生産性上昇の手段 キャピタルフライトによる円安誘導

以前(*1)、日本の労働生産性の上昇率が低下してきたメカニズムを説明した。今回は、日本の労働生産性の上昇率低下要因を、アメリカと比較する形でもう一度説明する。そして、日本の労働生産性の上昇率を再び引き上げる具体的な手段について、最後に述べることにする。

日本の労働生産性と雇用
『(注)分類が、2001年-2004年までは運輸・通信業であったものが、2005年-2011年には運輸業と情報通信産業に分かれた。そのため、運輸・通信業だけは途中に断絶があり、情報産業の分は、2011年の数値から抜け落ちている。』

上記の表で示したように、日本の産業の中で、2001年-2011年の11年間に、就業者(今後は、アメリカ流に自営業者をセルフ・エムプロイメントと考え、雇用者という言葉を使う。)1人当たり実質GDP、すなわち労働生産性が最も大幅に上昇した業種は、「産業 製造業 電気機械」であった。この業種の生産性の上昇率は、11年間に+313.8%と2位以下を大きく引き離して、ダントツの一位であった。そして、生産性が上昇している業種は、製造業が多く、生産性が低下している業種は、第三次産業が多かった。11年間に、日本は、生産性の上昇率が高い製造業から、生産性が低下する第三次産業へと、大規模に雇用を移動させてきた。こうした産業間での雇用の大移動は、日本経済の労働生産性の上昇率の低下に、大変大きな貢献をしてきたのであった。

一般的には、日本には雇用に関する規制が多く、その結果、労働生産性の上昇率の低い企業から、生産性の上昇率の高い企業への雇用の移動が妨げられている、従って、雇用の規制緩和を推進し、労働市場の流動化をはかり、生産性の上昇率の低い企業から、生産性の上昇率の高い企業へと雇用の移動を促し、経済全体の生産性の上昇率を高めるべきである、といった意見がよく聞かれる。

上記のような考え方は、統計をきちんと観察すれば、全くの誤りであることが分かる。現在の日本経済にとって、取り組まなければならない最も重要な政策は、労働生産性の上昇率の高い業種から、労働生産性が低下する業種への大規模な雇用の移動を食い止めることである。そして、労働生産性が低下する業種から、労働生産性の上昇率の高い業種へと、雇用の移動の流れを逆転させることが必要である。

こうした、労働生産性の上昇率の高い業種から、労働生産性が低下する業種への雇用の移動は、日本特有の現象ではない。アメリカおいても、類似の現象が発生していることが確認できる。

日本よりアメリカの統計の方が、産業の業種分類が細かく、一見しただけでは、わかりにくい。ここでは、わかりにくさを承知の上、アメリカの業種を細かく分類した大きな表を掲載する。


アメリカの労働生産性と雇用

アメリカでの労働生産性の上昇率トップは、「コンピューター電気機械」である。アメリカの場合、トップの「コンピューター電気機械」に第14位の「電気機械器具、部品」を加えた分類が、日本でトップの「電気機械」に近い分類となる。つまり、日米ともに、労働生産性の上昇率トップは、電気機械産業である。これは、製品の性能向上が著しく、その性能向上分を、デフレーターの低下で現わしているという要因も大きい。そして、日米ともに、生産性の上昇率の高い業種から、生産性上昇率の低い、あるいは低下する業種へと、雇用が大規模に移動している。こうした雇用の移動は、日米共通の現象である。日米間の相違は、日本の場合、雇用の移動先の多くが、生産性の上昇率が低下している業種であるが、アメリカの場合、雇用の移動先の多くが、生産性の上昇率が低い業種であることだ。結果として、11年間の労働生産性の上昇率は、日本が、+7.7%、アメリカが+18.3%と、アメリカの上昇率が、日本を上回っている。

業種ごとの労働生産性の上昇率と雇用者数の変化だけではなく、GDPの変化を加えた表を、下記に記す。


日本の労働生産性とGDP

アメリカの労働生産性とGDP

上記の表から、日米ともに、労働生産性の上昇率の高い業種よりも、生産性の上昇率が低い業種の方が、デフレーターの上昇率が高く、その結果、名目GDPの上昇率も高くなりやすい傾向があることが読み取れる(日本の場合、一見しただけでは明確ではないが、生産性の上昇率の高い上位13社の名目GDPの上昇率平均は-15.9%、生産性の上昇率の低い下位13社の名目GDPの上昇率平均は-13.8%であり、生産性の上昇率の低い業種の方が、若干であるが、名目GDPの低下率が小さい)。名目GDPを乱暴に単純化すると、賃金と利益の合計値に等しくなる。従って、企業レベルで考えるのならば、生産性の上昇率の高い業種より、生産性の上昇率の低い業種の方が、製品価格が上がりやすく、利益を増やしやすいということになる。ただ、この理論は、ミクロレベルでは正しいが、マクロレベルでは正しくない。生産性の上昇率の低い業種の製品価格が上がりやすく、利益を増やしやすい理由は、生産性の上昇率が高い業種の企業からの富の移転が存在するからである。生産性の上昇率が高い業種の企業が弱体化すると、生産性の上昇率が低い業種の企業も同時に弱体化してしまう。生産性の上昇率の低い業種は、日本よりアメリカの方が名目GDPの成長率が高い。これは、日本よりアメリカの方が、生産性の上昇率が高い業種の名目GDPの上昇率が高いからである。

日本で労働生産性の上昇率が一番高かった「電気機械」は、11年間に生産性を313.8%上昇させ、実質GDPを210.1%上昇させたが、デフレーターが71.9%低下したため、名目GDPは23.4%低下した(普通は、名目GDP=デフレーター+実質GDPであるが、業種ごとのGDPの場合、この式は成立しない)。これは、日本の「電気機械」が、爆発的な生産性の上昇にもかかわらず、それ以上に製品価格が低下したため、名目GDPも同時に低下してしまったからである。日本の「電気機械」に属する電機メーカーは、名目GDPが減少した結果、企業収益が赤字に転落し、国内での雇用の大幅な削減を余儀なくされる企業が続出した。それ以外にも、生産性の上昇率が高い大部分の業種の名目GDPの上昇率はマイナスであり、生産性の上昇率が高い企業は、雇用の削減に動かざるを得なかった。生産性の上昇率が高い企業を解雇された雇用者は、最終的には、生産性が低下する「産業 サービス」、「産業 卸売・小売」などの業種へと流れて行った。

日本の場合は、明らかに金融政策に誤りがあった。日本のGDPデフレーターは11年間に-10.2%であったが、アメリカのGDPデフレーターは11年間に+24.9%だった。この差が、国全体の名目GDPの成長率の差に大きく現れている。名目GDPの成長率は、11年間に、日本が-6%%、アメリカが+46.4%と、アメリカが日本を大幅に上回っていた。その結果、生産性の上昇率の高い業種において、日本の企業は利益を減らしやすい環境に置かれ、アメリカの企業は利益を増やしやすい環境に置かれることになった。結果として、日本の生産性の上昇率の高い業種に属する企業は弱体化し、雇用も減らすことになった。

一方、アメリカの場合、金融政策は適切であった。その一方、企業経営の在り方に問題があったと考えられる。先に示した通り、GDPデフレーターについては、アメリカが正常、日本が異常であった。そして、生産性を最も大きく上昇させた「コンピューター電気機械」の名目GDPを、77%も増やすことに成功した。日本の「電気機械」の23.4%のマイナスとは、大違いである。しかし、アメリカの「コンピューター電気機械」に属する企業経営者は、名目GDPの伸びに満足しなかったようである。日本の「電気機械」を上回る37%の雇用者を削減している。それ以外の、生産性の上昇率が高く、名目GDPも上昇してきた業種に属する企業の経営者も、似たような行動をとってきた。つまり、生産性の爆発的な上昇により、企業レベルでは利益が上がっているにもかかわらず、企業利益の最大化のため、国内での雇用を大幅に削減し、生産コストの低い中国やインドなどに企業活動の何割かをオフショアリングしていったのであった。そのために首を切られた雇用者は、国内の生産性の上昇率が低い医療、介護、飲食業などの第三次産業へと移動して行った。アメリカの問題は、企業利益の最大化のために、オフショアリングをやりすぎたという影響が大きかったと思う。オフショアリングというのは、企業にとってはコスト削減になるが、マクロ的に見たならば、アメリカから海外へのGDPの流出になる。グローバライゼーションの負の側面が、アメリカ経済に悪影響を及ぼした。その結果、従来の中産階級の仕事が減少し、生産性の上昇率の低い低賃金の仕事が、主として増加している。結果として、国全体の労働生産性の上昇率低下と所得の格差拡大が進行している。これは、金融政策では解決しきれない構造問題である。しばらくの間、アメリカ経済の実態は、マクロの統計数字が示す以上に、厳しい状態に置かれることになると考える。しかし、アメリカは、移民の流入による人口の増加、シェール革命の進行によるエネルギー価格の低下という恵まれた将来が待ち受けている。中長期的には、アメリカ経済が再活性化する可能性は高いと思う。

何度か書いてきたように、私はインフレターゲット論者ではない。モノのインフレだけではなく、資産インフレ、為替レート、実質GDP成長率などの多くの指標を最適化することが必要であると考えているからだ。現時点で何が一番重要かと問われたらならば、為替レート、すなわち円安誘導が最も重要だと答える。あえて過激な提案をするならば、為替レートを1ドル=100円ではなく、200円までの誘導を目指すべきである。日本の多くの「電気機械」に属するメーカーは、輸出メーカーとしては壊滅寸前である。現在の政策の延長線上では、ソニー、パナソニック、シャープは、企業としては生き残るであろう。しかし、10年後の姿は、社内に小規模な生産部門を抱えた、輸入商社へと変身している可能性が高い。また、老舗の大手電機メーカーに替わりうる新興の電機メーカーが台頭する姿も見えない。輸入商社に変身しつつある企業を、再び輸出メーカーへと変身させることは、市場原理では不可能である。輸入商社に変身しつつある企業を、再び輸出メーカーへと変身させるためには、多くの政策を動員することが必要である。その中で最も分かりやすい政策が、1ドル=200円までの円安誘導政策である。まず、円高メリット論は、完全な間違いである(*2)。また、1ドル=200円になると、多くの尺度で測った円相場の水準は、円安と判断されるであろう。それでも、BISが発表している長期の実質実効為替レートを使うと、依然として円高と判断される(*3)。ソニー、パナソニック、シャープが、昔のような輸出メーカーに再変身することができるのであれば、業種としての「電気機械」の生産性の急上昇が続く中で、国内での新工場の建設、雇用と輸出の拡大は必至である。「電気機械」以外のメーカーも、同様に国内に新工場を建設し、雇用と輸出を拡大することになる。労働生産性の上昇率の高い業種から、労働生産性が低下する業種への大規模な雇用の移動が止まり、反対に、労働生産性が低下する業種から、労働生産性の上昇率が高い業種へと、大規模な雇用の移動が始まるのである。この結果、日本全体の労働生産性の上昇率が高まり、労働力人口の減少率を上回って、潜在成長率も上昇するのである。アジア周辺の諸国は、大規模介入という手段により、大幅な自国の通貨安誘導に成功している(*4)(*5)。日本の場合、介入は政治的に不可能である。従って、1ドル=200円を実現することは、簡単なことではないが、不可能であるとも言い切れない。日本国内に大量に蓄積された円貨建ての金融資産を、海外の外貨建て資産へと向かわせることができれば良いのである。こうした円貨建て資産から外貨建て資産への大規模な移動は、「キャピタルフライト」と呼ばれることが多い。キャピタルフライトを引き起こすための具体的な手段の一つとして、異次元金融緩和の大幅な拡大は、有力な選択肢の1つになる。キャピタルフライトの発生に成功すれば、1ドル=200円は夢ではなくなる。異次元金融緩和の大幅な拡大の場合、日銀が国債を大量に購入するので、長期金利の上昇率は、小幅なものにとどまるであろう。看板は大規模な金融緩和、しかし、裏では、大規模なキャピタルフライトによる1ドル=200円までの円安誘導を目指すのである。為替介入ではなく、看板通りの金融緩和を続ける限り、欧米諸国も日本を批判しにくい。先に記したように、この案が過激な提案である理由は、2%を上回るインフレ発生などの、痛みを伴う政策であるからだ。しかし、1ドル=200円が現実化した場合、日本経済の成長エンジンの中心部にある電気機械産業、製造業は、壊滅から大幅な成長へと回帰することになる。日本の実質GDP成長率も、確実に上昇するであろう。痛みを大幅に上回る経済成長という果実を獲得する、大変意義のある政策になることは間違いない。

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労働生産性と潜在成長率の低下(*1)
円高メリット論に対する反論(*2)
円の実質実効為替レート 継続する超円高(*3)
購買力平価から見た円相場 対アジア諸国(IMF)(*4)
超円高の原因と産業の空洞化(*5)


テーマ : 経済
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