日本の貿易収支 赤字から黒字への道

昨年11月から超円高の是正が始まったが、現在までのところ日本の貿易赤字は縮小していない。今回は、その原因を調べることにする。まず、貿易収支の現状を下記のグラフに示す。

貿易収支

貿易収支の悪化は、リーマンショック前の資源価格高騰時からである。資源価格の下落後は、超円高が進行し、貿易収支は一時的に赤字になった。その後、回復するが、2011年3月の東日本大震災の頃から、再び赤字に転落した。昨年11月から、超円高が是正されつつあるにもかかわらず、赤字が減少する気配はない。日本の貿易収支は、2007年以前は毎月1兆円弱の黒字であったのが、最近では毎月1兆円弱の赤字となっている。年率に換算すると、年間20兆円近くも、貿易収支が悪化してしまったことになる。

次に、日本の貿易収支の悪化が、どの商品セクターで発生しているかを探ることにする。日本の商品別の貿易収支のグラフを下記に示す。


商品別

まず目につくのが、鉱物性燃料の赤字拡大である。リーマンショック前の資源価格高騰時に急増したが、その後、急減して2009年に底を打ったが、2011年から再びジリジリと増えている。この主な原因は、福島原発の事故をきっかけとした原発停止の結果である。経済産業省の試算では、原発停止の影響で、2013年度の輸入燃料価格は3.6兆円増加するとのことである。全体の貿易収支の悪化が20兆円弱なので、原発停止要因を除いても、年間16兆円前後もの貿易収支の悪化が発生していることになる。

従って、原発停止の影響はあるものの、貿易赤字拡大のより大きな原因は、他のセクターにある。上記の表では、貿易の主要な構成品目である一般機械、電気機器、輸送用機器の収支の黒字の減少の影響が大きい。その中では、電気機器の収支が大きく下落しつつあり、一般機械、輸送用機器の収支も、リーマンショック前の金額をかなり下回っていることが分かる。

次に、地域別の貿易収支のグラフを下記に示す。


地域別

対中東は、先に述べた原油価格の変動と原発停止の影響に大きく左右される。それ以外で、対アメリカでは、水準がやや低いものの、比較的堅調である。対EUは、悪化の幅はそれほど大きくないが、黒字から赤字に転落している。一番大きく悪化したのは、対アジアである。

次に、対アメリカでの商品別収支のグラフを下記に示す。


対米

対アメリカでの貿易収支は、全般的に健闘していると言えると思う。しかし、最も競争力の強い輸送用機器、中でも自動車は、かなり空洞化が進んでおり、ここからより輸出金額を増やすことは、容易なことではない。電気機器は、競争力自体が落ちている。全体として、対アメリカでの貿易黒字は今後も拡大する方向に動くと思うが、リーマンショック前のピークに戻るまでには、ある程度の時間が必要であろう。

次に、対EUでの商品別収支のグラフを下記に示す。


対EU

EUは、南欧諸国の経済危機の影響で不況が長引いていたが、最近は緩やかな景気回復が始まっている。しかし、南欧諸国の経済が順調に好転するとは限らず、爆弾を抱えたままの景気回復となるであろう。従来、貿易収支の黒字と赤字が交代し続けていたEU経済は、不況とユーロ安の影響で、貿易収支の大幅な黒字が継続するようになった。その結果が、日本の対EU貿易収支の赤字転落である(日本は、上記のグラフで示していない化学製品の収支が、対EUでは恒常的に赤字)。中でも輸送用機器、自動車が大きな悪影響を受けた。しかし、EU経済は回復過程に入り、大きく落ち込んだ日本企業の自動車販売は、増加に転じている。ただ、空洞化の進行により、現地生産が増えているので、販売の増加が輸出の増加にすぐにつながるわけではない。後で示すように、円高・ユーロ安が大きく是正されたため、今後は、緩やかな速度で、自動車を中心とする対EU輸出、貿易黒字は拡大していくであろう。しかし、南欧諸国の爆弾が破裂しないと仮定しても、その速度は非常に緩やかになることが予想される。

次に、対アジアでの商品別収支のグラフを下記に示す。


対アジア

特に大きな下落が目立つのは、電気機器の収支である。リーマンショック前には4000億円を超える黒字の月があったのが、直近では1000億円以上の赤字に転落している。

この原因を調べるために、対アジアでの電気機器のより細かな商品別の貿易収支のグラフを下記に示す。


対アジア電気機器

一番健闘しているのは、IC、すなわち半導体である。東芝、ルネサス、ソニー、マイクロンに買収されたエルピーダなどの半導体製造企業は、没落しつつある日本の電機企業の中でも、輸出貢献度は依然として高い。前回、「半導体ルネサンス」を提唱し、日本の半導体産業を保護してでも大幅に強化すべきことを主張した。「半導体ルネサンス」が成功したならば、日本の貿易収支を大幅に改善することが可能になる。しかし、「半導体ルネサンス」が現実化する可能性は非常に低い。実際には、半導体、ICの対アジア収支は、今後は下落してしまうかもしれない。

しかし、何といっても対アジアでの電気機器収支の悪化に貢献したのは通信機器であり、中身の多くは、携帯電話である。通信機器の収支の赤字は、2013年9月に急拡大しているが、これは、アップルのiPhone5s,5cが9月20日に発売されたという特殊要因である。この影響だけで1500億円ほどあり、9月の貿易赤字全体を拡大させた大きな要因となった。しかし、この特殊要因を除いても、通信機器の赤字は毎月1500億円程度続くであろう。これは、スマホ世代になって、携帯電話製造工場が、世界でも賃金の安い中国の内陸部、ベトナムなどへと移動しているためである。残念ながら日本製のスマホは、完全に価格競争力を失っている。パナソニック、NEC、ソニーは携帯電話製造工場を閉鎖したが、これは諦めるしかない。音響映像機器の赤字も大きい。赤字が最も膨らんだのは、2010年11月である。この月は、地デジ特需がピークの月であり、日本国内でテレビが爆発的に売れた時期に一致している。地デジ特需の後、テレビの販売金額は急減し、それに並行して、音響映像機器の赤字も減少している。しかし、将来、赤字が縮小するような気配は感じられない。私が一番深刻に感じるのは、電子部品の黒字の急減である。テレビにせよ、スマホにせよ、完成品の組み立ては、日本の人件費では競争に勝てず、諦めるしかない。しかし、電子部品の中には競争力を保持しているメーカーはまだ多い。完成品の輸入国になるのは仕方がないが、電子部品までも収支の黒字が急減しているのは非常に心配である。日本メーカーの電子部品の受注は伸びており、最近ではスマホ向け部品の受注が大きく伸びている。しかし、その受注の伸び以上に、海外生産の伸びが増えているようである。

iPhone特需のあった今年9月の反動として、10月以降は対アジアでの電気機器収支が黒字に戻る可能性は高い。しかし、それでも、対アジアの貿易収支全体の黒字が拡大する姿は見えない。対アメリカ、対EUの場合、時間の経過とともに、貿易収支が緩やかながらも改善する道が見えている。それに対して対アジアでは、貿易収支改善の道が見えていない。対アジアで貿易収支を改善するためには、日本の経済政策のさらなる大きな変更が不可欠である。

対アジアでの貿易収支の改善が見えない最大の理由は、昨年11月以降、円高・ドル安、ユーロ安の構造はかなり是正されたが、超円高・アジア通貨安の構造の是正は、全く不十分であるからだ。それを示すために、購買力平価で見た円の価値の、主としてアジア諸国の通貨に対する割高、割安の度合いを表すグラフを下記に示す。


購買力平価

日本円=100という基準にしており、100以上なら円安・外国通貨高、100以下なら円高・外国通貨安である。昨年11月からの円安の結果、ドイツ・ユーロに対しては円高が是正され、むしろ若干の円安になった。対米ドルでの円高もかなり是正された。しかし、対アジア諸国の通貨に対する超円高は、少ししか是正されていない。

購買力平価の欠点は、非貿易財の存在である。そのため、購買力平価だけを見て通貨の割高・割安を決めつけることは、正しくない。しかし、バラッサ・サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)を考慮すれば、かなりの程度その欠点を補える。つまり、購買力平価で見た発展途上国の通貨価値は、経済成長とともに上昇するのが普通の姿である。日本では、1971年以前の1ドル=360円から、2011年10月の1ドル=75円までの大幅な円高が発生した。一方、日本周辺のアジア諸国は、そのような大幅な通貨価値の上昇が発生していない。これは、日本周辺の多くのアジア諸国が大規模な為替介入を繰り返し、自国通貨の価値の上昇を防いできた結果である。特に露骨なのは、台湾、香港、シンガポールの3ヶ国である。この3ヶ国の購買力平価ベースでの1人当たりGDPは、日本より高いにもかかわらず、巨額の介入により、自国の通貨価値を大幅に安く維持してきた。次が韓国である。購買力平価ベースでの1人当たりGDPは日本より少し低いが、韓国ウォンの価値は、日本円より依然として32%も低い。にもかかわらず、10月25日、韓国政府・中央銀行が、ウォン売り・外貨買い介入を実施したと報道された。韓国は、割安な韓国ウォンの通貨価値の上昇を、断固として阻止しようとしている。超円高で多くの企業、産業を見殺しにしてきた日本政府・日銀よりは、はるかに立派な行動だと思う。香港、シンガポールは、小国なので、日本の被害はあったものの、その規模は限定的であった。台湾と韓国は中規模の国家なので、この2ヶ国の長年の自国通貨安誘導政策により、日本の製造業、特に電機産業は大きな悪影響を受けた。日本の政府・日銀は、台湾、韓国の通貨に対しては、購買力平価で見た対円で等価にすることを目指す必要がある。日本よりはるかに豊かになった香港、シンガポールの通貨に対しては、購買力平価で見た対円で等価ではなく、より割高にすることを目指す必要がある。中国、タイ、マレーシアも自国通貨安誘導政策を行っている。ただこの3ヶ国は、日本よりまだ貧しく、購買力平価で見た自国通貨の価値がある程度安くなるのは、やむをえない。日本円の対アジア諸国の通貨に対する割高の理由は、経済発展段階の差と、為替操作という2つの原因があり、前者については諦めるしかないが、後者については日本の政府・日銀が断固として是正をしなければならないものである。台湾などの通貨安は、100%が為替操作であるのに対して、中国、タイ、マレーシアの通貨の対円での割安度合いは、2つの原因が混合している。そのため、客観的な数値目標を算出することができない。購買力平価で見て、対円で等価にすることを目指すべきとまで言うことはできない。しかし、この3ヶ国の通貨の価値を、対円で現状より、より高くすることを目指すことは、最低限必要である。一方、ベトナム、インド、インドネシア、フィリピンの通貨価値が安いのは、この4ヶ国の購買力平価ベースでの1人当たりGDPが低いからである。従って、この4ヶ国の通貨安は、容認せざるをえない。

2013年5月22日、バーナンキFRB議長が、議会証言で量的緩和の出口戦略を語ったとたん、日本の株価は急落し、インドとインドネシアを中心に、アジア諸国の通貨も急落した。しかし、アジア経済の専門家の多くは、1997年のようなアジア通貨危機は起こらないと予測した。理由は、多くのアジア諸国が、1997年と比較して、通貨を割安に維持して、輸出を伸ばし、経常収支を黒字に保ち、外貨準備を大幅に増やしていることを理由として上げている。ならば、アジア諸国と正反対に、通貨が割高に維持され、輸出が減少し、経常収支の黒字が減っている国が、世界に存在しなければならない。その国は先進国であるのだが、欧米諸国は、アジアとの貿易金額の割合が低く、関係が少ない。アジアの中にあり、アジア諸国と最も貿易金額の大きい先進国で経済大国であるのは、日本以外に存在しない。1997年と異なり、現在、多くのアジア諸国が通貨危機と無縁になった最大の原因は、通貨を安く誘導し、輸出を増やし、外貨準備を貯め込むという近隣窮乏化政策により、日本という国家を窮乏化させた結果である。日本は、アジア周辺諸国の近隣窮乏化政策の最大の犠牲者であり、見事に経済はボロボロになった。アジア経済の専門家は、アジア諸国が1997年と比較して断然強くなったことを指摘しておきながら、その背後で赤字を引き受け、窮乏化する国が存在しなければならないことに、気づいていない。過去十数年間に、日本は、見事に窮乏化しすぎてしまった。もうこれ以上の窮乏化を容認してはならない。

政府・日銀は超円高・アジア通貨安の是正を最優先に実施すべきである。超円高・アジア通貨安が十分に是正されても、スマホやテレビの製造が国内に戻ってくることはない。超円高・アジア通貨安の是正だけでは、規模の経済と比較優位を失った日本の電機産業が復活するのは困難である。それでも、日本の貿易収支を改善させ、経済成長率を引き上げるためには、超円高・アジア通貨安の是正は最低限必要な条件である。昨年11月以降も、高度の技術を必要とするロボット、工作機械、電子部品などの工場建設を、日本国内ではなく、中国やタイを中心とするアジア諸国で行うという企業広報が続々と発表されている。スマホやテレビと違って、国内生産でも赤字にならない産業である。こうした先端技術を使う産業の海外流出を可能な限り阻止し、日本国内に留め置くことは、将来の日本の死活にかかわるほど重要な政策課題である。先端技術を使う日本企業が、新しい工場を日本国内に建設し、輸出で十分な利益を出せる環境を、政府・日銀が作り出すことは、絶対に必要な政策である。そうしなければ、あと10年もすれば、アジア諸国の賃金は上昇し、日本は、アジア諸国から高価な工業製品を一方的に輸入しなければならなくなる。少なくとも、先端的な技術を使う付加価値の高い製品の製造工場くらいは、日本国内に残す必要がある。超円高・アジア通貨安が十分に是正されたならば、結果として、アジア諸国に対する貿易収支は改善し、貿易収支全体の改善、黒字への復帰も見えてくるであろう。日本の政府・日銀は、政治的な大きな困難を乗り越えて、為替介入なり、金融緩和の強化を実施し、超円高・アジア通貨安を是正しなければならない。日本周辺のアジア諸国は、為替介入が自由で、日本だけが不自由であるという差別的な現状を克服しなければならない。これを克服する政治的困難性は非常に高いが、あらゆる手法を使って乗り越える必要がある。現在の貿易赤字は、円安の結果、発生しているのではない。円の価値が対アジア通貨で依然として高すぎることが大きな原因の一つである。超円高・アジア通貨安の構造を1日も早く是正することを、最優先の経済成長戦略にしなければならない。


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