購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化

前々回(*1を参照)示した通り、アジア諸国の通貨の購買力平価に対する比率(日本円基準)を見ると、非常に割安である。その原因を調べるために、外貨準備のGDPに対する比率、経常収支のGDPに対する比率と、購買力平価ベースの1人当たりGDPをあわせて示す。そのデータを、3つのグループに編集し直し、下記の表に示す。

(古い2011年版を掲載しているが、最後に新しい2013年版までを掲載)
アジア諸国の購買力平価と外貨準備2011

グループAは、シンガポール、香港、台湾である。この3ヶ国は、外貨準備の対GDP比率が、日本を大幅に上回っている。その結果、巨額の経常黒字を産み出し、購買力平価ベースの1人当たりGDPは、いずれも日本を上回っている。この3ヶ国が実施している政策は、大量の介入によって、自国の通貨を極端に割安に誘導し、巨額の経常黒字を産み出すことである。その結果として、日本以上に豊かな国をつくり出している。この3ヶ国が豊かになった理由は、通貨を極端に割安に誘導したことだけの結果ではないが、自国通貨安誘導政策なしには、ここまでの経済発展を成し遂げることは、不可能であったと思われる。このような自国通貨安誘導政策による経済成長が可能であったのは、3ヶ国がいずれも小国であり、アメリカなどの大国に対して、わずかな損害しか与えなかったからである。しかし、日本はこの3ヶ国から被害を受けている。

グループBは、韓国、中国、マレーシア、タイ、フィリピンである。この5ヶ国も、外貨準備の対GDP比率は、日本を上回っており、経常黒字の対GDP比率も、日本を上回っている。購買力平価ベースの1人当たりGDPは、フィリピンはまだ貧しいが、韓国は日本にあと一歩のところまで追い上げている。日本企業は、この5ヶ国に新規の工場を続々と建てているが、その最大の魅力は、低賃金である。しかし、その低賃金の何割かは、5ヶ国の政府・中央銀行による自国通貨安誘導政策の結果、実現されたものである。この5ヶ国が、実質的に日本を上回る多額の介入を実施しなければ、バラッサ・サミュエルソン効果(*2の最終段落を参照)により、経済成長とともに、通貨高が引き起こされていたはずなのである。政府・中央銀行による大量の介入により、5ヶ国の通貨の上昇は、ほとんど起こらなかった。中国の介入だけは、アメリカから、相当非難を浴びせられているが、中国は、そうした非難を跳ね返す政治力を保持している。残りの4ヶ国も、実質的には中国に匹敵する多額の介入を行っているが、大国ではないので、アメリカなどの大国への損害は少なく、ほとんど非難を受けることは無い。しかし、日本は、この5ヶ国からも大変大きな被害を受けている。

グループCのインドネシア、ベトナム、インドの外貨準備の対GDP比率は、日本よりは低い。従って、為替レートが割安である最大の原因は、この3ヶ国が、まだ貧しいからである。しかし、この3ヶ国の外貨準備の対GDP比率は、10%を超えており、アフリカの途上国の平均を、大幅に上回っている。この3ヶ国の経済成長が順調に進めば、近い将来、グループBのような国へと移行していく可能性は、十分考えられる。

以上のように、世界の工場が、アメリカ→日本→アジアへと移転しつつあるのであるが、市場原理だけで、このような現象が起こっているのではないのである。大半のアジア諸国は、介入という自国通貨安誘導政策により、自国の労働者の賃金を安く維持し、その低賃金を武器に、日本から工場や技術を引き付け、輸出を拡大することにより、経済成長を遂げているのである。きっかけの一つは、1997年のアジア通貨危機の影響を受けて、危機を二度と繰り返すまいとして、アジア諸国が外貨準備を積み増し始めたことである。それが継続し、大規模な自国通貨安誘導政策となって、現在も続いているのである。その結果が、日本の産業の空洞化現象である。従来のような工場の移転は加速化しており、研究開発施設や、本社機能の一部まで、日本からアジア諸国へと移転が継続している。

ただ、日本は、アジア諸国との貿易を通じて、日本自身も利益を受けており、全体としてはウィン・ウィンの関係にはあるのである。しかし、産業の空洞化を通じた雇用や技術の移転という点に関しては、日本が一方的に被害を受け、アジア諸国が一方的に利益を獲得している。従って、ウィン・ウィンといっても、全体としてみれば日本が小さなウィンを獲得し、アジア諸国が大きなウィンを獲得している、というのが現状である。これは、過去十数年間の日本とアジア諸国の実質GDPの成長率の差を見れば、明らかである。

世界の工場が、アメリカ→日本→アジアへと移転することは、ある程度は避けることができない運命的な現象である。ただ、現状は、アジア諸国の多くが、大規模な介入による自国通貨安誘導政策を実施しているため、移転の速度が速すぎるのである。日本が新製品を作り出しても、すぐにアジア諸国に移転してしまう。特に電機産業は、移転の速度が速く、日本の大手電機企業は、大赤字を出したり、倒産してしまう企業まで出てきている。日本としては、アジア諸国が実施している自国通貨安誘導政策と同じ程度の「円安誘導」政策を実施することが必要なのである。

現在の日本は、震災特需という一過性の原因により、経済成長を遂げている。しかし、その下で、産業の空洞化による潜在成長率の低下という現象が、従来以上のスピードで進行している。空洞化というのは、言葉を換えれば、大規模な構造改革(あるいは、生産構造の破壊と言った言葉が適切かもしれない)である。多くの日本企業は、工場の海外への移転という、生き残りのための血の出る構造改革を、毎日のように実施しているのである。こうした抜本的な構造改革により、日本企業は、生き残ることができるかもしれない。しかし、日本経済は、破壊され、潜在成長率が大きく低下して行くのである。日本経済の潜在成長率の低下を食い止めるためには、産業の空洞化という、日本企業の抜本的な構造改革の速度を緩めることが必要なのである。構造改革の速度を緩めるためには、政府・日銀による「円安誘導」政策が不可欠なのである。



(2013年版)
アジア諸国の購買力平価と外貨準備2013

(2012年版)
アジア諸国の購買力平価と外貨準備2012


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テーマ : 経済
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興味深い記事です

一つ気になるのは、「構造改革のスピードを緩める」という点に関してですが、スピードがゆっくりであれば構造改革はOKであるということなんでしょうか?いずれにしても、「構造改革」という単語は意味が分かりにくいので、あまり使用すべきではないと思います。何の「構造」なのか、どういう「改革」なのか、単語だけでは分からないからです。小泉純一郎も「構造改革」という単語を嫌なくらい使っていましたが・・・。

構造改革

おっしゃられる通り、構造改革という単語を使ったことにより、小泉構造改革を思い浮かべてしまい、意味がわかりにくくなってしまいました。ただ、外に適当な単語が見当たらないので、「構造改革」という単語を使ってしまいました。ここでは、日本企業が、会社を存続させるために、社員の首を切ったり、賃金を引き下げたり、配置転換したり、部下を傷つけながら、国内の工場を閉鎖し、海外に新しい工場をつくることを実行している状況を説明するための言葉です。現在は超円高・アジア通貨安のために、空洞化のスピードが速すぎ、日本企業も日本経済も、大きく傷ついています。円がもっと安ければ、空洞化のスピードも緩やかになり、日本企業も日本経済も、ここまで大きく傷つくことはなかったと思います。
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