名目成長率と名目金利の比較

 今年4月4日に異次元金融緩和が開始されて以降、長期金利が若干の上昇に向かっている。異次元金融緩和が成功して、インフレ率がより明確に上昇し始めると、長期金利はより一層上昇する可能性が高い。その場合、800兆円近くまで積み上がっている国の長期国債、中期国債の金利が上昇し始め、国債の利払い費用が増加し、財政赤字が一層拡大するのではないかと懸念する声が聞かれる。

この問題は、金融緩和が、名目のGDP成長率と名目の国債金利のどちらをより大きく引き上げる効果を持つかという問題に言い換えることができる。大雑把に考えると、金融緩和の結果が、名目成長率の上昇率>名目金利の上昇率の場合、歳入が国債利払い費という歳出よりも拡大して、財政赤字縮小という結果を招く可能性が生じる。一方、名目成長率の上昇率<名目金利の上昇率の場合、歳入よりも国債利払い費という歳出の方が拡大し、財政赤字拡大という結果を招く。より単純化して、名目成長率>名目金利の場合、国の借金残高は減少に向かう可能性が生じ、名目成長率<名目金利の場合、国の借金残高は増加し続ける。(厳密に言うならば、名目成長率>名目金利が成立する場合、長期的には国の借金残高は、ゼロになるか、ある数値以上には増えなくなる。名目成長率<名目金利が成立する場合、国の借金残高は、際限なく増加する)。

名目成長率と名目金利はどちらが大きいかという命題は、過去に何度か問題提起されてきた。しかし、深く論争されることはなかった。その理由がはっきりしないので、「命題を立証する過去のデータが不足しているので、本当のことは誰にもわからないからではないか」と勘ぐりたくなる。ここでは、非常に制約されたデータを使い、正しいとは断言できないが、正しい可能性のある答えを、私なりに考えてみることにする。

まずは、ある程度のデータが存在する日本の名目成長率と名目金利の関係を見ることにする。


名目成長率-名目金利 日本

上記のグラフでは、緑色の線が、名目成長率-名目金利であり、目盛は右側となっている。このグラフを見て感じることは、バブル経済以前は、名目成長率>名目金利の期間が長く、バブル崩壊後は、名目成長率<名目金利の期間が長いということだ。実際、名目成長率-名目金利の全期間平均をとると、-0.72%となる。しかし、1990年以前の平均は、+0.39%であり、1991年以降の平均は、-1.72%となる。

次に、日本以上にデータが整備されているアメリカの名目成長率と名目金利の関係を表すグラスを示す。


名目成長率-名目金利 アメリカ

アメリカの場合、名目成長率-名目金利の全期間平均をとると、+0.23%となり、平均すれば、名目成長率>名目金利となっている。ただ時期によってかなり異なっている。1979年以前は、明らかに名目成長率>名目金利であり、名目成長率-名目金利=+2.67%であった。1980年から1996年までは、名目成長率<名目金利であり、名目成長率-名目金利=-2.3%であった。このようにマイナスになった理由は、次のように考えられる。1970年代に2度のオイルショックが発生した結果、スタグフレーションが進行した。1979年にFRB議長に就任したポール・ボルカーは、まずインフレを退治することに全力をあげ、徹底的な高金利容認政策をとった。その高金利容認政策の効果は大きく、インフレ率は、1983年に、一時的には2%台にまで低下した。一方、市場は、スタグフレーションとボルカーのとった超高金利容認政策を忘れ去ることができず、名目金利の低下は、インフレ率の低下よりも、はるかに緩やかなペースで進むことになった。結果として、名目成長率が名目金利を上回るのは、1996年の終わり頃と、非常に時間がかかることになった。1997年以降は、平均すると、若干ではあるが、名目成長率>名目金利となり、名目成長率-名目金利=+0.16%であった。

このように、比較的データのそろっている日本とアメリカだけの過去数十年間の名目成長率と名目金利の関係を一言で言い表すと、日本では若干の名目成長率<名目金利であり、アメリカでは若干の名目成長率>名目金利であった。しかし、世界には、様々な名目成長率と名目金利の歴史を持つ国家が存在している。ネット上で、そうしたデータは、断片的にしか把握することができない。断片的なデータの中で一番まとまった金利のデータは、OECDのサイトに掲載された長期金利(基本的には10年物国債)のデータであろう。その名目金利のデータを、IMFのサイトにある名目GDPの成長率のデータと合わせて掲載すると、下記のようになる。


名目成長率-名目金利 OECD

一見して、わかりにくいグラフである。しかし、どんなに詳しく観察しても、依然としてわかりにくいグラフでもある。理由の一つは、データの数が多すぎることではなく、少なすぎることにある。グラフには22ヶ国のデータしか掲載できなかったが、OECDのサイトにある長期金利のデータは27ヶ国ある。しかし、1981年時点のデータが存在する国は、11ヶ国しかない。少しずつデータの存在する国の数が増えるのであるが、27ヶ国のデータが全てそろうのは、2003年からであり、その後もデータの欠落している国があるので、27ヶ国のデータが完全にそろう期間は、わずか6年しかない。その上、期間ごとに様々な特殊要因が存在することを無視することができない。1980年代は、アメリカと同様に、多くのOECD加盟国の名目成長率と名目金利は高かった。1990年代初頭には、日本だけではなく、北欧を中心に不動産バブルの崩壊が発生した。2000年のアメリカのITバブルの崩壊は、大半のOECD加盟国に影響を及ぼし、2007年のアメリカの住宅バブルの崩壊は、OECD加盟国の全てに大きな影響を及ぼした。その後のユーロ危機の結果、ギリシャを中心とした南欧諸国は異常な経済状況となっており、2012年のギリシャの名目成長率-名目金利は、-29.6%と極端に低い数値となっている。なお、一番自然な方法で、名目成長率-名目金利の平均値を求めると、-1.09%になるが、平均値の計算方法によっては、プラスの値になることもある。計算方法によって差が出る原因は、名目値での高成長、高金利の時代であった1980年代のデータが欠落している国が多いためである。

このように、OECD加盟国だけを見ても、解釈が難しい。それに、断片的にしかわからない発展途上国のデータを加えるならば、名目成長率と名目金利の関係について、多くの人が納得するような解釈を示すことはできない。以下の内容は、根拠が全くないわけではないが、根拠が高いとは言い切れない、私自身の考えの結論である。

①実質GDP成長率が低下し、インフレの進行も緩やかになった多くの先進国については、長期の平均値を取った場合、名目成長率と名目金利は、ほぼ等しくなる。

②インフレ率が高騰すると、名目成長率>名目金利となる。年間のインフレ率が
15%あたりを超えて上昇すると、名目成長率の伸びに、名目金利の上昇が追い付けなくなり、名目成長率>名目金利の状態になる(例 1974年の日本)。

③ ②以外にも、 名目成長率>名目金利となる国は、存在する。それは、実質GDP成長率が高い国である。高度成長を続けていたかつての先進国、現在、高度成長を続けている発展途上国から得られる断片的なデータからは、名目成長率>名目金利となっている国の割合が、現在の先進国以上に高いように思われる。ただ、高度成長を続けている国、時代においては、債券市場が発達しておらず、データそのものが少ない(例 1962年-1969年のアメリカ)。

①と③に、異議を唱える人は多いと思う。名目成長率<名目金利であるという説を支持する人は、多いと思われるからだ。先に、アメリカの名目成長率-名目金利が、1997年以降の平均については、+0.16%になると指摘したが、OECD加盟国についても、+0.01%とかすかにプラスとなる(日本は-1.88%)。しかし、1997年以降は、バブルと、バブル崩壊後の極端な金融緩和政策の結果、名目成長率が水ぶくれし、反対に名目金利は異常な低水準になっている特殊な期間であるとの批判がある。この批判は、アメリカの量的緩和政策が終了し、政策金利が上昇する時期になると、再び名目成長率<名目金利となるはずだ、という主張につながる。この意見が正しいかどうかは、アメリカの量的緩和政策が完全に終了し、しばらくたった後になって、初めて是非の判断が可能となる。現時点では、どちらの意見が正しいかを正確に示すことはできない。

仮に、名目成長率<名目金利が成立すると仮定しても、名目成長率-名目金利の絶対値は、非常に小さい値となる。1991年以降の日本のように、-1.72%というのは、マイナス幅が大きすぎる。1991年以降のOECD加盟国で、日本よりマイナス幅が大きい国は、ギリシャとイタリアだけである。いずれも、1999年以降、ユーロ加盟により国内金利の決定権を失った国である。日銀の1991年以降の金融緩和政策では、名目金利の下げ幅は緩やかなものであった。一方、インフレ率は着実に低下し、マイナスの領域にまで達し、名目成長率も、低下からマイナスにとどまる期間が長くなった。1991年以降の日本の名目成長率が、名目金利を平均して1.72%も下回った理由は、日銀の金融緩和の不足が最大の原因であったと考える。

私は、今年4月4日の異次元金融緩和の後、名目金利は上昇するが、名目成長率はそれを上回る成長を達成する可能性が高いと考えている(ここでは、2014年4月の消費税引き上げの影響は、ゼロであると仮定する)。金融緩和の強化によって、名目成長率が名目金利近辺まで上昇するところまでは、可能であると考える(2012年の名目成長率は、前年の大震災の影響の反動で、1年間に限り高めの数値となっている)。そうなる場合、政府の利払い負担の増加額は、従来よりも抑制される可能性が生じてくることになる。イメージとしては、ゼロ金利制約により高めに推移していた名目金利は、若干上昇するが、インフレ発生とともに、実質金利が低下して行き、名目と実質の経済成長率がともに高まるという、リフレ派の考え方と同じイメージである。しかし、名目成長率<名目金利が是正されるとしても、長い目で見れば、名目成長率=名目金利までであろう。長期間、名目成長率>名目金利を維持するためには、高度成長期のように実質成長率を高める必要がある。私の直観的アプローチでは、現在の潜在成長率は、高くても1%である。よほどの幸運が訪れて潜在成長率が高まることがない限り、高い実質成長率を持続させることは、不可能である。従って、名目成長率>名目金利を実現して、財政赤字の負担を従来より大きく減らすことも、同様に不可能である。

名目成長率=名目金利の実現後、調整インフレ論的な考えに立脚して、インフレ率をさらに5%引き上げ、名目成長率も5%引き上げることにより、実質的な債務残高を減らそうとした場合、名目金利も、長い目で見れば、平均して5%上昇するので、財政再建には役立たない。インフレで財政再建を図るためには、少なくとも、インフレ率を15%以上にまで引き上げる必要がある。この場合、名目金利は名目成長率まで上昇しない可能性が高く、名目成長率>名目金利が実現し、財政再建に役立つ可能性が出てくる。しかし、15%以上ものインフレが進行すると、資源配分を最適化する価格という市場調整機能を破壊するので、実質成長率はマイナスとなってしまう。15%以上のインフレ実現により、国の借金の実質削減を図るという政策は、副作用が大きすぎるので、採用すべきではない。

(*1)で日本政府が巨額の借金を抱えるようになった最大の原因は、デフレであると書いた。その考えは、現在も変わっていない。1991年以降、金融緩和の不足の結果、名目成長率が低下しすぎ、一方、名目金利が高止まった。その結果、名目成長率-名目金利=-1.72%と大きなマイナスとなり、財政赤字が拡大し続けた。将来はともかく、過去においては、社会保障支出の拡大などの要因は、2番目以下であったと考えている。20年前に異次元金融緩和を実施していたならば、今よりも潜在成長率が高かったことは確実であり、かつ国の借金の対GDP比率も小さかったので、名目成長率>名目金利を実現させ、財政再建を図ることも可能であった。しかし、現在は、潜在成長率は低下しており、異次元金融緩和を実施しても、名目成長率>名目金利は実現せず、財政再建を図ることは、不可能である。これも、異次元金融緩和の実施が20年遅れた結果、あまりにも多くの物を失ってしまったことの具体的な例の一つなのである。

関連記事
財政赤字とデフレの関係(*1)


テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

コメントの投稿

非公開コメント

No title

名目GDPよりも名目金利が低くても国債を長期に保有する者は居るのだろうか?その差は国による資産管理費に相当するだろう。財政が信用できれば良いが、赤字で名目金利を低く抑えなければ成らない国家の国債を長期に保有する投資家は皆無違うか?
日本からの資金フライトが起こるだろうね。

日本経済を救うキャピタル・フライト

全記事表示リンク
目次のページを表示

株式関連 株 コメント一覧

  • 投資部門別 現物先物 時系列表

  • 投資部門別売買状況 時系列グラフ

  • 3月第3週 株 コメント

  • 3月第2週 株 コメント

  • 3月第1週 株 コメント

  • 2月第4週 株 コメント

  • 2月第3週 株 コメント

  • 2月第2週 株 コメント

  • 2月第1週 株 コメント

  • 1月第4週 株 コメント

  • 1月第3週 株 コメント

  • 1月第2週 株 コメント

  • 1月第1週 株 コメント

  • 2016年 年間 株 コメント

  • 12月第4週 株 コメント

  • 12月第3週 株 コメント

  • 12月第2週 株 コメント

  • 12月第1週 株 コメント

  • 11月第5週 株 コメント

  • 11月第4週 株 コメント

  • 投資部門別売買状況アノマリー

  • 日本株 株式分布状況調査

  • 日銀資金循環統計 株グラフと表

  • 日銀資金循環統計 株 コメント

  • 株式先物投資部門別売買状況

  • 大手証券 先物建玉推移 グラフ

  • 海外投資家の株式買い越し金額

  • 日経レバETF 先物保有建玉枚数

  • 世界の株価 国別 長期推移

  • 最新記事
    カテゴリ
    最新コメント
    Twitterを表示
    経済指標が意味するところを解説
    FC2カウンター
    最新トラックバック
    検索フォーム
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    RSSリンクの表示
    Web Analytics