スイス国立銀行、中国人民銀行、台湾中央銀行との政策比較

以前、日本銀行(以下、「日本」とだけ記す)と、主要先進国の中央銀行である、FRB、ECB、BOEとの政策比較を行った(*1)。今回は、スイス国立銀行(以下、「スイス」とだけ記す)、中国人民銀行(以下、「中国」とだけ記す)、台湾中央銀行(以下、「台湾」とだけ記す)との政策比較を行うことにする。なぜこの3行を選んだかというと、これから詳しく説明するように、バランスシートに外貨建て資産というリスク資産を大量に抱えている中央銀行であるからだ。

まず、日本、スイス、中国、台湾の、2007年1月=100としたバランスシートの推移を比較することにする。

バランスシートの推移
過去6年強の間に、スイスのバランスシートは、4.8倍まで大幅に拡大している。中国は、2.3倍、日本と台湾は1.4倍である。

次に、4ヶ国の、2007年1月以降のバランスシートの対GDP比率の推移を比較する。

バランスシートの対GDP比率の推移
直近のスイスのバランスシートの対GDP比率は91%、台湾は90%と非常に高くなっている。日本は31%、中国は17%である。中国は、名目GDPの増加率が、バランスシートの増加率に近いくらいの高成長が続いているため、結果として、中国のバランスシートの対GDP比率は、日本よりも増加率が低い。今後、日本のバランスシートは急拡大するが、2014年末時点においても、現在のスイスや台湾のレベルには達しない。

次に、スイスのバランスシートの主な内訳の推移を示す。

スイス国立銀行のバランスシートの主な内訳の推移
スイスのバランスシートにおいては、外貨建て資産の増加が著しい。これは、為替介入の役割が、日本と違って、中央銀行にあるからだ。スイスは、リーマンショック後、スイスフランに上昇圧力がかかったため、大規模な介入を実施した。それでもスイスフランの上昇は続き、スイスは、介入の結果、巨額の為替差損を被り、世論から非難を浴びた。その後、2011年9月6日にスイスが下した決断は、スイスフランの為替レートが1ユーロ=1.2スイスフラン以上に高くならないようにするため、無制限の介入を実施することであった。その後、現在まで、スイスフランは、1ユーロ=1.2スイスフラン以上に上昇することは無くなった。一方、スイスが保有する外貨建て資産は、今もなお、増え続けている。外貨建て資産の金額は、マネタリーベースの金額をも上回っている。その理由は、時期によって異なるのであるが、直近では、ノンバンクの中央銀行に対する預金額が増えている。銀行の預金であれば、マネタリーベースに含まれるが、ノンバンクの預金は、マネタリーベースに含まれない。介入を通じてばら撒かれたスイスフランは、銀行やノンバンクを通じて、中央銀行に戻ってきており、結果として不胎化介入となっている。スイスでは、日本と同様に、モノのデフレは進行しているが、資産価格はかなり上昇しているようである。

次に、中国のバランスシートの主な内訳の推移を示す。

中国人民銀行のバランスシートの主な内訳の推移
中国も、スイスと同様に、為替介入は、中央銀行の役割である。 直近において、外貨建て資産のバランスシートに占める割合は84%。台湾の91%、スイスの89%を少し下回る。中国の場合、日本やスイスと違って、金利がプラスであり、金融政策は、金利の操作や、準備預金率の操作、公開市場操作などにより実施されている。それでも、紙幣の対価にある資産の多くは、人民元建ての資産ではなく、外貨建ての資産である。中国は、スイスや台湾と同様に、中央銀行が大きな為替リスクを取っている。     

次に、台湾のバランスシートの主な内訳の推移を示す。

台湾中央銀行銀行のバランスシートの主な内訳の推移
台湾もまた、為替介入は、中央銀行の役割である。台湾のバランスシートは、常に規模が大きく、かつ資産の大部分を外貨建て資産が占めている。にもかかわらず、マネタリーベースの比率は低い。これは、中央銀行が自らCDを発行し、市中の余剰資金を吸い上げているからである。台湾の場合は、明らかに不胎化介入という政策がとられている。

次に、日本のバランスシートの主な内訳の推移を示す。

日本銀行のバランスシートの主な内訳の推移
日本の場合、リスク資産が非常に少ない。外貨建て資産の割合は、バランスシートの3%にすぎず、株、ETF、REATをあわせたリスク資産の割合も、5%にすぎない。残りの大半は、国債や銀行貸し出しなどのリスクの低い資産である。これは、日本の場合、為替介入が、中央銀行ではなく、政府・財務省・外国為替特別会計の勘定で実施されているからである。この 外為特会は、円高がピークの頃には、40兆円前後の含み損を抱えていると言われていた。しかし、最近の円安により、含み損は大きく減少しているはずである。為替介入を原則として実施しないという制度上の違いもあって、日本のバランスシートに占めるリスク資産の比率は、非常に低い。

スイス、中国、台湾の3銀行は、日本と違って、外貨建て資産の大量保有というリスクを取っている。さらに、スイスと台湾の場合、バランスシートの対GDP比率が非常に高いので、巨額なバランスシートというリスクも取っている。しかしながら、この3ヶ国の中央銀行は、リスクを取りながらも、国全体としてみれば、大きなリターンを獲得している。経常黒字の対GDP比率のグラフを下記に示す。
経常黒字の対GDP比率の推移
中央銀行が大量の外貨建て資産保有というリスクを取った結果、自国の通貨高は抑制され、経常収支の大幅黒字というリターンを獲得している。外貨建て資産のリスクと巨額なバランスシートのリスクを両方取っているスイスと台湾のリターンは、大変大きい。外貨建て資産のリスクだけを取っている中国は、それに次ぐ。その両方のリスクを取っていない日本が、一番沈没しつつある。経常黒字の継続は、対外純資産の増加につながる。日本は、世界最大の対外純資産を保有しているが、世界第2位は、中国である。しかし、対外純資産の対GDP比率を見ると、台湾、スイスは日本を大幅に上回っている。

日本と他の3ヶ国を同等に扱うことは適切ではない。先に記したように、日本では、為替介入の役割が、中央銀行には無いという制度上の違いがあるからだ。その上、G20加盟の日本は、ごく一部の例外を除いては、為替介入は不可能である。しかし、同じG20に加盟している中国の場合、今年に入って、外貨準備は1300億ドルあまり増加しており、為替介入を実施した可能性が高い。あいまいなG20の共同声明に、解釈の仕方によっては、違反しているようにも思えるが、批判を受けていない。これは、日中間の政治力の差と言わざるをえない。

日本の場合、中央銀行がバランスシートを拡大させ、長期国債などの価格変動リスクのある資産を大量に保有することは、財務上のリスクが生じるため、望ましくないという意見は、よく聞かれる。インフレが発生し、出口戦略が必要になった場合、金利上昇の結果、債券の評価損などのリスクが発生することが考えられるからだ。これが、日本におけるバランスシート拡大のリスクである。しかし、台湾の場合、以前から巨額の外貨建て資産を保有しながらも、インフレ率のコントロールに完全に成功している。2007年-2008年の資源価格高騰時に、インフレ率が上昇した時も、政策金利を少し引き上げて、インフレの鎮圧に成功している。台湾の例などをも合わせて考えると、量的緩和の出口のリスクは、通常の金利引き上げ時と同様である可能性の方が高いと思う。

日本では、長年、モノと資産の価格が下がり続け、円高も進行した結果、リスクを取った者が成功する可能性が非常に低い社会となってしまった。数少ない会社や個人がリスクを取った場合、失敗する可能性が、諸外国よりも高い。そして、失敗した者に対しては、社会から愚か者扱いされる。結果として、技術や資産があっても、会社の設立、新規の設備投資、リスク資産への投資などに回すよりも、債券や預貯金で運用するのが、一番良好な結果をもたらす社会となってしまった。その一方、日本人はリスクを取らない傾向は問題である、もっとリスクを取る者を増やす必要がある、と嘆く人は大勢いる。リスクを取った者が成功しやすい社会とは、モノの価格が上昇し、利潤率がプラスになりやすい社会であることが必要である。そして、借金の担保となる不動産などの価格が上昇し続けていれば、貸す方も、借りる方も、リスクを取りやすい。また、株価が右肩上がりに上昇していれば、株価の値上がり益をバッファーにして、様々な金融機関が、新しい企業家への投資や、新規の設備投資への融資をしやすくなる。また、外国で同じことを始めた競争相手がいる場合、円安の方が勝つ可能性が高くなる。日本という社会は、リスクを取った者が報われない社会であり続けた。そうした社会を変えるために最初に必要なことは、中央銀行がある程度のリスクを取ることである。そしてモノや資産の価格を引き上げ、為替を円安方向に動かすことである。その結果、社会でリスクを取った者が、リスクに見合ったリターンを獲得することが可能になる。台湾、スイス、中国のレベルまでは行かなくても、日本においても、中央銀行が、以前と比較した場合、より大きなリスクを取ることが必要である。その意味において、日銀が、4月4日に、異次元の金融緩和政策を実施することを決定したことは、正しい決定であった。それは同時に、最高の経済成長戦略でもあると考える。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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No title

なるほど。

m(__)m

No title

>リスクを取った者が成功しやすい社会

しかし、成功し続けることはありません。
+5-4=+1 ですが、+10-9も+1です。
今までリスクをとった者が+5から+10に増えたとしても、実体経済に見合わないリスクマネ-はいずれ市場から排除され、今まで排除されたのが-4で今後は-9となれば、所詮は同じことです。
ただ、笑う者が増える一方で、泣く者も増える。泣き笑いした者の数がグロスでは違うが、ネットでは変わらない。あくまで、運の問題でしかない。

リスクを取る意味

極端な例をあげます。
日本人が全くリスクを取らない社会はどうなるでしょうか。
株は値下がりのリスクがあるから誰も買わない。
企業はリスクのある新規の設備投資を行わない。
新規企業の立ち上げは、倒産のリスクがあるので、誰も開業をしない。
誰もリスクを取らなければ、経済は成長をすることが不可能になり、日本企業はデフレスパイラルに突入して崩壊するでしょう。社会には、常にリスクを取る人がいなければ、成り立ちません。

現在の日本は、リスクに見合った予想利益率が低すぎます。これを引き上げる必要があります。デフレ社会からある程度のリフレ社会へと変化すれば、リスクに見合った予想利益率が高まり、より多くの人たちがリスクを取ることになるでしょう。そして、その中から大成功を収める人が増えるのです。
その場合でも、当然、運が悪い人、能力や努力の足りない人は失敗します。ただし、失敗する確率が低くなる環境を、リフレ政策により作り出す必要はあると思います。

No title

>失敗する確率が低くなる環境を、リフレ政策により作り出す必要はあると思います。

リフレ策で投資環境を改善する。それは、投資家特化の政策であり、投資を行なわない一般国民全員に、軽度の失敗を振り替えることと一緒です。
そういった政策の代表がアメリカでしょうが、アメリカがどういった運命をたどっているかは今現在でも確認できるはずです。一部の成功者と、大多数の貧困者。
この際立った貧困格差、歪みが、政治の舵取りを困難にさせ、それが経済活動にまで影響を及ぼします。
もう、少なからず、格差社会の拡大、金融市場のボラティリティはアベノミクスによって高められていますから、一部の笑う人と大多数の泣く人を観察するしかありませんが。

成長政策と分配政策

豊かな生活の源泉は、経済成長です。
加えて、適度な所得分配政策を行えばよいのです。
アメリカの格差問題は、所得分配政策の誤りの結果だと思います。

いつも拝見させてもらっています。
質が高いので、かなり勉強になります。
先日、こちらのブログを参照先として紹介しましたので、報告しておきます。

ちなみに、なぜ日本は中央銀行が為替介入をしちゃいけないんですかね?構造的にやらない方が日本にとっていいという元でルールが作られたのか、財務省との政治的な問題なのかどちらでしょうか。

為替介入が困難な理由

日本が為替介入をすることができない直接的な原因は、4月20日にワシントンで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議の声明文の中にある、 「通貨の競争的な切り下げを回避する」を始めとしたいくつかの文言のためです。ただこの声明文は、難解かつ曖昧でもあるため、中国などの政治強国は半分無視して、介入を実施しています。しかし、日本が介入を実施したならば、G20加盟国から袋叩きにあうでしょう。

このような状況になった経緯をもう少し詳しく記した文章が、下記の記事に含まれていますので、参照にして下さい。
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-12.html

なるほど。。そういうことだったのか。。大変勉強になります☆

これからも更新楽しみにしています。
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