規制緩和という景気対策

アベノミクスには、3番目の矢として、規制緩和、規制改革による景気対策、経済成長政策があると言われている。今回は、今まで何度か触れてきた規制緩和、規制改革の効果についてまとめることにする。

まず、規制緩和、規制改革とは何か。厳密な定義は無いし、人によって内容は異なると思う。そこで、規制緩和派、構造改革派などと一般的に呼ばれる人たちの中心的な考え方を、私なりに解釈してまとめると、下記のようなものになると思われる。

規制とは1

こうした考え方は、おそらく伝統的な経済学の考え方でもあるのかもしれない。市場と規制とを対立的な概念として捉えるものである。少数の例外を除けば、規制の少ない市場、規制が撤廃された市場において、経済が最も効率的になり、経済学的で言うところのパレート最適の状態に近づく、という考え方である。小さな政府を実現し、政府の市場への介入を最小限にすることがベストであり、不必要な規制を可能な限り廃止すると、市場は効率化され、生産性は向上し、経済成長率は上昇すると考える。        

私が考える規制改革のイメージはかなり異なる。

規制とは2

私は、市場と規制を対立的に考えず、一体的なものとして考えている。市場を成立させるためには、前提として、数多くの強力な規制が必要だと考える。憲法から始まって、各種業界を規制する法律、規制というものが制定され、その後に自由な市場というものが形成される。そうした規制の大系が無ければ、市場そのものが成立しない。明確な規制なしに市場を立ち上げると、暗黙のルール違反が繰り返され、市場自体が崩壊してしまう。従って、暗黙のルールを法律として明確に制定し、その違反者に対しては、厳しい処罰を加えることによって、初めて効率の良い自由な市場が形成される。政府は、市場を形成する法に定められた規制を市場参加者に遵守させる監視人として重要な役割を果たさなければならない。同時に、時代や環境の変化によって、効率の良い成果を発揮できる規制大系は常に変化する。政府は、時代、環境の変化に応じて、過去に制定された規制大系を、常に効率の良い規制大系に改革する不断の努力を続ける必要がある。つまり、効率的な規制大系を維持するために、規制改革を繰り返し実施することこそが、経済の生産性を高め、経済成長率の上昇につながる政策であると考えている。

政府が規制を常に効率的なものに維持することは、実際には大変な困難の伴う作業である。規制をなくせば良くなるものではない。わかりやすい例が、電力の自由化である。地域独占という形態が効率が良かった時代もあったかもしれない。しかし、長年、競争の無い状態が続けば、独占企業の中にどうしても非効率な部分が積もり積もってしまう。電力の自由化により競争原理を導入し、非効率な部門を減らし、電気料金の引き下げ、または値上がり幅の縮小を目指す改革は必要である。しかし、電力の自由化というのは、規制を廃止すれば自由化が実現されるものではない。膨大な新しい規制大系を新たに制定して、初めて、自由な電力市場が形成される。その作業は現在行われているが、手間暇のかかる大変な作業なのである。自由市場=規制の無い状態、ではなく、政府と民間が知恵を結集させて新しい効率的な規制大系を作り上げて、初めて電力の自由化が実現されるのである。

規制改革とは、主として供給サイドの改革である。一方、需要創造型の規制緩和というものを唱える人がいる。保育や介護の分野においては、満たされない大きな需要があることは間違いない。では、規制緩和によって需要を顕在化させることができるであろうか。私はほとんど不可能だと考える。保育や介護への需要が満たされない最大の理由は、政府がサービス価格を、市場価格より大幅に安く設定しているからである。その安い価格の結果として発生する膨大な需要に見合う供給力を拡充するためには、巨額の公的資金の投入が不可欠である。介護の分野に関して言うと、介護保険の導入開始と共に新規参入した企業のうち、大手3社が介護報酬不正請求事件を引き起こしたことがある。規制が厳しすぎたのではなく、規制が緩すぎたために大手3社が不正に手を染めるという事件が発生した。予想以上に収益性が低かったことも一因であったのかもしれない。介護保険が導入されてから、まだ10年強しか経っていないが、規制改革の必要性はいくつもあるはずだ。しかし、介護の需要を満たすという根源的な問題を、規制改革で解決することは不可能である。公的資金を大量に投入するしか手段が無い。問題は規制ではなく、財源なのである。保育については、介護と比較した場合には、規制改革を通じた供給力の拡大余地はあると思う。しかし、規制改革で解決できる問題は一部であり、大部分は、介護と同様に公的資金の投入が必要である。

安全などの非経済的利益を犠牲にすれば、手っ取り早く需要を作り出す規制緩和策はありえる。2011年3月11日以前には、原子力発電所の安全規制の緩和が議論されていた。規制緩和により、電気料金が下がれば、減税の効果と同様に、新しい需要が創造され、経済成長率の上昇につながることが期待された。しかし、大震災に伴う福島原発の事故の発生とともに、規制緩和は完全に夢の世界と
なった。今後の原子力政策は、大幅な規制強化とコスト増加を伴う原発の再稼動か、原発の全面廃止しかありえない。こうした安全などの非経済的利益を犠牲にすることなく、大きな需要を創造できる規制緩和策は無いと思う。

需要創造型の規制改革があるとすれば、規制緩和ではなく、新たな規制の創設の方が重要であろう。新産業が生まれようれようとしても、そうした部門を健全に発展させるためには、新しい規制、制度を整える必要がある。必要な改革は、規制緩和ではなく、規制の創設の方である。古い規制の廃止だけでは不十分な分野は多いと思う。規制の無い新しい市場において、法律違反では無いという理由で、企業経営者が好き勝手な行動をとり続ければ、健全な市場として発展できなくなる。新しい分野については、古い規制を廃止すると同時に、新しい規制がうまく機能し、市場の健全な発展につながることができるような規制の大系を作り出すことが必要である。この新しい規制大系というのは、インフラの一種である。iPS細胞を活用する治療の推進にしろ、燃料電池自動車の拡大普及にしろ、規制というインフラなしには産業として成長していくことは不可能である。

こうした考え方に立つ場合、規制改革は、何時の時期においても必要とされるものである。景気が悪くなった時に、景気対策として行われるような種類の政策ではない。また、規制改革の中には、目先の景気を悪化させるような改革も多い。規制改革が、競争原理をうまく利用して、資源配分を最適化し、生産性の上昇を目的とする場合が多いためである。古い規制が残り、結果として競争らしい競争が行われなくなっている分野において、規制改革により新規の参入者が現れるとする。この場合、競争の激化により、非効率な企業が高い確率で市場から追い出されるので、倒産や失業が発生しやすくなる。規制改革の目的が、非効率な企業を市場から撤退させることを目的とするのであるから、当然の結末である。しかし、長い目で見れば、経済全体の生産性が向上し、経済成長率の底上げにつながる。規制改革は、短期的に見れば景気対策とは正反対のデフレ不況促進政策につながりやすい。ただでさえ倒産や失業が増えているデフレ不況期に、競争を激化させる規制改革を行うことは、タイミングとしては好ましくない。こうしたタイプの規制改革の実施は、不況期ではなく、景気回復期の方が望ましい。

だれにも不利益を及ぼさない規制の改革、明らかに不必要で時代遅れの規制の改革は、ある程度の速度で進行するであろう。しかし、多くの人が規制改革が必要だと思っても、規制改革がなかなか進まない分野がある。規制改革が進まない理由はいくつかあるが、その一つに、規制改革によって不利益を被る既得権益団体が、強い政治力を持っている場合がある。政治力の強い既得権益団体は、自己の主張に社会的意義があると主張し、それを大義名分として、規制改革に反対する。この場合でも、以前ならば、ある程度の改革を進めることが可能であったと思う。規制改革の見返りに、補助金などの名目で、反対派にカネをばら撒き、黙らせるというやり方は、様々な政治問題の解決手法として、過去においては頻繁に行われてきた。しかし、現在、同じような手法で規制改革ができるような財政状態ではない。因果関係としては、規制改革の推進→経済成長の実現、だけではなく、経済成長率の低下→規制改革の停滞、という面にも注目すべきである。従って、規制改革を進めるためには、名目成長率をプラスに維持し、税収を増やし、その一部を規制改革によって不利益を受ける人たちにばら撒くという手法も必要であると思う。こうした手法は古い手法であり、現在は、大規模に実施する余力も無いが、規制改革を実施に移す現実的手法として、ある程度は頼らざるをえない手法であると思う。デフレが進行し、名目経済成長率が低下し、財政赤字が膨らみ続ける環境下においては、政治力のある既得権益団体の圧力をはねのけて規制改革を進めることが、より困難になるという構造的な要因があることを理解すべきであろう。

安倍政権が、規制改革会議を立ち上げ、規制改革への取り組みを強化すること自体は正しい。何時の時点においても、規制改革というものは、経済成長率の引き上げために必要な政策である。規制改革とは、手間隙のかかる地道な作業の積み上げでもある。政治力の強い反対勢力が存在する場合には、ある程度のばら撒きも必要であろう。規制改革の中には、実施のタイミングが、不況期よりも、景気回復期の方が望ましいものも存在する。規制改革は、基本的に景気対策とは、次元の異なる政策であると考えるべきである。デフレを克服し、景気を回復させ、名目成長率をプラスに維持し、税収が増えてくれば、その時こそが、痛みの伴う困難な規制改革を実現できるチャンスになると考える。デフレ不況下で、あたかも魔法の杖か打ち出の小槌であるかのように繰り返し主張される「規制緩和という景気対策」のスローガンには意味が無いのである。


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テーマ : 経済
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