家計貯蓄率のマイナス転落が行き着く先の国家破綻

2014年12月25日に、2013年度の国民経済計算確報の一部が公表された。その中で最も衝撃的なものは、「家計貯蓄率のマイナスへの転落」という部分であったと思う。さっそく、「国債金利の急上昇のリスク」というコメントが報道の中に見られた。ここでは、公表されたマイナスの貯蓄率は、真の貯蓄率よりも低く出されている可能性が高いことを示す。しかし、安心してよいわけではない。公表された家計貯蓄率のマイナス転落は、「国債金利の急上昇」とは別の種類の国家破綻へと向かう太い道に近づいていることを意味している。その内容を説明することにする。

最初に、国民経済計算に示された家計貯蓄率の推移を表すグラフを下記に示す。


家計貯蓄率

見てわかるとおり、家計貯蓄率は趨勢的に低下し、2013年度に始めてマイナスに転落した。家計貯蓄率を決定する要因はいくつかあるが、その中で最も重要な要因は、少子高齢化・人口減少であろう。その理由を裏づける、年齢別の貯蓄率を表すグラフを下記に示す。

年齢別貯蓄率

勤労者世帯と無職世帯にわけている。当然のことながら、収入の少ない無職世帯の貯蓄率はマイナスである。勤労者世帯では高齢になるほど貯蓄率が低下する。無職世帯では高齢になると貯蓄率は上昇するが、それでもマイナスのままである。勤労者が高齢になり引退して無職世帯になれば、後は貯蓄を取り崩す一方になるので、貯蓄率はマイナスになってしまう。こうした高齢者の無職世帯が増加するにつれて、家計貯蓄率は低下し続けてきたのである。少子高齢化・人口減少がいっそう進行すると、家計貯蓄率のさらなる低下を避けることはできない。

しかし、これはあくまでも大きな傾向である。1年だけの貯蓄率は、少子高齢化以外のさまざまな要因によって変動する。そして、2013年度の貯蓄率は、真の貯蓄率よりも低く出されている可能性が高いことを示す。まず、下記のグラフを見ていただきたい。


家計部門貯蓄、資金過不足

家計部門の純貸出の数字は、家計部門の貯蓄の数字に少し変更を加えた数字である。家計部門の貯蓄の数字から算出された家計部門の純貸出の金額は、家計部門の資金過不足、すなわち全く別の方法により算出された純貸出の金額とかなり異なることを示している。純貸出・純借入と、資金過不足は同じ意味であり、後に出てくる資金の余剰・不足とも同じ意味である。

資金過不足の算出方法は2通り存在する。1つは、実物、金融面の両方のアプローチから算出された数字である。長くなるので、「実物取引から算出された数字」と記すことにする。もう1つは、日銀の資金循環統計を基礎とした金融面だけから算出された数字がある。これを、「金融取引から算出された数字」と記すことにする。この2種類の数字は、本来は同じでなければならない。ところが誤差があるので、実際にはかなり異なった数字になる。上記のグラフで示した赤と緑の線は、本来ならば、同じ動きをしなければならないのである。ところが実際には差が存在し、2013年度はその差がかなり大きなものとなっている。問題は、この2種類の数字のどちらがより正しい数字であるか、ということである。これは、金融取引から算出された数字の方が、誤差の少ない真実に近い数字であると考えられる。

実物取引から算出された数字は、毎年の可処分所得と、消費支出をすべて合計することによって算出する。そして貯蓄=可処分所得-消費支出、として貯蓄金額を算出する。個人で考えてみても、年間の可処分所得、消費支出を全部正確にとらえることは非常に難しいと思う。それができるのは、正確な家計簿をつけているごく一握りの人だけであろう。こうした正確な家計簿がなければ、正確な貯蓄金額、貯蓄率を算出することはできない。

貯蓄金額を求める方法はもう一つ存在する。それは、銀行預金の残高の変化から、貯蓄金額を算出する方法である。この方法なら、正確に近い貯蓄金額が算出可能であろう。この場合でも、株やその他の資産売買を頻繁に繰り返している人にとっては、正確な貯蓄金額を算出することは容易なことではない。それでも実物取引から算出された数字を求めることと比較すれば、少しは容易であるはずだ。

個々人の貯蓄金額の求め方と国民全体の貯蓄金額の求め方とは、共通点はあるが、相違点も多い。ただ、国民経済計算の場合でも、実物取引から算出された数字を求めるのは、大変な作業である。金融取引から算出された数字も大変ではあるが、実物取引から算出された数字よりは困難さが少なく、結果として誤差も少なくなると考えられる。従って、真の貯蓄金額は、実物取引から算出された数字よりも、金融取引から算出された数字の方が近くなる可能性が高い。2013年度において、金融取引から算出された資金の余剰金額は15.8兆円、実物取引から算出された資金の余剰金額は-0.1兆円、金融取引から算出された資金の余剰金額の方が、15.9兆円多い。そのため、真の貯蓄金額は、実物取引から算出された-1.3%、-3.7兆円よりも、15.9兆円前後大きい可能性が高い。

なお、金融取引から算出可能な数字は、貯蓄金額だけであり、可処分所得を算出することはできない。従って、貯蓄率は、実物取引から算出された数字を使うしか方法がない。貯蓄と資金余剰=純貸出との関係は、テクニカルな問題で、重要ではないので、説明は省略し、その関係を下記の表に示しておく。


制度部門別資本調達勘定

次に、金融取引から算出された部門別の資金過不足の推移を表すグラフを下記に示す。

資金過不足

このグラフの場合、家計の資金余剰金額は少し減少しているが、15.8兆円存在し、マイナスまでまだ余裕がある。このグラフも正しいわけではないが、実物取引から算出された数字よりは正確であるはずだ。そのため、国民経済計算で資金過不足の金額という場合は、金融取引から算出された資金余剰・不足の金額を普通は使用する。2013年度において、家計は、銀行預金、投信、保険を大量に増やしていることは間違いない。アベノミクス相場が始まって以降、リスク性の高い株を大規模に売却したことは事実である。しかし、それを上回る低リスク資産、無リスク資産を増やしていることは、他の統計から、ほぼ間違いない事実であると考えられる。大規模な低リスク資産、無リスク資産を家計が積み上げていることを考えると、家計貯蓄率がマイナスであるとは考えられない。金融取引から算出された資金余剰に近い金額の金融資産を増やしており、その結果、家計貯蓄率もプラスを維持できている可能性が高い。

仮に2013年度の家計貯蓄率がプラスを維持できていたとしても、安心はできない。貯蓄率はさまざまな要因で変動するが、現在の大きなトレンドを決めているのは、超少子高齢化・人口減少である。今後も、家計貯蓄金額とそれに連動する個人部門の資金余剰は減少していく可能性が高い。20年先といった長期を考えると、個人部門の資金は大幅な不足に転落している可能性が非常に高い。過去において、プラスの貯蓄を維持してきた個人は、超少子高齢化・人口減少社会においては、貯蓄不足にならざるをえない。先に示した年齢別の貯蓄率で、高齢者の貯蓄率のマイナス幅が大きいため、こうした推測はほぼ間違いないと考えられる。そして、この考え方は、モディリアーニの「ライフサイクル仮説」の考え方と一致する。

日本では、超少子高齢化・人口減少とそれに伴う貯蓄率の低下だけが発生しているのではない。超少子高齢化・人口減少は、日本経済の老齢化という現象を発生させていると考えた方がよいと思う。経済の老齢化現象は他にも見ることができる。多くの老人が、若者と同様に健康で、環境変化に機敏に対応できるのであれば、経済の老齢化は発生しない。しかし、人は高齢化による衰えから逃れることができない。人口構成の高齢化とともに、経済も老齢化し、経済成長率の低下につながることは避けられない。経済の老齢化は、需要サイドでは貯蓄率の低下を引き起こしたが、供給サイドの弱体化をも引き起こしている。この経済の供給サイドの弱体化は、日本の国際競争力の低下につながり、経常収支の黒字を減らし、海外部門の資金不足を縮小する力としても働くことになる。

一つ指摘しておきたいことは、経済の老齢化という現象は、将来の経済成長率を大きく引き下げる要因である。過去の経済成長率の低下に寄与した分は大きいとは言えない。経済の老齢化の悪影響は、今までは小さく、これから本格化するのである。従って、失われた20年の原因は、経済の老齢化が主因ではない。経済政策の失敗の方がはるかに大きく寄与していた。

バブル崩壊後の経済低迷の最大の原因は、経済政策の失敗にある。経済政策は、過去20年以上、誤り続けてきたが、現在も誤り続けている。異次元緩和は20年早く、1993年4月に実施されるべき政策であった。1993年4月に異次元緩和実施であったならば、株価も地価も短期間で元に戻り、銀行の不良債権門題は短期間で解決され、円安で輸出は拡大していたであろう。経済の老齢化の進行により多少は衰えていたであろうが、世界で憎まれるほど強い地位を現在も維持し、ジャパン・バッシングが恒常的に発生し続けていたはずである。20年遅れたために、その間、日本経済はボロボロになり、異次元緩和ですら効果の限られた政策になる国へと没落してしまった。つまり、経済の老齢化以上に、資産・モノのデフレと円高容認という経済政策の誤りの結果、日本経済の供給サイドの弱体化が発生してしまったのである。

超少子高齢化・人口減少、あるいは経済の老齢化という問題の解決策として、大規模な移民の受け入れという政策が考えられる。今回は、移民という解決策をとらなかった場合に限定して述べることにする。

超少子高齢化・人口減少の結果、個人部門が資金余剰から不足へと転落した場合、以前、個人が供給していた資金は、誰が供給するようになるのであろうか。間違いなく、個人部門の資金不足を、海外部門が資金不足から余剰へと転換して供給することになる。日本は、従来から海外に対して貯蓄をしてきた資金を取り崩し、その貯蓄を消費に回すようになる。この場合、個人部門の資金不足は大きくなり、非金融法人、一般政府などをも合計した国内部門も、資金不足となる。一方、今まで資金不足が続き、貯蓄を吸収する側にあった海外部門が、今後は資金の余剰主体になるのである。海外部門が余剰主体になるということは、経常収支(厳密には経常収支プラス資本移転等収支)が赤字化することを意味する。

この国内部門の資金不足転落、経常収支の赤字化に対しては、それを阻止する解決策が存在する。日銀が金融緩和を大幅に強化することである。単に強化するだけではなく、日本国内の資金の海外流出が拡大するまで、金融緩和を強化し続けることである。この場合、国内部門の資金余剰金額が拡大し、同時に、海外部門の資金不足金額も拡大することになる。これは、経常収支の黒字拡大を意味するだけではなく、GDPの拡大とともに新しい貯蓄が国内部門で創造され、その貯蓄が海外へと流出していることをも意味する。

先に、「貯蓄率はさまざまな要因で変動するが、現在の大きなトレンドを決めているのは、超少子高齢化・人口減少である。」と書いた。「貯蓄率」を経常収支の赤字と同じ意味の「国内部門の資金不足」に替えて表現し直すことにする。すると、「国内部門の資金不足は、経済政策によって解消することは一時的には可能であるが、大きなトレンドを決めているのは、経済の老齢化なので、このトレンドを経済政策によって解消することは非常に困難である」となる。金融緩和を徹底的に強化した場合、国内部門の資金余剰の拡大=経常収支の黒字拡大は可能である。しかし、金融緩和を続けることができる条件は、経済の供給サイドの弱体化が進んでいない場合だけであるからだ。

経済の老齢化とともに、経済の供給サイドの弱体化が進行してしまうと、資金の海外流出が拡大して、経常収支の黒字が拡大する場合に、より大幅な円安進行が必要になってくる。経常収支の黒字拡大のためには、例えば、1ドル=1000円という極端な円安が必要になるのである。こうした超円安によって国内需要と輸入需要を押さえ込まなければ、経常収支の黒字は維持不可能になる。経済の供給サイドが弱体化すると、輸出競争力が低下し、輸出金額が減少する。それでも国内部門の資金余剰=経常収支の黒字を維持するためには、輸入金額を大幅に減らすしかない。すなわち、輸入品の価格を大幅に上昇させ、日本人が輸入品を買えなくなるほど高価なものにしないと、経常収支の黒字を維持できないのである。9月に1ドル=105円を下回った頃から、円安デメリット論が急速に盛り上がった。1ドル=1000円よりもはるかに円高の水準でも、日本人は円安の痛みに耐えられなくなるのである。円安の痛みに耐えられなくなった時に、日銀による金融緩和の強化は不可能になる。

このように、金融緩和の強化は永遠に続けることのできる政策ではない。しかし、現在はまだ実施可能である。バブルの頂点の頃と比較すると大きく弱体化したものの、まだ日本経済の供給サイドは潜在能力を残している。日本企業は、海外に競争力の強い工場をたくさん保有しているのである。この点が、ギリシャやロシアのような通貨安を容認できない国とは決定的に異なっている。日本経済の老齢化が本格化する前に、大規模な金融緩和を実施する必要がある。金融緩和の強化を急がなければならない。

経済の老齢化が、経常収支を赤字に転落させ、その赤字が継続する場合、それを解消させる政策は非常に難しい。現在の日本は、治療方法の難しい病にかかろうとしている。経常収支の赤字が継続し、対外純債務が拡大した先は、国家破綻、IMF管理である。現在の日本は、世界最大の対外純資産を保有している。このため、経常収支が赤字化しても、国家破綻までにはまだ時間がある。破綻時期はかなり先のことであるが、国家破綻への道を進んでいる可能性は非常に高い。そのため、「実物取引から算出された」家計貯蓄率のマイナスへの転落は、将来の国家破綻へと向かう太い道に近づいていることを意味しているのである。

何度も繰り返し書いてきたように、国債発行残高の増加は、金融の超緩和、財政の超緊縮によって何とか解決可能である。私の案では、超緊縮財政は、インフレとバブルを抑制するものでもある。また、超緊縮財政で生じた資金を使って、日銀保有の国債を買い取って償却するので、金融緩和の出口戦略を心配する必要もなくなる。それでもだめなら、最後の局面では、ハイパーインフレが解決策になると言えなくもない.。しかし、対外純債務の増加の結果としての国家破綻は、時間は残されていても、(移民を除けば)解決策が非常に困難である。ハイパーインフレを起こしても、何の解決策にもならない。為替レートも、国家破綻への到達直前までは、調整メカニズムを十分に発揮できない。小さいながらも、治療困難なガン細胞ができてしまったようなものである。

繰り返すが、国家破綻が避けられないとしても、その時期を先に延ばすことは可能である。今のうちに外国の資産を大量に購入し、対外純資産という蓄えを、経済の老齢化の速度が緩やかな間に増やすべきなのである。破綻の時期を先延ばしする間に、予想不可能なイノベーションなどの幸運が訪れて、日本経済の若返りが可能になることを期待するしかない。世界最大の対外純資産国という地位に安住することなく、国内の投資家が対外資産を可能な限り増やすことができるまで、金融緩和の強化を徹底的に進める必要がある。

現在の対外資産の獲得ルート、すなわち資金流出ルートは、直接投資が中心である。これは産業の空洞化を通じて経常収支の黒字を減らす効果もあるので、一番望ましい資金流出ルートとは言えない。足元では、海外の投資家が円のカラ売りをするために円を大量に借り入れるというルートが、日本から海外への最大の資金流出ルートになっていると思われる。これは、近い将来、円の反対売買とともに日本に再流入してくるので、安定的な資金流出ルートにはなりえない。日本にとって一番望ましい資金流出ルートは、証券投資を通じるルートである。

しかし、アベノミクス相場の開始以降、2012年11月-2014年10月の証券投資は、27兆円の赤字、すなわち流入超過であった。2月に発表される2014年
12月末までの数字は、30兆円を上回っているはずである。証券投資に関しては、海外から国内へと大量に資金が流入している。加えて、海外投資家が大量に購入した日本株の価格は大きく上昇している。これは、日本から見れば、証券投資を通じる資産の増加ではなく、負債の急激な増加=対外純資産の急激な減少を意味する。

証券投資を通じて、資金が大量に流入している最大の原因は、日銀による中途半端な金融緩和策である。別の表現をすると、金融緩和の著しい不足である。日銀が年間80兆円の国債を購入するという金融緩和策は、あまりにも規模が小さ過ぎるのである。日銀が国債購入金額を大幅に増やし、国内の投資家が保有国債の大量売却を強いられたならば、その売却代金の何割かは外国証券へと流れていかざるをえない。日銀の国債購入金額が少なすぎるため、外国証券へと流れていく資金の金額も少なすぎるのである。証券投資が、大幅な赤字から大幅な黒字に転換するまで、金融緩和を強化し続けなければならない。そのためには、日銀が国債を全額購入するくらいの気合いを入れて、国債購入金額を無制限に拡大することが、必要不可欠なのである。


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株価上昇が引き起こす対外純資産の大幅な減少

以前、広義の円安のメリットを資産価格の増加と定義し、その金額を算出した。その時の計算では、円安を通じる資産増加額は、420兆円にものぼると結論づけた(*1)。あくまでも大まかな計算であり、誤差がかなり含まれていることは強調しておいた。その時は、株高を通じる対外純資産の減少=株高のデメリットと、円安を通じる対外純資産の増加=円安のメリットを、同じものとみなして計算した。しかし、この2つを同列に扱うことは、厳密には正しくない。今回は、金額の絶対値が同じ場合、株高のデメリットは、円安のメリットを上回ることを示す。そして、円安のメリットに隠れて見えにくい株高のデメリットを直視し、そのデメリットを解消する必要性を繰り返す。

今回の文章も、難しくはないが、わかりにくい部分がいくつかある。わかりにくいから、多くの人が気が付いていない。しかし、わかりにくいが、難しくはないので、丁寧に読んでいただければ、誰にでも理解できる内容である。丁寧に読んでいただければ有り難い。

(*2)で、2013年末の対外純資産の増減について説明した。2013年末の対外純資産は、円評価では325兆円、前年比29兆円増の過去最高の金額であった。一方、ドル評価では3兆0844億ドル、前年比3482億ドルの大幅減であった。なぜ円評価なら増加し、ドル評価では減少するのか。その理由は、対外純資産の大きな変動要因である、円安による対外純資産の増加と、株高による対外純資産の減少の効果が同じではなく、特に円安による対外純資産の増加の効果が複雑であることが原因なのである。そのことを説明するために、下記に2012年末と
2013年末の対外資産負債残高の一部を示す。


対外純資産

上記の2つの表は、対外資産と対外負債の内容を、外貨建て、円建ての2つにわけて示したものである。ただ、外貨建て、円建ての比率は、2012年末分が、日銀の資料にだけ存在する数字であり、2013年末の正確な数字は不明である。そこで、2013年末と2012年末の比率が同じと仮定した。今回は、円安と株高の効果の違いを説明することが目的であり、それを実際の数字に即して説明しようとしているだけである。そのため、外貨建て、円建ての比率の数字は、2013年末と2012年末が同じと仮定しても、厳密な数字を求めるためではないので、問題は生じない。加えて、もう一つ仮定を導入する。外貨にはいくつもの種類があるが、ここでは一番金額が多い外貨と思われる米ドルだけであると仮定する。これも、実際とは異なるが、わかりやすくするための単純化である。

次に、2013年末の対外資産負債残高を基準にして、10%の円安が発生したと仮定する。この場合、対外純資産がどのように変化するのかを下記の表に示す。


対外純資産 円安

上記の(C)の表は、2013年末より円の為替レートが、円安方向に10%変化したとき、円で評価した場合、日本の対外資産、負債、純資産がどのように変化するのかを示したものである。10%円安になったとしても、円建ての資産、負債には何の変化もない。ドル建ての資産、負債の金額は、円で評価すると、100/90の金額になる。増加分をそれぞれ合計し、下の方の段に純資産の金額として示している。2013年末に325兆円であったものが、10%円安進行により、374兆円にまで増加する。増加する金額は49兆円、増加率に直すと15%増となる。この数字は重要なので、水色で示してある。

上記の(D)の表は、2013年末より為替レートが、円安方向に10%変化したとき、ドルで評価した場合、日本の対外資産、負債、純資産がどのように変化するかを示したものである。(C)との違いは、すべての数字が、兆円ではなく、億ドルで示されている。10%円安になったとしても、ドル建ての資産、負債には何の変化もない。一方、円建ての資産、負債の金額をドル評価に換算すると、90/100の金額になる。減少分をそれぞれ合計し、下の方の段に円安進行後の対外純資産の金額を示した。2013年末に3兆0844億ドルであったものが、10%円安進行により、3兆1916億ドルまで増加する。増加する金額は、1073億ドル、増加率に直すと3.5%増となる。この数字も重要なので、水色で示してある。

10%の円安が発生した場合に、円評価の対外純資産の増加率は、15%増であった。それがドル評価の場合は、3.5%しか増えない。この差が生じる理由は、一体何なのであろうか。この謎は、上記の表で薄灰緑色で示した対外純資産の変化をみれば理解できる。

(C)の表で示したように、2013年末の対外純資産は325兆円であった。その内訳は、薄灰緑色で示したように、ドル建てが438兆円、円建てが-113兆円であった。ドル建ての対外純資産は全体の対外純資産の金額を上回っていたのである。そのかわり、円建てについては-113兆円と債務超過であった。この場合、10%の円安が発生しても、-113兆円の円建ての対外純資産に何の変化も引き起こさない。一方、対外純資産全体の金額を上回る438兆円のドル建ての対外純資産の金額は、49兆円(438兆円×100/90-438兆円)だけ増加する。対外純資産を上回るドル建ての対外純資産の増加分49兆円が、対外純資産全体の増加金額となる。そして全体の増加率に直すと、15%になる。ドル建てだけの対外純資産の金額が、ドル建てと円建ての合計の対外純資産の金額を上回っている中で、10%の円安が進行する。そのため、10%の円安が進行した場合、円評価の対外純資産が、10%を上回って15%も増加するという現象が発生するのである。

(D)の表で示したように、対外純資産をドル評価でもう一度みることにする。薄灰緑色で示したように、ドル建ての対外純資産は4兆1572億ドル存在し、全体の対外純資産3兆0844億ドルを上回る。しかし、10%の円安が発生しても、変化することはない。一方、円建ての対外純資産は-1兆0728億ドル存在する。この分に関しては、10%の円安が発生すると、ドル建てでは10/100、金額で1073億ドルの変化が発生する。これは円建ての対外純資産が1073億ドル増加していることを意味する。これが対外純資産全体の増加額に等しくなる。対外純資産は、ドル建てだけの方が多く、そこから金額の絶対値が小さい円建て分を差し引いている。当初のドル建て、円建て合計の対外純資産は、3兆0844億ドルであった。この3兆0844億ドルに対する1073億ドルの増加なので、対外純資産全体に対する増加額は、3.5%と非常に低い比率になってしまう。

ここから、もう少し先まで考えることにする。対外純資産が存在する場合、円安進行により、円評価の対外純資産でさえも、必ず増加するとは限らないのである。仮に、日本の対外資産の大半が円建て、対外負債の大半がドル建ての場合で、ドル建ての部分が負債超過になっている場合を例としてあげる。10%円安進行の結果、円評価の円建ての対外資産、負債に変化は生じない。ドル建ての部分が負債超過になっている場合なので、ドル建て資産とドル建て負債はともに増加するが、資産より負債の方が増加額が大きい。この場合、円評価の場合でも、円安によりドル建ての純負債が増加し、対外純資産は減少してしまう。対外純資産を保有していても、自国通貨安が進行した場合に、自国通貨で評価した対外純資産が減少してしまう国も存在するのである。

しかし、現在の日本の場合は、対外資産の73%がドル建て、対外負債の70%が円建てである。対外純資産の金額が巨大であるだけではなく、ドル建てだけの部分も大幅な資産超過となっている。この場合は、円評価、ドル評価のいずれの場合でも、円安ドル高の結果、必ず為替差益が発生し、円高ドル安の場合、必ず為替差損が発生する。従って、現在の日本の場合、円安は常にメリットであり、円高は常にデメリットになるのである。もう一つ重要な点は、円安メリットは円評価では大きくなるが、ドル評価では小さくなる。円安は常にメリットであることに違いはないが、ドル評価の場合、メリットの規模が相当小さくなるのである。上記の例で示したように、日本の場合、ドル評価の場合の円安メリットは、円評価の場合の円安メリットと比較した場合、15分の3.5という金額しか発生しないのである。

次に、株価が10%高くなった場合を考える。この場合も、単純化して、日本が保有している外国株も、外国が保有している日本株も、等しく10%上昇すると仮定する。その結果の概要の表を下記に示す。


対外純資産 株高

(E)、(F)の表においては、内外の株価が10%上昇する場合を考えるため、株式資産と株式以外の資産にわけて表示している。株高の場合は、円安の場合と異なり、結果は大変シンプルである。円評価でも、ドル評価でも、日本が受ける損失は、対外純資産の2.3%を占めることになる。株価の変動であるから、円評価であろうが、ドル評価であろうが、結果は同じになる。

昨年と今年の為替レートと株価の変化を下記の表に示す。


株価と為替

2013年の1年間において、為替は18.1%の円安、日本の株価は51.5%上昇した。日本の投資家の保有する外国株が平均して何%上昇したかはわからない。しかし、財務省の統計によると、2013年は日本株の値上がりにより50兆円前後の損失を被り、外国株の値上がりにより12兆円前後の利益を獲得した。差し引きで38兆円前後の損失を被ってしまったのである。また、財務省の統計によると、円評価の場合、18.1%の円安を通じて、80兆円という巨額の為替差益を獲得した。ドル評価では、金額はわからないが、それより大幅に少ない為替差益しか獲得できなかったはずである。この結果、昨年1年間の対外純資産は、円評価では29兆円の利益獲得=対外純資産の増加につながった。一方、ドル評価では3482億ドルという巨額の損失=対外純資産の減少を被った。少し前に経常収支が赤字に転落したことがある。しかし、その金額は半年間で100億ドル強であった。昨年1年間に、ドル評価の場合、その何10倍もの損失を被っていたのである。

2014年はどうであろうか。12月11日まで、円は10.5%下落、株価は7.3%の上昇である。この場合、円評価では、対外純資産の増加は間違いない。ドル評価の場合、先に10%の円安で対外純資産が3.5%増加、10%の株高で2.3%の減少と試算している。10.5%の円安、7.3%の株高が年末まで維持された場合、対外純資産は、ドル評価でもかろうじてプラスになりそうである。ただ、年内に、為替レート、内外の株価が大きく変動した場合には、逆転でマイナスになるケースは起こりえる。それだけ小幅のプラスが、現時点の状態であると言える。

最初に書いたとおり、株高デメリットは円評価もドル評価も同じであるが、円安メリットは、円評価とドル評価で大変大きな差が存在する。以前、420兆円の資産増加という広義の円安メリットを算出したときも、円評価を使った。しかし、ドル評価をもう一度円に換算し直して使用した場合、資産増加は420兆円を下回ることになる。円安メリットは2種類存在し、その差が非常に大きい。一方、株高デメリットは1種類しか存在しない。この意味において、株高デメリットと円安メリットとは、内容が同じではない。そして、円評価の円安メリットと、株高デメリットの絶対値が同じであった場合は、株高デメリットは円安メリットよりも大きいとみなすべきであろう。

国内経済の問題を考える際に、損得を計算する場合、ドル評価は無視し、円評価のみをみなければならないことが多い。円安の進行の結果、輸入牛肉の価格が上昇した場合、ドル評価では不変というのは言い訳にならない。輸入牛肉の価格は、円評価だけを見なければならない。一方、国際収支の問題を考える場合、多くの場合、ドル評価、円評価の両方をみる必要があると思う。日本の対外純資産をみる場合も同様である。円評価だけをみて、29兆円増えたと喜ぶのはおかしい。逆にドル評価だけをみて、3482億ドルも損したと考えるのも正しいとは言えない。円評価で29兆円増加、ドル評価で3482億ドル減少、この両方の数字を頭に入れる必要がある。

2013年の1年間に、円評価とドル評価という2種類の数字をみた場合、そのうちの1つの数字が、3482億ドルも対外純資産が減少していることを示している。この事実を認識した場合、非常に大きな問題が存在していると感じるはずである。3482億ドルも損をした最大の理由は、日本の株高である。2013年末時点で、日本の投資家が外国株を75兆円保有し、海外の投資家は日本株を151兆円保有し、株式部門の負債超過額が76兆円にも及ぶ。日本は世界最大の対外純資産を保有しながら、株に関してはダブルスコアで資産より負債の方が多い点が大問題なのである。日本は株価の値上がりによる損失を減らし、利益を獲得するためには、日本の株を買い戻し、外国の株を買い増すしか方法がない。そうしないと、今後、日本の株価が上昇したとしても、対外純資産の減少という損失が拡大する。円安が進行せず、株高だけが進行した場合、輸入品の価格は上昇せず、株価だけが上昇する。これは、一見、日本にとっては利益が大きいようにみえるかもしれない。しかし、対外純資産という観点からは、円評価でみても、ドル評価でみても、どちらの場合でも損失が膨らむ、すなわち対外純資産が減少するのである。

この大問題を解決する方法は、リスク回避で凝り固まった日本の投資家の資金を、国内株と外国株へと誘導することが必要である。2013年4月、2014年10月に、日銀は異次元緩和と呼ばれる大規模な金融緩和を実施した。しかし、その結果は、海外投資家の過去最高の日本株買い=国内投資家の過去最高の日本株売りをもたらしただけであった(*3)。国内投資家の対外株式投資は、2013年4月の前後は、恒常的な売り越しが続いていた。2014年10月末以降は、少しばかりの買い越しを維持しているが、海外投資家の日本株買いよりは金額がずっと小さい。

普通の投資家が相手ならば、2回の異次元緩和で十分である。ところが、リスク回避に凝り固まった日本の投資家に対しては、2回の異次元緩和だけでは全く不十分なのである。日銀による年間80兆円の国債購入は、あまりにも少なすぎる。日本の株価だけが大きく上昇すると、日本の対外純資産は、円評価でも、ドル評価でも、ともに大きく減少する。この馬鹿げた状態は、1日も早く解消させる必要がある。

そのためには、日本の投資家が日本株と外国株を大量に買い越すまで、日銀が国債購入金額を大幅に増やす必要がある。直近で860兆円存在する国債が、市場からなくなる、あるいは大幅に減少した場合、国内投資家は、日本株か外国株を含む外国証券を買わざるをえなくなるからだ。そのために必要な具体的な国債購入金額はわからない。それでも年間国債購入金額を80兆円から160兆円、240兆円へと拡大させていけば、そのいずれかの時点で、日本の投資家の資金が日本株、外国株へと流れていくはずである。この結果、インフレとバブルが進行すれば、インフレ・バブル防止税の導入を柱とした「ドッジ・ライン・バージョン2」を作成し実行すべきである。インフレとバブルを防止しながら、税収を急激に増大させ、増加した税収で日銀保有の国債を大量に買い入れて償却すれば、財政再建も同時に一気に進む。そして、日本国内の投資家が大量の日本株、外国株を買うようになるまで、日銀は無制限に国債購入金額を増やすことが、必要不可欠なのである。


リンク先記事
資産価格の大幅増加という円安メリット論(*1)
2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*2)
金融緩和に過去最高の売り越しで立ち向かう日本の株式投資家(*3)




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交易条件悪化論と中小企業損失論をこえた円安メリット論

前回、円安メリット論を詳しく説明した。今回は、その続編であり、前回、言及することができなかった、円安をデメリットとみなす交易条件悪化論と、円安進行の結果、中小企業に発生する損失について説明することにする。

その前に、現在の円安が、いったいどの程度の円安であるかを、長期的な視点から見たグラフを下記に示す。


名目実効レート

実質実効レート

上記の2つのグラフは、今までに何度か掲載したことがあるグラフを更新しただけのものである。名目実効為替レートで見ると、スイスフラン、そして僅差で円が高い。実質実効為替レートで見ると、円が依然として断トツに高い。円は、特に韓国ウォンや中国人民元に対して割高である。なお、韓国ウォンは1964年5月の平価切り下げが過大に評価されており、実際にはグラフの線は上方に移動させる必要がある。一方、中国人民元は、1994年以前を米ドル・人民元レートだけから算出された実質為替レートで代用させている。この場合、日本の超円高・米ドル安が反映されていないので、実際にはグラフの線を下方に移動させる必要がある。

実質実効為替レートは、あくまでも為替レートの水準を判断する際の、1つの目安であるにすぎない。為替レートの水準を判断するためには、もっと多角的な視点から見る必要がある。しかし、実質実効為替レートという観点だけから見た場合、円は韓国ウォン、中国人民元と比較した場合、依然として超円高である。同じアジアにあるシンガポールドル、台湾ドル、香港ドルと比較しても相当な超円高である。実質実効為替レートという観点からだけであることを割り引いたとしても、ここまで極端な超円高・アジア通貨安は、是正させる必要がある。直近においては、円安が進行している。しかし、現時点においても、このような超円高・アジア通貨安という構造は、ほとんど変わっていないという事実を認識しておく必要がある。

前回触れられなかった問題として、円高と交易条件の関係がある。円の名目実効為替レートと交易条件との関係を表すグラフを下記に示す。


交易条件と為替

交易条件は、輸出物価/輸入物価で定義される。交易条件の悪化は、日本経済の成長率を引き下げる効果がある。交易条件悪化論を述べると長くなるので、ここでは、円高と交易条件との関係だけに限定したことを述べることにする。

上記のグラフを一見した限りでは、円高が交易条件の悪化をもたらすように見える。実際、円高と交易条件の悪化の間には、弱いながらも負の相関関係が存在する。ところが実際は、この弱い負の相関関係は、単なる偶然にすぎない。実際の因果関係は、円高→交易条件の改善、であるのだ。仮に、現在でも1ドル=360円が続いていたと仮定する。その場合、輸入するエネルギーや食料品の価格は、円建てで見たとき、今よりももっと高くなっていたはずである。円高が進行した結果、より安い現在の価格で購入することができるのである。円高は交易条件の改善をもたらしてくれる。このため、円高=交易条件改善、円安=交易条件悪化という立場から、円高メリット論、円安デメリット論を主張する声が、一部に根強く存在する。

しかし、円高による交易条件の改善効果は、前回、詳しく説明した消費者が享受する円高メリットと同種のものである。すなわち、円高が永遠に続くのであれば、交易条件の改善メリットを永遠に享受し続けることができる。しかし、永遠の円高進行はありえない。円高が長期間継続した場合、日本経済の供給サイドが崩壊してしまう。その次に発生することは、超円安しかありえない。超円安は、必ず交易条件を大幅に悪化させる。従って、円高による交易条件改善のメリットは、消費者が受ける輸入品価格低下のメリットと同様に、一時的なメリットである。この一時的でしかない交易条件改善効果を根拠にして、円高メリット論、円安デメリット論を述べることは、完全に間違っている。

1番最初のグラフで示したのであるが、わかりにくいので具体的な数字で示すと、中国は、1979年-1994年の15年間に、人民元レートを、対米ドルで83%下落させた。対円での下落率を計算すると、91%であった。この15年間にわたる超人民元安誘導政策の結果、交易条件の具体的な悪化率はわからない。しかし、最近の日本と比較した場合、はるかに大きな悪化率であったはずである。そして、長期間にわたる交易条件の大幅な悪化の最中と、その後に発生したことは、経済の崩壊ではなく、高度経済成長であった。中国以上に通貨価値が下落した国は、他にもたくさんある。しかし、為替レートが交易条件との関係で問題になるのは、「名目」ではなく「実質」の方なのである。中国の場合、2番目のグラフで示したように、実質実効為替レートがズバ抜けて下落している。中国は、交易条件の悪化にもかかわらず、高度経済成長を実現させたのである。長期的な実質GDP成長率を最大化させるためには、交易条件の悪化を覚悟してでも、通貨安が続く方がはるかに望ましいのである。

次に、円安メリットの数値化について説明する。円安メリットを数値化することは、非常に困難である。ここでは、一番近いものとして、貿易・サービス収支の改善を使うことにする。貿易・サービス収支の中には、為替レートと無関係に変動する部分が数多く存在する。円安進行の結果発生した株式時価総額の上昇効果が、200兆円以上存在していることや、対外純資産が円安要因で昨年1年間に80兆円増加した効果も無視している。円安メリットの数値化は、正確にいうと、不可能である。様々な問題を内包した、乱暴ともいえる言い換えしかできない。それでも、直近における狭義の円安メリットは、貿易・サービス収支の改善と言い換えるのが、一番正解に近いと考える。従って、ここでは、円安メリットが、貿易・サービス収支の改善を意味するものと見なす。

貿易・サービス収支と円の名目実効為替レートの関係を表すグラフを下記に示す。


貿易収支と為替

アベノミクス相場と呼ばれる円安が開始されたのは、2012年11月からである。その後、急速な円安が進行するが、貿易・サービス収支はやや悪化の傾向を示している。直近は改善傾向が見えるが、これは、円安というよりも、消費税増税により日本の需要全体が縮小した結果、輸入が減少した要因が大きい。

間違いないことは、アベノミクス相場が始まって以降、貿易・サービス収支は、改善ではなく、悪化の方向に進んでいることである。これは、2012年11月の円安発生以降、日本は貿易・サービス収支改善というメリットを享受したのではなく、貿易・サービス収支悪化というデメリットを受けているのである。円安発生後、日本の損失は拡大しているのである。

トヨタを筆頭とする輸出大企業は、巨額の円安メリットを享受し、企業収益を大幅に拡大させてきた。ところが、日本経済全体では、損失が利益を上回っている。これは、輸出大企業の収益が、新しく発生したのではなく、単に、輸入企業や消費者からの移転にすぎないことを意味している。従って、この観点から見た場合、日本経済全体では、円安発生後、損失が拡大しているのである。

『確かに輸出が多い大手自動車メーカーなどでは、1円の円安が100億円単位の収益改善につながる企業もある。みずほ銀行産業調査部が昨年まとめた試算では、10円円安になると、営業利益は上場企業全体で約1兆9千億円増える。
 
一方、中小が多い非上場企業では約1兆2千億円減るという。輸入原材料価格が上昇するなど負の影響が大きいからだ。日本商工会議所の三村明夫会頭は記者会見で、円安について「中小企業の立場ではあまり望ましくない」と述べた。』
                                    (9月15日 朝日新聞)

上記の記事では、円安進行により、大企業では利益が出るものの、中小企業では損失の方が大きいということが書かれている。数字については、正しいかどうかわからない。しかし、この朝日新聞の記事には、重大な欠陥が存在する。消費者が輸入品価格の上昇によって受けた損失が考慮されていないことである。ものすごく単純化した場合、現在の日本では、下記の式が成立しているのである。

大企業の利益<(中小企業の損失+消費者の受けた損失)

現時点においては、円安進行の結果、円安進行前よりも間違いなく損失が拡大している。理由は、貿易・サービス収支が改善しているのではなく、悪化しているからである。

それでは、円安進行が、日本経済に損失を与えたかというと、それは間違いである。前回も書いたとおり、2012年11月以降の円安進行がなければ、大手電機企業に倒産が発生し、自動車企業はよりいっそう大規模な空洞化を推し進めていたはずであるからだ。その結果、貿易・サービス収支の赤字金額は、現在よりももっと拡大し、発生した損失はより大きくなっていたはずである。

貿易・サービス統計の最新月である2014年7月と比較する対象が、2012年11月が対象の場合、2014年7月の方が損失は拡大している。比較対象が、1ドル=80円が継続していたと仮定する場合の2014年7月であるならば、円安が進行している2014年7月の方が、損失は小さくなっているのである。

円安が進行しても、貿易・サービス収支が改善するまでは、日本経済全体では、以前と比べた場合、利益よりも損失の方が大きい。必要な政策は、貿易・サービス収支の赤字を、2012年11月時点よりも縮小させ、収支が改善するように誘導する政策である。

一つ述べておきたいのは、円高進行の結果、貿易・サービス収支が悪化し、日本企業が受ける損失は、避けなければならない損失である。超円高が進行していた間、輸出大企業は、構造改革と称して、大規模な工場閉鎖や人員削減を実施してきた。中小企業もこの影響を受け、倒産件数が拡大した。こうした損失は、日本にとって全く利益をもたらさない損失であった。だから、私は、円高は創造なき破壊を日本にもたらすだけだと批判し続けてきた。

一方、円安進行の結果、中小企業では損失が発生し、倒産する企業が増えるかもしれない。現実の市場は、完全競争からはほど遠く、価格の設定に当たっては、大手メーカー、大手流通企業が支配しているケースが多い。過去の円高局面で、中小企業は、販売価格の値下げを強要されてきた。そして円安が進行すると、販売価格の値上げを中小企業が要求しても、大企業は一部しか応じないケースがしばしば見られる。従って、中小企業の中には、輸入原材料の価格が上昇するだけで、販売価格は上昇せず、損失が拡大する企業も存在する。この結果、円高がデメリットであった中小企業が、円安でもまたデメリットを感じるのである。

このような場合、特に悪質な場合があれば、下請法やその他の法律を駆使して、大企業の不当な利益獲得を許さないようにすべきである。また、大企業の円安メリットの還元を、賃金上昇だけではなく、取引先の中小企業にも回すべきという雰囲気を作り出す必要がある。上場している大企業が、円安により獲得した利益を配当に回す場合、その30%以上が海外の株主へと流出してしまうからだ。

円安のメリットを、法律の厳格な運用や、大企業から中小企業にも環流させる雰囲気を作ることは必要である。しかし、法の運用や雰囲気作りだけでは、円安メリットを中小企業に十分還元させるまでは至らないと思う。この場合、生産性の低い中小企業には、倒産してもらうしかない。円安進行の結果、生産性の低い中小企業が倒産した場合、大企業は調達先を失う。海外からの調達を考えても、円安によりコストが上昇しているので、メリットが見えない。従って、海外の企業ではなく、日本の中小企業の中で、より生産性の高い企業へと調達先を変えるケースが多くなるであろう。これによって、生産能力が、生産性の低い企業から、高い企業へと移転する。この場合に発生する倒産は、創造的破壊をもたらす倒産であり、日本経済成長の原動力となる。

円安進行が、現在のように中小企業にデメリットをもたらす場合でも、円安進行そのものを止めてはいけない。中小企業にとって望ましい法の運用や雰囲気作りまでは必要である。しかし、それ以上のことは不要である。円安による倒産が増えることは、創造的破壊であり、日本経済全体が生産性を上昇させるチャンス到来なのである。避けなければならないことは、円高進行による創造なき破壊であり、円安進行による創造的破壊は歓迎すべきことなのである。

ここまで、大企業=強者、中小企業=弱者のように書いてきた。しかし、これは、こうした傾向があるということを意味するだけであり、ステレオタイプ的な表現をしただけである。中小企業は、数も多いし、格差も非常に大きい。円安とともに販売価格を引き上げることができる、強くて優秀な企業はたくさん存在する。三村明夫日本商工会議所会頭の『円安について「中小企業の立場ではあまり望ましくない」と述べた。』が指す中小企業は、中小企業全体を代表する声ではない。多数派かもしれないが、生産性の低い中小企業を代表しているだけである。三村明夫氏は、円安反対ではなく、「大企業は円安メリットを中小企業に還元すべきである」、という主張をすべきであった。中小企業にとって必要なことは、円安メリット還元の雰囲気を作り出すことである。

それ以前に、日本経済全体では、株価上昇効果、対外純資産増加効果などを除いた、貿易・サービス収支の改善という狭義の円安メリットは、まだ発生していないのである。それにもかかわらず、大企業だけが、国内で資金移動が発生した結果としてのメリット分を、円安メリットと誤解されて独占すること自体がおかしいのである。2012年11月に円安が発生して以降、日本国内では円安のデメリットが、円安のメリットをずっと上回っているのである。そのため、1ドル100円-105円が望ましいといった、現在値より円高の為替レートを適正レートと見なすような適正レート論は、日本経済全体から見た場合、間違っているのである。

私は、円安メリット論を主張し続けているが、真の目的は、円安誘導よりも、貿易・サービス収支の改善の方である。2012年11月に大胆な金融緩和の予想が発生して以降、円安は発生したが、貿易・サービス収支の改善は発生していない。経済学では、「2012年11月以降の日本が、マーシャル・ラーナーの条件を満たしていない」という言い方をする。しかし、対内、対外資金の流出入を変更させることによって、貿易・サービス収支の改善を実現させることは、可能である。ただし、前回説明したとおり、その場合には、現在よりもいっそうの円安が進行してしまう。超円高によって大きく破壊された日本経済を再生させるためには、円安に伴う痛みを避けて通ることはできないのである。

2012年11月に大胆な金融緩和の予想が発生して以降、理論的には、金融緩和を嫌気して、巨額の資金が海外へ流出するはずであった。ところが、巨額の資金が海外から正反対に流入してきたのである。この結果、日本の金融収支の黒字が消滅し、定義として経常収支の黒字も同時に消滅した。これが、貿易・サービス収支の悪化が発生した、資金面での原因である。

貿易・サービス収支を改善させるためには、経常収支の黒字拡大が必要であり、それと定義のほぼ等しい金融収支の黒字拡大が必要である。金融収支の黒字拡大のためには、機関投資家の投資行動を、無理矢理でも変えさせ、従来は国債で運用してきた資金を、外国証券で運用するようにさせなければならない。日銀が、国債保有残高の増加金額を、現在の年間50兆円から100兆円以上に増やせば、それは可能である。その意味で、追加の大規模金融緩和は、必要不可欠なのである。


(10月3日追記)
円安で中小支援  政府系金融、返済猶予など  経産省要請

経済産業省は3日、政府系金融機関が中小企業に貸し付けている資金について、返済の猶予や条件変更に応じるよう要請したと発表した。足元で急速に円安が進んでおり、原材料やエネルギーの輸入価格が高騰している。小渕優子経産相は同日の閣議後に「(円安は)中小の収益を圧迫している」と記者団に語り、緊急の対応が必要との認識を示した。

(中略)

このほか小渕経産相は2日夜、「円安による原材料・エネルギーコスト増加分」を大企業が仕入れ価格として受け入れるよう要請文書を431団体に出した。今後も要請をつづけ、経団連や各種の業界団体など計745団体に文書を送る。

 さらに10月内にも、メーカーや小売りなど大手企業200社を対象に経産省が価格転嫁の立ち入り検査を始める。これまで実施してきた「消費増税分の転嫁」の検査に加え、エネルギーコストも中小にしわ寄せが集中しないよう配慮する。
                 (10月3日 日本経済新聞)


私が上記のブログ記事を書いたのが9月21日。経済産業省は10月2日になってようやく動き始めた。政府は、誤った円安デメリット論が拡大しないように、円安メリット還元政策を強化してもらいたい。


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これ以上の円安は本当にメリットか

2012円11月以降、円安が進行し、直近では、円レートが戻り安値を更新している。しかし、輸出の増加が、ごくわずかしか発生していない。その結果、円安進行の開始の後、貿易収支の赤字金額は拡大した。これは、多くの人たちが予想していたことを裏切る結果であった。このため、円安にはもはやメリットはない。これ以上円安が進行すれば、コスト高を招き、日本経済に悪い影響を及ぼすだけだ、という声が日増しに強くなっている。今回は、現時点で、円安により輸出はあまり増えていないが、それでも円安のメリットは大きく、円高のデメリットは大きいことに変わりがないことを説明する。

最近は、円の適正レート論、例えば、円レートは95円から105円の間が望ましい、などの見解がよく示される。この場合の「適正」の定義は、「インフレなき完全雇用」を意味するケースが多いようである。しかし、私の考え方では、「適正」とは「長期的な実質GDP成長率の最大化」である。私と同様な考え方を持つ人もいるはずであり、「適正」の定義はあいまいである。定義のあいまいな問題に対して、論理的に正しく反論することは不可能なので、適正レート論に対しては反論しない。

円安メリットを説明するために、実際にはほとんど発生する可能性のない極端なことが発生するという2つの場合を、例として取り上げる。すなわち、円レートが1ドル=100円の時に、ヘッジファンドが円を猛烈に買い、1ドル=10円に上昇させ、そのレートを持続させ、10年後に反対売買により、1ドル=100円に戻るという仮定をする。もう1つは、ヘッジファンドが円を猛烈に売り、1ドル=1000円に下落させ、そのレートを持続させ、10年後に反対売買により、1ドル=100円に戻るという仮定をする。この超円高シナリオと、超円安シナリオで発生する現象の差を考えるのである、1ドル=80円や1ドル=120円の場合でも、同じ内容のことが起こる。ただ、小幅な円安や円高を例にすると、現実的ではあるが、メリット、デメリットの規模が小さすぎて、わかりにくくなってしまう。事の本質をわかりやすくするために、あえて、極端で現実離れしているが、わかりやすい例を設定する。なお、スタート時点において、これ以外のGDP、貿易収支、経常収支、対外純資産などは、現在の日本と同じ状況にあると仮定する。

(例1)1ドル=10円が10年間続いた場合
この場合、日本経済に何が起こるであろうか。ドルの価値が10分の1になるわけであるから、輸入品の価格は10分の1になる。100%輸入に依存しているガソリン価格は、税金や流通コストなどがかかるために、10分の1にはならないが、単純化のために10分の1になると仮定し、それ以外も同様と仮定する。輸入している食料の価格も10分の1になる。安くなるのはそれだけではない。自動車もテレビも、いわゆる「貿易財」の価格は、すべて10分の1になるのである。輸入品だけではなく、従来、国内向けに生産されていた貿易財は、すべて輸入品にとって替わられ、すべての価格が10分の1になるのである。すべての貿易財の価格が10分の1になることは、消費者や輸入業者の立場からすると、大変大きなメリットである。

しかし、立ち位置を変えると全く異なることになる。生産者の立場に立った場合、外国のライバル企業の製品価格が、10分の1になるのである。貿易財の国内生産では、輸出製造業だけではなく、国内市場向けの貿易財生産業もまた、外国のライバル企業の輸入製品に勝てなくなる。貿易財を生産する日本企業は、日本の国内工場、研究開発施設をすべて閉鎖し、海外に移転するしか生き残る道はなくなる。おそらく、本社も海外に移転する企業が続出するであろう。日本に残る施設は、貿易財を生産するメーカーの販売拠点くらいである。それ以外のものを海外に移転しなければ、「倒産」しかありえないからである。貿易可能な工業製品の国内生産は、ほとんどなくなると考えてよいと思う。それだけではない。現在、米の関税率は、778%である。ドルの為替レートが10分の1になれば、海外の米の価格は10分の1となり、778%の関税をかけても、国内産の米よりも安くなる。すなわち、米は、オーストラリア、アメリカなどからの輸入品にほとんどとって替わられるのである。魚沼産コシヒカリなどのブランド米だけは、ごく少量生き残る可能性はある。その他の農産物でも同じ現象が発生するはずだ。

国内の貿易財生産業は、ほとんど全滅に近くなる。国内に残る大半の産業は、非貿易財、サービス産業だけになる。つまり、販売拠点を除く貿易財生産企業の国内部門が、ほとんど消滅してしまう。同時に、多くの失業者が発生することになる。この場合、経常収支はどうなるであろうか。現在の日本においては、足元の経常収支はゼロに近く、貿易収支は赤字が恒常化している。この貿易収支の赤字水準は、貿易財産業の全滅によって、大幅に拡大することは間違いない。当然、経常収支の赤字も急拡大する。これが10年も続き、累積すると、対外債務が大幅に増えることは間違いない。

現在の日本は、対外純債権を325兆円保有する、世界最大の対外純債権国である。しかし、日本の債権の大半は外貨建てで、債務の大半は円貨建てである。この場合、超円高が発生すると、巨額の為替差損が発生し、対外純債務国に転落する。これは、大変大きなマイナスである。しかし、10年後に為替レートが元に戻ることを仮定しているので、このマイナスが長続きするとは限らない。従って、このマイナスは無視する。

ただし、対外純債務国に転落したからには、最初は外貨建ての債権の取り崩しで対応するであろうが、途中からは、ドル建てで借金をして、輸入代金を支払っていくしかない。毎年、巨額の経常収支の赤字が発生する場合、10年後の対外純債務は、それなりに大きな金額になるであろう。しかも、その債務のほとんどが、ドル建てである。超円高発生時に、対外純債権国から対外純債務国に転落した日本は、10年後には、それなりに大きなドル建ての対外純債務を保有する国家へと変貌することは、間違いない。

最初に、10年後に1ドル=10円から1ドル=100円に戻ると仮定している。その場合、対外ポジションはどう変化するのであろうか。ドル建てで見たときは不変であるが、円建てで見たとき、対外純債務が10倍になるのである。借金が膨らみすぎるため、日本は借金を返済する必要性が生じる。一方、国内の輸出産業は壊滅してしまっているために、輸出は少しずつしか増えない。そのため、巨額の対外純債務を保有する日本は、借金の利払いすらできなくなる。この結果、円レートは、1ドル=10円から1ドル=100円までの下落で止まることはありえない。その後も、際限なく円は売られ続けることは間違いない。仮に、円が1ドル=1000円まで売られたと仮定する。この場合、1ドル=10円の時から、それなりに大きな金額であった対外純債務は、円安進行だけで、円建ての対外純債務金額は100倍になるのである。これは、とてつもなく大きな円安のデメリットである。こういう時には、超円高がメリットであるため、何としても円高に誘導したいが、円高ではなく、円安方向に動いてしまうのである。

10年後に、為替レートが1ドル=1000円にまで暴落する場合、すべての輸入品の価格は100倍になる。工業製品、農産物、エネルギーのすべての価格が100倍になる。輸出産業、貿易財生産業が10年前に全滅し、新規に借金を増やすこともできないので、急騰した輸入品を買うことができなくなる。この場合、まずは、食料を大増産する必要が生じる。10年前に破棄された農地を再び農地に戻すだけではなく、それよりも広い新規の農地をつくらなければならない。困難ではあるが、やり遂げなければ、餓死者が増える。エネルギーも高価すぎて輸入できなくなる。自然エネルギー以外では、とっくの昔に閉鎖した北海道と九州の炭鉱に再び穴を掘り、石炭を使うくらいしか方法がなくなる。しかし、穴を掘る掘削機械を輸入することもできない。手持ちの機械、あるいは人力を使って穴を掘り、採掘するしかない。

この時、非貿易財、サービス産業だけで維持してきたGDPは、間違いなく大きく低下する。輸入が完全に止まったならば、食料、エネルギーなどの供給が停止し、生活していけなくなる。それまで従事していた非貿易財・サービス産業から、農業や石炭採掘業などに多くの人材を移すしかなくなる。超円高下でも繁栄し続けていた非貿易財・サービス産業の何割かをつぶし、輸入必需品の代替品の生産を始めなければならないからだ。状況としては、第二次世界大戦終了直後の状況に戻るであろう。外国から食料もエネルギーも買うことができなくなるのである。国民の多くは、GDPが減って生活が苦しくなるだけではなく、飢えにも苦しむことになるであろう。

加えて、日本は巨額の対外純債務を保有しているのである。借金の利息すら支払えない。おそらく、日本はIMFの管理下におかれ、借金と利息の一部は帳消しにしてもらうことはできるかもしれない。それでもなお巨額の対外純債務は残る。そのため、食料、エネルギーの自給を達成した後、輸出製造業を復活させ、輸出を増やしても、輸出代金の大半を借金の返済に回すことになる。第二次世界大戦直後は、戦後補償などの潜在的な債務は存在していたが、現在のような意味での対外債務はほとんど存在していなかった。しかし、今回は膨大な対外純債務が存在する。非常に長い時間をかけてでも返済し続けなければならないのである。この場合、将来の日本人の生活水準、具体的には1人当たりのGDPは、現在よりもはるかに低い状況が続くであろう。

ただ、第二次世界大戦直後との最大の違いは、超円高で海外に移住、移転していた日本人、日本企業が、円高が解消されると、その何割かがカネと技術を携えて日本に戻ってきてくれるであろう。こうした日本人、日本企業の貢献により、超円高のために全滅してしまった日本経済の貿易財生産部門は、少しずつ再生していくであろう。それでも巨額の対外純債務を返済するには、気の遠くなる年月が必要になることに変わりはない。

(例2)1ドル=1000円が10年間続いた場合
この場合、(例1)と同じような説明が可能である。しかし、もう一度説明すると、説明が長くなってしまう。従って、ここでは、重要な論点だけに絞った短い説明にする。

この場合は、ガソリンや輸入食料の価格が10倍になるということが最大の問題点である。しかし、すべての輸入品価格が10倍になることはない。1ドル=1000円になったら、速やかに輸入品から国産品へと代替される工業製品が、何割か存在するからである。それでも、1ドル=100円から1ドル=1000円に急落する過程で、消費者や輸入業者は、大変大きな痛みを感じることは間違いない。しかし、その痛みは、1年目だけである。2年目以降の輸入品価格は同じである。一方、超円安の結果として輸出が増加し、GDPも増加し始める。GDPの増加と並行して賃金も必ず上昇する。GDPないしは所得が、毎年増加し続ければ、輸入品価格上昇による実質所得がマイナスであったのが、プラスへと変化する。すなわち、痛みは、GDPの上昇とともに消失するのである。ただ、輸入品販売に特化していた企業は、何割かが倒産するであろう。

なお、電力多消費型製造業の倒産は増えるであろう。しかし、この原因は、円安ではなく、福島原発の事故である。超円安発生だけの場合、ドル建てのコストは変わらず、電気代という観点からの国際競争力に変化はない。しかし、原発停止による電気代上昇は、電力多消費型製造業の国際競争力の低下を招く。電力多消費型製造業の経営者から見ると、原発事故の後、ずっとコスト高に苦しんできたのである。それが、超円安の進行により、コストがさらに増えるので、何としても円安を阻止したいと感じる。感じるかもしれないが、本当の原因は、円安ではなく、原発停止による電気代上昇なのである。

10年後には、1ドル=100円に戻るというのが最初に設けた仮定である。このとき、GDPや経常収支の黒字は増大しているが、大幅に増大するような力は、現在の日本には存在していない。生産年齢人口の減少スピードが止まらないからである。従って、そこからさらに1ドル=10円にまで円高が進行することはありえない。1ドル=100円前後か、それより若干円高方向で落ち着く可能性が高い。経済の供給サイドのうち、貿易財生産業は、10年後に為替レートが元に戻る際に、円高進行を原因として、その一部が破壊される。しかし、その前の10年間に、より多くの貿易財生産業が創造されていたはずであり、一部破壊後も、10年前の水準を上回っているはずである。

そして少なくとも、(例1)の超円高が10年続いた場合のように、日本の供給サイドのうち、貿易財生産業が全滅することはありえない。(例1)の超円高シナリオよりも、(例2)の超円安シナリオの方が、10年目以降の日本人の所得は、はるかに高いはずである。また、(例2)の超円安シナリオにおいては、(例1)の超円高シナリオのように、巨額の対外純債務を持つことも絶対にありえない。(例2)の超円安シナリオにおける対外ポジションは、2013年末の325兆円の対外純債権を上回っているはずである。

極端な超円高シナリオと、極端な超円安シナリオを比較すると、極端な超円安シナリオが圧倒的に有利な結果で終わるのである。超円高シナリオの場合、消費者、輸入業者の立場に立てば、輸入品だけではなく、貿易財全体の価格低下という大きなメリットを享受することができる。永遠に円高を続けることが可能であるならば、私も円高メリット論を断固として支持する。残念ながら、永遠の円高が続くことは絶対にありえない。円高が、大幅かつ長期間続けば続くほど、その後に発生する円安は極端に大きなものとなる。そして、その場合の超円安は、メリットではなく、とてつもなく大きなデメリットをもたらすのである。

円安がメリットをもたらす条件は、(A)対外純資産を保有していること、(B)強い経済の供給サイドを保持していること、である。少し前の日本はこの(A)(B)の条件を両方とも備えていた。そのため、必ず円安はメリットであった。しかし、リーマンショック後の超円高の間、日本経済の供給サイドは大きく破壊され、回復困難な大打撃を受けたのである。そのため、(B)の強い経済の供給サイドの保持という条件が、現在ではあやしくなったのである。その結果、現在の日本経済は、(A)の対外純資産を保有しているというストック面からのメリットは大きいのであるが、(B)のフロー面のメリットが、目に見えないくらい小さなものとなってしまっているのである。

だからといって円高を望むことは完全に間違っている。円高は、弱体化した供給サイドをますます弱体化させ、(例1)で示したように、ある時点から急激な円安が必然的に発生する。その時は、(A)(B)の条件が両方失われており、円安がとてつもなく大きなデメリットをもたらすのである。

現在、円安にもかかわらず、輸出が伸びない、メリットがない、ガソリン価格が値上がりして苦しくなっただけであると、日本人および日本企業の何割かが感じ始めている。しかし、輸出が伸びない原因が円安であるというのは、とんでもなく間違った考え方である。輸出が伸びない最大の原因は、リーマンショック後の超円高で、日本経済の供給サイドが大きく破壊されてしまった結果なのである。1ドル=80円が現在も続いていたと仮定する。この場合、大手電機メーカーの何社かは、倒産に追い込まれていたであろう。自動車メーカーは、工場のより本格的な海外移転を計画し、実行に移し続けていたであろう。その場合、貿易収支の赤字金額は、今よりも、もっと大きくなっていたはずである。超円高が是正されたため、1ドル=80円が続いた場合よりも、貿易収支の赤字金額は小さくなっているのである。残念ながら、この円安による貿易収支改善効果は、目には見えないのである。

繰り返すが、現在、多くの人が円安のデメリットを感じるようになった原因は、日本経済の供給サイドが弱体化したことの結果である。従って、必要な政策は、経済の供給サイドを再生させることである。円安のメリットを感じやすい経済、以前の強い日本経済の供給サイドを復活させなければならないのである。先に円安がメリットをもたらす条件は、(A)対外純資産を保有していること、(B)強い経済の供給サイドを保持していること、と書いた。この2つの条件を欠いている国は、世界には多数存在する。トルコを中心とした「フラジャイル5」が、少し前に有名になった。よりわかりやすい例は、ギリシャである。最近、ギリシャ関連の報道は減少したが、ギリシャ経済の悲惨さは凄まじい。日本はかつての経済大国の地位から転落し、ギリシャへの道を歩みつつある。これは大変危険な道である。かつての経済大国への道に引き返さなければならない。

過去の超円高によって大きく破壊された日本経済の供給サイドを再生させる方法は、存在している。追加の異次元緩和を繰り返すことにより、日本国内の余剰資金を海外に流出させることである。異次元緩和の年間国債購入金額50兆円はあまりにも少なすぎ、海外からの資本流入を招いてしまった。金融収支の黒字が消失し、ほぼ定義として、経常収支の黒字の消失をも招いた。しかし、国債の購入金額を少なくとも年間100兆円、それでも足りなければもっと引き上げれば、国内資金の対外流出、金融収支の黒字拡大、そして定義としての経常収支の黒字拡大が発生する。経常収支の黒字拡大が続けば、次には、貿易収支が黒字に復帰し、貿易収支の黒字拡大となる。

追加金融緩和の最大の目的は、円安誘導ではない。最大の目的は、金融収支の黒字拡大であり、それとほぼ定義が等しい経常収支の黒字拡大である。しかし、大規模な追加金融緩和を実施した場合、どうしても円安が付随して発生してしまう。そして、円安進行のレベルは、過去の超円高により大きく破壊された国内経済の供給サイドが、復活できるまでの時間の長さによって決定される。国内の供給サイドの復活に時間がかかる場合、1ドル=200円といった超円安が発生する。そして輸出が少し増える中、輸入が大きく減少し、貿易収支の黒字拡大が発生する。この場合、消費者、輸入業者の痛みは非常に大きなものとなる。輸入業者の倒産が相次ぐであろう。一方、国内の供給サイドの復活が早ければ、1ドル=
120円程度の円安で止まり、輸入より輸出が大幅に拡大することによって、貿易収支の黒字復帰、黒字拡大が実現する。この場合でも、消費者、輸入業者は一時的には痛みを感じるが、それほど大きなものにはならない。「もう円安で輸出は拡大しない」という人は、国際収支の定義を知らない人たちである。

「これ以上の円安はデメリットが多い」という認識は完全に間違っている。円高が進行した場合、輸出産業の崩壊が拡大するため、その後は必ず円安に戻り、その時には、大きな円安デメリッットを受けざるをえなくなるからだ。輸出が増えない理由は、リーマンショック後の超円高により、日本経済の供給サイドが大きく弱体化してしまった結果である。日本経済の供給サイドを復活させる方法は、金融収支の黒字を大幅に拡大させることである。その結果、定義として、経常収支の黒字が大幅に拡大し、必然的に貿易収支の黒字復帰、黒字拡大が発生する。ただ、その途中で必ず円安が発生する。日本経済の供給サイドを再生させるためには、円安が必ず付随して発生し、場合によっては、超円安となり、輸入インフレという大きな痛みは避けられない。痛みを避けることはできないが、その先に、経済成長と所得の拡大が必ず発生し、痛みは消えていく。こうした経済成長と所得拡大を実現させるために、最初に必要な政策として、追加の大規模金融緩和を繰り返し実施することが、必要不可欠なのである。




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人手不足にもかかわらず賃金が上昇しにくい理由

このところ、人手不足の声が、やむことなく聞こえてくる。一方、労働者の賃金の上昇率は、非常に小幅である。消費税増税の影響もあり、実質賃金の上昇率は、マイナスという状況が続いている。ここでは、日本の雇用環境を観察することによって、人手不足にもかかわらず、名目賃金が上昇しにくくなっている構造を明らかにしたいと思う。そして賃金が上昇しにくい構造を解消する政策を、いつものように提示することにする。

まず、日本の生産年齢人口、労働力人口、就業者数、雇用者数を表すグラフを下記に示す。


日本の労働力男女

日本の生産年齢人口は、1997年1月にピークを打ち、その後、低下に向かっている。その割には、労働力人口、就業者数の減り方は鈍い。雇用者数にいたっては、直近が過去最高である。

同じ内容を、性別に見ることにする。最初は、男性のグラフを下記に示す。


日本の労働力男

男性の場合、生産年齢人口ほどには、労働力人口、就業者数、雇用者数は減少してはいない。それでも減少率は比較的高い。

次に、同じ内容の女性のグラフを下記に示す。


日本の労働力女

女性も、生産年齢人口は減少しているが、労働力人口、就業者数、雇用者数は、直近が過去最高である。人口の減少速度を上回る、女性の社会進出が進行しているからである。

次に、2014年3月時点の就業率が、日本が、世界の中で、どれくらいの位置にあるかを表すグラフを下記に示す。


世界就業率男女

上記に掲載している国数は、34ヶ国である。これにユーロ圏、OECD合計などを合わせて38本のグラフを描いている。日本は34ヶ国中で9位である。まだもう少し就業率を引き上げる余地があると思う。

次に、同じ内容の男性だけのグラフを下記に示す。


世界就業率男

34ヶ国中第3位。男性の就業率をここからさらに大きく引き上げることは、難しそうである。

次に、同じ内容の女性だけのグラフを下記に示す。


世界就業率女

34ヶ国中16位。日本の女性は、過去との比較では就業率を大きく引き上げてきたが、世界との比較では、トップとの差がかなり残っている。今後も引き続き上昇することを、期待してもよいであろう。

ここまでは、女性を中心とする新しい労働力が、市場に参入してきたことを示した。生産年齢人口の減少の割には、人手不足が深刻化しなかったという、プラスの意味に捉えることが可能である。

ここから先は、同じ現象が、マイナスの影響をも及ぼしていることを指摘する。

まず、名目賃金の上昇率と失業率の推移を表すグラフを下記に示す。


失業率と賃金

人手不足が叫ばれる中、名目賃金はあまり上昇していない。直近の6月は、前年比+1%であったが、ボーナスの寄与率が高かった。7月と12月のボーナス月以外では、名目賃金の上昇率は、前年比+1%を下回る可能性が高い。賃金が上昇しにくい最大の原因は、失業率が3.7%と高すぎるからである。賃金上昇率、より厳密にはインフレ率が加速化し始める失業率は、NAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment インフレ率が加速化しない失業率)と呼ばれている。NAIRUは、おそらく3.5%を少し下回る水準に位置していると思う。

リーマンショック前の好況期は、失業率が3.6%-4.3%くらいの範囲で動いていたが、名目賃金上昇率は、平均するとマイナスであった。

1997年消費税増税前の好況期は、3%-3.5%くらいの失業率が続いていたが、その時の名目賃金上昇率は、+1.5%前後であった。こうした数字から、NAIRUは3.5%を少し下回る位置にある可能性が高い。直近6月の3.7%の失業率は、NAIRUに届いておらず、まだ高すぎるのである。

最近、よく話題となる話は、小幅な名目賃金の上昇や実質賃金の低下ではなく、人手不足の方である。これは事実ではあるが、過去との比較ではそれほど大きなものではない。

このことを示すために、日銀短観の雇用人員判断のグラフを下記に示す。


短観雇用判断

現在の人手不足を否定しないが、バブル期や、第一次オイルショック期の方がはるかに激しかったのである。

次に、有効求人倍率のグラフを下記に示す。


有効求人倍数

このグラフも少し前に掲載したことがある。日銀短観の数字と同じく、有効求人倍率は上昇しているが、バブル期、第一次オイルショック前と比較すれば、たいしたことはない。6月の正社員の有効求人倍率は0.68倍。パートは1.4倍である。企業は低賃金労働を求め、失業者はより賃金の高い正社員を求めている。そして、正社員の職は、相変わらず不足しているのである。

普通は、この有効求人倍率を、さらに職業ごとに細かく分けて観察し、職業ごとの有効求人倍率が大きく異なるために、人手不足が賃金の上昇につながりにくくなっているという説明が、標準的な説明である。この説明に納得できる部分もあるのだが、納得できない部分も多い。私は、標準的な説明とは異なった角度からの説明も可能であると思う。

異なった説明をするため、女性の正規、非正規雇用者の従事者数を表すグラフを下記に示す。

女性の非正規雇用

古い時代と新しい時代とでは、目盛りの期間が異なることを、頭に入れていただきたい。直近において、正規労働者の数が増えている。これは、4月に正規社員が新入社員として雇用が開始されるという季節要因である。ただ、それを除いても増加数は大きい。これは、今年4月から、日本郵政を始めとして、非正規社員の一部を正規化させた企業が存在していたこと、消費勢増税前の景気回復などの要因が、影響していると思われる。非正規社員の減少は、一部の非正規社員の正規化と、駆け込み需要の反動という特殊要因がきいている。

長期で見れば、女性の雇用者が増えているといっても、その全てが非正規社員であったということは、否定しようのない事実である。これは、悲劇としか言いようがない。女性の雇用者が、女性の才能に見合った賃金の高い正規社員の分野で全く増加していない。そして、才能とは無関係の、パートを中心とする非正規で低賃金の雇用ばかりが増加してきたのである。労働力不足が、女性の活用により解消されるということ自体は、本来なら、望ましいはずの現象である。しかし、こうした低賃金労働に従事させられる女性たちの数だけが大幅に増えているという事実が、望ましい現象であるはずがない。

男性の雇用者が増えない中、女性の雇用者は増え続けている。失業者の数は、女性より男性の方が多い。しかし、雇用者になる人は、職を探す失業者、すなわち労働力市場の中から雇用者になるとは限らない。労働力市場外から、直接雇用者になる人も多いはずである。おそらく、男性の雇用者は、失業者という労働力市場の中から雇用者になる割合が高いと思う。一方、非正規雇用者になる女性は、労働力市場外から、直接、非正規雇用者になる割合が高いはずである。このような人たちは、先に示した有効求人倍率にカウントされないのである。この要因を考慮すると、直近の有効求人倍率は、先のグラフで示した数字より低くなる可能性が高い。労働力市場外からの潜在的な参入者をも考慮した場合、パート労働者の有効求人倍率は、1.4倍よりもかなり低いと考えるべきである。

なお、失業率で使う失業者と、有効求人倍率で使う求職者は、定義が異なっている。定義は異なっていても、失業者と求職者は、多くが重なっている。実際、失業率は、有効求人倍率より少し遅れながら、動く方向性は、かなり似た動きをしている。そのため、ここでは、普通に扱われているように、失業者と求職者、失業率と有効求人倍率を、同じようなものとして扱うことにする。

パート労働における人手不足の広がりは間違いない。しかし、同時に、労働力市場外から、女性を中心とする新規の労働者が常に参入してくることにより、人手不足の何割かが解消され続けているはずである。ここに、人手不足の割には賃金が上がらず、失業率も下がらない大きな理由が存在すると考える。仮に、労働力市場外からの新規参入者がなかったとすれば、失業率は低下し、NAIRUを下回り、賃金上昇率は高まっていたはずである。

もちろん、労働力市場外から、女性を中心とする新規の労働者の参入は、人手不足が拡大する前から存在していたので、現在、人手不足が拡大していることは事実である。そして、人手不足の中心は、パート労働者の不足である。しかし、人手不足の尺度を有効求人倍率で見るならば、上昇してはいるが、その絶対水準、特にパート労働者の絶対水準は、公表値より低いのである。問題は、人手不足が発生していることではなく、人手不足の拡大が不十分であり、真の有効求人倍率の上昇が不十分であるため、失業率がNAIRUまで下がらないことなのである。

この問題を解決するためには、賃金の高い労働需要、あるいは正社員の労働需要を拡大させることが必要である。同一労働同一賃金といった規制を導入することには賛成できない。悪平等が広まるだけで、経済成長も豊かさも、もたらさないからだ。重要なことは、賃金の高い産業を創出し、低賃金労働に依存する産業を縮小させることである。加えて、低賃金労働者の賃金水準をより高めることである。そのためには、異次元緩和の第二弾という政策が大変有効である。

異次元緩和は、資本の対外流出の増加ではなく、資本の対内流入の増加を招いた。その結果、必然的に金融収支の黒字が消滅し、定義として、経常収支の黒字もまた同時に消滅した。しかし、日銀が国債購入金額を、年間50兆円から100兆円に増やした場合、環境はがらりと変わる。日銀以外の国内投資家は、保有する国債の残高を、大幅に減らさざるをえなくなるからだ。国債を売らざるをえなくなった国内投資家は、その売却代金の何割かを、外国証券の購入に回さざるをえない。これは金融収支の黒字拡大が発生することを意味する。そして同時に、定義として経常収支の黒字が拡大することをも意味する。経常収支の黒字拡大は、日本においては、貿易収支の改善、すなわち輸出の拡大と輸入の減少を意味する。これは、日本の輸出製造業が復活し、生産を増やすと同時に、雇用を拡大させることをも意味する。円安になっても、輸出は増えないと言う人は多い。そういう人たちは、金融収支と経常収支の定義がほとんど同じであることを、知らない人たちである。

一般論ではあるが、サービス業よりも、製造業の方が、賃金は高く、正規雇用の割合も高い。輸出製造業が復活するにつれて、賃金の高い正規労働者に対する需要が増加し、失業率は低下に向かう。この結果、実際の失業率がNAIRUを下回ると、労働者の名目賃金の上昇率は高まるのである。失業率は低下し、賃金の上昇は加速していく。多くの失業者が、正社員となって事務労働をすることを希望しているが、その希望が満たされる可能性は低い。しかし、そうした失業者の何割かは、工場労働ではあるが、賃金の高い正社員の職が増えたならば、工場労働への就職を選択するはずである。

賃金が上昇し始めると、経営が成り立たなくなる企業が出てくるはずである。そうした企業には、つぶれてもらうことが望ましい。つぶれたくなければ、生産性を上昇させ、賃金を引き上げるしか方法はないのである。生産性を上昇させずに、低賃金労働者の人海戦術で成り立ってきた企業の倒産が広がることこそが、本物の創造的破壊であり、経済成長の原動力となる。超円高の時期は、生産性や成長性の高い輸出製造業が、比較劣位のため次々と崩壊し、創造なき破壊が蔓延し、潜在成長率を大きく引き下げてしまった(*1)。生産性、成長性の高い製造業の復活と、生産性の低い一部のサービス企業の倒産こそが、創造的破壊による経済成長なのである。ただ、これには、いくつかの例外がある。医療、介護といった、ほとんど社会主義的計画経済で成り立っている部門は、経済成長の結果として増加する税収の一部を、この部門で働く労働者の賃上げに回すなどの、特別の措置が必要である。その他、資本主義経済下にあっても、一定の社会的意義のある低生産性部門は、政府の補助などにより維持させることも、少しは必要であろう。また、建設業では、これとはかなり異なるメカニズムが発生していることを、以前説明したことがある(*2)

黒田日銀総裁は、8月23日のジャクソンホールの演説で、パート労働者の増加が過去のデフレの原因になったこと、これからも女性労働力の活用が重要であることを訴えていた。この意見には完全に同意する。しかし、現在の金融政策では、多くの女性をパートの低賃金労働に押し込める間違った現状を、変えることはできないのである。こうした現状を改善するためには、金融政策の現状維持では力不足であり、異次元緩和の第二弾を一日も早く実行することが、必要不可欠なのである。


リンク先記事
労働生産性と潜在成長率の低下(*1)
人手不足による賃金引き上げの必要性(*2)




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