経常収支赤字の問題点

日本の経常収支は、第二次オイルショック時に一時的に赤字になったが、1981年からずっと黒字が続いている。しかし、2013暦年では3.2兆円、2013年度では0.8兆円とわずかな黒字へと減少している。月次ベースでは赤字の月も多くなった。

私の考え方は、経常赤字=悪であり、輸出を輸入以上に伸ばすことにより、貿易収支、経常収支の改善をはかることが重要というものである。今までも、すべてそうした観点から意見を述べてきた。一方、最近よく聞かれることが増えた考え方として、次のようなものがある。経常赤字は企業の赤字とは全く意味が異なる、経常赤字を気にする必要は全くない、経常赤字=悪と見なす考え方自体が根本的に間違った考え方である、というものである。私はこの考え方を全面的には否定しない。しかし、21世紀の日本という時代と場所を限定した場合、経常赤字=悪であり、経常収支の黒字復帰に向けて努力すべきである、と考えている。

貿易というものは、それ自体が、貿易相手国同士に利益をもたらすものである。経常赤字が絶対に嫌ならば、日本は鎖国をすればよい。しかし、その場合、日本人の生活水準が大きく下がってしまうことは、間違いない。従って、経常収支が赤字の場合でも、貿易それ自体からは、常に利益が発生しているのである。そうした貿易の利益が存在することを大前提としながら、経常赤字が追加してもたらす利益と不利益について考えたいと思う。

まず、歴史的な事実を見ることにする。1981年から2013年までの世界各国の実質GDP成長率と経常収支の対名目GDP比率の年平均をとり、その2つの数字の相関関係を表すグラフを下記に示す。


GDPと経常収支世界

実質GDP成長率と経常収支の対名目GDP比率の間にはほんの少しの負の相関がある。しかし、決定係数が0.0114と非常に低いので、これは無相関と理解すべきである。

次に、1956年から2013年までの日本の実質GDP成長率と経常収支の対名目GDP比率の相関関係を表すグラフを下記に示す。


GDPと経常収支日本

戦後の高度成長期から直近に至るまでの実質GDP成長率と経常収支の対名目GDP比率には、弱いながらも負の相関が存在する。これは、経常収支の赤字が拡大するほど、実質GDP成長率が低下するのではなく、上昇しやすい傾向があるように見える。しかし、この解釈は正しくない。

日本の場合、実質GDP成長率と経常収支の対名目GDP比率の間に弱い負の相関関係があることは事実である。しかしその理由は、高度成長期に、高い実質GDP成長率と低水準の経常収支、バブル崩壊以降は、低い実質GDP成長率と高水準の経常黒字、という組み合わせがあったため、全期を通してみると、実質GDP成長率が低下すると、経常収支の対名目GDP比率が高まるように見えてしまうだけであるからだ。

私の考え方は、経常赤字すべてを十把一絡げで扱うのではなく、経常赤字の原因を見ながら、経済成長にプラスに働く経常赤字、マイナスに働く経常赤字に分けるという考え方である。つまり、経常赤字には、良い経常赤字と悪い経常赤字が存在する、と考える。当然、良い悪いに区別が不可能な経常赤字も存在する。先に書いたとおり、21世紀の日本という時代と場所を限定した場合、経常収支の赤字は経済にマイナスの影響を与え、経常赤字=悪であると考える。

経常収支の赤字が、日本に決定的というほど良い影響を及ぼしたケースが過去には存在した。より長く明治までさかのぼって日本経済の歴史を見ると、1905年という年に、経常収支の赤字額が急激に増大していたことに気がつく。輸出金額と経常赤字の金額がほぼ等しいという、とてつもなく大きな経常赤字を記録していた。これは、日露戦争の時期であり、当時の日本は、外国から大量の借金をして、外国から武器や弾薬を輸入していた。その結果、必然的に貿易収支、経常収支の赤字は急激に拡大する。この時の巨額の経常赤字は、日本という国家の存続のためには絶対に必要な経常赤字であった。当時の大国ロシアと戦争をして勝つためには、外国から借金をしてでも大量の武器や弾薬を買うことが最低限必要な条件であった。ここで経常赤字=悪と決めつけて、経常収支の黒字を維持していたならば、戦争に敗北し、この時点で日本はロシアの植民地になっていた可能性が高い。1905年の経常収支の赤字急増は、経済的な利益以前に、日本という国家が存続し発展するために、欠かすことができない絶対に必要な巨額の経常赤字であったのである。

ちなみに、第二次世界大戦の時期には、同様な経常赤字の急激な拡大は見られなかった。日本に金を貸して、同時に武器や弾薬を売ってくれるような国が、地球上に存在しなかったからである。仮に、そのような国が第二次世界大戦時に地球上に存在していたとしたならば、日本は武器や弾薬を大量に輸入しながら経常収支の赤字を大幅に拡大させ、戦争に負けることもなかったという仮説を立てることもできる。第二次世界大戦は、日露戦争と違って、経常赤字を拡大させることができなかったために戦争に負けた、という言い方は変な言い方であるが、間違いではないと思われる。

日露戦争の例は、わかりやすいが、特殊な例である。高度成長期の日本や、現在、高度経済成長を実現しているいくつかの国では、その国の経済成長に必要な資金を外国から借り入れることが、プラスの利益になる局面がしばしば存在する。外国からの借金を増やす=金融収支の赤字を増やす=経常収支の赤字を増やす、はほぼ同意義である。高度成長期の日本も、世界銀行から金を借り入れ、高速道路や新幹線、発電所などを建設してきた。こうしたインフラを短期間に整備することが可能になったのは、世界銀行からの借り入れ=金融収支の赤字拡大=経常収支の赤字拡大、があったからこそ可能になったのである。現在、高度経済成長を実現している発展途上国も、インフラなどを整備するために外国から資金を借り入れている。日本もそうした途上国に対して、世界銀行やアジア開発銀行を通したり、あるいはJICA(国際協力機構)を通して、ODAの形で資金を贈与したり低利で貸し出したりしている。有償の貸し出しは、民間の銀行も行っている。今年から経常収支の定義が少し変わったので、新旧双方の定義で正しく表現すると、有償の資金援助、すなわち市場金利を大きく下回る低金利で資金の借り入れを受けた場合、あるいは外国の金融機関からその国の成長に必要な資金を借り入れた場合、借り入れた国の経常収支は赤字になりやすい。しかし、経常赤字を通して経済成長の基盤が作られ、経済成長や輸出拡大を通して、将来的には借金の返済が可能になる。この場合の経常赤字は、良い経常赤字であるはずだ。

しかし、すべての経常赤字が良い経常赤字にはならない。当然、悪い経常赤字も存在する。悪い経常赤字は、借り手が借り入れた資金を、外国からモノを輸入して消費に回してしまうケースが多い。投資に回す場合でも、投資自体が成功せず、生産を十分に増やすことができなくなり、借金返済のメドが立たなくなる場合は、悪い経常赤字となる。こうした場合には、経常収支の赤字が何年も累積し、対外債務が一方的に増え続ける。そしてある時点まで到達すると、借金返済ができなくなり、通貨危機が発生する。そして、IMFの管理下に置かれ、痛い手術を受けさせられる。最近では、ユーロ圏に属するギリシャ、アイルランド、ポルトガル、キプロスがこのような形でIMFの管理下に置かれた。また、1997年には、韓国、タイ、インドネシアで通貨危機が発生し、IMFの管理下に入った。こうした通貨危機は、経常収支の赤字が継続し、対外純債務が拡大した場合、発生するケースが多い。対外純債務が拡大しても、IMFの管理下に入らない国も存在する。債務が大きくても、きちんと管理可能であれば、通貨危機は発生しない。その例として、オーストラリアとニュージーランドをあげることができる。しかし、両国といえども、現在の経常赤字が継続し、対外純債務がさらに拡大した場合、将来の通貨危機の発生を完全に否定することはできない。繰り返すが、国家がIMFの管理下に置かれる最大の原因は、対外純債務の拡大であり、対外純債務の拡大の大半の原因は、経常赤字の累積である。こうした国々における経常赤字は、「悪」以外の何物でもないのである。

日本の場合、通貨危機を原因としてIMFの管理下に置かれたことはない。その理由は、高度成長期の日本では、経済成長に必要な資金を外国から借り入れたことはあったが、借金を増やし過ぎないように経常収支の赤字拡大を阻止する政策が厳格に実施されてきたからである。高度成長期においては、景気回復が続くと消費や投資が活発になり、まだ経済の供給サイドが強くなかった頃は、輸入が増加し、貿易収支ないしは経常収支が赤字化したのである。そうなると日銀が公定歩合を引き上げ、景気の過熱を抑え、同時に経常収支の赤字拡大を阻止した。こうした金融政策が繰り返し実施されたために、日本は経常収支の赤字が累積することなく、高度経済成長を実現することが可能になったのである。高度成長期において、当時の日銀には、「悪い経常赤字」が見えていたのである。「悪い経常赤字」の拡大阻止を最優先にした金融引き締め政策が厳格に実施され、当時の景気循環を形成していた。1960年代後半から日本経済の供給サイドは強化され、好景気が続いても、経常収支が赤字化することはなくなった。

では、2013年の終わり頃から発生し始めた経常赤字についてはどうであろうか。この赤字は、「悪い経常赤字」と考えるべきだと思う。

直近の経常赤字の原因は、通説的には日本企業の国際競争力が低下したこと、日本企業の工場が海外に移転してしまったことが原因とされる。日本周辺の賃金の低いアジア諸国が経済発展した結果、日本という国の立地競争力が低下したというものであろう。私の考え方は、日本という国の立地競争力が低下した原因を、日本周辺のアジア諸国が極端な自国通貨安誘導政策を続け、日本が超円高を放置したということをより強調する点が、通説とは異なっている。ただ、どちらの立場を取ったとしても、原因は日本製の製品の競争力低下である。

現在の経常赤字が今後も定着するかどうかはわからない。日本の供給サイドが大きく弱体化したことは間違いないが、2012年11月からの円安転換以降、競争力を回復しつつある業界もいくつか存在するからだ。円安効果の結果として、経常収支が黒字に復帰できる可能性は残されているので、経常赤字の定着を断言するのは現時点では早すぎる。しかしながら、より長い目で見た場合、日本の経常収支は、構造的な赤字へと転落する可能性が非常に高い。

これからの日本では、超少子高齢化、人口減少が進行する。日本全体の貯蓄が減少し、消費が伸びるという、すでにずっと前から進行し続けている現象を止めることは不可能である。マクロ的には、消費が増え続けて需要が強まったとしても、生産年齢人口の減少による労働力不足から供給不足が発生し、その差を輸入で埋めるしかなくなる。この場合、輸入超過が続き、経常収支は構造的な赤字となる可能性が高い。一時的ではなく、長期にわたって黒字復帰が困難であるため、この経常赤字は、悪い経常赤字である。現時点では日本が保有する対外純資産は世界最大ではあるが、毎年、経常赤字の拡大が続けば、いずれは対外純債務国へ転落し、対外純債務が増え続けることになる。為替レートは、こうした構造的な赤字を十分に調整する機能を持っていない。経常収支は為替レートの決定要因の一つであるが、全てではないため、ある程度の調整機能があるとしても、「十分に」調整する機能はない。しかし、対外純債務がある一定限度をこえて大きくなった場合には、為替レートは調整機能を必ず発揮し、超円安が発生することは100%間違いない。供給サイドが衰退してしまった日本では、超円安が発生しても外国から高い価格でモノを買い続ける必要があるが、その時は必要な外貨を誰も貸してくれなくなる。IMFの管理下で痛い手術を受けるしかなくなる。

遠い将来のこととはいえ、IMFの管理下での構造改革を強いられた場合の日本人の痛みは、想像を絶する痛みとなるであろう。供給サイドが崩壊しているため、経常収支を黒字化して借金返済をするためには、生活水準を大幅に引き下げるしかない。老人大国化して新しい環境への適応力が低下したその時の日本は、非常に大きな痛みに苦しむことになる。現在のギリシャ以上の悲惨な目にあうことは十分に考えられる。

私の基本的な認識の根底には、超少子高齢化、人口減少社会の中で、長期的には、日本経済の衰退は避けることはできないという悲観的な見通しが存在する。だが、衰退を先延ばしすることは可能である。すなわち、超少子高齢化、人口減少が本格化する前に、少しでも経常黒字と対外純資産を積み上げ、衰退時期をできるだけ先延ばしにするという考え方である。この場合、十分衰退してIMFの管理下に入る前に、予想もしなかったイノベーションが日本で発生するかもしれず、それによって日本経済の衰退を止めることが可能になるかもしれない。こうした予想もできない幸運が発生する確率を高めるには、日本経済の衰退時期をできるだけ先にまで伸ばすことが必要である。

超少子高齢化、人口減少を止める手段として、移民という選択肢がある。しかし、移民には、様々な社会的、政治的なコストが存在する。移民は一つの有力な選択肢であり、問題の一部を解決できる手段にはなりうるが、問題の全部を解決する手段にはなりえない。将来、移民問題が、日本の世論が真っ二つに分かれる大問題になることまでは予想できるが、その先はよくわからない。

最後はいつもと同じ結論になる。現在の日本における経常赤字は、悪い経常赤字である。経常収支の黒字をできるだけ長く維持する必要がある。その具体的な方法は、日銀による国債購入金額を大幅に拡大し、日本国内の余剰資金を大量に海外に流出させることである。余剰資金の海外流出拡大=金融収支の黒字拡大=経常収支の黒字拡大が、ほぼ定義として成り立つ。インフレやバブルが発生すれば、増税で封じ込め、財政再建を一気に進めれば良い。資金の海外流出拡大に伴う円安を通して、エネルギーや食料品の価格が上昇し、一時的には大きな痛みを伴うことも避けられない。海外からも政治的な非難を浴びることも間違いない。そうした痛みや非難にも耐えて、現在の経常収支の黒字を拡大させることは、我々の子や孫のために必要不可欠な政策なのである。


追記 2014年6月3日
上記の記事は2014年5月28日に公開。一方、2014年6月3日日本経済新聞17面大機小機に、横風というペンネームの人が「良い経常赤字と悪い経常赤字」という表題で、上記の内容と比較的似た小文を掲載している。

「良い経常赤字」、「悪い経常赤字」は、私の創作のつもりであったが、ネットで検索してみると、この用語は以前からも少しは使われていたようだ。この考え方は、ごく一部の限られた人たちの間では、当然の考え方であったのであろう。



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インフレやバブルが発生したら増税を通して財政再建すればよいというのわそこまでわ論理的だったが急にナゲヤリ的にかわった。増税わいつもごとく福祉に回すと言いながらべつの事に.10-以上に消費税があがれば貧困層わ生活出来ないし更に不況になる.財政再建ができた時代わとっくに過ぎてしまった。ダウンフォ-ルを待ち棺桶入るだけ.振り返りなさい政治家官僚が真面目に仕事をしたのかと。

100%あきらめてはいけません

「正しい政策」が、政治過程の中で「間違った政策」に変身してしまう例はいくらでもあります。だからといって、何も言わないのもおかしいと思います。「正しい政策」がたとえ一部でも実現できるように、声を発することは必要だと思います。

「インフレ抑制とバブル防止を利用した財政再建策」
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-87.html

上記のような政策が100%実現は不可能にしても、一部でも実現可能となってもらいたいと考えています。
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