ以上に、半導体の性能向上を日米間で基準を共通化させて厳密に評価すること自体が不可能である。従って、日本の製造業生産も、性能向上をもっと高めに評価した場合、もう少し上昇率は高かったであろうと推測の形で言うことが限度であり、厳密に正確なことを言うことはできない。

2番目の理由は、日本の製造業軽視の風潮である。2000年頃から日本の製造業の競争力低下が目立ち、同時に日本からアジアに工場が続々と移転してしまった。そうした動きを食い止めるのではなく、製造業は時代遅れの産業であり、アメリカのような脱工業化、サービス化を進めることこそが、日本経済の進む正しい道であるというような大変間違った考え方が蔓延していた。工場を作ったこと自体が経営判断のミスであるとか、抜本的な構造改革、すなわち工場閉鎖などの製造業の破壊が遅すぎるという非難の声が強かった。そのため、日本は製造業の崩壊を食い止める政策、努力が全く不十分であったのである(*1)(*2)。後で書くとおり、日本が手本としていたアメリカでも、脱工業化の動きがあったことは間違いない。それでもアメリカは、守るべき重要な製造業に関しては、政府が徹底的に保護して守り抜いてきたのである。

そうしたアメリカの製造業も、最近は日本化が進みつつある。アメリカのハイテク産業の成長が衰えつつあるからだ。アメリカのハイテク産業の生産を表すグラフを下記に示す。


ハイテク産業

1990年代以降、ハイテク産業はめざましい成長を遂げてきた。ハイテク産業をもう少し具体的に示すと、コンピューターと周辺機器、通信機器、半導体・電子部品を意味する。これはアメリカのNAICS(北米産業分類体系)という基準による産業分類に基づいて、FRBが使用する単語である。普通、ハイテク産業というと、バイオやソフトウエア、インターネット関連産業の場合でも使用されることが多い。ここでのハイテク産業は、一般的な意味ではなく、NAICSに基づいてFRBが定義するハイテク産業の意味で使用することにする。こうしたハイテク産業は、1990年以降急速に成長し、アメリカの製造業生産を押し上げ、アメリカ経済の成長にも大きく貢献してきたのである。しかし、過去において急成長してきたアメリカのハイテク産業も、リーマンショック時あたりから成長率が鈍化している。パソコン向けのMPUがその代表であろう。生産数量は完全に頭打ちであり、性能もかってのような急速な向上を示せなくなっている。

こうしたハイテク産業に変わって、直近のアメリカの製造業を牽引しているのは、自動車と自動車部品産業である。そのグラフを下記に示す。


自動車と部品

2008年終盤に大変大きな落ち込みを示した。しかし、その後急速な回復を示している。この自動車産業の成長の立役者は、アメリカ政府である。2008年にGMとクライスラーを救済する法案が議会で審議されたが、廃案となった。当時のブッシュ大統領は、レーガン大統領と並ぶ市場原理主義者としての評判が高かった。本来、大統領にGMとクライスラーを救済する権限、予算はなかった。しかし、たまたまリーマン・ブラザース倒産という金融危機がアメリカ金融業を襲い、アメリカ金融業を救済するために7000億ドルの公的資金投入という予算・法案を議会が成立させていた。その法案には、使い勝手をよくするために、本来の金融業救済だけではなく、それ以外の分野にも公的資金投入が可能なような条項が存在していた。任期満了が近づいていたブッシュ大統領は、本来は金融業を救済するための資金を、GMとクライスラーの倒産防止のために目的外流用をする決定を下した。そして、実際のGMとクライスラーの立て直しには、次期のオバマ大統領が取り組むことになった。結果としてGMとクライスラーは立ち直り、その後のアメリカの自動車生産は急速に増加したのであった。GMとクライスラーの救済時には、アメリカはUAWという労働組合を国家が救済する社会主義国家になったと厳しく批判されることもあった。しかし、そうした社会主義的な介入政策の結果、アメリカの自動車産業は急速に成長力を取り戻し、日本とは対照的に成長産業となったのである。

アメリカ政府が保護したのは自動車産業だけではない。ハイテク産業の中核である半導体産業もアメリカ政府が保護をしてきた。1980年代後半、日本の半導体産業が急激に勢力を伸ばし、アメリカの半導体産業を圧迫していた。しかし、アメリカは日米半導体協定を押しつけるなどして、政治力で日本の半導体産業を封じ込め、政府がアメリカの半導体産業を守り抜いたのである。1985年のプラザ合意による急速な円高により、アメリカの製造業は日本に対して急速に有利な環境となっていたのであるが、それだけではアメリカ政府は満足しなかったのである。この半導体を保護して守り抜いた最初の時期、すなわち1986年の第一次半導体協定の締結時の大統領が、市場原理主義者として有名なレーガン大統領であった。ちなみに、1981年に日本車の対米輸出が急増し、アメリカ政府の圧力により日本が対米自動車輸出を年間168万台に制限するという自主規制を強いられたことがある。その時の大統領もレーガン大統領であった。

日本では通産省が国内産業を保護しながら発展させてきた高度成長時代の思想はとっくの昔に消滅している。現在の日本では、高度成長時代に通産省の看板政策であった「産業政策」は時代遅れという風潮が強い。最近でも、JALやルネサスをはじめ、いくつかの企業に公的資金を投入し、産業、企業を保護する政策は存在している。しかし、最近の日本の場合、政府による産業、企業保護は、存在はするが中途半端なものが多く、実効性のあるものは少なくなっている。

次に、ハイテク産業のアメリカ製造業への成長寄与度を示すため、ハイテク産業と、ハイテク産業を除くアメリカの製造業の生産指数を下記に示す。


ハイテクを除く製造業

ハイテク産業を含む場合と除外した場合では、成長率はかなり異なる。特に、リーマンショック以前は、ハイテク産業を除いた場合、アメリカの製造業の成長率が大きく低下することは間違いない。

次に、ハイテク産業と自動車産業の2つの産業を除いた製造業生産のグラフを下記に示す。


自動車とハイテクを除く製造業

濃い赤い線が、ハイテク産業と自動車を除く製造業生産の線である。リーマンショック前は、ハイテク産業が大きく、リーマンショック後は自動車産業が小幅にアメリカの製造業を押し上げている。ハイテク産業と自動車を除くアメリカ製造業の濃い赤い線を見ると、日本とは異なり成長はしているものの、1990年1月の90.1が2015年6月の103.7になっただけである。年間平均成長率は+0.9%である。この間、青色の線である全製造業は、62.3から105.1にまで増加し、年間平均成長率は+3.4%である。基幹産業である製造業の成長率が年率+0.9%と+3.4%の場合、実質GDP成長率にも大きな差が開いていたであろう。ハイテク産業と自動車産業は、それだけアメリカ経済の成長にも貢献してきたのである。

現在、アメリカ製造業の伸び率は鈍化している。現在の成長率鈍化の原因をドル高に求める声も結構大きい。私もドル高の悪影響があることまでは認める。問題はその大きさである。現在のドル高は、一部の製造業の企業収益の減少といった形で悪影響を及ぼしていることは間違いない。しかし、企業収益の赤字化やドル高倒産というのは、例外的である。ドル高により製造業生産が少しは減ったかもしれないが、大きく減ったとは思えないのである。つまり、仮にドル高が是正されたとしても、アメリカ製造業の成長率が少し高まることはあっても、大きく高まるとは思えないのである。

問題は将来である。ハイテク産業がかつてのような成長を取り戻すのは困難であろう。自動車産業は、足元では急成長しているが、これは景気循環的な要素が大きく、アメリカ経済が不況に突入すれば自動車販売台数は減少し、生産も再び低下に向かう可能性が高い。自動車産業は、かつてのハイテク産業のような長期間成長を続ける本来の成長産業ではないのである。

ソフト、サービス産業という分野でアメリカが圧倒的な競争力を持つ時代は、昔から存在していたし、現在もそうであり、将来も続く。しかし、過去のアメリカは、サービス業と製造業、ハードとソフトという2本足で高成長を遂げてきた。しかし、重要な1本の足であったハード、ハイテク産業の成長率鈍化は明確である。巨大な経済規模を持つアメリカは、かつてのハイテク産業のような大きな牽引力を持つ成長産業が今のところ見当たらない。自動車産業が現在その代役を務めているが、長続きする成長産業ではない。、

一方、アメリカの製造業が成長力を取り戻す兆しは多数存在する。例えば、シェール革命がある。原料価格が大幅に低下する石油化学産業の成長に期待が持たれている。最近はインソーシングという言葉も広まっている。中国の労働者の賃金が大きく上昇し、今までは中国で組み立てていた製品が、今後はアメリカ国内で組み立てた方が安くなるということで、アメリカ国内に組み立て工場が回帰する兆しは広まりつつある。その他にも人工知能、無人自動車、電気自動車、IoT、ロボット、バイオといった将来の成長が期待できる分野に欠くことはない。しかし、そうした産業は、まだ種かつぼみの段階である。新しい産業が実際に花を咲かせ、アメリカ製造業全体の成長率を高めるまで、まだ数年くらいの時間がかかると考える。

アメリカの製造業生産は、長期で見れば依然として有望である。アメリカ経済のイノベーション力は強く、将来の成長産業の種やつぼみが多数存在する。しかし、中期で見れば、従来のハイテク産業、あるいはハイテク産業の成長率鈍化をある程度カバーしてきた自動車産業に替わって、アメリカ製造業を大きく牽引する産業が見当たらない。将来の成長産業の種やつぼみでは、アメリカ製造業生産を引き上げることはできても、大きく引き上げることができるまでには、まだ数年の時間がかかりそうである。すなわち今後数年間は、アメリカ製造業はかつての高成長が失われ、成長率が伸び悩む時期が続くと予想される。


リンク先記事
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*1)
日本の製造業 困難な再生への道(*2)

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中国のGDP捏造に抗議するGDP統計作成者

7月15日に中国の4-6月期のGDP統計が発表された。株価が急落する中でのGDP統計の発表であったため、注目が集まった。結果は前年比+7%。1-3月期と同じ伸び率であり、事前の市場予想平均を少し上回る結果であった。加えて4-6月期のGDPは、同時に発表された他の統計データから推測すると、減速してしかるべきであった。そのため、欧米を中心に中国のGDPの信頼性に疑問の声が上がった。

今回は、中国のGDPが捏造である理由を説明する。中国国家統計局の中国語のHPに掲載されているグラフを見れば、捏造の事実は明らかである。加えて、GDP統計の作成者の一員である国家統計局の下級役人が、英語で中国のGDPの捏造ぶりに抗議し、海外に対してアピールしようと努力している。そのアピールを理解する必要があることを指摘する。

中国の2015年4-6月期のGDP発表の報道が一番速かった報道機関の一つが、ブルームバーグ社である。発表時間と同じ日本時間11時00分という時刻を記入して、中国のGDPの内容をインターネット上に公開している。このような速報が可能であるのは、中国のGDP作成者である国家統計局が、内外の報道機関向けのGDPデータを、事前にブルームバーグ社を始めとするいくつかの報道機関に提供しているからである。こうしたやり方は、中国だけではなく、グローバルスタンダードである。ブルームバーグ社は中国国家統計局から伝えられたGDPの内容を日本語にも翻訳し、11時ちょうどに自社の専用端末に日本語で掲載した。そしてインターネット上にも少し間を置いて公開したのである。ブルーバーグ社が公表したデータを丸ごとコピーすると著作権の問題が発生しかねないので、コピーはせずにこの中の重要な部分だけを引用することにする。



ブルームバーグ


表の中の一番重要な部分に赤字をつけておいた。すなわち、GDPの前年比上昇率である。これが、1-3月期の+7%から4-6月期の+6.8%にまで減速するというのが市場予想平均であった。ところが実際は、+7%と予想以上の高い数字であった。そのため、GDPデータ捏造、水増し疑惑が生じたのである。

15日の11時に、私は別のHPを見ていた。それは中国の国家統計局の中国語のHPである。この国家統計局のHPには、様々なデータやグラフが掲載されている。その中からGDPに関する部分だけを取り出して、中国語と日本語で下記に示す。



国家統計局 中国語 日本後


中国政府は、内外の報道機関に対しては、GDPに関する多くのデータを公開し、提供している。ブルーバーグに示された情報はその一部である。それに対して、GDPの発表直後に中国国民に対して直接インターネットで伝えた情報量は、極めて少ない。ただ、翌7月16日にもう少し詳しいデータを追加で公表している。

ところが、この国家統計局のHPには、非常に重要な情報がもう1つだけ掲載されていた。かなり下の方に掲載されているグラフである。そのグラフを下記に示す。


国家統計局GDP短期グラフ

GDP成長率をその期の前年比ではなく、年初からの累積の前年比で示したものである。このグラフを見れば、2014年は常に+7.4%、2015年は常に+7%になっている。GDPのデータがこのような不変の数字になることはありえない。中国のGDPは捏造である。

日本のメディアにも、中国のGDPを示したグラフが多数掲載されていた。全く同じ2008年からの前年比GDPのグラフである。おそらくそのグラフは、世界の経済データを収集し、世界のマスコミや経済系シンクタンクに情報として販売している経済データ収集販売業者が作って流したものと考えている。これらのグラフは、すべてコピー不可になっている。中国国家統計局発表のものなら、必ずしもコピー不可にする必要はない。しかし、大元が有料データならば、コピー不可は当然である。従って、そのグラフをここに掲載することはできない。しかし、有料データから作成されたグラフを見ただけでは、捏造は見抜けない。

ネット上では、国家統計局が「GDP統計は正確。成長率の水増しはしない」との見解を示したという情報が流れている。これは、15日のGDPデータ発表後に開かれた記者会見でフィナンシャル・タイムズの記者の質問に対して、国家統計局の報道担当者が答えた内容の要約であると思われる。翌16日公表の国家統計局のHPに詳細が掲載されている。

フィナンシャル・タイムズを始めとする海外の記者たちは、国家統計局の中国語のHPを見るべきであった。しかし、彼らは見ていなかったか、漢字がわからなかったのである。現在、翻訳ソフトの技術進歩により、中国語のHPの内容をかなり正確な英語で読むことができる。ところが、翻訳ソフトが翻訳してくれるのは、テキストの部分だけである。表までは翻訳可能である。しかし、グラフの中に書かれた漢字を翻訳することは不可能である。国家統計局の中国語のHPを英語で翻訳したものを見た外国人は、GDPに関しては、有用な情報は存在しないとしか感じなかったと思う。漢字が理解できる外国人は増えていると思うが、漢字がわかる外国人の中で、国家統計局のGDPのグラフを見た人は非常に少なかったと思われる。

国家統計局の高官は、中国政府高官の許可を得た上で、上記のグラフを掲載しているはずである。国家統計局の高官は、累積GDP成長率の前年比+7.4%と+7%は、習近平総書記が一番満足する数字だと考えているのであろう。私は上記のグラフを見て、昨年10-12月期の時と同様に、GDPの捏造を確信した。同じグラフを見た中国人エコノミストも、同じことを確信したはずである。しかし、中国人エコノミストは捏造だとは決して言わない。捏造などと批判すると、将来、人権派弁護士のように拘束されることを恐れているのであろう。中国政府は、内向きには捏造丸見えのグラフを明示しながら、暗黙のまま批判を押さえ込む。外向きには捏造丸見えのグラフを明示することはない。

しかし、もう一つ重要な事実が存在する。中国の国家統計局は、英語と中国語で同じ内容の時系列GDPのデータを掲載している。そのグラフを下記に示す。


国家統計局GDP長期グラフ

先に示したグラフと同じ累積GDP前年比のグラフである。ただ、期間がより長くなっている。直近において、2015年4-6月期分は掲載されていない。4-6期分は手入力である。それ以前は国家統計局の英語のHPからデータを取り出して作成した。2011年以前は中国のGDPは他の国とはあまり変わらないように変動する曲線を描いている。それが2012年以降、動きが滑らかになっている。このあたりからデータの捏造が深まっているようだ。そして、2014年以降のグラフは直線であり、捏造は決定的なものになった。

一方、国家統計局の時系列統計のHP上には、前年比GDPのデータは中国語でも英語でも掲載されていない。なぜ前年比GDPをHP上に掲載しないのであろうか。ここに、中国国家統計局の下級役人たちの無言の抗議とアピールがあることに気がついた。中国の前年比GDPをHP上に公開してしまえば、累積GDP前年比という中国人しか使わないガラパゴス的な中国方式のGDPを見る海外のエコノミストは誰もいなくなる。しかし、捏造のターゲットは、累積GDP前年比なのである。

中国国外で、有料の前年比GDPのデータを見ることができるエコノミストは当然いる。しかし、彼らは累積GDP前年比をほとんど見ていない。中国国外では、累積GDP前年比という数字はほとんど使われることはない。

国家統計局の時系列統計の数字の多くは累積前年比である。しかし、重要統計は単月前年比も掲載している。例えば、鉱工業生産は累積前年比と単月前年比の両方を掲載している。しかし、鉱工業生産は毎月、季節調整済み前月比を掲載しているが、時系列統計には季節調整済み前月比は掲載していない。一方、GDP統計は4半期ごとに、累積前年比、4半期単独前年比、季節調整済み前期比を掲載している。しかし時系列統計には季節調整済み前期比を掲載しているが、4半期単独前年比は掲載していない。GDP統計だけは、掲載方法が特別であるのだ。

中国国外で、有料のデータを見ることができないエコノミストたちは、英語の国家統計局のHP上で中国の時系列GDPを見る場合、前年比については、国家統計局が捏造のターゲットにしている累積GDP前年比しか見ることができないのである(indicators→National Accounts →Indices of Gross Domestic Product)。国家統計局の下級役人たちは、海外では一番よく使われる前年比GDPをわざと中国語でも英語でもHP上には掲載せずに隠しており、累積GDP前年比だけを掲載している。このような掲載をすることにより、中国のGDPのデタラメさを海外にアピールしているのである。

国家統計局高官は、デタラメさがバレても中国国内だけなら全く問題はないと考えている。加えて、中国語だけではなく英語でも累積GDP前年比を公開していることも特に気にしていないようだ。累積GDP前年比は、国家機密ではない。GDP発表と同時に世界に公表しているのである。最初に示したブルームバーグの表に、累積GDP前年比という数字は存在している。

2015年7-9月期の累積GDPはどうなるであろうか、仮に+7%であれば、中国のGDPは120%の確率でデタラメであると言える。実は、累積GDPを常に一定値に保つことは、結構難しいのである。4-6月期には前期比+1.7%と1-3期の+1.4%よりも経済成長率を比較的大幅に加速させた。その結果、ようやく累積GDP前年比を+7%に維持することができた。これは、4-6月期のGDPが捏造であることの証拠でもある。加えて、7-9月期の累積GDP前年比を+7%にするためには、再び前期比のGDPを+1.7%から大きく加速させる必要がある。前年比GDPも同様である。仮に今後、景気が悪くなった場合でも、前期比と前年比のGDPを大幅に加速させなければ、累積GDP前年比は7%を維持することができない(追記 確報時の下方への遡及改訂により加速させる必要はなくなった)。もう一度無理をして、累積GDP前年比7%ちょうどを捏造するかもしれない。一方、これ以上の無理は困難と考え、7%ちょうどは諦めるかもしれない。どちらになるかの予想はできない。しかし、累積GDP前年比が7%に近ければ、捏造の可能性は非常に高いと言うべきである。

4-6月期に景気減速がなかったのはおかしいと報道されることが多い。しかし、中国国家統計局が公表した季節調整済み前期比GDPは、景気減速がなかったのではなく、上記のように景気加速を示していた。累積GDP前年比+7%を維持するために、4-6月期の季節調整済み前期比は比較的大幅な加速という、他の統計数値とは全く矛盾する数字になっていたのである。季節調整済み前期比GDPの数字もブルームバーグから引用した最初の表に存在している。中国は、先進国標準のX-12-ARIMAという季節調整法を採用せず、それに改良を加えたと称する中国独自の季節調整法を採用している。その季節調整法が信用されていないことも、注目されない一因であるようだ。だからと言って、季節調整済み前期比GDPを見なくてもよいとは思えない。

中国の統計の中には、捏造が少ない統計も存在する。その代表が貿易統計である。2013年春に、香港向け輸出の水増しが暴露された。そのため、中国の貿易統計は信じられないとコメントする報道を見たことがある。しかし、事実は正反対である。中国の貿易統計は、世界のいくつかの経済系シンクタンクが、相手国の対中国の貿易統計と突き合わせ、監視しているのである。従って、誤差を超える捏造をした場合、その捏造はバレやすいのである。そのため、貿易統計は信頼性が高い統計と考えられるのである。それ以外の大半の統計は、怪しい数字が多くても、ウソか本当かわからない統計が多い。貿易統計とは異なり、捏造があっても、その捏造がバレることは普通ならありえない。100%ウソと100%本当の間にあることは間違いないにしても、その位置がよくわからないものが多いのである。そして、100%ウソ、捏造と断言できる統計が少数存在する。その少数の統計の中の一つが、GDP統計である。

中国のGDPに関心を持ち、中国語が理解できる者ならば、中国の国家統計局のHPを見れば、中国のGDPが捏造だという事実を簡単に理解できる。しかし、漢字のわからない外国人の場合には、そう簡単にはいかない。それでも、中国の国家統計局の下級役人たちは、国家統計局の英語のHPを通じて、GDP捏造の事実に抗議し、海外にアピールしようと努力している。そのアピールに、中国国外のマスコミ、エコノミストは1日も早く、そして広く気がついてあげるべきである


10月19日追記
中国の第3四半期のGDPは前年比+6.9%、累積GDP前年比も+6.9%と発表された。累積GDP前年比は7%から変化し、前年比+6.9%の数字も国家統計局のHP上に掲載されるようになった。国家統計局の下級役人の抗議も少しは貢献したかもしれないが、第2四半期のGDPの発表後、中国のGDPは捏造と言う見方が中国国外で急速に広まった。おそらくそうしたことを意識して、国家統計局も数字を少し変え、掲載方法も変えたのであろう。しかし、株式バブル期である1-3月期の前期比成長率が1.3%であり、4-6月期、7-9月期が1.8%であった。バブル崩壊後に成長率が加速し、その状態が続くというのは不自然である。中国のGDPが100%捏造であることを証明することは難しくなった。しかし、限りなく捏造に近いことまでは間違いない。

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