異次元金融緩和の効果

異次元金融緩和が開始されてから半年がたった。今のところ、景気も改善し、インフレ率も、エネルギー価格の上昇により、上昇傾向にある。10月4日に行われた黒田日銀総裁の記者会見での発言を読む限りにおいては、異次元金融緩和という政策は効果を発揮しており、今後も順調な景気回復と物価上昇が続くことに、かなりの自信を持っていることがうかがえる。一方、従来からの金融緩和否定論者は、異次元金融緩和に効果がないことを、変わることなく主張している。私の見方は、中間であるが、どちらかというと、金融緩和否定論者の見方に近い。

金融緩和が効果を発揮したのは、昨年の11月14日から今年の5月22日までであった。この間に進行した円安・株高が、昨年11月からの景気回復を主導している。現在は、アベノミックスの第二の柱である財政支出の拡大もかなり寄与していると思う。もう少し待てば、来年4月の消費税引き上げの駆け込み需要が出てくるはずである。景気は、今年度いっぱいは、順調に拡大する可能性は十分考えられる。

岩田副総裁を始めとするリフレ論者の主流派は、金融政策の効果が現れるまでに、半年-2年程度の時間が必要であると主張する。しかし、私の考え方では、これは、ゼロ金利ではない時に、金利引き下げを実施した場合に必要な時間であり、普通の金融政策を実施した場合、効果が現れるのに必要な時間である。つまり、金利低下→銀行貸し出しの増加→設備投資の増加→GDPの増加、に必要な時間である。現在は、短期金利はほとんどゼロに近いので、マネタリーベースの大幅な増加→予想インフレ率の引き上げ→実質金利の引き下げ→設備投資の増加→GDPの増加、をねらうという考え方である。私は、このプラスの効果を否定はしない。しかし、効果は小さいと考えている。アメリカやイギリスの量的緩和を見ても、量的緩和の開始後、半年-2年程度のラグをおいて、GDPの増加が発生しているという明確な証拠を見いだすことは困難である。おそらく、少しばかりの効果はあったのだとは思うが、量的緩和以外の様々な外部環境の変化がGDPに大きな影響を与え、その結果、小さな量的緩和の効果はかき消されたのであると思う。量的緩和の明確な波級経路は、イギリスの場合、量的緩和の開始→株価と住宅価格の上昇→GDPの増加であり(*1)、アメリカの場合は、量的緩和の開始→株高・ドル安→GDPの増加であった(*2)。そして、その効果は、量的緩和が開始されて、すぐに発生している。日本でも、昨年11月14日に野田前総理が衆議院解散発言をした直後から、円安・株高が始まっている。これは、当時の安倍自民党総裁が主張していた無制限の金融緩和、大胆な金融緩和の主張を、前倒しで、市場が織り込み始めたからである。同時に昨年4月に始まっていた景気後退は、昨年11月に底を打ち、景気は回復へと向かっている。4月4日の異次元金融緩和の効果が発揮されるのは、開始の半年後からではなく、開始より5ヶ月前の、昨年11月14日からなのである。そして、今年5月22日に一旦終了した。今後、予想インフレ率の低下の結果として発生する設備投資の増加は小さく、物価やGDPを引き上げる効果も小さい。事後的に確認することができる大きな効果は発生しない、というのが私の考え方である。

では、異次元金融緩和の効果が出尽くしたかと言われると、そうとは言い切れない。量的緩和のストック効果が残っているからだ。今年4-6月に最も大量に国債、短期国債を売却していたのは、3大メガバンクであった。その中でも最も大量に売却していたのは、三井住友FGである。決算資料を見ると、三井住友FGの3月末の国債、短期国債の保有残高は24.6兆円であったのが、6月末に15.1兆円と、3ヶ月間に9.4兆円も残高を減らしていた。このスピードで国債、短期国債の売却を続ければ、今年11月の半ばに保有残高はゼロになる。みずほFGは、来年6月、三菱UFJフィナンシャルグループは、来年10月には、国債、短期国債の保有残高はゼロになる。3大メガバンクの保有国債が全てゼロになることは考えられない。それ以前に、何らかのポートフォリオの組み替えを始めるはずである。実際、その大半を3大メガバンクが占める都市銀行の資産負債統計において、都市銀行の国債保有残高は、4-6月の間、大幅減少であったのが、7月は微減、8月は微増であることが確認されている。最近の長期金利の低下は、3大メガバンクの国債売却が、止まったか、買い越しに転じたことが一因であろう。この異次元金融緩和のストック効果、すなわち、ポートフォリオ・リバランス効果が、今後、顕在化することは、十分考えられる。

金融緩和の強化を目指して、日銀が国債の購入金額を大幅に増やした場合、国内投資家のポートフォリオが、国債から株や外国証券などの他の資産に移転するのが普通であり、その効果は、ポートフォリオ・リバランス効果と呼ばれている。ところが、今までに日本で起こった現象は、金融緩和の強化の予想が広まると、国内投資家は、株や外国証券を大量に売却し、日本国内の無リスク資産へと資金を移動させてきた。一方、海外投資家は、日本の投資家が株を買い、円を売ることを予想して、それを先回りする形で、大量の日本株買いと円売りを行ってきた。日銀の金融緩和の強化は、海外投資家の資産に対しては、プラスのポートフォリオ・リバランス効果を発生させてきた。しかし、国内投資家の資産に対しては、大幅なマイナスのポートフォリオ・リバランス効果しか、現在までのところ発生させていない。ただ、今後は、異次元金融緩和のストック効果により、プラスのポートフォリオ・リバランス効果が働き始める可能性は高いと思う。

ただ、そう楽観してはいられない事情が存在する。それは、国際収支面の問題であり、現在までの景気回復を主導してきた円安の持続可能性の問題である。国際収支統計の重要な部分だけを抜き出した表を下記に示す。


国際収支

2012年11月-2013年7月までの国際収支統計を見ると、投資収支の中の「証券投資」の項目が、24.7兆円もの膨大な黒字の金額となっている。海外投資家の日本株、日本債券買いと国内投資家の外国株、外国債券売りの金額の合計が、「証券投資」の大部分を占める。ここで問題になるのは、「証券投資」の項目で、24.7兆円の円買い・外貨売りが発生していることである。加えて、「経常収支」の黒字で、3.4兆円の円買い・外貨売りが発生し、合計で28.1兆円の円買い・外貨売りが発生している。ところが、この間、円高ではなく、円安が発生している。誰かが、2つの項目の合計である28.1兆円の円売り・外貨買いを、為替レートの水準を無視して行わなければ、円安は発生しなかったはずである。その中ではっきりしているのは、昨年11月-今年7月の間、「直接投資」の項目で10.3兆円の赤字が発生し、その金額に等しい円売り・外貨買いが発生している。もう一つは、「外貨準備増減」の項目での1.4兆円の赤字がある。「直接投資」、「外貨準備増減」の2つの項目は、ほぼ恒常的に赤字である。それ以外で大きな赤字は、「金融派生商品」が5.5兆円の赤字、「その他投資」が6兆円の赤字、「誤差脱漏」が4.1兆円の赤字である。この3項目で合計15.7兆円の赤字が発生している。昨年11月14日からの円安局面で最も大量に円を売った主体は、この最後の3項目を通じて円売り・外貨買いを発生させている。

ところで、この3項目の年平均の収支を見ると、「金融派生商品」が-448億円、「その他投資」が-7,799億円、「誤差脱漏」が+7,053億円であり、1年ごとのプラスマイナスの金額と比較すると、かなり小さな値となっている。「経常収支」、「直接投資」、「外貨準備増減」は、毎年、恒常的に黒字か赤字であり、残高が累積する。「金融派生商品」に含まれる、通貨スワップや通貨オプションのポジションを作れば、そのポジションは、将来、必ず反対売買が行われる。だから、長期の「金融派生商品」の年平均の収支は、-448億円とゼロに近い数値となる。「その他投資」も、年によっては大幅な黒字、大幅な赤字を計上するが、年平均の「その他投資」は、-7,799億円と小さい。より長期の平均をとれば、ゼロに近づくか、仮に累積するとしたら、マイナスの方向に累積する可能性が高い。年平均の「誤差脱漏」も+7,053億と小さな値である。年平均の「誤差脱漏」は、より長期で見れば、ゼロに近づくか、仮に累積するとしたら、プラスの方向に累積する可能性が高い。「金融派生商品」、「その他投資」、「誤差脱漏」の平均を合計すると、-1,194億円。より長期の平均値をとれば、ゼロか若干のマイナスの方向に累積する可能性が高い。このような統計上の項目の性質を考慮するならば、昨年11月-今年7月の間に15.7兆円の赤字、すなわち資金の流出が上記3項目を通じて発生したが、その流出した資金の多くは、長期で見れば、黒字となって再び流入してくる可能性が高い。

推測であるが、この15.7兆円の赤字の大元は、海外投資家の保有する円建て資産の新規ヘッジ売りが一番多いと考えている。そうした円建て資産のヘッジ売りの多くは、為替先物(フォワード)を使って行われる。フォワードの円売りの場合は、「その他投資」に計上される。そのポジションが、銀行や他の金融機関、事業法人などへと移っていく中で、通貨スワップに形を変えることがあるのであろう。通貨スワップは「金融派生商品」に計上される。また、円建て資産のヘッジ売りは、「その他投資」に含まれる非常に多くの他の細かなポジションとごっちゃになり、申告漏れが発生し、「誤差脱漏」の赤字に形を変えたと推測している。この場合、15.7兆円の資金の多くの部分は、新規の円のショートポジションの形成であり、円のショートポジションは、いずれは解消され、円買いドル売りが発生することになる。ここでは、今年7月末の時点で、海外投資家に、遠くない将来に解消される円のショートポジションが、最大で15兆円発生していると想定する。

円のショートポジションを保有する海外投資家が、何らかの事件が発生して、円高予想に転換し、最大で15兆円に及ぶ円のショートポジションが解消されたならば、円買いがまた円買いを誘発し、スパイラル的な円高が進行する。円は再び1ドル=70円台まで急騰し、株価も1万円を大きく下回る水準にまで急落する。超円高・株安の結果として、景気は、再び、後退へと突入する。異次元金融緩和は、全く意味のない政策であったと評価される。これは最悪のシナリオであるが、発生する可能性が、ゼロではない。正確な数字が分かるはずはないが、私の直観では、20%くらいの確率で発生すると思われるシナリオである。

上記のような推測が正しいと仮定するならば、現在の日本の景気回復の基盤は脆弱なものであることになる。「直接投資」、「外貨準備増減」の赤字は、恒常的に続いているが、この赤字だけで現在レベルの円安を維持することはできない。海外投資家の円のショートポジション形成が、昨年11月以降の円安を引き起こしてきた大きな要因であり、その結果、株高と景気回復が続いている可能性が高い。海外投資家の円のショートポジションではなく、日本の国内投資家が、円建ての資産を外貨建て資産へ移動させるというポートフォリオ・リバランス効果を発生させ、その結果、円売り・外貨買いが継続的に発生しなければ、安定的な円安を持続させることはできない。このようなポートフォリオ・リバランス効果が、将来、発生する可能性は考えられる。しかし、その前に、「最大で15兆円のショートポジションを保有する海外投資家が、円高予想を持つように転換させる何らかの事件」が発生する可能性もある。その場合、超円高・株安を通じて、異次元金融緩和が無意味になってしまう。「何らかの事件」が発生して、円が急騰した場合、強固な円安予想が崩れて円高予想が復活し、円買いが円買いを誘発する。この場合、大規模な追加金融緩和を行っても、円急騰直後の初期の段階を除いて、円安予想を復活させることができず、追加金融緩和の効果は非常に小さなものとなる。この段階まで行ってしまうと、円高進行阻止の手段としては、大規模な円売り外貨買いの介入しかなくなる。しかし、政治的に、介入を実施することができる可能性は低いと思う。

私としては、20%くらいの確率で「何らかの事件」が発生することが気になって、びくびくが拡大するばかりである。黒田総裁は、いずれ日本の投資家の保有資産に対してポートフォリオ・リバランス効果が発生し、資金が外に流出するだろうと呑気に構えている。しかし、確率が低くとも、異次元金融緩和の成果を台無しにする「何らかの事件」が発生する可能性が存在するのである。従って、国内投資家の資産にポートフォリオ・リバランス効果を発生させ、海外投資家ではなく、国内投資家の資金が、安定的に海外に流出する構造を一日も早く作る必要がある。昨年11月-今年7月の間、「証券投資」の項目で、24.7兆円という巨額の黒字、すなわち、マイナスのポートフォリオ・リバランス効果が発生してきたという事実をよく認識してもらいたい。それを上回るプラスのポートフォリオ・リバランス効果を発生させるためには、大規模な追加金融緩和が不可欠である。黒田総裁には、そうした現状とリスクがあることを理解し、早めに大規模な追加金融緩和を実施してくれることを強く望んでいる。


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イギリスの量的緩和政策(*1)
アメリカの量的緩和政策(*2)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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