量的緩和の効果とバーナンキの背理法

ゼロ金利下での金融政策の効果、すなわち、量的緩和の効果について、以前説明したことがあるが(*1)、もう一度、改めて整理して説明する 。量的緩和の効果は、金利の変化とも密接に関係するので、前回に続いて、金利の変化についても説明を繰り返す。

量的緩和の強化をしても効果が無い、という意見は根強く存在する。最近は、その理由もかなり多様化している。一番多い説明としては、現在のように民間に資金需要の無い時期に量的緩和を強化しても、銀行の貸し出しは増えないので、効果が出るはずが無いという考え方である。その他、現状は流動性の罠の状態にあるので金融政策は効果が無いという考え方、生産年齢人口減少を原因とするデフレに対しては金融政策は効果が無いという考え方、潜在成長率が低下すると金融政策に効果が無くなるという考え方、ROE重視の経営が広まると金融政策に効果が無くなるという考え方、等々、様々な新しい説明手法や理論モデルが提示されている。そして、金融政策に効果が無いのにもかかわらず、量的緩和の強化を実施するのは、無意味であり無駄であると結論付けるのである。さらには、量的緩和の強化というのは、政府が自分の政策の失敗の責任を、日銀になすりつけているだけのケシカラン政策である、とまで言い切る人もいる。

また、上記のような理由を根拠にして、量的緩和の効果は少ない、限られている、という意見も多い。効果は少なく、限られているから、量的緩和は実施すべきではない、という意見である。量的緩和の効果は少なく、限られている、という考え方は、私と共通する考え方である。違いは、効果が少ないからといって、量的緩和を実施しないのは間違いであり、効果が少ないからこそ、大規模な量的緩和を実施しなければならないと考えている。

ここでは、量的緩和の強化に効果が無い、すなわち効果がゼロであると言う立場の人たちに、問うてみたい。量的緩和の強化の効果がゼロであるならば、量的緩和の強化は無意味な政策にはならない。現在、日本が直面している経済問題はデフレだけではない。より大きな問題は、GDPの230%(IMF公表の数値)にも膨れ上がった政府債務の縮小、すなわち財政再建である。このあまりにも巨額すぎる政府債務の問題をどうやって解決すればよいのか。これこそ非常に難しい問題である。しかし、量的緩和の強化に効果が無い、という考えを持つならば、1100兆円にのぼる政府債務を全額日銀が買い取り、日銀は買い取った全ての政府債務を償却すべし、と主張すべきである。現在の日本が直面している経済問題は、「デフレ+巨額の政府債務」なのである。これが「デフレ」だけの問題になるのであれば、大変好ましい政策であるはずだ。量的緩和無効論の立場の人たちは、デフレ対策ではなく、財政再建手段として、国債を含むあらゆる政府債務の日銀買い入れと償却を主張すべきである。デフレが続いたとしても、政府債務をゼロにすることができるならば、その政策は無意味どころか、大変意義のある政策であるはずだ。

普通は、この議論をもう少し先まで進めるのである。量的緩和が無効であるならば、日銀が政府債務を全額買い取り、償却し、税金を廃止して無税国家にしてしまえばよい。無税国家の実現など可能であるはずはない。だから、日銀が国債の買い入れを進めていくうちに、いずれかの時点でインフレが発生するはずだ、という理論展開である。こうした系統の考え方は、一般的には、「バーナンキの背理法」と呼ばれている。ただ、バーナンキの背理法にまで踏み込むと、バーナンキの背理法の否定論者から、あまり生産的とはいえない反論が来ることが予想されるので、そこまで議論を進めなかった。

岩石理論とも呼ばれる考え方がある。リフレ論者の一部が、バーナンキの背理法を否定する一部の人たちの考え方を「岩石理論」と名付けているらしい。岩石理論派の人たちは、量的緩和の強化は、効果が無いか、ハイパーインフレが起きるかのどちらかであり、適度なインフレが起こることはありえない、という理論を展開する。岩石理論派の人たちは、上記の日銀による政府債務の全額買い取りと償却の考えに対しても反論してくるであろう。その例として、次のような論理を展開する。日銀が国債の買いオペを増やしても、しばらくは効果はゼロである。しかし、日銀が国債を買い進めていくうちに、市場心理がインフレを警戒し始め、ある限界点を越えると、市場参加者のインフレ期待が急上昇し、誰も国債を保有しようと思わなくなる。そうすると国債金利は急上昇し、政府の国債発行は不可能になる。国債は日銀引受にならざるをえなくなり、国債の日銀引受をきっかけに、急激なインフレが発生し、このハイパーインフレの結果、日本経済は大打撃を受ける、というものである。こうした説明は、インフレ期待が少しずつ高まるという現象は起こらず、インフレ期待がしばらくはゼロで、ある限界点を越えると急激に上昇する、という考え方をとる。しかし、なぜゼロであったインフレ期待が、ある限界点を越えると、急激に上昇するのかの説得力のある説明が出来ていない。仮に、インフレ期待が急激に高まるとすれば、国債の買いオペが原因ではなく、財政破綻のリスクが顕在化した時であろう。バーナンキの背理法を乗り越えるためには、このような無理のある論理を展開せざるを得ないという感じがする。上記のような岩石理論の考え方は、説得力のある理論であるとは考えられない。

日銀は、今年の2月から、中長期的な物価安定の目途として、前年比1%の消費者物価上昇率を実現することを目指すようになり、量的緩和無効論とは、少し離れた立場にある。しかし、そうした日銀においても、白川総裁が、岩石理論と全く同じ考え方を表明している。白川総裁が繰り返し強調する言葉は、「非連続的」という言葉である。特に、非連続的に金利が上昇する、という言葉だ。白川総裁が使う非連続な金利上昇の原因は、多くは国債や通貨に対する信任の喪失、すなわち財政破綻が原因である。しかし、国債の大量の買いオペ(=財政ファイナンス)が原因で、非連続に金利が上昇する、との発言もある。その例として、2011年3月2日の衆議院財務金融委員会での発言が上げられる。ここで長々と続く白川総裁の答弁は、一部に混乱があるのだが、内容を整理して白川総裁の考え方を短くまとめると、次のようになる。国債買いオペの大幅増額→インフレ期待が非連続的に上昇→金利が非連続的に上昇→急激なインフレの発生、というものである。これは、岩石理論と全く同じインフレ発生メカニズムである。従って、インフレ期待が非連続的に上昇する理由が抜け落ちている。白川総裁も日銀も、財政ファイナンス(=国債の大量の買いオペ)が金利の非連続的な上昇を引き起こす明確な理論モデルを構築できていない。バーナンキの背理法を乗り越えるためには、「非連続的」のような現象を、説得力のある形で理論モデルに組み込む必要があるのだが、日銀もまた、岩石理論派と同様に、そうした理論の構築に失敗しているのである。

日銀が、財政ファイナンス(=日銀による国債引受)という政策の結果、ハイパーインフレが起こるとして例にあげるのは、昭和初期の高橋財政である。高橋是清が日銀の国債引受を開始し、その約13年後に日本においてハイパーインフレが発生した。それ故に、白川総裁や日銀関係のエコノミストは、高橋財政に批判的である。そこから、日銀による国債引受の恒常化がハイパーインフレをもたらす、という教訓を導き出すことができる。しかし、国債の大量の買いオペ(=財政ファイナンス)が、金利の非連続的な上昇をもたらす、という教訓を引き出すことは不可能である。高橋財政から終戦後のハイパーインフレ発生の間に、金利の非連続的な上昇といった現象は発生していないのである。第一次大戦後のドイツ、少し前のジンバブエ、あるいはそれ以外のハイパーインフレの発生で、金利の非連続的な上昇の後、ハイパーインフレに突入した、という記録を見たことが無い。過去の歴史の教訓から、「国債の大量の買いオペ(=財政ファイナンス)が、金利の非連続的な上昇をもたらす」という命題を証明することはできない。国債の大量の買いオペ(=財政ファイナンス)が、金利の非連続的な上昇をもたらすという命題は、理論的にも経験的にも証明されていないのである。

前年比1%の消費者物価上昇率を実現するとは表明しながらも、日銀の金融緩和が不足する最大の理由は、財政破綻を原因とする非連続的な金利上昇が発生するという正しい根拠に基づく不安と、国債の買いオペの増額(=財政ファイナンス)の場合でも非連続的な金利上昇が発生するという誤った根拠に基づく不安とが重なり合い、結果として大胆な金融緩和の実施に踏み切れないからである。財政破綻の不安が無く、非連続的な金利上昇など100%起こりえなかった1990年代の前半に、ゼロ金利導入と国債の大規模な買いオペ(=財政ファイナンス)を実施しなかった政策の誤りのつけが、今だに形を変えて継続しているのである。リーマンショック後、国債の大規模な買いオペ(=財政ファイナンス)を実施したイギリスやアメリカでも、金利の非連続的な上昇などは発生していない。

日本のリフレ派でも、現在のような状況では、国債の買いオペの増額(=財政ファイナンス)を主張しても、インフレが高進してきた場合、国債の買いオペ(=財政ファイナンス)の停止や金融引き締めに反対する者は、ほとんどいないはずだ。リフレ派の中での多数派であるインフレターゲット論者の場合、高率のインフレ、ハイパーインフレは、デフレと同様に許されざる政策なのである。非連続的な金利の上昇が発生しない場合、インフレを抑制することは、それほど困難なことではない。

何度も書いているように、私は、財政破綻を原因とする非連続的な金利上昇、金利の急上昇は、起こりえると考えている。それどころか、現在の政策の延長線上においては、金利の急上昇が起こる可能性が非常に高いと考えている。その可能性を引き下げる手段として、国債の大量の買いオペ(=財政ファイナンス)も一つの有力な手段であるので、財政ファイナンス(=国債の大量の買いオペ)を実施してでも、金利の急上昇が起こる可能性を引き下げなければならないと考えている。

歴史は進歩している。現在のヨーロッパ諸国の不況の大きな原因の一つは、リーマンショック後に実施されたケインズ的な財政政策により膨らんだ財政赤字の削減にある。欧米諸国では、政府から独立した中央銀行が、自ら進んで、財政再建の結果として生ずる不況の圧力を、国債の購入(=財政ファイナンス)という手法を使って和らげようとしている。日本とは事情が異なり単純には比較できないが、ECBは、スペイン政府に対して、「国債は無制限に買う(=財政ファイナンスの実施)。ただし、その条件は財政再建の約束を守ることである。」と圧力をかけている。不胎化という制限があるので、本当は無制限に国債を購入する訳ではない。しかし、ECBのドラギ総裁や、加盟国の中央銀行総裁を含むECB理事会のメンバーたちの間に、「中央銀行は財政ファイナンス(=国債の大量購入)という協力をするので、スペイン政府は財政再建に断固として取り組んでもらいたい。」という強い意図があったことは間違いない。財政ファイナンス(=国債の大量の買いオペ)を出来るだけ避けたいという信念を持つ日銀とは、明らかに異なっている。日銀のように、財政ファイナンス(=国債の大量の買いオペ)を避けたがる中央銀行は、先進国では少数派になってしまっているのである。

量的緩和無効論を信じるならば、1100兆円にのぼる政府債務を、日銀が全額買い取って償却するという財政再建策の実施を訴えかけるべきである。岩石理論派も日銀も、国債の大量の買いオペ(=財政ファイナンス)が金利の非連続的な上昇をもたらすという説得力のある理論モデルを提示できず、バーナンキの背理法を乗り越えることに失敗している。そしてまた、過去の歴史の中から、国債の大量の買いオペ(=財政ファイナンス)が金利の非連続的な上昇をもたらした事実を見つけることにも失敗している。

私は、ゼロ金利下でも、日銀が量的緩和を大規模に実施すれば、物価や経済に対して影響を与える力があるという意味で、金融政策は有効であると考えている。日銀による大規模な量的緩和を通じて、マイルドなインフレの実現は可能である。そして、その政策は、景気を回復へと導く力も保持((*2)(*3)を参照)していると考えている。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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