製造業の衰退と加速化する海外への技術流出

前回、指摘したように、日本の製造業、特に電気機械産業は、労働生産性を大幅に上昇させているにも関わらず、製品価格の低下のため、弱体化しつつあることを指摘した。今回も、同様の内容を、異なる角度から述べてみたいと思う。

現在の日本企業の技術力は、諸外国に比べて、高いのか、低いのか。それを客観的に示す指標は存在しない。ここでは、ネット上で入手可能な、企業の特許の出願、取得の件数や特許資産を代理変数として、日本企業の技術力のレベルを調べることにする。

最初に、2012年の年間において、日本国内において取得された特許の企業ランキングを見ることにする。


日本特許取得
出所 IP Force

ランキングの第一位はパナソニック。表に示した20位までは、すべて日本企業である。外資系企業では、アメリカのクアルコムが25番目に位置しているのが最高である。

登録された特許の数に加え、パテント・リザルト社という会社が、独自の手法で特許の質の評価を加え、特許資産として算出されたランキングを示す。


日本特許資産
出所 パテント・リザルト社 

最初の表の特許取得の時期は、2012年、パテント・リザルト社が質の評価の対象とした特許の登録時期は、2011年度であるので、対象期間は異なる。ただ、全体の傾向としては、似たような傾向を示している。

次に、2012年の年間において、アメリカで取得された特許の企業ランキングを見ることにする。


アメリカ特許取得
出所 IFI CLAIMS

日本と同様に、取得された特許の数に加え、パテント・リザルト社による質の評価を加え、特許資産として算出されたランキングを示す。

アメリカ特許資産
出所 パテント・リザルト社

セイコーエプソンの特許の質が良いらしく、10位に位置している。その結果、アメリカの特許ランキングにおいて、上位10社中に、日本企業は、特許の取得件数では4社、特許資産では5社が入っている。パテント・リザルト社による評価によれば、日本企業は、価値をあまり生まない質の悪い特許を多数取得し、件数だけをかせいでいるという認識は間違いであり、中身も伴った質の良い特許を、アメリカで多数、取得していることになる。

次に、WIPOに出願された特許の企業ランキングを見ることにする。WIPOは、World Intellectual Property Organization(世界知的所有権機関)の略である。


世界特許出願
出所 WIPO 

上位10社の中には、日本企業は3社しか入っていない。しかし、上位30社まで広げると、14社がランキングに入っている。

次に、ヨーロッパ特許庁に出願された特許の企業ランキングを見ることにする。


ヨーロッパ特許出願
出所 ヨーロッパ特許庁

ヨーロッパで出願された特許のランキングなので、アメリカのランキングよりも、ヨーロッパの企業が健闘している。日本企業は、上位10社中では三菱電機だけの1社であるが、上位30社まで広げると、9社を占める。

以上の特許の出願、取得、資産のランキグを見ると、日本企業は、世界においても、相当、健闘していると評価できる。ランキングの上位に占める企業の数は、アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国との比較でも、多い方である。パテント・リザルト社の評価では、日本企業がアメリカで取得した特許の質は、その量を上回っている。ランキングの上位に出てくる企業は、日本企業以外では、多額の利益を稼いでいる、各国を代表するエクセレントカンパニーばかりある。そしてランキングの上位を占める企業は、電気機械メーカーの数が圧倒的に多い。これは、現在の技術革新が、電気機械関係に偏っていることを示す。学術論文の数の上位は、バイオ・医薬品関係が多い。将来、バイオ・医薬品関係の企業が、特許のランキングに数多く登場する時代が、いずれは訪れるであろう。しかし、現時点で、製品開発に直結する特許の数では、電気機械が圧倒的な数を占めている。その中でも多数の上位を占めている企業は、日本企業である。

このように特許という指標に関しては、日本企業の力は依然として強く、海外のライバル企業に劣っていない。もちろん、特許=技術力ではないが、特許と技術力、そして技術力と収益力の間に正の相関関係があることは、正常な姿だと思う。

ところが、日本企業に限ってはそのような正の相関が見られない。特許の出願、取得、資産の面で見て、日本一の企業は、パナソニックである。しかし、2011年度、2012年度の決算によると、パナソニックは、原発事故を起こした東京電力と並んで、日本一の大赤字企業である。特許の出願、取得、資産が比較的多いシャープも、パナソニックに次いで赤字が大きい。どれだけ発明をして特許を取得しても、企業収益に全くといっていいほど結びついていない。

ここから後は、今まで何度も繰り返し書いてきた私の持論であるが、世の中では、ほとんど広まっていない考え方なので、何度も繰り返させてもらう。

日本企業の技術力は高いかもしれない。しかし、日本は、周辺のアジア諸国の中で、最も賃金の高い国である。日本周辺には、日本より賃金の安い国がたくさんあり、かつ、教育面、社会インフラ面などで日本に引けをとらない国も増えてきた。従って、日本企業が、賃金の高い日本国内でモノを生産するといった発想自体が、すでに誤りなのである。日本企業は、生産拠点を、賃金の高い日本国内から、賃金の安いアジア諸国に移すべきである。日本企業の技術力とアジア諸国の低賃金が合体したならば、世界で最も競争力のある企業になるであろう。当然、日本企業の利益水準も高まる。そして、日本国内は、脱工業化をはかり、サービス産業で経済成長をはかるべきである、といった主張をする人が増えつつある。

今後、日本は、一部のサービス産業の振興に力を入れる必要はある。ソフトウエア、国際金融などの高付加価値のサービス産業を発展させることができれば望ましい。しかし、国により、得意な産業、苦手な産業があることは間違いない。日本の過去のソフトウエア、国際金融の変遷を見る限り、日本のソフトウエア、国際金融が、世界を制するようになることは、残念ながら想像しにくい。そしてまた、ソフトウエア、国際金融は、アメリカやイギリスの経済の一部を占めるに過ぎない。ソフトウエアと国際金融だけの成長が、日本経済全体の成長に大きく貢献することは、やはり困難なのである。

今後、日本国内で間違いなく成長していく産業は、医療、介護産業である。しかし、医療、介護産業は、税金や保険料で支えられている寄生産業である。他の産業で稼いで、税金、保険料を捻出して、初めて産業として成立する。他の産業、すなわち基幹産業が成長しなければ、医療、介護産業も成長することはできない。医療・介護産業を、効率化により、税金、保険料の投入金額を抑制することに全力を上げる必要がある。医療、介護産業は、成長率を高めるのではなく、成長率を抑制しなければならない。製造業に属するバイオ・医薬品産業、医療機械産業は別である。

このように考えると、医療、介護産業に支払う、税金、保険料を捻出することのできる最も重要な日本の基幹産業は、依然として製造業が中心にならざるをえない。しかし、賃金の高い日本で、今後も製造業は成り立つのであろうか。

日本の賃金は、周辺のアジア諸国と比べて確かに高い。なぜ高いのであろうか。一つは、経済の発展段階の差としての賃金格差である。日本経済がアジアで一番発展しているのであれば、賃金が一番高くて当然となる。日本の多数派は、ここで、考えが止まるのである。私は、経済の発展段階の差としての賃金格差は、全体の賃金格差の約半分を占めるだけであると考えている。残りの約半分は、日本周辺のアジア諸国の、国家介入による自国通貨安誘導政策の結果であると考えている。日本周辺のアジア諸国が、そろって実施してきた自国通貨安誘導政策=為替操作=近隣窮乏化政策は、日本周辺のアジア諸国の経済成長率を引き上げるのに大きく貢献し、大成功した政策であった。そして、その代わりに、アジアでただ一つの国を大変な窮乏化に導いた。その国が、日本である。

自国通貨安誘導政策を最初に実施したのは、鄧小平が改革、開放政策を始めた中国であり、1979年がスタートの年であった(*1)。その他のアジア諸国においては、1997年のアジア通貨危機が大きなきっかけとなった。アジア通貨危機の原因は、アジアの企業が、外国から巨額の借金をしておきながら、外貨準備が少なかったことが、通貨危機発生の原因であった。この危機以降、大半の日本周辺のアジア諸国は、政府、中央銀行が、巨額の介入を実施し、外貨準備を積み上げる努力を重ねた。巨額の介入による自国通貨売り、外貨買いの操作の継続は、必然的に日本周辺のアジア諸国の通貨価値を割安に誘導、維持する結果を招いた(*2)(*3)。その割安な通貨価値の結果としての低賃金を武器にして、日本周辺のアジア諸国は、日本から、雇用と技術の結合した工場を導入することに成功した。1990年代のバブル崩壊の傷が治りつつあった日本は、2000年代に入って、今度は、産業の空洞化という現象に苦しめられることになった。中でも大きく苦しめられ、崩壊しつつある産業は、電気機械産業である。先に述べた通り、電気機械産業は、技術革新が一番早く、将来性のある産業である。日本周辺のアジア諸国の政府は、電気機械産業の育成に最も力を入れていた。日本周辺のアジア諸国で電気機械産業が比較優位を占めると、その結果として、日本においては、電気機械産業が比較劣位の産業に転落することは、必然なのである(*4)。こうして日本からアジア諸国へと、雇用と技術が怒涛のごとく流れて行った。日本は、多くのアジア諸国に対して貿易黒字を維持していたので、空洞化は悪ではないとの主張も見られた。しかし、2013年の時点で考えてみると、日本の製造業、特に電機機械産業は、壊滅的な大打撃を受けている。超円高・アジア通貨安の進行は、最初に日本国内で比較劣位にある産業に打撃を与えるからだ。過去十数年間の日本の衰退と日本周辺のアジア諸国の目覚ましい成長は、自国通貨安誘導政策がどれほど大きな近隣窮乏化政策になるかを、見事に証明している。

パナソニックとシャープは、世界でも最も多くの特許を保有し、技術レベルが高い水準を維持している企業に属している。しかし、その技術を使って、大きな工場を作り、生産する財務的な余力が、もはやなくなっている。最近のこの2社の戦略は、成長著しいアジア諸国の企業に技術を提供し、少しばかりのライセンス収入を獲得する方向に変わりつつあるようにも見える。日本企業から生産委託を受けていたアジアの企業が、技術を十分に吸収した後、日本企業から独立をはかるケースも増えている。日本企業がリストラした技術者のうち、優秀な人たちは、アジアのライバル企業に再就職し、日本からアジアへの技術流出に大きく貢献している。技術力のすぐれた日本企業が超円高が原因で価格競争に敗れ、優秀な技術者たちが、技術力の劣ったアジアのライバル企業企業に移っていく、こうした日本にとって、とてつもなく大きな損失を、残念ながら、既存の経済学は考慮に入れていない。日本企業がボロボロになるにつれて、アジア諸国への技術の流出は、むしろ増えているが、その巨額な損失金額を、経済学的に計算することができない。

私は基本的には市場の力を信じ、政府の市場への介入は、最小限にとどめるべきだと考えている。しかし、現在の日本の製造業、特に電気機械産業が置かれている悲惨な状況や、技術流出の巨額な損失を考慮すると、国家の支援を受けたアジアのライバル企業に対して、日本企業が単独で勝ち抜くことは不可能であると痛感する。市場まかせにしていたならば、日本の製造業の崩壊が加速化するばかりである。日本の製造業を救うためには、政府による市場へのある程度の介入は、やむをえないことであると考える。最低限、日本円と日本周辺のアジア諸国との通貨価値の格差は、なくすべきである。ただ、経済の発展段階に差がある場合、購買力平価は成立せず、理論的に妥当な為替レートを求めることは容易なことではない。それでも、妥当な為替レートは、現在よりも、円安アジア通貨高であることは、間違いない。昨年11月以降の超円高の是正だけでは、全く不十分なのである。

前回提案した、1ドル=200円までの円安誘導政策、前々回提案した、産業革新機構の活用策は、こうした文脈の中で考え出されたアイデアである。たとえ、このような対策が打ち出されたとしても、産業の空洞化自体は、続くのである。現時点でも、アジアには、賃金が日本の半分以下の国がたくさん存在するからだ。ただ、空洞化の速度は低下し、日本国内の製造業が再生する余地が出てくる。日本国内の製造業の再生無くして、日本経済の復活はない。日本経済の復活なくして、日本が人口減少、超少子高齢化社会を生き延びることはできないのである。

関連記事
中国の経済成長と人民元安誘導政策(*1)
購買力平価から見た円相場 対アジア諸国(IMF)(*2)
超円高の原因と産業の空洞化(*3)
パナソニック大赤字の真の原因(*4)

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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円高による日本衰退

アベノミクスは遅かった。成功するか分からない。
民主党政権は日本には致命的だったようだ。いまだに、あんな亡国党が得票率10パーセント以上とるとは???。
もはや、日本国は高齢化し、単独で中国に対抗する力は残されていない。
希望はTPPに入ること。しばらくだけ、日本の衰退は止まるだろう。
日本企業は世界・米国を目指してもらいたい。日本発ブランドを自由な世界に残してもらいたい。

No title

>日本国内の製造業の再生無くして、日本経済の復活はない。日本経済の復活なくして、日本が人口減少、超少子高齢化社会を生き延びることはできないのである。

まさしく、正論。しかし、「それなりの」回復が現れては消え、消えては現れる、そんなところかと思います。
1ドル=200円までの円安誘導政策、確かにおもしろいが、それは事実上不可能。1ドル=150円、1ドル=50円の可能性、どちらの確率が高いかと尋ねられたら、50円と答える。それだけ、アメリカが病んでいると、個人的には考えるからです。
さらに、少子高齢化、人口減少の日本、この人口動態こそ円を強くしてしまう理由です。高齢化が進むアメリカにおいても、人口は増えている。普通に考えて、通貨供給量を絞ってもおかしくはない日本と、通貨供給量を増やさなくてはならないアメリカでは、為替レ-トは円高ドル安が避けられない。
少子高齢化で先行きに不安のある日本円は安くなるというような誤解がまかり通っているようですが、為替取引とはあくまでカネとカネの交換に過ぎませんから、実体経済に流れ込むおカネの少なくなる円と多くなるドルではお話しにはなりません。
その意味で、ドル建て資産の売り持ち、ドル建て負債の積み増しが、細りゆく日本経済にとって、唯一の富をもたらすことになると疑いません。

アメリカ経済は弱くはない

アメリカ経済についての見解の相違だと思います。
私は、アメリカ経済は強いとは思いませんが、日本と比較すればベターだと考えています。
過去の政策は日本より正しく、シェール革命の好影響はジワジワと及んでくるでしょう。
下記の一部を参考にしていただきたい。
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-83.html

No title

>アメリカ経済は弱くはない

為替レートに対して、たとえば「為替は国力を表すはずだ。少子化で衰退していく国の通貨が上昇するのはおかしい」というような誤解を持たれることがある。しかし、為替レートというのは基本的に2つの通貨の交換価値に過ぎず、長期的には購買力平価に沿った動きになる。インフレ率が高ければ通貨の価値が下がり、インフレ率が低ければ上がる。そして、長期的にはそれが為替レートに反映される。基本的に為替レートは単純にカネの交換レートに過ぎないため、為替が国力を表したり、成長率が高い通貨が買われたりすると言うのは幻想である。
アメリカ経済は弱くはない、そんなことは為替レ-トに一過性の影響を与えたとしても、いずれは実力値に戻される。誤解無きよう。
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