対外純資産 規模と収益率の拡大の必要性

2012年末の日本の対外資産残高は、前年比80兆円増加の662兆円、対外負債残高は、前年比50兆円増加の366兆円になった。その結果、2012年末の日本の対外純資産は、前年比31兆円増加の296兆円になった。要因としては、為替要因(円安要因)で38.7兆円、取引要因(ほとんどが経常収支の黒字)で4.6兆円増加していた。一方、その他要因(多くは、海外投資家が保有する日本株の値上がり益)で12.3兆円減少していた。過去最高を大幅に更新したわけであるが、内容としては、円安にほとんど依存した増加であり、良い資産増加であるようには思えない。なお、(*1)で1969年-2011年の43年間に、日本は、合計201兆円の為替差損を被っていたことを指摘した。2012年の為替差益は、38.7兆円であるので、1969年-2012年の為替差損は、44年間で162.3兆円にまで減少したことになる。

一方、対外純資産の296兆円という金額は、第2位の中国の150兆円、第3位のドイツの122兆円を大幅に上回り、世界第一位である。対外純資産の金額が世界一というのは、大変望ましい状態であると思う。しかし、対外純資産の対GDP比率が日本より高い国は、他にいくつもある。アラブを中心とする石油輸出国の中には、何ヶ国もあるようだが、オイルマネーの蓄積が原因であることが明らかであるので除外する。また、ヨーロパの都市国家も、統計の入手が困難なため除外する。それ以外に、対外純資産の対GDP比率が日本より大きな国を探し出し、グラフ化すると、下記のようになる。


対外純資産

対外純資産の対GDP比率が、日本より高い国は、先に記した例外を除けば、おそらく7ヶ国であると思う。香港の比率は、日本の4.5倍もあり、うらやましい限りである。見てわかるように、いずれも日本より規模の小さな小国ばかりであり、日本が置かれている状況とは、環境が大きく異なっている。このことを頭に入れた上で、対外純資産の対GDP比率が日本より高くなる理由、および学ぶことができる点があるかを探っていきたいと思う。

次に、8ヶ国の外貨準備の対GDP比率を見ることにする。


外貨準備

外貨準備の対GDP比率は、香港、シンガポール、台湾、スイスの比率が非常に高い。特に、スイスは、リーマンンショックの数ヶ月後から、その比率が急速に拡大しつつある。

次に、8ヶ国の外貨準備を除いた対外純資産の対GDP比率を見ることにする。


純資産ー外貨準備

外貨準備を除いた対外純資産の対GDP比率は、台湾、次いで香港の比率が高い。台湾の比率は、日本の4.6倍である。台湾、香港は、外貨準備も多いが、それ以外の対外純資産も非常に多い。

日本を除く上記7ヶ国の購買力平価ベースでの一人当たりGDPは、日本を上回っている。すなわち、日本人より、実質的な平均収入が多いということである。そして、対外純資産の対GDP比率が日本より高いということは、収入も多いが、資産はそれ以上多く保有していることを意味している。収入も資産も日本より大きい、豊かな国々であるのだ。

香港の対外純資産の対GDP比率が世界一である最大の源泉は、中国との交流の窓口ということで、毎年巨額のサービス収支の黒字を生み出していることである。外国企業が、直接、上海や北京に進出することもあるが、その前に、香港で情報収集などを行い、その後に中国各地に進出して行くケースが多いからである。そのため、貿易収支が赤字の中で、経常収支の大幅な黒字を維持している。もう一つの強みは、対米ドルでの固定レート制である。固定レート制があるおかげで、外国から香港に資本が流入してきても、通貨当局の無制限の介入により、香港ドルの価値は上昇せず、ビジネスコストの上昇は抑制された。そのため、外国企業が中国とのビジネスの窓口として使うコストの上昇も抑制された。日本も、1ドル=
360円が1971年以降、ずっと続いていたならば、日本経済は全く異なる成長を遂げていたはずである。香港は、小国であるがゆえに、固定レート制の維持により、巨額の経常黒字を維持することが可能となった。その結果が、対GDP比率で見た、世界一の対外純資産と外貨準備なのである。

台湾の対外純資産の源泉は、台湾ドル安誘導政策による貿易黒字の累積である。中国大陸と共通の言語を持つため、工場の大陸移転が進み、日本と同様に、産業の空洞化の脅威にさらされてきた。それでも、半導体などのハイテク産業については、工場の大陸移転を許可制にし、高付加価値産業を、国内に押しとどめることに成功している。以前は、大規模介入による台湾ドル安誘導政策を行っていた。最近では、民間資金の対外投資が拡大し、結果として、中央銀行による台湾ドル安誘導政策は、あまり実施されていないようである。

シンガポールの対外純資産の源泉は、貿易黒字の累積である。シンガポールは、香港と同様に、通商型の都市国家であるようなイメージがある。シンガポールは、世界中から知識人や富豪などの人材、あるいは、企業の本社機能を集めることなどに、大変な力を注いでいる。その結果、GDP成長率には、サービス産業の成長が一番大きく寄与している。しかし、サービス産業は、国内経済の成長には寄与していても、国際収支で見たサービス収支は赤字基調であり、対外純資産の増加には、ほとんど寄与していない。この点は、香港と全く異なっている。また、世界の多くの中央銀行は、金利やマネタリーベースを操作し、インフレ率を調整しているが、シンガポールでは、為替レートを操作することによって、インフレ率を調整している。この点は、固定レート制の香港と、一部共通点がある。為替レートを割安に維持し、ブルーカラーの国内での賃金を低く抑え、外国から製造業を呼び込んでいる。その結果としての輸出拡大が、対外純資産の積み上がりに最も大きく寄与している。

スイスの対外純資産の源泉は、サービス収支と、海外からの投資収益、すなわち所得収支の黒字の累積である。シンガポールとは正反対であり、対外純資産の増加に製造業が寄与してきたわけではない。しかし、製造業がGDPに占める比率は、19.1%と、日本の18.6%を若干上回っており(2011年)、製造業は、スイス経済の中で重要な地位を占めている。そのため、リーマンショック後のスイスフラン高に対して、スイス国立銀行は、巨額の為替介入に踏み切った。2011年9月以降は、スイスフランの為替レートが1ユーロ=1.2スイスフラン以上に高くならないようにするため、無制限の介入を実施することを決定した。そのため、外貨準備の対GDP比率は、2008年-2012年の間に急激に増加した。円高の結果、原発事故要因を除いても、経常黒字が大きく減少した日本とは、大きく異なっている。スイスは、リーマンショック後のスイスフラン高に対して、中央銀行が大規模介入を実施したため、国内の製造業の打撃は小さく、貿易収支の悪化は発生しなかった。その結果、巨額の経常黒字を維持し続けている。スイス経済の成長と日本経済の低迷の差の原因は、国の大きさなのか、政治力の差なのか、通貨政策立案者の能力の差なのか、はたしてどれが正解であるのだろうか。

ルクセンブルクの対外純資産の源泉は、サービス収支の黒字の累積である。ルクセンブルクは、人口50万人の国であるのにもかかわらず、投資信託の残高がアメリカに次ぐ世界第2位であり、2.7兆ドルもの投資信託の本籍地となっている。日本は世界第9位の0.8兆ドルである(2013年3月末現在)。投資信託の本籍地である他、プライベートバンクなども集積しており、その結果、獲得できる資金などが、サービス収支の黒字に寄与しているのだと思う。ただ、ルクセンブルク国内には、外国の資金ではなく、自己の資金で対外投資を行っている投資家も多いようである。国内投資家の自己の対外投資が儲かると対外純資産が増え、損をすると対外純資産が減る仕組みになっている。

ノルウェーの対外純資産の源泉は、貿易黒字の累積である。そして貿易黒字は、石油と天然ガスの輸出に支えられている。石油と天然ガス部門の対GDP比率は23%(2011年)であり、ノルウェー経済は、石油と天然ガス部門だけに支えられているわけではない。しかし、対外純資産の増加要因は、石油と天然ガスの輸出により獲得された資金であることに、間違いはない。

ベルギーの対外純資産の源泉は、経常収支の黒字の累積である。ただし、ベルギーが経常黒字を記録したのは、1985年-2007年であり、直近の経常収支は赤字に転落している。最近の対外純資産の増加は、主として対外投資の成功の結果である。ただし、ベルギーは、2001年―2002年に対外投資で大きく失敗している。今後も対外投資が成功する保証はない。

このように、対外純資産の多い理由はまちまちであるが、日本が上記の7ヶ国から学べる点は、それほど多くはない。日本はG20に加盟している大国であり、為替介入実施に対しては、大変大きな制約をかけられている。また、ノルウェ-のようなエネルギー資源もない。唯一学べることができる点は、今後の対外資産運用能力の向上であろう。先進国の多くは、対外純資産は大きくなくても、巨額の対外資産、対外負債を両方とも保有している国が多い。上記の7ヶ国の対外資産、対外負債の対GDP比率も、日本より大きい。日本の対外資産、対外負債の対GDP比率は低いのであるが、それには理由がある。それは、長年にわたる円高の継続である。8ヶ国の長期の名目実効為替レートのグラフを下記に示す。


名目実効為替レート


1980年に新外国為替管理法が実施に移され、対外投資、対内投資の規制が大幅に緩和された。この規制緩和の結果、日本の保険会社、投資信託、信託銀行などを中心に、対外証券投資が拡大した。しかし、他国と異なり、日本は、円高の連続であった。海外に積極投資した日本の投資家は、為替差損に悩まされ続けてきた。最初に示した通り、1969年-2012年の為替差損は、44年間で162.3兆円に上った。そのため、日本の投資家の中には、為替差損アレルギ-を持つようになり、外国証券投資を拒否したり、できるだけ少なくしたりする投資家が、何割か存在するようになった。スイス国内の投資家も、同様に為替差損を被っているはずである。しかし、スイスには200年以上続くプライベートバンクの伝統がある。スイスの資産運用産業は、世界から資金を導入し、世界で運用している。スイス人の資産運用能力が優れているとは思わないが、第二次世界大戦などの危機の時代をも乗り切ってきた経験の差というものは、あるのかもしれない。結果として、対外投資による為替差損を拒否したがるスイスの投資家は、日本ほど多くはなかったようである。

日本は、今後、超少子高齢化、人口減少社会が続いて行く。そのため、近い将来に、貯蓄や対外資産の取り崩しが始まることになる。しかし、重要な点は、対外投資の収益率を引き上げることである。それに成功した場合には、将来、対外資産を取り崩す必要性がなくなる可能性が生じてくる。最初に指摘したように、日本においても、対外純資産の増減要因は、経常収支よりも、円安や株高などの資産価格の変動要因がより大きな割合を占めるようになっている。今後は、海外での資産運用能力の向上が重要になると思う。資産運用能力向上といっても、ヘッジファンドのように資産をバンバン売買するのは、好ましくない。日本に必要なことは、徹底した分散投資である。日本の投資家は、対外資産を、アメリカの国債だけで運用してきたわけではないが、外国債券への投資比率が高いことは間違いない。2012年末の数字を見ても、対外純資産296兆円のうち、債券投資での純資産はプラス149兆円、株式投資での純資産はマイナス24兆円であった。この数字には、日本の財務省が保有する外貨準備の分は除かれているので、外貨準備も含めた債券投資での純資産を計算すると、さらに100兆円ほど加える必要がある。資産運用という観点から見ると、ローリスク・ローリターンの外国債券に対する投資比率が高過ぎ、ハイリスク・ハイリターンの資産への投資比率が低すぎるのである。外国債券の比率が高い資産運用から、世界中の国の株、債券、不動産、商品、ベンチャー企業、天然資源採掘の権益、その他もろもろの資産に、幅広く分散投資する方向へ、資産運用を変えて行くべきなのである。

まず必要なことは、政府・日銀が円高再発の予想を打ち消すことである。それに成功したならば、過去に為替差損アレルギーを持っていた国内の投資家が、いずれは海外の様々な資産に投資を始めるであろう。そうした投資拡大こそが、さらなる円高を防ぎ、同時に海外投資のさらなる拡大を引き起こす。世界には、外国債券だけではなく、様々な投資案件が存在する。インターネーットの進化により、個人から機関までの様々な投資家が、自己の判断で、世界中の様々な資産に投資が可能な環境が整えられつつある。一個人レベル、一企業レベルで見たならば、リスクを取りすぎの主体、取らなさすぎの主体など、様々な運用スタイルに分かれるであろう。しかし、個人レベル、企業レベルではなく、日本という国家レベルで見たならば、世界の様々な資産への分散投資が、少なくとも現状レベル以上に進むことは期待できると思う。この世界の様々な資産に対する分散投資の実現こそが、日本が、国家レベルで対外資産の収益率を高め、かつ安定させることができる秘訣となる。

以上のように、国内投資家の対外投資を促進し、対外資産の収益率の拡大をはかることが必要である。これは、結果として円安による経常収支の拡大につながる。繰り返すが、そのスタートは、為替差損アレルギーの除去である。その意味において、日本が保有する唯一の円安誘導政策のカード、すなわち日銀の金融緩和のさらなる強化があってもよいと考える。

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テーマ : 経済
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