エルピーダ倒産の原因

10月4日、倒産以来、沈黙を守り続けていたエルピーダの坂本幸雄元社長が、マスコミでエルピーダ倒産の経緯を語り始めた。2011年12月に、日本政策投資銀行が、エルピーダに対して、マイクロンと提携し、2000億円を調達することを要求してきたとのことである。坂本元社長は、エルピーダ倒産の直接的な引き金となった日本政策投資銀行による2000億円返済要求が、なぜ出てきたのか理由がわからないと述べている。

ここからは、私の推測である。2000億円返済要求は、日本政策投資銀行の背後にいた経済産業省が、エルピーダのやり方に腹を立てたことが原因であると考える。2008年の後半、DRAM価格の暴落と超円高の影響で、坂本社長が広島工場の台湾への全面移転を主張し、技術陣と対立したことが報道された。それを知り、DRAMという先端技術の海外流出を憂えていた経産省は、エルピーダからの要請もないのに、わざわざ産業活力再生法を改正し、日本政策投資銀行がエルピーダの300億円の優先株を引き受けるという、エルピーダ救済スキームを作り上げた。その結果、エルピーダは2009年の危機を乗り越えることができた。ところが2011年に再びDRAM価格が下落し、エルピーダの赤字が拡大した。この時、坂本社長は、再び工場の台湾移転により危機を乗り越えようと考えた。一方、経産省は、再び工場の台湾移転を言い出した坂本社長に腹を立てたが、2度目の救済というのは世論の納得が得られないと考えたのであろう。エルピーダ救済時に、経産省幹部がインサイダー取引事件を起こしたことも影響していたかもしれない。経産省は、エルピーダを何とか救済しようとしてはいたが、万策尽きていた。そこにマイクロンのスティーブ・アップルトンCEOが、エルピーダに対する2000億円の出資という資本提携により、エルピーダを救済する意思があることを伝えてきた。身動きが取れなかった経産省は、このマイクロンの救済話に飛び乗り、エルピーダに2000億円の資金返済を要求した。エルピーダの工場の台湾移転よりも、マイクロンとの提携の方が、多少はマシな策であると考えたのであろう。真実はわからないが、経産省のエルピーダに対する要求の中に、マイクロンとの資本提携の要求があり、2000億円という金額が、後にマイクロンのマーク・ダーカンCEOが実際にエルピーダの買収を提案し、実現した金額と、完全に一致している。アップルトンCEOは、交渉を有利に進めるために、エルピーダではなく、経産省に先に計画を伝えていたのではないだろうか。ところが、アップルトンCEOの飛行機事故による死亡により、マイクロンとエルピーダの資本提携は実現しなかった。結局、エルピーダは倒産し、その後の買収という形で、マイクロンがより有利、エルピーダの株主、日本政策投資銀行、エルピーダに融資をしていた銀行がより不利な形で、エルピーダはマイクロンの傘下に入ることになった。10月10日に発表されたマイクロンの決算によると、マイクロンは、早くもエルピーダ買収により、14.8億ドルの利益を上げたことが明らかになった。

私はエルピーダ倒産の直接的責任は、坂本社長にあるとしても、大元の、かつ最大の責任は、財務省と日銀にあると考えている。すなわち、長年の超円高、特にリーマンショック後の超円高を止めなかったことこそが、エルピーダを倒産に追い込んだ最大の原因であったと考えている。しかし、エルピーダ倒産の責任が、円高ではなく、坂本社長の経営判断のミスにあるという意見は多い。

円高が原因ではないという意見の一つは、半導体というのは装置産業であり、コストの大半は為替に関係のない減価償却費や原材料費であり、人件費は少ないというものである。円高の結果、外国の半導体製造企業と利益が同時に悪化することはあっても、日本企業の利益だけが大きく悪化することはない、という考え方である。私は、この意見は一部だけ正しく、多くの部分は間違っていると考える。エルピーダ倒産前の2010年度の有価証券報告書から、人件費/売上高の比率を計算すると、4.3%という数字が出てくる。しかし、この売上高には、エルピーダ本体だけではなく、台湾の製造子会社であるレックスチップの売上高が含まれているが、レックスチップの人件費は含まれていない。エルピーダの連結に含まれる社員の3分の1は、台湾のレックスチップで働いている。レックスチップの人件費は、エルピーダ本体よりかなり低いはずである。そこで、レックスチップや他の子会社の人件費がエルピーダ本体と同じであるという仮定を設けて、人件費/売上高の比率を計算し直すと、8%という数字を算出することができる。一方、法人企業統計から日本の製造業全体の人件費/売上高の比率を計算してみると、2010年度においては、10.8%という数字を算出することができる。減価償却費/売上高を計算すると、エルピーダは24.5%、日本の製造業平均は19%である。半導体製造企業は、日本の製造業の平均と比較すると、人件費の割合は低く、減価償却費の割合が高い。しかし、日本の製造業の平均と比べて、多少、人件費の割合が低く、減価償却費の割合が高いことは事実であるが、人件費が無視できるほど低いというのは誤りである。円高により、人件費や変動費が上昇すると、日本の半導体製造企業だけが、円高に耐えきれなくなり、赤字に転落することはありうるのである。

もう一つの坂本社長責任論は、技術系の評論家から出されているものである。代表的なものとして、性能の低いニコン製のステッパーを使用し、性能の高いASML製のステッパーを使わなかったことが原因である、という意見である。ステッパー市場において、ASML製のシェアが急伸し、ニコン製のシェアが急落している。ステッパーの性能という点で、ASML製がニコン製を大きく上回るようになった結果であろう。かつてのニコンの主要顧客であったインテル、東芝、エルピーダは、ニコン製からASML製へと乗り換えているが、エルピーダの乗り換え速度が一番遅かったようである。ステッパーは半導体製造装置の中で最も重要な装置である。しかし、技術系の評論家の中でも、ステッパーはエルピーダの弱点はであるが、別の分野では優位性を保持しているとの見解もある。半導体製造の技術の全体を、経済系の人間が評価するのは妥当ではない。ここでは、坂本社長が性能の低いニコン製のステッパーにこだわったことが、エルピーダの利益を低下させた可能性が高いが、エルピーダを取り巻く環境の方が、エルピーダの利益により大きな影響を及ぼしたはずである、とだけのコメントにとどまらせてもらう。

エルピーダの倒産の最大の原因は、エルピーダ誕生以前から続いてきた超円高である。その後、リーマンショックを契機にして超円高が再び加速し、エルピーダを倒産にまで追い込んでしまったのである。超円高が進行し、エルピーダに大きな悪影響を与えてきたことを示すことにする。まず、過去数年間のDRAM価格の推移を下記に示す。


DRAM価格長期

DRAMの取引は、米ドル建てである。その米ドル価格を、その当時の日本円、韓国ウォン、台湾ドルの通貨に直したグラフを示している。リーマンショック以前に、シリコンサイクルの下落局面で、ものすごい価格の下落が発生していたことがわかる。このグラフからは、DRAMメーカーが、皆、傷ついていたことがわかる。そして円建て価格の下落幅が一番大きい。しかし、円高が引き起こした悪影響があることは確認できるが、それが大きかったかどうかは、このグラフだけではわからない。そこで、DRAM価格が大きく下落した2008年1月以降の同じグラフを下記に示す。

DRAM価格短期

DRAM価格は大きく下落した後、韓国ウォン建ての価格が上昇し、円建て価格が一番上昇していないことがわかる。そこで、DRAMの日本円価格=100とした場合、DRAM価格の3ヶ国の通貨ごとの変動比率を示すグラフを下記に示す。

円の割高度合い

上記のグラフで示した数値は、DRAM価格の通貨ごとの変動比率の推移を示すグラフであるが、同時に、2008年1月を基準とした日本円が、他の3ヶ国の通貨に対してどれほど割高、あるいは割安であったかを示すグラフでもある。このグラフを見ると、日本円は、2008年1月から、韓国ウォンに対して最大で90%、平均で50%値上がりしていたことがわかる。ここまで超円高・韓国ウォン安が続けば、エルピーダが韓国サムスン、SKハイニックスとの競争で勝てるはずがない。アメリカ、台湾は韓国ほどではない。平均すると日本円は米ドル、台湾ドルに対して20%前後の円高であった。この円高が、エルピーダを大きく傷つけたのである。しかし、上記のグラフでも、日本が韓国との比較では大幅に不利であったことは分かるが、台湾とアメリカに対する20%前後の円高が、エルピーダの致命傷になったかまでは、よくわからない。

上記のグラフは、2008年1月の為替レートを基準としたものである。為替レートを比較する場合、基準点をどこにするかで、大きく結果が異なってくる。加えて、各国の国内物価の変動も合わせて見る必要がある。そうした問題を回避し、為替レートの割高、割安を表す指標として一番適切な指標は、購買力平価である。4ヶ国の購買力平価をより長期で見たグラフを下記に示す。


購買力平価

上記のグラフは、米ドル=100とした場合の4ヶ国の購買力平価である。日本円は、1985年のプラザ合意以降、常に米ドルよりも割高であったが、昨年11月からの円高是正で、対米ドルに対する割高は、かなり解消された。一方、韓国ウォン、台湾ドルは、対米ドルで見た場合、恒常的に割安である。韓国ウォン以上に台湾ドルの割安度合いが目立つ。これは、台湾中央銀行が、巨額の台湾ドル売り・外貨買い介入を繰り返してきたことの結果である。韓国の政府・中央銀行も、台湾ほどではないが、日本以上に、韓国ウォン売り・外貨買い介入を繰り返してきた。その結果、韓国、台湾では、バラッサ・サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)が発生しなかった。つまり、1980年頃の超円高・韓国ウォン、台湾ドル安は、両国がまだ貧しかったということで正当化できる。しかし、韓国、台湾の所得が日本と変わらない水準まで到達した現在でも続く超円高・韓国ウォン、台湾ドル安は、全く正当化することはできず、早急に是正されるべき現象であるのだ。

この超円高・台湾ドル安が、台湾の弱小DRAMメーカー4社がゾンビのようになりながらも生き残ることができた理由である。エルピーダの坂本社長が2度も広島から台湾へ工場を移すことを考えた最大の理由は、超円高・台湾ドル安の結果として台湾が保持し続けている価格競争力であったはずである。2009年時点において、日本円は、台湾ドルに対して137%割高、韓国ウォンに対しては99%割高、米ドルに対して23%割高であった。米ドルはともかく、台湾ドル、韓国ウォンに対する日本円の割高度合いは、異常とも思えるくらい高い比率であった。DRAM価格の大幅下落というシリコンサイクルから逃れることはできないが、超円高さえなければ、エルピーダが倒産することはなかった。現に台湾の弱小DRAMメーカー4社は、依然として生き残っている。購買力平価で見て、日本円が台湾ドルか韓国ウォンと等価であった場合、エルピーダの利益は一時的には悪化することはあっても、倒産にまで至ることはなかった。2007年に、日本円は米ドルとの等価に近づき、韓国ウォン、台湾ドルとの価値の差も幾分狭くなった。そうしたトレンドを逆転させたのが、リーマンショック後の超円高であった。

日本円は、リーマンショクが起こるはるか以前から、韓国ウォン、台湾ドルに対して割高であった。そのため、リーマンショック後の超円高がなくても、エルピーダは緩やかな崩壊への道を歩んでいたと思う。エルピーダと韓国サムスンの純利益のグラフを下記に示す。

S E 利益比較

エルピーダの利益が上がらず、サムスンはグングン利益を伸ばしている。この利益の差を経営者の能力の差と見る人が多い。しかし、サムスンのライバルである日本企業、例えば、パナソニック、シャープ、ソニーの利益も、2001年以降、エルピーダのように、そこそこの黒字と大幅な赤字を繰り返し、体力をすり減らしてきた。日本の電機大手の経営者だけがが、そろって無能であったとは、考えられない。これは、経営者の能力の差ではなく、経営環境の差である。エルピーダの業績不振の1番目の原因は、2001年以前から続いていた超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の結果、エルピーダが価格競争に敗れ続けてきたことである。2番目の原因は、エルピーダが日本国内において、比較劣位に位置してきたことである。リカードの比較生産費説によれば、日本国内で比較劣位に位置する産業は、利益を上げることができず、やがて崩壊してしまうのである。

一方、比較生産費説は静態的な理論であり、経済成長などの動態的な概念を導入すれば、必ずしも成立しない。比較劣位にあっても、成長産業であるエルピーダなどの電機産業を崩壊させてしまうと、将来の日本に多大な損失をもたらすことは間違いない。しかも、エルピーダは、日本国内で比較劣位にあっても、超円高、韓国ウォン、台湾ドル安がなければ、十分に対外競争力が高く、生き残れたはずの企業である。

リーマンショック以前に、財務省・日銀が超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の是正に動いていたならば、エルピーダを始めとする日本の電機産業は、現在でも韓国、台湾の電機産業を圧倒していたであろう。しかし、リーマンショック後の超円高により、日本の電機産業は大打撃を受け、何割かは、すでに崩壊してしまった。エルピーダの広島工場は、2019年までは契約上存続させる必要があるが、その後はマイクロンの意思次第である。マイクロンは、1998年に出資を始めて、2000年に100%子会社にした兵庫県西脇にあるDRAM工場から、2011年に完全撤退したという前歴がある。

将来のエルピーダ広島工場の閉鎖や日本の電機産業の完全な崩壊が起こることは、絶対に避けなければならない。一番間違ってきたことは、日本円の通貨価値が、韓国ウォン、台湾ドルよりも大幅に上回るという大変不利な環境を、日本の財務省・日銀があまりにも長年放置しすぎてきたことである。昨年11月以降、超円高は多少は是正されたが、韓国ウォン、台湾ドルに対する超円高は、十分是正されていない。IMFが推定している2013年の購買力平価でみると、日本円は韓国ウォンに対して47%割高であり、台湾ドルに対しては102%も割高である。このような超円高・韓国ウォン、台湾ドル安を放置し続ければ、将来、マイクロンが広島から撤退し、日本の電機を中心とする成長産業が、完全に崩壊してしまう可能性を否定できなくなる。エルピーダ広島工場だけではなく、電機産業を中心とした成長産業を、これ以上崩壊させてはならない。超円高・韓国ウォン、台湾ドル安の構造を1日も早く是正することを、日本の最優先の経済成長戦略にしなければならない。


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購買力平価とは(*1)

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No title

>技術系の評論家から出されているものである。代表的なものとして、性能の低いニコン製のステッパーを使用し、性能の高い
>ASML製のステッパーを使わなかったことが原因である、

湯之上隆氏でしたっけ。この方、エルピーダ設立直後くらいまでに出向してたことがある方ですね。
坂本幸雄氏が入って改革(その設備投資も改革の対象であった)するのはその後。

wikipediaより
>1987年4月〜2002年10月、16年間に渡り、日立製作所・中央研究所、半導体事業部、デバイス開発センター、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて、半導体の微細加工技術開発に従事。

坂本幸雄氏がエルピーダの社長に就任したのは2002年11月1日。(『不本意な敗戦 エルピーダの戦い』 坂本幸雄)

つまり、湯之上隆氏は大昔の話を現在の話であるかのようにしてますね。

装置産業

装置産業では、いくらで生産設備を買って来るかが競争力を左右する。
半導体産業は製品ライフサイクルが短く、頻繁に生産設備を改造・入替新設しなければならないため、改造・入替作業費がかさみ、作業費面で円高の影響を強く受ける。装置産業としてのメリットを十分生かせないのだ。
鉄鋼業では最新鋭一貫工場を作ると1兆円かかる。これを20年以上に渡り使う。減価償却も20年以上かけて行う。重工業で儲けの源泉は古い機械を修理しつつ、いつまで使うかにかかっている。50年以上使っている特殊機械があったりする。工場新設で特に問題になるのはカントリーリスクであり、JFEがタイで一貫工場を作ろうとしているが、TPPが出来ない限り現実的ではない。ノウハウの塊の工場を接収されて独立操業でもされればミニJFEが簡単に出来てしまう。売上原価の中身は減価償却費ばかりで接収してゼロならば、いくらでも鉄を安く売りさばける。

鉄鋼業は円高で赤字になっても、莫大な減価償却費分で足が出たというだけである。減価償却の会計的な特徴は既に支払った金額を回収する意味でしかなく、回収できないからと言って、資金繰りに即困ると言うことではない。生産設備を滅却したり元本返済時期まで問題が先送りされる。一兆円も銀行から借入れば、銀行もわずかな運転資金不足で潰せない。要注意貸出先指定などにもしない。そのうち経済でバブルがあったり円安局面があったりで鉄鋼業に有利な増資をするチャンスが来る。


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