GPIF改革論議の問題点

GPIF(年金積立管理運用独立行政法人)の資産運用方法の改革について議論されている。GPIFは国債の組入比率が約60%とかなり高い。これから先を見通すと、国債には金利上昇リスクがある。そうしたリスクを回避し、同時に投資収益率を高めるために、株などの運用比率を高めるべきだ、との考え方が増えつつある。それに対して、国債以外の資産はリスクが高く、年金資産をそうしたリスクにさらすべきではないという意見も存在する。

この問題については、以前(*1)、説明したことがある。その時は、GPIFを含む公的年金の運用資産を外国株40%、外国債券40%にまで高めるべきだと結論づけた。今でも結論はそれほど変わっていない。今回は、その時簡単に説明した、「政府の一部門が資産運用を国債で行うことの意味」をもう少し詳しく説明したいと思う。非常に重要な論点だと考えているが、現在のGPIF改革論議の中では、全く触れられていないからだ。

普通、国債という金融商品は、1つの国家の中で、最も安全な金融商品と見なされることが多い。日本でも同様である。日本は総政府債務の対GDP比率が240%であり、世界でこの比率が一番高い国である。そのため、何か起こったら、金利の急上昇が発生し、財政が破綻してしまうと言われることが多い。そうした警告があっても、日本国債の格付けは、それ以外の債券よりも高く、金利も低い。現在も金利は0.6%強でしかない。なぜ日本国債の格付けが高く、金利が低いのであろうか。その理由は、国債である限り、政府が増税、場合によっては歳出削減により、国債の償還資金を、最後には必ずひねり出すはずだという確信が、日本国債に対する投資家に存在するからである。国家が徴税権を握っているという点が大きい。この点が、他の個人や民間企業と完全に異なる点である。そのため、日本国債は、日本国内で流通している債券の中で、一番安全性が高いと見なされ、金利が一番低くなるのである。

それでも、国債にリスクは存在する。それは金利上昇のリスクである。インフレが定着すると、投資家はインフレによる債券の実質価値の減少を嫌気して、国債への投資を縮小するであろう。この場合、債券価格の下落による債券評価損、売却損を被る可能性が出てくる。この他にも、先に指摘した金利の急上昇、すなわち財政破綻リスクも存在する。財政破綻リスクは、私が最も警戒しているリスクであるが、最後に触れることにする。

国債に金利上昇のリスクがあると言っても、いつ金利上昇が発生するかは、誰にもわからない。しかし、インフレはすでに発生している。遠くない将来に、金利上昇が発生する可能性は高いと考えるべきであろう。従って、GPIFのような巨額の国債を保有する投資家は、現在の低金利の時期に国債を売却し、国債の組入比率を引き下げ、インフレに強い株などの資産の組入比率を増やすべきだという考え方が広まりつつあるのだ。

こうした論争は、かなり昔から行われていた議論である。株価が下落して株の評価損のためにGPIFの資産が大きく目減りした時には、GPIFは株などのリスク資産で運用するのは危険であり、全額国債で運用すべきだという正反対の意見もかなり有力であった。

上記のような考え方は、いずれも標準的な証券投資理論に立脚したオーソドックスな考え方である。この考え方では、国債のリスクを金利変動リスクだけと考える、教科書通りの考え方である。私の考え方は全く異なる。私は、国債のリスクを、ミクロレベルとマクロレベルとで分けて考える。ミクロレベルで見た個人や企業が行う国債での資産運用については、伝統的な証券投資理論を適用してもかまわないと考える。しかし、マクロレベルで見た場合、すなわち、国家、政府、GPIFのような政府の一部門が行う国債運用については、伝統的な証券投資理論は全く成り立たないと考えている。私の考え方では、政府が国債で運用する場合には、その国債は、「全資産損失確定商品」と呼ぶべきだと考えている。以前書いた時の表現は、「全資産損失確定が発生するリスクが最も高い運用手法」であった。厳密に言うならば、後の表現の方が、より正しい。今回は、国債の持つ安全神話を覆すことが目的なので、正確性を少し犠牲にして、より断定的な呼び方にする。GPIFの保有国債には、金利変動リスクのような小さなリスクが存在しているのではない。リスクなどというレベルではない。その資産価値が100%損失してしまうのである。従って、GPIFのような政府の一部門が、国債という「全資産損失確定商品」を保有するという選択肢はあってはならないのである。その理由を説明する。

まず、政府のバランスシートではないが、それに近い種類のものである日銀の資金循環統計、金融資産・負債残高表の政府部門を要約して下記に掲載する。


金融資産負債残高表

一般政府が、広義の政府であり、それが、中央政府、地方公共団体、社会保障基金の三部門に分かれる。社会保障基金は、GPIFが最大であり、それ以外では、国家公務員共済、地方公務員共済など、他にいくつか類似の資産が存在する。中央政府が国債と短期国債、地方公共団体が地方債を発行し、その一部を社会保障基金が運用しているのである。上記の表で色を付けたように、国債とそれに準じる短期国債、地方債は949兆円発行されている。社会保障基金でそのうち
78兆円が運用されている。ここから先では、国債、短期国債、地方債の合計を、単に国債と呼ぶことにする。この78兆円は、私の考え方では、「全資産損失確定商品」であるのだ。

そのことをわかりやすく説明するため、実際の金融資産・負債残高表の政府部門を大幅に簡略化することにする。その簡略化した表を下記に示す。


金融資産負債残高表 簡易版A

「A 金融資産・負債残高表」は、社会保障基金の資産が1000兆円存在し、その資産を国債ですべて運用していると仮定する。中央政府の資産・負債は、負債が国債として1000兆円だけ存在していると仮定する。

(A)の場合、高齢化が進んで、「実際の年金支払金額>社会保険料収入(プラス金利収入は省略)となると、国債の償還分を年金支払いに回す必要が生じる。社会保障基金の国債購入金額が減少し、やがて売り越しになると、政府は資金調達の方法を変更する必要が生じてくる。その方法は、(1)増税、(2)歳出削減、(3)別の主体に国債を保有してもらう、のいずれかしかない。ただ、(3)は、問題の先送りである。問題の先送りが永遠にできるわけではない。日本人の平均年齢が低い間は、GPIFのような社会保障基金や他の金融機関に老後に備えた貯蓄資金が大量に蓄積されてきた。しかし、日本人の平均年齢が高まり、団塊の世代が定年退職しつつある中で、そうした貯蓄が永遠に増え続けることはないのである。近い将来に先送りをやめて、(1)増税か、(2)歳出削減によって、国債発行金額を減らす必要がある。実際には、(1)増税が継続的に実施されると仮定する。

日本では、2002年から、社会保障基金への資金フローは、流入から流出基調へと転換している。そして、2009年からは、社会保障基金による国債の売買についても、買い越しから売り越し基調へと変化している。すでに、社会保障基金から資金が流出し、国債も売り越される年が増えている。それに対応して、実際に政府がとった政策は、(3)別の主体に国債を保有してもらう、であった。しばらくはこの先送り政策をとっていたが、(1)の増税が、この4月1日から、消費税増税という形で開始された。先送りをやめて増税に転じた日が、今年の4月1日の消費税増税開始の日であり、増税は2015年9月にも行われる予定である。上記の仮定は、フィクションではなく、現実を反映した仮定でもある。

(A)に戻り、国民の老齢化が進み、年金支払金額が増加すると、増税が行われるわけである。この場合の増税を国民サイドから見ると、支払いを受ける年金額と同じ金額が、増税によって吸い上げられることになる。(A)の表をよく見ると、社会保障基金に1000兆円の資産があることになっているが、中央政府の1000兆円の国債という負債によって相殺されている。人によっては増税より受け取り年金額が大きい人、増税だけに資金を吸い取られる人、と様々であろう。ただ、国民全体を平均してみると、国民の老齢化により年金支払金額が増えると、それに等しい金額だけ増税が実施されることになるのである。1000兆円もの貯蓄があると思って支払ってきた年金が、年金を受け取る段階になると、増税として同額の資金を政府に吸い取られてしまうのである。

ただこれは、政府サイドから見れば当然である。過去に発行してきた国債は、医療や年金などの費用の支払い、公務員の給料、道路や橋の建設などに使ってきたのである。民間企業とは違って、支払金額以上のリターンの存在する何らかのものに投資してきたわけではない。そもそも、資本主義社会においては、支払金額以上のリターンの存在する何らかのものに投資することは、民間企業の役割である。リターンが存在せず、民間企業が担えない役割を、民間企業に代わって政府が行うのである。過去の国債収入を、リターンのないものに使うことは、政府の役割としては、当たり前のことなのである。従って、国債の満期が来た場合、増税によって資金を調達することは当然なのである。国債は、発行直後に消費などの形で使われてしまい、全資産が損失し、同時に将来の増税が確定するのである。

もう一度国民サイドに戻ると、年金を受け取る段階になると、年金支払金額と同額の増税が実施され、国民一人当たりの平均をとると、年金を一銭たりとも受け取ることができなくなるのである。日本の公的年金は、現在は賦課方式である。しかし、過去においては積立方式をとっていた事情もあり、巨額の積立金がGPIFなどに存在しているのは事実である。これでは、過去において、GPIFなどに貯蓄をため込んできた意味が全くなくなってしまう。

GPIFが資産の100%を国債で運用する場合、こうした現象が必ず発生する。一つの独立した組織と見るならば、GPIFは国債の利子に相当する運用収益を獲得している。しかし、GPIFを政府の一部門と考えると、政府と一体になって、すべての年金資産を損失させているのである。GPIFが保有する国債は、紙切れ(電子記録)にすぎないのである。従って、私は、GPIFが保有する国債を「全資産損失確定商品」と呼ぶのである。

次に、「全資産損失確定」が発生しないような運用方法を示したい。それは下記のように、運用資産を100%対外証券投資、すなわち外国証券で運用する方法である。その簡潔な内容を、下記に「B 金融資産・負債残高表」として示す。


金融資産負債残高表 簡易版 B

社会保障基金1000兆円のすべてを外国証券で運用していた場合は、年金の支払期日が来れば、少しずつ外国の株や債券を売っていけば良い。年金支払いの原資は、外国の納税者か外国の企業が負担することになる。1000兆円の外国証券という資産を少しずつ取り崩して年金支払いにあてればよく、年金支払いのための増税をする必要は全くなくなる。1000兆円の外国への貯蓄を少しずつ取り崩せば良いのである。

しかしこの場合、次のような反論が予想される。政府が1000兆円の国債を発行しているわけであるから、その償還金を増税によって調達しなければならない。年金支払い分は外国から調達するにしても、国債の償還金は、別個に国民に増税して調達する必要がある。それならば、(A)も(B)も違いはないのではないか、という反論である。

これに対しては、次のような反論ができる。日本の場合、発行済国債の91%は日本国内の投資家が保有している。発行済国債の全額を日本国内の投資家が保有していると考えても、それほど大きな違いは発生しない。(B)の場合、表に示したとおり、一般政府以外の国内部門が、1000兆円の国債を全額保有していることが最初に想定されている。1000兆円の国債償還のためには、増税が必要である。しかし、その増税分は、国内の国債保有者へと償還金が移動するだけである。(A)の場合、日本人全体の収入は、年金支払金額-増税額=ゼロである。(B)の場合の日本人全体の収入は、年金支払金額(=外国証券売却代金)+(国債償還金受取額-増税額)=外国証券売却代金となり、外国証券売却代金分だけ国民の収入は増えることになる。従って、(A)よりも(B)の方が望ましいことになる。

(A)と(B)が同じ結果になるためには、(A)の一般政府以外の国内部門が対外純資産を1000兆円持っていることが必要である。しかし、最初に(A)という例を設定した時、そうした前提を設けていないし、前提とすべきでもない。(A)は社会保障基金を国債で運用し、外国証券で運用しなかったために、結果として対外純資産が(B)よりも1000兆円少なくなっているのである。その延長線上として、(B)よりも資産と収入が大きく減ってしまっているのである。

加えて、社会保障基金が過去に資産の100%を外国証券で運用していたならば、円安と輸出拡大、GDP成長率の上昇の結果、国債発行残高が1000兆円にも達するという(B)の想定が、起こりえなかった想定になると考える。国債発行残高は700兆円か500兆円か300兆円かはわからないが、1000兆円よりは小さくなっていたはずである。日本経済の低迷の原因は、キャピタル・フライトが小規模過ぎたことが原因である。社会保障基金による外国証券運用という大規模なキャピタル・フライトが発生していたならば、円安を通じて対外純資産がより増加していただけではなく、国内の財政状況もより改善していた可能性が高いのである。

年金のように長期にわたる受益と負担をモデル化すると、どんなに単純化しても複雑でわかりにくいモデルとなってしまう。上記の考え方も、複雑な現実を大幅に単純化することにより、極力わかりやすくしているつもりだが、十分ではないかもしれない。どうか斜め読みではなく、丁寧に読んでいただきたい。しかし、単純化することにより論理の結果が変わるわけではない。モデルを複雑な現実に合わせることも可能であり、複雑でわかりにくくはなるが、結論は同じである。すなわち、GPIFが運用する国債は、「全資産損失確定商品」となる。その代わりに外国証券で運用した場合は、国債で運用した場合よりも、国民の受益は大きく増加するのである。現在の公的年金が賦課方式であるとしても、GPIFの運用方法により、受け取ることのできる年金支払額が大きく異なってくるのである。

現在のGPIFは、全資産の約60%を国債という資産で運用している。しかし、その60%の部分に、実は資産は存在しないのである。従って、GPIFは国債での運用をやめるべきである。資産を国債から外国証券に移すべきである。

外国証券で運用するなら、何でもOKというわけではない。その際、最も重要なことは、徹底的な分散投資を行うことである。私は、外国株と外国債券で運用する場合は、100%インデックス運用に徹するべきだと考えている。現在GPIFが一部で実施しているアクティブ運用は、長期で見れば、手数料分が損失となる可能性が高い。公的年金の場合は、可能な限りリスクを抑える運用をする必要があるため、インデックス運用が最も適切である。株と債券以外の資産、すなわち、世界の不動産、インフラ、天然資源、ベンチャービジネスなどでの運用は、インデックス運用が不可能である。こうした分野こそは、専門家をこれから養成して、可能なかぎり、ローリスク・ハイリターンの運用を目指すべきである。

国債のように、大半は消費や移転、必要性の高くない投資に使われてしまい、増税以外には裏付けとなる資産が存在しない金融商品が大量に存在する現在の日本経済は、望ましい姿ではない。個人や企業が資産運用を国債で行うことは、ミクロレベルの話であるので、国債を「全資産損失確定商品」と呼ぶことは必ずしも正しくない。国債で資産運用する一個人、一企業で見た場合、国債償還金額>増税金額となる個人、企業が必ず存在するからである。しかし、個人や企業の集合体であるマクロレベル、政府レベル、国民経済レベルで見た場合、国債償還金額=増税金額となり、国債は「全資産損失確定商品」となるのである。そうした国債の存在は、過去においては、需要不足を補い、総需要と総供給を均衡させるために大きな貢献をしてきたことは、間違いない事実である。しかし現在のような対GDP比で総政府債務が240%にも達してしまっている現状は異常である。マクロ的には「全資産損失確定商品」である国債の発行残高は、現状よりずっと少ない方が望ましい。

現在存在する国債は、できるだけ日銀に引き取らせるべきである。その結果として所得や資産価格が上昇し、その後、当然のごとく発生するインフレやバブルを、所得と資産に対する思い切った増税で封じ込め、財政再建を一気にすすめるのが一番正しい道である。日本国債が潜在的に抱える財政破綻リスクを完全に除去するためには、これくらい思い切った政策を採用することが不可欠なのである。そうした政策の一環として、GPIFや他の公的年金などをも含む一般政府の社会保障基金は、国債での運用はやめて、すべて日銀に国債を売却すべきである。国債を売却して獲得した資金は、主として外国証券に対するインデックス運用に回すのが、一番望ましい運用手法となるのである。


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テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

経済成長と財政再建を両立させる政策 国債市場を殺せ

日本の財政状況が悪化している。政務債務は増加し続け、その大部分を占める国債の発行残高の増加が止まらない。最初に、国債発行残高の推移を表すグラフを下記に示す。

国債発行残高

今回使用する統計は、統計数値が複数存在するものが多く、実際に数値が異なっている。特に今まで頻繁に使用してきた国際収支統計の数値とは差があり、姿がかなり違って見えるものが存在する。それでも今回は、日銀の資金循環統計の数値に一本化して使用することにする。国債発行残高は2013年末で827兆円にものぼっている。

次に、国債発行残高の毎年の増加額を表すグラフを下記に示す。


国債発行残高純増額

2009年はリーマンショック直後の年であり、大規模な景気対策が打たれた年である。にもかかわらず、国債発行残高はこの年だけは減少している。理由は、2009年は、短期国債の発行残高が大幅に増えた年であるからだ。短期国債をも含めた場合、2009年の国債の発行残高は大幅に増加していた。

国債の発行残高が毎年増加し、金利の急上昇と財政破綻の懸念が出ている。これほど巨額の国債が発行された場合、そうした懸念が生じるのは当然である。中には、財再破綻は必死であるので、ハイパーインフレを引き起こして借金をチャラにするしかないという意見も存在する。消費税率を30%にまで引き上げる必要があるという意見もある。どちらの政策を採用しても、日本経済が大変大きな打撃を受けることは間違いないと思う。

国債の発行残高が大きすぎることは大問題であるが、すでに多くの人たちに知れ渡っている事実である。しかし、問題はそれだけではない。多くの人たちが気づいていないところで、巨額の国債発行残高は、日本経済に大変大きな悪影響を及ぼしているのである。それは、巨額の国債発行が引き起こすクラウディングアウトというべき現象である。国債の発行があまりにも巨額なものとなった結果、本来、他の部門に回るべき資金が、国債市場に吸い取られているという現象である。特に、リスク資産に回る資金が全く不足している。日本国内には、全体として余剰資金があふれているのにもかかわらず、その余剰資金が日本国債や預貯金などの無リスク資産への投資に粘着するようにくっつき、離れようとしない。巨額の国債発行の結果、リスク資産への資金流入が、クラウディングアウトされているのである。クラウディングアウトの過程で、名目金利が上昇していないために、見えないだけである。リスク資産に資金が流れていかないため、日本経済の成長を阻害する大きな原因となっている。

国債に粘着するようにくっつき、離れようとしない投資家の動向と、今までの日銀による国債購入拡大政策の効果を見ることにする。国債の主要な投資家別の売買動向を表すグラフを下記に示す。


投資家別国債売買

上記のグラフを見れば、日銀の国債購入政策が、効果を上げているように見える。2013年年間の日銀による国債購入金額は、51兆円であった。一方、先のグラフで示したとおり、昨年1年間の国債発行残高の増加額は、44兆円であった。一般的には、日銀は国債発行分の70%を購入していると言われている。しかしそれは、カレンダーベースでみた市中発行国債の70%近くを日銀が購入しているという意味であり、国債の償還分を考慮に入れていない。2013年は、国債の償還分をも考慮に入れると、日銀は、国債発行残高の年間増加額を7兆円上回る金額の国債を購入していたのである。見方によれば、国債の買いすぎである。しかし、私の目から見ると、日銀による国債購入金額は、あまりにも不足しすぎているのである。

次に、国債の主要な投資家別の国債保有残高を表すグラフを下記に示す。


投資家別国債保有高

上記のグラフは、ストックベースのグラフである。日銀の国債保有残高は急激に増えつつあるが、生保などの投資家は、以前と変わらないペースで国債の保有金額を増やし続けている。先に示したフローのグラフを見てわかる通り、年金、生保、投信といった日本を代表する機関投資家は、依然として国債を買い越しており、国債の保有残高を増やしつつあるのである。

それでは、日本の投資家は国債以外の資産保有をどのように変化させているのであろうか。まず日本株に対する投資の推移を表すグラフを下記に示す。


国内投資家の日本株投資

今まで何度も使ってきた統計は、東証が発表している統計で、流通市場に限った統計である。日銀の統計は発行市場での買いも含んでいるので、東証の統計よりも、売り越し金額が大幅に少なくなっている。以前、日銀の株式売買の統計は、誤差の多い統計で信用できないと批判したことがある。しかし、代わりに、誤差のより少ない統計を示すことができないので、やむをえなく使用した。従って、他の統計にも誤差はあるが、この統計にはより大きな誤差があるかもしれないことは、頭に入れておいていただきたい。ただ、2013年に国内投資家による日本株の売り越し金額が過去最高になったことは、間違いのない事実である。

次に、国内投資家による対外証券投資の推移を表すグラフを下記に示す。


国内投資家の対外証券投資

2012年以前の国内投資家は、少なくとも日本株よりは、外国証券に対する投資の方が良いものと考えていたはずである。日本株は、配当を考慮に入れても、長期間の投資収益率がマイナスであるのに対し、外国証券は、為替差損を被っても、利子や値上がり益を合計すれば、必ずしも投資収益率はマイナスにはならなかったからである。しかし、2013年に、国内投資家による外国証券の売買は、売り越しへと転換している。

次に、海外投資家による日本株、日本国債の売買の推移を表すグラフを下記に示す。


海外投資家の対内証券投資

日銀の金融緩和に反応して、日本国債を売り越す一方、日本株は大量に買い越すようになった。グラフにはないが、今年に入って、海外投資家の日本株の売買は売り越し基調になっている。海外投資家が買わないと、日本の株価は上がらなくなってしまうのは、バブル崩壊後23年間以上続く不変のパターンである。

2012年11月14日から金融緩和の強化の予想が市場に広まり、2013年の4月4日に異次元金融緩和の実施により、金融緩和の強化が現実のものとなった。それに反応して、海外投資家は日本株を大挙して買い越し始めた。一方、国内投資家は、日本株と外国証券を売り越し始めた。

しかし、2013年年間の国内投資家の売却金額は、国債が10.7兆円、日本株が15兆円、外国証券が2.4兆円であり、その合計は28.1兆円である。この資金の大部分が確定利回りの預金に預けられ、それが回り回って日銀の当座預金残高となっている。昨年末時点の日銀当座預金の残高は107兆円であった。これが今年の年末には175兆円にまで増える予定である。ただこれだけでは、金融緩和の効果が顕在化するかどうかはわからない。国内投資家は、相変わらずリスク資産への投資を避け、預金に資金を集め、銀行を通じて当座預金残高として積み上がるだけになるかもしれないからだ。

昨年は、海外投資家の大活躍で、海外から日本株へと資金が移動し、株価が大きく上昇した。同時に、海外投資家は、円安進行のリスクを押さえるために日本から資金を借り入れ、その円を売って、円売りというショートポジションを作り、円安進行の大きな原動力となった。しかし、国内投資家の資金は、日本株、外国証券などのリスク資産から国内の預金などの無リスク資産への移動が発生した。その結果、ネットの資金の移動が、昨年末から海外から国内への流入超過となった。それが意味するところは、日本の経常収支は、必然的に赤字化するということである。

海外から国内への資金流入は、経常収支の赤字を通じて、所得の減少をもたらす。こうしたネットでの海外からの資金流入超過は、阻止しなければならない。そのためには、国内の余剰資金を海外に大規模に流出させる仕組みを作る必要がある。しかし、異次元金融緩和は、そうした仕組みを作ることに完全に失敗した。

2013年末の827兆円の国債発行残高のうち、日銀以外が保有する国債の金額は、683兆円であった。日銀が、今年、50兆円の国債を購入したとしても、650兆円以上の国債が、日銀の外に間違いなく残る。これはGDPの130%以上にもおよぶ巨額の資金のブラックホールが存在し続けることを意味する。この国債市場というブラックホールから資金を無理にでも引き出し、海外へと資金を流出させることが必要である。資金がネットで海外に流出すれば、金融収支が黒字化(以前の言葉を使えば、投資収支が赤字化)し、金額の少ない資本移転等収支と誤差脱漏を無視した場合、経常収支の黒字復帰が間違いなく実現する。金融収支の黒字拡大と並行して経常収支の黒字が拡大することは、国際収支という統計の定義なのである。

ブレークインフレ率の動きを見て、債券市場においては、内外の投資家のインフレ期待が少しばかり高まったことを確認することができる。しかし、為替市場、株式市場における国内投資家の予想は、円安株高が続かないという予想が続いているという事実を忘れてはいけない。国内投資家は、2013年に、15兆円という過去最高の金額の日本株を売り越したのである。また、国内投資家は、従来、恒常的に外国証券を買い越してきたが、2013年に、2.5兆円の売り越しに転じたのである。異次元金融緩和は、国内投資家の円安株高期待を形成することに、完全に失敗した。異次元金融緩和は、海外投資家の予想を円安株高に変えたが、国内投資家の予想をそれとは正反対の円高株安に変えたのである。円安株高を国内投資家の手によって実現させるために、現状の異次元金融緩和という手段を使って期待に働きかけ、円安株高の予想を作り出すことは、2年という短い期間では不可能なのである。金融緩和がインフレ期待を引き上げることができるとしても、国内投資家が短期間の間に、円安株高期待を持つように誘導することは不可能なのである。従って、円安株高を国内投資家の手によって短期間で実現させるためには、期待に働きかけるだけでは不十分である。もう少し強引な別の政策が必要なのである。

現在、国債市場においては、日銀による国債購入の大幅拡大策は、国債市場を機能不全に陥れる大変誤った政策であり、日本経済を機能不全に陥れる危険な政策であるという意見が当然視されている。従って、追加金融緩和があったとしても、国債市場の機能を低下させない程度、すなわち国債の購入金額の増加は最小限度に止めることが当然であると語られている。日銀が国債の購入金額を増やしすぎると、国債の流通量が低下し、いざという時には国債を売れなくなり、資金ショートなどの大変なことが起こるという話が大まじめに語られている。これは
100%デマである。日銀による国債購入の大幅拡大に反対する人たちは、巨大な国債市場というブラックホールを維持し、それで現在のメシの種を維持しようとする国債村の守旧派である。日本は、このような守旧派による誤った宣伝戦略により、成長への道を自ら閉ざしてはならない。

日本経済の諸悪の根源は、国債市場がブラックホールのように膨張しすぎ、経済成長に必要な部門に資金が回っていないことである。日本経済を成長させる一番確実な方法は、国債市場を殺すことである。その具体的な方法は、日銀以外が保有する国債が683兆円存在している中で、日銀が購入する国債の金額を年間50兆円の純増から大幅に拡大することである。年間200兆円の純増、仮に3年半続けた場合には、残りの国債を全額購入が可能な計画を立てるべきである。この計画は、後に示す通り、大きな障害があり、実現不可能である。ここではとりあえず、実現可能と仮定して議論を進める。

日銀が無理をしてでも国債を購入することにより、リスクのない運用をしたいと国債にこびり付いている国内投資家を、無理矢理にでも国債から引きはがすことができると想定する。昨年、国債を買い越した年金、生保、投信という機関投資家から、日銀が力まかせで保有国債を全額買い取るのである。機関投資家は、一旦、売却した国債代金を、銀行預金などの無リスク資産に預けることになる。しかし、機関投資家が、大量の資金を金利が0.1%以下の無リスク資産に長期間預けたままだと、逆ざやが広がり、存続不可能になる。頼りの国債は日銀が買い占めており、買うことができない。その場合、日本の機関投資家は、資産の何割かを、嫌々ながらも外国証券の購入に回さざるをえなくなる。これが実現すれば、この時こそ大幅な金融収支の黒字拡大が実現する。金融収支が大幅な黒字になると、経常収支は定義として大幅な黒字になる。

経常収支が必然的に黒字になるとしても、現在の日本は供給サイドが弱体化しており、短期間に経常黒字を増やすことのできる金額には限度が存在する。2007年の経常黒字は25兆円、対GDP比で4.9%であった。そこまでの拡大なら、足下の需給ギャップが仮にゼロだとしても、3年半の時間があれば、所得収支の黒字の若干拡大に加えて、輸出数量の拡大と輸入数量の縮小を通じて、実現が可能だと思う。

その場合、輸出増強にしろ、輸入代替にしろ、経常黒字を拡大するためには、国内生産を増やす必要がある。そのためにまず必要とされるのは、人手である。現在の人手不足は、超人手不足となり、賃金の上昇とインフレを引き起こす。そして日銀の大量の国債購入は、資金の一部が株や土地の購入にも回るので、バブルを引き起こすことになる。しかしこれを財政再建の絶好の機会とみて、資産の保有と売買、所得や消費などに対する税金を大幅に引き上げれば良い(*1)。インフレとバブルの進行は緩やかになるが、税収が急激に拡大し、財政収支の黒字化が実現可能となる。この場合でも、増税の痛みは当然ある。しかし、所得と資産の価格上昇が発生しており、所得と資産の価格上昇分の何割かを税金として吸い上げるのである。従って、増税の痛みは大きく相殺されるはずである。消費税単独の引き上げという痛みしか存在しない政策とは違うのである。

この政策を実施するにあたっての最大の問題点は、金融収支の黒字拡大が経常収支の黒字拡大を導くため、途中で、大幅な円安が発生することである。足下では、円安進行の過程で、経常収支の悪化が進行している。そのため、経常収支の黒字化と黒字拡大が進行する際には、緩やかな円安ではなく、急激で大幅な円安の進行が発生せざるをえないのである。日本国内においては、円安による輸入価格の急上昇という痛みが発生するが、一時的なものであり、GDPが増加するとともに賃金が上昇し、痛みを上回ることになる。対外純資産も急激に増加する。

しかし、大幅な円安が発生する過程で、外国からは、「一国繁栄型の近隣窮乏化政策」と激しく非難されることは間違いない。日銀が国債の購入金額を大幅に拡大した結果、大幅な円安が進行した場合、日本という一ヶ国だけは繁栄が可能であるということは、グローバルスタンダードの考え方では常識なのである。しかし、長年、日本周辺のアジア諸国による超円高・アジア通貨安という近隣窮乏化政策により、日本は経済の供給サイドが大きく弱体化してしまったこともまた事実である。政治力の弱い日本が、外国からの非難をはねのけ、そうした政策を続けることは、実際問題としては不可能であろう。日本は、円安誘導が目的ではなく、デフレ転落への防止や財政再建などの国内目標を達成するために必要な金融緩和の強化をしているという看板を掲げ続けるしかない。海外からの近隣窮乏化の非難を最小限に抑える努力をしながら、国際社会で許されるギリギリ可能なところまで、日銀は国債の購入金額を拡大すべきである。具体的には、年間200兆円の国債純増を決定すると、円レートが急激に円安の方向に飛びすぎて、国際社会の非難の声が一挙に高まり、国債購入を続けられなくなる可能性がある。従って、年間の国債純増の金額を100兆円にとどめ、全力を挙げて近隣窮乏化の非難を押さえながら、100兆円純増の目標を死守することがより現実的だと思う。

日本経済を再生させるためには、日銀が国債購入金額を可能な限り拡大させることが最低限必要である。その結果、国内資金が海外にネットで大規模に流出し、円安を通じて経常黒字とGDPが同時に大幅に拡大する。そしてその結果として発生するインフレとバブルを増税によって封じ込めるのである。ハイパーインフレを起こせば、借金は帳消しにできるが、日本経済も同時に死んでしまう。金融政策の援護なしに、消費税率を30%にまで引き上げるだけの政策を採用した場合、消費税を段階的に引き上げる過程で、デフレ不況が深刻化して税収が減少し、金利が急上昇し、やはり日本経済は死んでしまう。金融緩和のみ、財政緊縮のみで、日本経済の成長と財政再建を同時に達成することは不可能である。超円高とモノのデフレ、資産のデフレにより窮乏化しすぎた借金大国を救う一番痛みの少ない政策は、可能な限りの金融の超緩和、その後に実施する財政の超緊縮という政策の組み合わせしかない。

超金融緩和、超財政緊縮の政策を採用しても、日本経済の将来がバラ色になることは100%あり得ない。日本は過去において、長年にわたって金融政策を誤り続け、同時に国債の大量発行という先楽後憂の仕組みを作り上げてしまった。憂いをなくす政策は存在せず、憂いを一番小さくすることができる政策が、超金融緩和、超財政緊縮という政策であるにすぎない。日本一ヶ国だけは繁栄が可能であるということが、グローバルスタンダードでは常識であることは間違いないが、超金融緩和をしなかった場合との比較で栄えるだけであり、日本経済の成長率が今から大きく上昇することはないのである。超高齢化、人口減少、巨額の政府債務を抱える日本経済の将来は、イバラの道しか残されていないのである。その中で、トゲに刺さって痛みを感じることが一番少なくなる政策を採用するしかない。その政策の第一段階が、日銀による国債購入金額を大幅に増やすことにより、ブラックホールのように日本経済を蝕んできた国債市場を殺すことなのである。


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インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*1)


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地価の下落がもたらす財政破綻とその回避策

3月18日に、2014年の公示地価が発表された。最初に、その推移を表すグラフを下記に示す。

公示地価

公示地価の全平均である、「全国全用途平均」は、前年比0.6%のマイナスであった。1991年を頂点とするバブル崩壊後の最安値であり、23年にも及ぶ土地のバブル崩壊が、依然として終了していないことを見せてくれた。

日本では、全国平均の地価が23年間もほぼ継続して下落し、最安値を更新しているという事実が、ほとんど問題になっていない。まず、全国紙の見出しが、「公示地価、3大都市圏で6年ぶり値上がり」といった内容が多く、正確な事実さえ伝わりにくくなっている。そして、局地的でも地価の上昇が発生していることを問題視して、「バブルの芽を封じ込めよ」という内容の社説を掲載する全国紙もあった。世界の常識から完全にはずれた、日本特有の思考形式である。

これが、いかに異常な思考形式かを示すために、日・米・英・スウェーデンの地価の比較をすることにする。なぜ、比較対象がこの3ヶ国であるのかというと、この3ヶ国が、土地や住宅価格の長期のデータが容易に入手可能な国であるという、非常に消極的な理由である。しかし、この3ヶ国は、日本と同様に不動産バブルとその崩壊を経験しており、比較する意味のある3ヶ国でもあると考えている。ただ、アメリカのケース・シラー住宅価格指数は、アメリカで最も幅広く利用されている住宅価格指数であるが、最も長期のデータが存在する10都市の平均でも1987年1月からのデータしか存在しない。そのため、これから示すいくつものグラフは、1987年1月、または1987年を基準点、すなわち100としたグラフである。基準点とするには、最適であるということはできないが、最古の時点であるので、やむをえなく基準点として選択した。そして、全国の更地と住宅価格を同様に扱うというやや乱暴なこともしている。こうした違いがあることを頭に入れながら、多少の誤差があるのを覚悟の上、比較を試みた。

まず、日・米・英・スウェーデンの地価の推移を表すグラフを下記に示す。


地価

見てわかるとおり、米・英・スウェーデンの地価が順調に上昇しているのに対して、日本だけが、継続して下落している。アメリカとイギリスは、2006年-2007年頃まで住宅バブルが進行し、その後バブルが崩壊して、リーマンショックという金融危機を引き起こした。一方、スウェーデンの不動産バブルの頂点は、日本と同じ1991年であった。その後1993年までバブル崩壊が続くのだが、その後は日本とは正反対に、ほぼ継続的に地価が上昇し続けている。

米・英・スウェーデンは、日本と同様に不動産バブルとその崩壊を経験したのだが、日本との最大の相違点は、地価の下落期間が短期間であり、その後は継続的な地価の上昇が復活していることである。長期間、地価の下落が継続しているのは、日本だけである。

日本人の目からすると、現在の米・英・スウェーデンの地価の方こそがバブルではないかという疑問を持つ人がいるはずだ。それを調べるために、地価指数を、名目GDPをデフレーターとして使って、実質化することにする。GDPデフレーターではなく、名目GDPを使う理由は、地価は名目GDPが成長し続ける限り、土地の生産性は上昇し、モノの価格以上に上昇することは当然であるからだ。しかし、地価が名目GDPの上昇率を超えて上昇した場合、すなわち、地価の対名目GDP比率が上昇し続けると、いずれ必ずバブルへと発展するのである。従って、地価の対名目GDP比率のことを、ここでは実質地価と呼ぶことにする。

次に、4ヶ国の実質地価の推移を表すグラフを下記に示す。


実質地価

実質地価で見ても、日本の下げ率の大きさは一目瞭然である。米・英・スウェーデンの直近の実質地価は、名目の地価ほどには上昇していない。アメリカは1987年1月を14%下回り、スウェーデンは24%、イギリスは13%上回っている。一方、日本は47%下回っている。グラフで表示されている34年の期間を眺めてみても、4ヶ国の中で、日本だけが異常に下げすぎである。アメリカも水準は少し低めであり、バブルからはほど遠い。イギリスとスウェーデンは過去34年間の中で高めの位置にある。ただし、高めであっても、過去最高を下回っており、バブルとまでは言えないと思う。今後も、実質地価が継続して上昇し続けた場合には、間違いなくバブルへと発展するであろう。現時点では、まだその少し手前に位置していると思う。

先にも書いたとおり、日本は2つの点で異常である。すなわち、地価が長期間下がり続け過ぎているという事実と、局地的でも地価が上昇すると「バブル」と呼ぶ心理が、異常なのである。局地的でも地価が上昇すると「バブル」と呼ぶ心理は、病的な心理であることを認識する必要がある。この心の病を認識して治療し、今後はモノの価格だけではなく、地価も同様に引き上げることが必要不可欠であることを理解すべきである。

地価が大きく下がった場合、実体経済に間違いなく悪影響を及ぼす。その中で最も悪影響が大きいのは、財政赤字の拡大である。地価が下がると、財政赤字の拡大につながりやすい。この「風が吹けば桶屋が儲かる」のように見える事実関係の間に、論理的な因果関係があることを示したいと思う。

まず、4ヶ国の実質GDP成長率の推移を表すグラフを下記に示す。


実質GDP

経済成長は、財政再建に貢献するとよく言われるが、必ずしも正しいとは言い切れない。財政状態が最悪の日本が、実質GDP成長率が最低であるのは当然かもしれない。しかし、後ほど示すように、財政状態が最も健全なスウェーデンは、実質GDP成長率に関しては、アメリカ、イギリスよりも低いのである。

次に4ヶ国のGDPデフレーターの推移を表すグラフを下記に示す。


GDP def

GDPデフレーターが10数年間マイナスが続いているのは日本だけである。日本だけが異常なのであり、他の3ヶ国が、普通なのである。

次に、名目GDPの上昇率の推移を表すグラフを下記に示す。


名目GDP

日本は4ヶ国の中で、名目GDPの伸び率が飛び抜けて低い。実質GDPの伸び率の低さも一因であるが、GDPデフレーターがマイナスの期間が長く続いた影響の方が大きい。2番目の原因として、地価などの資産価格の低下があげられる。地価が上昇すると消費が増えやすくなるという資産効果、それと反対の逆資産効果が考えられる(*1)。すなわち、地価が上昇し続けると、名目、実質GDPも増加しやすくなり、逆に地価が下落し続けると、名目、実質GDPも増加しにくくなる。

地価の変動のより大きな影響は、財政の歳入面に現れる。GDP統計における一般政府ベースでの政府の歳入の推移を表すグラフを下記に示す。


歳入

日本の歳入の伸び率が飛び抜けて低い。この間、消費税の増税や、社会保険料の継続的な上昇が続いている。そうした歳入増加策があったのにもかかわらず、実際の歳入の伸び率は非常に低い。これも、名目GDPの伸び悩みが大きな原因の一つである。しかし、地価などの資産価格が下落した影響も大きい。地価が上昇して企業がその土地を売却した場合、企業の土地売却益は、GDPに加えられることはない。しかし、他の所得による損失と相殺される場合を除いては、法人税がかかり、税収は増える。一方、地価が下落する場合、土地の売却損がGDPから控除されることはない。しかし、企業が、他で所得を獲得している場合には、本来なら他の所得にかかるはずであった法人税が、土地売却による損失分だけ控除され、納入する法人税の金額が少なくなる。また、地価が上昇し続ける場合、個人が獲得する土地の譲渡所得は、GDPに加えられることはないが、税収そのものを増加させることに違いはない。先に指摘した、地価の変動が資産効果、逆資産効果を通して名目GDPを変動させ、その結果として税収が変動することもある。つまり、地価が上昇する局面では、名目GDP以上に税収が増えやすくなり、地価が下落する局面では、名目GDP以上に税収は減りやすくなる。税収は、名目GDPに影響されるが、それにプラスする形で、地価などの資産価格にも大きく影響されるのである。

次に4ヶ国の歳出の推移を表すグラフを下記に示す。


歳出

日本の歳出の伸び率が一番低い。この原因の一つは、モノのデフレの結果、歳出が実体以上に低く見えることである。ただ、同時に、日本は、他国との比較では、無駄な歳出をガンガン増やしたのではないことも事実である。社会保障関連の支出は確かに増えているが、他の3ヶ国と比べて、歳出全体の伸び率は低い。なお、スウェーデンは、歳出の伸び率がアメリカ、イギリスよりも低く、同時にスウェーデンの歳入の伸び率とも近い。これは、スウェーデンが財政再建に強く取り組んできたという要因が大きい。しかし、日本の歳出は、歳出削減によって財政再建を強力に進めてきたスウェーデン以上に伸びていないことも事実である。

次に、財政赤字の対GDP比率の推移を表すグラフを下記に示す。


財政赤字

スウェーデンの財政赤字の少なさが目立つ。スウェーデンよりももっと歳出の伸び率を抑えた日本が最悪である。アメリカ、イギリスは、リーマンショック以前はまずまずだったが、その後急速に悪化した。それでも、2010年以降は、財政再建が急速に進んでいる。日本は、スウェーデンとは正反対に、バブル崩壊後、財政赤字の拡大傾向が、一時期を除いて続いている。

次に、政府純債務の対GDP比率の推移を表すグラフを下記に示す。


政府債務

財政赤字と同様に、日本の悪化ぶりが目立つ。日本の場合、1991年以降、政府純債務の増加のグラフと、地価の下落のグラフとが見事なまでに対称的な動きを示している。地価の下落は政府純債務の増加を引き起こす原因であり、「風が吹けば桶屋が儲かる」といった偶然ではない。しかし、地価の下落だけが政府純債務の増加の原因ではない。従って、ここまで高い対称性には、「風が吹けば桶屋が儲かる」といった偶然が含まれているはずだ。

4ヶ国の中で、スウェーデンの財政状態が抜群によい。普通、スウェーデンは財政再建に真剣に取り組み、日本は真剣に取り組まなかったことが原因とされる。しかし、日本は、スウェーデン以上に歳出の伸び率が低かった。歳出は他の3ヶ国ほどは伸びなかったが、日本の歳入よりは伸びた結果、財政状態は最悪になった。財政再建に取り組んだのは、日本もスウェーデンも同じであるが、日本は失敗し、スウェーデンは成功したのである。日本が失敗した理由は、スウェーデンとは異なり、財政再建が成功する環境が存在しなかったことが大きく影響している。

日本とスウェーデンの財政状態に決定的な差がついた環境とは、価格という環境の差である。スウェーデンは、モノのデフレに陥らなかったが、日本ではモノのデフレが長引いた。モノのデフレは、富を、債務者から債権者に移転させる。日本における最大の債権者は高齢の資産家たちであり、債務者は政府である。モノのデフレは、高齢の資産家に対してデフレ減税を大規模に実施したことと同じである。害しかない大減税が密かに長期間実施されていたのである。もう一つは、資産価格の差である。土地を例にとると、1991年に土地のバブルが頂点に達した後、日本の地価はその後23年間、ほぼ継続的に下落し続けてきた。一方、スウェーデンは、1991年に地価が頂点をつけた後、1993年までは下落したが、1994年以降はほぼ継続して上昇し続けている。この地価という資産価格の継続的な上昇が、歳入の増加に貢献しただけではなく、不況の拡大を防ぎ、財政再建に伴う痛みのバッファーにもなったのである。その結果、財政再建を進めることが政治的に可能となったのである。日本は、地価や株価が下落している中、1997年に消費税を増税して不況を誘発し、財政再建は失敗に終わった。地価などの資産価格が上昇し続けていたならば、消費税増税の結果としての消費不振を資産効果による消費増加がかなりの程度相殺し、財政再建を続けることが可能であったと思う。日本も、スウェーデンのように1994年以降、ほぼ継続して地価が上昇し続けていたならば、財政再建は成功に向かっていたはずである。

2009年は、リーマンショックの影響により世界的な景気後退が発生した年である。この年の地価の変動率は、日本-3.5%、アメリカ-13.0%、イギリス-7.4%、スウェーデン+2.0%であった。一方、財政赤字の対GDP比率は、日本-10.4%、アメリカ-12.9%、イギリス-11.3%、スウェーデン-1.0%であった。アメリカ、イギリス、日本は2009年の地価が下落したが、スウェーデンだけは地価が上昇した。スウェーデンも2008年-2009年は景気後退となったが、地価が下がらなかったスウェーデンは、景気後退を短期間に克服しただけではなく、財政収支の悪化を最小限にとどめることに成功したのである。日本では、地価の下落率はそれほど大きくはなかったが、超円高・株安という別の資産価格の変動を容認したため、大変大きな不況が発生した。不況で歳入が大きく落ち込む中、財政支出拡大により不況をくい止めようとしたため、財政赤字は一気に拡大し、財政再建は完全に挫折したのである。

安定的なモノと地価などの資産価格の継続的な上昇は、不況の発生を防ぎ、それでも発生してしまった不況の悪影響を最低限に抑えることを可能にする。モノと地価などの資産価格の継続的な下落が続いた日本では、しばしば不況が発生し、歳入が減少する中で、財政支出拡大という景気刺激策がとられ、財政赤字が拡大し、財政再建が挫折したのであった。これは、日本がモノと資産価格、特に地価の下落をあまりにも長期間放置し続けてきたことが原因であった。

地価の下落が定着すると、金融政策の効果が小さくなる。異次元金融緩和は2013年4月ではなく、それより20年前の1993年4月に実施されるべきであった。1993年4月実施ならば、相当大きな効果を上げることが可能となり、失われた20年は存在しなかったはずである。しかし、2013年4月ではあまりにも遅すぎた。長引く資産デフレの結果、国民のリスク回避性向が極端に高まってしまったからである。20年遅れたからには、効果のある金融政策を実施するためには、より大規模な金融緩和が必要になってくる。

追加の異次元金融緩和を何度も繰り返せば、間違いなく地価は上昇してくるはずだ。これは日本経済にとって非常に良いことであり、必要なことである。しかし同時に、問題点も必ず発生する。人口減少下での地価は、全国で平均的に上昇するのではなく、人口減少率の低い地域のみが急激に上昇することが間違いないからである。私は、(*2)の後半部分で、地価の上昇率が高い地域の土地の保有や売買に対する増税を提案した。こうして、異次元金融緩和を大幅に上回る金融緩和を実施し、同時に地価が上昇する土地に対して重点的に増税を実施したならば、土地のバブルを抑制することが可能になるはずである。

従来の日本、特に日銀においては、とんでもなく誤った宗教が信じられていた。日銀が国債購入を増やすと、政府は安易に歳出を増加させ、財政赤字が拡大し、ハイパーインフレが発生し、日本経済は破綻するという宗教である。これは、1932年-1949年という準戦時経済体制、太平洋戦争という国家総力戦、敗戦による経済の崩壊という特殊な環境の下で発生した事実であり、一般化してはいけない事実である。日銀の国債購入は、アメリカ、イギリスのようにバブル崩壊直後ではなく、バブル崩壊から10年も経過した2001年からとあまりにも遅すぎ、同時に金額が小さすぎた。その結果が、モノのデフレと円高、株価の下落、そして、23年にも及ぶ地価の継続的な下落である。地価の下落だけは、現在進行形である。こうした環境下では、財政再建を不可能にする不況の発生が避けられない。政府債務を累積させ、世界ではギリシャと並んで最も悪く、歴史的にも1945年と変わらないくらいまで財政状態を悪化させた最大の主犯は日銀であった。日銀が財政破綻につながると誤った宗教を信じた結果、日銀による国債購入を遅らせ、財政を破綻寸前にまで追い込んでしまったのである。

日銀は、いい加減にこの誤った宗教を100%放棄しなければならない。黒田体制になって、変化はあった。しかし、審議委員の話などを聞くと、これ以上の金融緩和は副作用が大きいと話すなど、現状以上の金融緩和はなんとしてでも避けたいという、白川体制の頃と全く変わっていない内容の話が多すぎる。国債をもっと買おう。ガンガン買いまくり、発行済国債を全部日銀が買い占めよう。そうすれば、地価は必ず上昇に転じる。そして地価が上昇する土地に対する税金を大きく引き上げよう。このような増税こそが、税収を増やし、財政再建を可能にしてくれるのである。モノのインフレが発生すれば、所得税を引き上げ、消費税の追加引き上げも考えても良い。

増税という財政再建策が可能になる条件は、モノや資産の価格が上昇することである。価格が上昇している間は、価格上昇率を抑制するという名目で、増税の実施が可能になり、実際に財政赤字が縮小する。そのことは、アメリカ、イギリス、スウェーデンの経験と、財政赤字を表す先に示したグラフが証明している。一方、モノや資産の価格が下落する局面での増税は、景気をいっそう悪化させるだけで税収は増えず、財政赤字をかえって拡大させてしまう。その事実は、日本の経験と、歳入と財政赤字を表す先に示したグラフが証明している。財政赤字拡大と政府債務拡大の先には、金利の急上昇という財政破綻への道しか残されていない。

あまりにも長期間、日銀が誤った宗教を信じ続けた代償は大きすぎる。代償の具体的な中身は、日本経済の老化現象という治療がほとんど不可能な病気を、10年以上前倒しで発生させたことである。今さら、金融緩和を強化しても、もはや取り戻せないものが多すぎる。それでも、少しでも多くのものを取り戻すためには、日銀が国債を大量に購入し、地価の引き上げを目指すことは、最低限必要である。それを実施した場合でも、取り戻すことができないものが多いため、日本経済の再生には不十分であるかもしれない。しかし、増税という財政再建策が可能になり、金利の急上昇による財政破綻だけは、最低限、回避することが可能になる。従来の日銀が、財政破綻を引き起こす禁じ手としてきた大規模な国債購入策こそが、財政破綻寸前に陥っている現在の日本の財政を再建へと導く唯一の政策であるのだ。

個人消費不振の真の原因(*1)
インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*2)


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空回りする金融政策 効果を発揮する金融政策への転換

今年に入って、消費税増税後をにらんだ駆け込み需要により、足元の景気動向は非常に堅調である。生産はピークを超えたであろうが、販売は3月いっぱいは堅調であろう。では、昨年までの景気は、何が原因で回復し続けていたのであろうか。統計をよく観察してみると、昨年の景気回復の原動力は、明らかに財政支出の拡大が最大の貢献をしていた。金融政策の効果はどうであるかを考えると、水面下では大きな効果を発揮しているにしても、表面に現れて数値化され、誰にもわかりやすい部分での効果は、非常に限定的なものでしかない。

反リフレ派は、金融緩和に効果がないと、今でも元気に主張し続けている。現時点では、景気回復が順調に続いているので、その声が世論一般に広く受け入れられてはいない。しかし、反リフレ派が現在でもピンピンして元気でいるのには、大きな理由がある。それは、昨年までの景気回復において、金融政策の寄与度が極めて小さなものであったからだ。リフレ派は、景気回復の原因は、金融政策の結果であると主張している。この論争に関しては、私は、反リフレ派の主張により多くの真実が含まれていると考えている。昨年1年間、特に昨年後半においては、金融政策は、ごく一部しか効果を発揮していない。その根拠を、次に説明することにする。

まずは、過去3年間の実質GDP成長率の推移を表すグラフを下記に示す。


実質GDP

2013年に入って、実質GDPはプラスの成長率が続いている。大胆な金融緩和を先取りして円安株高が発生したのが、野田前総理が衆議院の解散発言をした2012年11月14日である。そして、大胆な金融緩和が具体的なものとして現実化したのが、2013年4月4日の異次元金融緩和の開始である。2013年に入って、実質GDP成長率が大きく増加したことは事実である。しかし、2013年後半になると、実質GDP成長率は鈍化している。

次に、過去3年間の実質GDP成長率、それに寄与した公需(政府最終消費支出+公的固定資本形成+公的在庫品増加)、および、「GDP-公需」のグラフを下記に掲載する。


GDPと公需の寄与度

薄水色の棒グラフが、実質GDP成長率を表す。その右の黄緑色の棒グラフが、公需を表す。2013年に入ってから、公需はGDPに対して高水準の寄与度を示している。昨年後半に限っても、比較的高い寄与度を示している。その右の薄赤色の棒グラフが、「GDP-公需」である。昨年前半は、大幅なプラスの寄与度を維持していたが、昨年後半から、寄与度はマイナスに転落している。GDPのプラス成長、公需の大幅な増加、「GDP-公需」のマイナス成長、これが意味するところは、昨年後半のGDPの成長は、多くは公共投資という形態をとり、一部は社会保障という形態をとった政府支出、すなわち公需によって支えられた成長であるということだ。仮に、公需の増加率がゼロであった場合、実質GDP成長率は、2四半期連続のマイナス成長となり、アメリカ流の定義で言えば、景気後退が発生していたことになる。そうした景気後退の発生を食い止めることができたのは、公共投資を中心とする公需の増加があったからである。昨年後半は、公需の増加がなければ景気後退に陥っていたのであり、金融政策は目に見えるプラスの効果を少ししか発揮していないのである。

次に、なぜ「公需がなければ景気後退」という状況になったのかを、GDPを民需と外需に分けてみることにする。


内外需の寄与度

内需=民需+公需である。薄赤色の公需も含めた内需は、比較的強い増加率を維持している。しかし、黄緑色の外需が昨年後半に大幅なマイナスになり、薄水色のGDP成長率を大きく引き下げている。外需、すなわち輸出よりも輸入が大きく増加し、内需による成長を不可能にしているのである。

次に、民需を(民間最終)消費、住宅(投資)、(民間企業)設備投資に分けたグラフを下記に示す。


民需の寄与度

薄水色の民需は、前のグラフで示したとおり、堅調な推移を示している。その中で健闘しているのは、薄赤色の消費である。これは、後に示すが、資産効果の影響が大きい。黄緑色の住宅は、GDPの3%しか占めないので、健闘してはいるが、大きく寄与することはできない。しかも昨年の後半は、消費税増税前の駆け込み需要がプラスに働いている。薄橙色の設備投資であるが、これは、過去1年間、プラスを維持しているが、寄与度が小さいままである。

このように、2013年後半の景気は、外需はマイナスであり、民需の伸びは高くなく、明らかに公需によって、かろうじてプラスの成長率を維持してきたのであった。

次に広義の賃金である雇用者報酬(「賃金+企業の社会保険料負担」×雇用者数)の、少し長めの推移を表すグラフを下記に示す。


雇用者報酬

直近において、名目の雇用者報酬は増えているが、インフレ進行の結果、実質雇用者報酬は伸び悩んでいる。消費の元となる雇用者の実質報酬は、あまり増えていないのである。それにもかかわらす消費が好調な理由は、株高による資産効果の影響が大きい。以前、日本の消費は、個人の保有する資産金額が増えないので低迷が続いていることを示したことがある(*1)。直近の株高による資産効果は、過去と比較した場合でも、大きいほうである。高齢の資産家が、株価の値上がりのため、高額商品を大量に買っているようである。なお、1997年4月の消費税増税後に、雇用者報酬が大きく落ち込んだ推移は、上記のグラフで確認していただきたい。

次に、インフレ率の変動を、GDPデフレーターで見ることにする。


GDPデフレーターの推移

GDPデフレーター上昇率が、消費者物価上昇率より低めに出ることは、昔から変わっていない。日銀の物価目標は、消費者物価で前年比2%上昇である。しかし、異次元金融緩和を実施する際、必要なマネタリーベースの金額を算出するために、マッカラムルールの式に使用したGDPデフレーターの値は、1%(実質GDP成長率=+2%、名目GDP成長率=+3%)であったはずである。日銀は、GDPデフレーターの目標を1%と置いているのである。GDPデフレーターは、国内物価だけの上昇率を示すものであり、輸入物価の上昇分は差し引かれる。

GDPデフレーターは、野田前総理の解散発言があった2012年10-12月期には-0.7%であったが、2013年10-12月期は-0.3%になっている。デフレの幅は縮小しているが、依然としてマイナスである。消費者物価上昇率が、1%を超えて上昇しているにもかかわらず、GDPデフレーターがマイナスである理由は、昨年末までのインフレの全てが、国内生産品の値上がりではなく、輸入品の値上がりに依存したインフレであることの証拠である。消費者物価は日銀の予想通りに順調に上昇しているが、その大元の原因は、円安を通じる輸入インフレであった。4月以降は、賃金上昇の明確化と消費税増税の結果、GDPデフレーターも2%以上の上昇に転じるであろう。しかし、円安が進行しないかぎり、輸入インフレの分は、値上がり幅が低下してしまう。消費税増税分を除く消費者物価の上昇率は、賃金上昇率+輸入物価上昇率に近くなる。4月以降は、円安進行がなければ、賃金上昇率は上昇しても、輸入物価上昇率は低下するので、その合計が、大きく上昇する可能性は低いと言わざるをえない。

以上、見てきたとおり、現在の日銀の金融政策は、目に見える効果については、一部しか発揮できていない。景気回復への寄与度の中で目立つ点は、株高を原因とする消費の拡大である。しかし、これは、株価が継続して上昇し続けないかぎり、その勢いは失われてしまう。物価の上昇も、金融緩和が原因であるが、円安が進行したからこそ可能であった輸入インフレである。輸入インフレは、円安進行が止まれば、消えてしまう。

ここで重要な点は、金融緩和の効果が、「見える形では」現れていないということである。見えないところでは多大な効果を上げている。私は、金融緩和の結果としての円安株高が、景気回復に非常に大きく寄与してきたと繰り返し書いてきた。異次元金融緩和を実施しなかった場合と比較すると、実質GDP成長率を大きく引き上げたことは間違いない。異次元金融緩和が実施されなかった場合、日本経済の供給サイドは超円高によって今よりもはるかに弱体化し、日本経済はどうしようもないほど没落してしまっていた可能性が高い。

例えば、シャープという会社は、今のところすぐに倒産するような状況には置かれていない。理由の一つは、円安の直接的な影響により、営業利益が拡大したからである。もう一つの理由は、円安の結果として株高が発生したため、約1400億円にも及ぶ増資が可能となったからである。2012年11月以降も、円高株安が続いていたならば、シャープは間違いなく、倒産か外資系企業に買収されていたであろう。そして今頃は、ソニーとパナソニックのどちらが先にシャープ化するかで大騒ぎになっていたはずである。しかし、2012年11月以降の円安株高により、シャープ、ソニー、パナソニックは、倒産という現象からは、かなり遠くなっている。円高により回復不能の大打撃を受けた部分は、現在でも回復してはいない。それでも、倒産の可能性が大きく低下したことは、金融緩和とその結果として生じた円安株高の大変大きな効果である。しかし、この話は、「仮に円高株安が継続していたならば、日本経済は、より大きく弱体化していたはずだ」というタラレバのつく話である。従って、理論的、科学的には正しいのであるが、普通の人たちに対する説得力が大きいとは言えない。金融緩和の大きな効果であっても、「目に見える効果」ではないのである。

2012年11月以降の円安進行の結果、貿易赤字は拡大している。因果関係としては、円安にもかかわらず、貿易赤字が拡大していることを(*2)で説明した。経済現象は複雑である。いくつかの現象の間の相関関係を見つけ出すことは難しいことではない。しかし、因果関係を正確に説明することは、簡単ではないことも多い。特に、相関関係がない場合に、因果関係が存在することを、万人に対して説得力のある形で説明することは非常に難しい。そのため、経済学者、エコノミストの間で、経済に対する見方が大きく分かれてしまうのである。意見が分かれるだけではなく、誰もが、万人に対して説得力のある正しい説明ができないことが多いのである。2012月11月以降に円安→輸出拡大・輸入縮小→貿易収支の赤字縮小・黒字への転換→実質GDP成長率の拡大、という現象が発生していたと仮定する。それならば、円安が貿易黒字を拡大させ、実質GDPの拡大につながったという、わかりやすくて説得力のある説明が可能になる。この場合、反リフレ派は、白旗を揚げるしかなかったであろう。

しかし、実際には、円安発生の後、貿易赤字は拡大し、実質GDP成長率を引き下げたのである。また、「円安にもかかわらず、貿易赤字が拡大」という私の説明は、私個人の考え方であり、リフレ派の中でも、説明の仕方はバラバラである。「貿易赤字は時間がたてば縮小する」、「貿易赤字の拡大は騒ぐほどの大きな問題ではない」、「貿易赤字の拡大を問題視するのは、重商主義的な考え方であり、誤りである」。こうしたリフレ派のバラバラな意見が広まると、普通の人が聞いた場合、「円安が貿易赤字を拡大させ、実質GDP成長率を引き下げている」という反リフレ派による、正しくはなくともシンプルな因果関係の主張が、より広く正しいと世論一般に受け入れられる余地が生じてくるのである。

景気回復が継続するかぎりにおいては、世論一般のリフレ政策に対する支持率が下がることはないと思う。結果よければ、すべてよし、なのである。しかし、目前において、消費税増税という大変大きな不確実性のある政策が実施に移される。仮に、ここでつまずき、景気回復に変調をきたすようになれば、普通の人たちの、リフレ政策、リフレ理論全体に対する信用も同時に大きく失われてしまう可能性が高くなる。消費税増税は以前から決定されていた話である。反消費税増税のリフレ派も多い。しかし、リフレ派の最高のリーダーである、黒田日銀総裁、岩田副総裁は、消費税増税の積極推進派であり、消費税増税が、リフレ政策に害を及ぼすほどの大きな悪影響をもたらすことはないと、繰り返し主張している。私自身は、消費税増税の景気に対する悪影響を非常に大きく評価しながらも、消費税増税自体には賛成するという、非常に理解を得られにくい少数派の立場に位置している。このような場合、原因が消費税増税であろうと、なかろうと、景気回復が思わしくなくなってくると、反リフレ派からの批判は間違いなく強まる。「リフレ派が主張していた円安株高の後、景気回復が続くことはなかった」、「円安になっても輸出は減少し、景気の足を引っ張っている」、「従来の景気回復は財政政策の結果であり、リフレ政策の結果ではなかった」、「リフレ政策という壮大な社会実験は完全に失敗した」、という様々な批判が、正誤とは無関係に、普通の人たちに対して強い説得力を持つことになるのである。

「現在の景気回復に対して、異次元金融緩和は、少なくとも、目に見える形では、効果を少ししか発揮していない、景気回復は、主として財政政策のおかげである。」という事実を、リフレ派は認めるべきである。金融政策の効果が現れるまで2年必要であるとよく言われるが、2年というのは最長である。株高による資産効果は、株高開始直後から始まっており、株高が続かなければ、時間がたつうちに消えてしまう。実質金利の低下の効果が発揮されるまでは、2年近くかかるであろう。ただ私の意見では、実質金利の低下という伝統的な金融政策の効果は小さい。「金融政策は馬を川に連れていくことはできるが、馬に水を飲ませることはできない」という伝統的な考え方は、全く誤った考え方であるが、実質金利低下の効果に対する反論に限った場合、かなりの程度の真理を含むと考えている。

異次元金融緩和が開始されて1年近くたつのに、予想通りの成果が現れていないのである。しかし、目に見えにくいところでは効果を発揮しているので、リフレ政策そのものが間違っているのではない。リフレ政策の規模が小さすぎることが大きな原因なのである。

消費税増税があろうとなかろうと、現在の金融緩和の規模は小さすぎる。2012年11月-2014年2月の16ヶ月間に、証券売買だけで31兆円もの巨額の資金が国外から国内へと流入している。普通、異次元金融緩和のような大規模な金融緩和を実施した場合、資金が国内に31兆円も流入することが起こるはずがない。起こるとすれば、31兆円の国外への資金流出のほうである。金融緩和を強化すると、インフレ期待が発生し、金利が急上昇すると警告する人が無数に存在した。しかし、実際に発生していることは、その正反対の動きなのである。現在の日本国内の投資家は、大規模な金融緩和が実施に移され、インフレが進行しても、資金をリスク資産から無リスク資産へと大規模に移動させ、インフレによる資産の目減りの方を積極的に選択しているのである。年率2%程度のインフレによる無クリス資産の目減りの金額は、過去に被ったリスク資産に対する投資での大損よりも、はるかに金額が少ないことが一つの原因である。過去20数年間続いた資産デフレの結果、日本国内の投資家は、リスクを極端に回避する行動をとるようになった。その結果、多くの日本人は、従来の経済学の常識では考えられないような行動をとるように変化してしまったのである。

従来の経済学の常識が通用しない日本においては、従来の経済学の常識通りの経済政策では効果が上がらない。日銀が年間ネットで50兆円の国債を購入し、マネタリーベースを年間60兆円~70兆円増やすという政策は、常識的に考えたならば、十分すぎる金融緩和である。だが、現在の日本では、その常識は通用しない。少なくとも、日銀がネットで年間100兆円、200兆円、あるいはそれ以上の規模で国債購入を続けなければ、目に見える成果が上がらないという特殊な経済構造へと、現在の日本経済は変化してしまっているのである。日銀はそうした日本経済の特殊な構造への変化を理解し、大規模な追加緩和を一刻も早く実施しなければならない。インフレが進行すれば、追加増税によるインフレ抑制と財政再建を強力に進めれば良い。その結果、金融政策の効果が、「目に見える効果」、「万人を納得させることのできる効果」へと変化し、リフレ政策の正しさが証明されるのである。

個人消費不振の真の原因(*1)
貿易収支の黒字復帰 可能であり必要な政策(*2)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

貿易収支の黒字復帰 可能であり必要な政策

2014年1月の貿易収支の赤字(季調済)は、1兆8188億円となり、過去最悪を記録した。2012年11月から円安ドル高が開始し、貿易収支の赤字は改善されるものと期待されていた。しかし、現実には正反対の方向へと進んでいる。そのため、貿易収支の悪化の原因を円安に求める意見が増えている。追加金融緩和と円安を通じる経済成長が必要不可欠と繰り返し書いてきたものとしては、こうした誤った意見の広まりを無視することはできない。ここでは、貿易収支の赤字拡大の原因が円安ではないことを示すと同時に、貿易収支の黒字復帰を実現させる政策が存在し、かつ必要なことも同時に示したいと思う。

まず、日本の輸出、輸入、貿易収支の推移を下記のグラフに示す。


貿易収支

円安ドル高が始まった後、昨年前半の貿易赤字は、ほぼ横ばいであった。しかし、昨年後半から貿易赤字が拡大し、特に今年1月の貿易赤字は、過去最悪の記録を更新した。よく円安にもかかわらず輸出が伸びないと言われているが、輸出の伸びの低さよりも、輸入の伸びの大きさの方が目立つ。貿易赤字拡大の原因が円安という人は、輸入金額の大幅な伸びの原因を円安だとして、円安が貿易赤字拡大の元凶と非難するのである。

次に、日本の輸出、輸入の数量ベースの推移を下記のグラフに示す。


実質輸出入

数量ベースで見ると、金額ベース以上に輸出が伸びず、輸入が増えていることがわかる。円の為替レートは対ドルで、2012年11月の81円から2014年1月の104円にまで22%下落している。この間、実質輸出は2%伸び、実質輸入は13%伸びている。普通なら、円安が発生した場合、価格が下がった輸出品の数量が、価格が上がった輸入品の数量よりも増えるはずである。ところが実際には輸入が輸出よりも増えている。円安の結果として、数量ベースの輸入が輸出以上に増えることはありえない。

2014年1月に過去最悪の貿易赤字を記録した原因は、2012年11月以前に、あまりにも長期間、超円高が続きすぎたことが原因である。特に、リーマンショック後の超円高の継続により、日本の輸出産業の何割かが、崩壊したり、回復不能の大打撃を受けた影響が大きい。この場合、円安に戻っても、一度死亡した産業が生き返ることはない。かろうじて生き残っている成長産業も、日本国内で比較劣位となり、規模の利益も失い、財務内容も悪化し、現状程度の円安だけでは、生き延びるのが困難な環境となってしまった。こうした超円高による悪影響の後遺症は、まだ終わっていない。繰り返すが、現在の貿易赤字の拡大は、特にリーマンショック後の超円高によって、輸出産業が回復不能の大打撃を受けた影響が、円安に戻った現在においても継続中であることが、大きな原因となっているのである。

一方、現在の日本の輸出産業の崩壊は円高が原因ではない、という意見は多い。為替レートが円安になったとしても、中国を中心とするアジアの低賃金諸国で生産される工業製品に、日本製の工業製品は、賃金格差がありすぎて、どうあがいても勝てるはずはない、という意見は多数説だと思う。私は、その考え方は、半分は正しく、半分は間違っていると考えている。賃金格差の半分は、経済の発展段階の差であり、あきらめるしかない。スマホの製造は、賃金の高い日本では不可能であり、あきらめるしかない。しかし、半分は日本周辺のアジア諸国による為替操作の結果である(*1)。半導体産業が大打撃を受けた原因は、韓国、台湾の長期間にわたる大規模な為替操作の結果である。

こうしたすでに崩壊してしまった輸出産業をいくつも持っている日本の貿易収支が、黒字に回復することが可能であろうか。私は、可能な政策があると考えている。

そのためには、国際収支の構造を理解する必要がある。まず、主要な国際収支の項目の定義式を下記に示す。

(1)経常収支+資本収支+誤差脱漏+外貨準備増減=0
(2)経常収支=貿易収支+サービス収支+所得収支+経常移転収支
(3)資本収支=投資収支+その他資本収支
(4)投資収支=直接投資+証券投資+金融派生商品+その他投資

本来なら、この定義式を使って説明すべきであるが、そうするとわかりにくくなってしまう。そこで、正確性を犠牲にし、乱暴なほど単純化した下記の式を使って説明することにする。

(5)経常収支+資本収支=0
(6)経常収支=貿易収支+所得収支
(7)資本収支=投資収支
(8)投資収支=直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計

(5)(7)(8)の式から、

経常収支=-資本収支
=-投資収支
=-(直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計)

となることがわかる。異次元金融緩和が開始された昨年4月の経常収支(季調済)は、8976億円の黒字であった。しかし、今年1月の経常収支(季調済)は、おそらく数千億円前後の赤字になるであろう。このことが意味することは、「直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計」が、昨年4月には8976億円の赤字であった。ところが今年1月には、「直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計」が数千億円の黒字に変化した。名前が長いのでさらに乱暴に単純化して、「直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計」を、単に「余剰資金」と呼ぶことにする。昨年4月には、余剰資金が国内から海外へ8976億円流出していた。しかし、今年1月には、余剰資金が海外から国内に数千億円ほど流入するように資金の流れが大きく変化したのである。

逆に言うならば、余剰資金を国内から海外へと流出させることができたならば、100%の確率で経常収支は黒字に復帰するのである。私は、金融緩和の強化により、国内の余剰資金を海外に流出させる必要性を繰り返し書いてきた。実際、異次元金融緩和は行われたものの、海外投資家の大規模な日本株買いや国内投資家の大規模な外国株売りなどの結果、余剰資金は海外に流出するどころか、流入し続けてきたのである。国内の余剰資金が安定的に海外に流出するまで、金融緩和を強化し続けなければならないことをワンパターンのように繰り返してきた。

普通、異次元金融緩和のような大規模な金融緩和を実施すると、国内から海外へと流れる余剰資金の金額が増えるケースが多い。しかし、異次元金融緩和の後の日本の余剰資金の流れには、普通ではない現象が発生したのである。異次元金融緩和を実施した結果、国内から海外へと流出していた余剰資金が、海外から国内へと流入するように資金の流れが変化したのである。これは、水が低い所から高い所へと流れるような、まれにしか起こらない現象である。しかし、そのまれにしか起こらない現象が、2013年4月以降の日本で、実際に発生し続けているのである。日銀は、まれにしか起こらない余剰資金の流れの変化に、いいかげんに気がつく必要がある。

(6)の式で示したとおり、経常収支=貿易収支+所得収支、である。所得収支は、利子や配当などであり、季節要因を除けば、短期間に大きく変化することはない。従って、経常収支の黒字拡大が継続すると、その先には、貿易収支の黒字復帰が必然的に発生するのである。

現在の日本に必要な政策は、国内の余剰資金を安定的に海外に流出させる構造を作り上げることである。そのためには、日銀が国債を年間50兆円購入するという現在の政策から、国債購入金額をその何倍にも増やす必要がある。日本には余剰資金があり余るほど存在しているが、なかなか海外に流出しない。その原因は、政府が毎年巨額の国債を発行し続けてきたからである。国内の余剰資金は、海外に流出せず、日本の巨大化した国債市場へと流れ込み続けた。その結果が、円高の継続による日本の輸出産業の弱体化である。日銀が年間100兆円、200兆円のペースで国債を購入し続ければ、日本国内の余剰資金は、国債市場から閉め出され、国内での運用先がなくなってしまう。これは、日本の国内投資家が大変忌み嫌う政策である。国内投資家は、日本国債を買い続けたくてたまらないのである。しかし、それが不可能になれば、国内投資家の余剰資金は、外国証券などのリスク資産の購入へと向かわざるをえない。そこまで追い詰められて初めて、国内投資家の余剰資金は、海外へと流出するようになるのである。その結果、資本収支の赤字は拡大し、必然的に経常収支の黒字が拡大する。その延長線上に、貿易収支の黒字復帰が必ず実現するのである。

昨年4月4日の異次元金融緩和は、緩和の規模が完全に不足していた。経常収支の赤字への転落、拡大は、異次元金融緩和の実施そのものが原因ではない。金融緩和が依然として大幅に不足していることが原因なのである。

仮に、追加金融緩和が行われて貿易収支が黒字に復帰したならば、輸出と生産は大幅に拡大することになる。超人手不足が発生し、賃金の大幅な上昇が避けられなくなる。その次には間違いなくインフレ率の大幅な上昇がある。その際、重要なことは、金利の引き上げではなく、上がりすぎた賃金分を、政府が所得税増税により吸い上げ、内需拡大とインフレ進行の双方を抑制することである。出口戦略を日銀に押しつけている限り、日銀は出口が怖くて追加金融緩和ができない。出口は増税により政府が全面的に責任を負うと宣言して初めて、日銀は大規模な追加金融緩和の実施が可能になるのである。

なぜ余剰資金が国内から海外へと流出すると、貿易収支が黒字化するのであろうか。それは、国内の余剰資金が継続的に海外に流出し続けると、為替レートが大幅な円安になるからである。大幅な円安がいくらかはわからない。1ドル=100円では赤字額がかえって拡大し、全く不十分であることが証明された。2007年は、1ドル=118円くらいであったが、貿易収支は14兆円の黒字であった。現在は、2007年当時に存在していた輸出産業が、多数死亡しており、1ドル=118円でも貿易黒字復帰は難しいと思う。貿易収支が黒字化する為替レートは誰にもわからないが、1ドル=120円、150円、200円と円安がどんどん進めば、いずれかの時点で、貿易収支の黒字化が必ず実現するのである。

円安が進行しても、円高により完全に死に絶えた日本の輸出産業を復活させることは不可能である。しかし、まだ完全には死んではいない輸出産業を復活させることは可能になる。日本の電機産業は、多くの分野で死に絶え、回復不能であるが、電子部品を中心に、依然として優れた技術を残し、いっそうの円安が進んだ場合、回復可能な分野もまだ残っている。円安がさらに進行して定着するという見通しが広まれば、日本国内での工場建設が始まるであろう。優れた技術力を残しながらも、生産拠点を大規模に海外に移転してきた産業では、大幅な円安が続き、かつそれが定着するという見通しが広まれば、国内への生産回帰が広まるはずである。

国内の余剰資金が安定的に海外に流出し、円安が進行すると、エネルギーや輸入食品の価格上昇が発生し、国内の消費者が一時的に窮乏化することはありうる。国内から、円安で国民生活は悪化したという批判が拡大することは十分考えられる。しかし、輸出の拡大と貿易収支の黒字復帰まで進めば、企業収益は大幅に拡大し、国内生産が広まり、超人手不足から、賃金は大きく上昇せざるをえない。中期的には、国民の生活水準も必ず上昇するのである。

もう一つの批判は、国内の資金が海外に流出したならば、金利が上昇し、日本経済は破綻するというものである。この批判も全く誤った批判である。1997年-2010年の間、日本は年間10兆円以上の経常収支の黒字=資本収支の赤字=年間10兆円以上の余剰資金の海外流出が続いてきたのである。その結果、金利上昇などは発生しなかった。現在は当時よりも金融政策が緩和的であり、余剰資金が海外に流出して金利が上昇することなど100%ありえない。バブル崩壊後、日本経済が没落した大きな原因の一つは、国内に余剰資金を貯め込みすぎ、海外に流出する資金が少な過ぎたため、円高で輸出産業が弱体化してしまったことである。異次元金融緩和を20年早く実施していたならば、現在の日本の国内投資家が持つ極端なリスク回避志向は発生しなかった。その場合、日本国内の余剰資金は海外に流出し続け、円安の継続とそれによる輸出産業の繁栄が続いていたはずであるのだ。

通貨安による経常収支の黒字実現が、全ての国で可能であるとは言えない。いくつかの条件を満たすことが必要である。経済学ではその条件を、マーシャル・ラーナーの条件とかメッツラーの安定条件と呼ぶが、あまりにも表面的すぎるので、少し異なる角度から簡単に説明する。例えば、その国が、対外債務以上の対外債権を保有する必要がある。また大幅な自国通貨安が発生した場合、輸出が増えるような潜在的な輸出能力も必要であろう。現在フラジャイル・ファイブと呼ばれているトルコなどの5ヶ国は、いずれも対外純債務国であり、通貨安が発生すると、対外純債務が増加するだけであり、海外から国内に戻ってくる工場なども存在しない。フラジャイル・ファイブは、自国通貨安により、少なくとも短期的には大きな損失が発生する。そのため、通貨安が続く場合には、金利を引き上げたりすることにより、自国の通貨安を防ぐしか方法がないのである。現在の日本は、超円安が発生した場合には、円建てで見た対外純資産の金額が急激に拡大し、経常収支の黒字への復帰と拡大も可能である。しかし、日本でも、超円高が長期間継続した場合には、その後は必然的に超円安が発生し、日本経済が大打撃を受けるシナリオを、(*2)で説明したことがある。

日本の場合の最大の問題点は、諸外国からの非難である。円安によって貿易収支が悪化する、輸入物価上昇で消費者が苦しむ、金利上昇で日本経済が破綻する、等々の自分自身を傷つける愚かな経済政策を日本は採用している、と諸外国が認識してくれれば良いのだが、それは100%あり得ない。諸外国では、そのような誤った考え方をする人は、ごく少数であるからだ。諸外国は、100%の確率で「円安誘導は一国繁栄主義であり、諸外国の利益を犠牲にする近隣窮乏化政策である」と激しく日本を非難してくるであろう。貿易収支が黒字化するまで金融緩和を強化した場合、非常に強い非難を諸外国から浴びせられる可能性は高い。ここが最大の難関だと思う。通貨問題に関しては、日本は世界の不可触選民であるからだ。

2013年の中国は、年間に外貨準備を5000億ドル近く増やし、明らかにG20声明に違反する為替介入を実施した。驚いたのは、中国が為替介入をした事実ではなく、介入がG20声明違反として非難されなかったことである。仮に、日本がほんの少しでも介入を実施したならば、世界中からG20声明違反の為替操作だと非難されることは必至である。ほとんどの先進国が導入済みの2%のインフレターゲットを採用すると日本が決定し、その結果円安が進行すると、2013年のダボス会議で、為替操作との非難が巻き起こった。中国だけでなく、日本周辺のアジア諸国も大規模な介入という為替操作を長年実施してきたが、全く非難されることはない。日本は、長年、介入という為替操作の最大の被害国であるのだが、その被害国が、逆に加害国扱いされるのである。本来ならば、日本は、現在も続く超円高・アジア通貨安の是正を、日本周辺のアジア諸国に要求すべき立場にある。

日本の通貨外交は、あまりにもおかしいことだらけである。しかし、その原因は、「日本の為替介入は、世界の経済秩序を乱すので、なるべく避けるべきであるが、外国の為替介入のことなどは知ったことではない」という亡国の経済思想が日本国内で蔓延しているからである。従って、今さら正論を唱えても、世界どころか日本国内でも通用しない。実際には、金融緩和はインフレターゲットの実施が目標であり、為替レートが政策目標ではない、日本は構造改革に向けて努力をしている最中である、という現在の姿勢を貫き通すしかないであろう。

異次元金融緩和を実施した結果、世界の余剰資金が日本国内に大量に流れ込んできた。その後には、資本収支の黒字への転換=経常収支の赤字への転落は、必然的に発生するのである。この悪しき構造を、日銀は1日も早く認識し、改めなければならない。大規模な追加金融緩和を繰り返すことは必要不可欠である。日本国内の余剰資金を安定的に海外に流出させることに成功したならば、必然的に、経常収支は黒字に復帰し、拡大するのである。このような芸当は、法人税減税や岩盤規制の撤廃、FTAの拡大などでは絶対に実現不可能であり、唯一、金融緩和の強化のみがなしえる芸当なのである。経常収支の黒字拡大の後に、貿易収支の黒字への復帰が、必然的に発生するという結末になるのである。


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