アメリカの「為替報告書」と中国、韓国、日本の対応

4月15日に、アメリカ財務省が、年に2回議会に提出する「為替報告書」を公表した。1年前の報告書では、その当時進行していた円安の原因は、安倍総理が大胆な金融緩和を約束したことが原因であると書かれていた。そして、「G7、G20の約束のとおり、政策は、国内目的のみに使用すべきであり、為替レートを競争力強化のために安く誘導することがないように、圧力をかけ続けていかなければならない。」という、日本に対してはかなり厳しい内容の文言が書かれていた。

今年の「為替報告書」は、昨年と比べれば、日本についての分析は厳しいものではなかったと思われる。1年間に為替レートがあまり変化せず、貿易赤字が大幅に拡大したので、当然のことであろう。

一方、今年の「為替報告書」でも、アメリカが厳しめの批判をしたのは、中国と韓国に対してであった。中国、韓国は、他の多くの国と異なり、介入実績を公表しないこと、そして、外貨準備などから推定すると介入を実施していることが間違いないこと、そして両国の通貨は、ともに割安に評価されていること、両国の経常黒字の対GDP比率が大きいこと、が共通の論点であった。

「為替報告書」が、中国、韓国が為替介入していると推定する大きな根拠は、外貨準備の増加率である。そこで、2013年1月=100とした中国、韓国、日本の外貨準備の増加を表すグラフを下記に示す。

外貨準備

外貨準備は、介入を実施しなかったとすれば、保有外貨の利息収入の再投資などを通じて、少しずつ増加するのが普通である。日本の増加がその例である。この観点から中国、韓国を見た場合、介入を実施していることは、ほぼ間違いないと考えられる。

「為替報告書」というのは、あくまでもアメリカ財務省の主観的な分析であり、すべてが正しいと受け止める必要はない。そうはいうものの、あまりにも無視しすぎると、アメリカから「為替操作国」の認定を受け、最悪の場合、懲罰的関税をくらわされるリスクが存在する。

何度も繰り返してきたとおり、私の中国、韓国の為替政策についての分析は、アメリカ財務省よりもはるかに厳しい。ただし、主権国家が自国の経済的利益拡大を目指す政策を採用することは、どこの国家でも行っていることであり、中国、韓国が特に悪者であるとは思わない。中国、韓国の為替操作は、アメリカ以上に、地理的な距離が近く、貿易量が相対的に大きな日本に、より大きな悪影響を及ぼしてきた。影響が相対的に少ないアメリカ財務省は、悪影響を十分認識しているのである。より大きな悪影響を日本が受けているのにもかかわらず、その悪影響を認識すらできていない日本の財務省、日銀には、重大な犯罪レベルの責任があると考えている。

私がしつこいほど繰り返し続けていることであるが、円は、韓国ウォンや人民元に比べて、現時点においても極端に割高な状態が続いている。何度か使ってきた、ドル/円、ドル/人民元、ドル/韓国ウォンの長期、すなわち1960年以降の為替レートを下記に示す。


円

人民元

韓国ウォン

長期で見た場合、円だけが上昇し続けている。アベノミクス相場が開始して以来、少しばかり超円高は是正されたが、ほんのわずかにすぎない。人民元は、毛沢東が支配していた頃は、かなり割高な水準にあった。しかし、鄧小平が実権を握って改革、開放政策を推進している間は、極端な人民元安が続いた。その後、少しばかり人民元高に戻っているが、戻りは全く不十分である。韓国ウォンは、長年、ウォン安が続いていたが、1997年のアジア通貨危機が発生した時は、韓国政府が望むレベルを大幅に上回る極端なウォン安が発生した。その超ウォン安時と比較すれば、ウォンは高くなっているが、アジア通貨危機以前の継続的なウォン安の進行時と比べれば、依然としてウォンは安すぎる。

アメリカが直面する為替レートは、ドル/人民元、ドル/韓国ウォンという為替レートである。対ドルで人民元、韓国ウォンは安いと言ってアメリカは怒っているのである。日本は、それに掛けることの、ドル/円での円高がある。従って、日本から見た場合、超円高、韓国ウォン・人民元安は、現在でも存在しているのである。

以上は名目レートでの比較である。それに対しては、名目レートは物価変動が考慮されておらず、名目レートで評価するのは良くない、実質レート、実質実効為替レートで見るべきだ、という反論が可能である。そこで、主としてBIS(国際決済銀行)が算出している1964年からの実質実効為替レート、実質レートでみた為替変動を表すグラフを下記に示す。

実質実効為替レート

上記のグラフも、何度も使ったことがあるグラフであるが、注意点を記しておく。韓国は1965年5月に、平価を51%切り下げたが、この切り下げ幅が、BISの計算方式を使うと過大に評価されることになる。従って、韓国ウォンは、上記のグラフで示した位置よりは少し上、すなわち、もう少し高い水準で動いていたはずであるのだ。一方、人民元は、BISの実質実効為替レートが1994年以降しか存在しないので、1994年以前は、ドル・人民元の実質レートで代用している。人民元安が始まって以来、人民元が対ドル以上に大きく値下がりした対円での為替レートが、対ドルでの実質レートには全く反映されない。従って、仮に、1964年からの正確な実質実効為替レートが算出可能な基礎データがあったと仮定したならば、人民元の実質実効為替レートは、上記のグラフよりは下、すなわち、もう少し安い水準で動いていたはずであるのだ。いずれにしても、長期の実質実効為替レートで見た場合、超円高、韓国ウォン・人民元安が続いていることは間違いのない事実である。

このように人民元、韓国ウォンを割安に維持できた理由は、一つは為替に関する規制である。昔は、人民元も、韓国ウォンも規制だらけであり、政府が固定された為替レートを引き下げると決めるだけで、通貨価値を引き下げることが可能であった。もう一つは、国家による介入である。現在、韓国ウォンはかなり自由化され、人民元も自由化の方向にある。そのため、少なくとも最近は、通貨安を維持するためには、規制だけでは不可能である。政府、中央銀行の介入が必要である。外貨準備の対GDP比率を示す表を下記に掲載する。

外貨準備対GDP比表

日本も介入をしているのであるが、中国、韓国の介入金額は、対GDP比で日本を上回る。この介入が、現在でも人民元安、韓国ウォン安を実現可能にしている原因である。最初に、2013年以降も外貨準備が増加し続けていることを表すグラフを示したように、この介入政策が、一番アメリカを怒らせているのである。

次に、通貨安の効果を表す経常収支の対GDP比率の推移を表すグラフを下記に示す。


経常収支対GDP比率

2014年の数字は、IMFの推計値なので、当たるとは限らない。日本は、下手をすると経常赤字に転落する可能性がある。中国、韓国の経常黒字の対GDP比率は高い。この点も、アメリカが怒っている原因である。

以上のように、中国、韓国が通貨を安く誘導してきたことは間違いない。何度も書いてきたことであるが、長年続いた超円高の結果、日本の輸出産業は大打撃を受け、少々の円安くらいでは立ち直れなくなってしまったのである。

2012年11月から円安ドル高が進行し、死にかけていた日本の輸出産業が、死ぬことだけはかろうじて免れるような状況へと変化し始めた。しかし、その直後の2013年1月のダボス会議では、ドイツを中心に、日本が為替操作をしているという非難が巻き起こり、欧米のマスコミは、日本が通貨戦争の火付け役となった、とまで書いたりした。先に示した長期の実質実効為替レートから見た場合では、日本は世界一割高な通貨である。にもかかわらず、それが少し下がっただけで為替操作の非難である。その結果、2013年2月のモスクワで行われたG20財務相、中央銀行総裁会議の声明文の中に、「競争力強化のために為替レートを動かすことを目的とする政策は禁止する。」といった意味の文言が明記された。これは、原則として、為替介入を禁止する意味の文言である。加えて、冒頭にアメリカの「為替報告書」の内容を引用して書いたように、デフレ脱却のための金融緩和は認めるが、円安誘導のための金融緩和は絶対に認めない、ということをも意味している。従来は、このような文言の声明文は、G7の声明文にしかなかった。ただ、G7、G20の声明文には、「資金フローの過度の変動及び為替レートの無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与えることを再確認する」といった内容が同時に書かれることが多く、介入禁止の例外と解釈できる余地があった。日本は、この例外規定を、「為替レートが戦後の最高値を更新した場合には介入は許される」という解釈をして介入を実施したことがある。

日本は、2010年9月に久々の介入を実施したが、この時は、当時の野田財務大臣が、アメリカのガイトナー財務長官に直接電話をし、懇願して介入を認めてもらったものである。2011年3月の介入は、東日本大震災で苦しむ日本を救うことが目的であり、この時は、各国が共同して協調介入が行われた。その後、日本は、2011年8月、10月に大規模介入を実施したが、その時の根拠は、G20声明文の例外規定である。

このように、日本は、G7やG20の規定を遵守し、為替レートが戦後最高値更新という「資金フローの過度の変動及び為替レートの無秩序な動き」がある場合に限って介入を実施するようになった。従って、為替レートが戦後最高値を更新しない限り、介入は許されないのである。2012年2月4日の朝日新聞の記事によると、『野田佳彦首相は4日、東京都内のホテルで中小企業経営者約20人と懇談した。経営者側から足元の円高への対策を求める意見が出たのに対し、首相は「むしろ円高を生かしてやっていくしかない」と語り、経営戦略の転換が必要との認識を示した。』とある。この時の為替レートは1ドル=76円台をうろついており、戦後最高値である1ドル=75円からほんの少しの円安であった。2010年9月に1ドル=83円の時に財務大臣であった頃、ガイトナー財務長官を何とかして説得して介入を実施した経験のある野田氏は、総理大臣にまで上りつめ、同時に円高がいっそう進行していたのであるが、介入のルールが少し変わったため、円高に苦しむ中小企業の経営者を見捨てるしかなかった。

日本は、昔は独自の判断で介入を実施していたのである。それが、1990年代半ばから介入の権利を少しずつ失い、現在では、介入の権利をほとんど失ってしまっているのである。つまり、現在の日本では、戦後最高値の1ドル=75円台より円高にでもならなければ、介入は政治的に不可能なのである。根拠は、先に示した2013年2月のG20声明文などである。

ところで、G20には、中国、韓国も加盟している。介入の原則禁止の文言がG7の声明文だけにあった時代は、中国、韓国がいくら介入を実施したとしても、中国と韓国は、国際法に違反してはいなかった。しかし、2013年2月のモスクワのG20の声明文により、一定の例外を除き、原則として、G20加盟諸国の介入は禁止された。声明文は、法的な拘束力のある国際法ではないが、遵守すべき政治的、道義的責任はあるとされているものである。中国、韓国は、このG20声明文違反の介入を平気で行っているのである。

中国の介入を示す最初のグラフを見ただけではよくわからないが、中国は、2013年後半に介入金額を増やしていたのであった。2014年2月のG20シドニー会議で、中国の介入に対する非難が出るかもしれないと考えていた。しかし、この時の報道を見る限り、各国の中国に対する要求は、「シャドーバンキング問題をはっきり説明し、解決策を聞かせてほしい」というものであった。介入については、非難が非常に小さかったのか、皆無であったのか、どちらかである。

ちょうどシドニーでG20会議が行われていた頃から、それまで緩やかな上昇に向かっていた人民元相場は、一転して下落に向かい始めた。当時から人民元安の原因は、中国人民銀行の為替介入であると見なされていた。4月15日発表のアメリカの「為替報告書」では、この人民元安誘導のための介入を批判していた。しかし、その直前のG20ワシントン会議では、介入についての報道は見当たらなかった。従って、非難が非常に小さかったのか、皆無であったのか、どちらかである。為替問題では日本に次いで憎まれ役であるはずの中国は、G20合意文違反を、ほとんどか、全く責められなかったのである。

韓国の場合、2013年2月のG20モスクワ会議以降も、他国には公表することなく、介入を頻繁に行ってきたようである。アメリカの「為替報告書」でも以前から批判されてはいた。しかし、アメリカの2014年4月15日の「為替報告書」においては、アメリカの批判の強さは明らかに高まった。批判から非難へと変わったと言っても良い。このアメリカの韓国非難は、日本でも話題になった。問題は韓国の受け止め方である。韓国の外貨準備高の増加額を見ると、2014年4月が15億ドル、5月が51億ドルと、介入金額は、アメリカからの非難があった直後に、大きく増加した。韓国は、アメリカの「為替報告書」を完全に無視したのである。これは、同時に、G20の声明文をも同時に完全に無視したことをも意味する。

中国と韓国にとって、G20の声明文も、アメリカの「為替報告書」も、たいした意味がないのである。無視したところで、アメリカやそれ以外の国から、実害のある報復措置がとられることがないからである。アメリカが、中国、韓国を為替操作国に認定し、懲罰的関税をかけそうになれば、態度は変わるであろう。しかし、最近のアメリカは、そこまで乱暴なことはしないと見抜かれているのである。

中国と韓国は、経済成長の手段として輸出を重視し、輸出を増やすために、通貨安誘導、通貨高阻止を昔から継続して行ってきた。日本周辺のアジア諸国である香港、シンガポール、台湾、フィリピン、マレーシア、タイなども同様な政策をとってきた(*1)。そうした日本周辺のアジア諸国は、そろって極端な自国通貨安誘導という近隣窮乏化政策をとってきた。その結果、そうした国々の近隣にある日本は、見事に大きく窮乏化してしまった。

日本は、外国、特にアメリカからの介入禁止の意向には従わなければならないという、1990年代半ばから少しずつできあがった原則介入禁止のルールを、憲法のように守らなければならないルールと受けとるようになってしまった。そのため、数年前までの超円高期においては、「円高を非難するのは間違いであり、円高のメリットを利用しようというように発想を転換しなければならない」、「円高で損を出さないような体質、すなわち、輸出をやめて、現地生産に切り替えることが絶対に必要」といった、あまりにも大きく間違いすぎた意見が、新しい真理のごとく公然と語られ、広まりすぎた。その結果、日本は、電機を中心とする将来性のある重要産業を、超円高の結果、あまりにも多く潰しすぎたのである。その当時、日本に絶対に必要であった政策は、超円高の是正であったのである。

日本は通貨外交という点で、間違いがあったことは確かである。しかし、現在では、間違いをこえて、不当な差別を受けている。2013年1月という超円高が少し是正され始めた時期におけるダボス会議で、「為替操作」「通貨戦争の火付け役」の非難を受けたのである。金融緩和の結果、為替レートが下がるという現象は、100%の確率で発生する現象ではないが、それなりに高い確率で発生する現象である。しかし、そのたびに為替操作と非難しあっていれば、世界中の国で金融政策の変更が不可能になってしまう。だから、世界中で実施されている金融緩和が為替操作などと非難されることはないのである。日本の場合だけ「為替操作」「通貨戦争の火付け役」と非難されることはおかしいのである。加えて、金融緩和を国内の政策目標の実現のためにしか認めないというG20での声明文を、日本だけが特別厳格に守るように要求され、監視されることは、不当のレベルをこえており、差別に相当する。

何度も指摘しているとおり、現時点でも超円高、アジア通貨安は続いており、その是正策は必要である。しかし、現在の日本が介入を実施した場合、超円高・アジア通貨安の是正を目的として示した場合でも、世界中の国から為替操作と非難を浴び、袋だたきにあうのは目に見えている。「今の為替レートでの介入は、アメリカが許すはずがない」と考える日本人は多いと思うし、私も同意見である。しかし、アメリカが介入を絶対に許さない国は、日本だけなのである。アメリカは、中国、韓国の介入を非難しても、介入自体は容認しているのである。介入が許されないのは、日本だけなのである。声明文を平気で破る中国、韓国と比較した場合、日本だけが差別されすぎている。

日本は通貨政策においては、世界で唯一の差別された国家である。世界の中で、日本だけが、自由な介入の権利を保有していないのである。日本人はまず、その重大な事実を認識し、差別撤廃運動を始めなければならない。1858年に締結された不平等条約を撤廃するのには、1911年まで時間がかかった。この差別を完全に撤廃するには時間がかかるであろう。しかし、差別をなくすためには、差別をなくさなければならないという強い意思を日本が持たない限り、永久に差別はなくならない。

現実問題として、現時点での介入は不可能であろう。非難され、袋叩きにされるのは目に見えており、差別だと訴えても受け入れられる余地などない。現実的な手段としては、金融緩和の強化からであろう。現在の金融緩和の看板は、円安誘導ではなく、インフレターゲットの実現である。しかし、インフレ率が2%に達した場合は、別の看板をつくる必要がある。私は以前から、「財政再建」の看板に変えるべきだと書いてきた。日本は、介入や通貨安誘導を行わないように要求されているが、同時に世界最大の政府債務を縮小させ、財政再建をはかることをも、G20の場などで要求されている。大規模な増税という総需要抑制策によりインフレとバブルを防ぎ、大規模な金融緩和の強化によりデフレ不況への逆戻りを防ぐ。その結果、緩やかなインフレと景気回復の持続が実現すると同時に、財政再建が一気に進むのである。しかし、その際、対外資本流出増加の結果として、円安と経常黒字の拡大が必ず発生する。この円安と経常黒字の拡大は、日本経済の成長には、間違いなく寄与する。

ところで、今年のアメリカの「為替報告書」では、「過度の財政再建の結果発生する不況を金融緩和によって相殺することは許されない。」と明記されている。私の考え方は、日本国内では超少数派であるのだが、アメリカでは常識的な考え方のようである。現在の日本には推進派がごく少数しかいない「財政再建」を目的とした日本の金融緩和を阻止するために、アメリカはすでに事前的な非難を開始しているのである。

アメリカがすでに事前的な非難を開始しているとはいえ、金融緩和を実施する権利までも、日本は外国に奪われてはならない。中国、韓国、日本周辺のアジア諸国は、介入も金融緩和も、独自に決めることができるのである。これは特別のことではなく、主権国家なら当然保有する権利なのである。介入に加えて金融緩和の権利まで奪うのは不当な差別であることを、粘り強く訴えていくしかない。介入、金融緩和という政策において、世界にただ一つだけ存在する主権の制限された差別国家であるという現状は、時間をかけても変えることが必要不可欠である。日本が独立国であり続けたいのであれば、この難関を何としてでも突破し、追加の大規模な金融緩和と増税による急激な財政再建を必ず実現させなければならない。


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購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*1)

テーマ : 経済
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