日銀ウォッチャー報告(2013年10月号)

マネタリーベース平残の推移2013009(グラフ)

2013年9月の季節調整後のマネタリーベース平残は、前月比で7.8兆円増加し、過去最高の181.5兆円となった。

マネタリーベース平残の推移201308(表)

最初に示したグラフを見て分かる通り、 一昨年3月の大震災の直後、季節調整後のマネタリーベース平残は、一旦、急増した。その後しばらく横ばいを続けていたが、上記の表で示した通り、昨年の春頃から再び増加傾向となった。今年2月の白川体制の末期から増加率は加速し、4月に黒田体制に移行してからも、高水準の増加速度が続いている。

9月の市中資金は、3.6兆円の不足であった。そこに、国債の購入7.3兆円、短期国債の購入7.0兆円、貸出金(共通担保オペ)回収の2.4兆円などを中心とした金融調節により、合計12.4兆円の資金が供給された。金融調節後の市中資金は、8.8兆円の資金余剰になった。この資金余剰のため、当座預金残高は、8月末の88.6兆円から、9月末の97.4兆円と、8.8兆円増加した。この当座預金残高の増加を反映して、9月の季節調整後のマネタリーベース平残は、前月比7.8兆円増加の181.5兆円になった。当座預金残高増加額と季節調整後のマネタリーベース平残の増加額に差がある理由は、9月のマネタリーベースは増加しやすいという季節要因があるためである。

なお、6月に実施された貸出支援基金は3.2兆円であった。そのため、先月号では、9月の貸出支援基金の増加額を3兆円と予想していた。実際には0.9兆円であり、予想を2.1兆円下回ってしまった。金利0.1%、期間3年というのは、相当優遇された貸し出しであると思っていたが、それですら札割れとなった。


日銀BSとMB(実績) 201310

日銀BSとMB(予定) 201310

従来は、上記の表に、月末のバランスシート残高を示してきたが、今月は、バランスシート残高の公表が遅いので、9月20日時点のバランスシート残高を示した。上記の表のように、今年の年末のマネタリーベ-スの予定残高は、200兆円であり、残り3.3ヶ月間、等金額で増やすと仮定した場合、マネタリーベ-ス残高は、月間6.9兆円の純増が必要である。4月1日-9月20日のマネタリーベース純増額平均が月間7.2兆円であったので、今後は、マネタリーベース純増の速度を、引き下げていく必要がある。

10月については、市中資金が9.7兆円の不足となる。10月のグロスの国債購入金額は、7兆円と想定する。短期国債の償還が6兆円あるため、これをすべてロールオーバーすると仮定する。10月は、貸出支援基金による貸し出しは行われない。この資金調節だけで、10月の資金供給は、13兆円となる。10月の市中資金は、9.7兆円の不足なので、9月のマネタリーベース末残は、前月比で3.3兆円の増加になる。月間に必要なマネタリーベース純増額は6.9兆円なので、少なすぎるように感じる。従って、短期国債の購入金額を1兆円増やし、7兆円購入すると想定する。その結果、10月のマネタリーベース末残は、前月比4.3兆円の増加と予想する。10月のマネタリーベースの末残、季節調整後のマネタリーベ-ス平残は、ともに過去最高の金額になることは間違いない。

10月1日に、消費税の3%増税と、あわせて5兆円(厳密には6兆円)の経済対策を実施することが決定された。5兆円は、大体、消費税増税の2%分の金額であるので、2014年度の実質増税は、消費税1%分になる。消費税増税3%だけでは、経済に対する打撃が大きすぎるので、とりあえず1%分の増税にとどめるという判断は、妥当なものであったと思う。(*1)で詳しく説明した通り、1997年に実施された消費税増税は、他の増税と合わせて、景気を後退へと導いた。安倍総理が、その時の経験から、正しい教訓を学んだことは評価したいと思う。しかし、それに伴う経済対策の中に、金融政策が含まれていなかったことは、大変残念であった。

これまでの日本は、景気対策を、金融政策ではなく、財政政策に頼り過ぎてきた。財政政策は、金融政策よりも効果が大きいが、借金の増加という大変大きな副作用がある。金融政策を景気対策として使う場合、効果が少ないので、大規模に実施する必要がある。そして、その副作用は、インフレとバブルである。過去20年あまりの日本経済は、インフレとバブルに無縁であっただけではなく、デフレと負のバブルが長続きしすぎていた。従って、過去20年間の景気対策の際に、金融政策を中心にした景気対策を実施してきたならば、デフレ不況にも、巨額の政府債務にも悩まされることはなかったのである。今回の消費税増税も、財政再建が目的なのであるから、その悪影響を相殺するため、国債を新規に発行したり、税金の使い残しと予想以上の税収増加分を、借金返済に回さずに景気対策として使うのは、国債発行残高の増加につながり、財政再建という本来の趣旨に反する。従って、今回もまた、景気対策としては、金融政策を中心とすべきであった。

貨幣は中立的か非中立的か、という議論が昔から行われている。中立的とは、マネーストックの増加は、物価の上昇を引き起こすが、実質GDPの上昇は引き起こさないという考え方である。一方、非中立的とは、マネーストックの増加が、物価だけではなく、実質GDPの上昇をも引き起こすという考え方である。どちらが正しいかがすぐに決着するよう簡単な問題ではない。しかし、リフレ論者の多くは、貨幣の非中立性の立場を取る人たちであるはずだ。リフレ政策により、インフレ率を上昇させると同時に、実質GDPの上昇も実現可能であると考えるから、リフレを叫ぶのである。消費税を増税すると、増税による実質所得と実質消費の減少を引き起こす。この結果、需給ギャップが拡大し、消費税増税分を除く物価の上昇率の低下を引き起こし、同時に不況圧力を発生させる。来年4月の消費税増税が、1997年に起こった不況と同じタイプの不況を引き起こす可能性を、完全に否定することができない。その景気対策としては、財政、金融の両政策があるのだが、リフレ派が主導権を握った今回こそ、金融政策が中心になることを期待していた。しかし、今回もまた、金融政策ではなく、財政政策となってしまった。

日銀の黒田総裁の考え方は、消費税増税が不況を引き起こす圧力は小さいという、伝統的な財務省の考え方であり、私が(*1)で大反論を加えた考え方である。従って、消費税増税を強く支持したが、自ら金融緩和の強化を打ち出すことはなかった。黒田総裁の考え方も理解できるが、5兆円規模の経済対策が噂に上った時点で、経済対策の規模は2.5兆円にとどめ、残りは金融緩和の強化で対応する、というような提案をしてほしかった。

より理解できないのは、内閣官房参与の浜田氏と本田氏の考え方である。両氏の考え方は、私の考え方と近い。消費税増税の悪影響を大きく捉え、同時に貨幣の非中立性を支持する考え方の持ち主である。しかし、両氏とも、消費税の3%増税プラス金融緩和の強化ではなく、消費税の段階的増税を訴えた。結果としてこの考え方の代替となる政策が、10月1日の経済対策という形で実現することになった。

消費税増税が引き起こす不況圧力については、リフレ派の中でも、「小」から「大」まで、様々な意見が存在するであろう。私は「大」に近いのであるが、浜田氏や本田氏以外にも「大」に近い考え方を持っていた人はいたと思う。しかし、消費税増税対策で、金融緩和の強化を主張する声が小さかった理由が、どうも理解できない。

量的緩和の大きな問題点の一つは、マネタリーベースの増加が、実際に物価やGDPをどれほど増やすのか、はっきりわからないことである。しかし、一つだけ理論が存在する。マッカラム・ルールという理論である。一部のリフレ論者には、大変人気がある理論である。日銀の岩田副総裁は、異次元金融緩和の決定の際、2年で2%のインフレ率を実現するのに必要なマネタリーベースの金額を、マッカラム・ルールを使って計算したと述べている。

私は、マッカラム・ルールのように、マネタリーベースと名目GDP成長率、あるいはインフレ率との間に安定的な関係があるとはとても思えないので、マッカラム・ルールを使いたいとは思わない。その代わりに理論ではなく経験を使って判断をしている。(*2)で説明したように、スイスと香港では、日本よりはるかに大規模の実質的な量的緩和政策が実施されている。(*2)では、対GDP比で巨大なバランスシートのグラフを示したが、今回はマネタリーベースの増加率(前年比)のグラフを示す。


スイス、香港、日本のMB

スイスと香港のルールは、自国の通貨高の進行を食い止めることである。自国通貨に買いが入れば、無制限に通貨を発行し、発行した通貨を売却し、結果としてマネタリーベースを増やしてきたのである。それ以外のルールは存在しない。そして、香港の場合、マネタリーベースの増加率は、ピ-ク時で前年比146%増であり、その後に5%のインフレが発生した。スイスの場合、マネタリーベースの増加率は、ピ-ク時で前年比307%増であった。その後は、デフレが、ようやくゼロインフレになった程度である。日本のようにマネタリーベースを2年間に96%、前年比に直すと40%増加させるというルールを作る余裕はなったのである。香港やスイスの経験からすると、異次元金融緩和よりはるかに大規模な金融緩和を行っても、インフレ率は、高くて5%、下手をすればデフレの継続である。

日本では、消費税増税という、デフレ不況の圧力がある政策が実施される中で、マネタリーベースを増やすため、消費税増税分を除くインフレ率が、香港のように5%にまで跳ね上がる可能性は低い。円安進行が止まれば、日本もスイスのように、デフレかゼロインフレが続く可能性は残る。邪推かもしれないが、岩田副総裁を中心とするリフレ派の主流派は、マッカラム・ルールに縛られて、それ以上、量的緩和を拡大させることができないのではないだろうか。消費税増税に対する景気対策に、マッカラム・ルールを超える量的緩和を実施した場合、制御不可能なインフレが発生することを恐れているのではないだろうか。スイスや香港の経験からすると、そのようなインフレは発生しないのである。仮に、岩田副総裁、浜田、本田内閣参与を中心とするリフレ派の主流派が、スイスや香港の経験を知らずに、マッカラム・ルールに縛られていたとしたならば、残念なことである。巨額の富と所得を獲得しているスイスと香港の大規模な量的緩和政策を、是非参考にしてもらいたい。

関連記事
1997年の景気後退と消費税増税、アジア通貨危機、山一證券破綻(*1)
中央銀行のバランスシート拡大 リスクからリターンへの発想の転換(*2)


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「いかにして政府債務を減らすか」という問いが間違い

ある方に紹介されて、こちらのブログを初めてご訪問しました。
詳しい解説大変参考になります。

ただ、政府債務は累増させてはいけないとか、完済が必要という考え方は、個人債務と政府債務との混同によるものだと思うのです。

タイトルは次のURLに書いた私のブログのものです。
http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20130827

もしご意見をいただけたら幸いです。

後日ブログの本文で回答

いい質問だと思いますが、同時に答えにくい質問ですね。すぐに分かりやすい形で答えられそうにもありません。申し訳ありませんが、近いうちに頭を整理して、その答えとなりそうなテーマを、ブログの本文に書かせていただくようにしたいと思います。
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