アジア諸国の経済成長と為替政策

4月29日に、世界銀行が、国際比較プログラム(ICP)という作業の中で実施していた新しい購買力平価を発表した。ICPについては、以前説明したことがある(*1)。今回は、第8回目であり、2011年基準の購買力平価が発表されたのである。

この時、新しい購買力平価の発表よりも、中国の購買力平価ベースGDP《GDP(PPP)と記す》が、今年、アメリカを抜いて世界一になるということが、より大きく報道された。これは推計ベースであるのだが、その推計を示すグラフを下記に示す。


購買力平価ベースGDP

世界銀行の購買力平価は、米ドルを基準としているので、アメリカのGDPは購買力平価ベースであろうとなかろうと、数値は一つしか存在しない。一方、アメリカ以外の国のGDP(PPP)は、数年に一度行われる調査のたびに、いくらか変動する。上記のグラフで示したとおり、中国、インド、ドイツのGDP(PPP)を、新しい購買力平価に基づいて計算すると、従来の購買力平価に基づいたGDP(PPP)が上方修正されたのである。日本は、ごくわずかであるが、下方修正であった。そして、中国の2014年のGDP(PPP)は、アメリカを上回ると推計されるのである。

従来のIMFは、世界銀行のICPで得られた2005年の購買力平価を使い、2006年以降は、独自の購買力平価換算用デフレーターを作ってGDP(PPP)を計算し、2014年以降の予測値も出していた。2005年基準の購買力平価に基づく予測値では、中国のGDP(PPP)は2019年にアメリカを追い抜くと予測していた。それが、2011年基準の新しい購買力平価を算出してみると、人民元の購買力平価は、旧基準の購買力平価よりも、17.1%低くなることが確認できた。そこで、新しい2011年のGDP(PPP)と、旧基準での購買力平価換算用デフレーターを使って2014年の予測値を計算すると、上記のグラフのようになる。2014年の中国のGDP(PPP)は、アメリカのGDP(PPP)をほんのわずかだが上回ることになる。ただし、この差は112億ドル、2014年の中国のGDP(PPP)のわずか0.6%と非常に小さい。加えて、2014年のGDPは実現値ではなく、IMFによる予測値である。確かなことは、2015年の春に2014年のGDPの実現値が出るまでわからない。しかし、米中の経済成長率格差はかなり大きいので、2015年の中国のGDP(PPP)が、アメリカのGDP(PPP)を上回る可能性は高いと思う。

私は、GDP(PPP)だけではなく、新しい2011年基準の購買力平価にも大きな関心を持っている。為替レートの水準を判断する絶対的な評価尺度というものは存在しない。購買力平価それ自体も、為替レートの水準を評価する尺度になりえない。絶対的な評価尺度が存在しないために、通貨問題というものが常に発生し続けるのである。しかし、購買力平価をうまく使うことにより、為替レートの水準を判断する参照値にすることは可能である。

その為替レートの水準を判断する参照値になりうる2011年基準の購買力平価が改訂され、発表されたのである。従来の2005年基準の数値と、かなり大きな変動が見られた。そこで主要な先進諸国とアジア諸国の2011年基準の2005年基準に対する修正率を下記の表に示す。


2011年PPP修正率

表にはないが、最大の上方修正は、バルバドスというカリブ海に浮かぶ小国であり、修正率は+57.9%にも及んだ。上方修正の国の数は、下方修正の国の数よりずっと少なく、バルバドスと同様のカリブ海の小国が多い。最大の下方修正は、ジンバブエであり、-59.5%であった。しかし、前回の調査が行われた2005年のジンバブエは、ハイパーインフレが始まっており、精度の高い購買力平価を算出できるような環境にはなかったと思う。しかし、それ以外にもアジア、アフリカではかなり大きな下方修正がなされた国がいくつも存在している。上記の表の中でも、インドネシアの-45.8%という数値は、想定をこえていた。一方、先進国の中では、あまり大きな修正はない。最も大きく修正された先進国は、シンガポールの-17.1%、欧米ではノルウェーの-14.6%である。生活水準だけではなく、生活様式の異なる国々の購買力平価を算出するには、技術的な困難が大きいのは、やむを得ない。購買力平価、特に発展途上国の購買力平価には、こうした大きめの誤差が含まれることがあるので、そのことを頭に入れて使用するようにしなければならない。

次に、先進諸国の2011年基準の購買力平価と、2005年基準のIMFによる購買力平価換算用デフレーターを用いて、主要先進国通貨の購買力平価に対する割高・割安度合いを米ドル=100にして表すグラフを下記に示す。


先進国PPP

日本は、1995年前後は超円高であり、2011年頃も比較的円高であったが、2013年には円安進行の結果、ほぼ適切といってもよいレートに位置している。ノルウェー、スイス、オーストラリアといった国々よりはかなり円安ではある。一方、アメリカ、ドイツとの比較では、ほんの少しだけ円高である。2013年の数値は、少し前までは計算値、確定値であったが、基準変更が行われた現在では推計値、参考値であり、今後発表される確定値とは異なる。しかし、2005年基準と2011年基準の間で発生したほど大きな差が生じる可能性は低い。

次に、日本周辺の主要アジア諸国の2011年基準の購買力平価と、2005年基準のIMFによる購買力平価換算用デフレーターを用いて、主要アジア諸国通貨の購買力平価に対する割高・割安度合いを米ドル=100にして表すグラフを下記に示す。


アジア諸国PPP

先進諸国と同様に、推計値であり、確定値とは少し異なるであろうが、大きくは異ならない。購買力平価に対する割高・割安度合いを見ると、日本以外は、いずれの通貨も割安である。購買力平価に対するアジア諸国の通貨が割安だからといって、アジア諸国の通貨価値が安すぎると判断することは、大変大きな誤りであり、絶対に避けなければならないことである。生活水準の低い発展途上国の通貨価値は、購買力平価よりも、割安になるという傾向があるからだ。しかし、生活水準が上昇するにつれて、アジア諸国の通貨価値は、対ドルで上昇し続けることが自然な姿なのである。実際、1980年-1995年の円の価値は上昇し続けていた。これは、バラッサ=サミュエルソン効果(*1の最終段落を参照)と呼ばれている。上記の国の一人当たりGDP(PPP)で見ると、シンガポール、香港、台湾は日本よりも高く、日本より豊かな国である。にもかかわらず、購買力平価に対する通貨価値は、日本が割高なのに対して、この3ヶ国の通貨は大幅な割安である。シンガポール、香港、台湾の3ヶ国の通貨価値は、非常に不自然であり、安すぎると判断せざるをえない。それ以外の国々も、現在は日本よりも貧しいが、日本を大幅に上回る経済成長を遂げている。しかし、購買力平価に対する通貨価値は、日本と異なって上昇していない。そして、いずれの国も巨額の外貨準備を抱えている。上記のグラフの韓国からタイまでの国は、外貨準備の対GDP比率が日本よりも高い。

このことが意味するところは、日本周辺のアジア諸国は、本来、経済成長と並行して、円のように購買力平価に対する通貨価値の割安度合いが年々小さくならなければならないのである。ところが、日本周辺のアジア諸国は、大規模な介入により、通貨価値の上昇を防いできた。これは大規模な為替操作と決めつけざるをえない。なお、購買力平価が2005年基準から2011年基準に変わることにより、日本と韓国以外の通貨の割安度合いを示す上記のグラフの線は、以前に比べて、かなり大きく下方へと移動した。今後も修正はあるであろうが、2011年以前の線の傾きが大きくなることは、永久にありえない。

こうした日本周辺のアジア諸国は、そろって大規模な為替操作により、自国の通貨価値を安く誘導し、工業製品の価格を安く維持し、先進国に対する輸出を大幅に増やし、経済成長を遂げてきたのであった。先進諸国は多かれ少なかれこうした国々による為替操作の被害国である。最も大きな被害を受けたのは、距離的に近く、アジア諸国と貿易量の多い日本であった。為替操作の被害は、操作した国に近い国が、最も大きな被害を受ける。従って、こうした為替操作は、近隣窮乏化政策と呼ばれる。日本は日本周辺のアジア諸国が、長年そろって近隣窮乏化政策をとったため、その結果、日本は見事に窮乏化してしまった。今や、工業製品の多くは日本周辺のアジア諸国で生産され、日本は輸出大国から輸入大国に転落し、巨額の貿易赤字を抱えることになった。

日本周辺のアジア諸国が近隣窮乏化政策を始めたのは、1997年のアジア通貨危機の後からである。外貨準備の少なさが通貨危機発生の一つの原因であったため、通貨危機の再発を防ぐため、日本周辺のアジア諸国の政府、中央銀行は、外貨準備を増やすために、大規模な為替介入を繰り返したのであった。大規模な為替介入を繰り返したため、日本周辺のアジア諸国は、日本とは異なって、経済成長の中で、自国通貨価値の上昇が発生しなかった。割安な為替レートを維持しながら、日本を中心とする先進国への輸出を増やし、高度経済成長を実現したのであった。中国だけは為替操作の歴史はもう少し古く、改革、開放政策を始めた直後の1980年以降である。上記のグラフで示した人民元の購買力平価に対する割高、割安度合いの数値は、1980年100.7→1994年28.6→2013年56.8となっている。中国は、改革、開放政策を始めた頃は、生活水準を考慮すると、人民元レートは割高な状態にあった。それ以降、改革、開放政策を進めながら、人民元の通貨価値を極端に切り下げ、外貨建てで見た中国の労働者の賃金を大きく引き下げたのである。その結果、1990年代半ばになって、中国の労働者の低賃金が注目され、世界の多国籍企業が続々と中国に工場を建設し始めた。そして中国は、日本を押しのけて、世界の工場となったのである。アジア諸国の労働者の低賃金は、経済の発展段階が低いことだけが原因ではない。国家による大規模な為替操作の結果でもあるのだ。

2012年11月以降、超円高は是正に向かった。にもかかわらず、日本の貿易赤字は増えるばかりである。これは、一度円高で製造業をつぶしてしまうと、再び以前の円安水準に戻ったとしても、製造業は元の状態には戻らないからである。2000年頃から、産業の空洞化が大規模化し、日本国内の工場は次々と閉鎖され、アジア諸国へと移転していった。しかし、工場を完全に閉鎖してしまうと、製造技術が失われ、円安に戻ったとしても、新しい工場を建てることができなくなる。日本は、日本周辺のアジア諸国がそろって実施した近隣窮乏化政策を認識することができず、日本の製造業を次々と破壊し、その多くを再生不能にしてしまったのである。

現在の日本に最低限必要な政策は、現在も続く超円高・アジア通貨安を是正することである。それでも、日本の製造業が簡単に復活することはできないであろう。日本の製造業を本格的に復活させるためには、超円高の是正をこえて、超円安を実現することが必要になる。超人民元安誘導債策を始めた1980年頃の中国をまねるのである。

超円安誘導は、金融緩和を大幅に強化することによって、経済的には実現可能である。日銀が国債の購入規模を拡大すると、国債という運用手段を失った日本の投資家の資金の多くは、海外に流出していかざるをえない。その結果、資金の大規模な海外流出=金融収支の黒字拡大=経常収支の黒字拡大が、定義として100%の確率で実現するのである(厳密な定義式は、金融収支-資本移転等収支-誤差脱漏=経常収支。資本移転等収支と誤差脱漏の値は比較的小さく、無視しても問題ない)。そして、この定義式が実現するという、一見夢のような不思議な現象が発生する過程で必然的に発生する現象が、超円安であり、輸出の拡大と輸入の縮小、製造業の復活なのである。ただ、以前よりも大幅な円安が必要なので、輸入物価の大幅上昇というかなり大きな痛み、副作用が、短期的には発生することは間違いない。この副作用は甘受するしかない。

現在の日本では、賃金の低いアジア諸国と工業生産を競うこと自体が根本的に間違っている、工業製品の生産はアジア諸国に任せるべきであり、日本は脱工業化社会を目指さなければならない、という製造業あきらめ派が大きく増えてしまった。ただ、製造業あきらめ派は、日本周辺のアジア諸国が実施してきた長年の近隣窮乏化政策が全く見えていない。日本周辺のアジア諸国が経済成長するにつれて、日本の工業製品が競争力を失う傾向を完全に止めることはできない。従って、ある程度はあきらめることも必要である。しかし、日本周辺のアジア諸国による大規模な近隣窮乏化政策がなければ、日本がここまで大きく窮乏化することがなかったのも事実なのである。日本の窮乏化の原因は、半分はアジア諸国の経済発展、半分はアジア諸国の極端な自国通貨安誘導政策であろう。

実現可能で具体的な脱工業化政策のプランがあるのであれば、脱工業化政策をとってもかまわない。しかし、現在唱えられている脱工業化政策は、中身のほとんどないスローガンだけである。残念ながら、現時点では、脱工業化社会は完全な夢なのである。具体的な道筋を示すことなく、脱工業化のスローガンを叫ぶだけでは、日本の窮乏化は進行するばかりである。日本にもアップルやグーグルのような企業は必要であり、アップルやグーグルのような企業を輩出できるような政策をとるべきである。しかし、アップルやグーグルのような企業を輩出するような政策は、世界中の多くの国が目指している政策でもある。しかし、アメリカ以外に成功している国はない。将来の夢、理想を持つことは必要であるが、実現性の低い夢のようなスローガンを叫び、製造業の衰退を容認することは、日本を窮乏化させるだけである。

現在の日本は、生産性の上昇率の高い産業から生産性の上昇率の低い産業へ、税金創出産業から税金消費産業へと、大規模な労働者の移動が発生している(*2)。アップルやグーグルのようなハイテク産業は、日本には少ないので、製造業を去った労働者の多くは、最終的には、医療・介護といった生産性の上昇率が低く、税金を消費する産業へ向かっている。このままでは日本から税金創造産業がなくなってしまい、日本経済は、滅亡へと向かうしかなくなる。こうした間違った労働者の移動の方向を逆転させる政策が必要である。アップルやグーグルに匹敵するハイテク産業が十分に日本国内で成長するのを見届けるまでは、古いと言われても、超円安を通じた従来型の製造業の再生を図り、生産性の上昇と税金の創造を目指すしか方法はない。

しかし、アメリカを中心とする先進諸国が、日本の超円安誘導政策を是認することはありえない。日本は長年にわたる日本周辺のアジア諸国の近隣窮乏化政策の最大の被害国であった。しかし、2012年11月に円安是正が開始されると、さっそく2013年1月のダボス会議で、日本が為替操作をしているという非難がいくつかの国から巻き起こった。日本周辺のアジア諸国の為替操作は誰にも非難されないが、日本が超円高の是正策を採用しようとすると、被害国であるにもかかわらず、加害国扱いされるのである。日本は通貨外交という点では、政治力が弱く、かつ拙劣であり、完全に国際政治の舞台で差別扱いされている。日本は、周辺のアジア諸国と異なって、自国の判断で為替介入をすることが許されていない。金融緩和を強化することにより、さらなる円安を目指そうとしても、先進国、特にアメリカからストップをかけられる可能性が非常に高い。日本経済が本当に復活するためには、超円安誘導政策が必要であるが、経済的には可能であっても政治的には不可能であろう。

日本は国際政治の中で許されるギリギリの線まで円安を追求していくしかない。今までの金融緩和政策の大義名分は、デフレ脱却であった。しかし、2%のインフレ率が実現してしまうと、デフレ脱却という大義名分がなくなってしまう。単なる金融緩和は、円安誘導と見なされ、政治的に許されなくなる。政治的に可能な方法は、財政再建のための金融緩和という新しい旗を掲げることである。日本は政府総債務の対GDP比率が世界で断トツの第一位である。財政再建は国際的にも求められている重要な政策である。財政再建を実現するためには、増税の実施が不可欠である。しかし、金融緩和を伴わない増税を繰り返すと、デフレ不況が深化し、税収の減少から政府債務の減少ではなく、政府債務の増大を招いてしまう。これは、空理空論ではなく、バブル崩壊後から2013年4月までに実際に日本で発生し続けてきた歴史的事実である。増税による増収を実現するためには、増税とさらなる大規模な金融緩和がセットでなければならない。しばらくは、2%のインフレ実現のための金融緩和、その次は財政再建と増税による景気後退を防ぐための金融緩和、これを看板に掲げ、裏で円安誘導を続けるしかない。

日銀による大規模な金融緩和が繰り返され、インフレとバブルが発生しかけると、その進行を防ぐために大規模な増税を行う。この繰り返しにより、モノと資産の価格を上昇させ、同時に上昇しすぎないように誘導するのである。この政策を続けた場合、資金の海外流出拡大の結果、円レートはかなり大幅な円安方向に向かい、経常収支は黒字に復帰し、その先には貿易収支の黒字復帰と製造業の再生が見えてくる。財政再建の実現、財政再建に伴う不況を防ぐための大規模な金融緩和、これを大義名分にして、政治的に許される限りの金融緩和による円安誘導を目指すべきである。


リンク先記事
購買力平価とは(*1)
雇用の流動化による生産性と成長率の劇的な低下(*2)


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