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日本の製造業 困難な再生への道

前々回(*1)、日本の電気機械産業が、実質的には急激な成長を遂げていることを示し、その成長を維持するための具体的政策として、「円安誘導」を提示した。今回は、ミクロ的な視点から、日本の製造業、電気機械産業が直面する、「円安誘導」だけでは解決しきれない問題点を指摘する。

まず、主要先進国における鉱工業生産指数の推移を見る。

OECD鉱工業生産
上記のグラフは、OECDのHPに掲載されている20ヶ国の鉱工業生産指数の推移を示したものである。全部で30ヶ国のデータがあるのだが、30ヶ国のグラフ表示は、数が多すぎるので、主要と思われる20ヶ国を選んで作成した。そのOECDには、アジアからは、日本と韓国しか加盟していない。日本のライバルでもある韓国の伸びは著しい。日本は、20ヶ国中14位である。日本より下の国は、経済危機に陥っている南欧諸国が多い。東アジアは「世界の工場」と呼ばれるが、日本は東アジアにありながら、欧米の先進国と同等かそれ以上に、製造業が衰退しつつある。

次に、日本の鉱工業生産の業種別の推移を見る。経済産業省が公表している日本の鉱工業生産指数は、17の業種に分類される(鉱業を除く)。その17業種の指数の推移を見ることにする。

日本の鉱工業生産 業種別

前回、内閣府の国民経済計算確報を用い、電気機械産業の実質GDPが爆発的に増加していることを示した。国民経済計算確報の電気機械産業に相当する業種は、電気機械工業、情報通信機械工業、電子部品・デバイス工業の3業種が近い。電子部品・デバイス工業はそれなりに伸びており、17業種のトップに位置する。情報通信機械工業は下落が著しく、17業種中、下落率がトップである。電気機械工業は17業種中の中位にあり、伸び率も微減である。鉱工業生産指数統計から見ると、電気機械産業が爆発的な伸びを示していることは読み取れない。統計の作成者である経済産業省のHPを見る限りでは、性能の向上を価格の低下、生産量の増加につなげる処理が、一部しか実施されていないからだと推測される。私の直感であるが、半導体や電子部品の微細加工に伴う性能の向上が、ほとんど反映されていないように感じられる。そしてまた、IT革命の中で、情報通信機械工業の衰退ぶりが著しいことが理解できる。

国民経済計算確報の電気機械産業に相当する電気機械工業、情報通信機械工業、電子部品・デバイス工業をさらにさかのぼって品目別に見ると、105品目になる。それを全部示すことはできないので、その中から、なじみのある製品を20品目を選んでグラフ化すると、下記のようになる。

日本の鉱工業生産 電機三業種 品目別
伸び率トップは、太陽電池モジュールである。国内需要は急拡大しているが、中国などからの安い輸入製品がシェアを拡大しつつある。この分野は、後で示す情報通信機械の製造とは異なり、絶えず技術革新が進行しているため、円高是正が進めば、競争力が再び強化されることが期待できる。2番目の発光ダイオード、すなわちLEDは、少し前までは、日本製品が世界のトップシェアを維持していた。現在は、サムスンなどの韓国メーカーに急激に追い上げられている。これも円高が是正されれば、再び競争力が強化されることは間違いない。半導体は種類によって伸び率が違う。伸び率の一番大きいメモリは、エルピーダのDRAMが思い浮かぶが、実際には、東芝のNANDフラッシュの占める割合が圧倒的に大きい。直近の伸びは、アップル特需だと思う。鉱工業生産指数の統計上のCCDには、CMOSが含まれている。「電子の目」であり、デジカメなどの基幹部品であるが、これはソニーのCMOS生産拡大の影響が大きい。CMOSは、日本に残されている半導体の中で、最も競争力を維持している分野であると言える。ロジックとマイコンは衰退への道を歩んでいる。そして、最も衰退している品目は、ビデオカメラ、液晶テレビ、携帯電話といった、情報通信機械工業に属する製品である。

いつも強調しているように、私はこうした日本の製造業の衰退の最大の原因は、円高、特にアジア諸国の通貨に対する超円高であると考えている(*2)。では、超円高が解消された場合、製造業の生産はすぐに回復するであろうか。実際に回復するためには、いくつもの大きな困難が伴う。その理由を三点に分けて説明する。

第一に、工業生産能力が、一旦、破壊されたならば、再生が困難になるというヒステリシスと呼ばれる現象が発生するからである。以前、株式市場のヒステリシスという表題で、日本の株価が上昇しにくい構造になっていることを説明した(*3)。ヒステリシスとは、1980年代のヨーロッパ諸国の高失業率の定着を説明するために使われるようになった言葉である。一旦、社会に高失業率が定着してしまうと、容易には失業率が下がらなくなることがありうる。例えば、労働者が、一旦、解雇されてしまって、長い間、失業状態にあった場合、それまで蓄積してきた技能を失い、再び元の職業に戻ろうとしても、元の職業に戻って働くことができなくなくなる可能性がある。こうした労働力全体の劣化現象が起こると、完全雇用失業率まで失業率は下がらず、長期にわたって高い失業率が続いてしまうかもしれない。1980年代のヨーロッパ諸国では、インフレ率の水準にかかわりなく、高失業率が定着する傾向が見られ、この現象は「ヒステリシス」と呼ばれることになった。こうしたヒステリシスという現象は、失業問題や株式市場だけではなく、企業や国家が保持する工業生産能力についても同様な現象が発生すると考えられる。超円高が原因で、企業が倒産するか、ある種の製品の製造から完全撤退する場合を考える。倒産か、リストラという名の企業の工場閉鎖、人員解雇、製造からの完全撤退が相次ぎ、その結果として、鉱工業生産指数が大きく低下し、外国からの輸入品に全面的に置き換えられたとする。そこで為替レートが大きく円安方向に戻った場合、どうなるであろうか。円安に戻ったからといって、日本企業が、以前製造を放棄した製品の生産を再び開始することができるであろうか。実際問題として、生産を再開することは、非常に困難か、不可能かのどちらかであろう。こうした再生困難な製造業の劣化現象は、一種のヒステリシスであることは間違いない。こうしたヒステリシスが発生した後となってから学ばなければならないことは、再び円高に戻して、今以上に製造業を破壊することだけは避けなければならない、ということである。

第二に、情報通信機械に属する製品の製造の困難さである。冷蔵庫などの白物家電は、国や地域ごとにニーズが違い、市場が分断されているのであるが、情報通信機械の場合、市場の分断が比較的少ない。従って、製造コストの安い地域で集中的に生産し、世界中で販売することが有利な製品が多い。上記のグラフで示されている通り、携帯電話やビデオカメラの生産は、長期低落傾向にあり、液晶テレビの生産は、急激に低下している。この分野では、主として台湾系のEMS(電気機械製品組み立ての受託企業)による中国生産が拡大しており、日本企業が国内製造で勝つことが難しくなりつつある。円安が定着したとしても、衰退のスピードを遅らせることはできるが、衰退そのものを止めることは難しい。競争相手が韓国や台湾ならば、購買力平価ベースの一人当たりGDPが日本とほとんど差が無いため、完全に円高が是正されたならば、日本製の製品の競争力は回復する。しかし、中国や東南アジアの多くの国の場合、円高是正が終わった場合でも、経済の発展段階の差から、賃金の格差は依然として残る。情報通信機械の製造は、付加価値が小さいため、台湾系のEMSの中国工場に、全面的に製造委託を進めても問題は無い、という考え方もある。しかし、中長期的に見れば、中国や東南アジアでは、賃金も通貨価値も上昇し、輸入品が割高になることは、十分に考えられる。先に示したとおり、一旦、製造から撤退した製品を、再び日本国内で製造することは、容易なことではない。日本企業も、日本国内で上位機種を作る工場を残したり、中国や東南アジアに自社の工場を作って製造を維持するなどの対抗策をとっている企業もある。生産コストの問題を考えると、現在の日本の大手電機が手がける情報通信機械の多くは、自社では開発と販売にほぼ特化し、生産は一部を除けば海外のEMSを利用する、という現状路線を拡大する道を進まざるをえないように思われる。この問題も、政府が政策を使って解決することが難しい問題である。あるとすれば、再び円高に戻して、海外生産への移転スピードを加速させることを防ぐことと、ロボット産業の研究開発を政府が積極的に支援し、諸外国に先駆けて、製品組み立ての無人工場の実現時期を早めることくらいであろう。

第三に、いくつかの業種で、日本企業が規模に関する収穫逓増の利益を失ってしまったことである。クルーグマンの新貿易理論によれば、一度、収穫定増の利益を失うと、自由貿易の仕組みの中では、永久に比較優位を取り戻すことが出来なくなる。その先は、撤退か倒産しか残らないかもしれない。収穫逓増の利益を失った業種の代表的な例は、半導体産業である。日本の半導体産業は、まだ残存しているが、円安が進行したとしても、過去の栄光を取り戻すことは非常に困難である。再先端の半導体製造工場を建設するためには、数千億円レベルの投資資金が必要である。日本には、メモリ分野では、東芝やエルピーダが最先端レベルの工場を保有している。しかし、ロジック分野では、台湾のTSMCが最先端の技術を使った巨大な工場を保有しているのに対して、日本にはそのような工場が存在しない。現在の日本の半導体企業には、そうしたロジック系の先端製品の製造工場を建設する資金力が、決定的に不足している。円安が進行しても、そうした資金の壁を乗り越えることは、非常に困難である。TSMCは、台湾政府が継続的に実施してきた台湾ドル安誘導政策の結果、継続的に利益を上げ、その蓄積で巨額の資金の必要な工場を次々と建設し、黒字を拡大することに成功した。韓国のサムスン電子による巨大な半導体工場の建設についても同様なことが言える。しかし、日本が、かつての台湾、韓国のように、購買力平価で見て、対台湾ドル、対韓国ウォンに対して、円の価値を50%前後安い水準に長期間維持するような政策を取ることは不可能である(*4)

1980年代、日本企業の半導体が世界を席巻していた頃、第二次大戦後の市場原理主義の元祖とも言えるレーガン政権は、主としてDRAM生産のマイクロンを守るために、日本は半導体をダンピング輸出していると決め付け、日米半導体協定を日本に無理やり締結させたことがある。韓国もまた、経営危機に陥ったハイニックス半導体を、政府系金融機関を使った出資、融資を実施した後、再建に成功している。TSMCに次ぐ半導体のファウンドリー(組み立て)世界第2位のグローバルファウンドリーズは、UAEの政府系金融機関の完全子会社である。それ以外に、自動車産業では、アメリカではオバマ政権が、巨額の資金投入と政府の介入によって、GMを再生させた例もある。このように、産業再生のため、政府が介入する例は、過去にも世界で見られるし、最近の日本においても、たびたび実施されている。しかし、現在の日本の雰囲気は、政府による産業の救済に対して、批判的な意見が多くなっている感じがする。産業の重要性、将来性を考慮することはなく、現在の収益力のみを考え、競争に敗れるような非効率な企業は潰すべきだ、政府が救済しても成功するとは限らないので、税金の無駄使いになるようなことは避けるべきだ、という考え方である。加えて、経済産業省による最近の半導体産業の育成政策が失敗続きであったことも影響している。昨年12月、ルネサスエレクトロニクスのマイコン事業を維持するため、産業革新機構が出資金として1383億円投入することが決定された。しかし、評判はあまり良くない。経済産業省は、次に、ルネサスエレクトロニクス、富士通、パナソニックのシステムLSI(=ロジックの一種)部門を統合する計画を進めている。システムLSIは、最大顧客であった日本の大手電機メーカーの製造部門が弱体化したため、需要が大きく減少している。三社のシステムLSI工場では、スマホ向けCPUなど、需要が多く、利益率も高い先端製品を作る能力が無い。生産力に見合った需要を獲得することは、相当な困難が伴うことが予想される。そのため、ファブレス化(設計特化)という噂も流れている。

私は、政府が民間企業の救済に乗り出すことは、最小限にとどめるべきだとは考えている。しかし、以前は、産業界のコメと呼ばれていたし、将来は産業界の穀物になる可能性の高い半導体産業の重要性、将来性を考えると、レーガン政権下のアメリカ政府などと同様に、政府が産業の救済に乗り出すことがあっても良いと考える。先に記したように、情報通信機械の製造の分野では、日本企業がいかに努力しても、国内製造の多くが、いずれは途上国へ移転してしまうことを避けることができない。だからこそ、半導体のようなキーデバイスこそは、日本に残すべきだと考える。日本にまだある程度の技術が残されている間に、官民合同で半導体再生プロジェクトを作り、日本の半導体産業の再生戦略を立てるべきだと考える。必要とあれば、数千億円かそれ以上の公的資金を、出資や融資の形でつぎ込むことがあっていい。今年度の補正予算では、3.1兆円の資金が、「成長による富の創出」という名目で、補助金、出資、融資などの形で使われることになっている。iPS細胞から、農業、建設業まで多様な分野へ資金が投下される。こうした資金の中に、日本の半導体再生プロジェクトへの出資、融資があってもおかしくないと思う。経済産業省が主導する現在の政策は、再生政策と言うよりも、破綻防止、延命政策である。延命はできても、その後、再びジリ貧になり、エルピーダの二の舞になる可能性がある。日本の半導体産業を本当に再生させるためには、設備投資や、最先端レベルの研究開発投資のために、より多額の資金が必要である。中途半端な延命策よりも、より大規模な半導体再生プロジェクトを打ち出す方が、帰って失敗するリスクが小さくなると思う。失敗するリスクはあるが、成功したならば、投下資金以上の資金が戻って来るのである。iPS細胞の研究開発に投入する10年間で1100億円の補助金とは、性質が異なる。経済産業省だけではなく、政治家がその重要性を理解し、リスクもとって、国民にも説明してから、資金投入を実施するべきだと思う。繰り返すが、私は半導体産業を特別に重要な産業と考えているから、政府の手によってでも再生させるべきだと考えているのである。円高是正というアジア諸国との競争上の不平等条件を平等化した後は、負け組みの企業や衰退産業を、安易に政府が救済することはあってはならないと考えている。

以上のように、円安進行により日本の製造業は崩壊への道から脱することができるのであるが、円安だけで、アジア周辺諸国に対して競争力を取り戻すことは容易な事ではない。しかし、円高が再び進行すれば、日本の製造業の崩壊が再発するので、今後も円安傾向を維持していくことは不可欠である。アメリカでは、一期目のオバマ政権の間に、製造業の復活、輸出倍増計画を立てて、製造業に対する補助や融資などの産業政策が進められた。製造業は途上国に任せ、日本は脱工業化で成長すべきという考えは広まっている。しかし、脱工業化社会は、現時点ではまだ夢の世界である。アップルのような企業が、次々と現在の日本に誕生して成長していく可能性は、残念ながらゼロに近い。正しい方法は、夢を実現させる努力をしながらも、夢が実現するまでは、現在の製造業を拡大発展させていくことである。製造業を破壊しながら、夢の実現に向かって突き進むことは、大変大きな間違いである。困難ではあるものの、円高で大きく傷付いた製造業の生産基盤を復興していくことは、現在の日本にとって、大変重要な成長戦略であると考える。



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テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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No title

やっべー、なんだこの記事。
凄すぎますね。アダムさん、素人じゃないっしょ。
どこぞの名のあるお方とお見受けいたす。
いや凄いっすよほんとに。

こんなに勉強になったのは久しぶりっす。
感謝感謝!どんどん学びたいっす。

No title

たまたま東芝に乗り換えたところなのでホットなトピックでした。

自作パソコンの世界でも東芝NANDは最高の性能とコストパフォーマンスです。
国策として半導体や電機の復興がアメリカのように行われる可能性はありますね。

そのように未来の可能性を見据えるというのは素晴らしいことだと思います。
誰もが過去については語れますから。
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