金融の量的緩和と金利の変化(その1)

金融の量的緩和を強化した場合、長期金利はどのように変化するか。この論点は、金融の量的緩和の効果について論争する場合、必ず議論になる論点である。この論点についての考え方を大きく分けると、大部分は、次の3種類に分けられると思う。
(1)名目金利は上昇し、実質金利は変わらない。
(2)名目金利は上昇するが、実質金利は低下する。
(3)名目金利は低下する。
(1)は、金融政策現状維持派の昔からの主張である。(2)は、金融の量的緩和強化派の多数の意見だと思われる。(3)は、様々な立場の人たちが考えている内容だと思うが、最近、金融政策現状維持派の中で、急速に広まっている考え方だと思う。

(1)の名目金利は上昇し、実質金利は変わらない、という主張は、下記の式を使って説明される。
       名目金利=実質金利+インフレ期待
この式で、日銀が国債の購入を増やすなどの、金融の量的緩和を強化すると、債券の投資家たちは、将来インフレが起こる=債券価値が目減りする、と予想し、債券を買わなくなったり、売却に走ったりするので、発生したインフレ期待に等しい分だけ、名目金利が上昇する、という考え方である。このように、金融緩和が、名目金利の上昇を引き起こし、実質金利は変わらないという現象は、フィッシャー効果と呼ばれている。実質金利が変わらなければ、企業が設備投資を増やすインセンティブにはならない。一方、国債の保有者は、日本の場合、その多くは金融機関であるが、名目金利の上昇=債券価格の下落であるので、金融機関に巨額の債券評価損が発生し、場合によっては、金融危機を引き起こすかもしれない。また、政府も、発行する国債の金利が上昇し、国債の利払い費用が増加するため、財政赤字の問題は、より深刻化する。このように、金融の量的緩和の強化は、金利上昇という大きなマイナスの副作用を引き起こす。従って、現状以上の金融の量的緩和は、実施すべきではない、といった考え方が多数であろう。

(2)の名目金利は上昇するが、実質金利は低下する、という主張は、現在の長期金利の水準は、本来あるべき金利の水準を、上回っている、という認識からスタートする。現在のように、デフレと低成長が長期化した世界では、企業の利潤率も、当然低くなる。そうした世界では、本来あるべき銀行の長期貸出金利や、長期国債の金利は、マイナスであってもおかしくない。しかし、長期金利は、ゼロ以下になれない、という制約があるため、現状の金利水準は、本来ありうべきマイナスの金利ではなく、それより高いプラスの水準になっている、というのである。金融の量的緩和の強化により、インフレ期待が発生し、名目金利に上昇圧力がかかるが、それは、本来ありうべきマイナスの金利に、インフレ期待分だけの上昇圧力がかかる。従って、実際の名目金利も上昇するが、その上昇幅は、インフレ期待の上昇分より小さくなるはずである。金融の量的緩和の強化により、名目金利は、多少上昇するが、その上昇幅は、インフレ期待の上昇分よりも小さいので、実質金利は、低下する。実質金利の低下は、企業の設備投資意欲を刺激する。名目金利の上昇幅は、小さいので、国債を保有する金融機関の債券評価損も、それほど大きくはならない。同時に、政府も金利上昇により、国債の利払い費用は、多少増加するが、インフレが発生してきたら、インフレ分だけ国債価格の実質価値が低下するので、財政再建にも寄与することになる。多少の名目金利の上昇という副作用があっても、実質金利の低下の効果の方が大きいので、金融の量的緩和を強化すべし、といった考え方が多数であろう。

(3)の名目金利は低下する、という主張は、日銀が国債の購入を増やすなどの量的緩和を強化すれば、インフレ期待の上昇のため、投資家が国債を売却し、国債価格が下落に向かうという圧力が発生するが、日銀の国債購入による、国債価格上昇の圧力の方が大きいので、国債価格は上昇し、金利は低下する、と言う考え方である。こうした考え方は、以前から存在していたが、あまり政策論と結びつけて語られることは、少なかった。ところが、最近、金融政策現状維持派の中で、金利の低下は、経済にとって望ましくない、という考え方が急速に広がっている。これは、長期国債の金利が低下すると、銀行の貸出金利も同時に低下する。現在の日本は、銀行の利ザヤが、諸外国と比べて小さいのであるが、金利低下により、今以上に小さくなる。そうすると、銀行は、貸し出しによるリターンが、さらに少なくなるのであるから、リスクのある貸し出しを実施することを、従来以上に避けることになる。これは、貸し渋りの発生である。つまり、金融の量的緩和を強化して金利が低下すると、かえって貸し出しの減少を引き起こしてしまい、経済に悪影響を及ぼすことになる。従って、金融の量的緩和の強化など実施すべきでは無い、という考え方である。こうした考え方は、最近、ロナルド・マッキノンが提唱して以来、急速に広まっている。

私の考え方は、(2)に近い考え方である。リーマンショックの直前の一時期を除いて、十数年間続いた日本のデフレ期待は、相当強い。金融の量的緩和の強化を実施しても、インフレ期待がすぐに高まるとは思えず、名目金利は、横ばいか若干の低下にとどまると思う。しかし、日銀が思い切った量的緩和を続けていけば、何時か必ず、物価は、上昇に向かうはずである。物価が上昇し始めると、実質金利が低下する中で、名目金利が上昇していくと考える。

(3)の考え方で、金融の量的緩和の強化の結果、金利が低下する、という現象は十分起こりえることだと思う。しかし、その先の、金利の低下の結果、銀行の貸し出しが、増えるどころか、減少してしまいかねない、というマッキノンの考え方は、間違っている。これは前回(*1)、銀行学派の考え方を否定した論理と、同じ論理を使って否定することができる。要約すると、日銀の資金供給が、銀行から日銀へのブタ積みとなって、すべて還流するならば、その先、インフレが発生することはありえない。そうすると、日銀が、国家の債務をすべて買い取って、償却することにより、結果として、無税国家が実現してしまう。こうした夢のような現象が、現実に起こることは、ありえない。従って、金融の量的緩和を強化していけば、いずれは、銀行貸し出しの増加とインフレの発生につながるはずなのである。

(1)の金融の量的緩和の結果としての、名目金利上昇、実質金利不変という現象は、発生した事例が、過去において見当たらない。1930年代の日本は、ある種の金融の量的緩和と言える、国債の日銀引き受けという、思い切った金融緩和政策を実施した。この時、金利は低下している。リーマンショック前後のアメリカ、イギリスでは、バブルがピークに達してから、金利をゼロ近くにまで急激に引き下げ、ピークから約1年後には、思い切った金融の量的緩和を開始している。それにもかかわらず、金利は、低下か、横ばいか、若干の上昇のいずれかである。従って、金融の量的緩和の結果としてのフィッシャー効果は、過去の歴史を実証分析した場合、発生した事例が、見つからないのである。フィッシャー効果を全否定するつもりはないが、金融の量的緩和の結果として、フィッシャー効果が発生した事例は、過去に見つからないのだ。日本においても、バブル崩壊直後の1990年台の前半に、金利をゼロ近くまで急激に引き下げ、その直後に思い切った金融の量的緩和を実施していたとする。その場合、長期金利が上昇することは無く、バブル崩壊の悪影響も少なく、景気は回復に向かっていたはずである。デフレに陥ることも無く、地価、株価も本格的な反転、上昇に転じていたはずである。

ただ、現在の日本は、1930年代や1990年代前半の日本、2008年以降のアメリカ、イギリスとは、重要な点で異なっている。それは、政府債務の総残高のGDPに対する割合が234%(政府債務の総残高は、日銀資金循環表の数値を使用)と、世界でダントツの第一位であることだ。この論点については、財政再建の問題と密接に関係した難問であるため、次回に改めて書かせていただくことにする。


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