労働分配率 低下するアメリカ 横ばいの日本

経済の日米比較は、今までも何度か行ってきた。例えば、(*1)では、労働生産性の伸び率に光を当て、両国とも労働生産性の伸び率の高い産業から、労働生産性の伸び率の低い、あるいは低下する産業へと、労働者が大規模に移動するという経済構造を持つことを説明した。この現象とも一部重なり合うのであるが、今回は、労働分配率の日米比較を行うことにする。

労働分配率を見る前に、日米の経済が、どのような経緯をたどってきたかを頭に入れておく必要がある。日米の実質GDP成長率が、過去において、どのように変化してきたのかを表すグラフを下記に示す。


日米のGDP

過去44年間の日米の実質GDPの変化の数字を読み取ることができる。1990年以前は、日本の実質GDP成長率が、アメリカの実質GDP成長率を上回る年が多かった。1991年以降は、日本の実質GDP成長率が、アメリカの実質GDP成長率を下回る年が多くなった。そのため、失われた20年と呼ばれている。

次に、日米両国の所得分配について、どうであったかを見る。まずは、日本の労働分配率の推移を下記に示す。


日本の労働分配率

上記のグラフには、2つの線が描かれている。国民経済計算ベースと法人企業統計ベースの労働分配率である。数値が異なる理由は、長くなるので省略させてもらう。アメリカと比較すべき数値は国民経済計算ベースの方である。しかし、日本の場合、最新データが2012年3月期までしか存在しない(上記グラフは、2011年12月までの数字を使用)。一方、アメリカには、2013年6月期までのデータが存在する。日本には、直近のデータが存在しないため、2013年3月期までのデータが存在する法人企業統計の数字も同時に掲載した。

日本では、1990年代に、労働分配率が上昇し、企業収益が圧迫され、日本の実質GDP成長率の低下を招いたと主張するエコノミストがいる。一方、1998年をピークとして、労働分配率が、10年ほどの間低下し続けたが、これこそがデフレ不況が長引いた原因になったと主張するエコノミストがいる。ここでは、どちらの意見が正しいかの判断は避ける。ただ、このどちらの意見を持つエコノミストがいたとしても、直近の日本の労働分配率に大きな問題があるとは主張できないであろう。現在の日本の労働分配率は、高すぎでもなく、低すぎでもない、適切と言っても良いような水準に落ち着いている。

これに対して、アメリカの労働分配率は、日本とはかなり異なった動きを示している。そのグラフを下記に示す。


アメリカの労働分配率

アメリカの労働分配率は、1991年以降、大きく低下している。上記のグラフは、目盛りが小さいので、暴落しているかのように見える。実際の低下率の幅は、5%強であり、暴落しているわけではない。それでも。最近、大きく低下する傾向が続いていることは間違いない。

労働分配率が低下した結果、他の何かが上昇していなければならない。その中で最も大きく上昇していたのは、企業利益であった。そのグラフを下記に示す。


アメリカの企業利益

企業利益は、法人税、配当、内部留保の3つに分解できる。この3者の中で、法人税は減少気味である。伸びているのは、配当と内部留保であり、その二つを合計した税引き後利益である。

アメリカでは、1981年に大統領に就任したレーガン大統領が、レーガノミクスと呼ばれる新自由主義的な経済政策を推進した。しかし、レーガン政権の間、労働分配率に大きな変化はなかった。労働分配率が直近のピークを打ったのは、1991年であり、パパ・ブッシュ政権の末期である。労働分配率が低下し始めたのは、平等という価値を比較的重視する民主党のクリントン政権下である。再び新自由主義的な政策を推進したブッシュ政権下でも、労働分配率は低下し続けた。2009年に政権についた民主党のオバマ大統領は、格差是正や中間所得層の利益拡大を繰り返し訴え、平等という価値を比較的重視する考え方の持ち主である。しかし、オバマ政権が誕生して以来、労働分配率の低下は加速している。

アメリカの労働分配率の低下は、経済政策が原因ではない。経済環境の変化が原因である。多くのエコミストは、経済のグローバル化が原因だと考えているようである。私は、その表現は、事実を適切に表現しているとは思えない。私は、(A)アジアを中心とする発展途上国の教育水準の上昇と、(B)IT革命の進化が、原因と考える。(A)アジアを中心とする発展途上国の教育水準の上昇は、モノ作りの仕事を、アメリカから奪い、中国を中心とするアジアの発展途上国へと移した。また、(B)のIT革命の進化は、オフィスの定型的な事務作業の仕事を、アメリカから奪い、インドを中心とするアジアの発展途上国へと移した。従来、アメリカの中間所得層が担っていた工場労働、オフィス事務に必要な仕事の量が減ってしまったのである。首を切られた労働者は、介護などの福祉施設、レストランの従業員、スーパーのレジ係などの、従来から賃金の低かった産業へと移動せざるをえなかった。一方、世界で最も競争力の強いアメリカの多国籍企業は、スキルの高い少数精鋭の従業員を雇い、巨額の利益を獲得し、成果を上げた従業員や、企業の幹部、トップの給料は、従来より大幅に上昇することになった。しかし、アメリカ全体としては、新しく生み出された付加価値が、労働者への分配に回される金額は少なくなり、企業の内部留保として積み上げられたり、株主への配当へと回されることになった。経済学の見地から見ても、自由な市場というのは、資源配分を最適化する機能はあるが、公正な所得分配を実現する機能は、最初から備わっていないのである。

アメリカと同様な労働分配率低下圧力、賃金低下圧力は、日本にも押し寄せてきている。それにもかかわらず、日本では労働分配率が下がっていない。その理由はいくつか考えられるが、一つ言えることは、日本人が、アメリカ人と比較した場合には、平等の価値を重視し、平等を否定してまでも、自由という価値を実現することに対しては、抵抗感を感じる人が多いからだと考えている。日本でも、平等という価値を非常に重視する共産主義思想は、今やほとんど支持されていない。一方で、市場原理主義的な観点から、社会保障などの所得再分配の機能を果たす政府の役割を、大幅に縮小するという考え方は、学者の間では一定の支持を持つが、普通の人々の間での支持は高くはない。最近、大きな問題となっている、企業が黒字の場合、従業員を勝手に解雇することができないという裁判所の判例も、そうした社会の価値観を反映したものであったのであろう。

幸いなことに、日本は、アメリカと異なって、1991年以降、労働分配率の低下は発生していない。しかし、それを喜んではいけない。一番最初のグラフに示した通り、1991年以降、日本の実質GDP成長率は、アメリカより低い年が多くなっているのである。1991年以降、アメリカは、経済が成長し、一握りの人たちは非常に豊かになった。日本は、経済の成長率が低くなり、アメリカと比較した場合、皆が等しく貧しくなったのである。「皆が等しく貧しくなった」という表現も正しくない。労働者の内部で、非正規雇用者の数が増え、正規雇用者との格差が拡大してし
まったのである。

先に示したように、日本がアメリカほど労働分配率が低下しない理由の一つとして、相対的に平等を重視する日本人の価値観が根底にあると考える。しかし、今後も、アジアを中心とする発展途上国からの賃金低下圧力は続く。このままでは、いかに平等の価値観が強かろうと、アメリカのように、労働分配率が低下する社会へと移行する圧力に耐え切れなくなる可能性は存在する。しかし、日本とアメリカでは置かれている経済環境に差が存在する。賃金低下圧力の原因が、(A)アジアを中心とする発展途上国の教育水準の上昇によるモノ作りの仕事の減少は、アメリカと共通している。しかし、(B)IT革命の進化によるオフィスワーカーの仕事の減少は、日本語という言語障壁のために、日本はアメリカほどは大きな影響を受けていない。それに代わって、アメリカ以上に大きく影響を受けているのは、(C)アジア周辺諸国による自国通貨安誘導政策という近隣窮乏化政策である(*2)。③の円高アジア通貨安の構造は、以前から何度も繰り返し書いているように、政策対応により是正することが可能であり、同時に是正すべき課題である。昨年11月からの円安により、一部は是正されたが、十分には是正されていない。こうした円高アジア通貨安の構造は、あらゆる手段を使って是正する必要がある。その結果として、日本経済の成長率の低下の防止と、格差拡大の防止が、同時に可能となってくるのである。


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