白川理論、日銀理論、岩石理論

日銀と白川総裁の金融緩和についての考え方を整理してみたいと思う。

第一に、日銀は速水総裁と福井総裁の間、金融の量的緩和政策を実施してきた。しかし、白川総裁になって、量的緩和を目標とした政策は実施されていない。今まで何回か、金融の量的緩和について書いてきた。その中では、現在、日銀が量的緩和政策を実施しているかのごとく書いてきた。しかし、その表現は、本当は間違った表現なのである。正しくは、「主として、長めの金利の低下をはかる政策を実施してきた。」と表現すべきであった。

2009年12月に固定金利0.1%、期間3ヶ月の共通担保資金供給オペを導入して以来、日銀は、金融緩和の強化を何度も発表している。この時の公表文の中には、「日本銀行は、きわめて低い金利でやや長めの資金を十分潤沢に供給することにより、現在の強力な金融緩和を一段と浸透させ、短期金融市場における長めの金利のさらなる低下を促すことが、現在、金融面から景気回復を支援する最も効果的な手段であると判断した。」と書かれている。ここでは、長めの資金供給は、それ自体が目的ではなく、本当の目的は、長めの金利のさらなる低下を促すことである、というのが日銀の真意であると説明している。2010年10月に「包括的な金融緩和政策」の実施を開始し、「資産買入等の基金」を創設した際も、「金融緩和を一段と強力に推進するために、長めの市場金利の低下と各種リスク・プレミアムの縮小を促していくこととした。」という表現が公表文にある。ここでも同様に、「長めの市場金利の低下と各種リスク・プレミアムの縮小を促していく」ことが、日銀の真意であると説明している。その後、何度も「資産買入等の基金」の総額は増やされているが、その際も、「金融緩和の強化」という表現に統一されている。そして、今年5月24日の衆議院の特別委員会で、白川総裁は、「ゼロ金利下では日銀が大量に資金を供給しても、資金はそのまま当座預金に預けられる、のれんに腕押しの状況になっているため、量では金融緩和の度合いは測れない。」と明言している。白川総裁は、福井総裁の時代から、量的緩和政策に対して批判的な立場を取っており、著書「現代の金融政策」の中で、「景気・物価に対する刺激という点で中心的な効果は時間軸効果であり、量の拡大はほとんど効果を発揮しなかった。」と記している。資金の量の拡大は意味が無い、という考え方を依然として保持しているようである。

こうした白川総裁の考え方は、以前説明した銀行学派の考え方(*1の第4段落以下)と共通点が多い。ただ、日銀内部には、かっての速水氏、福井氏のように、量的緩和の効果を認める考え方もあるはずである。従って、この考え方は、「白川理論」と呼ぶべきではないかと考える。

もう一つ重要な日銀の考え方の特徴は、「財政ファイナンス」を極端に嫌うことである。この考え方は、白川総裁だけではなく、日銀という組織のほぼ全体に染み付いている考え方だと思われるので、これこそ「日銀理論」と呼ぶべき考え方だと思う。2001年3月に、日銀が長期国債の買いオペを通じて金融の量的緩和を実施することを決定した際に、財政ファイナンスと受け止められないようにすることへの歯止めとして、銀行券ルール(長期国債の保有金額は、銀行券発行残高の範囲にする)を制定している。白川総裁も、「中央銀行が財政のファイナンスを目的として国債を買っていると市場に受け止められると、金利が急上昇してしまう」という内容の発言を繰り返し行っている。一度、財政ファイナンスを始めれば、政治家の圧力により、際限のない財政ファイナンスを強いられ、最後にはハイパーインフレへとつながることを、極端に警戒している。

この日銀の考え方は、昭和初期の世界恐慌の時に日銀が実施した政策に対する強烈な反省から生まれているようだ。1931年12月ー1936年2月の間、大蔵大臣であった高橋是清は、日銀の国債引受を実施し、低金利で調達した資金を財源に、公共投資と軍事費を拡大した。この政策によって、日本は他の先進国に先がけて恐慌から回復し、経済成長への軌道に乗ることが可能になった。しかし、インフレの発生を心配し、軍事費抑制の予算を組もうとした高橋是清は、軍の反発にあい、1936年の二・二六事件で暗殺される。次に大蔵大臣に就任した馬場鍈一以降の財政は、軍の要請により、大型の予算が組まれ、財源はもっぱら日銀の国債引受に依存することになる。その後インフレは進行するものの、統制経済が強化される中で、かろうじて抑えられていたが、第二次大戦の終戦後には、ハイパーインフレへと発展してしまう。日銀引受を伴うケインズ的な拡張予算を組んだ高橋財政は、日本を恐慌からいち早く立ち直らせたとして、世界的にも高く評価されている。そして、馬場財政以降の赤字財政には大きな問題があった、というのが通説的見解だと思う。ところが、日銀関係の人物が高橋財政を評価する場合、同じように高く評価するのであるが、何時も一言多い評価をする。第二次大戦の終戦後のハイパーインフレの元をたどれば、高橋財政に行き着く。もし、高橋是清が国債の日銀引受を実施していなければ、終戦後のハイパーインフレは起こらなかったのではないか、高橋是清が国債の日銀引受を実施したことが、間違いの始まりであったのではないか、ということを示唆するのである。そうした評価姿勢には、政治の圧力に屈して、財政ファイナンスを実施すれば、最後には、必ずハイパーインフレにたどり着く、との思考形式が垣間見れ、財政ファイナンスだけは絶対に避けなければならない、という価値観が見えてくるのである。白川総裁も、今年4月21日にワシントンで、「財政赤字の拡大が続き、(略)、中央銀行は国債担保の流動性供給、あるいは国債買い入れを通じて、最終的に際限のない流動性供給に追い込まれる可能性があります。それによる膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えにしたがえば制御不能なインフレです。投資家や国民はそうした歴史を知っているために、どこかの時点で、言わばレジームの変化を予想し、国債や通貨への信認が非連続的に変化すると、制御不能なインフレのプロセスが始まります。」と発言している。超高齢の日本人の多くは、ハイパーインフレを経験しているはずだが、その痛みの記憶はほとんど残っていないと思う。超高齢の日本人でハイパーインフレの被害を受けた人は、当時、多額の金融資産を保有していたほんの一握りの富裕層だけである。それ以外の大半の超高齢の日本人には、ハイパーインフレよりも、戦争中、死に直面した恐怖感や、終戦後の食料不足、飢えの感覚の方がはるかに強烈な体験であったはずだ。しかし、ハイパーインフレに対する恐怖感は、日銀の多くの行員の心には、深く刻まれているようだ。

日銀の外で、量的緩和に強く反対する人たちの有力な考え方にも少し触れてみたいと思う。日銀が国債の購入を増やすなど、量的緩和を強化した場合、その結果は、効果がゼロか、ハイパーインフレが発生するかどちらかであり、適度のインフレが発生することは有り得ない、という考え方である。こうした考えを持つ人は多いが、その根拠となる理論構成は、あまりはっきりしていない。私は、説得力のある理論構成に、まだ出会ったことはない。

上記のような考え方を、「岩石理論」と呼ぶ人がいるようだ。岩を押しても全く動かないが、一旦、動き始めると、崖から急に転がる様に落ちて行き、止めることができない状況になるのと似ているかららしい。

白川総裁の考え方は、この「岩石理論」に近いと感じられる。白川総裁は、先に記した5月24日には、「ゼロ金利下では日銀が大量に資金を供給しても、資金はそのまま当座預金に預けられる、のれんに腕押しの状況になっているため、量では金融緩和の度合いは測れない。」と発言しているから、量的緩和の効果はゼロである。しかし、4月21日には、「中央銀行は国債担保の流動性供給、あるいは国債買い入れを通じて、最終的に際限のない流動性供給に追い込まれる可能性があります。それによる膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えにしたがえば制御不能なインフレです。」と発言しているから、資金を大量に供給した場合は、ハイパーインフレになるのである。そして、財政ファイナンスという政策が、量的緩和の効果をゼロからハイパーインフレへと非連続的に転換させる、決定的に重要な政策である、と考えているようだ。

私は、普通の国家においては、強力な量的緩和や、財政ファイナンスが、ハイパーインフレを引き起こすことは無いと考えている。現在、イギリスでは、中央銀行が、大規模な資産購入プログラムを実施している。購入枠の上限額は、昨年10月に2000億ポンドから2750億ポンドに引き上げられ、今年2月に3250億ポンド、7月に3750億ポンドへと引き上げられている。そして、購入資産のほとんどは、国債である。GDP比で11%、日本で言えば53兆円ほど国債購入枠を拡大し、約1年間で、枠一杯まで国債を購入するのだ。日本の場合、日銀は長期国債を毎年21.6兆円購入しているが、償還分を差し引けば、直近の年間純増額は、約5兆円である。この外に、資産買入等の基金で国債の購入を増やしているので、その分も含めると、国債の直近の年間純増額は約17兆円である。イギリスは、インフレ率がターゲットの2%を上回るにもかかわらず、ユーロ危機の波及による景気後退とインフレ圧力の低下を予想して、現在の日本を大幅に上回る大規模な量的緩和を実施している。大量に国債を購入する中で、長期金利もインフレ率もグングン下がっている。しかし、景気後退を防ぐほどの大きな効果は、今のところ出ていない。イギリスのマスコミの中で、この政策をマネタイゼーション(=財政ファイナンス)と表現し、支持する記事を何度も読んだことがある。ハイパーインフレをもたらすという意見もあるようだが、ごく少数であるようだ。アメリカでも、近い将来、QE3が始まると予想するエコノミストは多い。QE3が実施されると、金利の急上昇やハイパーインフレが起こるという意見は、やはり少数であろう。アメリカのQE3に反対する声としては、効果が無い、ドルの価値が下がる、石油の価格が上がる、(金利上昇を伴わない)インフレが再燃する、等の声なら聞こえてくる。

しかし、現在の日本は、米英と置かれている状況が違う。政府の総債務の対GDP比率が234%(政府債務の総残高は、日銀の資金循環表の数値を使用)という巨額の借金を抱え、さらにこの借金を減らしていく道筋が見えない。このような状況が続くのならば、明日か数十年後かわからないが、必ず金利の急上昇が起きる。そうすると、政府は国債を発行できなくなるので、日銀引受に頼るしかない。その結果はハイパーインフレである、と考えている。その内容は、以前(*2)、詳しく書いている。ハイパーインフレの原因が、多くの日銀関係者の場合は、財政ファイナンスであるのに対して、私の場合は、近い将来起こるかもしれない財政破綻であるのだ。

私の立場からすると、日銀が1990年代初頭のバブル崩壊直後に、素早くゼロ金利と大規模な量的緩和を実施していれば、金利の急上昇やハイパーインフレなど絶対に起こらず、日本経済は、成長路線へと復帰できたはずだと考える。「失われた20年」のようなひどい状況に陥らなかったはずだ。この間、日銀はバブルの再燃を恐れたり、「ゼロ金利は異常」という考えを持ち続けたりした。バブル崩壊から10年も経ってから、財政ファイナンスによる金利上昇を恐れて、現在のイギリス、少し前のアメリカが実施している量的緩和より、小規模の量的緩和の実施を開始した。日本経済は、資産価格の大幅な下落と、モノの価格の小幅な下落が続き、さらに低成長が続いたため、税収が大きく減少してしまった。その上、景気対策として、何度も多額の財政出動が実施された。その結果、現在は、将来の財政破綻の可能性を気にせざるをえなくなるほどの、巨額の借金を抱え込むことになった。財政ファインンスを避けるために、小規模の量的緩和、あるいは、小規模の資金供給しか実施してこなかったことが、かえって財政破綻、ハイパーインフレが起こる可能性を高めてしまったと考える。

以前(*2の最後)述べた結論を、もう一度繰り返させていただく。金利急上昇のリスクはあるが、現時点では、そのリスクはまだ小さい。従って、日銀は、一刻も早く米英を見習い、大規模な量的緩和を実施すべきである。

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