デフレと生産年齢人口の関係

2010年6月に、藻谷浩介氏の著書「デフレの正体」が出版された。この本がベストセラーになり、デフレの真の原因は生産年齢人口の減少であるという、新しい論点が提起された。その後、藻谷浩介氏の見解をめぐって、様々な論争が巻き起こったようである。そして最近になって、日銀が生産年齢人口の減少が物価下落の一因であるとの見解を発表し始めた。

ネット上を見る限り、生産年齢人口の減少と物価に関する議論は、多種多様で、どの意見が多数説であるかわからない。ここでは、日銀が今年の8月31日に発表した「日本の人口動態と中長期的な成長力:事実と論点の整理」の中の「4、物価上昇率に対する影響」に書かれてある内容を批判的に検討する。白川総裁も、今年5月31日に似た内容を講演で話しており、白川総裁の考え方と大きな違いはないと考えられる。

まず、この日銀レポートには、先進国の生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率が、正の相関を示すグラフが掲載されている。それと同様のグラフを私も作成してみた。以下、生産年齢人口は、国連人口部、GDPデフレーターとCPIは、IMFのデータを使用した。


先進23ヶ国の生産年齢人口とGDPデフレーター

2000年-2010年における先進23ヶ国の、生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率の相関係数は0.617となった。日銀レポートの0.61とほぼ等しい結果である。高いとは言えないものの、中規模の相関があることを示す数値である。

私が最初に疑問に感じたのは、なぜ先進23ヶ国だけが対象であるのか、ということである。後に、日銀レポートに書かれた、生産年齢人口の減少が物価下落の一因となる根拠を紹介するが、その根拠は先進国だけの特有の現象ではなく、途上国も含めた世界中のどの国でも同様に起こりうる現象であるからだ。

そこで、2000年-2010年における世界173ヶ国の、生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率の相関はどうなっているのかを調べた。


世界165ヶ国の生産年齢人口とGDPデフレーター

世界173ヶ国のデータのうち、8ヶ国は上記のグラフに入りきれない数値を示したので、グラフ上のデータは世界165ヶ国のデータである。173ヶ国の相関係数を見ると、0.06である。グラフを一目見ればわかるように、世界の国々の生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率の間には、ほとんど相関は無いのである。

次に疑問を感じたのは、物価指数の代表になぜGDPデフレーターを使うのか、という点である。日銀は、通常は、物価指数の代表として、CPIを使う。日本の物価は、工業製品などの輸出品価格の下落は以前から続いていたが、21世紀に入って、エネルギー等の輸入品価格が上昇する傾向が強まった。その結果、以前に比べて、GDPデフレーターはCPIよりも下落幅が大きくなった。日銀は下落幅の大きいGDPデフレーターを物価指数の代表とすることは適切ではないとして、もっぱらCPIを使用してきた。

それが、今回のレポートでは、GDPデフレーターが物価指数の代表として使用されていた。そこで、先進23ヶ国の生産年齢人口の伸び率とCPIの伸び率の相関を調べ、次に、生産年齢人口が減少しておりCPIも下落している日本と、生産年齢人口が減少しているがCPIは少し値上がりしているドイツを除いてグラフ化してみた。

先進21ヶ国の生産年齢人口とCPI

相関係数は0.125。ほとんど無相関と言ってよい。日銀が示した先進23ヶ国の生産年齢人口の伸び率とGDPデフレーターの伸び率が中規模の相関を示していた原因は、日本とドイツに原因があり、特に日本において、大幅な生産年齢人口の減少と物価の下落が見られたからである。さらに、その物価の下落幅をCPIよりも大きく見せるGDPデフレーターを使用していたため、相関係数がさらに高まったのである。言い換えれば、日本とドイツ以外の先進諸国では、生産年齢人口と物価の間に相関はほとんど無いのである。

次に、生産年齢人口の減少と物価の下落が同時に発生する根拠について、日銀の考え方を見てみる。先に紹介した「日本の人口動態と中長期的な成長力」の中では、次のように記されている。

「わが国では少子高齢化が、 予想を上回り続けるかたちで急激に進展した 。そうした中で、企業や家計の中長期的な成長期待が次第に下振れるに連れて、将来起こる供給力の弱まりを先取りする形で需要が伸び悩み、物価が下押しされてきたと考えられる。」

藻谷浩介氏の著書では、デフレの原因として、需要の減少のみを取り上げて、供給サイドについては何も述べておらず、批判を受けた。日銀の場合は、供給の減少にも言及している。企業や家計が将来の供給力の減少を予想して、それを先取りする形で需要をより大きく減少させる、という論理である。これについての反論として、下記のグラフを見ていただきたい。


日本の個人貯蓄率の推移

日本の個人貯蓄率は、勤労者世帯に限っては、1998年まで緩やかに上昇し、その後、緩やかに下落している。もし、勤労者が将来の供給力の弱まりを予想して、消費を手控えたならば、1998年以降も貯蓄率は上昇しているはずである。しかし、実際の貯蓄率は緩やかに減少しており、勤労者は、貯蓄ではなく、消費を増やしていたのである。国民経済計算ベースの貯蓄率は、1981年以降ほぼ一貫して下落している。これは、退職した高齢者たちが、貯蓄を取り崩して消費を活発に行っていることの影響が大きい。個人が将来の供給力の減少を先取りして、消費を手控えるなどと言う現象は全く発生していないのである。むしろ供給力の減少ほど消費は減少しておらず、この面からは、生産年齢人口の減少は、デフレ要因ではなく、インフレ要因である。

また、企業の設備投資は、個人消費以上に伸び悩んでいる。しかし、個人消費の伸び率が、設備投資の伸び率を上回り、かつ技術進歩がなければ、普通の経済では、デフレではなく、インフレになっているであろう。

生産年齢人口の減少と物価の下落が同時に発生する根拠について、日銀が二番目に上げている部分を下記に引用する。

「少子高齢化が進む下では、消費者の嗜好が高齢者のニーズを反映していくかたちで変化していくと考えられる。こうした嗜好の変化に対して、供給者である企業側が十分に対応できていない結果、新たな需要の創出が停滞すると同時に、既存の財やサービスにおいては、供給超過が生じやすい状況となってきたとみられる。このような状況が、コスト・カット等による価格切り下げを誘発し、物価を下押す要因の一つとなってきた可能性がある。」

この根拠も、事実に適合するとは思えない。例えば衣類を例に挙げるならば、衣類のCPIは1998年以降下落基調が続いている。しかし、子供向け衣類だけが供給超過で価格が下がり続けているわけでないはずだ。高齢者向けの衣類も同様に値下がりしているはずだ。実際に起こっていることは、需要の減少している子供向け衣類も、需要が拡大している高齢者向け衣類も同時並行で値下がりしているはずである。新商品の発売の時とか、リーマンショックなどの想定外の経済の急変動が起こった時、企業は需要を見誤ることが多い。人口や、人口構成の変化による需要の変化は、非常に緩やかな変化であり、同時に予想が最も簡単な変化である。少子高齢化=生産年齢人口の減少が、供給超過を引き起こすことはほとんど無いと考える。

生産年齢人口の減少は、物価上昇と無相関と実証されている。しかし論理的には、生産年齢人口の減少はデフレではなくインフレを引き起こすことに結びつくはずである。

最後に生産年齢人口の減少と、金融政策の効果の関係について触れたいと思う。藻谷浩介氏は、生産年齢人口が減少する社会では、金融政策の効果はなくなると主張し、批判を受けた。しかし、日銀はそのように考えていないようである。白川総裁が5月に生産年齢人口の減少が物価下落の一因になると講演した後、9月に金融緩和の強化を発表している。ただ残念なのは、本当に生産年齢人口の減少が物価下落の一因になると考えているのならば、生産年齢人口が増加している国よりも、強力な金融緩和を実施しないと、効果が上がらないはずである。しかし、前回、前々回に示したように、生産年齢人口が増加し続けているアメリカ、イギリスよりも、日銀の金融緩和の方が規模が小さい。従来は、生産年齢人口の減少が物価下落の一因とは考えておらず、最近になって、生産年齢人口の減少が物価下落の一因であると考え方が変わったのであれば、従来以上の強力な金融緩和を実施してもらいたいものである。

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GDPと人口の相関

人口に関する相関は、伸び率で見てしまうと、遅延を正しく反映できないためぼやけてしまうようです。
直にGDPと人口を見れば明らかに相関があります。

日本経済低迷の真相
http://kazukat.blogspot.jp/2012/11/blog-post_3376.html

人口とGDP

GDP増加率=人口増加率+資本増加率+生産性上昇率ですから、当然、GDPと人口増加率の間には正の相関はあります。私は、人口減少が不可避の時代になれば、資本を増やし、生産性を上昇させて、GDPの上昇を目指すべきだと思います。ただ、人口オーナスの問題もあり、簡単には行かないと思います。

ここで批判しているのは、生産年齢人口と物価上昇率の関係です。この2つの間には、相関は無い、ということです。多分、人口と物価上昇率の間にも相関はないと思います。

分析に疑問を感じます

生産年齢人口は当てはまらないとのこですが、リンク先のブログのような分析をすると、生産年齢人口とGDPに関してもリンク先と同様な結果を得られます。つまり、生産年齢人口とGDPにも相関があると言えます。

そもそも、貴方の分析において、サンプルが少ないか隔たりなどがありませんか?
今日たまたま日経平均株価指数が上昇したからといって、日本の株価は上昇基調であると判断しません。日本だけのわずかな期間のデータを取り上げて結論づけることについて、疑問を感じます。

Kazuakatさんへ

先に書いた通り、生産年齢人口とGDP、あるいは、人口とGDPには相関はあると思います。
日銀が先進国23カ国のみのサンプルで「生産年齢人口とデフレに相関がある」と結論付けていたので、私は世界173カ国のサンプルを使って、上記の2つに相関が無いことを示しました。

あと、別のページで、「インフレ・デフレと実質GDPの増減は別物かどうか」の質問をいただきました。1873年-1896年の間のいわゆる「大不況期の欧米諸国」では、物価が低下する中、長期間、経済成長が続いたことは有名です。経済学者の中には、貨幣の中立性(インフレと実質GDPは無関係)という考え方と、貨幣の非中立性(インフレと実質GDPは正の相関を持つ)をという考え方があります。私は貨幣は非中立だと思いますが、インフレと実質GDPが100%の相関関係があるのではなく、相関がそれなりにあるだけだと思います。だから、上に記した例などの、多少の例外は必ず発生するものだと思います。
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