円安メリット 対外純資産が過去最高を更新

2013年3月25日に、日銀の資金循環統計が発表された。その統計によると、2012年末の海外部門の金融資産・負債差額は、前年比41.7兆円増加し、301.3兆円と過去最高を記録した。

対外純資産の推移

上記のグラフで明らかな通り、海外部門の金融資産・負債差額の数値は、5月に財務省が発表する対外資産負債残高の対外純資産に近い数値(金とSDRの保有金額だけ対外純資産の方が大きい)であり、先行指標として扱ってよい。ただし、資金循環統計は、速報値と確報値の間にかなりの差が出ることがある。上記のグラフで使用している資金循環統計の数値は、2011年以前は確報値であり、2012年だけが速報値である。従って、財務省の対外純資産と日銀の海外部門の金融資産・負債差額の速報値とを比べた場合、もう少し大きな差、大きければ20兆円近い差が出ることはありえる。それでも、2012年末に、対外純資産が過去最高を更新したことは、間違いない(5月28日追記 財務省が2012年末の対外純資産が296兆円であることを発表)。ここでは、日銀の資金循環統計の速報値を使って、海外部門が日本国内に保有する資産、負債の金額とその変動要因、資金の移動についての分析を行う。

まず、2012年の資金循環統計における海外部門の金融資産・負債残高表(ストック)の概要を下記に示す。


金融資産・負債残高表

2012年末において、海外部門が日本国内に保有するネットの資産で大きいものは、株式・出資金(上場株式+非上場株式+出資金)が97.3兆円、株式以外の証券(大部分が債券)が95.1兆円である。海外部門が日本国内に保有するネットの負債で大きいものは、対外証券投資が415兆円、対外直接投資が66.7兆円である。そして、それらを合計した金額の資産と負債の差額が、301.3兆円であり、定義としては、財務省の発表する対外純資産と同じであり、実際の数値も対外純資産に近い金額になる。

次に、資金循環統計における海外部門の金融取引表(フロー)の概要を下記に示す。


金融取引表

2012年において、海外部門が日本と取引し、ネットでの資金流入金額が大きいもの(資産サイド)としては、貸出金が11.5兆円(13.3兆円-1.8兆円)、株式以外の証券が5.6兆円、株式・出資金が2.5兆円である。海外部門が日本と取引し、ネットでの資金流出金額が大きいもの(負債サイド)としては、対外証券投資が14.2兆円、対外直接投資が6.6兆円である。日本の銀行と農林系金融機関は、為替リスクが取れないので、金利の低い短期資金を海外から借り入れ、より金利の高い中長期債券を買っている。これが、海外部門の貸出金の大部分と、日本の対外証券投資の何割かを占めていると推測される。そして、それらを合計した資産サイドと負債サイドの金額の差である資金過不足の金額が、4.6兆円である。この数値は、経常収支(厳密には「経常収支+その他資本収支」)の黒字額に相当する。

次に、資金循環統計における調整表の、海外部門だけでなく、全部門の調整差額を下記に示す。


資金循環統計調整表 調整差額

資金循環統計の調整表というのは、通常は、ほとんど使われることのない統計である。その中に含まれる調整差額の定義としては、「当期の期末の資産(または負債)残高-前期の期末の資産(または負債)残高-取引金額」である。株を例にとって説明すると、ある主体が株を保有していて、全く取引を行わなかった場合、当期の株価の値上がりによって増加した資産の金額が、調整差額になる。金額としては、株価、外国為替の変動による資産の増減分が大きい。その他にも、債券価格の変動分や、貸出金が不良債権化した場合、貸出金の価格減少分なども含まれる。

上記の調整表によれば、金融機関に27.4兆円のプラスの調整差額が発生している。この内訳で大きなものとしては、保険会社が保有する日本株の値上がり益と、保有する外国証券に発生する値上がり益、為替差益があげられる。非金融法人企業は、32兆円のマイナスの調整差額が発生している。しかし、この実体は、非金融法人企業による発行済み株式の時価総額の増加である。資金循環統計では、企業の純資産が増えなくても、株の時価総額が増加すれば、株式・出資金という勘定項目において、負債サイドの金額が増加するという仕組みになっている。非金融法人企業は、勘定項目の負債サイドにある株式・出資金の金額が大幅に増加し、他の項目を合計すると、資産は増加し、負債は減少している。従って、この非金融法人部門のマイナス32兆円という調整差額は、株価上昇の結果であり、何の問題も無い。一般政府で発生している17.6兆円のプラスの調整差額の内訳で一番大きなものは、中央政府の対外証券投資の為替差益であり、具体的に言うならば、政府の外国為替特別会計で保有する外貨建て債券に発生する為替の評価益である。家計で24兆円というプラスの調整差額が発生する内訳は、保有する日本株、投資信託、外国証券の値上がり益等である。残されている部門で金額が大きいのは、海外であるが、これはすぐ後で説明する。調整差額を合計すれば、定義的にはゼロになり、0.6兆円のプラスというのは統計上の誤差である。バランスシートにおいては、個々の企業について、借方=貸方であるが、資金循環統計の場合は、各部門を合計した場合、プラスかマイナスの調整差額が発生する。そして、全部門全体を合計した時、誤差がなければ、調整差額の合計はゼロとなり、借方=貸方になる。

次に、資金循環統計における調整表の海外部門の概要を下記に示す。


資金循環統計調整表

先に説明した通り、海外部門の調整差額は、37.1兆円のマイナスである。資産が増えたものとしては、株式、出資金の14.7兆円が最大である。これは、日本株が昨年1年間に値上がりした結果、海外部門が獲得した値上がり益の総額である。負債の増加としては、対外証券投資で46.8兆円、対外直接投資で5.3兆円、合計して52.1兆円の増加が大きい。これは、対外証券投資、対外直接投資を通して、日本が海外という部門に対して、円安や外国株高などの結果、52.1兆円の利益を獲得したことを意味する。日本が海外に保有する様々な資産の合計金額と、為替レートの変動、外国の株価の変動などを考慮すると、獲得した利益である52.1兆円のうち、外国の株価の値上がり益等が占める部分は小さく、多くの部分は、円安の結果である可能性が高い。この資産の増加と負債の増加を差し引いた37.1兆円が、資産価格変動の結果として生じる調整差額であり、海外部門の損失の増加額=日本の利益の増加額、であることを意味する。この調整差額の37.1兆円に、先に金融取引表で示した経常収支の黒字額の4.6兆円を加えた合計41.7兆円が、昨年1年間の日本の金融資産・負債差額の増加額である。この金額を、財務省の統計では、対外純資産の増加額と呼ぶ。

このように、円安は対外純資産の増加につながり、日本の株高は対外純資産の減少につながる。昨年は、株高効果よりも円安効果の方が大きかったので、対外純資産は大幅に増加し、過去最高の金額となった。従来の日本は、巨額の経常収支の黒字を計上する中で、円高による為替差損が大きく響き、対外純資産の増加速度は鈍かった。2011年末以前の日本において、為替差損を原因とする対外純資産減少の累計額が、200兆円前後の金額になることを(*1)で示した。昨年1年間の円安により、為替差損の一部を取り戻すことができた。一方、日本の株価上昇により、対外純資産が減少することは、(*2)(*3)(*4)などで警告してきた。

今年に入ってからの対外純資産の動向を大雑把に見てみると、ドル・円レートは、昨年末から今年3月末までの間に、7.7円ほど円安方向に動いている。大変荒っぽい計算をすると、為替差益は、少なくとも40兆円前後は出ている。昨年末から今年3月末までの間に、日経平均株価が2,003円上昇した結果、株価の値上がりを通した対外純資産の減少分は、16兆円前後となる。昨年末から今年3月末までの間は、依然として、対外純資産は増加傾向にある。ただし、円安進行が止まり、日本の株価だけが上昇し続けた場合には、経常収支の大幅な黒字も無くなったので、対外純資産は減少方向に向かう。

日本が保有する対外純資産は、主として円安を通じる為替差益により、2012年の1年間に、40兆円前後増加した。その結果、2012年末の対外純資産は300兆円前後の金額となり、間違いなく過去最高の金額を更新している。今年に入っても、主として円安を通じる為替差益により、対外純資産の増加傾向は続いている。円安には、輸入する燃料や食料品の価格上昇などのデメリットもある。しかし、昨年1年間に、主として円安進行の結果として、40兆円前後の対外純資産が増加したという大変大きなメリットもあったことは、常に頭に入れておかなければならない。



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