市場原理主義者が保護して守りぬいた半導体産業

1981年から1988年までアメリカを率いてきたレーガン大統領の経済政策は、レーガノミクスと呼ばれている。レーガノミクスは、当時のイギリスのサッチャー政権の経済政策と並び、市場原理主義に基づいた経済政策を実行したと言われている。レーガン政権下では、主として供給サイドの経済学、マネタリズム、合理的期待形成学派に属する人たちが、政権の中に入っていた。これらの学派は、自由な市場の力を信奉し、ケインズ的な財政政策を否定し、小さな政府を実現することに関しては、統一的な見解を持っていた。特に重用された供給サイドの経済学の思想に基づいて、富裕層を中心とした大規模な所得税減税が実施され、企業の設備投資の拡大を目指して、巨額の投資減税が実施された。レーガノミクスがもたらした結果については、横に置いておく。しかし、レーガン大統領とその周辺の経済スタッフたちが、市場の持つ力を重視し、その力を抑圧してきた重い税金や複雑な規制を撤廃し、小さな政府を実現することにより、強いアメリカを復活させようと意図してきたことは、間違いないと思う。ニューディール以来続いてきた政府の市場介入を正当化する思想とは異なり、レーガン大統領が市場原理主義的な政策を復活させたという見方は、正しいと思う。

しかし、そうした市場原理主義的な経済政策と正反対の政策が実施された分野がある。それは、対日貿易政策である。レーガン政権の時代は、日米貿易摩擦がピークに達した時期でもあった。「ジャパン・バッシング」すなわち「日本をぶんなぐる」という言葉がはやった時期でもあった。その代表が、自動車と半導体である。レーガン政権誕生後の1981年4月から、日本は対米自動車輸出を年間168万台以内に抑えるという自主規制を行うことを強要された。もう一つは、半導体である。1986年9月に締結された第一次半導体協定では、アメリカの半導体企業の日本企業に対するアクセスの改善とダンピングの防止が盛り込まれていた。

自動車の場合、圧力の源泉は、ビックスリー(GM、フォード、クライスラー)とUAW(全米自動車労組)が、アメリカの国会議員に加えた圧力であったと思う。そうした議会の圧力を、市場原理主義者が主導するレーガン政権は抑えることができず、日本製の自動車の対米輸出の自主規制を強要するという形で、アメリカの自動車産業を保護したのであった。それから27年後、GMとクライスラーは倒産寸前にまで追い込まれたが、レーガン政権と同様に市場原理主義者が多く参加していたブッシュ政権において、公的資金投入による救済が決定された。この政策は民主党のオバマ政権に引き継がれ、GMとクライスラーは、一度は倒産したが、現在は完全に息を吹き返している。

半導体の規制の源泉は、当時からDRAM製造大手であったマイクロンの要求であり、それを背後から強力に支持したのは軍であったと思う。軍事技術が高度化し、精密誘導兵器の使用が拡大しつつあったが、それに不可欠なキーデバイスとなるのが半導体であった。1980年代に急速に台頭してきた日本の半導体企業は、アメリカ軍にとって必要不可欠なアメリカ国内の半導体企業を潰してしまう可能性があったので、そうなることだけは阻止しようとした。アメリカの半導体企業、特にマイクロンを守るために、日本市場が不透明だとか、ダンピングであるとか、言いがかりをつけてきた。その結果が、1986年9月の第一次日米半導体協定となった。その後も日本企業は協定違反をしているなどの難癖をつけ続け、1991年8月の第二次半導体協定につながった。そして、自由貿易の前に公正貿易というものが前面に出され、日本市場が閉鎖的であり、ダンピングまでしていると決めつけることにより、アメリカの保護貿易を理論的に正当化したのである。この時、アメリカ政府が守り抜いたマイクロンは、27年後、日本でただ一つのDRAM製造企業となっていたエルピーダを買収し、日本企業製のDRAM製品を完全に滅ぼしたのである。

レーガン大統領は、市場原理主義者であったかもしれないが、同時に、現実的かつ柔軟な市場原理主義であったと思う。原則は市場原理に従うにしても、それが国益に反する結果を及ぼすようになると、ダブルスタンダードと言われても、徹底的な保護主義を容認するような柔軟性を持っていた。こうした柔軟性は、日本の市場原理主義者にも見習ってほしいものである。

安部政権内部でいろいろ議論されている「成長戦略」の中には、賛成のものも、反対のものもある。しかし、私は安倍政権の成長戦略には、重大なものが欠けていると考えている。今まで何度も掲載してきたグラフを下記に示す。


主な産業別実質GDPの推移

上記のグラフは、産業別の実質GDP成長率のデータから、主として、就業者数が多い13業種(GDP総額も含む)を取り上げ、その実質GDPの推移を示したものである。以前にも掲載したことのあるグラフを再掲載した。電機産業の成長率が、他の業種と比べて図抜けて高かったことがわかる。

次に、産業別の実質GDP成長率のデータから算出される、就業者1人当たり実質GDP上昇率、すなわち労働生産性の上昇率を示す表を下記に再掲載する。


日本の労働生産性と就業者

日本で爆発的に高い成長率をとげ、同時に生産性を大幅に上昇させてきた電機産業の就業者数が急激に減少しつつある。成長性が高く、生産性の上昇率の高い電機産業が、怒涛のごとく崩壊しているのである。生産性を上昇させ、経済成長の原動力となってきた電機産業が崩壊し、首を切られた労働者の中で、優秀な人材は、韓国、台湾、中国などへと続々と先端技術を携えて流出している。それ以外の電機産業の労働者は、同じく成長産業ではあるが、生産性の伸びがマイナスである医療、福祉を中心とするサービスなどの産業へと、労働者の大移動が発生している。今のままでは、日本経済の成長と生産性の上昇は不可能になる。また、電機産業などの製造業は、税金創出産業であるが、医療、福祉というサービス産業は、税金消費産業である。製造業が崩壊した場合、税金が足りなくなり、医療、福祉というサービス産業も同時に崩壊してしまうのである。それを避けるためには、電機産業、製造業から、医療、福祉というサービス産業への労働者の移動を食い止め、流れを逆転させることが何よりも必要である。誤った方向への雇用の流動化現象を正しい方向に変えさせるという政策が絶対に必要である。しかし、このような問題について、安倍政権では何の議論もなされていない。

雇用の誤った方向への流動化現象を逆転させるためには、前回詳しく述べたように、超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の是正が何よりも必要である。昨年11月からの円安により、対米ドルに対する円高は、かなり是正されたが、対韓国ウォン、台湾ドルに対する超円高は、まだまだ是正されていない。この超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の構造を1日も早く是正することが、まず第一に必要である。

しかし、ここまで崩壊してしまった日本の電機産業は、円高是正だけでは、復活しない。経済学的には、日本の電機産業は、規模に関する収穫逓増の利益を完全に失ったのである。クルーグマンの新貿易理論によれば、一度規模の経済を失った産業は、常に国内で比較劣位となり、永久に復活できないのである。そういった難しい理論を使わなくても理解できることはたくさんある。日本の電機産業では、社長が目先の資金調達のために銀行を訪問し、海外へも出張し、将来の成長戦略を考える余裕もない。社内では首切り合理化が慢性化し、士気が全体的に低下してしまっている。追い出し部屋のようなものをつくり、従業員に退職を強要することは、従業員も傷つくが、そうした命令を出す経営側も傷つく。会社全体が大きく傷つき、どんどん沈没し、沈没が止まらない。それに対して、アジアのライバル企業は、リストラとは無縁であり、10年後に達成する目標を決めて、今から成長戦略を練っている。そして、日本の電機産業で首を切られた人材の中で、優秀な人材を雇い入れることに力を入れている。ここまで差が開いてしまうと、円高是正だけでは、日本の電機産業の復活は不可能である。

そこで政府による産業政策が必要とされるのである。しかし、これほどひどく崩壊してしまった電機産業を、政府が全面的に救済するのは、社会主義国となってしまい、望ましくない。しかし、ごく一部の重要な産業に絞って、政府が救済の手をさしのべることは必要である。私はその重要な産業は、半導体産業であると考えている。

1995年後半から1996年の年初にかけて、中国の江沢民政権は、台湾を武力でもって威嚇し、明日にでも中国軍の台湾侵攻があるのではないかというような雰囲気になったことがある。しかし、現時点において、中国軍の台湾侵攻の可能性は、限りゼロに近くなっている。中国と台湾がECFA(中台間のFTA)を締結し、経済関係が強化されたからだけではない。今、中国軍が台湾に侵攻したならば、中国の経済が大打撃を受けるだけではなく、世界中の経済に打撃を与え、全世界から非難を浴びるからだ。

携帯電話のキーデバイスは半導体である。世界の携帯電話のほとんどが、台湾製の半導体を使っている。ICインサイト社によれば、2013年上半期において、携帯電話の心臓部分にあたる通信用のベースバンドプロセッサは、アメリカのクアルコム(シェア63%)、ブロードコム(シェア5位)、台湾のメディアテック(シェア13%)が設計し、台湾のTSMCかUMCが製造する半導体チップを使っている。台湾製以外は、アメリカのインテル(シェア7%)くらいである。中国のスプレッドトラム(シェア5位)もファブレスなので、製造は台湾TSMCか中国SMICのようである。このシェアは、金額シェアなので、数量シェアでは、低価格品に強いメディアテックとスプレッドトラムのシェアは、もう少し高くなると思う。また、クアルコムはサムスンとグローバルファウンドリーズに、ブロードコムはグローバルファウンドリーズに半導体製造を一部委託している。しかし、その割合はかなり低いと推定している。ちなみに、今年夏発売の日本のスマホは、すべてクアルコム製のベースバンドプロセッサを組み込んだスナップドラゴンを使用しているらしい。iPhoneも最近のベースバンドプロセッサは、クアルコム製である。携帯電話で使用される半導体は、ベースバンドプロセッサだけではない。アプリケーションプロセッサの他、いくつもの半導体が使われている。その中で、アメリカ企業が設計し、台湾で製造されている製品のシェアは、同様に高いと思われる。台湾製の半導体製品なしには、ほとんどの携帯電話を製造することができなくなるのである。世界一の携帯電話の生産国は中国である。中国が台湾に侵攻し、台湾製の半導体の輸出が止まれば、中国じゅうの携帯電話製造工場が止まってしまう。それだけではなく、世界の大半の携帯電話製造工場も止まってしまうのである。その場合、中国自身が傷つくだけではなく、世界中から中国に対する非難が巻き起こる。従って、現在では、中国が台湾に侵攻する可能性は、限りなくゼロに近くなっている。

では、TSMCとUMCが成長する1990年半ば以前に、アメリカを中心とするファブレス半導体企業はどこに半導体の製造を委託していたのであろうか。それは日本企業であった。仮に、日本政府・日銀が、超円高・台湾ドル安を許さず、日本の半導体企業がTSMCとUMCを打ち負かしていたとしていたならば、どうなっていたであろうか。おそらく、現在でも半導体の製造委託の大半を、日本企業が担っていたはずである。その場合、外国の軍隊が日本に侵攻してくる可能性を、大幅に低くすることができたはずである。戦争の結果、日本製の半導体の輸出が止まってしまえば、世界中の携帯電話、パソコン、複雑な機能をもつ家電、自動車、産業用機械の生産の多くが停止してしまうのである。侵略国家は、世界中から非難を浴び、つまはじきにされ、結果は侵略を止めることしか道は残されていない。2011年の東日本大震災で、ルネサスエレクトロニクスの那珂工場1ヶ所だけが操業停止となった。すると、日本国内の自動車工場の大半が操業停止に追い込まれた。日本企業が半導体の製造覇権を現在も握っていた状態で、外国から侵略を受けた場合、東日本大震災の際に、日本の自動車工場で起こったことが、多くの産業において、世界的規模で発生するのである。従って、1980年代後半と同様に、日本の半導体企業が世界のトップランキングの上位を独占する時代が現在まで続いていたならば、世界中の国家が、日本への軍事侵攻はできなくなっていた可能性が高いのである。

現在の経済は、過去とは大きく異なり、一つの製品を製造するのに、非常に長いサプライチェーンが必要になっている。その中で重要なチェーンの一部を抑えたり、あるいは独占した国家は、外国の侵略を受けた場合、世界経済に大きな悪影響を与えることになり、侵略戦争に対する抑止力を持つことが可能になる。どんなに嫌われて、軍事力が劣った国があっても、重要なサプライチェーンをいくつも握っていたならば、その国を侵略すると、自国だけではなく世界中が迷惑することになるので、軍事力を使った侵略が非常に困難になる。経済的な相互確証破壊が成り立つか成り立たないかという論争は、過去のものである。現在は、戦争が発生した場合、サプライチェーンの破壊を通じて、戦争相手国だけではなく、戦争と無関係の世界の多くの国に、悪影響を与えるような時代へと変化しているのである。かつては、戦争発生と同時に原油価格が大きく上昇するようなこともあった。現在は、戦争が発生すると、いくかの製品の価格が上昇するのではなく、製品そのものが作れなくなり、無くなってしまうということが起こりうるのだ。経済が大きな戦争抑止力を持つ可能性が発生する時代へと変化しつつある。重要なサプライチェーン、すなわち、重要な素材や部品の生産を、日本は今でも少しは握っている。加えてより重要なサプライチェーンである半導体の製造を数多く握ることができれば、日本の戦争や侵略に対する抑止力は、より大きく高まる。半導体を政府の介入により再生させ、超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の是正を行うことにより、それ以外の重要なサプライチェーンとなる素材や部品の国内生産を高めて行けば、日本経済の戦争抑止力は飛躍的に高まる。半導体産業を復活させ、オンリーワンの部品や素材産業を拡大することに成功したならば、日本は外国から侵略される可能性が大きく減少するのである。

このように、半導体というのは、国家の安全保障に結びつく重要なキーデバイスである。だからこそ、市場原理主義を標榜するレーガン政権が、日本のダンピング問題をねつ造してまで、マイクロンを守り抜いたのである。

工業製品が複雑化するほど、半導体の重要性は高まる。武器がその代表である。将来は、ロボット、無人自動車などの分野で、半導体の使用が不可欠になるであろう。安倍政権が輸出振興を図ろうとしていた先端的な医療機器にも、半導体は不可欠である。以前は半導体は産業のコメであると言われていたが、最近はそうした言葉が聞かれなくなった。しかし、半導体は産業のコメから、産業の食糧へと変化しつつあるのだ。

日本の安全保障と経済成長を同時に実現するために必要な政策は、「半導体ルネサンス」である。半導体だけは、市場原理に任せてはならない。レーガン政権を見習うのである。現在、日本には半導体製造に精通した人材が大きく減少してしまった。そして数少ない半導体製造企業は、一部を除いて、カネがなく、まともな研究開発も設備投資も行うことができない。企業自体がヤル気をなくしてしまったところもある。一方、日本には、何百兆円もあり余った金がある。しかし、市場に任せていれば、半導体製造企業から資金を引き上げることはあっても、半導体製造企業に資金が流れこんでくることは、ほとんどない。こうした場合には、政府の介入が不可欠である。経済産業省の外では評判の悪いターゲティングポリシーを大規模に発動するのである。政府が補助金を出して、半導体製造企業を補助することは、WTO違反になり、政治力の弱い日本には無理である。しかし、出資、融資ならWTO違反にならない。産業革新機構がルネサスエレクトロニクスに1383億円を出資したが、これは、死に金になる可能性がある。韓国サムスン電子が自動車用マイコンへの進出を発表している。元ルネサスの社員を雇えば、簡単に自動車用マイコンを作ることができる。ルネサスはサムスンに勝てなくなるであろう。援助するなら、ケタの違うカネをつぎ込むことが必要であり、より安全である。10兆円でも20兆円でもいい。政府が無制限に金を出資、融資に使い、ルネサス、東芝、パナソニック、富士通に最先端の半導体工場を日本国内に作らせよう。エルピーダをマイクロンから買い戻そう。世界中に散らばってしまった元日本企業の半導体技術者を、札束を撒いて、呼び戻そう。ついでに、外国の優秀な半導体技術者を世界の企業から引き抜こう。現在の日本の半導体製造技術は世界の最先端より何年も遅れてしまった。しかし、今なら、巻き返しのチャンスは残っている。時間はかかっても、1980年代後半の輝かしい時代に戻すことができる可能性は残されている。それが成功した時には、政府が出資、融資した資金は、利子や株価の値上がり益とともに戻って来るので、財政再建にも役立つ。半導体製造企業が復活し、グングン成長するようになれば、税金をたくさん払ってもらうことが可能になる。その上、日本は、経済成長だけではなく、戦争の抑止力という国家安全保障上の重要なカードも獲得することが可能になる。国家の安全を守り、経済を成長させる戦略が必要ならば、超円高の是正とともに、半導体産業の大規模な再生戦略が必要不可欠である。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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