金融の量的緩和と資産効果

金融の量的緩和政策が、デフレ脱却やインフレ率の上昇に有効であることは、主として(*1)において、それを補完する内容を(*2)で説明してきた。

それでは、量的緩和で実質GDPを増加させることは可能なのか。単にインフレ率が上昇するだけで、実質GDPが全く上昇しないのであれば、デフレ脱却とマイルドなインフレが実現できたとしても、無意味ではないのか、という疑問が生じる。これは、経済学的には、貨幣は中立的か、非中立的かという、大変難しい問題であり、意見の分かれる論点である。

私の考えは、1990年代-2010年代の日本という場所と時代を限定すれば、貨幣は非中立的であり、量的緩和の強化は、実質GDPをも増加させると考えている。

貨幣の中立性についての経済学的な論争をする場合、(*3)で説明したように、実質金利が不変であるか、低下するかというのが一つの大きな論点である。私の立場は、(*3)で説明した通り、実質金利は低下する、という立場である。実質金利が低下すると、設備投資が刺激され、実質GDPも上昇する。この効果はあるとは思うが、非常に小さな効果だと思う。後日、実証分析をした場合、明らかに効果があったと認められるほどの大きな効果にはならないと思う。

金融政策と言うものは、基本的に、すべての物価を等しく上昇させたり、下落させたりするものではない。量的緩和についても同様であり、全く物価が上昇しないものもあれば、一部の物価だけが大きく上昇するということが、たびたび発生するはずである。この問題を提起して、マネタリズムの経済理論を批判したことで有名なのは、ハイエクである。私は、逆に、現在の日本においては、一部の偏った物価上昇が発生することこそが、量的緩和が正当化される根拠になると考えている。

量的緩和が強化された場合、価格が真っ先に上昇するのは、モノの価格ではなく、資産の価格であると考える。中でも、①大都市の土地、②株、の2つが有力であろう。土地や株の価格が上昇することにより実質GDPの成長率が高まることは、資産効果と呼ばれている。1980年代後半の日本、2000年代半ばのアメリカの実質GDPの成長率が比較的高かった理由の1つは、資産効果のためである。

資産効果に頼り過ぎた経済成長は、バブルである。そして、バブル崩壊後には、大変大きな苦痛を味わうことを強いられる。しかし経済成長に見合った適度な資産価格の上昇は、バブルではなく、むしろ必要であり、望ましいものである。

日本経済はデフレと言われるが、モノの価格の下落率はそれほど大きなものではなかった。しかし、資産価格の下落率は非常に大きなものであった。公示地価全国全用途平均で見ると、1991年のバブルのピークから、2012年まで57.4%下落しており、未だに下げ止まっていない。株価も、TOPIXで見ると、1989年12月18日に2884.8のピークをつけた後、2012年の6月4日に695.51のボトムまで75.9%下落した後、若干反発し、直近は751.84とピークから73.9%下落した位置にある。アメリカの場合、ケース・シラー指数(20都市)で見ると、住宅価格は、2006年4月に206.64のピークをつけた後、2012年1月に136.42のボトムまで34%下落したが、その後若干上昇して、直近は139.93とピークから32.3%下落した位置にある。株価は、S&P500で見ると、2007年10月9日に1565.15のピークをつけた後、2009年3月9日に676.53のボトムまで
56.8%下落したが、直近は1402.22とピークから10.4%の下落のところまで戻している。ちなみに、1929年大恐慌の時、NYダウは、1929年9月3日に381.17のピークをつけた後、1932年7月8日に41.22のボトムまで89.2%下落したが、23年後の1952年9月3日には277.15とピークから27.3%の下落のところまで戻している。23年後というのは、日本の株価がピークをつけてから、23年近くにもなるので、それとの比較のためである。1990年代初頭の日本のバブル崩壊後の場合、地価、株価の下落率が、2006年以降のアメリカよりもはるかに大きく、かつ、地価は未だに底を打たず、株価も底を打ったと確信できる状態ではない。また、バブル崩壊後の日本の株価の下落率は、1929年大恐慌のアメリカほど大きく下げなかったものの、下げの期間は、はるかに長く、戻りも全然鈍い状況にある。日本の場合、当初の問題は、資産バブルの崩壊と、そこから発生する銀行の不良債権問題だけであった。その後、円高による産業の空洞化や、少子高齢化などの問題がジワジワ進行し、経済成長率の低下につながった。それでも、土地、株の資産デフレが非常に長引き、現在に至るまで、ほとんど解決されていないことが、失われた20年の大きな原因の一つであったことは間違いない。従って、金融政策を使って、地価、株価の下げを食い止め、上昇基調に戻そうとする政策は、次のバブルを産む悪しき政策ではなく、正しくかつ必要な政策なのである。

日銀が本当に量的緩和を強化すると確信できるような政策を発表した時、真っ先に動くのは、日本人投資家ではなく、外国人投資家である。外国人投資家は、日銀が量的緩和を強化すると確信を持てば、大都市の土地と株を買い始める。外国人投資家の多くは、量的緩和の強化は、当然、大都市の地価と株価の上昇をもたらすと考えているから、真っ先にそういう行動を取るのである。株の場合は、東証から、毎週、投資主体別売買動向が発表されているので、誰が買い、誰が売った結果として、株価が変動したかがわかる。今年に入って外国人投資家は、日本株を買い越し気味で、株価も上昇基調であった。2月14日に日銀が1%のインフレゴールを導入すると発表するとすぐ、外国人投資家は日本株の買いを拡大し、2月13日-3月16日の間に、日本株の買い越し金額を7895億円まで増やし、株価上昇の原動力となった。大都市の土地のことは分からないが、その代理変数とも言うべき東証REAT指数の動きを見ると、2月と3月は、外国人投資家の大幅な買い越しにより、東証REAT指数は上昇した。

これと似た現象は、2003年-2007年の量的緩和→景気回復期にも、より大規模な形で起こっていた。2003年-2007年の間に株価は大幅に上昇したが、この時、外国人投資家は合計37兆円も日本株を買い越し、日本の株価大幅上昇の最大の原動力となった。この時、日本人投資家は、日本株を37兆円売り越していたのである。土地については、株のような統計が無いので推測になってしまうが、おそらく外国人投資家は、1990年代末頃から少しずつ日本の大都市の土地を買い始めたと思う。2000年代に入ると、外国人投資家だけではなく、日本人投資家もそれに便乗し、2008年の始めくらいまで大都市の土地を買い上がったはずである。その結果が、2006年-2008年に大都市の土地の一部で発生したミニバブルである。しかし、この時も、土地の売り手の多くは日本人であったと推定されるので、結局は、大都市の土地についても、株と同様に、外国人の買い越し=日本人の売り越し、という図式になっていたと推定される。

日銀の量的緩和の強化→日本人の保有金融資産の一部が土地、株に移動→地価、株価の上昇→日本人の保有資産額のさらなる増加→個人消費の増加、となるのが本来の資産効果である。日本の2000年代半ばの地価、株価の上昇は、外国人投資家が買いを主導し、日本人投資家が土地や株を大量に売り越す中で発生したのである。今後、日銀が量的緩和を強化した場合、大都市の地価、株価は上昇するであろう。その時も、やはり外国人投資家の買いが上げを主導することになるだろう。ただ、従来は、欧米系の外国人投資家が主体であったが、次回は、資金力が豊富な中国、香港、シンガポールなどのアジア系の外国人投資家の割合が相当高まると思う。その結果、大都市の地価や株価がバブル状態に近づいた場合、日銀が金融を引き締めるべきではない。その代わりに、政府が大都市の土地に地価税を復活させ、その後は税率を断続的に引き上げるべきである。株もキャピタルゲイン課税の税率を断続的に引き上げるべきだと思う。これは、(*4)の最後にも書いたことであるが、金融政策は、バブルを誘発するほど強力に緩和し、バブルの防止を、もっぱら増税で実施し、税収を大きく増やしながら、バブルの抑制と財政再建をはかるべきだ、というのが私の考え方である。

もう一つ考えられる株価上昇の重要なメリットは、ベンチャー企業投資へのリスクマネーの供給を増やすことである。現在、日本の金融機関などの投融資主体は、国債の購入や、優良企業への貸し出しなどの資金供給意欲は大きい。しかし、上場企業や、特にベンチャー企業への株式方式での投資意欲は慢性的に不足している。一方、資金の需要面から見ると、優良企業の新規借り入れ需要は少ないが、上場企業や、特にベンチャー企業の株式方式での資金需要は旺盛である。ここに大きな資金需給のミスマッチが発生しているのである。量的緩和を強化して、株価上昇が継続すれば、上場企業や、特にベンチャー企業への株式方式での投資意欲も高まることが予想される。資金のミスマッチを解消し、リスクマネーの供給が増加すれば、経済成長につなげることができるはずだ。

こうして日銀が量的緩和を強化した場合、通常の発生ルートとはかなり異なるルートでもって、資産価格が上昇するであろう。資産価格の上昇は、個人消費の増加を招き、やがては企業の設備投資の増加を引き起こす。大都市の地価や株価の上昇による資産効果で、日本の実質GDPの成長率を引き上げることは十分可能だと思う。合わせて、ベンチャー企業へのリスクマネーの供給の増加も、日本の実質GDPの成長率の引き上げにつながるはずだ。

以上、量的緩和の強化が資産効果を通して実質GDPの上昇につながる、貨幣の非中立という現象は、現在の日本では、十分起こりうる現象であると思われる。資産効果=バブルという思い込みを捨て、日銀は思い切った量的緩和の強化を早急に実施すべきである。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

コメントの投稿

非公開コメント

全記事表示リンク
目次のページを表示

株式関連 株 コメント一覧

  • 投資部門別 現物先物 時系列表

  • 投資部門別売買状況 時系列グラフ

  • 6月第1週 株 コメント

  • 5月第5週 株 コメント

  • 5月第4週 株 コメント

  • 5月第3週 株 コメント

  • 5月第2週 株 コメント

  • 5月第1週 株 コメント

  • 4月第4週 株 コメント

  • 4月第3週 株 コメント

  • 4月第2週 株 コメント

  • 4月第1週 株 コメント

  • 3月第5週 株 コメント

  • 3月第4週 株 コメント

  • 3月第3週 株 コメント

  • 3月第2週 株 コメント

  • 3月第1週 株 コメント

  • 2月第4週 株 コメント

  • 2月第3週 株 コメント

  • 2016年 年間 株 コメント

  • 投資部門別売買状況アノマリー

  • 日本株 株式分布状況調査

  • 日銀資金循環統計 株 長期グラフ

  • 日銀資金循環統計 株 コメント

  • 株式先物投資部門別売買状況

  • 大手証券 先物建玉推移 グラフ

  • 海外投資家の株式買い越し金額

  • 世界の株価 国別 長期推移

  • 最新記事
    カテゴリ
    最新コメント
    Twitterを表示
    経済指標が意味するところを解説
    FC2カウンター
    最新トラックバック
    検索フォーム
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    RSSリンクの表示
    Web Analytics