ECB マネタリーベース減少政策への疑問

4月4日の日銀金融政策決定会合で、日銀は、2年間に、マネタリーベースを2倍にまで増やすことを決定した。主要先進国の中で、金融緩和の強化路線に一番遅れていたのが、日銀であった。黒田新総裁による異次元の金融緩和策により、金融緩和の最後尾に位置していた日銀が、他の主要先進国(ECB、BOE、FRB)を急速に追い上げることが確実になった。

ECB,、BOE、FRB、日銀のマネタリーベースの推

日銀の場合、白川前総裁時代の末期から、マネタリーベース増加の速度が拡大しつつあった。今後は増加の速度が、それ以上に急拡大することは、間違いない。

ところが、主要先進国の4つの中央銀行の中で、最近、マネタリーベースを減らしている銀行が1つだけある。それはユーロ圏の中央銀行であるECBである。


ECB 主要な資産・負債の推移

ECBのバランスシート、マネタリーベースは昨年の5月から6月にかけてピークを打ち、その後は減少に転じている。資産の中で最も減少金額が大きいものは、LTROである。

LTRO(=Long Term Refinancing Operation)は、ECBの主要な貸出制度であり、ユーロ創設時から存在していた。この制度が脚光を浴びたのは、2011年12月と2012年2月の2回にわたって、期間3年のLTROを利用することにより、グロスで1兆0187億ユーロの資金がECBからユーロ圏の金融機関に貸し出されるという政策が実施された時からである。実際に貸し出しが増加したネットの金額は、7500億ユーロ前後であったと思われる。この大規模な貸出金の一部が、ユーロ圏の国債、中でも危機的な経済環境下にあった南欧諸国の国債の購入に回り、高騰していた南欧諸国の国債の金利が下がることが期待されていた。この巨額な資金供給の効果は、南欧諸国の一部の国に対しては一定の効果があったことが認められるが、全体としては、大きな効果があったとまでは、言い切れなかった。そうした状況に対して、ECBのドラギ総裁は、2012年8月6日に、1-3年物の国債の無制限購入策(Outright Monetary Transaction)を発表した。この政策のアナウンスメント効果は絶大であった。南欧諸国の国債金利は、軒並み大幅な下落となった。10年物のギリシャ国債を例にとると、昨年8月に25%前後あった金利は、直近では10%強にまで大幅に低下している。しかも、ECBによる国債の無制限購入策は、まだ発表されただけであり、実際の購入金額は、現在でもゼロのままである。LTROの方は、役割を終えたと考えたのか、満期返済や、繰上返済などを通じ、残高は減少し続けている。その結果、ECBのマネタリーベースは、主要先進国の中で、唯一減少方向へと向かっている。

ECBサイドの事情をあげるならば、マネタリーベースの減少は、2012年7月5日に超過準備に対する付利を廃止したことも、一つの要因であったであろう。また、ECBは17の国にまたがり、深刻かつ複雑な南北問題を抱えた中央銀行なので、資金供給も一筋縄で行かない事情も多々あるであろう。しかし、本当にECBが金融緩和を続けたいのであれば、その手段が無いとは考えられない。たとえ、ユーロ圏外の投資家が理解しにくい複雑な事情があるにしても、理解のしやすいマネタリーベースを増やすという政策は、アナウンスメント効果が大きく、非常に重要な政策であると考える。


ユーロの名目実効為替レートの推移

マネタリーベース減少の影響が一番大きく現れたのは、外国為替市場である。ユーロの名目実効為替レートは、リーマンショックが起こる少し前から下落が継続していたが、昨年の半ばから上昇に転じている。ユーロの上昇要因は、南欧諸国の国債金利が下がり、経済危機が後退したことが最大の要因だと思う。しかし、それに加えて、ECBによるマネタリーベースの減少という一種の金融引き締め政策が、その動きを加速させたと考えている。

ユーロ圏のとギリシャの経常収支の推移

リーマンショック後に発生した南欧諸国のユーロ危機の本質は、経常赤字の拡大と財政赤字の拡大という、双子の赤字であると考える。不動産バブルの崩壊は、その次であろう。そのうち、経常赤字は、南欧の経済危機が進行する中で、財政再建策が強行され、ユーロ圏全体の景気を悪化させた。その景気悪化と、ユーロの為替レートの下落が、ユーロ圏の経常収支を黒字化させ、ギリシャのような最も経済状況が悪いと思われている国の経常赤字もまた、減少しつつある。ただ、今後、ユーロ高が続くのならば、経常黒字の金額が減少に転じる可能性がある。

ユーロ圏とギリシャの財政収支の推移

双子の赤字のもう一方の赤字、すなわち、財政赤字の縮小の速度は鈍い。これは、どんなに緊縮財政を実施しても、実質GDPのマイナス成長が続き、税収が伸びないためである。Eurostatの統計には反映されていないため、上記のグラフに掲載されていないが、報道された今年3月までの財政収支の速報値を考慮すると、ギリシャの財政再建は、直近ではかなりの速度で進行している。それでも、まだ十分とは言い切れない。

ユーロ圏 実質GDPの内訳

ユーロ圏の実質GDP成長率は、マイナス成長が5四半期にわたって続いている。ここで注目したいのは、赤線の純輸出である。純輸出は、成長率ではなく、実質GDP成長率への寄与率を示している。過去3年近くの間、ユーロ圏の経済成長を主導したのは、純輸出であった。それが、昨年の第4四半期には、純輸出の実質GDP成長率への寄与率は、0%にまで低下し、実質GDP成長率も、マイナス0.6%まで低下した。経常収支の数字と乖離があるが、GDP統計の方は、集計して加工された新しい統計値であるため、実体をより正確に現している可能性が高い。ユーロ高は、ユーロ圏の実質GDP成長率を低下させているのである。

ユーロ圏とギリシャの失業率の推移

このようなユーロ圏の不況の長期化は、社会全体に深刻な問題を生じさせている。その代表が失業率である。2月のユーロ圏の失業率は12%、ギリシャの1月の失業率は27.2%と大変大きな数字となっている。

ユーロ圏とギリシャのCPI

双子の赤字の結果、ユーロ圏においては、財政政策を発動しにくくなっている。金融政策はどうであろうか。直近の消費者物価上昇率は1.7%と、事実上のインフレ・ターゲットである2%を下回っている。ギリシャに至っては、デフレ経済に突入してしまった。金融政策には、発動の余地がある。そして、最初に示したマネタリーベースの減少といった金融引き締め政策を発動するような段階ではない。

今年1月24日のダボス会議において、ドイツのメルケル首相は、日本の金融政策を念頭に置いた、為替操作が競争をゆがめる恐れがあるかとの問いに対し、「不安が全くない訳ではない」と答え、通貨安競争リスクに言及したと報道されている。日本の場合、白川前日銀総裁は、昨年5月24日の国会で、「マネタリーベースが増えている時に円高になり、量的緩和解除後にむしろ円安になっている」と、マネタリーベースを増やすと円高になる可能性があるとまで言い切っていた。メルケル首相は、白川前日銀総裁と正反対で、日銀がマネタリーベースを増やすと、円安になると考えていたのであろう。メルケル首相の発言は抑制的であったが、当時のドイツでは、日本のマネタリーベース増加政策が円安誘導の近隣窮乏化政策になることを批判する声が高まっていたようである。ドイツ政府の経済担当の高官の多数も、マネタリーベースの増加は、通貨安を引き起こし、マネタリーベースの減少は通貨高を引き起こすと考えていたはずである。そうであるならば、ECBの金融政策を変えさせる方が先である。わざわざ、マネタリーベースを減少させ、ユーロ高を引き起こし、数少ない成長の原動力である純輸出の伸び率まで減らしているのである。南欧諸国の実体経済は、悲惨なほど悪い。消費者物価上昇率も低下しており、金融緩和の余地はある。ドイツは、日本の円安を批判する前に、ECBのユーロ高につながる金融引き締め政策を改めさせるべきである。ユーロ圏17ヶ国は、自分たちが運営するECBの、マネタリーベース減少という金融引き締め政策を改めさせることが、日本を批判するよりも、はるかに重要なことであると思われる。


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一番最初の「ECB、BOE、FRB、日銀 マネタリーベースの推移」のデータを更新したグラフを、下記のページの最後の方に、他のいくつか統計データのグラフと合わせて掲載しています。
日銀、FRB、ECB、BOEの政策比較



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