シャープと日本液晶産業の将来

シャープが中国の中国電子信息産業集団有限公司(CEC)と提携し、中国でIGZOパネルを生産することを発表した(2013年6月27日)。従来のシャープについての報道は、いかにして赤字の発生を食い止め、目先の資金を確保するかについてのものが、ほとんどであった。今回、久々に、守りではなく、攻めについての報道がなされた。現在のシャープは、収益の黒字化の継続や、来年9月の社債の償還までの資金繰りも、ある程度目途が立つようになったのであろう。おそらく、近い将来、倒産や外資の軍門に下る可能性は、多少は低くなったと考えられる。

シャープのCECとの提携は、CECが92%、シャープが8%出資する資本金2800億円の合弁会社を作ることである。そして、シャープのIGZOパネルの製造技術を合弁会社に供与し、そのライセンス料の一部を8%の出資(220億円)に充てる。シャープは、IGZOパネルのライセンス料と、製品の一部の販売から得られる収入、合弁会社の配当金の8%を獲得することができる。一方、CECは、ライセンス料と引き換えにIGZOパネルの技術を獲得し、子会社の工場で製品の製造を行い、自社でも製品の一部を販売し、子会社の配当金の92%を獲得することができる。シャープが受け取る付加価値は、全体の一部であり、付加価値の大部分は、CECが受け取ることになる。合弁会社の設立に、シャープは1銭の金も出さず、資金は全額CEC負担であるので、技術を提供するだけのシャープの取り分が少なくなって当然であろう。これは、事実上、シャープが、門外不出の「ウナギ屋の秘伝のたれ」と考えていたIGZOパネルの技術を、中国の国営企業に、安めの価格で売却することを意味する。この結果、シャープは、企業としては生き残ることができるであろう。しかし、ものづくり産業としての日本の液晶産業は、今後、壊滅へと向かうことになるであろう。

ネット上では、最先端技術を中国企業に譲り渡したシャ-プを非難する声が上がっている。私は、残念だが、シャープに残された道はこれしかなかったと考える。過去の経緯を考えると、シャープが、現在、最先端技術を中国に売らざるをえないような状況に追い込まれていることを理解できるからだ。シャープは、日本の政府・日銀の誤った円高容認政策と、無能な経営者が堺に巨大な液晶工場を作って大赤字になったという誤った世間からの非難のため、国内に大工場を二度と作ることができなくなってしまったのである。

私は、シャープの堺工場への投資は、誤りではなかったと考えている。現に、韓国、台湾のライバル企業は、シャープの何倍もの生産能力を持つ液晶工場を建設している。それらの工場は、黒字か小幅な赤字を生みながら、現在も稼働している。液晶技術では世界一のシャープは、本来なら、大量の液晶テレビを生産販売していてもおかしくはなかったのである。しかし、2010年に堺工場がフル稼働してからも、シャープの海外での液晶テレビの販売不振は続き、2011年3月に国内の地デジ特需が消えると、国内販売も減少した。そのため、堺工場では、在庫が積み上がり、生産数量も大きく減少した。このようになった理由は、韓国、台湾の企業が販売する液晶テレビと同じ価格でシャープが液晶テレビを販売した場合、シャープには確実に赤字が発生するからであった。堺工場の生産コストが、韓国、台湾のライバル企業より高かったのである。しかし、第10世代という世界で最新の技術を使い、生産性の高い堺工場の生産コストが、旧式の工場より高くなる方がおかしいのである。生産コストが高くなったのは、リーマンショック後、超円高・韓国ウォン・台湾ドル安が進行した結果である。そして、為替レートがそのように動いた理由は、日本の政府・日銀の誤った円高容認政策と、韓国、台湾の自国通貨安誘導政策、最近よく使用される言葉を使えば、為替操作があったからである。無能であるのはシャープの経営陣ではなく、日本の政府・日銀であった。シャープの経営陣の犯した数多くの失敗は、何度も繰り返し報道されてきた。しかし、シャープの経営陣がどんなに優秀であったとしても、結果はあまり変わらなかったと思う。リーマンショック後の超円高により、日本の大半の輸出企業は損害を受けた。シャープをはじめとする日本の電気機械産業は、国内において比較劣位(韓国、台湾の電気機械産業は国内で最強であり、比較優位を持つが、日本の電気機械産業は輸送機械産業、一般機械産業と優劣の差は無く、国内で最強とは言えないため、比較劣位となる)に位置していたので、円高の打撃を最も大きく受けただけであるからだ。


購買力平価で見た東アジア諸国の通貨の割高・割安度合い

上記のグラフが示すように、韓国、台湾の通貨の為替レートは、IMFの購買力平価で見ると、日本円より常に大幅に安い状態が続いている。本来なら、バラッサ・サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)と言って、途上国から先進国へと経済成長を遂げるにつれて、通貨価値が上昇する傾向が見られるのである。その具体例は、日本円であり、1971年の1ドル=360円から現在までに、大幅な円高となっている。しかし、韓国、台湾の通貨は、経済成長と共に、通貨価値が上昇することはなかった。

購買力平価で見た超円高の原因

上記の表で示すように、韓国、台湾の外貨準備の対GDP比率を見ると、日本を大幅に上回っている。その理由は、韓国、台湾の政府・中央銀行が、大量の自国通貨売り外国通貨買い介入を長年行ってきたからである。韓国は、1997年のアジア通貨危機と2008年のリーマンショックの時、通貨ウォンが投機筋に大規模にカラ売りされ、大幅な通貨安となった。その時、韓国の政府・中央銀行は、外国通貨売り・ウォン買い介入を行った。しかし、それ以外の期間において、韓国の政府・中央銀行は、スムージングオペレーションと称して、大規模な外国通貨買い・ウォン売り介入を実施し、ウォンレートが上昇する速度を最低限に抑制してきた。台湾はもっと露骨であり、台湾中央銀行がより大規模な外国通貨買い・台湾ドル売り介入を実施し、自国の通貨価値の上昇を抑えてきた。そのため、外貨準備の対GDP比率は85%と、日本の比率の約4倍もある。一方、購買力平価ベースの一人当たりGDPは、台湾は日本を少し上回っており、韓国は日本を少し下回っている。先に示したバラッサ・サミュエルソン効果によると、経済成長が進むにつれて、その国の通貨価値は上昇するのが普通である。従って、購買力平価ベースの一人当たりGDPに大きな差のない日本と韓国、台湾の通貨価値に、ここまで大きな格差が生じた理由は、韓国、台湾の政府・中央銀行による長期間かつ大規模な為替操作の結果、韓国、台湾の通貨価値の上昇が抑えられ続けてきたからである。本来、日本と等価であってもおかしくない韓国、台湾の通貨価値は、為替操作によって、日本より大幅に低い水準に押しとどめられていたのである。

リーマンショック前の2007年には、韓国ウォンの購買力平価は対円で20%安、台湾ドルの購買力平価は対円で46%安と、両国の通貨は、割安度合いが若干減少していた。つまり、2007年の時点においてさえ、韓国ウォン、台湾ドルの価値は、日本円よりも割安に操作されていたのであった。この時期を、超円安、円安バブルと表現するエコノミストがいるが、誤った理解である。当時ですら、少なくとも、韓国ウォン、台湾ドルに対して、円は割高であったのである。本来は、韓国ウォンも、台湾ドルも、その後、日本円と等価の方向に向かうべきであった。それが、リーマンショック後に、日本の政府・日銀の誤った円高容認政策と、先に示した韓国、台湾の政府・中央銀行による為替操作により、2012年には、韓国ウォンの購買力平価は対円で44%安、台湾ドルの購買力平価は対円で59%安と、超円高・韓国ウォン・台湾ドル安の状態に戻ってしまったのである。

「液晶はコモディティ化した」とよく言われる。コモディティ化する製品を作ろうとすること自体が、そもそも大間違いであるという意見は多い。私は、コモディティ化の定義を2種類に分けて考えるべきだと思う。1つは、ライバル企業が韓国、台湾である製品である。液晶がその代表である。この場合、日本が価格競争に勝てない理由は、日本の政府・日銀の誤った円高容認政策と韓国、台湾の政府・中央銀行による為替操作が原因である。日本の政府・日銀が、超円高・韓国ウォン・台湾ドル安の進行を阻止していたならば、液晶価格は下落したとしても、シャープを中心とする日本勢は、韓国、台湾勢に、価格面で負けなかったはずである。この場合、コモディティ化で大赤字を出す企業は、おそらく、韓国か台湾の技術力の劣った企業であったであろう。コモディティ化したとしても、日本企業は赤字に陥らないはずであるから、その製品の生産を続けるべきである。シャープの液晶テレビは、価格は下がったとしても、利益を上げることができたはずであるのだ。

もう1つのコモディティ化は、ライバル企業が中国企業である場合だ。最初に示したグラフを見て分かるように、中国人民元の為替レートも、対円で大幅に安く推移してきた。中国も、韓国、台湾と同様に、為替操作を行ってきたのである。しかし、中国の場合、人民元の為替操作がなかったとしても、経済の発展段階の差としての賃金格差は残る。製品価格が下落し、原因が中国企業の製品である場合、日本国内で製造された製品は、品質に大きな差が無い限り、中国との価格競争に勝つことは難しい。中国企業が先導した結果、コモディティ化するいくつかの製品は、日本は製造を放棄するしかない。日本国内の携帯電話、スマホの製造工場は、現在、続々と閉鎖されつつあるが、これはあきらめるしかない。アップルが中国で、サムスンがベトナムで大量生産する製品に、メイド・イン・ジャパンの製品が打ち勝つことは、大変困難である。

シャープは、IGZOパネルという業界最先端の技術を保有している。理想論を言えば、政府が産業革新機構を通して2800億円の資金を用意し、シャープと合弁会社を作り、その合弁会社に92%出資し、残りの8%をシャープに融資し、その融資を原資として、シャープが合弁会社に8%出資すべきであった。そして、その合弁会社が、日本国内に工場を作るのである。そうすれば、日本国内での設備投資が増加し、雇用も増え、技術の海外流出も防ぐことができたはずである。これは、設備投資の拡大につながり、第三の矢である成長戦略の一部を形成することになっていたであろう。しかし、それは、夢の話である。

まず、世論の多数が、シャープの大赤字の原因は、経営者が無能であったことであると考えており、そのような無能な経営者が経営する会社に、2800億円もの資金を政府が出すことは全くおかしい、という批判が必ず出てくる。加えて、市場原理主義者たちは、シャープの経営者が有能、無能にかかわりなく、民間企業の設備投資に政府が金を出すという発想自体がおかしい、と批判したであろう。経済産業省は、背後でシャープを支援していたが、そうした批判を恐れて、シャープに対して、日本国内に工場を建ててもらうという産業政策を打ち出すことができな
かったと考える。

その結果、シャープは、日本政府に頼ることができず、その代わりに中国政府が100%出資するCECという会社に頼ることを決断した。IGZOパネルの技術を、事実上、売却するような決断であるが、IGZOパネルの技術が陳腐化すれば、宝の持ち腐れとなるので、売るなら早めに決断した方がよいとの判断であろう。日本経済新聞の解説によると、CECは、中国政府がIT戦略の中核企業と位置付けている会社だそうだ。中国のIGZOパネル製造工場は、日本の先端技術と中国のコスト競争力の合体した、大変競争力の強い工場となることは間違いない。韓国、台湾のライバル企業は、従来、小型液晶を国内で生産していた。しかし、この日中連合に勝つためには、小型液晶の工場を中国に移して、安く生産するしか方法がない。今後は、大型液晶と同様に小型液晶においても、中国に製造工場が続々と建設されることになるであろう。現在、小型液晶の世界最大手であるジャパンディスプレイは、日本の国営企業であるが、ブレークスルー(技術の飛躍的な進歩)がない限り、日本国内生産では価格競争力を失う。ジャパンディスプレイは、ライバル他社と同様に、工場を中国に移すしか生き残る方法がなくなる。

現在、中国では、テレビ用の大型の液晶パネル製造工場が続々と稼働し始めている。CECの別の子会社は、台湾企業との合弁で、堺工場と同じ第10世代の工場を建設中である。そうした工場が稼働し、歩留まり率が高まれば、従来は、60インチ以上の大型液晶パネルの製造については価格競争力を保持していた堺工場も、競争力を失う。シャープとしては、そうなるまでに、1枚でも多くの大型液晶パネルを作って販売し、投下資本を回収するしか手の打ちようがない。遠くない将来、シャープ、ジャパンディスプレイ、パナソニックの日本国内の液晶工場は、すべて閉鎖に追い込まれ、その一部が、中国へと移転することになるであろう。日本国内のものづくり産業としての液晶産業は、壊滅する可能性が高い。

現在、技術革新は、様々な分野で進行しているが、目に見えるほど速い技術革新は、エレクトロニクス、電気機械産業の分野に集中している。iPS細胞を使った治療技術が進歩し、実際に多くの分野で治療法として確立し、その市場規模が大きなものとなるまで、まだ10年単位の時間が必要であろう。足元で急速な技術革新が起こっている分野は、IT、デジタル家電などのエレクトロニクス、電気機械産業の分野が中心である。日本の悲劇は、いくつかの産業で資金は余っていても、技術革新の速度が遅いのでめぼしい投資先が少なく、資金が企業に積み上がるという現象が起こっている。一方、電気機械産業では、技術革新の速度が速く、潜在的な投資需要は非常に大きい。しかし、資金が大幅に不足していること、依然として円が割高であること、超円高の再発に対する不安があることなどにより、投下資本が回収できるか、経営陣は自信が持てないのである。加えて、次に失敗した場合、再び袋叩きに会うことは確実である。結果として、日本で開発された優秀な電気機械産業の製品は、日本企業の中国工場で生産されるか、中国のEMSに生産を委託されるか、中国企業に技術を売却するなどの形を取る結果、日本国内での設備投資に回らない可能性が高い。その結果、日本の技術革新の果実の大半は、技術レベルの水準がまだ低い中国が受け取ることになる。こうした最も技術革新の速度の速い日本国内の電気機械産業の空洞化現象は、日本経済の潜在成長率の低下に、大変大きく寄与する。脱工業化社会を唱える人は増えているが、脱工業化社会は、現段階では、まだ夢である。夢が現実化するまで、相当な時間がかかるか、永遠に来ないかもしれない。現時点においては、現存の製造業を成長発展させるしか手段はない。

日本の技術革新の果実の多くを、従来以上に中国が受け取る構造が強まることが良いはずがない。日本の技術革新の果実を日本自身が受け取ることのできる構造へと、日本経済の構造を再び転換させることが必要である。日本のものづくり産業としての液晶産業は、いずれ壊滅するであろう。今後は、壊滅するものづくり産業を、可能な限り少なくなるようにする必要がある。日本の電気機械産業の没落の原因は、企業経営に問題があったからではなく、超円高・韓国ウォン・台湾ドル安が原因であったものが多い。超円高・韓国ウォン・台湾ドル安の原因は、日本の政府・日銀の誤った円高容認政策と、韓国、台湾の政府・中央銀行による為替操作が原因であった。超円高によって、日本の電気機械産業は、取り返しのつかない大損害を被った。二度と円高に戻すことがあってはならず、可能な限り円安へと誘導、維持することが、日本の経済成長の前提条件として必要である。電気機械産業が弱体化した原因は、外国の政府・中央銀行による為替操作という市場原理以外の要因が大きく寄与していた。従って、日本政府が産業革新機構などを通じて、電機メーカーに出資、融資の形で援助をすることは、非常事態として許されるべきである。補助金ではなく、出資、融資であるので、プロジェクトが成功したならば、元本+アルファの資金が日本政府に戻り、財政再建にも寄与する。上記のような考え方が日本国内で広まったならば、日本の電機メーカーで何らかのブレークスルーが起これば、政府が援助することにより、新しい工場が、中国ではなく、日本国内で建設されることになるであろう。円安という環境下で、電気機械産業でいくつかのブレークスルーが起こったならば、日本国内での工場建設が増加し、日本の技術革新の果実の多くを、中国ではなく日本自身が受け取ることが可能になる。そうなって初めて、日本の潜在成長率は、再び上方へと移動することが可能になる。日本は、液晶産業で失敗した経験から正しい教訓を学び、日本の製造業を維持し、発展させ、経済成長率の向上を図るべきである。

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テーマ : 経済
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