資産価格の大幅増加という円安メリット論

直近の何回かで、狭義の円安メリットを所得の上昇と定義し、その利益について説明してきた。この他に、広義の円安のメリットを資産増加と定義してきた。今回は、この資産増加の中身をより具体的に説明することにする。

狭義の円安メリットと厳密に等しいものは存在しない。しかし、一番近いものとして、貿易・サービス収支の改善というものがあるので、貿易・サービス収支の改善を使ってきた。同様に、広義の円安メリットと厳密に等しいものも存在しない。しかし、広義の円安メリットに近いものはあるが、貿易・サービス収支の改善といった簡単に算出可能なものはない。いくつかの数値を使って計算を行い、それでも近似値にまでたどり着くのが精一杯である。その際、普通はほとんど使われることのない用語や、なじみのない統計を使う。いつも以上に複雑な説明もあるので、斜め読みではなく、丁寧に読んでいただければ有り難い。

ここでは、広義の円安メリットに近いものとして、日本株の時価総額の増加額(海外投資家が獲得した分を除く)と、対外純資産の増加額の中で円安が寄与した金額の合計金額を使うことにする。その合計金額の算出をめざすのであるが、簡単にはいかない。対外純資産の増加額の中で円安が寄与した金額が算出可能な期間が、今のところ2013年という1年分しかないからだ。一方、日銀の資金循環統計の中に、海外部門の調整差額という項目がある。日本株の時価総額の増加額に、海外部門の調整差額(符号を反対にしたもの)を加えることにより、円安による資産価格の増加額の近似値を算出することにする。

最初に、2013年の対外純資産の金額とその変動要因をあらわす表を下記に記す。


対外純資産2013年末

一番上の(A)が対外純資産額の明細、(B)が対外資産総額の明細、(C)が対外債務総額の明細になる。(A)において、2013年末の対外純資産が325兆円、前年比29兆円増加ということがわかる。この29兆円が生じた理由を、取引要因、為替要因、その他要因に分けている。国際収支統計マニュアルの古いバージョンの言葉を使うと、取引要因の定義は、「投資収支+外貨準備増減」の符号を反対にしたものである。別の表現を用いれば、「経常収支+その他資本収支+誤差脱漏」である。この部分はわかりにくいので、取引要因は、売買などの取引から発生する要因という理解だけでよいと思う。厳密には、上記のように定義されている。2013年の経常収支は小幅の黒字であるが、その他資本収支と誤差脱漏が赤字になったため、取引要因が-7兆円になったのである。その右側に為替要因がある。これが一番求めたいと考えている数値である。2013年には+81兆円と大きな金額を記録している。円安により、対外資産が+105兆円、対外債務が+25兆円、対外純資産が+81兆円の増加になっている。日本は、2013年1年間に、円安のおかげで81兆円も資産を増加させたのである。この巨額の資産の増加は、日本が世界最大の対外純資産国であるからこそ獲得できた資産増加である。

国際収支危機などが噂される国の大半は、対外純資産ではなく、対外純債務を抱えている。そのため、通貨安誘導を実施すると、外貨建て債務の金額が、自国通貨に直すと増加してしまうのである。例えば、ギリシャは自国のGDPを上回る巨額の対外純債務を保有している。ユーロを離脱して、ドラクマに戻った場合、ドラクマの通貨価値は間違いなく大暴落する。その場合、ドラクマ建ての対外純債務の価値が急激に増加し、債務返済が今以上に困難になる。このことは、ギリシャ政府だけではなく、ギリシャに対して債権を保有するドイツなどの国も理解している。そのため、ドイツとギリシャの両政府は、ギリシャのユーロ脱退を認めるわけにはいかないという点では、意見が一致しているのである。

日本は、金額では世界最大、対GDP比でも世界でも上位の比率になる対外純資産を保有している。そのため、円安進行により、対外純資産の金額が急激に増加する。通貨安によりこれほど巨額の対外純資産が増える国は、世界では他に存在しない。長期的には、超少子高齢化、人口減少が進行する日本では、対外純資産を取り崩していく道をたどらざるをえない。その場合、ギリシャのように巨額の対外純債務国になってから円安が進行すると、円安によって、対外純債務の金額が大きく増加してしまう。そのため、対外純資産の金額が大きい間に円安に誘導し、対外純資産を大幅に増加させておくことが、最も有利なのである。この点を、円安デメリット論者たちは全く理解していない。

上記の表に戻ると、為替要因の右が、その他要因である。その他要因は、名前のとおり、中身はいろいろである。株価の変化、債券価格の変化、不良債権の価値の変化、あるいはストック統計とフロー統計の間の誤差などがこの中に含まれる。ただ、その他要因の中で最も大きな割合を占めるのは、株式投資、すなわち、株価の変化である。2013年の日本のその他要因は、-45兆円と大幅なマイナスである。株式投資は、資産面では+10兆円の増加、負債面では+50兆円の増加である。日本は外国の株価上昇により、10兆円の資産を獲得する一方、日本の株価上昇によって、50兆円の資産を失ったのである。この50兆円の損失については、(*1)を始めとして何度も言及してきた。この点については、後でもう一度説明することにする。

2013年の円安・株高によって、対外純資産が受けるメリット、デメリットは以上である。しかし、上記の統計は1年に1回しか発表されない。2013年の表だけでは、アベノミクス相場の始まりから、現在までの資産増加を算出することができない。そこで、日銀の資金循環統計を使って、もう少し長い期間の資産増加の算出に挑戦する。円安による対外純資産増加額と、日本の株価上昇による対外債務の増加額の合計金額を、同時に算出することをめざす。

広義の円安のメリットとして、円安による対外純資産の増加以外に、日本の株高がある。株高は、円安が原因の部分と、金融緩和の強化が直接の原因になっている部分があり、両者を分けることは不可能である。ここでは、広義の円安メリットを考えているので、株高の原因はすべて円安であるという想定を置くことにする。この場合、円安のメリットとしては大きすぎるかもしれない。それでも株高は、日銀による金融緩和の強化の結果発生したメリットであることは間違いない。そのため、広義の円安メリットに、株価上昇による資産増加をすべて含めることにする。

株高による資産増加の算出は簡単である。ただ、先に示したように、株高による資産増加額の何割かは、対外純債務の増加として海外に流出している。その分を差し引かなければならない。この場合、上記の表の中にあるその他要因を合計した金額を使えば、海外投資家の獲得した資産増加をだいたいは差し引くことができる。あくまでも、だいたいであって、全部ではない。問題点として一番大きいものは、日本の投資家が外国株の上昇によって獲得した資産増加が混じってしまうことである。この金額は、2013年に10兆円あった。その結果、「その他要因」は-45兆円、「株高による損失」は(-)50兆円と差が出てしまう。ここでは、円安による資産価格の上昇のだいたいの金額を算出するため、「その他要因」と「株高による損失」の2つの金額が等しいという単純化をする。この単純化を行えば、円安と株高による資産増加のだいたいの金額が算出可能になる。

「為替要因」を円安によるメリット、「その他要因」を日本株上昇による損失という単純化を行った場合、この2つの合計の数値が年に4回発表されている。それは日銀が作成する資金循環統計の中の調整表にある「海外部門」の「調整差額」という項目である。この調整差額は海外投資家が資産価格上昇によって獲得できる利益に近いので、日本から見た場合、符号を反対にすれば、日本が獲得できる利益となる。なお、調整差額は、実現分と未実現分を合計したものである。

まだ問題が残っている。アベノミクス相場の開始は、野田前総理が衆議院解散を明言した2012年11月14日が起点である。しかし、日銀の資金循環統計は年に4回しか発表されないので、直前が2012年9月末になる。ただ幸いなことに、2012年9月末と2012年11月14日を比較すると、少しばかりの円安、株安が進んでいるが、大きな変化ではない。そのため、アベノミクス相場の開始の起点を2012年9月末と考えた場合、当然誤差は生じるが、それほど大きな金額にはならない。そのため、アベノミクス相場の開始を2012年9月末と仮定し、2014年6月までは、日銀が発表している資金循環統計の数値、その後は簡易な方法を使った推計値を計算し、2012年9月-2014年10月の間の資産価格のだいたいの増加額を算出する。

資金循環統計の調整表、海外部門の調整差額の2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の累積金額を表すグラフを下記に示す(プラスとマイナスの符号を反対にしている)。


調整差額

調整表の調整差額という数値を、私は(*1)の他にも使ったことがある。しかし、普通はほとんど使われることのない統計である。調整表とは、最初に示した表の、為替要因とその他要因を加えたものと同じ内容である。各資産を保有する主体の金融資産負債の金額は、金融資産の売買によって変動するが、それだけではない。繰り返すが、為替の変化、株価の変化、債券価格の変化、不良債権の価値の変化などによって変動する。そうした変化の金額と、ストック統計とフロー統計の間の誤差を加えた金額を示す表が、調整表である。そして、海外部門の調整差額の符号を反対にして、2012年9月を起点にして変動金額の累積を合計したものが、上記のグラフである。先にも書いたとおり、海外部門の調整差額にはいろいろな項目が含まれているが、その中の多くの部分が、為替の変化と日本の株価の変化を原因とする資産変動金額である。そのため、この2つの合計金額と海外部門の調整差額が等しいと単純化し、その動きを見たものである。

上記のグラフは、円安が進行するとプラス幅が増加し、日本の株高が進むとマイナス幅が増加する。従って、円安メリットから株高デメリットを差し引いた金額である。2012年9月以降、円安のメリットは株高のデメリットよりも大きい。10月末は推計値であるが、海外部門の調整差額の累積金額は50兆円になる。円安によるメリットの金額から、株高というデメリットを差し引くことにより、日本は海外に対する資産を50兆円増やしたといってよい。

次に、株高の効果を見る。株には上場株と未上場株などのそれ以外のものがあり、日銀の資金循環統計では、上場株を株式、上場株以外のものを出資金と分類している。2014年6月末の時点において、日本全体の株式・出資金のうちの55%が上場株、すなわち株式であり、45%が出資金である。出資金は、政府が特殊法人などに対して保有する出資金や、個人が中小の未上場株式会社を経営している場合の未上場株などがある。政府(社会保障基金を除いた中央政府と地方政府の合計)の場合、保有する株式・出資金の大半が出資金になる。海外部門では株が90%、出資金が10%である。ここでは、円安を原因とする株高の金額の算出を試みているわけであるから、株だけではなく、出資金も含めることにする。株高の効果は、調整表の中の株式・出資金の資産合計の調整額を見ればよい。2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の調整額の累積金額を表すグラフを下記に示す。


株式時価総額の増加額

株高の結果、日本の株式・出資金は、2012年9月末-2014年10月末の間に372兆円増加した。上場株だけなら236兆円の増加である。ここから、海外投資家保有分を差し引かなければならないが、それは後で示す。2012年9月末から11月14日の間、株安が少し進行しており、株高の効果はこれでも少しは過小評価なのである。円安の広義のメリットである株式時価総額の増加額は、このように大きな金額となる。

では、この資産増加を一体誰が獲得したのか。ここでは、増加額ではなく、大元である2013年6月末における投資主体別の日本株の保有金額を示したい。政府が保有する特殊法人の金額などが含まれると、日々報道される株価の動きと異なってくるので、出資金を除いた上場株だけの数値を示す。なお、このデータをもっと昔から比較したいので、1979年度末-2014年6月末の推移を表すグラフを下記に示す。


投資部門別株式保有主体

直近において、日本株の最大の保有主体は海外投資家であり、31%を保有している。2位が非金融法人企業、すなわち、金融機関以外の普通の企業であり、22%を保有している。この大部分は、子会社、関連会社の株の保有分である。その他に、昔からの持ち合い株、投資目的の株、自社株などがあると思う。3番目が家計であり、18%である。株が上がって喜ぶのは、一部の金持ちだけであり、庶民には関係がない、などとよく言われる。しかし実際は、株が上がって一番喜ぶのは海外投資家であり、日本の金持ちが獲得する利益は、海外投資家が獲得する利益よりかなり少ないのである。バブルの頃は、日本株の大部分を国内投資家が保有していた。しかし、バブル崩壊後、日本の投資家が継続的に株を売却し続けた結果、今や、日本の株高の最大の恩恵を受ける主体は、海外投資家になっている。

次に、円安の広義の利益である、円安による対外純資産の増加額と、株式・出資金の増加額を合計する。今までに示した海外部門の調整差額は、円安による対外純資産の増加額から、海外投資家が獲得する日本の株高メリット分を差し引いたものである。海外部門の調整差額の累計金額と、株式・出資金の増加額を合計すれば、だいたいは円安による対外純資産の増加額と、株価上昇による資産増加額の合計金額に近い金額になる。そして同時に、広義の円安のメリットに近い金額にもなる。2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の、円安による対外純資産と株式時価総額を合計した増加金額、すなわち、広義の円安メリットを表すグラフを下記に示す。


株式と外貨建て資産の合計

2012年9月-2014年10月の円安による資産価格の上昇金額は、422兆円となる。途中で単純化や推計が入っているので、上下10%か、20%程度の誤差があってもおかしくない。そうした誤差があったとしても、十分に大きな金額である。この資産増加は、日本国内の個人、企業、金融機関、政府などが獲得した資産増加額の合計である。海外投資家の獲得分は控除してある。円安進行の結果、日本国内の投資主体が合計して420兆円の資産を増やしたという事実だけは認識しておく必要がある。円安の結果、日本は広義の円安のメリットとして、420兆円の資産増加を獲得したのである。円安にはデメリットもあるが、デメリットの金額を全部足しても、はるかに小さな金額になるはずである。先に株で示したように、420兆円といっても国民が平等に獲得したものではない。当然大きな格差がある。円安によってあまりにも儲けすぎた企業、個人などの主体からは、資産の一部を政府が税金として徴収し、幅広く再分配する仕組みを作ることは必要である。その手段として、私は、金融緩和の強化による資産価格の引き上げと、それによって利益を獲得した主体に対する税金を増やすという財政再建策を(*2)などで提示している。

今までも何度か言及してきたことであるが、私は、日本の株高により、資産増加の何割かを海外投資家が獲得するという現状に満足していない。海外部門が日本株の値上がりにより獲得した利益の符号を反対にしたもの、すなわち、日本の株高により日本が失った金額の、2012年9月末を基準とした2012年3月末-2014年10月末の間の累積金額を表すグラフを下記に示す。


海外投資家保有日本株

直近までの累積金額は-70兆円。株高により日本は372兆円の資産増加を獲得したが、そのうち70兆円は海外に流出してしまったのである。言い換えると、日本は自国の株高によって、対外純資産を70兆円も減らしてしまったのである。私は、70兆円の損失自体に、問題はないと思う。資産運用のグローバル化が進行し、海外投資家が日本株を大量に保有するという現象は、当然とも言える現象であるからだ。しかし、先に書いたことを繰り返すと、2013年の1年間に、日本の投資家は、海外の株価上昇により10兆円の資産増加を獲得した。一方、海外投資家は、日本の株価上昇により50兆円の資産増加を獲得した。2013年1年間だけで赤字が41兆円になる。この赤字は無視すべきではない。しかし、この赤字の存在自体が、ほとんど知られていない。株価が上がればすべてOKという人が多い。反対に、株価が上がると「バブルだ」と非難する人も多い。しかし、また対外純資産が減ったとぼやく人は少数であろう。

日銀による10月31日の金融緩和は、世界を驚かし、短期間で円安・株高を引き起こした。その結果、日本が獲得した広義の円安メリットも、日本の株価上昇によって日本が失った対外純資産の金額も、同時に急激に増加したはずである。GPIFが、日本株、外国株、外国債券を買い増すのも良いことだと思う。しかし、株式部門の保有資産の債務超過を解消させるために、この二つの政策だけで十分と言いきることはできない。この債務超過をなくすためには、国際政治上許されるギリギリの線までの金融緩和の強化が、必要不可欠とまでは言わないが、依然として必要である可能性はまだ残っていると考える。


リンク先記事
2013年末 対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*1)
インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策(*2)






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