外国人投資家の日本株買いと対外純資産の減少

私は、これまで何回も、量的緩和の強化、リフレ政策を訴え続けてきた。ただ、私は、現在の安倍政権下で主流となったインフレターゲット論者ではない。インフレターゲット論との間に共通点も多く、共感する点は多いのであるが、相違点もあるからだ。その一つとして、資産価格に対する考え方がある。普通のインフレターゲット論では、モノの価格を例えば2%前後に誘導することを、中央銀行の最大の任務と考える。私の場合は、モノの価格だけではなく、他のいくつかの要素も考慮しながら、金融政策を実施すべきだという立場である。他のいくつかの要素の一つとして、資産価格が上げられる。この考え方は、白川総裁の考え方と一部共通するところがある。白川総裁は、1980年代後半の時期において、末期以外は1%台かそれ以下の低いインフレ率であり、その時、土地や株といった資産価格が大幅に上昇し、バブルを招き、1990年代以降の日本の失われた20年の大きな要因になったと主張する。ここまでは共通するのであるが、この後が180度意見が異なる。日銀は、1990年以降、株、土地という資産の価格が下がるのを放置し、現在に至るまで、資産価格の下落をほとんど放置している。これは、日銀の重大な怠慢であると考える。2010年以降、日銀によるETFの買いが、日本の株価の下落幅を小さくした効果だけは認める。資産価格というのは、上がり過ぎるのはバブルであり、好ましくないが、下がり過ぎたり、下がったまま放置したりすることもまた、同時に好ましくないのである。資産価格の下落の放置が、いかに負の資産効果を通して、日本の消費回復を鈍らせたかを、(*1)で説明した。ここでは、もう一つの好ましくない現象、(*2)で指摘した外国人投資家の日本株の買い越しによる日本の株価上昇がもたらす負の効果について、もう一度説明する。

まず、現在の日本の株価の状況を、アメリカ、イギリスの株価と比較することから始める。

日本、アメリカ、イギリスの株価推移
現在の日本の株価は、アメリカ、イギリスと比べて、あまりにも低い水準が長続きしすぎている。データが入手できた1984年4月末-2012年末の29年弱の株価の推移を見ると、アメリカは上記の期間に11.2倍、イギリスは5.2倍値上がりしているが、日本はこの期間、5.6%値下がりしている。日本の場合、1990年代初頭のバブル崩壊以降、下落と低迷が長期間続いているのに対して、アメリカやイギリスは、2000年代の住宅バブル崩壊後の安値からも、大きく値を戻している。

しかし、これでも日本の株価は下げ幅が少ない方なのである。1982年以降の外国人投資家の日本株の売買状況を下記に示す。

日経平均株価と外国人投資家売買状況
基本的には、外国人投資家の買い越し金額=日本人投資家の売り越し金額である。1980年代のバブルの時期は、外国人投資家の売り越し=日本人投資家の買い越しで、株価は上昇を続けた。しかし、バブル崩壊以降は、株価が一時的に上昇している局面は、外国人投資家が大きく買い越している局面だけである。1991年-2012年の期間における外国人投資家の日本株の買い越し金額=日本人投資家の日本株の売り越し金額は、74兆円である。この間、日経平均株価は、1989年12月29日にピークの38,915円をつけ、2009年3月10日にボトムの7,054円まで81.9%値下がりし、2012年末に10,395円と73.3%下落した位置に回復しただけである。

こうした大幅な株価下落と外国人投資家の日本株の買い越しについて、記さなければならないことを三点上げてみたい。第一は、現在も株価の下げ過ぎという負のバブルが続いているという状況であり、こうした株価の低迷は是正されなければならないということだ。上記のグラフと、最初に示したグラフを合わせてみれば、明らかなことであろう。量的緩和の強化=バブル発生という意見がしばしば聞かれる。現在、考えなければならないのは、バブルの発生ではなく、負のバブルの解消の方である。アメリカ、イギリスでは、株価が既に住宅バブル崩壊前のピーク時近くまで戻しているのである。日本がバブル発生を警戒する水準に至るまでに、株価は相当大幅に上昇する必要がある。第二は、22年間に外国人投資家による74兆円の日本株の買い越しがなければ、日経平均株価は、もっと大きく下落していたはずであるということだ。日本の株価は、外国人投資家の74兆円の買い越しの結果、株価下落率が81.9%で収まったのである。外国人投資家が日本株を74兆円も買い越していなければ、株価の下落幅、下落期間はさらに大きなものとなり、株価下落が日本経済に与えた悪影響は、もっと大きなものになっていたことであろう。第三は、本来は、外国人投資家による74兆円の日本株の買い越しに依存するのではなく、バブル崩壊直後に、ゼロ金利と量的緩和を導入し、日本人投資家の日本株の売り越し金額を最小限にとどめるべきであったということだ。株価が長期間大幅に下落する中で、外国人投資家が74兆円の日本株を買い越した結果、株価が上昇した場合、対外純資産が減少するという、外国人投資家による日本株買い越しの負の効果が発生することになったのである。今となっては、その巨額の負の効果から、逃れることはできない。

一方、外国人投資家が日本株を買い越す間、日本人投資家はどのような行動をとっていたのであろうか。日本人投資家の主な主体の売買状況を下記に示す。

日経平均株価と投資部門別(除外国人)売買状況

1991年-2012年の期間における外国人投資家の74兆円の買い越しに対して、売り越しで向かったのは、個人の37兆円、自己の15兆円、生命・損害保険の13兆円、事業法人の9兆円、銀行の3兆円、投信の2兆円である。1996年に信託銀行という部門が新しく設けられ、その後、信託銀行は11兆円買い越した。個人投資家は、株価が上昇すると、必ず大量の売りをぶつけてきた。この結果が、上記の22年間に、個人投資家による37兆円という巨額の株の売り越しとなったのである。しかし、個人投資家が株式市場から資金を引き上げたのかというと、そうではない。個人投資家は、取引所という流通市場においては、37兆円も売り越しながら、新規公開、公募増資、売り出しなどの、主として株式の発行市場においては、37兆円前後の株を購入したと推定される。個人投資家の資金が株式市場から逃げ出した訳でも無いのである。自己の15兆円の売り越しというのは、CB、ワラントのつなぎ売り、取引所外取引で取得した株の取引所での売却などの特殊要因の積み上がりである。自己は、長期で見ればプラスマイナスゼロであるのだが、取引所の売買だけを見ると、特殊要因のため売り越しになりやすい。生命・損害保険、事業法人、銀行の売り越しは、持ち合い解消の売りである。ただ、事業法人は、過去10年ほどの期間では、持ち合い解消の売りよりも、自社株買いの金額の方が大きくなっている。1996年9月に新しく設けられた部門である信託銀行の11兆円の買い越しは、ほとんどが年金資金である。現在でも買い越し基調であるのだが、買い越すのは、株価の下落局面に限られ、株価の上昇局面では大幅に売り越すこともあった。なお、1996年8月以前の年金資金は、信託銀行ではなく、銀行の方に計上されていた。従って、22年間の3兆円の銀行の売り越しには、年金の買い越し金額が一部に含まれているので、実際には銀行の売り越し金額は3兆円より多く、信託銀行の買い越し金額は11兆円より大きかったはずである。

以前、(*3)において、量的緩和の強化があった場合、外国人投資家だけが日本株を買い越し、日本の株価は上昇すると指摘した。(*4)において、日本人投資家の相場観の中に、株価は上がらない=戻り売りでなければ儲からないという信仰=ヒステリシスが発生しているため、日本人投資家の買い越しで株価が上昇することが大変困難になっている構造を説明した。そして、(*2)において、外国人投資家による大量の日本株の買い越しが続いた後で日本の株価が上昇すると、日本の対外純資産が減少するという、負の効果があることを指摘した。ただ、(*2)の中の結論部分では、間違ったことを書いてしまった。量的緩和が強化されると、外国人投資家が日本株を買い越すことによる日本の株価上昇の負の効果=対外純資産の減少を、日本人投資家が外国株を買い越すことによる外国の株価の上昇という正の効果=対外純資産の増加で相殺すべきであると書いたことである。日本人投資家は、2012年に入って、外国株の売買は若干の売り越し基調を続けていたが、2012年11月14日以降、日本の株価が上昇すると同時に、日本株だけではなく、外国株も同様に売り越し基調を強めてしまった。こうした状況が続くと、日本の株価上昇が続く限り、日本の対外純資産は減少し続けることになる。

その構造を改めて説明するため、投資部門別の株式保有金額を下記に示す。

投資部門別の株式保有金額
上記のように、2012年3月末の外国人投資家の日本株保有金額は、81兆円であった。これは、日本の対外資産負債という観点で見れば、日本は外国に対して81兆円の負債を保有している、ということなのである。2012年3月末の日経平均株価は、10,083円であった。現在の外国人投資家による日本株の買い越しが続いて日本の株価が上昇し続け、仮に日経平均株価が2012年3月末の2倍の20,166円まで戻すと、外国人の日本株保有を通じた対外負債金額は162兆円以上に増加し、少なくとも81兆円の対外純資産が減少してしまうのである。3倍の30,249円まで戻せば、少なくとも162兆円の対外純資産が減少してしまう。日本の株価が上昇すると、日本の富は海外に流出し、対外純資産は減少し続けることになる。(*5)で指摘したように、円安になると日本の対外純資産は増加するのであるが、これは、あくまで円換算の対外純資産の増加であり、ドル建ての対外純資産には、変化がない。一方、日本の株価上昇の結果として失われる対外純資産は、ドル建てでも円建てでも失われることになる。外国人投資家からすれば、22年間日本株を買い続けて、損ばかりしていたのだが、ようやく大きな利益の出る水準まで日本の株価が上がってきた、という感覚であろう。こうした日本の株価上昇が、日本の対外純資産の減少につながるという事実に、もっと注意を払うべきだったと思う。

ここまで来てしまった以上、日本の株価上昇による対外純資産の減少額をゼロにする対策は無い。しかし、対外純資産の減少額を少なくする方法、金融政策は存在する。ただ、金融政策というものは、株価上昇の結果として起こる対外純資産の減少を減らすことだけを目的とするものではない。従って、下記のような政策を実施すべきということではなく、株価上昇を原因とする対外純資産の減少の金額を減らす方法を考えるならば、下記のような政策を実施するという選択肢があるということを述べることにする。

その前に、現在実施されている金融政策の実態について、少しばかり説明する。現在の政策では、日銀は、年間21.6兆円の長期国債を購入しているが、その購入時の平均残存期間は、2011年度において3.3年(日銀調査論文より)であった。資産買入等の基金では、残存期間が1年以上3年以下の国債を、2013年中に20兆円購入することになっている。なぜそんなに残存期間の短い国債しか購入しないのであろうか。理由は、主として出口戦略を考えてのことであると思われる。インフレが発生した時、国債の購入を停止すれば、日銀のバランスシート、あるいはマネタリーベースは、国債の償還によって急激に減少する。何もしなくても、金融引き締めが可能になるのである。日銀が財政ファイナンスをしているという批判を避けることも、一つの理由であるだろう。しかし、イギリスの量的緩和政策では、最初から国債の買いオペの対象は、購入時において残存期間3年以上の国債に限っており、購入時の国債の平均残存期間は軽く10年を越えていた。アメリカの量的緩和政策では、当初は残存期間の短い国債も購入していたが、オペレーション・ツイストにより、残存期間3年以下の国債を売却し、残存期間6年以上の国債に乗り換えている。出口戦略というのは、売りオペや償還の外に、準備預金率の引き上げ、超過準備に対する付利の引き上げなど、他にもいくつかの手段が存在する。出口戦略を考えることは必要であるが、考えすぎると、効果の上がる政策を採用できなくなる。

対外純資産の減少を少なくする方法は、外国人投資家ではなく、日本人投資家が日本株を買い越すことにより、日本の株価が上昇する環境を作り出すことである。日本証券業協会の統計によれば、昨年11月までの1年間の15年物-40年物の長期国債の残高は、発行27兆、償還3兆円で、24兆円増加している。同じ期間に、10年物国債の残高は、発行32兆円、償還21兆円で、10兆円増加している(四捨五入で1兆円の誤差発生)。こうした環境があるので、日銀が残存期間の長い国債の買いオペの金額を増やせば良いのである。年間21.6兆円の長期国債の購入は、残存期間11年以上のものに限り、20兆円の資産買入等の基金の国債購入は、残存期間6年以上の国債に限ると変更するのである。こうなると、従来、超長期、長期の国債を最も大量に購入してきた生保、信託銀行(主体は年金)にとっては、購入する国債が無くなるか、利回りが大幅に低下してしまい、他の資産を購入せざるを得ないように追い込まれる。長期国債の替わりになる資産は、日本株と外国債券が中心にならざるを得ない。そうなると、生保、信託銀行は、少なくとも、それぞれ年間数兆円レベルで日本株と外債を買い越さざるをえなくなる。この結果、外国人投資家主導では無く、日本人投資家主導の株高、円安が引き起こされる。外国人投資家は日本株の売り方に回り、その結果、日本の対外純資産減少の金額は縮小することになる。あくまでも縮小であり、ゼロにするという政策は存在しない。もう一つ付け加えると、日本の対外純資産減少の金額を最小限にする政策は、次の政策である。日銀が、今年購入予定である長期国債21.6兆円と、資産買入等の基金の34兆円、合計約56兆円の資産購入を、すべてETF購入に回す、という政策である。これは、中央銀行がリスク資産を大量保有することになり、採用不可能であるが、理論的には一番シンプルな政策である。

繰り返すが、上記のような政策は、株価上昇の結果として起こる対外純資産の減少を減らすことだけを目的とした政策であり、そっくりそのまま採用すべき政策であると言うつもりはない。しかし、日本の株価上昇に伴って、対外純資産が減少するという負の効果を認識するとしたら、残存期間の短い国債を大量に購入し、マネタリーベースを増やし、2%のインフレが起これば満足、という考え方だけでは、必ずしも十分ではないということがわかるはずである。外国人投資家による日本株の買い越しの結果、日本の株価が大きく上昇すると、日本人が、長期間、汗水流して溜め込んだ270兆円前後の対外純資産が、数十兆円単位で減少するという、実に馬鹿らしい現象が起こるのである。この現象を多くの人たちが認識すれば、インフレターゲットだけでは不十分であり、買いオペ対象の国債の残存期間の長期化などの政策も、同時に採用することが必要であることが理解されるようになると思う。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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なんだかんだ言って日本はうまくやってませんか

しかし93年から2008年まで外国人に思い切り高値でつかませていますよね。
これによって日本の純資産はどれだけ増えた、というか守られたのでしょう。株価下落による純資産低下を外国人がかぶってくれています。

今買い戻したならトータルでは十分に儲けていると思います。
日本人はここで買い戻して長年の売り越しを安値で買戻して上昇トレンドに突入するか、まだ国内政策と景気と財政を引き締めてまた落として更なる買い場を作り出すか、どうなのでしょう。

なんだかんだ言って外国人はトータルでは含み損です。
だから外国人主導より日本金融機関と政治家、官僚主導で日本の総アは作られるのではないかと感じてしまいます。

他の指数でみてみました

日経225は時価総額荷重ではないユニファナ指数と言われます。
自分はマネックス証券のツールで時価総額荷重の日経300の長期チャートを見ていますが、明らかに日経225より下落率が低いです。
しかし、トピックスでは似たような数字が出ました。

225種は90年代の平均17500が今11000です。(62.8%)
300種では90年代の平均260が今185です。(69.8%)
topixでは90年代の平均1500が今917です。(61.3%)

コアの300種の時価総額が相対的に強いようです。
これは寡占が進んでいることを示しているかもしれません。

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