通貨発行益(シニョレッジ)を獲得できない日本銀行

2013年5月29日に、2012年度の日銀の決算が発表された。 (日銀HPより)

日銀決算

昨年後半からの円安により、為替の評価益が拡大し、経常利益は前年比5956億円増の1兆1316億円となった。しかし、外国為替等取引損失引当金を3018億円積み立てたため、当期剰余金は前年比469億円増の5760億円となった。上記の表には書かれていないが、その中から、前年比470億円増の5472億円の国庫納付金が国に納められることになった。この国庫納付金に日銀が支払った
2606億円の法人税を加えた合計8078億円の金額が、通貨発行益(シニョレッジ)とも呼ばれるものの実体である。日本の場合、中央銀行も法人税を支払っているが、中央銀行に法人税が課されず、国庫納付金=通貨発行益となる国もある。また、日本の場合、日銀出資証券の政府保有分に対する配当金も通貨発行益の一部であるが、最近はゼロであり、多い年でも数百万円レベルの金額なので、ここでは無視することにする。

日銀は、通貨発行益の金額が少ない。下記のグラフのように、アメリカのFRBは、日銀よりはるかに多くの国庫納付金(=通貨発行益)を納めている。


通貨発行益


金額ではFRBが日銀を大幅に上回っている。そこで、通貨発行益の対GDP比率を見ることにする。

通貨発行益の対GDP比率

GDPを考慮しても、日銀の通貨発行益の金額は少ない。理由は、日本の金利が全般的に見てアメリカよりも低く、かつ、日銀保有資産の中心が、金利が低く、残存期間が短い国債、貸し出しが中心であったことである。保有金額が大きくても、リスクを嫌って、金利が低い資産を中心に運用して来たからである。加えて、円高が進行すると、わずかばかり保有する外貨建ての保有資産に為替差損が発生し、結果として、通貨発行益の元となる税引前当期剰余金の金額が低迷し続けてきたからである。

一方、アメリカでは、リーマンショック直後、資金がショートし、何もしなければ倒産確実であった多くの金融機関に対して、FRBが直接大量の資金を供給し続けた。しかし、その際の貸出金には、低くはない金利がきちんと付されていたのであった。金融危機が去ると、供給された資金は、次々と返済され続けた。すると今度は、FRBがGSE債や国債という長期で金利も比較的高い資産を大量に購入し続けた。この量的緩和政策に加え、オペレーションツイストという短期債から長期債への乗り換え政策も実施され、金利収入は増加し続けることになった。FRBは、そうして得た巨額の果実を、国庫に納付し続けているのである。リスクを取らない日銀と違って、FRBはリスクを取って、金融危機を早めに終結させ、景気回復を確実なものとしただけではなく、巨額の通貨発行益を獲得し、国家の歳入拡大に貢献してきたのである。

日銀のFRBに対する通貨発行益の少なさは明らかである。しかし、世界にはアメリカの上を行く国がある。以前、台湾の中央銀行が、巨大なバランスシートを維持しながら、経済成長に貢献してきたことを書いた(*1)。台湾中央銀行のHPの中国語サイトには、純利益の項目はあるが、国庫納付金(=通貨発行益)の金額は見つからなかった。しかし、台湾で報道され、日本語に翻訳された週刊東洋経済の中で、台湾中央銀行は、2001年-2010年の10年間に、2兆1000億台湾ドルの国庫納付金を納めていたことが記されている。これは、10年間合計の対GDP比で1.8%である。対GDP比1.8%を同期間の日本にあてはめると、10年間で89兆円、同期間の日銀の通貨発行益(4.9兆円)の18倍である。それだけ巨額の国庫納付金を納め続けることができた理由の一つは、下記に示したバランスシートの大きさである。


BSの対GDP比率

台湾中央銀行は、巨大なバランスシートというリスクを取ってきた。加えて、資産の大部分は、外貨建て資産であり、巨額の為替リスクも取り続けてきた。その結果、台湾ドルは割安に維持され、輸出は伸び、毎年巨額の経常黒字を計上することになった。そして一人当たりの購買力平価ベースでのGDPは日本を上回り、豊かな社会を築くのに成功した。それに加えて、中央銀行の巨額の国庫納付金を通して、国家の歳入増にも貢献してきた。このように書くと、いいことずくめであるように見える。しかし、先に記した週刊東洋経済の記事の表題は、「中央銀行栄え、国滅ぶ台湾、代償大きい最大の公営事業」であり、台湾中央銀行の政策が、国民に豊かさをもたらしていない面が大きいと書かれている。

台湾国民の不満の一番目の原因として、実質金利がマイナスの状態が長く続き、貯蓄が目減りしていることがあげられている。私は、日本が巨額の政府債務を抱えるようになった最大の原因は、デフレの結果、実質金利が高止まりする中で、政府から預貯金、確定利付き債券の保有者に、富が移転するという巨額のデフレ減税が継続して実施された結果であると考えている(*2)。台湾のように実質金利がマイナスとなるインフレ増税こそが、財政再建のために、現在の日本に不可欠な政策であると考えている。

また、台湾の場合、低金利にもかかわらず、株式バブルは発生しなかったが、不動産価格は上昇し続けてきた。台湾国民の不満の二番目の原因は、不動産価格の高騰により、国民が住宅を購入しにくくなったことがあげられている。しかし、その不動産価格の上昇も、過去1-2年の動向を見る限り、天井を打ったように見える。

台湾国民の三番目の不満の原因は、通貨安のために、輸入する原材料価格が上昇し、その結果、輸出の国際競争力を弱めているというものである。この三番目の原因は、100%事実誤認である。本来、日本経済の成長を牽引すべきであった薄型テレビや半導体産業が、韓国勢だけではなく、台湾勢にも完敗した最大の理由は、両国が極端な自国通貨安誘導政策をとってきた結果である。台湾の自国通貨安誘導政策の規模は、韓国を上回っている。今年に入ってから、日本の金融政策は近隣窮乏化政策であるとの非難が巻き起こっている。しかし、過去10数年間の日本経済凋落の最大の原因は、台湾などの多くの東アジア、東南アジア諸国が、国家による巨額の為替介入という自国通貨安誘導政策を採り続けた結果なのである(*3)

少し前までの日本は、「中央銀行と国が、ともに滅ぶ」という状態であった。台湾国民が感じる「中央銀行栄え、国滅ぶ」という実感は、そのように感じる一部の台湾国民が、「井の中の蛙、大海を知らず」であることが最大の原因だと思う。台湾中央銀行の政策は、将来はともかく、過去においては、どう考えても大成功した政策であったことは、間違いない。

G20に属する日本は、台湾と違って、為替介入に大きな制約を課されている。従って、日銀が購入する資産としては、外貨建て資産を除かなければならない。そうなると、日銀の購入資産の中心は、国債にならざるを得ない。日本の場合、現在の金融政策を続けた場合、2014年12月末の日銀のバランスシートの対GDP比率は、60%程度になる。最近、多少低下したとはいえ、対GDP比率で90%以上の規模を維持している現在の台湾中央銀行に比べれば、バランスシートの金額は、まだ小さい。

台湾の金利とCPI

上記のグラフを見て分かる通り、台湾の消費者物価の前年比上昇率を見ると、リーマンショック前の資源価格高騰時には、5.8%まで上昇し、リーマンショックの後にマイナス2.3%まで下落した。その後については、短期のブレは大きいが、2%前後でだいたい推移している。その間、台湾中央銀行のバランスシートは拡大したままであった。そうした環境下で、日本の公定歩合に相当する政策金利を操作することにより、消費者物価上昇率をだいたいにおいてコントロールすることに成功している。やや高めのインフレの期間は短かったし、デフレの期間も、日本より短かった。台湾の場合、中央銀行自らがCDを発行し、大量の為替介入によってばら撒かれた資金を中央銀行に回収するという不胎化政策が採られている。このCDの発行金利はプラスであり、日本における超過準備に対する付利と似たような機能を果たしている。こうした金融システムの下では、実質的には量的緩和の状態でも、金利はゼロにはならない。中央銀行の巨大なバランスシート、低金利、低インフレ、台湾ドル安の中で、経済成長が持続してきたのである。もっとも、将来を考えた場合、巨大なバランスシートがもたらすリスクが小さいとしても、巨額の外貨建て資産の価格が変動するというリスクは存在する。

日本も、今年4月に開始された異次元金融緩和の結果、2%のインフレ率実現が見えてくれば、もう一段の金利上昇は必至であり、その際、日銀保有の国債に対しては、隠れ含み損が発生することは間違いない。出口政策を論じる時に、一旦、インフレと金利上昇が始まれば、止めることが不可能になる、あるいは、日銀が長期国債の売却に追い込まれて巨額の売却損を被り、その結果、巨額の国民負担が生じるという意見がある。台湾の現状は、そうした意見に反論する一つの有力な判断材料を提供してくれる。巨大なバランスシート維持したまま金利を引き上げ、インフレ率をコントロールすることができる道が存在していることを示してくれている。中央銀行の保有資産の多くが国債と外貨建て資産という違いはあるが、インフレ率をコントロールすることができるだけではなく、債券の売却損とは正反対の、通貨発行益を毎年獲得することが可能な道もまた、存在していることを教えてくれている。

アメリカの場合でも、出口戦略の実施時には、保有債券の評価損が出ることは間違いない。ただ、アメリカの場合は、そうした保有債券の評価損という批判に対して、過去の巨額の国庫納付金の合計を考慮すれば、それほど大きな損失にならないという反論がある。日本の場合、同様な反論ができないのは残念である。過去に蓄積された日銀の通貨発行益の金額の少なさは、嘆くしかない。日銀が獲得することができたはずの通貨発行益は、高めの利子率が付く中長期債券の保有者に取られてしまったのである。これもまた、異次元金融緩和が20年前に実施されなかったことにより、日本が多くの物を失いすぎたことの、具体的な例の一つなのである。


関連記事
スイス国立銀行、中国人民銀行、台湾中央銀行との政策比較(*1)
財政赤字とデフレの関係(*2)
超円高の原因と産業の空洞化(*3)

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No title

国庫納付金が小さいから国に貢献していないというのは間違いでは?シニョレッジの源泉は国債の利回りで、金利は国が払うのだから国としては自分で払った金利が戻ってくるだけの話。台湾みたいに他国資産を買えばそれは投資ファンドのようなもの。日銀は国から受取った金利を国に返しているだけなのだから国庫納付金の多寡で中銀を批判するのは間違い。Fedの国庫納付金が大きいのはそれだけ国が高い金利を支払った結果。

日銀の国庫納付金は少なすぎです

「シニョレッジの源泉は国債の利回りで、金利は国が払うのだから国としては自分で払った金利が戻ってくるだけの話。」
この部分は、ほとんど正しいと思います。中央銀行が国債を買ってシニョレッジを獲得すると、国債の金利分の収入を得られます。そこを国庫に納付した場合、金利の支払い分と相殺されます。このため、国家は利払い費用を削減することができます。無利子で無期限の資金を調達したことになるので、この部分がシニョレッジになります。アメリカは長期国債とMBS債を大量に買い、国庫に返却し、国の利払い削減に大変大きく貢献しました。日本は、白川総裁時代に、短期の貸し出し、短期国債、残存期間の短い国債ばかり買い、量も少なすぎました。結果として、国家の利払い削減にごくわずかしか貢献できませんでした。これは、白川氏の犯罪だと思います。

台湾の場合は、外貨建て証券を大量に買い、台湾ドルの値上がりを防いできました。この超台湾ドル安誘導政策の結果、台湾の電機産業は急成長し、日本の多くの電機産業は崩壊してしまいました。この部分は、台湾中央銀行の政策の大成功だと思います。ただ、外貨建ての資産の内容は不明です。外国の国債なら、台湾ドル安の維持のためであり、問題はないと思います。国債以外に株などに手を出していて将来損失を出した場合は、その部分に関しては投資ファンドと同じであり、運用に問題があったということになるでしょう。
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