貿易収支の黒字復帰 可能であり必要な政策

2014年1月の貿易収支の赤字(季調済)は、1兆8188億円となり、過去最悪を記録した。2012年11月から円安ドル高が開始し、貿易収支の赤字は改善されるものと期待されていた。しかし、現実には正反対の方向へと進んでいる。そのため、貿易収支の悪化の原因を円安に求める意見が増えている。追加金融緩和と円安を通じる経済成長が必要不可欠と繰り返し書いてきたものとしては、こうした誤った意見の広まりを無視することはできない。ここでは、貿易収支の赤字拡大の原因が円安ではないことを示すと同時に、貿易収支の黒字復帰を実現させる政策が存在し、かつ必要なことも同時に示したいと思う。

まず、日本の輸出、輸入、貿易収支の推移を下記のグラフに示す。


貿易収支

円安ドル高が始まった後、昨年前半の貿易赤字は、ほぼ横ばいであった。しかし、昨年後半から貿易赤字が拡大し、特に今年1月の貿易赤字は、過去最悪の記録を更新した。よく円安にもかかわらず輸出が伸びないと言われているが、輸出の伸びの低さよりも、輸入の伸びの大きさの方が目立つ。貿易赤字拡大の原因が円安という人は、輸入金額の大幅な伸びの原因を円安だとして、円安が貿易赤字拡大の元凶と非難するのである。

次に、日本の輸出、輸入の数量ベースの推移を下記のグラフに示す。


実質輸出入

数量ベースで見ると、金額ベース以上に輸出が伸びず、輸入が増えていることがわかる。円の為替レートは対ドルで、2012年11月の81円から2014年1月の104円にまで22%下落している。この間、実質輸出は2%伸び、実質輸入は13%伸びている。普通なら、円安が発生した場合、価格が下がった輸出品の数量が、価格が上がった輸入品の数量よりも増えるはずである。ところが実際には輸入が輸出よりも増えている。円安の結果として、数量ベースの輸入が輸出以上に増えることはありえない。

2014年1月に過去最悪の貿易赤字を記録した原因は、2012年11月以前に、あまりにも長期間、超円高が続きすぎたことが原因である。特に、リーマンショック後の超円高の継続により、日本の輸出産業の何割かが、崩壊したり、回復不能の大打撃を受けた影響が大きい。この場合、円安に戻っても、一度死亡した産業が生き返ることはない。かろうじて生き残っている成長産業も、日本国内で比較劣位となり、規模の利益も失い、財務内容も悪化し、現状程度の円安だけでは、生き延びるのが困難な環境となってしまった。こうした超円高による悪影響の後遺症は、まだ終わっていない。繰り返すが、現在の貿易赤字の拡大は、特にリーマンショック後の超円高によって、輸出産業が回復不能の大打撃を受けた影響が、円安に戻った現在においても継続中であることが、大きな原因となっているのである。

一方、現在の日本の輸出産業の崩壊は円高が原因ではない、という意見は多い。為替レートが円安になったとしても、中国を中心とするアジアの低賃金諸国で生産される工業製品に、日本製の工業製品は、賃金格差がありすぎて、どうあがいても勝てるはずはない、という意見は多数説だと思う。私は、その考え方は、半分は正しく、半分は間違っていると考えている。賃金格差の半分は、経済の発展段階の差であり、あきらめるしかない。スマホの製造は、賃金の高い日本では不可能であり、あきらめるしかない。しかし、半分は日本周辺のアジア諸国による為替操作の結果である(*1)。半導体産業が大打撃を受けた原因は、韓国、台湾の長期間にわたる大規模な為替操作の結果である。

こうしたすでに崩壊してしまった輸出産業をいくつも持っている日本の貿易収支が、黒字に回復することが可能であろうか。私は、可能な政策があると考えている。

そのためには、国際収支の構造を理解する必要がある。まず、主要な国際収支の項目の定義式を下記に示す。

(1)経常収支+資本収支+誤差脱漏+外貨準備増減=0
(2)経常収支=貿易収支+サービス収支+所得収支+経常移転収支
(3)資本収支=投資収支+その他資本収支
(4)投資収支=直接投資+証券投資+金融派生商品+その他投資

本来なら、この定義式を使って説明すべきであるが、そうするとわかりにくくなってしまう。そこで、正確性を犠牲にし、乱暴なほど単純化した下記の式を使って説明することにする。

(5)経常収支+資本収支=0
(6)経常収支=貿易収支+所得収支
(7)資本収支=投資収支
(8)投資収支=直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計

(5)(7)(8)の式から、

経常収支=-資本収支
=-投資収支
=-(直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計)

となることがわかる。異次元金融緩和が開始された昨年4月の経常収支(季調済)は、8976億円の黒字であった。しかし、今年1月の経常収支(季調済)は、おそらく数千億円前後の赤字になるであろう。このことが意味することは、「直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計」が、昨年4月には8976億円の赤字であった。ところが今年1月には、「直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計」が数千億円の黒字に変化した。名前が長いのでさらに乱暴に単純化して、「直接投資、証券投資、その他もろもろの短期資金収支の合計」を、単に「余剰資金」と呼ぶことにする。昨年4月には、余剰資金が国内から海外へ8976億円流出していた。しかし、今年1月には、余剰資金が海外から国内に数千億円ほど流入するように資金の流れが大きく変化したのである。

逆に言うならば、余剰資金を国内から海外へと流出させることができたならば、100%の確率で経常収支は黒字に復帰するのである。私は、金融緩和の強化により、国内の余剰資金を海外に流出させる必要性を繰り返し書いてきた。実際、異次元金融緩和は行われたものの、海外投資家の大規模な日本株買いや国内投資家の大規模な外国株売りなどの結果、余剰資金は海外に流出するどころか、流入し続けてきたのである。国内の余剰資金が安定的に海外に流出するまで、金融緩和を強化し続けなければならないことをワンパターンのように繰り返してきた。

普通、異次元金融緩和のような大規模な金融緩和を実施すると、国内から海外へと流れる余剰資金の金額が増えるケースが多い。しかし、異次元金融緩和の後の日本の余剰資金の流れには、普通ではない現象が発生したのである。異次元金融緩和を実施した結果、国内から海外へと流出していた余剰資金が、海外から国内へと流入するように資金の流れが変化したのである。これは、水が低い所から高い所へと流れるような、まれにしか起こらない現象である。しかし、そのまれにしか起こらない現象が、2013年4月以降の日本で、実際に発生し続けているのである。日銀は、まれにしか起こらない余剰資金の流れの変化に、いいかげんに気がつく必要がある。

(6)の式で示したとおり、経常収支=貿易収支+所得収支、である。所得収支は、利子や配当などであり、季節要因を除けば、短期間に大きく変化することはない。従って、経常収支の黒字拡大が継続すると、その先には、貿易収支の黒字復帰が必然的に発生するのである。

現在の日本に必要な政策は、国内の余剰資金を安定的に海外に流出させる構造を作り上げることである。そのためには、日銀が国債を年間50兆円購入するという現在の政策から、国債購入金額をその何倍にも増やす必要がある。日本には余剰資金があり余るほど存在しているが、なかなか海外に流出しない。その原因は、政府が毎年巨額の国債を発行し続けてきたからである。国内の余剰資金は、海外に流出せず、日本の巨大化した国債市場へと流れ込み続けた。その結果が、円高の継続による日本の輸出産業の弱体化である。日銀が年間100兆円、200兆円のペースで国債を購入し続ければ、日本国内の余剰資金は、国債市場から閉め出され、国内での運用先がなくなってしまう。これは、日本の国内投資家が大変忌み嫌う政策である。国内投資家は、日本国債を買い続けたくてたまらないのである。しかし、それが不可能になれば、国内投資家の余剰資金は、外国証券などのリスク資産の購入へと向かわざるをえない。そこまで追い詰められて初めて、国内投資家の余剰資金は、海外へと流出するようになるのである。その結果、資本収支の赤字は拡大し、必然的に経常収支の黒字が拡大する。その延長線上に、貿易収支の黒字復帰が必ず実現するのである。

昨年4月4日の異次元金融緩和は、緩和の規模が完全に不足していた。経常収支の赤字への転落、拡大は、異次元金融緩和の実施そのものが原因ではない。金融緩和が依然として大幅に不足していることが原因なのである。

仮に、追加金融緩和が行われて貿易収支が黒字に復帰したならば、輸出と生産は大幅に拡大することになる。超人手不足が発生し、賃金の大幅な上昇が避けられなくなる。その次には間違いなくインフレ率の大幅な上昇がある。その際、重要なことは、金利の引き上げではなく、上がりすぎた賃金分を、政府が所得税増税により吸い上げ、内需拡大とインフレ進行の双方を抑制することである。出口戦略を日銀に押しつけている限り、日銀は出口が怖くて追加金融緩和ができない。出口は増税により政府が全面的に責任を負うと宣言して初めて、日銀は大規模な追加金融緩和の実施が可能になるのである。

なぜ余剰資金が国内から海外へと流出すると、貿易収支が黒字化するのであろうか。それは、国内の余剰資金が継続的に海外に流出し続けると、為替レートが大幅な円安になるからである。大幅な円安がいくらかはわからない。1ドル=100円では赤字額がかえって拡大し、全く不十分であることが証明された。2007年は、1ドル=118円くらいであったが、貿易収支は14兆円の黒字であった。現在は、2007年当時に存在していた輸出産業が、多数死亡しており、1ドル=118円でも貿易黒字復帰は難しいと思う。貿易収支が黒字化する為替レートは誰にもわからないが、1ドル=120円、150円、200円と円安がどんどん進めば、いずれかの時点で、貿易収支の黒字化が必ず実現するのである。

円安が進行しても、円高により完全に死に絶えた日本の輸出産業を復活させることは不可能である。しかし、まだ完全には死んではいない輸出産業を復活させることは可能になる。日本の電機産業は、多くの分野で死に絶え、回復不能であるが、電子部品を中心に、依然として優れた技術を残し、いっそうの円安が進んだ場合、回復可能な分野もまだ残っている。円安がさらに進行して定着するという見通しが広まれば、日本国内での工場建設が始まるであろう。優れた技術力を残しながらも、生産拠点を大規模に海外に移転してきた産業では、大幅な円安が続き、かつそれが定着するという見通しが広まれば、国内への生産回帰が広まるはずである。

国内の余剰資金が安定的に海外に流出し、円安が進行すると、エネルギーや輸入食品の価格上昇が発生し、国内の消費者が一時的に窮乏化することはありうる。国内から、円安で国民生活は悪化したという批判が拡大することは十分考えられる。しかし、輸出の拡大と貿易収支の黒字復帰まで進めば、企業収益は大幅に拡大し、国内生産が広まり、超人手不足から、賃金は大きく上昇せざるをえない。中期的には、国民の生活水準も必ず上昇するのである。

もう一つの批判は、国内の資金が海外に流出したならば、金利が上昇し、日本経済は破綻するというものである。この批判も全く誤った批判である。1997年-2010年の間、日本は年間10兆円以上の経常収支の黒字=資本収支の赤字=年間10兆円以上の余剰資金の海外流出が続いてきたのである。その結果、金利上昇などは発生しなかった。現在は当時よりも金融政策が緩和的であり、余剰資金が海外に流出して金利が上昇することなど100%ありえない。バブル崩壊後、日本経済が没落した大きな原因の一つは、国内に余剰資金を貯め込みすぎ、海外に流出する資金が少な過ぎたため、円高で輸出産業が弱体化してしまったことである。異次元金融緩和を20年早く実施していたならば、現在の日本の国内投資家が持つ極端なリスク回避志向は発生しなかった。その場合、日本国内の余剰資金は海外に流出し続け、円安の継続とそれによる輸出産業の繁栄が続いていたはずであるのだ。

通貨安による経常収支の黒字実現が、全ての国で可能であるとは言えない。いくつかの条件を満たすことが必要である。経済学ではその条件を、マーシャル・ラーナーの条件とかメッツラーの安定条件と呼ぶが、あまりにも表面的すぎるので、少し異なる角度から簡単に説明する。例えば、その国が、対外債務以上の対外債権を保有する必要がある。また大幅な自国通貨安が発生した場合、輸出が増えるような潜在的な輸出能力も必要であろう。現在フラジャイル・ファイブと呼ばれているトルコなどの5ヶ国は、いずれも対外純債務国であり、通貨安が発生すると、対外純債務が増加するだけであり、海外から国内に戻ってくる工場なども存在しない。フラジャイル・ファイブは、自国通貨安により、少なくとも短期的には大きな損失が発生する。そのため、通貨安が続く場合には、金利を引き上げたりすることにより、自国の通貨安を防ぐしか方法がないのである。現在の日本は、超円安が発生した場合には、円建てで見た対外純資産の金額が急激に拡大し、経常収支の黒字への復帰と拡大も可能である。しかし、日本でも、超円高が長期間継続した場合には、その後は必然的に超円安が発生し、日本経済が大打撃を受けるシナリオを、(*2)で説明したことがある。

日本の場合の最大の問題点は、諸外国からの非難である。円安によって貿易収支が悪化する、輸入物価上昇で消費者が苦しむ、金利上昇で日本経済が破綻する、等々の自分自身を傷つける愚かな経済政策を日本は採用している、と諸外国が認識してくれれば良いのだが、それは100%あり得ない。諸外国では、そのような誤った考え方をする人は、ごく少数であるからだ。諸外国は、100%の確率で「円安誘導は一国繁栄主義であり、諸外国の利益を犠牲にする近隣窮乏化政策である」と激しく日本を非難してくるであろう。貿易収支が黒字化するまで金融緩和を強化した場合、非常に強い非難を諸外国から浴びせられる可能性は高い。ここが最大の難関だと思う。通貨問題に関しては、日本は世界の不可触選民であるからだ。

2013年の中国は、年間に外貨準備を5000億ドル近く増やし、明らかにG20声明に違反する為替介入を実施した。驚いたのは、中国が為替介入をした事実ではなく、介入がG20声明違反として非難されなかったことである。仮に、日本がほんの少しでも介入を実施したならば、世界中からG20声明違反の為替操作だと非難されることは必至である。ほとんどの先進国が導入済みの2%のインフレターゲットを採用すると日本が決定し、その結果円安が進行すると、2013年のダボス会議で、為替操作との非難が巻き起こった。中国だけでなく、日本周辺のアジア諸国も大規模な介入という為替操作を長年実施してきたが、全く非難されることはない。日本は、長年、介入という為替操作の最大の被害国であるのだが、その被害国が、逆に加害国扱いされるのである。本来ならば、日本は、現在も続く超円高・アジア通貨安の是正を、日本周辺のアジア諸国に要求すべき立場にある。

日本の通貨外交は、あまりにもおかしいことだらけである。しかし、その原因は、「日本の為替介入は、世界の経済秩序を乱すので、なるべく避けるべきであるが、外国の為替介入のことなどは知ったことではない」という亡国の経済思想が日本国内で蔓延しているからである。従って、今さら正論を唱えても、世界どころか日本国内でも通用しない。実際には、金融緩和はインフレターゲットの実施が目標であり、為替レートが政策目標ではない、日本は構造改革に向けて努力をしている最中である、という現在の姿勢を貫き通すしかないであろう。

異次元金融緩和を実施した結果、世界の余剰資金が日本国内に大量に流れ込んできた。その後には、資本収支の黒字への転換=経常収支の赤字への転落は、必然的に発生するのである。この悪しき構造を、日銀は1日も早く認識し、改めなければならない。大規模な追加金融緩和を繰り返すことは必要不可欠である。日本国内の余剰資金を安定的に海外に流出させることに成功したならば、必然的に、経常収支は黒字に復帰し、拡大するのである。このような芸当は、法人税減税や岩盤規制の撤廃、FTAの拡大などでは絶対に実現不可能であり、唯一、金融緩和の強化のみがなしえる芸当なのである。経常収支の黒字拡大の後に、貿易収支の黒字への復帰が、必然的に発生するという結末になるのである。


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