株式市場のバブル論からヒステリシス論への転換

アベノミックスは、バブルを引き起こし、景気回復を図る政策であると批判されることがある。バブルの結果としての景気回復であるならば、次に発生するバブル崩壊後に、大変痛い目にあることが確実であるからだ。

この意見が正しいならば、諸外国に比べて、日本の株価の上昇率は高すぎることになる。ネット上で世界の長期の株価指数が入手可能なサイトは、Yahoo Finance USAである。そこから取り出すことのできる1984年4月以降の日・米・英の3ヶ国の代表的な株価指数の動きを見ることにする。


日米英の株価の推移

日本の株価の上昇率は、米英と比較して圧倒的に劣っている。日本がバブルであるならば、米英では、いずれもより大きなバブルが発生していることになる。

この他にネットで入手可能な株価データとしては、MSCIが算出する世界各国の株価指数がある。世界中の主要な機関投資家が、株のグローバル運用を行う場合、MSCIの指数をベンチマークとして採用することが一番多い。MSCIの指数は、世界の先進国、新興国を幅広く網羅しており、一番古い指数は、1969年12月から算出されている。MSCIの指数は、ネット上にも掲載されている(クリックして、さらに下から三行目のAGREEをクリック)。しかし、MSCIの指数は、MSCI・バーラ社の重要な知的財産なので、見ることはできても、無許可で転載することができない。従って、グラフをお見せすることはできない。

MSCIの指数で、1984年4月にまでさかのぼってデータが存在する国は、20ヶ国ある。その20ヶ国の1984年4月-2013年5月の株価上昇率を調べると、トップは香港、アメリカが第5位、イギリスが第12位、日本は第20位、すなわち最下位である。また、MSCIの指数が存在する先進国、新興国の43ヶ国の株価指数の大半は、2000年のITバブル崩壊の直前、2007年のアメリカ住宅バブル崩壊の直前、直近、という3つの期間に株価のピ-クをつけている。日本は1989年12月が株価のピークであり、例外に属する。日本の仲間としては、日本よりピークが少し早かったニュージーランド、日本よりピークが少し遅かった台湾があげられる。しかし、ニュージーランド、台湾は、いずれも株の配当利回りが高く、配当を考慮した投資収益率を見ると、日本は、直近がピーク比で大幅なマイナスであるのに対して、ニュージーランド、台湾は、直近がピークである。昨年11月-今年5月の期間、日本の株価は急上昇したわけであるが、世界各国の長期の株価指数の動きと比較すると、今年5月末の日本の株価は、バブルとは正反対であり、世界の中で最も株価低迷が長引いている国であることは、間違いない。

株価の過去最高値からの下落率を見ると、日本よりも、ギリシャを筆頭とするユーロ圏に属する6ヶ国の方が、下落率が大きい。しかし、こうしたユーロ圏諸国の株価下落が継続している期間は、日本より短い。加えて、ユーロ圏諸国は、現在、深刻な景気後退の最中にあるので、景気回復の時期にある日本とは、事情がかなり異なる。

昨年11月ー今年5月の日本の株価上昇を見て、バブルと主張する人たちは、海外の株式市場と比較した場合、日本の株価が、あまりにも長期間低迷し過ぎているという視点が欠けている。同時に、この期間、国内投資家は株を大幅に売り越している。加えて、長期の株価下落が経済全体に及ぼす悪影響を、低く評価しすぎている。一部の金持ちが資産を減らすだけではないことを、後で示す。

1878年に東京株式取引所が設立されて以来、日本経済が最も危機に陥った年は、1945年であった。第二次世界大戦以前の株価は、1943年にピークを打ち、その後下落に転じている。しかし、その時、政府は戦時金融公庫という組織を作り、株価の買い支えを行っていた。そのため、戦局が悪化する中でも、株価の下落はごくわずかであった。3月10日の東京大空襲で、取引所のある兜町近辺も大きな被害を受けた。それでも、3月17日から、終戦直前の8月12日まで、取引所での株の取引は続けられた。その際、戦時金融公庫に加えて、取引所自らが、国家資金を使って、株価の買い支えを実施し、株価の下落を阻止していた。東京大空襲の時点で、日本経済はほとんど崩壊寸前であったと思う。時の政府は、終戦直前まで、株価の下落と株式市場の閉鎖がより大きな経済の混乱をもたらすことを避けるために、株の無制限購入を行い、株価下落を防ぎ、取引所の機能を維持していた。時代は戦時下の統制経済の時期であったが、株式市場が日本経済に占める地位は、現在より低かった。そうした環境下において、株価の下落を阻止し、取引所の機能を維持することは、日本経済にとって、重要な政策だということを、時の政府は理解していたのである。

日本は、1989年以降、23年以上の間、株価は、傾向としては下落し続けている。仮に、こうした状況が将来もずっと続いたと仮定するならば、どのようなことが発生するであろうか。いくつかのシナリオが考えられるが、そのうち、極端であるため、わかりやすい3つのシナリオを取り上げる。一番目のシナリオは、バブル崩壊以降ずっと続いている海外投資家の買い越しvs国内投資家の売り越しのパターンが継続し、日本企業の株の大半が、海外投資家の手に渡ることである。この場合、海外投資家が大株主となった日本企業の何割かは、海外の企業に吸収合併されるか、本社を海外に移し、東証での株式上場を廃止し、海外の取引所で海外の企業として株が売買されることになるであろう。企業の機能も、日本支社に必要なものを除いて、日本から海外へ移転することになる。二番目のシナリオは、いくら買っても株価が上昇しない日本の株式市場に幻滅を感じ、海外投資家が日本株を大量に売り始めることである。この場合、日経平均株価は、スパイラル的に下落することになる。国内投資家が、際限なく下がり続ける株を、いつまでも保有し続けることはできない。その上、株価が際限なく下落した場合、上場廃止基準に抵触し、多くの企業は上場廃止に追い込まれるであろう。上場廃止となった企業の何割かは、投資家が、未上場のまま株を保有し続け、経営を続けるであろう。しかし、残りの企業は、解散させられ、財産を株主に分割して返還され、企業は消滅してしまうであろう。三番目のシナリオは、第二次世界大戦中のように、政府、あるいは、それに準ずる機関が、株の無制限購入を行うことである。この場合、上場企業の大部分の大株主が、実質的には日本国政府になる。株価が反転上昇したとしても、政府が、株を売却する意向を示せば、再び株価は低迷し続けることになる。株価の長期下落が続いた場合、上記の分かりやすい極端な三種類のシナリオが発生する可能性は低いが、三種類のシナリオが様々な組み合わせで混じりあったシナリオが発生する可能性は、高いと思われる。いずれのシナリオが発生しても、日本経済が正常な形で成長する姿は想像できず、日本経済が大打撃を受けることは間違いない。

以前、国内投資家は、株価が上昇すれば、必ず株を売るという行動に出る結果、株価が本当に上がりにくくなる、「株式市場のヒステリシス」(*1)という現象が日本で発生していることを説明した。20年以上、株価が低迷するという環境下においては、株価の戻り局面で株を売るという行動をとることが、株で儲けようとする国内投資家にとっては、必要かつ正しい行動であるからだ。その結果、日本の株価は、本当に上昇しにくくなってしまったのである。前回、記したように、昨年11月第2週以降の27週間の株高局面で、海外投資家の9.9兆円の買いに対して、国内投資家は、それと同金額の株を、過去最高の速度で売却してきた。これは、「株式市場のヒステリシス」が発生していることの明確な証拠である。しかし、それを放置し続ければ、先に示した株価下落のシナリオのように、日本経済が大打撃を受ける道へと進んでいく可能性が生じる。

4月4日に決定された異次元金融緩和は、株価の上昇を維持することも、目的の一つであったはずである。異次元金融緩和が20年前に実施されていたならば、「株式市場のヒステリシス」が発生することを、100%の確率で防ぐことができた。しかし、「株式市場のヒステリシス」が発生し、定着してしまった後において、異次元金融緩和を実施しても、「株式市場のヒステリシス」から抜け出すことが可能であるかどうかは、わからない。前回、異次元金融緩和の結果、日本株に関しても、遠くない将来、国内投資家が株を買い始めると書いた。この場合でも、国内投資家は、株価の下落局面で、株の買い越し金額を増やし、株価の上昇局面で、株の売り越し金額を減らすことまでしか、確実に期待することはできない。株価が戻り高値を更新するためには、依然として、海外投資家の買いが必要になるかもしれない。「株式市場のヒステリシス」から抜け出すことに成功するかどうかは、現時点では明らかではない。

従って、現在の異次元金融緩和だけでは、「株式市場のヒステリシス」から抜け出すことができず、異次元金融緩和の第二弾が必要になるかもしれない。しかし、インフレ率が2%に近付けば、異次元金融緩和の第二弾を発動することができなくなる。それ以外に、「株式市場のヒステリシス」から抜け出す手段として、投資家の株式市場についての認識や理解を変えてもらうという方法がある。現在の日本は、「株式市場のヒステリシス」という、大変重くて危険な病をわずらっているということを、日本の多くの投資家に理解してもらうことである。まず、昨年11月以降、株価が急速に上昇したのは、日銀の金融緩和によって余った資金が株式市場に流れ込み、バブルが発生しているという考え方は、完全に間違っていることを、理解してもらう必要がある。昨年11月以降、国内投資家の資金は、過去最高の速度で株式市場から逃げ出していたのである。直近の株価の水準も、諸外国の株価と比較した場合、非常に低い水準にあることは、先に示した通りである。また、昨年11月以降の株価上昇は、海外投資家が日本株を買っているだけである、と正しく理解している人も増えている。しかし、その理解は正しいけれども、十分な理解ではない。国内投資家が過去最高の速度で株を売却するという、「株式市場のヒステリシス」が発生しており、放置したならば、日本経済が大打撃を受ける可能性があるというところまで、理解を深めてもらう必要がある。

株価というのは、単に、企業収益だけで決定されるものではない。投資家の株式市場に関する現状認識や先行きの予想に大きく左右される。バブル崩壊後、国内投資家は、企業収益が改善し、株価が上昇する局面で、株を大規模に売却し、企業収益が悪化し、株価が下落する局面で、株を小規模に購入してきた。現在直面している大問題が、「株式市場のヒステリシス」であり、放置した場合、日本経済が大打撃を受ける可能性があるという理解が、多くの国内投資家に広まる必要がある。そうなれば、株価が上昇した場合、従来のように簡単に株を売ることを躊躇する国内投資家が増えると思う。「株式市場のヒステリシス」から抜け出すためには、何が必要かを真剣に考える国内投資家が増えると思う。「株価が上がれば株を売る」という国内投資家の凝り固まった行動パターンに変化が生じれば、その時、「株式市場のヒステリシス」から抜け出すことが可能になる道が開けるのである。

「株式市場のヒステリシス」から抜け出すことに成功し、株価の上昇が継続したならば、その時は、景気回復の結果、企業業績は改善し、名目、実質のGDPは増加してくることになる。その段階まで達することができたならば、株価がファンダメンタルズをこえて、さらに上昇するという本物のバブルが発生しないように、株価をコントロールする必要が出てくる。その手段としては、金融引き締め政策への転換ではなく、増税という財政政策を使うことが、正しい政策であると考える。

現時点においては、多くの国内投資家に、現状の認識、理解を、「株式市場のバブル論」から「株式市場のヒステリシス論」へと変えてもらうことが必要である。日本の株価は、上がることが問題なのではなく、上がりにくい強固な構造が出来上がってしまっていることが、真の問題なのである。その認識、理解が広まれば、脱出が困難な「株式市場のヒステリシス」から抜け出す道が、先に見えてくるのである。

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株式投資は魅力に欠けた投機手法に

もはや、株式投資というのは古典的投資手法であり、儲けるには魅力のないものとなっています。
旧くは、たとえば外為法が改正される前には、個人が外貨を持つことができなかった。投機、バクチをしようにも、株売買しかできなかった。だから、株式市場におカネが集まった。
しかし、今はエフエックスなど株式投資よりハイリスクだがハイリタ-ンの狙える手法が確立された。何も株式相場に固執する必要がなくなったわけです。
投資、投機手法は時代とともに移り変わります。魅力のないものは衰退し、魅力のあるものは栄える。いくら時代に逆らおうとしても、それは敗北することになるでしょう。

株からも為替からも手を引く日本の投資家

昨年11月以降、日本の投資家は、日本株を大量に売却しているだけではありません。外国株、外国債券といった為替差損益の出るものも、大量に売却しています。
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-79.html

株も為替もデートレーダーはまだ増えるでしょう。株から為替に移るというよりは、新規の参入者が双方に増えると思います。ただ、デートレーダーが増えても、日々の小さなトレンド形成には大きな影響を及ぼすでしょうが、年単位の大きなトレンド形成には、ほとんど影響を及ぼすことはないと思います。

株安13年周期説

しかし、ここ1年は、株を手放す、売りに回ると思います。
QE3解除観測を機に、マネーのサイクルに綻びが出始めた。リーマンショック後、順調に拡大しているのが新興国向け与信だった。08年3月から約2割増加し、各国中銀の緩和マネーの行き先が新興国に集中したことがよくわかる。新興国向け与信の中でもとりわけ増加が著しいのがアジアと中南米向けである。アジア新興国向けの与信は09年12月末には欧州新興国向けを上回り、そこからさらに5割以上も増加した。
残念ながら、このマネ-逆流が株式相場に悲劇をもたらす。中でも、中国の最近異変は要注意に思える。2013年は、株安13年周期説という、偶然も重なる。

私見

今、新興国の先行きが不安視されている。それらの国の中で、韓国が危ういように思える。
韓国で国有企業の債務が増大し続けている。コリア・ヘラルドによると、韓国の国有企業28社の合計債務残高は2012年末時点で前年比8.7%増の392兆9600億ウォン(約36兆1520億円)で、国の借金445兆2000億ウォンに近づくまでに債務がふくれているという。
そして、ニュ-スの見出しだが、
【韓国】自営業者世帯、7割が債務返済厳しく[金融](06月24日)
【韓国】外貨流出の不安広がる、バーナンキ発言で[金融](06月24日)
【韓国】34.4兆W分の短期外債、流出の危機にも[金融](06月24日)
【韓国】ギャラクシーS4、部品の在庫調整へ[IT](06月24日)
【韓国】IT・家電の内需市場6.5兆W、縮小続く[家電](06月24日)
と、悪いニュ-スが続く。
中国の異変は中国だけに留まらず、韓国あたりはかなり危うい状況に陥ると推測している。あくまで、私見であるが。

今日の大機小機、和悦さん

和悦さんは「外貨の足りないニッポン」で、日本が外貨を稼げなくなったので機関投資家は外債を売りまくったと述べています。
資金の流れから和悦さんの主張には無理がありそうです。先生のご見解は。

いずれにせよ、株高、円安は外人頼みの構図であることには変わりありませんね。

誰もが思う疑問に誰もが答えることができない理由

外国人投資家が日本株を買いまくり、国内投資家が外国債券、外国株式を売りまくる。その際、巨額の円買い外貨売り需要が発生する。その結果、超円高にならず、正反対の円安が進行している。このような誰もが思いつく素朴な疑問に、誰もが正しく答えることができない。それには理由があります。「統計の不備」という問題です。
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