偏在する対外資産の是正と拡大

我々は、様々な目的で、貯蓄をする。例えば、老後の備えのために貯蓄をする。そして、貯蓄は資産であり、金融資産と呼ばれることが多い。

ではGDP統計上、そうした貯蓄は、どのように扱われているのであろうか。GDP統計の確報を出す際、貯蓄を含めたストック統計を出している。その中で、日本全体の貯蓄や資産の合計、すなわち、国富(GDP統計上では「正味資産」と呼ばれている)の推移を表すグラフを下記に示す。


国富

国富は、バブル崩壊後、資産価格の低下を背景として減少し続けていたが、直近では横ばい傾向になっている。その中で、大半を占めるのは、土地や建物などの非金融資産である。それ以外は対外純資産だけであるが、これは金融資産に含まれる。

2012年末において、国内金融資産は5685兆円存在するが、それはゼロと扱われている。理由は、金融資産の背後には、それと同額の金融負債が存在するからである。銀行に預金をすれば、企業の負債や国債という政府の負債へと振り替わるであろう。従って、国内に貯蓄するのは、同額の国内金融負債を増やすだけであり、国の純資産である国富は増えないのである。国富を増やすための貯蓄とは、海外に貯蓄を持つことである。GDP統計でも類似の他の統計でも、資産を海外に持つ場合、その全てが、実物資産ではなく、金融資産の扱いになる。この場合、金融負債の保有者は国内ではなく、海外にいるので、国内の金融負債は増えない。その結果、対外純資産という金融資産が増加し、同時に国富が増加する。国富を増やすためには、海外に貯蓄をしなければ、意味がないのである。

国富の定義が、金融資産は対外純資産しか含めないというものであるので、「国内貯蓄は、それが直ちに国富の増加につながることはない」というところまでは100%正しい。しかし、「海外に貯蓄をしなければ、意味はない」という考え方は、あくまでも一つの考え方にすぎない。国内貯蓄なしには、国家の経済成長は絶対に不可能であり、国内貯蓄なしに、2700兆円もの非金融資産を創出することなど不可能であるからだ。しかし、現在と少し将来までの日本という時間と場所を限定した場合、老後などに備えて貯蓄をする場合は、海外への貯蓄を殖やさないと意味がなく、国富が増えないことも事実である。現在と少し将来までの日本においては、依然として国内に余剰な金融資産が存在しすぎている。そのため、国内での貯蓄増加は望ましくなく、海外への貯蓄の方が望ましい。

このように、国富に国内金融資産を含めず、対外純資産しか含めないことは、100%正しいとは言えないが、ある一定の合理性を持つ考え方である。今回は、国内非金融資産ではなく、対外純資産について、すなわち、対外純資産の金額拡大だけではなく、内容の改善も同時に追求する必要性を書くことにする。

まず、対外純資産とその変動金額、変動理由を表す表を下記に示す。


対外純資産

重要なところに色を付けた。薄黄色が2013年末の対外純資産が325兆円、前年比29兆円増加であることを示す。薄橙色がその変動要因である。取引フローで7兆円減少していることになっている。昨年は、誤差脱漏だけで-4.1兆円あったのであるが、これは主として、上記の表の「金融派生商品」、「その他投資」部門での申告漏れが原因であると推定している。おそらく、昨年の実際の「金融派生商品」、「その他投資」の数字は、正確な申告がなされていた場合、プラスの方向のもっと大きな数字になっていた可能性が高い。重要統計ではあるが、誤差の多い統計でもあるので、7兆円の減少は、減少金額としては大きすぎであり、小幅なマイナスか、小幅のプラスであってもおかしくなかったと考えている。

為替相場変動、すなわち円安で80兆円増加し、「その他調整」で45兆円、特に株式の部門で41兆円減少している。「その他調整」は、統計上の不都合を含むが、その多くは、為替以外の資産価格の変動である。主として日本の株高の影響により、41兆円の資産を失っている。

それから主要な資産として、株式、債券、外貨準備のところに薄青色をつけた。外貨準備は、9割以上が債券で運用されているので、外貨準備も含めた債券の純資産は、184兆円ではなく、300兆円をこえているはずである。一方、株式はマイナス76兆円である。これは、海外投資家が日本株を大量に保有している一方、日本の投資家は外国株を少ししか保有していないことを意味する。これは日本の対外純資産としては、非常にバランスを欠いていると言わざるをえない。これからの日本は、国内株を海外投資家から買い戻すと同時に、外国株の保有金額を増やす必要がある。安全な運用の大原則は、徹底的な分散投資である。日本の投資家は、リスクを抑えるために、外国の債券、中でもアメリカの国債を大量に保有しているのである。しかし、その個々の投資家の安全運用の方針が、日本という国レベルとしてみると、一部の債券に対する集中投資という高いリスクのポートフォリオになってしまっている。

次に、上記の対外純資産をドル建てで見た場合の運用資産の推移を見る。


ドル建て対外純資産

先に示したとおり、2013年の対外純資産増加の最大の要因は、円安であった。円安が考慮されないドル建てで見た場合、0.3兆ドルもの大幅な資産減少となる。詳しい内容は(*1)で説明したが、その最大の理由は、日本の株価の上昇であった。この減少金額は、より正確に表現すると、3483億ドルになる。経常収支に、企業会計の国際会計基準のような会計基準を適用した場合、ドル建てでは、おそらくアメリカに次ぐ、世界で2番目の巨額の赤字国となっていたに違いない。現在のIMF基準だけではなく、こうした角度を変えた視点から見ることも必要である。

次に、対外純資産を対外資産、対外負債に分けた表を下記に示す。


対外対内資産

対外資産では、薄橙色で示した105兆円が、資産の円安メリット金額である。純資産の表でも80兆円であった。日本が世界最大の純資産国である限り、円安のメリットは膨大なのである。対外負債では、薄橙色で示した数字が50兆円であり、その大部分が、昨年の日本の株価の上昇によってもたらされた。異次元緩和が、2013年4月より20年前倒しで実施されていたならば、日本の投資家は、リスク過敏症に陥らず、それ以前と同様に、日本の株や外国の株、債券を買い続けていたであろう。日本の投資家が大株主のままで株価が上昇し続けた場合には、日本の株価上昇の結果として50兆円もの対外純資産減少といった事件が発生することはありえなかった。加えて、円安が恒常的に進行し、対外純資産の金額も膨大なものとなっていたはずだ。その場合、日本は現在の日本経済とはケタ違いの強さを維持していたはずである。その代わり、政治的には凄まじいジャパン・バッシングが現在でも恒常化していたであろう。

上記の純資産は、直接投資については、簿価評価となっている。直接投資を時価評価にした場合の金額も財務省は公表しているので、その数字を下記に示す。


時価対外純資産

この場合、対外純資産は、簿価評価の時の325兆円から、373兆円まで増える。それでもドル建てで見た場合、減少金額が少し小さくなるだけで、大幅減少自体は変わらない。それだけ、昨年の日本の株価の上昇率は大きかったのである。

次に、IMFの統計から、2012年末の対外直接投資、対内直接投資の金額を表すグラフを下記に示す。


直接投資対GDP比率

国ごとに少し異なる基準を標準化した基準で各国を比較している。日本の場合、対外直接投資のGDP比率は、やや小さい程度であるが、対内直接投資の対
GDP比率は非常に小さい。先に示した、簿価基準の直接投資は、2013年末で対外が118兆円、対内が18兆円である。比率としては標準化されたIMF基準とあまり変わらない。日本は、対内直接投資が非常に少ないことは、疑いのない事実である。

安倍内閣の3本目の矢の政策の中には、賛成のものも反対のものもあるが、最も大反対の政策は、対内直接投資倍増計画である。分野を絞らない対内直接投資倍増計画は、日本経済に悪影響を及ぼす。仮に、対内直接投資を拡大させる政策を実施する場合には、日本経済に特にメリットが大きい分野に限定して、外資優遇の制度を設けるべきである。

先に書いたとおり、現在の日本は余剰資金を海外に流出させ、対外純資産を増やすことが何よりも重要な政策である。安倍氏を含めた政治家たちは、「世界からヒト、モノ、カネを集める」という発言をしばしばする。この中で最も間違っていることは、世界からカネを集めることである。カネは日本銀行が無制限に作り出すことができるのである。それだけではなく、日本は資金を外に出さなければならない時に、資金が外から流入し、結果として超円高が継続し、多くの輸出産業を潰してしまった。そして、現在でも資金の純流入は続いているのである。そのため、超円高が是正されたにもかかわらず、経常収支が赤字の月が増えるという結果をもたらしている。「世界からヒト、モノを集める」はともかく、カネだけは集めてはいけないのである。その意味において、対内直接投資倍増計画は、結果として日本経済破壊戦略につながる。

今年から採用されたIMF国際収支マニュアル第6版においては、経常収支=金融収支がだいたいにおいて成り立つ(厳密には、経常収支+資本移転等収支+誤差脱漏=金融収支)。経常収支を黒字化するためには、金融収支の黒字を増やせば、定義として経常収支も黒字化せざるをえないのである。従って、最も必要な政策は、金融収支の黒字拡大であり、余剰資金を海外へ流出させる政策である。為替レートは金融黒字=経常黒字が成立するように動く。2007年は年平均為替レートが1ドル=118円で、貿易黒字14.2兆円、経常黒字24.9兆円を実現していた。しかし、現在の日本には、2007年当時に存在していた輸出能力は大きく低下してしまった。そうした環境下で金融収支の黒字が急激に増加した場合、超円安となり、エネルギーや輸入食品の価格は急騰する。一方、今年の3月までバカがつくほど売れていた高級の海外輸入ブランド品の価格も急上昇し、そうした高級輸入品はさっぱり売れなくなる。この結果、輸出数量の増加は少なくとも、輸出金額は増加し、一方、輸入数量、輸入金額は大きく減少する。結果として、経常収支は黒字化し、貿易収支の黒字化も可能になる。必需の輸入品は大きく値上がりし、不満も高まるであろう。一方、対外純資産の金額も、超円安の結果、急激に拡大する。これは日本にとって、とてつもなく大きなメリットである。

経済危機に沈み続けている南欧諸国やフラジャイル5(トルコ、インド、ブラジル、インドネシア、南アフリカ)は対外ポジションが大きくマイナス、すなわち対外純負債国なので、急激な通貨安が発生すると、対外純負債の額が急激に拡大する。従って、こうした国々では、急激な通貨安を絶対に容認できないのである。それに対して、現在の日本では、急激な超円安は対外純資産を急激に拡大させ、巨額の円安メリットを獲得することができる。同時に、超円安という為替変動により、金融黒字が拡大したほぼ同じ金額だけ、経常黒字の拡大も必ず発生する。日本にとって、余剰資金を海外に流出させ、金融黒字と経常黒字を拡大させることは、他の多くの国とは異なって、小さなデメリット(=エネルギー価格などの急上昇)と巨額のメリットをもたらし、総合すれば、巨額のメリットの獲得が可能である。重要なことは、こうした形で経常収支、貿易収支を黒字化し、対外純資産を大きく増やすことのできる政策は、経済的には存在するということを理解することである。

ただこの場合、対外投資の方法を、従来と大きく変えるようにしなければならない。日本の投資家全体のポートフォリオの中で、外国債券の割合を減らし、外国株の割合を増やす形で対外投資を拡大させることが必要であるからだ。1つのアイデアであるが、厚生労働省と財務省とが、野村総研、大和総研などに補助金を出して、外国株のMSCI、外国債券のシティ債券インデックスを上回る、十分に分散された、外国株・外国債券総合のベンチマーク・インデックスを開発させるという政策が必要である。外国株と外国債券の比率は、外国株と外国債券の時価総額ウエートに等しくする。外国株と外国債券を総合したインデックスを作るのである。まずは公的年金がその総合インデックスを使用し、財務省の外貨準備の多くも、少しずつそうした総合インデックスを使用した運用に移行していくべきである。すでに財務省は外貨準備の運用を民間委託にすることを研究し始めていることが報道されているが、運用委託だけでなく、ベンチマーク・インデックス作成といったより壮大な構想を持つべきである。公的年金と財務省が、外国株・外国債券総合インデックスを使い始めた場合、他の多くの日本の機関投資家も、その総合インデックスをベンチマークにして運用し始めるであろう。この総合インデックスをベンチマークにした運用が広まる場合、外国株投資の比率は拡大し、日本全体としての、対外投資の安全性、収益性が高まるであろう。加えて、日本は経常黒字を獲得する一方、アメリカの危険な国債を無理矢理買わされているといった陰謀論も、完全に消え失せるであろう。ただ、新しい総合インデックスを政府が開発させるにしても、政府が前面に出るのではなく、GPIFの要望のような形にして、政府の介入色を極力減らすことは必要であろう。そして、民間はともかく、公的年金と財務省は、運用コストを最小化するために、インデックス運用に徹するべきである。

繰り返し主張してきたように、経常黒字を拡大させる政策は、経済的に可能であるが、政治的には不可能である。先に書いたとおり、輸出産業が弱体化した日本が経常黒字を大幅に増やすためには、大幅な円安が必要となる。しかし、この超円安の発生を、アメリカだけではなく、他の諸外国も、容認することは絶対に考えられない。従って、日本は政治的に許される範囲内のギリギリの線まで金融黒字を拡大させるしかない。金融黒字の拡大は、金融緩和を強化、すなわち、日銀が国債購入金額をガンガン拡大し、市場に存在する国債を、少なくするか、なくしてしまえば、必ず実現可能である。副作用のインフレとバブルに対しては、大規模な増税で封じ込め、急激な財政再建を同時に達成すればよい。金融緩和の強化を、国際政治の中で許される範囲内で、ギリギリまで追求し、金融黒字と経常黒字の拡大を目指すべきである。


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2013年末対外純資産が過去最高を更新 ドル建てでは減少(*1)

テーマ : 経済
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