財政赤字拡大の原因 個人貯蓄と増大する企業貯蓄

(*1)で、他の先進国との比較から、日本の巨額の財政赤字、巨額の政府債務の原因として、デフレが大きな役割を果たしてきたことを指摘した。今回は、財政赤字の拡大と、個人貯蓄と増大する企業貯蓄とが、密接な関係にあることを説明する。

多くの日本人は、病気や老後への備えに対して、預貯金、株、債券、投信、保険などの形で貯蓄を保有している。企業もまた、個人とは異なる動機で、貯蓄を保有している。戦後の高度成長期は、個人の貯蓄は、金融機関を介して、企業の設備投資へと流れて行った。では、今日において、個人が貯蓄を増やした場合、その資金はどこに流れて行くのであろうか。その答えは、日銀が作成している資金循環統計の中の、資金過不足の統計にある。まずは、そのグラフを見ることにする。


資金過不足

直近においては、家計(=個人)部門の貯蓄は、非金融法人企業(今後は単に、企業と記す)部門の貯蓄とともに、主として一般政府部門(中央政府、地方政府、社会保障基金からなる広義の政府を指し、今後は、単に、政府と記す)と海外部門へと流れている。

この資金過不足のグラフはしばしば使われるグラフである。1990年代初頭のバブル崩壊以前は、家計の貯蓄は、主として企業に流れていた。しかし、バブル崩壊とともに、企業の資金不足は縮小し、1998年以降、企業は資金不足から資金余剰に転換した。そして、個人と企業の貯蓄の合計が、主として、政府へ、そして一部は、海外へと流れている。

上記のような構造変化をより明確に示すため、資金過不足を1980年-1991年のバブル以前の時期と1992年-2012年のバブル崩壊以降の時期で、各主体の年平均の資金過不足がどのように変化したかを見ることにする。


資金過不足の変化

最初のグラフでは省略した、資金過不足の金額が小さい金融機関と対家計民間非営利団体も加えている。従って、6部門の資金過不足金額を合計すると、ゼロになる。

企業(=非金融法人企業)の資金余剰額が、年平均35兆円も増えている。反対に、政府(=一般政府)の資金不足額が25兆円も増えている。個人(=家計)は、資金余剰額が8兆円減少している。企業の資金余剰の拡大原因は、一般的には、投資機会の消失と捉える意見が多い。私は、企業の資金余剰の拡大原因は、投資機会の消失であることに同意するが、投資機会の消失の前に、政府・日銀の経済政策の失敗があったと考えている。その理由は後ほど述べる。

繰り返すが、1990年初頭のバブル崩壊以前は、単純化すれば、個人貯蓄の増加=企業の借入による設備投資の増加、という式が、成立していた。個人の貯蓄は、金融機関を通して企業に貸し出され、主として、企業の生産設備の増強に使用されていた。新しく投資される企業の生産設備は、将来の所得製造マシンでもあった。個人の旺盛な貯蓄は、企業の設備投資という所得製造マシンに変化し、日本人の生活水準はグングン上昇して行った。1970年代のオイルショック以降、経済成長率は鈍化し、政府の財政赤字も増え始めた。しかし、1990年初頭のバブル崩壊以前は、まだ、政府の債務残高は大きくはなく、経済もそれなりに成長し続けていた。

1990年初頭のバブル崩壊以降、個人の資金余剰が続く中で、企業の資金不足が急激に減少し、1998年以降、企業は大幅な資金余剰になった。こうした環境下で、政府が何もせず、自由放任政策を続けていたならば、貯蓄超過のため、経済はスパイラル的な縮小不均衡が発生していた可能性が高い。

経済がスパイラル的な縮小不均衡へと発展するメカニズムを説明するため、海外部門を除外し、個人、企業、政府の三部門に分かれた非常に単純なモデルを作って説明する。1990年代初頭にバブルが崩壊し、個人消費の伸び率が鈍化した。消費の伸び率が鈍ると、企業が設備投資の金額を減らす必要が出てくる(加速度原理)。企業は投資を減らすため、借金返済などの形で、貯蓄を増やす。消費の伸び率が鈍り、投資が減少する経済は、当然、不況となり、企業の倒産は増え、失業者も増える。その結果、消費は、伸び率の鈍化から減少へと向かい、投資は、さらに大幅に減少することになる。消費と投資は減少を続け、経済はスパイラル的に縮小して行かざるをえない。日本のような賃金の下方硬直性の低い経済では、物価下落も伴ったデフレスパイラルが発生していたであろう。スパイラル的な縮小不均衡は、個人が生きていくために、消費をそれ以上減らすことのできない低い水準に到達したならば、そこで止まる。その時点に到達するまでに、GDPは大幅に縮小しているはずである。

このような、スパイラル的な縮小不均衡、大不況への進行を阻止するために、政府が国債を発行して、税金ではなく、借金をして、資金を調達し、公共投資や社会保障への支払い費用を増やしたのである。個人消費の伸び率減少や、企業の設備投資の減少があったにもかかわらず、政府による消費、投資の拡大により、
GDPの減少を最小限に食い止めてきたのである。この場合、個人の貯蓄は大きく変化はしないが、企業の貯蓄は大きく増える。政府が、GDPの大幅な減少につながりかねない現象を回避するために、「個人と企業の貯蓄の増加」⇒「政府の財政赤字の増加」、または、「個人と企業の貯蓄の増加」=「政府の財政赤字の増加」という現象が発生したのである。

1990年代初頭のバブルが崩壊した時期は、IT革命の揺籃期であり、経済を牽引する技術革新の力が弱かった時期でもある。そのような時期に、バブルが崩壊し、消費の伸び率が減少すると、上記のようなスパイラル的な縮小不均衡が発生しやすくなる。その後も、消費税増税による景気回復の挫折、ITバブルの崩壊、アメリカの不動産バブルの崩壊などが続いた。個人と企業の高水準の貯蓄が続き、好況期においても国債発行は継続された。そして不況になると、景気対策のため、政府が国債を増発し、民間部門に代わって消費や投資を拡大する政策が繰り返された。政府の国債発行は、デフレの発生を阻止することができなかったが、スパイラル的な縮小不均衡、あるいはデフレスパイラルの発生を阻止することには成功した。しかし、その結果、2013年3月末現在、政府は、ネットで618兆円、グロスで1121兆円の膨大な政府債務を残すことになった。

家計は、グロスで1571兆円、ネットで1207兆円の貯蓄を保有している。しかし、ネットの貯蓄の半分以上は、政府の債務へと流れ込んでいる。政府の債務の一部は、道路や橋の建設に回り、民間企業が所得を創造する役割を果たすために必要な社会基盤となっている。そして、政府の債務のより多くの部分は、社会保障などの単なる消費に使われてしまっている。その上、建設国債であろうと、赤字国債であろうと、政府の債務であることには変わりはない。家計が貯め込んだはずの貯蓄の半分以上は、政府の債務に変化し、将来的には、増税をして、債務返済をする必要が出てくる。その時には、将来のためと思って貯め込んだ貯蓄を取り崩し、将来の生活費ではなく、将来(1年後か100年後かはわからない)の増税によって政府に吸い上げられてしまうのである。

私は、バブル崩壊後の不況対策としての財政政策は、1930年代初頭の昭和恐慌、世界恐慌のようなデフレスパイラルの発生を阻止したという意味において、大変大きな効果があったと考える。しかし、その結果、巨額の政府債務という大きな副作用を残した。従って、私は、財政政策ではなく、ゼロ金利政策と国債の大規模な買いオペという思い切った金融緩和政策が実施されるべきであったと考えている。すなわち、今年4月に実施された異次元金融緩和を、20年前に実施すべきであった。しかし、当時、異次元金融緩和のような経済政策の発想は、全くといって存在しなかった。景気対策の中心は、財政政策であると考えられていた。その結果、個人と企業を合計した貯蓄の拡大と、政府の財政赤字の拡大は、ほぼ並行して増加することになった。

仮に、20年前に異次元金融緩和が実施されていたならば、どのようになっていたであろうか。まず、資産価格はそれほど大きく下落せず、銀行の不良債権問題は短期間で片付いていた。個人消費の伸び率は、多少は下方に屈折したであろうが、それなりに堅調に推移していた。また、国債の買いオペによる市中発行の国債残高の実質的な減少と、ゼロ金利政策による内外金利差拡大のため、個人と機関投資家は、貯蓄を外国証券への投資の拡大に向けていた。この結果、円安が定着し、輸出は増加し、貿易収支、経常収支の黒字は拡大し続けた。堅調な消費と輸出増加のため、企業の設備投資も、1980年代後半より伸び率は落ちるにしろ、堅調に推移した。すなわち、個人の貯蓄は、一部は企業の設備投資へ、一部は海外への投資へと向かい、政府の財政赤字は、拡大ではなく縮小し、政府債務の残高は、現在よりはるかに少なかった。経常収支の黒字の拡大継続は、外交的には、間違いなく、激しいジャパン・バッシングを引き起こしていた。しかし、激しく叩かれるほど、日本は強い経済を維持していたのである。バブル崩壊後、実際に発生したような企業部門の資金不足から資金余剰へという大規模な構造変化は、非常に緩やかな速度で進行していた。企業の投資機会は減少しても、堅調な消費と輸出に支えられて、早期に大きく減少することはなかった。2000年以降、アジア諸国が台頭してきても、日本経済は、現状ほど没落することもなかった。高水準の対外証券投資が継続する結果、円相場は割安に推移していた。その結果、規模の経済を手放さず、価格競争力も維持していた日本企業のIT、デジタル家電製品は、韓国、台湾などのライバル諸国の製品を圧倒していた。先端技術を使用する製品は、まず日本で生産され、投下資本を回収した後、アジア諸国へと生産が移って行った。いわゆる雁行形態の発展の先頭のポジションを日本が維持し、日本とアジア諸国はウィン・ウィンの関係を維持することができたのである。少子高齢化と人口減少が進む日本は、緩やかな衰退は避けられないが、現在のようにひどい状況には陥らなかった。そして何よりも、政府の債務が、現在のように膨れ上がる事はなかった。以上が、異次元金融緩和が20年前に実施された場合、起こる可能性の高いシナリオの一つであると私が考えている内容である。

政府の債務が,ネットで618兆円、グロスで1121兆円となり、もはや手遅れ、という意見もある。ハイパーインフレでしか解決不可能なほど債務は増えてしまったという考え方である。私は、財政再建が不可能と決めつけるのは早すぎると考えているが、異次元金融緩和が20年遅れた結果、日本経済はあまりにも多くの物を失いすぎ、回復不能なものが多すぎると感じる。その意味においては、手遅れになったことは間違いない。現状維持プラス消費税5%増税だけならば、政府債務の増加は止まらない。一方、従来、国債発行によって、スパイラル的な縮小不均衡を防いできた経済が、果たして5%の消費税増税に耐えることができるであろうか。私が最も望ましいと考えている財政再建策は、(*2)で示した通りである。過去の歴史を振り返り、どこで何を間違ったかを正確に理解し、現時点でベストと思われる政策を打ち出していくしかないであろう。

財政赤字とデフレの関係 (*1)
インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*2)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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