ビッグマック指数の問題点

ビッグマック指数、生活費指数、IMF購買力平価

日本のエコノミストの中には、現在(2013年2月9日、1ドル=93円70銭)でも、為替レートが1ドル=70円台の時においても、円の為替レートは割高ではない、と主張する人たちがいる。そうしたエコノミストたちが円は割高ではないと主張する根拠の一つが、ビッグマック指数から見た円の購買力平価である。エコノミスト社が2013年2月1日に発表したビッグマック指数によれば、円はドルに対して、19%割安の水準であった。購買力平価の一つであるビッグマック指数から見ると、円は対ドルで20%近く安く評価されているので、現在の円相場は、円高ではなく円安である、という主張である。

以前、購買力平価とは何かを説明した際(*1)、ビッグマック指数を購買力平価として使用すべきではないと主張したが、今回は、その根拠をより詳しく説明する。エコノミスト社は、社内にEIUという調査・コンサルタント部門を抱えている。その EIUは、2013年2月4日に、駐在員用の生活費指数を発表している。これは、世界140都市における商品、サービス価格を160品目以上調査し、それをニューヨーク=100として比較するものである。この調査によれば、東京の指数は152であり、東京の生活費は世界で一番高いという評価であった。ちなみに、世界第2位は、大阪である。これは、東京の生活費がニューヨークを52%上回っている、ということを意味する。同時に、東京の物価がニューヨークを52%上回っている、という意味でもある。さらにこれは、購買力平価で見た場合、東京という日本を代表する都市で流通する円の価値が、ニューヨークというアメリカを代表する都市で流通するドルの価値を52%上回っている、ということをも意味している。

ビッグマック指数と生活費指数を使い、ドル=100とした基準で、円のドルに対する割高、割安度合いを示す数値をグラフ化したものが、最初に示したグラフである。このグラフには、IMFの購買力平価で見た円のドルに対する評価値も挿入した。グラフを見てわかることは、三つの指数の変動がよく似ている、ということである。一方、指数の水準は全く異なる。生活費指数は非常に高く、ビッグマック指数は非常に低い。IMFの購買力平価はその中間である。2013年の値は、生活費指数が152、IMFの購買力平価が127、ビッグマック指数は81である。

エコノミスト社の算出する生活費指数、ビックマック指数を用いてドル・円の為替レートを評価してみる。日本は生活費が非常に高いので、生活費指数を購買力平価として使用した場合、円の価値はドルを52%上回る。一方、ビッグマックという一商品に関しては、日本での価格が安いため、ビッグマック指数を購買力平価として使用した場合、円の価値はドルを19%下回る。

どちらの指数を購買力平価として使うのが正しいのであろうか。それは、生活費指数の方である。理由は、ビッグマック指数が、ビッグマックという一商品から算出される購買力平価であり、生活費指数は、160品目以上の商品、サービスから算出される購買力平価であるからだ。エコノミスト社は、ビッグマック指数を購買力平価として宣伝しているが、生活費指数を購買力平価としては扱っていない。しかし、本当は、エコノミスト社が算出する生活費指数の方が、ビッグマック指数よりも、購買力平価としては精度が高いのである。

では、エコノミスト社の生活費指数を購買力平価として使用することは正しいであろうか。これも誤りである。エコノミスト社の生活費指数で使用する商品、サービスは、160品目以上と少ない。IMFの購買力平価では、途上国においては、約1000品目、日本やアメリカなどの先進国においては約3000品目の商品、サービスから算出された指数である。EIUはエコノミスト社の一部門であり、その調査員が、毎年数多くの調査レポートを発表しているが、その中の一つのが、生活費指数である。IMFの購買力平価は、元をたどれば、世界銀行の ICP(International Comparison Program:国際比較プログラム)という購買力平価算出プログラムの中で作成された数値を元に計算されている。世界銀行が中心になり、OECD、ユーロスタットが協力して算出した購買力平価を、IMFがアップトゥデートしたものである。ICPという作業に何人が参加したかは分からないが、EIUの生活費指数よりも、遥かに膨大な人員、時間、統計の専門家が共同で算出した購買力平価であることは間違いない。世界銀行とIMFの購買力平価は、ICPで2005年を基準にして算出された購買力平価を大元に使っているので、全く同じではないが、似たような数値になっている。先進国に限った購買力平価については、OECDとユーロスタットが協力して算出したOECDの購買力平価も利用可能である。これも、ICPに組み入れられているので、2005年のOECDの購買力平価は、世界銀行、IMFと同じである。生活様式が異なる国々の物価を比較して計算し、購買力平価という一つの国を代表する一つの数値を算出している。どんなに多くの優秀な人員を長時間動員しても、欠点、欠陥を完全に除去することはできないと考えられ、その精度には、限界があるであろう。だが、現在、世界に存在する一番精度の高い購買力平価は、世界銀行、IMF、OECDの購買力平価であるはずだ。

2013年2月6日のエコノミスト紙に、「ビッグマック指数で見た通貨戦争」という題名の記事が書かれていた。ここでは「バーガノミックス」という名で、ビッグマック指数を使った通貨分析を行い、どの通貨が割高、割安であるかを評価している。その中では、円は対ドルで19%割安であるということも書かれており、その日本が通貨戦争の話題に火を付けた事を批判的に書いている。このエコノミスト紙の記事は非常に不適切であると考える。分析を行うなら、より精度の高い生活費指数を購買力平価として使った分析も同時に発表すべきであろう。生活費指数なら、円は、依然として世界一高く評価されている通貨なのである。

ビッグマック指数の大きな意義は、「わかりやすさ」にある。購買力平価とは何かを知らない人たちに対して、購買力平価の意味を説明する際、ビッグマック指数を例として使うと、非常に分かりやすい説明が可能になる。わかりやすく、かつ現実を正確に反映している指数であれば、いくら使用してもかまわない。しかし、ビッグ
マック指数はわかりやすいだけで、精度が低い物差しなので、使用すると、現実を歪んだ形でしか認識することができない。購買力平価を使うのであれば、世界銀行、IMF、OECDの購買力平価を使用すべきである。ビッグマック指数は、購買力平価を説明する際の入門者用のテキストだけに使途を限定して使用すべきである。ビックマック指数は、専門的な通貨問題の分析のために使用する尺度としての購買力平価からは、追放すべきである。



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