アメリカの「為替報告書」と中国、韓国、日本の対応

4月15日に、アメリカ財務省が、年に2回議会に提出する「為替報告書」を公表した。1年前の報告書では、その当時進行していた円安の原因は、安倍総理が大胆な金融緩和を約束したことが原因であると書かれていた。そして、「G7、G20の約束のとおり、政策は、国内目的のみに使用すべきであり、為替レートを競争力強化のために安く誘導することがないように、圧力をかけ続けていかなければならない。」という、日本に対してはかなり厳しい内容の文言が書かれていた。

今年の「為替報告書」は、昨年と比べれば、日本についての分析は厳しいものではなかったと思われる。1年間に為替レートがあまり変化せず、貿易赤字が大幅に拡大したので、当然のことであろう。

一方、今年の「為替報告書」でも、アメリカが厳しめの批判をしたのは、中国と韓国に対してであった。中国、韓国は、他の多くの国と異なり、介入実績を公表しないこと、そして、外貨準備などから推定すると介入を実施していることが間違いないこと、そして両国の通貨は、ともに割安に評価されていること、両国の経常黒字の対GDP比率が大きいこと、が共通の論点であった。

「為替報告書」が、中国、韓国が為替介入していると推定する大きな根拠は、外貨準備の増加率である。そこで、2013年1月=100とした中国、韓国、日本の外貨準備の増加を表すグラフを下記に示す。

外貨準備

外貨準備は、介入を実施しなかったとすれば、保有外貨の利息収入の再投資などを通じて、少しずつ増加するのが普通である。日本の増加がその例である。この観点から中国、韓国を見た場合、介入を実施していることは、ほぼ間違いないと考えられる。

「為替報告書」というのは、あくまでもアメリカ財務省の主観的な分析であり、すべてが正しいと受け止める必要はない。そうはいうものの、あまりにも無視しすぎると、アメリカから「為替操作国」の認定を受け、最悪の場合、懲罰的関税をくらわされるリスクが存在する。

何度も繰り返してきたとおり、私の中国、韓国の為替政策についての分析は、アメリカ財務省よりもはるかに厳しい。ただし、主権国家が自国の経済的利益拡大を目指す政策を採用することは、どこの国家でも行っていることであり、中国、韓国が特に悪者であるとは思わない。中国、韓国の為替操作は、アメリカ以上に、地理的な距離が近く、貿易量が相対的に大きな日本に、より大きな悪影響を及ぼしてきた。影響が相対的に少ないアメリカ財務省は、悪影響を十分認識しているのである。より大きな悪影響を日本が受けているのにもかかわらず、その悪影響を認識すらできていない日本の財務省、日銀には、重大な犯罪レベルの責任があると考えている。

私がしつこいほど繰り返し続けていることであるが、円は、韓国ウォンや人民元に比べて、現時点においても極端に割高な状態が続いている。何度か使ってきた、ドル/円、ドル/人民元、ドル/韓国ウォンの長期、すなわち1960年以降の為替レートを下記に示す。


円

人民元

韓国ウォン

長期で見た場合、円だけが上昇し続けている。アベノミクス相場が開始して以来、少しばかり超円高は是正されたが、ほんのわずかにすぎない。人民元は、毛沢東が支配していた頃は、かなり割高な水準にあった。しかし、鄧小平が実権を握って改革、開放政策を推進している間は、極端な人民元安が続いた。その後、少しばかり人民元高に戻っているが、戻りは全く不十分である。韓国ウォンは、長年、ウォン安が続いていたが、1997年のアジア通貨危機が発生した時は、韓国政府が望むレベルを大幅に上回る極端なウォン安が発生した。その超ウォン安時と比較すれば、ウォンは高くなっているが、アジア通貨危機以前の継続的なウォン安の進行時と比べれば、依然としてウォンは安すぎる。

アメリカが直面する為替レートは、ドル/人民元、ドル/韓国ウォンという為替レートである。対ドルで人民元、韓国ウォンは安いと言ってアメリカは怒っているのである。日本は、それに掛けることの、ドル/円での円高がある。従って、日本から見た場合、超円高、韓国ウォン・人民元安は、現在でも存在しているのである。

以上は名目レートでの比較である。それに対しては、名目レートは物価変動が考慮されておらず、名目レートで評価するのは良くない、実質レート、実質実効為替レートで見るべきだ、という反論が可能である。そこで、主としてBIS(国際決済銀行)が算出している1964年からの実質実効為替レート、実質レートでみた為替変動を表すグラフを下記に示す。

実質実効為替レート

上記のグラフも、何度も使ったことがあるグラフであるが、注意点を記しておく。韓国は1965年5月に、平価を51%切り下げたが、この切り下げ幅が、BISの計算方式を使うと過大に評価されることになる。従って、韓国ウォンは、上記のグラフで示した位置よりは少し上、すなわち、もう少し高い水準で動いていたはずであるのだ。一方、人民元は、BISの実質実効為替レートが1994年以降しか存在しないので、1994年以前は、ドル・人民元の実質レートで代用している。人民元安が始まって以来、人民元が対ドル以上に大きく値下がりした対円での為替レートが、対ドルでの実質レートには全く反映されない。従って、仮に、1964年からの正確な実質実効為替レートが算出可能な基礎データがあったと仮定したならば、人民元の実質実効為替レートは、上記のグラフよりは下、すなわち、もう少し安い水準で動いていたはずであるのだ。いずれにしても、長期の実質実効為替レートで見た場合、超円高、韓国ウォン・人民元安が続いていることは間違いのない事実である。

このように人民元、韓国ウォンを割安に維持できた理由は、一つは為替に関する規制である。昔は、人民元も、韓国ウォンも規制だらけであり、政府が固定された為替レートを引き下げると決めるだけで、通貨価値を引き下げることが可能であった。もう一つは、国家による介入である。現在、韓国ウォンはかなり自由化され、人民元も自由化の方向にある。そのため、少なくとも最近は、通貨安を維持するためには、規制だけでは不可能である。政府、中央銀行の介入が必要である。外貨準備の対GDP比率を示す表を下記に掲載する。

外貨準備対GDP比表

日本も介入をしているのであるが、中国、韓国の介入金額は、対GDP比で日本を上回る。この介入が、現在でも人民元安、韓国ウォン安を実現可能にしている原因である。最初に、2013年以降も外貨準備が増加し続けていることを表すグラフを示したように、この介入政策が、一番アメリカを怒らせているのである。

次に、通貨安の効果を表す経常収支の対GDP比率の推移を表すグラフを下記に示す。


経常収支対GDP比率

2014年の数字は、IMFの推計値なので、当たるとは限らない。日本は、下手をすると経常赤字に転落する可能性がある。中国、韓国の経常黒字の対GDP比率は高い。この点も、アメリカが怒っている原因である。

以上のように、中国、韓国が通貨を安く誘導してきたことは間違いない。何度も書いてきたことであるが、長年続いた超円高の結果、日本の輸出産業は大打撃を受け、少々の円安くらいでは立ち直れなくなってしまったのである。

2012年11月から円安ドル高が進行し、死にかけていた日本の輸出産業が、死ぬことだけはかろうじて免れるような状況へと変化し始めた。しかし、その直後の2013年1月のダボス会議では、ドイツを中心に、日本が為替操作をしているという非難が巻き起こり、欧米のマスコミは、日本が通貨戦争の火付け役となった、とまで書いたりした。先に示した長期の実質実効為替レートから見た場合では、日本は世界一割高な通貨である。にもかかわらず、それが少し下がっただけで為替操作の非難である。その結果、2013年2月のモスクワで行われたG20財務相、中央銀行総裁会議の声明文の中に、「競争力強化のために為替レートを動かすことを目的とする政策は禁止する。」といった意味の文言が明記された。これは、原則として、為替介入を禁止する意味の文言である。加えて、冒頭にアメリカの「為替報告書」の内容を引用して書いたように、デフレ脱却のための金融緩和は認めるが、円安誘導のための金融緩和は絶対に認めない、ということをも意味している。従来は、このような文言の声明文は、G7の声明文にしかなかった。ただ、G7、G20の声明文には、「資金フローの過度の変動及び為替レートの無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与えることを再確認する」といった内容が同時に書かれることが多く、介入禁止の例外と解釈できる余地があった。日本は、この例外規定を、「為替レートが戦後の最高値を更新した場合には介入は許される」という解釈をして介入を実施したことがある。

日本は、2010年9月に久々の介入を実施したが、この時は、当時の野田財務大臣が、アメリカのガイトナー財務長官に直接電話をし、懇願して介入を認めてもらったものである。2011年3月の介入は、東日本大震災で苦しむ日本を救うことが目的であり、この時は、各国が共同して協調介入が行われた。その後、日本は、2011年8月、10月に大規模介入を実施したが、その時の根拠は、G20声明文の例外規定である。

このように、日本は、G7やG20の規定を遵守し、為替レートが戦後最高値更新という「資金フローの過度の変動及び為替レートの無秩序な動き」がある場合に限って介入を実施するようになった。従って、為替レートが戦後最高値を更新しない限り、介入は許されないのである。2012年2月4日の朝日新聞の記事によると、『野田佳彦首相は4日、東京都内のホテルで中小企業経営者約20人と懇談した。経営者側から足元の円高への対策を求める意見が出たのに対し、首相は「むしろ円高を生かしてやっていくしかない」と語り、経営戦略の転換が必要との認識を示した。』とある。この時の為替レートは1ドル=76円台をうろついており、戦後最高値である1ドル=75円からほんの少しの円安であった。2010年9月に1ドル=83円の時に財務大臣であった頃、ガイトナー財務長官を何とかして説得して介入を実施した経験のある野田氏は、総理大臣にまで上りつめ、同時に円高がいっそう進行していたのであるが、介入のルールが少し変わったため、円高に苦しむ中小企業の経営者を見捨てるしかなかった。

日本は、昔は独自の判断で介入を実施していたのである。それが、1990年代半ばから介入の権利を少しずつ失い、現在では、介入の権利をほとんど失ってしまっているのである。つまり、現在の日本では、戦後最高値の1ドル=75円台より円高にでもならなければ、介入は政治的に不可能なのである。根拠は、先に示した2013年2月のG20声明文などである。

ところで、G20には、中国、韓国も加盟している。介入の原則禁止の文言がG7の声明文だけにあった時代は、中国、韓国がいくら介入を実施したとしても、中国と韓国は、国際法に違反してはいなかった。しかし、2013年2月のモスクワのG20の声明文により、一定の例外を除き、原則として、G20加盟諸国の介入は禁止された。声明文は、法的な拘束力のある国際法ではないが、遵守すべき政治的、道義的責任はあるとされているものである。中国、韓国は、このG20声明文違反の介入を平気で行っているのである。

中国の介入を示す最初のグラフを見ただけではよくわからないが、中国は、2013年後半に介入金額を増やしていたのであった。2014年2月のG20シドニー会議で、中国の介入に対する非難が出るかもしれないと考えていた。しかし、この時の報道を見る限り、各国の中国に対する要求は、「シャドーバンキング問題をはっきり説明し、解決策を聞かせてほしい」というものであった。介入については、非難が非常に小さかったのか、皆無であったのか、どちらかである。

ちょうどシドニーでG20会議が行われていた頃から、それまで緩やかな上昇に向かっていた人民元相場は、一転して下落に向かい始めた。当時から人民元安の原因は、中国人民銀行の為替介入であると見なされていた。4月15日発表のアメリカの「為替報告書」では、この人民元安誘導のための介入を批判していた。しかし、その直前のG20ワシントン会議では、介入についての報道は見当たらなかった。従って、非難が非常に小さかったのか、皆無であったのか、どちらかである。為替問題では日本に次いで憎まれ役であるはずの中国は、G20合意文違反を、ほとんどか、全く責められなかったのである。

韓国の場合、2013年2月のG20モスクワ会議以降も、他国には公表することなく、介入を頻繁に行ってきたようである。アメリカの「為替報告書」でも以前から批判されてはいた。しかし、アメリカの2014年4月15日の「為替報告書」においては、アメリカの批判の強さは明らかに高まった。批判から非難へと変わったと言っても良い。このアメリカの韓国非難は、日本でも話題になった。問題は韓国の受け止め方である。韓国の外貨準備高の増加額を見ると、2014年4月が15億ドル、5月が51億ドルと、介入金額は、アメリカからの非難があった直後に、大きく増加した。韓国は、アメリカの「為替報告書」を完全に無視したのである。これは、同時に、G20の声明文をも同時に完全に無視したことをも意味する。

中国と韓国にとって、G20の声明文も、アメリカの「為替報告書」も、たいした意味がないのである。無視したところで、アメリカやそれ以外の国から、実害のある報復措置がとられることがないからである。アメリカが、中国、韓国を為替操作国に認定し、懲罰的関税をかけそうになれば、態度は変わるであろう。しかし、最近のアメリカは、そこまで乱暴なことはしないと見抜かれているのである。

中国と韓国は、経済成長の手段として輸出を重視し、輸出を増やすために、通貨安誘導、通貨高阻止を昔から継続して行ってきた。日本周辺のアジア諸国である香港、シンガポール、台湾、フィリピン、マレーシア、タイなども同様な政策をとってきた(*1)。そうした日本周辺のアジア諸国は、そろって極端な自国通貨安誘導という近隣窮乏化政策をとってきた。その結果、そうした国々の近隣にある日本は、見事に大きく窮乏化してしまった。

日本は、外国、特にアメリカからの介入禁止の意向には従わなければならないという、1990年代半ばから少しずつできあがった原則介入禁止のルールを、憲法のように守らなければならないルールと受けとるようになってしまった。そのため、数年前までの超円高期においては、「円高を非難するのは間違いであり、円高のメリットを利用しようというように発想を転換しなければならない」、「円高で損を出さないような体質、すなわち、輸出をやめて、現地生産に切り替えることが絶対に必要」といった、あまりにも大きく間違いすぎた意見が、新しい真理のごとく公然と語られ、広まりすぎた。その結果、日本は、電機を中心とする将来性のある重要産業を、超円高の結果、あまりにも多く潰しすぎたのである。その当時、日本に絶対に必要であった政策は、超円高の是正であったのである。

日本は通貨外交という点で、間違いがあったことは確かである。しかし、現在では、間違いをこえて、不当な差別を受けている。2013年1月という超円高が少し是正され始めた時期におけるダボス会議で、「為替操作」「通貨戦争の火付け役」の非難を受けたのである。金融緩和の結果、為替レートが下がるという現象は、100%の確率で発生する現象ではないが、それなりに高い確率で発生する現象である。しかし、そのたびに為替操作と非難しあっていれば、世界中の国で金融政策の変更が不可能になってしまう。だから、世界中で実施されている金融緩和が為替操作などと非難されることはないのである。日本の場合だけ「為替操作」「通貨戦争の火付け役」と非難されることはおかしいのである。加えて、金融緩和を国内の政策目標の実現のためにしか認めないというG20での声明文を、日本だけが特別厳格に守るように要求され、監視されることは、不当のレベルをこえており、差別に相当する。

何度も指摘しているとおり、現時点でも超円高、アジア通貨安は続いており、その是正策は必要である。しかし、現在の日本が介入を実施した場合、超円高・アジア通貨安の是正を目的として示した場合でも、世界中の国から為替操作と非難を浴び、袋だたきにあうのは目に見えている。「今の為替レートでの介入は、アメリカが許すはずがない」と考える日本人は多いと思うし、私も同意見である。しかし、アメリカが介入を絶対に許さない国は、日本だけなのである。アメリカは、中国、韓国の介入を非難しても、介入自体は容認しているのである。介入が許されないのは、日本だけなのである。声明文を平気で破る中国、韓国と比較した場合、日本だけが差別されすぎている。

日本は通貨政策においては、世界で唯一の差別された国家である。世界の中で、日本だけが、自由な介入の権利を保有していないのである。日本人はまず、その重大な事実を認識し、差別撤廃運動を始めなければならない。1858年に締結された不平等条約を撤廃するのには、1911年まで時間がかかった。この差別を完全に撤廃するには時間がかかるであろう。しかし、差別をなくすためには、差別をなくさなければならないという強い意思を日本が持たない限り、永久に差別はなくならない。

現実問題として、現時点での介入は不可能であろう。非難され、袋叩きにされるのは目に見えており、差別だと訴えても受け入れられる余地などない。現実的な手段としては、金融緩和の強化からであろう。現在の金融緩和の看板は、円安誘導ではなく、インフレターゲットの実現である。しかし、インフレ率が2%に達した場合は、別の看板をつくる必要がある。私は以前から、「財政再建」の看板に変えるべきだと書いてきた。日本は、介入や通貨安誘導を行わないように要求されているが、同時に世界最大の政府債務を縮小させ、財政再建をはかることをも、G20の場などで要求されている。大規模な増税という総需要抑制策によりインフレとバブルを防ぎ、大規模な金融緩和の強化によりデフレ不況への逆戻りを防ぐ。その結果、緩やかなインフレと景気回復の持続が実現すると同時に、財政再建が一気に進むのである。しかし、その際、対外資本流出増加の結果として、円安と経常黒字の拡大が必ず発生する。この円安と経常黒字の拡大は、日本経済の成長には、間違いなく寄与する。

ところで、今年のアメリカの「為替報告書」では、「過度の財政再建の結果発生する不況を金融緩和によって相殺することは許されない。」と明記されている。私の考え方は、日本国内では超少数派であるのだが、アメリカでは常識的な考え方のようである。現在の日本には推進派がごく少数しかいない「財政再建」を目的とした日本の金融緩和を阻止するために、アメリカはすでに事前的な非難を開始しているのである。

アメリカがすでに事前的な非難を開始しているとはいえ、金融緩和を実施する権利までも、日本は外国に奪われてはならない。中国、韓国、日本周辺のアジア諸国は、介入も金融緩和も、独自に決めることができるのである。これは特別のことではなく、主権国家なら当然保有する権利なのである。介入に加えて金融緩和の権利まで奪うのは不当な差別であることを、粘り強く訴えていくしかない。介入、金融緩和という政策において、世界にただ一つだけ存在する主権の制限された差別国家であるという現状は、時間をかけても変えることが必要不可欠である。日本が独立国であり続けたいのであれば、この難関を何としてでも突破し、追加の大規模な金融緩和と増税による急激な財政再建を必ず実現させなければならない。


リンク先記事
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*1)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

アジア諸国の経済成長と為替政策

4月29日に、世界銀行が、国際比較プログラム(ICP)という作業の中で実施していた新しい購買力平価を発表した。ICPについては、以前説明したことがある(*1)。今回は、第8回目であり、2011年基準の購買力平価が発表されたのである。

この時、新しい購買力平価の発表よりも、中国の購買力平価ベースGDP《GDP(PPP)と記す》が、今年、アメリカを抜いて世界一になるということが、より大きく報道された。これは推計ベースであるのだが、その推計を示すグラフを下記に示す。


購買力平価ベースGDP

世界銀行の購買力平価は、米ドルを基準としているので、アメリカのGDPは購買力平価ベースであろうとなかろうと、数値は一つしか存在しない。一方、アメリカ以外の国のGDP(PPP)は、数年に一度行われる調査のたびに、いくらか変動する。上記のグラフで示したとおり、中国、インド、ドイツのGDP(PPP)を、新しい購買力平価に基づいて計算すると、従来の購買力平価に基づいたGDP(PPP)が上方修正されたのである。日本は、ごくわずかであるが、下方修正であった。そして、中国の2014年のGDP(PPP)は、アメリカを上回ると推計されるのである。

従来のIMFは、世界銀行のICPで得られた2005年の購買力平価を使い、2006年以降は、独自の購買力平価換算用デフレーターを作ってGDP(PPP)を計算し、2014年以降の予測値も出していた。2005年基準の購買力平価に基づく予測値では、中国のGDP(PPP)は2019年にアメリカを追い抜くと予測していた。それが、2011年基準の新しい購買力平価を算出してみると、人民元の購買力平価は、旧基準の購買力平価よりも、17.1%低くなることが確認できた。そこで、新しい2011年のGDP(PPP)と、旧基準での購買力平価換算用デフレーターを使って2014年の予測値を計算すると、上記のグラフのようになる。2014年の中国のGDP(PPP)は、アメリカのGDP(PPP)をほんのわずかだが上回ることになる。ただし、この差は112億ドル、2014年の中国のGDP(PPP)のわずか0.6%と非常に小さい。加えて、2014年のGDPは実現値ではなく、IMFによる予測値である。確かなことは、2015年の春に2014年のGDPの実現値が出るまでわからない。しかし、米中の経済成長率格差はかなり大きいので、2015年の中国のGDP(PPP)が、アメリカのGDP(PPP)を上回る可能性は高いと思う。

私は、GDP(PPP)だけではなく、新しい2011年基準の購買力平価にも大きな関心を持っている。為替レートの水準を判断する絶対的な評価尺度というものは存在しない。購買力平価それ自体も、為替レートの水準を評価する尺度になりえない。絶対的な評価尺度が存在しないために、通貨問題というものが常に発生し続けるのである。しかし、購買力平価をうまく使うことにより、為替レートの水準を判断する参照値にすることは可能である。

その為替レートの水準を判断する参照値になりうる2011年基準の購買力平価が改訂され、発表されたのである。従来の2005年基準の数値と、かなり大きな変動が見られた。そこで主要な先進諸国とアジア諸国の2011年基準の2005年基準に対する修正率を下記の表に示す。


2011年PPP修正率

表にはないが、最大の上方修正は、バルバドスというカリブ海に浮かぶ小国であり、修正率は+57.9%にも及んだ。上方修正の国の数は、下方修正の国の数よりずっと少なく、バルバドスと同様のカリブ海の小国が多い。最大の下方修正は、ジンバブエであり、-59.5%であった。しかし、前回の調査が行われた2005年のジンバブエは、ハイパーインフレが始まっており、精度の高い購買力平価を算出できるような環境にはなかったと思う。しかし、それ以外にもアジア、アフリカではかなり大きな下方修正がなされた国がいくつも存在している。上記の表の中でも、インドネシアの-45.8%という数値は、想定をこえていた。一方、先進国の中では、あまり大きな修正はない。最も大きく修正された先進国は、シンガポールの-17.1%、欧米ではノルウェーの-14.6%である。生活水準だけではなく、生活様式の異なる国々の購買力平価を算出するには、技術的な困難が大きいのは、やむを得ない。購買力平価、特に発展途上国の購買力平価には、こうした大きめの誤差が含まれることがあるので、そのことを頭に入れて使用するようにしなければならない。

次に、先進諸国の2011年基準の購買力平価と、2005年基準のIMFによる購買力平価換算用デフレーターを用いて、主要先進国通貨の購買力平価に対する割高・割安度合いを米ドル=100にして表すグラフを下記に示す。


先進国PPP

日本は、1995年前後は超円高であり、2011年頃も比較的円高であったが、2013年には円安進行の結果、ほぼ適切といってもよいレートに位置している。ノルウェー、スイス、オーストラリアといった国々よりはかなり円安ではある。一方、アメリカ、ドイツとの比較では、ほんの少しだけ円高である。2013年の数値は、少し前までは計算値、確定値であったが、基準変更が行われた現在では推計値、参考値であり、今後発表される確定値とは異なる。しかし、2005年基準と2011年基準の間で発生したほど大きな差が生じる可能性は低い。

次に、日本周辺の主要アジア諸国の2011年基準の購買力平価と、2005年基準のIMFによる購買力平価換算用デフレーターを用いて、主要アジア諸国通貨の購買力平価に対する割高・割安度合いを米ドル=100にして表すグラフを下記に示す。


アジア諸国PPP

先進諸国と同様に、推計値であり、確定値とは少し異なるであろうが、大きくは異ならない。購買力平価に対する割高・割安度合いを見ると、日本以外は、いずれの通貨も割安である。購買力平価に対するアジア諸国の通貨が割安だからといって、アジア諸国の通貨価値が安すぎると判断することは、大変大きな誤りであり、絶対に避けなければならないことである。生活水準の低い発展途上国の通貨価値は、購買力平価よりも、割安になるという傾向があるからだ。しかし、生活水準が上昇するにつれて、アジア諸国の通貨価値は、対ドルで上昇し続けることが自然な姿なのである。実際、1980年-1995年の円の価値は上昇し続けていた。これは、バラッサ=サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)と呼ばれている。上記の国の一人当たりGDP(PPP)で見ると、シンガポール、香港、台湾は日本よりも高く、日本より豊かな国である。にもかかわらず、購買力平価に対する通貨価値は、日本が割高なのに対して、この3ヶ国の通貨は大幅な割安である。シンガポール、香港、台湾の3ヶ国の通貨価値は、非常に不自然であり、安すぎると判断せざるをえない。それ以外の国々も、現在は日本よりも貧しいが、日本を大幅に上回る経済成長を遂げている。しかし、購買力平価に対する通貨価値は、日本と異なって上昇していない。そして、いずれの国も巨額の外貨準備を抱えている。上記のグラフの韓国からタイまでの国は、外貨準備の対GDP比率が日本よりも高い。

このことが意味するところは、日本周辺のアジア諸国は、本来、経済成長と並行して、円のように購買力平価に対する通貨価値の割安度合いが年々小さくならなければならないのである。ところが、日本周辺のアジア諸国は、大規模な介入により、通貨価値の上昇を防いできた。これは大規模な為替操作と決めつけざるをえない。なお、購買力平価が2005年基準から2011年基準に変わることにより、日本と韓国以外の通貨の割安度合いを示す上記のグラフの線は、以前に比べて、かなり大きく下方へと移動した。今後も修正はあるであろうが、2011年以前の線の傾きが大きくなることは、永久にありえない。

こうした日本周辺のアジア諸国は、そろって大規模な為替操作により、自国の通貨価値を安く誘導し、工業製品の価格を安く維持し、先進国に対する輸出を大幅に増やし、経済成長を遂げてきたのであった。先進諸国は多かれ少なかれこうした国々による為替操作の被害国である。最も大きな被害を受けたのは、距離的に近く、アジア諸国と貿易量の多い日本であった。為替操作の被害は、操作した国に近い国が、最も大きな被害を受ける。従って、こうした為替操作は、近隣窮乏化政策と呼ばれる。日本は日本周辺のアジア諸国が、長年そろって近隣窮乏化政策をとったため、その結果、日本は見事に窮乏化してしまった。今や、工業製品の多くは日本周辺のアジア諸国で生産され、日本は輸出大国から輸入大国に転落し、巨額の貿易赤字を抱えることになった。

日本周辺のアジア諸国が近隣窮乏化政策を始めたのは、1997年のアジア通貨危機の後からである。外貨準備の少なさが通貨危機発生の一つの原因であったため、通貨危機の再発を防ぐため、日本周辺のアジア諸国の政府、中央銀行は、外貨準備を増やすために、大規模な為替介入を繰り返したのであった。大規模な為替介入を繰り返したため、日本周辺のアジア諸国は、日本とは異なって、経済成長の中で、自国通貨価値の上昇が発生しなかった。割安な為替レートを維持しながら、日本を中心とする先進国への輸出を増やし、高度経済成長を実現したのであった。中国だけは為替操作の歴史はもう少し古く、改革、開放政策を始めた直後の1980年以降である。上記のグラフで示した人民元の購買力平価に対する割高、割安度合いの数値は、1980年100.7→1994年28.6→2013年56.8となっている。中国は、改革、開放政策を始めた頃は、生活水準を考慮すると、人民元レートは割高な状態にあった。それ以降、改革、開放政策を進めながら、人民元の通貨価値を極端に切り下げ、外貨建てで見た中国の労働者の賃金を大きく引き下げたのである。その結果、1990年代半ばになって、中国の労働者の低賃金が注目され、世界の多国籍企業が続々と中国に工場を建設し始めた。そして中国は、日本を押しのけて、世界の工場となったのである。アジア諸国の労働者の低賃金は、経済の発展段階が低いことだけが原因ではない。国家による大規模な為替操作の結果でもあるのだ。

2012年11月以降、超円高は是正に向かった。にもかかわらず、日本の貿易赤字は増えるばかりである。これは、一度円高で製造業をつぶしてしまうと、再び以前の円安水準に戻ったとしても、製造業は元の状態には戻らないからである。2000年頃から、産業の空洞化が大規模化し、日本国内の工場は次々と閉鎖され、アジア諸国へと移転していった。しかし、工場を完全に閉鎖してしまうと、製造技術が失われ、円安に戻ったとしても、新しい工場を建てることができなくなる。日本は、日本周辺のアジア諸国がそろって実施した近隣窮乏化政策を認識することができず、日本の製造業を次々と破壊し、その多くを再生不能にしてしまったのである。

現在の日本に最低限必要な政策は、現在も続く超円高・アジア通貨安を是正することである。それでも、日本の製造業が簡単に復活することはできないであろう。日本の製造業を本格的に復活させるためには、超円高の是正をこえて、超円安を実現することが必要になる。超人民元安誘導債策を始めた1980年頃の中国をまねるのである。

超円安誘導は、金融緩和を大幅に強化することによって、経済的には実現可能である。日銀が国債の購入規模を拡大すると、国債という運用手段を失った日本の投資家の資金の多くは、海外に流出していかざるをえない。その結果、資金の大規模な海外流出=金融収支の黒字拡大=経常収支の黒字拡大が、定義として100%の確率で実現するのである(厳密な定義式は、金融収支-資本移転等収支-誤差脱漏=経常収支。資本移転等収支と誤差脱漏の値は比較的小さく、無視しても問題ない)。そして、この定義式が実現するという、一見夢のような不思議な現象が発生する過程で必然的に発生する現象が、超円安であり、輸出の拡大と輸入の縮小、製造業の復活なのである。ただ、以前よりも大幅な円安が必要なので、輸入物価の大幅上昇というかなり大きな痛み、副作用が、短期的には発生することは間違いない。この副作用は甘受するしかない。

現在の日本では、賃金の低いアジア諸国と工業生産を競うこと自体が根本的に間違っている、工業製品の生産はアジア諸国に任せるべきであり、日本は脱工業化社会を目指さなければならない、という製造業あきらめ派が大きく増えてしまった。ただ、製造業あきらめ派は、日本周辺のアジア諸国が実施してきた長年の近隣窮乏化政策が全く見えていない。日本周辺のアジア諸国が経済成長するにつれて、日本の工業製品が競争力を失う傾向を完全に止めることはできない。従って、ある程度はあきらめることも必要である。しかし、日本周辺のアジア諸国による大規模な近隣窮乏化政策がなければ、日本がここまで大きく窮乏化することがなかったのも事実なのである。日本の窮乏化の原因は、半分はアジア諸国の経済発展、半分はアジア諸国の極端な自国通貨安誘導政策であろう。

実現可能で具体的な脱工業化政策のプランがあるのであれば、脱工業化政策をとってもかまわない。しかし、現在唱えられている脱工業化政策は、中身のほとんどないスローガンだけである。残念ながら、現時点では、脱工業化社会は完全な夢なのである。具体的な道筋を示すことなく、脱工業化のスローガンを叫ぶだけでは、日本の窮乏化は進行するばかりである。日本にもアップルやグーグルのような企業は必要であり、アップルやグーグルのような企業を輩出できるような政策をとるべきである。しかし、アップルやグーグルのような企業を輩出するような政策は、世界中の多くの国が目指している政策でもある。しかし、アメリカ以外に成功している国はない。将来の夢、理想を持つことは必要であるが、実現性の低い夢のようなスローガンを叫び、製造業の衰退を容認することは、日本を窮乏化させるだけである。

現在の日本は、生産性の上昇率の高い産業から生産性の上昇率の低い産業へ、税金創出産業から税金消費産業へと、大規模な労働者の移動が発生している(*2)。アップルやグーグルのようなハイテク産業は、日本には少ないので、製造業を去った労働者の多くは、最終的には、医療・介護といった生産性の上昇率が低く、税金を消費する産業へ向かっている。このままでは日本から税金創造産業がなくなってしまい、日本経済は、滅亡へと向かうしかなくなる。こうした間違った労働者の移動の方向を逆転させる政策が必要である。アップルやグーグルに匹敵するハイテク産業が十分に日本国内で成長するのを見届けるまでは、古いと言われても、超円安を通じた従来型の製造業の再生を図り、生産性の上昇と税金の創造を目指すしか方法はない。

しかし、アメリカを中心とする先進諸国が、日本の超円安誘導政策を是認することはありえない。日本は長年にわたる日本周辺のアジア諸国の近隣窮乏化政策の最大の被害国であった。しかし、2012年11月に円安是正が開始されると、さっそく2013年1月のダボス会議で、日本が為替操作をしているという非難がいくつかの国から巻き起こった。日本周辺のアジア諸国の為替操作は誰にも非難されないが、日本が超円高の是正策を採用しようとすると、被害国であるにもかかわらず、加害国扱いされるのである。日本は通貨外交という点では、政治力が弱く、かつ拙劣であり、完全に国際政治の舞台で差別扱いされている。日本は、周辺のアジア諸国と異なって、自国の判断で為替介入をすることが許されていない。金融緩和を強化することにより、さらなる円安を目指そうとしても、先進国、特にアメリカからストップをかけられる可能性が非常に高い。日本経済が本当に復活するためには、超円安誘導政策が必要であるが、経済的には可能であっても政治的には不可能であろう。

日本は国際政治の中で許されるギリギリの線まで円安を追求していくしかない。今までの金融緩和政策の大義名分は、デフレ脱却であった。しかし、2%のインフレ率が実現してしまうと、デフレ脱却という大義名分がなくなってしまう。単なる金融緩和は、円安誘導と見なされ、政治的に許されなくなる。政治的に可能な方法は、財政再建のための金融緩和という新しい旗を掲げることである。日本は政府総債務の対GDP比率が世界で断トツの第一位である。財政再建は国際的にも求められている重要な政策である。財政再建を実現するためには、増税の実施が不可欠である。しかし、金融緩和を伴わない増税を繰り返すと、デフレ不況が深化し、税収の減少から政府債務の減少ではなく、政府債務の増大を招いてしまう。これは、空理空論ではなく、バブル崩壊後から2013年4月までに実際に日本で発生し続けてきた歴史的事実である。増税による増収を実現するためには、増税とさらなる大規模な金融緩和がセットでなければならない。しばらくは、2%のインフレ実現のための金融緩和、その次は財政再建と増税による景気後退を防ぐための金融緩和、これを看板に掲げ、裏で円安誘導を続けるしかない。

日銀による大規模な金融緩和が繰り返され、インフレとバブルが発生しかけると、その進行を防ぐために大規模な増税を行う。この繰り返しにより、モノと資産の価格を上昇させ、同時に上昇しすぎないように誘導するのである。この政策を続けた場合、資金の海外流出拡大の結果、円レートはかなり大幅な円安方向に向かい、経常収支は黒字に復帰し、その先には貿易収支の黒字復帰と製造業の再生が見えてくる。財政再建の実現、財政再建に伴う不況を防ぐための大規模な金融緩和、これを大義名分にして、政治的に許される限りの金融緩和による円安誘導を目指すべきである。


リンク先記事
購買力平価とは(*1)
雇用の流動化による生産性と成長率の劇的な低下(*2)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

実質実効為替レート 超円高・アジア通貨安の構造


実質実効為替レート、名目実効為替レートの最新のグラフはこちら

2012年11月以降、円安ドル高が進行し、直近ではほぼ継続して1ドル=100円台を維持し続けている。ここまで円安が進むと、再び現状が超円安であるとの意見が目立ち始めた。その理由として、実質実効為替レートで見た場合、超円安であることを指摘する意見が多い。

2012年10月以前は、円の為替レートが、「あらゆる角度から見て超円高」であることを繰り返し書いてきた。しかし、その後の円安進行により、「あらゆる角度から見て超円高」という見方は、現在では正しくなくなった。しかし、「実質実効為替レートで見た場合、超円安」という見方は完全に間違っている。今回は、実質実効為替レートから見た超円高という事実と、特にアジア諸国の通貨に対しては、異常な超円高が続いていることは、現在でも変わりはないことを説明する。

まず、日本とアジアの代表的な貿易相手国である、中国、韓国、台湾の通貨との為替レートを比較することにする。最初に、円が対米ドルでどのように推移したかを表すグラフを下記に示す。


円の推移

普通、為替レートは、1ドル=〇〇円という形で表現する。その場合、円高が進行すると、グラフは右肩下がりになる。すると、通貨価値が下がっているとの誤解を招きかねない。そこで、円高進行の場合は、右肩上がりにするため、1円=〇〇ドルであることを示す上記のグラフを作成した。この後に示すグラフは、全て同じ表現形式をとっている。すなわち、通貨高が進行すると、グラフは右肩上がりとなり、通貨安が進行すると、グラフは右肩下がりとなる。1964年-2011年の間、基本的には円高のトレンドが続いてきた。直近では、円安が進行している。

なぜ円の対ドルでの為替レートは、長く上昇し続けてきたのであろうか。最大の要因は、インフレ率の差である。実質実効為替レートでも、インフレ率の差のみに光を当てている。もう一つは、バラッサ=サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)である。経済が成長すると、同時にその国の通貨価値は上昇していくという法則である。

同じ時期、台湾ドルの為替レートが、対米ドル、対円でどのように推移したかを表すグラフを下記に示す。


台湾ドルの推移

左軸を対米ドル、右軸を対円にした。そして、台湾ドルの変化率が、対米ドルと対円でほぼ等しくなるように軸の縮尺を設定した。台湾ドルは、過去50年間に、対米ドルではジリ高であった。一方、対円では大きく値下がりしている。

次に、中国人民元の為替レートが、対米ドル、対円でどのように推移したかを表すグラフを下記に示す。


人民元の推移

人民元は、1972年までは、円と同様に固定相場制を採用していた。その後、1980年までは、対米ドルで人民元高が進んだ。問題はその後である。1980年7月から1993年6月にかけて、人民元は対ドルで86%、対円で93%下落した。これは、中国人民銀行が、意図的に人民元を大きく切り下げたからである。この間、中国は、改革、開放政策を進めており、経済成長実現のために様々な制度改革を実施していた。しかし、海外から見て最も影響が大きかったと考えられる制度改革は、この人民元レートの極端な切り下げ政策である。この政策により、中国の労働者の外貨建て賃金が、極端に大きく切り下げられたのである。この超人民元安誘導政策の結果、先進国から見た中国の生産拠点としての価値は大幅に高まった。その結果、1990年代の半ば以降、世界中の多国籍企業が続々と工場を中国に建設した。中国は世界の工場となり、世界第二位の経済大国へと急成長する最大の原動力となった。その後、人民元レートは上昇したが、大規模な為替介入の効果もあり、それほど大きなものにはならなかった。

次に、韓国ウォンの為替レートが対米ドル、対円でどのように推移したかを表すグラフを下記に示す。


韓国ウォンの推移

韓国ウォンも極端に大きく値下がりし続けてきた。韓国ウォンは、1980年1月までは固定相場制であった。その後、管理変動相場制を経て、現在は変動相場制となっている。その間のほとんどの期間において、韓国は自国通貨を割安に維持することを目指してきた。韓国ウォンは、過去50年間に、対米ドルで88%、対円で97%も値下がりしたのであった。

次に、日中韓台の通貨の名目実効為替レートをBIS(国際決済銀行)が算出したデ-タから引用する。ただし、中国については1994年以降のデータしか存在しないので、1964年-1994年の人民元の名目実効為替レートは、米ドル・人民元レートに等しいと仮定して算出したレートを使用した。その名目実効為替レートを、1964年1月=100とおいてその変化を見ることにする。


アジア名目実効為替レート

長期で見た場合、日本の極端な上昇が目立つ。過去50年間、中韓台の名目実効為替レートは、程度の差はあるが、3ヶ国とも下落してきた。日本は中韓台とは正反対に、極端な円高を容認する政策をとり続けてきたのである。直近の日本は下落しているが、大幅な下落とまでは言うことができない。

次に、この4ヶ国の名目実効為替レートに物価変動を考慮した、実質実効為替レートのグラフを下記に示す。


アジア実質実効為替レート

名目と同様に、中国のデータは1994年以降しか存在しないので、1994年以前は人民元・ドルの実質為替レートで代用した。

物価上昇を考慮に入れると、名目実効為替レートよりも多少差は縮まった。しかし、依然として、超円高・アジア通貨安が継続中であることには変わりはない。なお、韓国の場合、1964年5月に、51%の平価切り下げを実施している。この切り下げは、一部がインフレ調整、残りは韓国ウォン安誘導を狙っていた。1961年2月に実施した平価切り下げの後、3年3ヶ月の間、インフレが進行したのは事実である。しかし、韓国は、その間のインフレ率を上回る大幅な平価切り下げを1964年5月に実施した。しかし、1964年1月からの実質実効為替レートを算出する際、使用するインフレ率の期間は1961年2月-1964年5月の3年3ヶ月ではなく、1964年1月-5月の5ヶ月間だけである。その結果、1964年5月の平価切り下げによる実質実効為替レートの下げは、実態を過大評価することになった。しかし、それを考慮に入れた場合でも、韓国の直近の実質実効為替レートは、上記のグラフで記した韓国の線と、台湾の線の間に位置していることは間違いない。

実質実効為替レートから見た場合、現在の円レートが超円高であることに間違いはない。特に中韓台の通貨に対しては、超円高である。実質実効為替レートから見た場合、超円安とか、円高ではないという人は多い。その人たちは、過去20年間の実質実効為替レートを見て、現在は超円安だとか、過去30年間の実質実効為替レートを見て、現在は円高ではないと主張するのである。日本では、1971年以前の固定相場制の時期から、円の実質実効為替レートは上昇してきた。そして、1971年からの変動相場制移行後の円高はすさまじかった。直近の円の実質実効為替レートは、1985年のプラザ合意前の水準に近い。だからといって円高ではないというのは、全く間違っている。プラザ合意以前の実質実効為替レートは、すでに極端な超円高であったからである。

実質実効為替レートで通貨の水準を考える際、基準時点をどこに置くかで、かなり見方が変わってしまう。過去20年、過去30年の実質実効為替レートでは、プラザ合意以前に発生した異常な超円高を見ることができない。過去50年が絶対に正しいというわけではないが、過去20年、過去30年よりは多くの情報を含んでおり、より適切な期間であることは間違いない。実質実効為替レートで為替レートの水準を判断する場合、BISが記録に残している最長の50年の期間を見て判断すべきである。

BISは、主要先進国26ヶ国の名目と実質の実効為替レートを算出している。26ヶ国(プラス中国)の名目実効為替レートの推移を表すグラフを下記に示す。


主要国名目実効為替レート

先進国を含めても、円は長年、最も大幅に値上がりした通貨であったが、直近は、スイスフランに少しだけ抜かれた。しかし、円とスイスフランの値上がり率は図抜けている。

次に26ヶ国(プラス中国)の実質実効為替レートの推移を表すグラフを下記に示す。


主要国実質実効為替レート修正版gif

日本は、依然として世界一実質実効為替レートの高い国であり続けている。

日本は、1949年に決まった1ドル=360円の固定相場制下において、平価を切り下げたことは一度もなかった。固定相場制の下でも、インフレの進行と、英ポンドや韓国ウォンなど、米ドル以外の通貨の平価切り下げを通して、円の実質実効為替レートを上昇させてきた。そして、1971年に変動相場制に移行して以来、1995年まですさまじい超円高に見舞われ続けてきたのである。そうした超円高にもかかわらず、日本は経済成長を遂げてきた。通貨安を利用して経済成長を遂げたことは、一度もなかった。

一方、中国、韓国、台湾、シンガポール、香港などの日本周辺のアジア諸国の経済成長の最大の原動力は、自国通貨安であった。5ヶ国とも対GDP比で見た場合、日本を上回る巨額の外貨準備を保有し、自国通貨の価値を大幅に割安な水準まで誘導したり、維持し続けたのであった。そして、バラッサ=サミュエルソン効果という通貨価値の上昇が発生することを防いできた。通貨政策という点だけは、超円高という悪条件を克服しながら経済成長を実現した日本とは、全く異なる成長戦略を採用し続けてきたのである。

自国通貨安誘導政策を、最近はやりの言葉を使えば、為替操作となる。この大規模な為替操作の結果、日本周辺のアジア諸国は、日本よりも価格の安い工業製品を生産することが可能となり、自国の製造業を急成長させてきた。為替操作を原動力にして日本から徹底的に競争力を奪い取ることにより、経済成長を実現してきたのである。日本周辺のアジア諸国の割安な賃金は、経済発展段階の差だけが原因ではない。大規模な為替操作の結果、実現したのである。日本は、日本周辺のアジア諸国による大規模な為替操作という近隣窮乏化政策の最大の被害国である。にもかかわらず、最近、日本は、韓国などから、為替操作との非難を受けている。このような現象が発生する最大の理由は、世界の多くの国が、日本が為替操作をしていないかを厳重に監視している中で、ほとんどの日本人は、外国の為替操作のことに関心がなく、知ろうとしなかったためである。例外があるとすれば、アメリカが為替操作国とたびたび非難してきた中国だけであろう。日本政府が介入を実施すると、やむをえないかもしれないが、諸外国に迷惑がかかるし、非難もされるので、なるべく介入は避けた方がよい、と考える。中国以外にも多くの国が実施している為替操作に対する認識がないため、日本は長年、やられっぱなしであった。

日本周辺のアジア諸国が成長するその裏側で、現在の日本はあまりにも窮乏化しすぎてしまった。ここまで窮乏化が進んでしまうと、死亡した産業を生き返らせることも永久に不可能になる。もはや、日本の産業を再生させようとしても、いくつかの分野においては、手遅れである。これは、日本周辺のアジア諸国が悪者であったからではない。日本自身があまりにも愚か者であったからである。

超円高是正策が完全に手遅れとなったため、効果が減少し、副作用も大きくなってしまった。円安にもかかわらず、直近の貿易収支の赤字が拡大していることは、その具体的な例である。だからといって、円安誘導に意味がないとか、有害と考えることは、全くの間違いである。円の実質実効為替レートを引き下げることは、最低限必要なのである。

「競争力強化のために為替レートを動かすことを目的とする政策は禁止する。」というのが昨年2月のモスクワで行われたG20財務相、中央銀行総裁会議での約束である。この約束は、現在の日本が超円高を是正することを禁止しているので、日本にとっては非常に不利な約束である。昨年の中国は、大規模な介入を実施しても全く非難を受けなかった。日本が少しでも介入を実施した場合、諸外国から激しい非難を浴びていたことは確実である。看板はインフレターゲットにしながら、大規模な金融緩和の実施により、国内の余剰資金を大規模に海外へと流出させ、裏では円安誘導を進める必要がある。実質実効為替レートから見た超円高、特にアジア諸国の通貨に対する異常な超円高を是正する努力を続けることは、日本にとって最優先にしなければならない重要な成長戦略なのである。

関連記事
購買力平価とは(*1)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

リーマンショックと財務省、日銀の責任

リーマンショックから5年以上過ぎた。日本経済新聞は「シリーズ検証・危機は去ったか・リーマンショック5年」という表題で、5年前のリーマンショックの前後に何が起こったかを、日曜版で何回かに分けて解説している。その中には、大変違和感を感じる記事がいくつもあった。特に2013年11月17日の11面の記事は、見過ごすことのできない大問題が含まれていると感じた。その記事は、歴史を振り返り、リーマンショック時に何が起こっていたかを、あらためて読者に伝えるつもりで書かれた記事だと思う。しかし、歴史として書く場合、何が起こったか正確に記述する必要がある。しかし、その記事は、あいまいな表現や、明らかに読者を誤解に導くような表現が、多数見受けられた。その中で、非常に重要な論点で、真実とは異なるとしか考えられないことが記されていたので、その点を指摘しておきたいと思う。

記事の見出しは、「日本を襲った円高デフレ」、「円売り介入 米が封じる」、「緩和競争、日銀にためらい」となっている。見出しだけを見たならば、日本は、リーマンショック直後に、急激な円高に襲われ、円売りドル買い介入を実施しようとしたが、アメリカの反対で実施できず、結果として円高が進行していてしまった、と読み取れる。その内容を説明するために、本文の一部を下記に示す。

政府は円売り介入を封じられていた。
「外需に活路を求めた米国が狙ったのは人民元の切り上げ。先進国である日本が介入すると、主張の説得力が落ちる」。
7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場で米国からクギを刺されたと、日本の当局者は証言する。財務相だった中川も生前に「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」と日本経済新聞社のインタビューに答えている。

新聞記事にしては、拙い表現になっている。一番下で、『財務相だった中川も生前に「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」と日本経済新聞社のインタビューに答えている。』という文章が、何を認めてほしいかという目的語が書かれていない。ただ、前後関係からみれば、「円売り介入」のことだと読み取れる。この発言は、いつのことに関する発言のことか。7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場であると推測できる。中川氏が参加したG7の会議は、2008年10月のワシントンと、2009年2月のローマの2回である。そして、G20の会議が、2008年10月にワシントンで、11月にサンパウロで開催されているので、そこにも出席している。この4回のどれかの会議で、アメリカは日本に介入を認めないとクギを刺したと読み取れる。ただ、こうした内容は、前後関係から意味が推測できるだけである。中川氏が何時、どこで、誰から、何を言われたかという事実関係が全く書かれていない。「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」の本当の意味を、新聞記事からは、正確に読みとることができない。しかし、普通の読み方をすれば、中川氏がG7などの会議の中で、アメリカ政府高官の誰かから、介入を認めないと言われ、その時、中川氏は、武士の情けで介入を認めてほしいと感じた、と読めるはずだ。

私は2008年10月-2009年2月の間、アメリカが日本に介入を認めなかったということはありえないと考えている。そのように確信できる事実が、多数存在するからだ。

まず、原則として、1990年代後半以降、現在に至るまで、日本は介入を単独で実施することができない。介入を実施するためには、最低限、アメリカの許可が必要である。この点が、介入による通貨安誘導で高度成長を実現した日本周辺のアジア諸国と条件が決定的に異なっており、日本経済が没落した大きな原因の一つとなっている(*1)。1990年代後半からそのような雰囲気ができ始め、2003年-2004年に溝口財務官がアメリカのテーラー財務次官の承認の下、35兆円の円売りドル買い介入を実施して以降、日本が介入する際には、アメリカの許可が必要であるという事実上の約束が、出来上がっていた。そうした約束は、G7、G20の財務相・中央銀行総裁会議の声明文などの中で、何らかの文言の形で含まれるようになった。そうしたG7、G20の声明文や、その他の不文律により、介入は、日本が単独で実施することができず、最低限、アメリカ、場合によってはヨーロッパの許可が必要になってしまっているのである。現在のように、為替レートが戦後最高値より安くなっている状況で、日本がアメリカに介入の許可を求めても、アメリカが介入の許可を与えるはずがない。従って、現時点において、日本が介入を実施することは不可能なのである。そのことを、日本経済新聞では、「7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場で米国からクギを刺された」と表現しているのである。過去10数年間、そして現時点においても、日本が介入を実施するためには、最低限アメリカの許可が必要なのである。

問題は、中川氏がG7とG20の会議に出席していた2008年10月-2009年2月の間、アメリカが日本から介入の要請があった場合、許可を出していたかどうか、という点である。私は100%の確率で許可を出していたと断言できる。その理由がたくさんあるからだ。

2008年9月15日にリーマンブラザーズが破綻し、その後半年くらいの間、アメリカはドル安の発生を極度に恐れていた。その証拠として、2008年10月8日、バーナンキFRB議長は、ECB、BOE,カナダ中央銀行、スイス国立銀行、スウェーデン中央銀行に協調利下げを呼び掛け、同時に0.5%の利下げを実施した。アメリカの金融政策の変更は、アメリカが単独で実施するのが通常の姿である。なぜバーナンキ議長は、他国に協調利下げを呼び掛けて実施したのであろうか。これは、アメリカが単独で利下げを実施した場合、ドルの為替レートが急落することを恐れていたからである。アメリカのドルは、第2次世界大戦以降、一貫して世界の基軸通貨であり、基軸通貨であるという特権をアメリカは保持し続けていた。ところが、リーマンショックというパニックが拡大する中、単独利下げを続けていたならば、世界各国は、信用不安があり、金利の妙味もなくなり、将来の価値が下がり続けるかもしれないドルを保有したがらなくなるかもしれなかった。その場合、ドル暴落が発生し、結果として、ドルが基軸通貨国の地位から転落することを、アメリカは非常に恐れていたのである。当時のアメリカ政府、中央銀行の高官のほとんど全てが、そうした恐怖感を抱いていたはずである。平時であれば、財務長官が「ドル高は国益」と発言しても、ドル安を望む政府高官も多数いたと思う。しかし、リーマンショック直後という100年に一度のツナミの影響を受けていた時期は、ドルが基軸通貨の地位から本当に転落してしまう可能性が、ある程度の確率で存在していた。そのことを、当時のアメリカ政府、中央銀行の高官たちが理解できないはずがない。そのため、バーナンキFRB議長は、5ヶ国に協調利下げを呼び掛け、実際に0.5%の協調利下げを実施した。この時、日銀だけが協調利下げに加わらず、結果として、ドルは日本円に対してだけは大幅安となった。この時の白川日銀総裁の判断ミスは、犯罪といってもいいほど重大なものであり、その直後の深刻な不況と、現在にいたるまでの日本の電機産業を中心とする製造業を、回復不能なものとする結果へと導いた。

2009年にオバマ政権が誕生し、クリントン国務長官が最初に日本を訪問した後、中国をも訪問した。2009年2月22日に、クリントン国務長官は、中国にアメリカ国債の購入継続を要請している。中国は、日本と異なり、リーマンショク前の2008年7月に、管理変動レート制から、ドルとの固定レート制に戻していた。つまり、中国は、アメリカから要請を受ける以前から、人民元の上昇を阻止するために、ドルとアメリカ国債を買い続けていたのである。クリントン国務長官は、そうした中国のアメリカ国債の購入を、今後も続けてもらうことを確実なものとするために、改めてアメリカ国債の購入継続を要請したのである。2009年2月22日の段階でも、まだアメリカの金融市場は不安定であり、アメリカは、外国政府、中央銀行が、ドルとアメリカ国債を買うことを強く望んでいたのである。中国は、アメリカにとって軍事的には潜在的な敵国とも言える立場にある。しかも、その直前の2009年1月22日に、当時のガイトナー財務長官候補が、「大統領は中国が自国通貨を操作していると信じている」と発言していた。従って、オバマ氏は、大統領になる直前までは、他の多くのアメリカの国会議員と同様に、中国の為替介入がアメリカの国益に反すると信じていたのである。ところが、大統領の地位につくと、アメリカの金融危機の深刻さを理解し、180度意見を転換し、中国にドル買いの継続を要請したのである。アメリカはドル買いを中国に要請して、日本には要請しなかった。この差は、円安が発生した場合、ビッグ・スリーの再建がより困難になるという事情があったからであろう。しかし、ビッグ・スリーの再建などよりも、ドルが基軸通貨の地位を失わないということの方が、アメリカにとって、はるかに重要な価値であり、国益であったはずだ。従って、日本の方が、1995年秋のようなドルの押し上げ介入容認を要請した場合、アメリカが拒否していた可能性はゼロではない。しかし、日本の方が、円高進行阻止のためだけのドル買い介入を要請した場合、アメリカがその要請を拒否することは、100%ありえなかった。中川氏が4度のG7、G20に出席したのは、アメリカの協調利下げと、クリントン国務長官の訪中の間の時期である。この時、中川氏がアメリカに円高進行阻止のためのドル買い介入の許可を要請した場合、アメリカが許可を出さないはずはなかったのである。「円売り介入 米が封じる」は、アメリカの原則であるが、中川氏が財務相を務めていたリーマンショックから数カ月間は、例外の時期であった。それから約1年後の2010年3月11日に、オバマ大統領は、輸出倍増計画を発表した。この時、アメリカの金融危機は確実に遠のき、オバマ大統領は、本音の部分ではドル安を武器に輸出を増やそうと考えるように変化したのである。「円売り介入 米が封じる」という元の立場に、アメリカは完全に復帰したのである。

さらにまた、2010年9月に民主党の管内閣が為替介入を実施しようとしたが、当時の玉木財務官は、介入の許可の求め方が分からず、溝口元財務官にその方法を教わっている。引用記事では根回しという言葉を使っているが、その実体は許可である。玉木氏は、中川氏が財務相であった時期には、国際金融局長であり、篠原財務官のすぐ下で、介入を実施する担当でもあった。その玉木氏と篠原氏が、介入の許可の求め方がわからなかったということは、中川氏が財務相の時期で、円高が急激に進行していた間、日本がアメリカに介入の許可を求めたことが、一度もなかったことの証拠である。ただ、2003年-2004年は、日本の財務官とアメリカの財務次官との合意であったが、2010年以降は、日本の財務大臣とアメリカの財務長官との合意というように、合意する担当のランクが切り上がることになった。合意と言うのは、この場合は、許可がおりるという意味である。こうした状況証拠があるので、中川氏が財務相の時代に、介入を実施しようとしたことがあったとは考えられない。

一方、ネット上では、2009年2月14日にローマで行われたG7の後、中川氏が、深酒居眠り会見をし、辞任に追い込まれたのは、中川氏がアメリカからの国債購入という要求を拒否したため、アメリカが仕組んだ陰謀に引っかかったという説が流れている。その説を一部裏付けるような記事を、9月22日に、産経新聞の田村秀男氏が書いている。この記事の中の、中川氏が「日本は、キャッシュ・ディスペンサーにはなるつもりはない」という発言を、アメリカが日本にドルとアメリカ国債の買いの要求をしたが、中川氏が拒否したという意味ととらえ、一種の陰謀説となっている。産経新聞の記事が正しければ、中川氏が、日本経済新聞の記事の内容と、180度異なる発言をしていたことになる。ただ、日本はキャッシュ・ディスペンサーにはならないという発言が、ドルとアメリカ国債購入という要求を拒否したという意味であるかどうかは、産経新聞の記事だけではわからない。介入は贈与ではなく、キャッシュ・ディスペンサーとは意味が異なる。日本はアメリカに資金を大量に貸してはいるが、資金を贈与しているわけでは、決してない。日本が大量にアメリカ国債を買うのは、円高進行阻止という日本の国益のためである。田村氏は、ドル買い介入と、全く次元の異なる消費税増税とを結び付けており、田村氏の認識には混乱があることが読み取れる。中川氏がアメリカからのドルとアメリカ国債の買いの要求を拒否したという説も完全な誤りである。

中川氏が財務相時代に、ドル買いを拒否した気配を感じたことは全くなかったが、同時に、ドル買い介入を実施しようとした気配も全く感じたこともない。従って、『「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」と日本経済新聞社のインタビューに答えている。』というあいまいな記事の真の意味が、中川氏がアメリカに円売りドル買い介入実施の許可を要請したが、アメリカが認めてくれず、その時、武士の情けで認めてほしいと感じた、という意味であるとするならば、その記事は100%事実誤認の記事だと断言できる。

アメリカは、平時は日本の介入を容易に認めなかったであろうが、中川氏が財務相であったリーマンショックから数ヶ月間の大混乱期には、アメリカは、日本であろうが、中国であろうが、世界のいかなる国家、中央銀行、民間の投資家でも、ドルとアメリカ国債を購入してもらうことを強く希望し、ドルが基軸通貨の地位を失うことだけは絶対に避けたかったはずである。

11月17日の日本経済新聞の記事を読めば、日本のドル買い介入の要求をアメリカが拒否したように受け止められる。しかし、これは、9月22日の産経新聞の記事と同様に、真実であるはずがない。日本経済新聞社が、後世に残る歴史の中の、非常に重要な問題を、正しくないと思われる形で記録を残しているのは大問題である。中川氏の部下である財務省の高官たちは、ドル買い介入の許可の要請すらしなかった犯罪者である。中川氏と財務省は、白川氏と日銀とともに、リーマンックョック後の超円高を容認し、日本経済を無茶苦茶にしたA級戦犯である。そうした事実は、歴史として、後世に正確に伝えておかなければならない。


追記
11月17日の日本経済新聞では、上に書いた通り、「外需に活路を求めた米国が狙ったのは人民元の切り上げ」であった。一方、12月22日の11面の「シリーズ検証・危機は去ったか・リーマンショック5年」には、リーマンショック直後の国債発行の急激な増加の引き受け手として、当時のポールソン財務長官が、中国に求めたことが記述されている。11月17日の記事とは正反対の内容である。平時は、11月17日の記事が正しかったが、リーマンショックという危機に直面した時には、12月22日の記事が正しかった。11月17日の記事は間違いであったのだが、日本経済新聞社は、訂正していない。

関連記事
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*1)


テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

ビッグマック指数の問題点

ビッグマック指数、生活費指数、IMF購買力平価

日本のエコノミストの中には、現在(2013年2月9日、1ドル=93円70銭)でも、為替レートが1ドル=70円台の時においても、円の為替レートは割高ではない、と主張する人たちがいる。そうしたエコノミストたちが円は割高ではないと主張する根拠の一つが、ビッグマック指数から見た円の購買力平価である。エコノミスト社が2013年2月1日に発表したビッグマック指数によれば、円はドルに対して、19%割安の水準であった。購買力平価の一つであるビッグマック指数から見ると、円は対ドルで20%近く安く評価されているので、現在の円相場は、円高ではなく円安である、という主張である。

以前、購買力平価とは何かを説明した際(*1)、ビッグマック指数を購買力平価として使用すべきではないと主張したが、今回は、その根拠をより詳しく説明する。エコノミスト社は、社内にEIUという調査・コンサルタント部門を抱えている。その EIUは、2013年2月4日に、駐在員用の生活費指数を発表している。これは、世界140都市における商品、サービス価格を160品目以上調査し、それをニューヨーク=100として比較するものである。この調査によれば、東京の指数は152であり、東京の生活費は世界で一番高いという評価であった。ちなみに、世界第2位は、大阪である。これは、東京の生活費がニューヨークを52%上回っている、ということを意味する。同時に、東京の物価がニューヨークを52%上回っている、という意味でもある。さらにこれは、購買力平価で見た場合、東京という日本を代表する都市で流通する円の価値が、ニューヨークというアメリカを代表する都市で流通するドルの価値を52%上回っている、ということをも意味している。

ビッグマック指数と生活費指数を使い、ドル=100とした基準で、円のドルに対する割高、割安度合いを示す数値をグラフ化したものが、最初に示したグラフである。このグラフには、IMFの購買力平価で見た円のドルに対する評価値も挿入した。グラフを見てわかることは、三つの指数の変動がよく似ている、ということである。一方、指数の水準は全く異なる。生活費指数は非常に高く、ビッグマック指数は非常に低い。IMFの購買力平価はその中間である。2013年の値は、生活費指数が152、IMFの購買力平価が127、ビッグマック指数は81である。

エコノミスト社の算出する生活費指数、ビックマック指数を用いてドル・円の為替レートを評価してみる。日本は生活費が非常に高いので、生活費指数を購買力平価として使用した場合、円の価値はドルを52%上回る。一方、ビッグマックという一商品に関しては、日本での価格が安いため、ビッグマック指数を購買力平価として使用した場合、円の価値はドルを19%下回る。

どちらの指数を購買力平価として使うのが正しいのであろうか。それは、生活費指数の方である。理由は、ビッグマック指数が、ビッグマックという一商品から算出される購買力平価であり、生活費指数は、160品目以上の商品、サービスから算出される購買力平価であるからだ。エコノミスト社は、ビッグマック指数を購買力平価として宣伝しているが、生活費指数を購買力平価としては扱っていない。しかし、本当は、エコノミスト社が算出する生活費指数の方が、ビッグマック指数よりも、購買力平価としては精度が高いのである。

では、エコノミスト社の生活費指数を購買力平価として使用することは正しいであろうか。これも誤りである。エコノミスト社の生活費指数で使用する商品、サービスは、160品目以上と少ない。IMFの購買力平価では、途上国においては、約1000品目、日本やアメリカなどの先進国においては約3000品目の商品、サービスから算出された指数である。EIUはエコノミスト社の一部門であり、その調査員が、毎年数多くの調査レポートを発表しているが、その中の一つのが、生活費指数である。IMFの購買力平価は、元をたどれば、世界銀行の ICP(International Comparison Program:国際比較プログラム)という購買力平価算出プログラムの中で作成された数値を元に計算されている。世界銀行が中心になり、OECD、ユーロスタットが協力して算出した購買力平価を、IMFがアップトゥデートしたものである。ICPという作業に何人が参加したかは分からないが、EIUの生活費指数よりも、遥かに膨大な人員、時間、統計の専門家が共同で算出した購買力平価であることは間違いない。世界銀行とIMFの購買力平価は、ICPで2005年を基準にして算出された購買力平価を大元に使っているので、全く同じではないが、似たような数値になっている。先進国に限った購買力平価については、OECDとユーロスタットが協力して算出したOECDの購買力平価も利用可能である。これも、ICPに組み入れられているので、2005年のOECDの購買力平価は、世界銀行、IMFと同じである。生活様式が異なる国々の物価を比較して計算し、購買力平価という一つの国を代表する一つの数値を算出している。どんなに多くの優秀な人員を長時間動員しても、欠点、欠陥を完全に除去することはできないと考えられ、その精度には、限界があるであろう。だが、現在、世界に存在する一番精度の高い購買力平価は、世界銀行、IMF、OECDの購買力平価であるはずだ。

2013年2月6日のエコノミスト紙に、「ビッグマック指数で見た通貨戦争」という題名の記事が書かれていた。ここでは「バーガノミックス」という名で、ビッグマック指数を使った通貨分析を行い、どの通貨が割高、割安であるかを評価している。その中では、円は対ドルで19%割安であるということも書かれており、その日本が通貨戦争の話題に火を付けた事を批判的に書いている。このエコノミスト紙の記事は非常に不適切であると考える。分析を行うなら、より精度の高い生活費指数を購買力平価として使った分析も同時に発表すべきであろう。生活費指数なら、円は、依然として世界一高く評価されている通貨なのである。

ビッグマック指数の大きな意義は、「わかりやすさ」にある。購買力平価とは何かを知らない人たちに対して、購買力平価の意味を説明する際、ビッグマック指数を例として使うと、非常に分かりやすい説明が可能になる。わかりやすく、かつ現実を正確に反映している指数であれば、いくら使用してもかまわない。しかし、ビッグ
マック指数はわかりやすいだけで、精度が低い物差しなので、使用すると、現実を歪んだ形でしか認識することができない。購買力平価を使うのであれば、世界銀行、IMF、OECDの購買力平価を使用すべきである。ビッグマック指数は、購買力平価を説明する際の入門者用のテキストだけに使途を限定して使用すべきである。ビックマック指数は、専門的な通貨問題の分析のために使用する尺度としての購買力平価からは、追放すべきである。



関連記事
購買力平価とは(*1)
購買力平価から見た円相場 対主要国(OECD)
購買力平価から見た円相場 対アジア諸国(IMF)
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化
円の実質実効為替レート 継続する超円高

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

全記事表示リンク
目次のページを表示

株式関連 株 コメント一覧

  • 投資部門別 現物先物 時系列表

  • 投資部門別売買状況 時系列グラフ

  • 6月第2週 株 コメント

  • 6月第1週 株 コメント

  • 5月第5週 株 コメント

  • 5月第4週 株 コメント

  • 5月第3週 株 コメント

  • 5月第2週 株 コメント

  • 5月第1週 株 コメント

  • 4月第4週 株 コメント

  • 4月第3週 株 コメント

  • 4月第2週 株 コメント

  • 4月第1週 株 コメント

  • 3月第5週 株 コメント

  • 3月第4週 株 コメント

  • 3月第3週 株 コメント

  • 3月第2週 株 コメント

  • 3月第1週 株 コメント

  • 2月第4週 株 コメント

  • 2016年 年間 株 コメント

  • 投資部門別売買状況アノマリー

  • 日本株 株式分布状況調査

  • 日銀資金循環統計 株 長期グラフ

  • 日銀資金循環統計 株 コメント

  • 株式先物投資部門別売買状況

  • 大手証券 先物建玉推移 グラフ

  • 海外投資家の株式買い越し金額

  • 世界の株価 国別 長期推移

  • 世界の住宅用不動産価格

  • 長期の実質実質為替レート

  • 最新記事
    カテゴリ
    最新コメント
    Twitterを表示
    経済指標が意味するところを解説
    FC2カウンター
    最新トラックバック
    検索フォーム
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    RSSリンクの表示
    Web Analytics