パナソニック大赤字の真の原因

前回、リーマン・ショック後、海外からの資本流入により円高が進行し、昨年の大震災の頃から、原発停止要因を除いても、貿易収支、すなわち輸出企業の売上高が、年間約10兆円減少したことを示した。輸出企業の売上高が10兆円も減少したならば、輸出企業の何割かは企業収益が悪化し、中には倒産する企業も出てくるはずである。では、どのような企業が大赤字や倒産に追い込まれるのであろうか。それは、リカードの比較生産費説によって前もって決められている。

日本の輸出産業は、主要な柱が三本あり、輸送機械、一般機械、電気機械の順に輸出金額が多い。韓国の場合は、電気機械が最大で、次いで輸送機械の輸出が多い。台湾は電気機械の輸出がずば抜けて多く、中国も電気機械の輸出が一番多い。こうした環境下で円高が進行して、日本の輸出企業の売り上げに減少圧力がかかると、リカードの比較生産費説により、日本国内で最初に競争力を失う産業は、比較劣位の産業である電気機械産業と事前に決まっているのだ。

例えば、10年前ならば、パナソニックなどの日本の電気機械産業の製品は、韓国、台湾、中国の企業の製品と比べて、一部の製品を除けば競争力は勝っていたはずだ。しかし、当時のパナソニックは、輸送機械のトヨタ、一般機械のファナックといった他の日本国内の輸出企業よりも圧倒的に競争力が高いとは言い切れなかった。この時点で、次に円高が起こった場合、パナソニックなどの電気機械産業が苦境に陥ることは既に運命付けられていたのである。アジア3ヶ国では、電気機械産業がそれぞれの国内で最も競争力が強い産業である。そこで円高が発生して日本製品の競争力が全体的に低下した場合、何が起こるか。アジア3ヶ国の電気機械の輸出製品が、日本においても、世界においても、日本企業の輸出製品より価格が低下して、競争力が高まるのである。アジア3ヶ国では電気機械の輸出金額が増加し、その分、日本の電気機械の輸出金額が減少する。さらには、アジア3ヶ国の電気機械の日本国内に対する輸出までも増えるのである。日本の電気機械産業は、輸出が減るだけではなく、日本国内の市場にまで、アジア3ヶ国からの輸入品があふれてしまう。その結果、日本の電気機械産業の何割かは、負け組みとなり、赤字に陥らざるをえなくなるのである。一方、輸送機械産業や一般機械産業の場合は、円高でトヨタやファナックの輸出競争力が下がり、アジア3ヶ国の輸送機械産業、一般機械産業の競争力が上昇しても、トヨタやファナックの競争力との格差が従来より多少縮まる程度でしかない。従って、輸送機械や一般機械の貿易金額の変化は、電気機械の貿易金額の変化より小さいものにしかならない。日本の貿易統計を見ると、リーマンショック以降、輸送機械や一般機械も電気機械と同様に輸出金額を大幅に減らしている。しかし、輸出-輸入の収支を見ると、電気機械産業の収支の減少率が一番大きい。円高による打撃を一番大きく受けたのは、やはり電気機械産業であった。

パナソニックの場合、韓国サムスンの薄型テレビ、台湾TSMCのLSI、台湾系中国企業のフォックスコンの携帯電話を始めとする多様な電気製品などの、アジア3ヶ国の強力なライバル企業と常にぶつかるので、為替レートに変化がなくても、優位を保ち続けることは容易ではない。しかし、これは、日本国内で比較劣位にある企業の宿命であるのだ。そこに、リーマンショックが起こり、円の価値が急激に上昇した。その直後はリストラで何とか乗り切れたが、前回説明した円高の累積効果により、昨年の大震災の頃からアジア3ヶ国のライバル企業に対して、海外においても国内においても、競争に勝てなくなってしまった。パナソニックの製品は、売上高が減少し、工場は止まり、止まった工場の減損処理や、会計上の繰り延べ税金資産の取り崩し等で、決算は2年連続で大赤字になってしまった。

パナソニックがトヨタやファナックよりも圧倒的に競争力が高ければ、円高が進行する間、トヨタやファナックが先に倒産し、円高は止まり、パナソニックなどの電気機械産業は生き残ることができたのである。しかし、パナソニックは、トヨタやファナックよりも競争力が圧倒的に高くはなかった。その結果として、アジア3ヶ国のライバル企業との競争に負けてしまったのである。

同じ電気機械産業の中でも、企業ごとに得意分野が異なり、アジア3ヶ国の企業の得意分野と重ならない製品を持つ企業は、それほど傷つかなかった。パナソニックと似たデジタル家電、電子機器を得意としているシャープは、パナソニックと全く同じ理由で大赤字になっている。日立、東芝、三菱電機は、アジア3ヶ国の企業が比較的弱い重電、インフラ、産業機械などの部門も保有しているので、デジタル家電や電子機器部門を何割か切り捨てることによって、収益を改善させることが可能であった。ソニーもかなり傷付いたが、金融、音楽、映画などに多角化しており、社内の資源を製造からサービスへと移すことにより、パナソニック、シャープよりは、多少は傷口が小さく済んだ。しかし、パナソニック、シャープの扱う製品の大部分は、アジア3ヶ国の企業の強い部門と競合し、逃げ場所がほとんどなかった。その結果、大赤字に陥らざるをえないのである。

もう一つ重要な例として、エルピーダを上げることができる。大手電機2社から分社化し、個性の強い坂本社長の元に団結し、DRAMという一種類の製品に水平分業する形に特化していた。国内は一社独占で、他の業界の様に、多くの日本企業同士での国内競争で体力を減らす必要もなかった。DRAMという製品は日本だけで使われるガラパゴス製品ではなく、グローバルに利用される製品であった。また、その技術力も、韓国サムスンとほぼ同等であり、韓国ハイニックス、米国マイクロン、台湾の弱小DRAMメーカーを上回っていた。エルピーダは、現在の日本の通説的見解からすれば、日本企業の中で、最も優れた企業であってもおかしくないはずの企業であった。だが、そのエルピーダは倒産した。理由は、唯一の製品であるDRAMが韓国最強のサムスンとまともに競合していたからである。しかし、エルピーダが敗北した本当の相手は、トヨタであり、ファナックなのである。エルピーダがトヨタやファナックよりも競争力が高ければ、円高が進行する間、トヨタやファナックが先に倒産し、円高は止まり、エルピーダは生き残ることができたのである。

パナソニック、シャープ、エルピーダの3社は、なぜ失敗したのか。国民世論からは、経営陣が無能であるからだというレッテルを貼られている。証券アナリストも様々な分析をしているが、サムスンなどのオ-ナー企業より経営者の能力が劣っていたとか、コモディティ化した製品を作っていたからとか、尼崎のプラズマTV、堺の大型LCDの工場に対する設備投資が過大であったとか、パナソニックが三洋電機を買収したことが間違いだったとか、安易に技術者をリストラしてアジアのライバル企業への技術移転になってしまったとか等々を、倒産や大赤字の原因としてあげる人が多い。私もこうした原因と重なる内容を前回書いたのであるが、それは、原因として書いたのではなく、輸出企業の競争力が低下していく途中経過として記したのである。

業界の中で一社だけの経営が傾いた場合、経営陣の能力に原因がある場合が多い。例えば、1990年年代後半に、日産は経営が傾き、1999年にルノーの支援を受けた。この時、自動車業界で経営危機に陥ったのは、日産だけであった。従って、日産の経営危機の大部分は、日産の経営陣に問題があったのである。そうした誤った経営を、カルロス・ゴーンが改めることにより、日産は復活したのであった。現在の電気機械大手の経営危機は、業界の中で類似した業種の全ての企業の収益が同時に悪化しているのである。これは、企業経営の問題ではなく、業界を取り巻く経営環境に問題があったと考えるべきである。

私は、パナソニック、シャープ、エルピーダの経営陣には、ある種の結果責任はあるとは思うが、倒産や大赤字になった本質的な部分についての責任は無いと考えている。日本、韓国、台湾、中国の産業構造を比較すると、パナソニック、シャープ、エルピーダといった企業は、日本国内において最も比較劣位に位置している大企業だと考えるからだ。従って、円高が進行すれば、この3社の経営が傾くことは、事前に運命付けられていたのである。電気機械産業の経営陣の能力が劣っていたとすれば、それは、輸送機械産業や一般機械産業の経営陣との比較で劣っていたからである。そうであるならば、歴代のパナソニックの社長が、歴代のトヨタの社長や、あるいは歴代の三菱自動車、マツダ、富士重工の社長より劣っていたことになるはずだが、そのようには思えない。2000年代に、三菱自動車は、リコール隠しなどで経営危機に陥り、ダイムラーにも見捨てられた。しかし、三菱グループ3社が、倒産のコストが存続のコストより高すぎるという理由で、やむなく三菱自動車の支援を続けた結果、現在も生き残っているのである。その三菱自動車ですら、現在は経営危機に陥っていない。従って、パナソニック、シャープ、エルピーダの経営陣の能力が足りなかったから、会社が傾いたわけではないのである。この3社の経営陣は、実際に多くの判断ミスをしたということが既に報道されている。しかし、比較劣位に無い企業では、経営陣の判断ミスで、一時的な収益の悪化くらいは起こると思うが、大赤字や倒産にまで至ることは、ほとんどないのである。パナソニック、シャープ、エルピーダの場合は、たとえ、経営者の判断ミスが無かったとしても、いずれは大赤字や倒産に至るのである。

パナソニック、シャープ、エルピーダが傾いた本当の責任は、会社側にあるのではなく、そうした経営環境を作り出した政府・日銀の側にある。中でも特に大きな政府・日銀の判断ミスは、リーマンショック時の急激な円高を容認したことである。中国人民銀行はリーマンショックの少し前から、人民元高誘導政策を停止し、ドル・人民元の為替レートを固定レート制に戻している。また、リーマンショック直後からしばらくの期間、アメリカはドル安を大変恐れていたのである。仮に、金融危機が原因でドルの価値が暴落すると、アメリカはドルが基軸通貨であるという特権を失う可能性があったからだ。そのため2008年10月8日にFRBのバーナンキ議長は、先進諸国に協調利下げを持ちかけ、実際に先進諸国は協調利下げを実施した。協調に加わらなかったいくつかの発展途上国も、直後に利下げに踏み切った。ところが、日銀だけが、利下げに加わらなかった。この結果が、外国の投資家、投機家たちに、日銀は金融緩和に熱心でない=円高進行という予想を植え付け、既に上昇していた円相場のさらなる上昇を誘う大きな要因となった。2008年10月31日のコールレート0.2%引き下げは、下げ幅も小さく、時期も遅すぎた。また、2009年2月22日に、ヒラリー・クリントン国務長官が、中国政府に米国債の購入を継続することを要請したことが報道されている(*1)。同盟国の日本ではなく、中国に米国債の購入を要請したのは、円安が起こると、ビッグ・スリー救済の障害になると考えたからであろう。リーマンショック直後から数ヶ月間、アメリカはドル安を非常に恐れていたのである。日本はアメリカ政府の許可なしにドル買い介入はできない、という不文律が当時も存在していたのだが、この時には、円安誘導はともかく、円高阻止のためのドル買い介入を日本の財務省が実施することに対して、アメリカ政府は反対できなかったはずである。しかし、円高が進行する間、財務省は、介入実施に動く気配は全く見せなかった。政府・日銀のこうした無策こそが、パナソニック、シャープが大赤字を出し、エルピーダが倒産した最大の原因である。パナソニック、シャープ、エルピーダの経営陣は、従業員、株主も含めて、政府・日銀の不作為という行動の結果の、被害者であるのだ。

テーマ : 経済
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円高政策

パナソニック等が倒産した場合、日本人が働く場が失われるのが、大問題である。
その他に連鎖倒産、金融業界への悪影響が問題である。
米国から貿易不均衡是正のため、日本政府、日銀は円高無策(円高容認)を要求されている。
しかし、日本の競争相手は米国ではなく、韓国である。加工貿易の主要製品は日本と重なり、韓国はミニ日本のようである。韓国はウォン売り覆面介入でウォンを対円50%安にするなどずるい。韓国のウォンが暴落しかけると、日本の民主党政権は愚かにもウォン買い支え効果が出る通貨スワップを5兆円締結した。韓国製品は安いが供給が不安定 (政治面経済面)ということで、高いが安定供給される日本製品はどうにか競争できた。安くて安定供給できる韓国製品ができれば、誰が高い日本製品を買うだろうか。
民主党政権による自殺点が日本の敗因である。日本企業にとって味方だと思っていた政府が敵方に寝返る。これで競争に勝てれば奇跡である。
マニフェストを破った上に、マニフェストにない消費税増税を強行する民主党は狂人集団である。
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