グレグジット ギリシャ問題解決への近道

2009年10月のギリシャ政権交代の直後に、ギリシャの財政赤字の数字が従来は過少申告であったことが公表された。その後、ギリシャ危機が叫ばれるようになった。そして、グレグジット、すなわちギリシャのユーロ圏からの離脱という破滅的な危機の発生懸念が拡大した。現時点でも、グレグジット=破滅であり、避けなければならない事態であるというのが多数派の考え方であろう。私の考え方は、正反対の少数派である。ギリシャ問題の解決は容易ではない。それでも、グレグジット=ギリシャのユーロ圏離脱の実現が、問題解決への一番近道になると考えている。

ギリシャ危機の本質とは何であろうか。それは、外国からの借金を返すことができないという問題が最も重要な点である。ギリシャを始めとするEU加盟国の対外純債権債務の対GDP比率を表すグラフを下記に示す。


対外純債務

ギリシャの対外純債務の対GDP比率はキプロスに次いで2番目に多い。キプロスは、2013年3月にベイルイン(大口預金者に負担を追わせる銀行救済策)が行われて、銀行の資金繰りはしばらくは安泰になっている。しかし、対外純債務の規模はまだ大きく、完全な解決策にはなっていない。

もう1つ不思議な対外純債務の変動を示す国がある。黒い太めの線で示したフィンランドである。2000年にフィンランドの対外純債務の対GDP比率は200%近くに膨らんだが、その後減少している。この原因は、海外投資家がノキアの株を大量に購入し、ノキアの株価がその結果急上昇し、その分が対外債務とカウントされているからである。この後、ノキアという企業の成長停滞、没落とともに、ノキアの株価も大きく下落し、対外債務の多くが帳消しになった。対外純債務も大きく減少し、現在では少しばかりの対外純債権国に変わっている。これと同じ現象が、今後の日本でも発生しうると私は繰り返し主張し続けている。

現在のギリシャは、フィンランドや日本と事情が全く異なる。ギリシャは外国からの借金を返済しなければならない。外国からの借金が返せなくなった多くのケースでは、IMF管理のもとで、通貨の切り下げを強いられる。加えて財政収支の黒字化も強いられる。しかし、現在のギリシャでは、ユーロに加盟しているため、通貨の切り下げを行うことができない。そのため、財政収支の黒字化の方に負担がかかりすぎているのである。このメカニズムは、少し前に、初級ではなく中級以上の経済学の教科書に書くべき内容とした下記の式から導かれる。

(EX-IM)=(S-I)-(G-T)・・・A式と表す
  経常赤字=貯蓄投資差額-財政赤字
    ↓
(厳密には経常収支+資本移転等収支)

ギリシャの対外純債務拡大の大元は、経常収支の赤字の累積である。まずは、経常収支を黒字化させなければならない。そのためには、通貨価値を切り下げ、輸入品の価格を大幅に引き上げて輸入ができないようにし、経常収支の赤字を減らすことが最初に必要な政策である。先に、外国からの借金が返せなくなった多くのケースでは、IMF管理のもとで、通貨の切り下げを強いられると書いたが、通貨の切り下げはIMF管理になる以前にすでに実現されているケースが多い。そのため、IMF管理になった場合、2番目の財政赤字の削減が最初に強制されるケースが多い。通貨安だけなら、IMFによって強制される以前に、民間資金の移動の結果、実現を強制されてしまっている国が多いのである。しかし、財政赤字の削減は、IMFのような一種の強制力を持った国際機関ではないと、政治的に難しい。財政赤字がマイナスすなわち黒字化した場合、A式から経常収支も改善しやすくなることがわかる。

ギリシャの場合、為替レートを切り下げて、直接、経常赤字(EX-IM)を減らす政策をとることができない。そのため、財政赤字の削減に負担がかかるのである。加えて、A式から言えることは、経常収支の改善のためには、(S-I)を増やすことも必要になってくる。つまり、貯蓄を殖やし、投資を減らすことが必要である。言い換えると、消費と投資を両方減らすことが必要になる。これは、ギリシャの不況が固定化することを意味する。特に(S-I)を縮小するために、Iの投資を切り詰めると、設備投資が減少し、投資不足から経済成長が不可能になってしまう。これは実際にギリシャで発生していることである。ギリシャとEU加盟国の実質GDPの比較を表すグラフを下記に示す。


GDP.gif

ギリシャだけが全く成長できていない。これは、IMF、ECB、EUというトロイカから、財政赤字を過度に減らす政策を強いられているからである。財政赤字を縮小させ、総需要を抑制させると、(S-I)も縮小せざるをえない。つまり、ギリシャは成長ができなくなるのである。そのため、(EX-IM)は改善はしたものの、不況の悪循環が2010年からずっと続いているのである。

ギリシャを不況から脱出させ、経済成長を実現させなければならない。そのためには、(S-I)の中のI=設備投資を増やす必要がある。しかし、設備投資が増えると経常赤字が拡大するので、設備投資を増やすことができない。しかし設備投資を増やせない間は、ギリシャは経済成長を実現することができないのである。

設備投資を増やすためには、(EX-IX)の経常赤字を直接大きく減らすことがどうしても必要である。そのためには、グレグジットを行い、為替レートを切り下げ、輸入を強制的に減らすしかない。

この政策もギリシャ国民に一時的には大変大きな痛みをもたらす。まず輸入品の価格が高騰する。しかし、これは借金返済ができなくなり、IMF管理に置かれた多くの国が経験する痛みである。この痛みにギリシャ国民は耐えるしかない。

グレグジットがもたらすもう一つの大きな負担は、ユーロ離脱後にギリシャ・ドラクマの価値が急落し、ドラクマ建ての対外純債務が何倍にも増えてしまうことである。ドラクマの価値が半分になった場合、対外純債務はちょうど2倍になるのではない。GDPよりも対外純債務の方が大きいので、2倍より少し大きな金額にまで膨らんでしまう。この場合、ギリシャは何倍にも膨らんだ対外純債務の返済が不可能になる。

そこで必要になるのは、ドイツを中心とする貸し手責任である。ギリシャに返済不能な借金を作らせたのは、ドイツを中心とする債権国側にも責任がある。従って、ギリシャに対する債務の何割かを帳消しにする必要がある。そして、グレグジットの前の対外純債務の対GDP比率が、グレグジットの後でも同程度になるくらいまで債務を帳消しにする必要がある。これは、ドイツを中心とする債権国側にも大変大きな負担をもたらす。しかし、これは、貸し手責任として債権国側も負担すべき責任である。対ギリシャ債権では、債権国がどのような割合で負担を分担するのかも大変大きな問題になる。ここは最大の債権国であるドイツが多めに負担を負う解決策を自ら主導して作り、残りを他の加盟国にも負担してもらうしかない。

ギリシャのチプラス首相は、グレグジットを行わないで債務一部帳消しを実現することを最大の目標としている。しかし、グレグジットなしの債務一部帳消しは、痛みを伴いながら借金返済の努力を続けているキプロス、ポルトガル、スペインなどの同じ債務国に対して、不公平になってしまう。グレグジットなしの債務一部帳消しを認める訳にはいかない。「グレグジット+債務一部帳消」により、ドラクマ建ての対外純債務の対GDP比率をグレグジット前と同等に維持するのが一番公平である。

繰り返すが、グレグジットに伴うドラクマの価値急落により、ギリシャ国民は輸入品価格の高騰のため大変悲惨な状況になる。かわいそうだが、この負担だけは減らしてはならない。ギリシャが悲惨な状況になると、キプロス、ポルトガル、スペインはユーロからの追放の痛みを恐れて、ユーロからの追放を阻止すべく、全力をあげて債務返済の努力をすることになる。

グレグジットは、一時的には、ギリシャにも、ドイツを中心とする債権者にも大変大きな負担を追わせる。しかし、ドラクマ安を通してギリシャの輸入が減少し、経常収支はより大きく改善することになる。大幅なドラクマ安の結果、観光以外には数少ないギリシャの輸出産業の競争力も高まることになる。一時的な痛みを乗り越えれば、輸出拡大と経済成長実現のために必要な設備投資の拡大も可能になってくる。

こうした政策は、過去におけるIMF管理国ならば、とっくの昔に実現されているケースが多いのである。そうした国の経済は、自国通貨安により一時的には大変大きな苦しみを経験した後、必要な時間の長短には違いがあるが、経済は回復へと向かうケースが多い。この普通の政策が、ギリシャでは実施されなかったことが問題なのである。

グレグジットが実施されなかった理由は明快である。2010年の段階でグレグジットを実施していたならば、ユーロ離脱はギリシャ1国ではすまなかったからである。当時、PIGSと呼ばれた、ポルトガル、スペイン、アイルランドもまた同様にユーロ離脱を迫られていたはずである。ギリシャだけではなく4ヶ国が同時にユーロ離脱、為替レートの急落が発生した場合、ドイツを中心とした債権国は巨額の債権の放棄を迫られる。これはドイツを中心とした債権国側の痛みが大きすぎて、とうてい認めることのできない政策であったのである。

現在、ギリシャの銀行から預金の流出が拡大している。これは、ギリシャ国民がすでにグレグジットを予想し始めているからだ。2010年の段階でギリシャがユーロ離脱となれば、ポルトガル、スペイン、アイルランドの銀行からも預金の流出が拡大し、金融資産を失ったこの3ヶ国もまた、借金返済が不能になっていたはずである。こうなれば4ヶ国がほぼ同時にユーロ離脱とならざるをえない。ギリシャ1国だけのユーロ離脱は、2010年の段階では不可能であった。そしてグレグジットという言葉が広がった2012年の段階でも、まだリスクが高く、グレグジットは選択しづらい政策であった。

ギリシャ1国だけのユーロ離脱は、少し前までは不可能、あるいは高リスクであった。しかし、現在は可能であり、低リスクとなっている。それは、下記のEU諸国の長期国債金利が示してくれている。


 長期金利

2010年の段階で、最も長期金利が上昇していたのは、ラトビアなどのユーロとの固定レート制を維持しながらユーロには非加盟の国であった。ラトビアの経済再建には通貨切り下げが必要と考えていたが、ラトビアは固定レート制を維持しながら、経済再建に成功した。しかし、ギリシャはラトビアと同じことができなかった。2010年、2012年の段階では、ギリシャだけではなく、ポルトガル、アイルランド、さらにはスペインまでもが長期金利に上昇圧力がかかっていた。それが、2015年には大きな差が付いている。上記のグラフで示した4月の段階での長期金利は、ギリシャが最高で12%、次がキプロスの6%である。一方、ポルトガル、スペインの2ヶ国は1%台であり、アイルランドは1%を下回っている。ECBのマイナス金利、量的緩和の影響もある。しかし、最大の原因は、海外の投資家がギリシャのユーロ離脱はありえても、ポルトガル、スペイン、アイルランドの3ヶ国のユーロ離脱はありえないと考えているからである。ギリシャ1国だけのユーロ離脱という2010年、2012年の段階では不可能であった選択肢が、2015年には可能になっているのだ。

国際政治の環境も変わっている。2010年、2012年の段階では、ギリシャがユーロから追放された場合、ギリシャはロシアに援助を求めることが可能であった。しかし、昨年からの原油価格の急落により、現在のロシアにギリシャを助ける余裕は全く存在しない。ロシアはウクライナの親ロシア勢力に対してさえも十分に経済支援ができないでいる。人口1100万人のギリシャを支援できる経済力が、現在のロシアには存在しない。チプラス首相は、4月にモスクワを訪問した。チプラス首相としては、何とかしてロシア・カードを使いたいのである。しかし、現在のロシアは、カードを保有していないのである。

現在はグレグジットの時期としては適切である。曲がりなりにも緩やかな景気回復と低金利が続いているからだ。グレグジットの混乱に伴い、一時的な景気後退や一部の国の金利上昇は避けられない。それでも、現時点のグレグジットの場合、経済的な打撃は比較的少なくてすむ。ドイツを中心とする債権国側が、今まで先送りしてきたギリシャ債権という不良債権の処理を一気に行う時期としては、良いタイミングであるのだ。

仮に、次の景気後退期、あるいは金利上昇期に、ギリシャ問題がより深刻化し、グレグジットが計画的ではなく、デフォルトが起こった後に仕方なく発生してしまうと、大変大きな混乱をもたらす可能性がある。アイルランドの経済は回復し、危機再発の可能性は低い。しかし、ポルトガル、スペイン、キプロスといった国の金利の急上昇や景気の深刻な後退を招いてしまうかもしれない。この3ヶ国に加えてイタリアにまで経済危機が波及することになれば、ユーロ圏にも世界にも大変大きな打撃になる。従って、金利が低く、緩やかに景気も回復し、原油安でロシアが動けない今が、グレグジットによる打撃が最も少ない時期であると考える。

グレグジットを行う場合、そのやり方が難しい。一気に物事を進めなければ、預金流出拡大などの悪しき現象が加速してしまう。おそらく、グレグジットの計画はすでに何種類か存在しているはずである。あとは、ドイツのメルケル首相を筆頭とするユーロ圏のリーダーの決断だけが必要であろう。

グレグジットが実施されたとしても、短期間にギリシャ問題が解決することはありえない。ギリシャは依然として巨額な対外債務を、輸出を伸ばし、輸入を減らしながら時間をかけて少しずつ返済していくしかない。いずれにせよ、痛みと完全な問題解決までの時間は必要なのである。グレグジットを行う場合と、行わない場合の「痛み×問題解決時間」を考えると、現在のグレグジット実施の方が、負担が大きく軽減される可能性が高い。

加えて、グレグジットを行わずに、ギリシャの借金の返済期限が来るたびに大騒ぎをするようなことは、世界中の国にとって迷惑であり、いいかげんにやめにしてもらいたい。ユーロ圏内でも、政治的な反ユーロ政党の勢力がより拡大し、ヨーロッパ統合の理想がかえって遠のいてしまうことにもなりかねない。

グレグジットは、一時的にはギリシャ国民をさらなる苦境に間違いなく追い込む。同時にドイツを中心とする債権国も貸し手責任をとって、債権の何割かを帳消しにすることが必要になる。この際の混乱は、ギリシャ1国にとどまらず、ユーロ圏、さらには日本にも株価急落などの形で悪影響が及ぶであろう。しかし、より長期の観点で見た場合、ギリシャにとっても、ギリシャ以外のユーロ加盟国にとっても、日本などのそれ以外の国にとっても、現在、秩序だったグレグジットを実施することの方が望ましい。メルケル首相がグレグジットの決断を下すことこそが、ギリシャ問題の一番望ましい解決策につながる近道なのである。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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