金融緩和を先取りする株式、為替市場

12月26日に安倍新政権が誕生する予定である。現時点では、まだ新政権は発足していない。11月14日に衆議院の解散が確実になった直後から、安倍自民党総裁による、「無制限の金融緩和、2-3%のインフレターゲットの導入」などの新しい経済政策についての発言が繰り返し報道された。その後、安倍氏の発言は、「2%のインフレ率実現までの大胆な金融緩和」へと、発言の内容は若干トーンダウンした。しかし、政権発足前から、安倍氏が提唱した経済政策の効果は、既に現れている。株式、為替市場においてである。

まず、今年の10月1日から直近までの過去3ヶ月弱の間、日本の株価と円レートが諸外国と比べてどう変化したかを下記に示す。

主要国の株価推移
主要国の為替レート推移
見て分かるとおり、株式市場においては、諸外国の株価が若干の上昇にとどまる中、日本株だけが11月14日以降、大きく上昇している。為替市場においては、対円で横ばいか緩やかな上昇を示していた諸外国の為替レートが、11月14日を境にして、明らかに上昇速度を上げている。

経済においては、予想、期待という目に見えない不確実なものが重要な役割を果たすことがある。中でも、株価、為替レートというのは、特に短期の変動の場合では、予想、期待が最も重要な決定要因となる。株高、円安が進行する理由は、株式市場、為替市場の参加者たちが、安倍氏の主張するインフレターゲット政策が本当に実施された場合、株高、円安が進行すると予想しているからである。

日本には、もう一つ重要な市場が存在する。それは国債市場である。国債市場における金利の変化を下記に示す。

10年物国債の金利の推移
国債の金利については、11月14日を境にどちらかに大きく動いたということは読み取れない。私なりに解釈すると、11月14日の直後においては、安倍氏の無制限の金融緩和という政策が、金利の上昇要因になるのか、下落要因になるのか、市場参加者の間で迷いがあったのだと思う。その後、国債市場の需給改善という観点から、金利は低下に向かった。その後、大型補正予算の実施、それに伴う国債発行の増額を、国債の需給悪化という観点から嫌気され、金利は上昇に転じたと理解している。

以上のように、安倍氏の大胆な金融緩和という経済政策の実現を、市場が先取りし、株価は上昇し、円レートは下落し、金利は方向感の無い動きを示しているのである。では、市場参加者のうち、どのような人たちが株を買い、円を売却したのであろうか。円については、はっきりとは分からないが、株については、はっきりと分かる。東京証券取引所が発表する投資部門別売買状況を見ればよい。買いの主体は、外国人投資家である。外国人投資家の売買状況と株価の変化を下記に記す。

日経平均株価と外国人投資家の日本株買越金額
11月19日以降の外国人投資家の売買状況は、株価指数先物でも買い越しとなっており、実質的な買い越し金額は、上記の数字を上回る。

では、なぜ外国人投資家が日本株をこれほど買い越してくるのであろうか。一つの理由は、「リフレ派」、「インフレーターゲット派」と呼ばれる人たちが、日本国内においては、少数派であるのに対して、海外では多数派を占めると思われるからである。多くの欧米諸国では、既にインフレターゲット、インフレゴールを導入した上で、大規模な量的緩和が実施されてきた(*1)。欧米諸国からしてみれば、日本が十数年以上にも及ぶデフレ経済、株安、円高という環境の下で、物価が一定程度上昇するまで、強力な金融緩和を実施しないことの方が不思議であったのである。もう一つの理由は、20年以上も続く株安という現象の結果、日本人投資家の中に、「株価が戻れば売りであり、そうしなければ株で儲けることはできない」という強固な相場観、すなわち、株価は上昇しないというヒステリシスと呼ばれる現象が発生してしまっているからである(*2)。今回の株価の戻り局面でも、日本人投資家の大半の主体は、売り方に回っている。中でも大量に売り越しているのは個人投資家である。この「外国人投資家の買い越し、日本人投資家の売り越し」による株価上昇という現象は、過去20年あまりの間繰り返されてきた、決まりきったパターンなのである。外国人投資家の日本株買いは円買い要因であるが、外国為替市場においてはそれほど大きな取引主体ではなく、外国人投資家の日本株買いが、直ちに円高を引き起こすことは少ない。

政権が誕生するのを先取りする形で株高、円安が進み、とりあえず順調にスタートを切るように見える安倍氏の経済政策であるが、まだ安心するのは早すぎる。実は、これと同じような現象が、今年の2月から3月にかけて発生しているのである。この時のきっかけは、日銀が前年比の消費者物価上昇率1%を目途(ゴール)にして金融緩和を強化する、との政策変更を発表した2月14日の金融政策決定会合である。今年に入ってからの日本の株価と円レートの推移を下記に示す。

日経平均株価の推移
ドル・円レートの推移
見て分かる通り、2月14日からの1ヶ月から1ヶ月半ほどの間、株価は上昇し、円レートは下落している。この時も、株を大量に買い越したのは、外国人投資家であった。しかし、その動きは長続きしなかった。原因は、日銀の金融政策に対する信頼の失墜である。2月14日の政策変更の発表後、日銀は資産買入等の基金で資産購入を進めたのであるが、資産買入等の基金の枠外で貸出金を大量に回収したため、3月のマネタリーベースは、前月比で見ても、前年同月比で見ても、マイナスへと減少してしまった。こうした日銀の発表の内容と異なる実際の政策運営に失望した投資家たちは、日本株の売り越しに転じ、株価も下落に転じてしまったのである。おそらく、外国為替市場においても、同じ様な現象が発生していたに違いない。株価の下落とほぼ並行して、円レートも円高方向に転換してしまったのである。ちょうどその頃、輸出減少、輸入増加の悪影響が顕在化し、日本経済は景気後退へと転落して行くのである。日銀は、今年の6月から、本当に資金供給を拡大したのだが、信頼が失われていたため、投資家がそうした日銀の変化に反応することはなかった。

安倍新政権は、今年の2月と同じことを繰り返してはならない。現在は、政策転換への期待から株高、円安が進行しているのである。実際の政策運営が期待以下に終われば、相場は株安、円高へと後戻りしてしまう可能性が高い。日銀は、12月20日の金融政策決定会合で追加緩和を決定した。それでもなお、日銀は、株式市場、為替市場の動きを睨みながら、追加の金融緩和をためらうことなく実施していく必要がある。そうすれば円安、株高は継続し、日本経済の回復、デフレからの脱却も確実になるはずだ。

円安、株高が起こっても、「それがどうした」と思っている人たちも多いと思う。円安、株高が進み、次にインフレが発生しても、賃金が上がらなければ意味が無い、と考える人たちは多い。まず理解すべきことは、今回の不況の大元の原因は、円高にある、ということである。リーマンショック前の1ドル107円前後の円レートが、1ドル70円代にまで上昇した。その結果、日本の貿易収支は、原発停止以外の要因で、年間10兆円ほど悪化した。この貿易収支の悪化=企業の売り上げの減少は、輸出産業全体に大きな打撃を与えた(*3)。自動車産業は生産拠点の日本から海外への移転を加速化させた。電気機械産業はより大きな打撃を受けた。エルピーダは倒産し、パナソニック、シャープも大赤字に転落し、倒産の危機まで噂されるほどまで企業経営は悪化した。これは、日本の製造業の崩壊の加速化とも言うべき現象である。従って、不況の大元の原因である円高を是正し、再び輸出の拡大へと転換させることが、日本の景気回復にとって、必要不可欠なことであるのだ。円高メリット論、円安デメリット論は、いつの時代にも存在するが、誤っていると言わざるを得ない(*4)。次に、内需の低迷、中でも個人消費の低迷の大きな原因の一つは、日本の資産価格の低迷にある(*5)。資産効果と呼ばれるように、株価が上昇すれば、個人消費全体が刺激されて増加に向かい、内需拡大へとつながるのである。輸出と内需が拡大すれば、その後に発生する現象は、賃金の上昇である。日本経済は、不景気が続いているにもかかわらず、失業率は4.2%と、他の多くの先進諸国と比較して低い。リーマンショック前の失業率のボトムは、2007年7月の3.6%であった。この時、賃金は上昇に転じようとしていたのである。それが、アメリカから吹いてきた不況の風を受けて、賃金は再び下落に転じてしまった。日本は、生産年齢人口が減少しているため、労働力の新規供給も減少している。そこで多少なりとも景気回復が起これば、失業率はより低下して人手不足が顕在化し、賃金が非常に上昇しやすい環境へと変化しているのである。株高と円安が進行すると、物価は、まず輸入品の価格が上昇し、景気回復が始まれば、しばらくして賃金の上昇と、賃金の上昇の結果としての物価水準全体の上昇が始まるのである。その結果、株を持っていない人たちの間にも、実質賃金の上昇などの形で好影響は波及してくるのである。実際には、補正予算の実施や、その後の消費税増税が控えているので、株高と円安の効果の波及過程は、より複雑なものになるであろう。

このように、株高、円安というのは、景気回復のために必要な条件である。特に、円安こそが、景気回復のために、最も重要で不可欠な条件である。円安の結果として、株高が促進される、という面もあるからだ。アメリカの場合でも、リーマンショック後のQE1、QE2と呼ばれる量的緩和政策は、株高とドル安を通じて景気を回復へと導いた(*6)。そして、現在のアメリカの財政政策は、景気刺激ではなく、財政再建の方向に動いている。財政の崖という問題は、急激な財政再建による景気悪化を回避し、緩やかなスピードで財政再建を行う手段についての政治家間の意見対立である。景気回復を一人で支え、失業者の数を減らそうと努力しているのは、バーナンキ議長の率いるFRBだけである。安倍新政権の次の重要課題は、このような政策をよく理解し、実施してくれる人物を、日銀の次期総裁、副総裁として選出することであろう。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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円安

管理人さんの円高デメリット論はすばらしいと思います。マスコミは円高デメリットがデフレであることにほとんど触れません。
日銀はアメリカの指示で円高政策を遂行との噂があります。日銀が国際的にマヌケ過ぎて、アメリカに裏で円高を強制されているのではないかと思えます。
バーナンキ氏は議長就任前に日銀をジャンクと批判してましたが、就任後は批判しなくなりました。アメリカの意を受けて日銀が動いていることを知ったからでしょう。
戦後、GHQに日本は通貨発行権を没収されかけ、交渉で事なき得ました。しかし、皇室財産を差し押さえられたように、日本銀行の秘密株主の過半数を奪われたり、通貨発行権の行使について米国の同意を必要とするよう取り決めたかもしれません。日本の現代史は闇だらけです。米ソ冷戦下では
やむを得ない面もあります。日米間は一応自由貿易ですが、日銀の通貨発行権を通じて、米国はうまく管理貿易してきたと言って良いでしょう。
米国が円安を許したのは、安倍政権の求心力を高めてTPP参加するためです。
どうなることやら

No title

円高=メリットの方が大です。

円安→日経平均株価(3000社のうち、225銘柄)が上昇するのは、その225種に限ると、円高デメリット=円安メリット企業の占める割合が、極端に高くなるからです。

つまり、日経平均株価は、「円安でメリットを受ける企業が多い」という、バイアスがかかっているからです。

日本は、3.11以後の構造変化により、「輸出額<輸入額」になっており、その差は、2011年→2012年と、拡大しています。影響は、輸出減よりも、輸入増によるものが圧倒的に大きいのです。

しかも、輸出決済に占める「円」通貨の割合は、すでに40%を超え、日本は、輸出代金を「円」で受け取る、強気企業割合が拡大しています。

逆に輸入代金は未だ「ドル」決済が6割です。

円安でメリットを受ける?企業が大きく見つもって1.5割(日本の輸出額/GDP比は、多くてもこのくらい)だとしたら、残りの8.5割は、円高のメリットを享受します。

円安で、海外資産が増えたとしても、結局増えた海外資産は、海外でしか使えず、日本国内に回るカネではありません。

円高は、長期でも、短期でも、超短期をのぞき、日本にとってメリット大なのです。

円高メリット論への反論

株価が上がっているのは、日経平均株価だけという認識は誤っています。TOPIX、東証2部、大証1、2部、ジャスダック、の5つの指数の2012年11月14日以降の動きを見ると、すべて値上がりしています。株価が上がって入るのは東証1部の中の225銘柄の平均だけではなく、他の東証1部の銘柄と、他の4市場の銘柄合計3700銘柄以上の平均株価は上昇しています。

現在、輸出額<輸入額となっているのは、貿易収支の大幅悪化により、景気後退が起こった結果です。下記を参照願いたい。
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-43.html

輸出の円建て決済比率の40%は、20年前と比較すると若干の低下です。貿易の円建て決済が広まること自体は良いことですが、そのことと為替変動、企業収益とは無関係です。比較劣位にあり、円高で競争力を失いかける企業は、決済通貨にかかわらず値下げに追い込まれます。

円高が進行し、大手電機が倒産し、大手自動車が工場を海外に移せば、国民の大半が不利益を被るので、8.5割が円高メリット享受というのは間違いです。

日本は高齢化が進行する中、国内に貯蓄を溜め込むことは不可能なので、海外に資産を持つしかマクロ的に貯蓄を維持するしか方法はありません。スイスや台湾などは、対GDP比ではもっと巨額の資産を海外に保有しています。

その他、一般的な円高メリット論の反論については、下記を御覧いただきたい。
フロー面から http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-10.html
ストック面から http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-11.html

No title

純粋に財産分配だけなら円高≒円安かもしれません。

しかし、円高によって輸入が増え、輸入業者の雇用と給与が増えるのかというとそういうわけでもなさそうです。
輸入業者の利益は増えますが、雇用はそうそう増えそうにありません。
円高で輸入業者のオーナーだけは潤うでしょうが、日本国民全体の所得という観点では寒いこといなりそうです。

所得移転とワークシェアが機能しているのなら、経常赤字の際は円高メリットでしょう。しかし、経常収支もまだまだ黒字です。

それに対して円安メリットの場合は雇用の維持や増大に関わるところから景気を押しあげるでしょう。
所得移転とワークシェアが機能していないから世界中で通貨安競争と仕事の取り合いというのも滑稽ですけどね。
通貨高+ワークシェア、所得移転でみんなで楽に暮らすということが経常黒字国は可能で、経常赤字通貨安になってから国民全体で重い腰を上げればよいのですが。

No title

日本には実業界、官僚、日銀、政府の総意というものがあると感じていました。
民主が落ちて自民が政権奪取するのも何年も前から分かっていたことです。
自民が政権奪取しても、ある意見を言う人が表に出るだけで、日本全体の総意は不変だと思っていました。


それなのに政権交代がここまで評価されているということに驚きを隠せません。
ドル円は全然未来を織り込んでいんかったのですね。

むしろ民主党政権の空気を利用して不自然なレベルまで円高を根付かせていただけで、その不自然な仕掛けがなければもともと85-90円が当たり前だったのでしょうか。
もともと不自然だったものが安部政権誕生をきっかけに終焉し正常に戻っただけでしょうか。
そして円ドルはいったいいくら以上になるとやりすぎの仕掛けと見ることができるのでしょうね。
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