パナソニックの将来 買収か再生か

リカードの比較生産費説からは、パナソニックの競争力が、トヨタやファナックを下回る状況で円高が進行した場合、パナソニックが大赤字に転落することは宿命であることを、前回説明した。リカードの比較生産費説には、まだその続きがある。日本が比較劣位にある電気機械産業を捨て去り、比較優位にある輸送機械産業や一般機械産業に特化した方が、日本はより豊かな国になることができる、ということである。つまり、パナソニックのような競争力の無い電気機械産業は早めに潰してしまい、トヨタやファナックのような競争力のある産業に特化した方が、日本はより豊かになれる、というものである。

しかし、この後半部分は、必ずしも正しくない。リカードが比較生産費説を唱えた約20年後、ドイツのフリードリヒ・リストが早くも指摘したように、リカードの比較生産費説は静態的な理論であるという点で、限界のある理論である。企業や産業の成長性などの動態的な要素を考慮すれば、現在比較優位にある産業だけに特化することが、必ずしも将来の望ましい姿と一致するとは限らない。現在において、電気機械産業は、技術革新の速度が速く、同時に、成長性も高い産業である。日本がそのような電気機械産業を見捨てることは、中長期的な経済成長を考えた場合、望ましいとは思えない。

電気機械産業では、技術革新が速く、生産性の向上も速い。その結果として、製品価格が暴落し、コモディティ化という現象がたびたび起こる。アナリストは、コモディティ化するような製品に日本企業は手を出してはいけないと主張する。一方、エコノミストは、経済成長の原動力は生産性の向上なので、日本経済の生産性を高めていくことは不可欠であると説く。エコノミストの言うことに従えば、日本企業はコモディティ化する製品をたくさん作る方が、生産性の向上につながるので、より望ましいことになる。どちらが正しいのか。私は、エコノミストの意見の方が正しいと考えている。コモディティ化しても、将来の成長性が見込める限り、できるだけ頑張って作り続ける方が望ましい。しかし、コモディティ化の結果、赤字を継続して産み出す製品を、民間企業が作り続けることは、実際問題として不可能である。従って、コモディティ化しても赤字にならないような環境を、日本政府が作ってあげる必要がある。たとえ、コモディティ化したとしても、日本企業が黒字を維持できるのであれば、全く問題はないはずだ。

電気機械産業は、生産性の向上が速く、成長性があるだけではない。同時に、輸送機械や一般機械などの他の業界に対する影響度が高い産業でもある。電気機械産業の競争力喪失は、現在競争力を持つ輸送機械産業や一般機械産業の将来の競争力に悪影響を与える。長期的に見た場合、ガソリンで動く自動車はなくなり、電気自動車か燃料電池自動車が、自動車の大半を占めることになる可能性が高い。仮に、将来は、電気自動車だけの時代になると仮定する。電気自動車の心臓部は、大型リチウムイオン電池である。現在、日本製の電気自動車向けの大型リチウムイオン電池は、100%がメイド・イン・ジャパンである。では、携帯電話・タブレット・ノートパソコン向けの小型リチウムイオン電池はどうであろうか。現在のところ、小型リチウムイオン電池は、日本、中国、韓国の3ヶ国で生産されている。ところが、日本のリチウムイオン電池製造大手のパナソニックとソニーは、小型リチウムイオン電池製造工場を主に中国に移転する計画を立てている。ソニーは、リチウムイオン電池製造からの撤退の報道も流れた。となると、数年後には、メイド・イン・ジャパンの小型リチウムイオン電池は無くなる可能性が高い。そうなるのであれば、自動車向け大型リチウムイオン電池も、小型リチウムイオン電池を追いかけるように、メイド・イン・ジャパンの製品では無くなってしまう可能性は、十分考えられる。将来は、日本企業の製品であっても、メイド・イン・チャイナの電気自動車が、日本国内の道路にあふれる可能性を否定することはできない。ロボットについては、将来の技術革新の方向性が見えるような状況ではなく、確度の高い予想はできない。しかし、ロボットもまた、パソコンのように、米系企業のMPUと米系企業のOSで動くようになり、ロボット自体の製造は、中国に移転してしまうということは、一つの可能性としては、十分に起こりうることである。将来、ロボットがMPUとOSを主体にして動くようになる時代が来たとしても、MPUやOSを日本が作り続けることができる可能性を、現時点で放棄してはならないと思う。

このような将来の様々な可能性を考えると、日本が、現在、電気機械産業を放棄するということは、将来にわたって多額の経済的利益を失うことになる可能性が高い。逆に、将来の成長が見込まれるからこそ、韓国、台湾、中国もまた国を上げて電気機械産業の育成に力を入れているのである。しかし、後ほど述べる不平等な条件を残したままで、貿易を自由に任せれば、多くのメイド・イン・ジャパンの電気機械製品は、日本国内において比較劣位に位置するので、円高が進行すると、アジア3ヶ国の製品に対して価格競争力が劣るようになり、競争力そのものも失ってしまうのである。この詳しい内容は、前回説明した通りである。

電気機械産業の競争力を、日本国内における比較優位、比較劣位ではなく、直接、アジア3ヶ国の電気機械産業の競争力と比較した場合、日本がアジア3ヶ国の企業に勝てない原因は、主に3つあると考える。

第一に、日本の電気機械産業は、規模に関する収穫逓増の利益を失ったことである。サムスンの巨大な液晶テレビ製造工場、TSMCの巨大な半導体製造工場、台湾系中国企業のフォックスコンの巨大なスマートフォン製造工場、こうした巨額の資金が必要な大工場を建てることは、弱体化した現在のパナソニックなどの日本の電気機械のメーカーには不可能である。昔は、日本がアジア3ヶ国よりも、規模の経済性を獲得していた。それをひっくり返したのは、アジア3ヶ国の自国通貨安誘導政策による低賃金を武器とした価格競争力と設備投資の累積である。アジア3ヶ国が持つ通貨安、低賃金という武器を、現在および近い将来の日本が持つことは不可能である。

第二に、アジア3ヶ国の中には、発展途上にあるため、日本とは賃金の大きな格差が存在する国もある。ただ、日本と賃金の大きな格差がある国は、東南アジアにはまだ多く存在するが、韓国、台湾、中国のアジア3ヶ国の中では、中国だけである。賃金の安い発展途上国が先進国から技術を学び、輸出競争力をつけて成長していくことを、阻止することはできないし、すべきでもない。

第三に、アジア3ヶ国の自国通貨安誘導政策による結果としての、低賃金と低価格製品の製造能力の獲得である。これはアジア3ヶ国の中で、韓国、台湾の賃金と製品価格が安い最大の理由である。中国と東南アジアの多くの国も同じ政策を実施している。私は、この部分については日本政府が関与し、格差を埋める努力をすべきものと考える。製品のコモディティ化で、真っ先に日本企業が赤字化する大きな要因でもあるからだ。

これだけではなく、最近のパナソニックなどの日本の電気機械のメーカーは、技術力も販売力も失いつつある。しかし、これは、近い将来、為替レートなどの環境が変わるのであれば、再び追い付くことは可能であると思う。ただ、一旦失われた製造能力を再び取り戻すことは、容易なことではないと考える。

日本国内での意見の相違は、主として第三で指摘した為替レートにあると思われる。パナソニックの製品に、どんなに競争力があったとしても、円高が無限に進行すれば、いずれは競争力を失う。現在、競争力があるサムスンの液晶テレビも、TSMCのCPUも、フォックスコンのスマートフォンも、ウォン高、台湾ドル高、人民元高が無限に進行すれば、いずれ必ず競争力を失う。問題は、現在の円やアジア3ヶ国の通貨の市場で決定されている為替レートが、適正値であるかどうかに依存する。エコノミストの中でも、現在は円高ではない、と考えている人は多い。そういうエコノミストたちから見れば、競争で負けたのは、日本企業が競争力を失ったことが原因であり、そういう非効率な企業を、安易に政府が救済したり、あるいは為替レートを動かしたりして保護することは、市場原理から見て望ましくない、と考えているようである。私の為替レートに対する認識は、現在の円レートは高すぎる、という認識である。理由は、購買力平価で見た場合、円レートは、米ドルよりも高く、世界の中でも、日本と貿易量の少ない北欧諸国やスイスに次いで高い(*1)。日本と貿易量の多いアジア諸国の通貨に対して、円は大幅に割高である(*2)。その結果、長期の実質実効為替レートで見ると、円は他の世界の国々よりダントツに割高である(*3)。その原因は、主としてアジア諸国の政府・中央銀行による介入が原因である(*4)。従って、少なくとも、多くのアジア諸国とは、為替レートという競争の前提条件に、あまりにも大きな格差がありすぎて、平等な条件での競争ではない。可能な限りの手段を使って、現在よりも円安アジア通貨高に誘導し、競争条件を平等にすることが必要であり、同時に正当化できると考える。

通貨の価値が平等であるかどうかの尺度の一つは、IMF、世銀、OECDが発表している購買力平価である。日本と生活水準が変わらないか、より豊かになった国、例えば台湾ドル、韓国ウォンは対円での購買力平価で、最終的には等価になるまで、格差是正の努力をするべきである。中国人民元は、まだ貧しい国であるので、途上国ディスカウントがあっても良い。2011年の時点でのIMFの購買力平価で見た対円のレートで、台湾ドルは60%安く、中国人民元は51%安く、韓国ウォンは46%も安い。韓国、台湾は、購買力平価ベースの1人当たりのGDPは日本と大きく変わらない。そうであるならば、購買力平価で見た通貨価値は、等価であっても不思議ではなく、むしろ等価であるべきなのである。人民元については、中国は、まだ発展途上国であるので、バラッサ・サミュエルソン効果(*5の最終段落を参照)により、通貨価値は、購買力平価よりある程度安くなるのもやむを得ない。ある程度は安くなるのは当然としても、51%安というのは、少し安すぎる。IMFの購買力平価で見た人民元は、対米ドルで35%安い。一つの目途として、対円でも35%くらいの格差なら認めても良いかもしれない。こうした、購買力平価ターゲットのような考え方が、すぐに世界で受け入れる可能性は無い。しかし、問題提起くらいはすべきであると考える。

現在の政府・日銀は、競争の前提条件である為替レートの水準を、可能な限り平等化する努力を全く行っていない。さらに、それ以前に、政府・日銀は、購買力平価や長期の実質実効為替レートなどの客観的な指標から見て、円高が行き過ぎているという事実の認識を全く持っていないようである。11月に行われたG20財務相・中央銀行総裁会議で、城島財務大臣は、「経済のファンダメンタルズが強固でないにもかかわらず円高が続いていており、復興に取り組んでいる日本経済に大きな下振れリスクをもたらしている」と、従来の財務大臣と同じような内容の発言をしている。この発言だけで、「現状の円レートは、高すぎるので是正したい」と、諸外国を説得できるはすがない。長期の実質実効為替レート(*3)や購買力平価(*1)(*2)などの客観的な指標を示し、円の割高な実体を世界にアピールすべきなのである。そうすることによって、介入にせよ、金融緩和の強化にせよ、円高是正策を打ち出すことに対して、国際的な反発が起こることを封じ込めることが可能になるはずである。

こうしたことを頭に入れた上で、パナソニック、あるいはシャープに起こりうる将来のシナリオを予想してみる。

(1)会社更生法→破産
(2)自力再建
(3)産業革新機構による支援
(4)日本の企業再生ファンドによる買収
(5)日本の製造業による買収
(6)外国の企業再生ファンドによる買収
(7)外国の製造業による買収
(8)財務省・日銀の円安誘導の結果としての自力再建

私が一番高い可能性があると考えるシナリオは、(7)の外国の製造業による買収、である。シャープの場合は、鴻海精密による吸収合併になる可能性が高い。パナソニックがこのまま赤字を出し続ければ、パナソニックの技術の獲得を目指して、アジア系の電機メーカーが買収に乗り出してくる可能性は高いと考える。パナソニックやシャープの技術を使って日本の国内工場で生産しても損ばかり出るかもしれない。しかし、パナソニックやシャープの技術を、中国、韓国、台湾の工場で使えば、利益の出るものが沢山あるはずだ。パナソニックが赤字を出し続けて存続不可能になった場合、そうした技術を求めて、買収を仕掛けてくるアジア系の電機メーカーが出現する可能性は高いと思う。買収して、必要な技術者を韓国、中国、台湾に連れて行き、新工場を作れば利益が出るのである。不用になった従業員の解雇や工場の閉鎖は、時間をかけて段階的に実施すれば、日本も文句を言いにくくなる。

(2)は、パナソニックについては可能性がまだ残されていると考えられるが、シャープについては可能性がかなり低くなってしまったと考える。(3)と(6)は、ルネサスエレクトロニクスで行われようとしている方式である。ルネサステクノロジーと日本電気エレクトロニクスが合併した結果、ルネサスエレクトロニクスは、人員が多すぎるというリストラの余地の大きい会社である。パナソニック、シャープにはそのような経営上の無駄が多いとは思えないので、可能性は低いと思う。同様な理由で(4)(5)の可能性も低い。そして⑦の可能性が高いかぎり、(1)に至ることは無いと思う。

(8)の財務省・日銀の円安誘導の結果としての自力再建は、円安誘導が可能であるならば、十分考えられるシナリオである。リーマンショックの前の1ドル=107円まで円安になれば、パナソニックとシャープは必ず立ち直るはずだ。実際には、すぐにそこまで円安になる可能性は低いと思う。今より円安が進行すればするほど、自力で再建できる可能性は高くなる。現在のパナソニックとシャープは、規模に関する収穫逓増の利益を喪失してしまっているが、時間をかけて少しずつ取り戻すしかない。

私が一番望ましい方法と考える手法は、(8)の財務省・日銀の円安誘導の結果としての自力再建である。具体的な手法は、(*6)で記した通りである。しかし、財務省・日銀が動かないとすれば、(7)の外国、特にアジア系の製造業による買収となる可能性が一番高い。パナソニックの半導体部門とシャープの再建に関しては、経済産業省が動いているようであるが、財務省・日銀がシャープやパナソニックなどの個別の企業のことを考えている気配は感じられない。国民世論でも、パナソニックやシャープの大赤字に関しては、経営陣が無能と切り捨て、円高は単なる言い訳とする声は多い。現在、日本からアジアへの技術流出が大きな問題として取り上げられることが増えている。パナソニック、シャープの2社が大赤字になるだけではなく、仮にアジア系の製造業による買収になれば、日本からアジアへどれほど多くの技術が流出するか、その結果、雇用の喪失以外に、将来にわたって、日本がとれほど大きな経済的損失を被るかを、真剣に考えている人が多いとは思えない。現在の日本経済の低迷の最大の原因は円高であり、その円高によって、パナソニック、シャープのような大企業が倒産寸前にまで追い込まれていること、そしてその結果、日本が将来にわたって、大変大きな経済的利益を失う可能性があるという事実を、1人でも多くの人達に理解してもらいたいと考える。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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