ユニット・レーバー・コストの低下と国際競争力の低下

国家の国際競争力を決定する要因は何か。その測定手法の一つとして、賃金、労働生産性、為替レートという三要因を分析するという手法がある。賃金は、安ければ安いほど、製品価格は低下し、国際競争力を引き上げることが可能となる。労働生産性は、高ければ高いほど、為替レートは安ければ安いほど、製品価格は低下し、国際競争力を引き上げるとが可能となる。国際競争力を決定する最初の二つの要因を一つの数値で表す指標がある。その指標は、ユニット・レーバー・コスト(単位労働コスト)と呼ばれている。

ユニット・レーバー・コストの定義は、GDP統計において、雇用者報酬を実質GDPで割った数値である。実質GDPという1単位の生産量を産出するのに必要な労働コストの金額である。そして下記のように、ユニット・レーバー・コストは、名目賃金を労働生産性で割った数値に等しくなる。


ユニット・レーバー・コストの定義

名目賃金が低下し、労働生産性が上昇するほど、ユニット・レーバー・コストは低下し、名目賃金が上昇し、労働生産性が低下するほど、ユニット・レーバー・コストは上昇する。欧米の先進諸国では、ユニット・レーバー・コストの上昇率が高くなるとインフレ率が上昇しやすくなり、ユニット・レーバー・コストの上昇率が低下すると、インフレ率も低下しやすくなる。そのため、ユニット・レーバー・コストは、将来のインフレ率を予想するに当たって、重視される指標の一つでもある。

ユニット・レーバー・コストは、国際競争力を測る尺度にもなる。この場合のユニット・レーバー・コストは、ユニット・レーバー・コストにドル建ての為替レートを掛け合わせたドル建てのユニット・レーバー・コスト、すなわち、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストが重要になる。為替レート調整後のユニット・レーバー・コストが低くなると、国際競争力が上昇し、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストが高くなると、国際競争力が低下する。

以上のことを頭に入れて、実際の日本のユニット・レーバー・コスト、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストを国際比較することにする。データは、OECDのサイトに掲載されている33ヶ国の中から、1980年まで遡ってデータの存在する
24ヶ国を選び出し、その中から、主要と思われる20ヶ国を選択した。

まず、主要20ヶ国の1980年以降のユニット・レーバー・コストの推移を下記に示す。


ユニット・レーバー・コストの推移

日本以外の19ヶ国のユニット・レーバー・コストは、皆、上昇傾向にある。日本のユニット・レーバー・コストだけが横ばい、または、低下している。日本だけが、1995年以前は、名目賃金の上昇率を、労働生産性の上昇率近辺に維持し、1996年以降は、おおむね、名目賃金の上昇率を、労働生産性の上昇率以下に抑制しているのである。

次に、主要20ヶ国の1980年以降の為替レート調整後のユニット・レーバー・コストの推移を下記に示す。


為替レート調整後のユニット・レーバー・コストの推移

為替レート調整後の場合、為替レート調整前にあった日本の圧倒的なユニット・レーバー・コスト低下の優位性は、なくなる。しかも、日本より上に位置する3ヶ国は、工業国というよりも、天然資源産出国の色合いが強い。

こうした結果を生み出す原因となるのが、対米ドルでの為替レートである。主要20ヶ国の為替レートの推移を下記に示す。


対米ドルでの為替レートの推移


円の為替レートの上昇率が、圧倒的に高い。結果として、日本の国際競争力は、主として為替レートによって決定されることとなった。

日本は、他の多くの国々と異なり、企業努力により、ユニット・レーバー・コストを、1995年以前は、横ばいに維持し、1996年以降は、おおむね、引き下げてきた。しかし、国際競争力を決定する為替レート調整後のユニット・レーバー・コストは、ユニット・レーバー・コストの動きよりも、為替レートの動きの方に、より大きな影響を受ける。日本企業の多くは、1996年以降は、おおむね、名目賃金の上昇率を、労働生産性の上昇率以下に抑制し、企業努力により、ユニット・レーバー・コストの引き下げに成功してきた。にもかかわらず、ユニット・レーバー・コストの引き下げという企業努力とは異なり、為替レートがどう動くかによって、国際競争力の上昇、低下が決定される割合が高いという状況が続いているのである。

上記のグラフで使用した、ユニット・レーバー・コスト、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストは、全産業のものである。サービスなどの、非貿易財を産出する産業も含まれている。貿易財の比率の高い、製造業だけのユニット・レーバー・コスト、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストを、下記に示す。


製造業のユニット・レーバー・コストの推移
為替レート調整後の製造業のユニット・レーバー・コストの推移

全産業と製造業のグラフは、大きな方向性は同じであるが、形状は若干異なっている。為替レートが、為替レート調整後のユニット・レーバー・コストに与える影響度は、製造業よりも、全産業の方がより明確である。これは、製造業のユニット・
レーバー・コストの低下は、日本だけではなく、海外でも見られることが一つの要因であろう。その他にも、日本では、為替レートと間接的な関係しか持たない非貿易財を産出する産業においても、円高が進行すると、輸出製造業と同様に、賃金低下が発生する傾向がある点も、要因として上げられると思う。

現在の日本にとって一番必要な政策は、リーマンショック後に、円高の方向に進みすぎた為替レートを引き下げ、国際競争力を回復させることである。リーマンショック後の超円高は、貿易財を国内生産する日本企業に大打撃を与えた。単に円安に戻すだけでは、国際競争力は回復しない。しかし、日本企業が国際競争力を取り戻すための必要最低限の条件は、円安の実現である。円安実現により、時間をかけてでも国際競争力を復活させ、貿易収支を黒字に戻すことができれば、望ましい。為替が円安方向により進行して定着し、貿易収支の改善が進行すれば、日本経済は、成長力を再び取り戻すことが可能になる。仮に、安定的な円安定着による貿易収支の改善の結果として、少しばかりの実質GDPのプラス成長と、ユニット・レーバー・コストの横ばいを実現できたならば、賃金はかなりの上昇率を示すであろう。生産年齢人口の減少により、雇用者数の伸び率は、傾向として、マイナスが続く可能性が高い。その結果、最初に示したユニット・レーバー・コストの定義式から、「一人当たり労働時間×時間当たりの名目賃金」に上昇圧力がかかるためである。従って、最初の仮定が、ユニット・レーバー・コストの横ばいではなく、緩やかな低下であったとしても、賃金は緩やかに上昇する可能性が高いのである。あと少し失業率が下がる必要はあるが、今後、生産年齢人口の減少という構造的な賃金上昇要因が顕在化してくるため、賃金は上昇に転じやすくなるのである。

昨年11月14日の野田前総理による衆議院解散発言、4月4日の日銀による2年で2%の物価上昇を目指すという異次元の金融緩和策に、真っ先に反応したのは、株式、為替市場であり、円安と株高の進行が始まった。因果関係としては、円安が株高をもたらしたのであるから、より重要なのは、円安の方である。異次元の金融緩和策は、表向きは、2年で2%のインフレを実現するための政策であるが、裏側では、為替レートを円安方向に誘導し、輸出増加を通じて経済成長を実現し、賃金の上昇につなげるための重要な政策である。加えて、株価と地価の上昇による資産効果も期待できる。政治的に、円安誘導を表明することができないため、替わりに、 2年で2%のインフレ実現を表明するのは良いことだと考える。そうすることにより、2年で2%のインフレが実現できなくても、円安を通じて経済が成長し、賃金が上昇するならば、大した批判を浴びることはなく、賞賛の声の方が大きくなるに違いない。

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