異次元金融緩和 vs 消費税増税

2012年11月14日に当時の野田首相が衆議院の解散を表明し、大胆な金融緩和を提唱していた安倍自民党総裁の発言が現実のものとなることが予想された。この日を境にして、まず円安株高が始まり、それと同じ時期から、景気回復も始まった。2013年4月4日に異次元金融緩和が決定され、大胆な金融緩和が現実のものとなった。その後、波を描くような形ではあるが、トレンドとしての円安株高が進行した。足元では円安株高は一休みしているものの、景気は依然として力強い回復が続いている。

2月6日に岩田日銀副総裁が久々の講演を行った。マネタリズムに近い論理でリフレ政策を語る岩田理論とは、ゴールは同じでも、途中経過は大きく異なっていることは昔から感じていた。ただ、その講演で、岩田副総裁の現状認識、先行き予想が、非常に強気であり、景気に対する認識は、黒田総裁とほとんど同じであることが理解できた。黒田総裁の1月22日の記者会見を読み直してみても、現在の日銀の異次元金融緩和という政策により、景気回復の継続と2%の物価上昇の実現が可能であることを強調していた。

何ヶ月前も前から異次元金融緩和第二弾が1日も早く必要と主張している私のような立場からすると、黒田総裁、岩田副総裁の発言に対しては、いくつもの疑問点を感じざるをえない。

まず、現状認識であるが、現在の景気が力強い回復過程を進んでいることは間違いない。問題は、その原因である。私の目からすると、異次元金融緩和の波及効果の大部分は、円安から生じている。この点について、黒田総裁はあまり言及しない。だがそれは、G20の会議で通貨の切り下げを目的とした政策が禁じられているので当然である。そうした立場は理解しているが、それでも不安が残る。昨年まで海外投資家が大量に日本株を買い、国内投資家が日本株、外国株を大量に売却する中で、急激な円高ではなく、円安が発生したこと、加えて、その構造が長続きしない可能性があることを繰り返し書いてきた。そうした問題点を、黒田総裁が認識している気配は感じられない。

もう一つの景気回復の原因は、10.2兆円にも及ぶ2012年度補正予算による景気刺激効果である。昨年5月から半年ほどの間、円安株高は一服していたが、その間の景気回復を最も大きく支えたのは、政府による公共投資である。2011年の東日本大震災の復旧工事は開始から大きな遅れが続いており、2012年度以前には、一部しか実行されなかった。2013年度に入って、震災復興のための公共投資と補正予算による公共投資が同時に進行し、日本経済の成長率を大きく底上げした。なお、2013年の実質GDP成長率は、日本は先進国の中で高い方の部類に属する。しかし、リーマンショックから数年たった現在においても、財政支出拡大政策を続けている国は、日本以外には少数しか存在しない。他の大半の先進国は、財政赤字の削減策を行っている。日本の景気回復には、他の大半の先進国とは正反対に、財政支出拡大という要因が、大きく寄与しているのである。

そして、現在、進行しているのが、4月からの消費税増税に伴う駆け込み需要の噴出である。このように、金融政策以外の景気刺激効果が、昨年4月以降、同時に現実化しているのである。

黒田総裁は、景気回復の原因はすべて金融政策であるなどとは言わないが、金融政策が景気回復に大変大きく貢献していると受け止められる表現が多い。現在の景気回復には、財政政策も大きな貢献をしているので、そうした表現はやや行き過ぎていると思う。そして、日銀の追加金融緩和がなければ、マーケットでは円高株安が進むのではないかと尋ねられても、物価はこれまで日銀の予想通りの動きをしており、現状維持の政策は正しいと答えている。マーケットとの対話すら拒否する構えまでも見せている。

現在、反リフレ派は、景気回復の中で発生する様々な問題点、矛盾点を、異次元金融緩和が原因であると、いろいろな理屈をつけて攻撃してきている。そうした批判は一部に正しいものがあるが、多くは間違っている。景気回復が順調に進む限り、リフレ政策が、世論一般から強い批判を受けることはないと思う。しかし、景気が一旦悪化に向かった場合、悪いのはすべて日銀のリフレ政策であると決めつけられる恐れがある。将来、何らかの理由で、景気が本当に悪化してしまうと、リフレ政策という壮大な実験が完全に失敗した、リフレ理論そのものが大間違いである、という誤った批判が、世論に正しいと受け取られる恐れがある。日本国内には、リフレ政策を毛嫌いする経済学者、エコノミストが多いのである。

リフレ政策に失敗は許されないのである。しかし、現在の黒田総裁は、自信過剰気味ではないだろうか。勝利宣言をするのは、任期の満了である2018年4月でも構わないはずだ。それまでは、もっと慎重に政策運営を進めてもらいたいと感じるのである。

私が今まで繰り返してきたのは、超円高再燃のリスクである。今回は、もう一つのリスクと考えられる消費税増税のリスクを取り上げてみたい。

黒田総裁、岩田副総裁は、ともに消費税増税賛成派であり、同時に消費税増税の不況促進効果を非常に少なめに考える傾向が見られる。私も消費税増税やむを得ない派であるが、消費税増税の不況促進効果を大きく見ている点が異なっている。その根拠を(*1)で詳しく説明した。ここでは、前回の消費税増税があった1997年に何が発生したかを、もう一度、別の角度から見てみたいと思う。

まずは、1997年の消費税増税前後の名目、実質賃金(=現金給与総額)の上昇率と(実質)消費(=消費総合指数)の増加率を表すグラフを下記に示す。


1997年賃金と消費

消費税増税以前は、賃金は名目、実質ともに上昇し続けていた。賃金は、1997年 1月にボーナスの支払いがずれ込んだため大きく上昇したが、これは特殊要因である。前年比で見て、1997年3月の名目賃金上昇率+1.5%、実質賃金上昇率+1.3%、消費は駆け込み需要により増加率+7.0%であった。それが4月には、名目賃金上昇率+1.8%、実質賃金上昇率+0.1%、消費の増加率+0.0%となった。消費税増税に伴い、実質賃金は1.2ポイントも急低下し、
+0.1%になったのである。その結果発生した不況の影響により、名目賃金の上昇率は低下し続け、1998年4月以降、名目、実質賃金はともに、マイナスが定着してしまった。賃金が、名目も実質もともに低迷する中、消費も低迷し続けた。

景気が回復に向かうのは、アメリカから吹いてきたITバブルの風の影響を受けて、株価が反転上昇し始めた後のことである。以前に書いた通り、この不況は、アジア通貨危機も山一證券倒産も、長銀、日債銀の倒産も影響は小さかったのである。不況になった原因は、消費税増税などの財政再建策により、実質賃金、あるいは実質可処分所得が大幅に低下し、不況を誘発し、その不況が名目賃金の低下にまで広がったからである。

次に直近の名目、実質賃金の上昇率と消費の増加率を表すグラフを下記に示す。


2013年賃金と消費

前年比で見て、昨年12月時点で、名目賃金上昇率+0.8%、実質賃金上昇率-1.1%、消費の増加率+2.8%であった。実質賃金が下がっている中で、消費が前年比+2.8%となっている最大の理由は、株価が大きく上昇した結果としての資産効果である。ここで重要なことは、前回の消費税増税直前である3月の実質賃金が前年比+1.3%であったのに対して、今回の場合、実質賃金は直近の12月において-1.1%と水準が2.4ポイントも低いことである。理由の一つは、円安メリットが企業部門に蓄積し、雇用者にはほとんど移転していないからである。今後、円安メリットは、企業から雇用者へと移転されていくであろう。仮に消費税増税が実施されないならば、安倍首相が唱える賃金上昇と経済成長の好循環が実現する可能性は十分に考えられる。

しかし、4月に消費税増税とともに、実質賃金は2ポイントも低下するのである。仮に3月の実質賃金が12月と同じ-1.1%であるならば、4月の実質賃金は-3.1%になるのである。4月以降、ベアの実施や、ボーナスの積み増しは間違いなくあるはずだ。しかし、好調な大企業のベアの要求が1%強でしかない。輸入インフレは、時間がたつにつれて縮小していく。一方、賃金上昇分の何割かは、実際の物価の上昇に転嫁される。そうしたいくつかの要因を考慮しても、実質賃金は、-3.1%から多めに見積もっても2ポイント上昇が精一杯であり、2014年度の実質賃金上昇率が、-1.1%以上になるのは難しいと思う。非常に大ざっぱな計算であるが、実質賃金がプラスになる可能性は低い。従って、賃金上昇と経済成長の好循環が発生する可能性も低いと考えざるをえない。実質賃金がマイナスでも消費を伸ばすためには、株価のさらなる大幅な上昇(例えば前年比+50%)が必要であるが、金融政策が現状維持の場合、それは不可能である。

黒田総裁と岩田副総裁は、消費税増税の影響は軽微と見ている。その理由の一つとして、今年度には、消費税増税対策のために、5.5兆円の補正予算が組まれていることをあげている。しかし昨年度の補正予算は、10.2兆円である。補正予算を組んでも、昨年よりも公共事業関係費は縮小する可能性が高い。黒田総裁と岩田副総裁は、財政政策の効果をプラスと見ているが、実際にはマイナスになる可能性が高い。ケインズ効果は、おそらくマイナスであるのだ。その一方、黒田総裁と岩田副総裁は、非ケインズ効果(財政再建が進むと、経済成長率が高まるという効果)も消費税増税の影響が軽微である理由としてあげている。しかし、ケインズ効果と非ケインズ効果が同時に発生することはありえない。黒田総裁は、消費税増税を下振れリスクと見ておらす、岩田副総裁も下振れリスクとしては小さいと述べている点は、誤りだと思う。

一方、黒田総裁が、消費税増税を下振れリスクと認めたくない理由も存在する。それは、リフレ政策だけではなく、その後の出口戦略もまた、日銀が担うことを求められているからだ。仮に異次元金融緩和第二弾を実施した結果、インフレが進行し、金利が上昇し始めた場合、日銀の決算が赤字になったり、場合によっては債務超過に陥ってしまう可能性がある。この場合、黒田総裁が政治的に袋叩きにされるのが見えている。従って、黒田総裁は、安易に金融緩和のアクセルを踏み過ぎることができないのである。消費税増税を下振れリスクと認めてしまうと、追加金融緩和を実施しないと、論理的な整合性をとるのが難しくなる。黒田総裁は、安易な追加金融緩和は避けたいため、消費税増税を安易に下振れリスクと認める訳にはいかないのである。それでも、景気腰折れが明確になった場合には、追加金融緩和の実施に追い込まれるであろう。しかし、景気腰折れが明確になった後の金融緩和というのは、効果が非常に少ない政策になることは、過去20年以上の経験から明らかである。

そうした事態を避けるためには、政府が増税という政策により、出口戦略の責任を持つと宣言すべきであると繰り返し書いてきた。金融緩和により発生するインフレとバブルを、増税により封じ込めるべきだという考え方である(*2)。この方針を政府が明確に打ち出せば、たとえ黒田総裁が、消費税増税の悪影響がほとんどないと考えていたとしても、念のために、追加の異次元金融緩和を実施することが可能になる。行きすぎた金融緩和を心配する必要性がなくなるからだ。

消費税増税の景気に対する悪影響は、エコノミストの中でも大から小まで、いくつもの考え方に分かれている。上記の私の考え方も、「好循環が発生する可能性も低い」という見通しだけであり、それだけですら特別な自信があるわけでもない。正確なことは誰にもわからないと言った方が良いであろう。そのため、先に書いた通り、黒田総裁が、消費税増税を下振れリスクと考えていないと表明することは、大変大きな誤りである。標準シナリオが楽観的であることに問題があるとは思わない。しかし、消費税増税を、下振れリスクシナリオに含めることだけは、最低限必要だと思う。例えば、日本自動車工業会では、2014年の国内四輪車需要を
-9.8%と予想している。これは、2013年の+0.1%からの大幅な減少である。輸出の増加、設備投資の増加、公共投資の増加がプラスに働くが、消費税率引き上げによる消費者マインドの低下、駆け込み需要の反動減がマイナスに働き、-9.8%になると予想している。基幹産業である自動車産業が、消費税増税の結果、10%近く落ち込むという予想を標準シナリオとしているのを無視してはならない。

消費税増税のような景気に大きな悪影響を及ばす可能性のある政策を実施する場合、最悪のシナリオが発生しても、景気が腰折れしないようなリスク回避型の政策を採用することが望ましい。その政策が、異次元金融緩和第二弾の実施なのである。仮に、消費税増税後に、行きすぎた金融緩和の結果、景気の過熱とインフレ率の上昇が始まったならば、政府が所得税の増税を実施すれば良い。賃金が上がりすぎるという、起こる可能性が非常に低いシナリオが、仮に発生したならば、上がりすぎた賃金分を、税金で吸い上げるという政策である。異次元金融緩和第二弾にもかかわらず、景気回復に鈍化の傾向が見られた場合には、間髪を入れずに異次元金融緩和第三弾を実施すべきである。こうした景気の下振れリスク回避策を準備し、実行に移せば、不確実性に満ちた将来において、景気後退が発生する可能性を低くすることができるのである。

先にも書いた通り、消費税増税が原因で景気後退に突入してしまった場合、反リフレ派は、景気後退の原因は、消費税増税ではなく、異次元金融緩和であると攻撃してくるであろう。そのようなことが起きることを避けるためには、追加の異次元金融緩和を実施し、消費税増税後に景気後退が発生する確率を可能な限りゼロに近づけることが必要である。こうした政策が成功すれば、円安継続による製造業の国内回帰と復活、貿易赤字の縮小、ないしは黒字への復帰、輸出拡大による経済成長、緩やかなインフレと資産インフレ、潜在成長率の上昇、税収の大幅な増加による財政再建などが、同時に可能になってくるのである。


関連記事
1997年の景気後退と消費税増税、アジア通貨危機、山一證券破綻(*1)
量的緩和の出口戦略 増税、増税、増税 ! (*2)


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追加緩和

いつもながら、深い考察敬服しております。
3月11日、日銀会合で追加緩和が決定されると思います。
すでに、竹中氏などが6月追加緩和に言及しています。
春闘に影響するのは直前の3月決算です。賃金を上昇させる好業績にしなければなりません。4月以降の緩和では賃金への影響は小さくなります。
3月決算を万全にするため、確実に政府・日銀は手を打つでしょう。アベノミクス発動以来、致命的失敗は政府・日銀にはありません。
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