偏在する余剰資金と必要な税制改革

日本経済は、すでに十分な金余り状態である、としばしば言及される。その根拠として、日本企業が保有する現金・預金の金額の大きさが指摘されることが多い。日本企業が保有する現金・預金の金額を表すグラフを下記に示す。

全産業の現金預金残高

上記のグラフには2種類の線が描かれているが、より正しい現実を示す線は、赤色の日銀の資金循環統計の方である。理由は、資金循環統計は金融機関からの聞き取り調査をベースにした全数調査であるのに対して、法人企業統計は、標本調査であり、加えて小企業を省いているからだ。

これと似た内容を、別の角度から見たグラフを下記に掲載する。


資金過不足

上記のグラフは、日銀の資金循環統計の中で、資金過不足の推移を示すグラフである。バブル以前の時期においては、資金余剰主体=家計、資金不足主体=非金融法人企業と決まっていた。それが、1990年代後半のデフレ期に入ってからは、資金余剰主体=非金融法人企業と家計、資金不足主体=一般政府という状態が続いている。

このように、日本企業は、全体としては金余りの状態にある。ここで重要なことは、「全体としては」ということである。本当に金が余って仕方がない企業がある一方、資金不足に悩まされ、倒産してしまう企業も多数存在するからだ。格差社会という言葉が広がっているが、格差は個人、家計についてのみ存在するのではない。企業には、それ以上の大きな格差が存在しているのである。

次に、企業をいくつかの業種に分けて、業種ごとの余剰資金の金額を見ることにする。この場合、資金循環統計にデータがないので、法人企業統計のデータを
使って、2013年3月末における業種ごとの現金・預金残高を表すグラフを下記に示す。


中分類 現金預金残高

上記のグラフは、ストックベースの数字を示している。そこで、フローベースの数字、すなわち2009年度-2012年度にかけて、企業が業種ごとに保有する現金・預金の残高をどれだけ変化させたかを表すグラフを下記に示す。

中分類 現金預金残高変化

2009年度-2012年度の数字を比較した理由は、2009年度に業種のくくり直しがあり、2008年度以前とは比較ができない業種がいくつも存在するからだ。業種ごとの数字を厳密に比較できる期間が、2009年度以降しか存在しないのである。

現金・預金のストック、フロー双方において、卸売業の保有額の大きさが目立つ。より詳しく調べると、卸売業の場合、大企業より資本金1億円未満の中堅企業が、現金・預金の保有額を増やしている。その理由を正確に把握できていないのであるが、リーマンショック時の銀行の貸し渋りを嫌気して、卸売業に属する中堅企業が、現金・預金を多めに保有することになったという説があることだけを紹介しておく。

(*1)(*2)で、日本の半導体、液晶という産業が、超円高とその結果として発生した資金不足により崩壊または崩壊しつつあることを説明した。半導体、液晶は、上記の業種分類では、情報通信機械器具製造業に分類される。2013年3月末の情報通信機械器具製造業全体の現金・預金保有額は、3.1兆円、2010年3月末比で720億円減少している。これは、パナソニック、シャープ、エルピーダ、ルネサスのような大企業から、中堅企業までの現金・預金の保有額を全部合計して、3.1兆円であることを意味する。アップル一社で4.1兆円(2013年9月末現在、長期債券を加えると14.5兆円)、サムスン一社で5.8兆円(2013年9月末現在)である。日本の情報通信機械器具製造業に属するメーカーと、アップル、サムスンとを比較した場合、日本企業が保有する現金・預金の金額が、絶望的なほど少なすぎるのである。ここまで差が開いてしまうと、日本のメーカーは、アップル、サムスンと、まともな競争ができないのである。

日本では、卸売業という将来の成長があまり見込めない産業に属する企業が、不必要と思われるほど多くの現金・預金を保有している。一方、現在、最もイノベーションが盛んで成長率の高い情報通信機械器具製造業に属する企業は、資金がなく、設備投資費が絶望的なほど不足している。その結果、(*1)で示したように、倒産して技術力がより低いアメリカの企業に先端技術を譲り渡すとか、(*2)で示したように、先端技術を安い価格で中国の企業に事実上売却するなどの現象が発生しているのである。

上記のグラフは、業種分類が細か過ぎて、全体の傾向が把握しにくい。そこで業種を製造業、非製造業だけに分類し、現金・預金の保有残高を表すグラフを下記に示す。


大分類 現金預金残高 

次に、製造業、非製造業だけに分類した現金・預金の2009年度-2012年度の変化を表すグラフを下記に示す。

大分類 現金預金残高変化

見てわかる通り、非製造業に現金・預金がたまり過ぎ、かつ増え過ぎである。一方、製造業は、平均すれば、金余りとは言えず、現金・預金の残高は減少に向
かっている。

製造業、中でも情報通信機械器具製造業の資金不足の原因は、長年にわたる超円高である。(*3)で指摘して以来、何度も繰り返しているが、日本周辺のアジア諸国の政府・中央銀行は、巨額の自国通貨売り、外貨買い介入を通して自国の通貨価値を割安に誘導してきた。加えて、アジア諸国の政府は、最も成長性があると見込んだ情報通信機械器具製造業を、主として日本から技術を導入することにより、重点的に育成強化してきた。その結果、日本の情報通信機械器具製造業は、日本国内で比較劣位の産業となった。そして、日本が貿易市場、為替市場を自由に開放し続ける限り、リカードの比較生産費説により、将来、アジア諸国との競争で敗北することが、運命として事前に決定されていたのである。その運命の敗北が現実化したのが、リーマンショック後に超円高・アジア通貨安がいっそう進行した時期であった。その運命の敗北を阻止する政策は存在していたのであるが、日本の財務省、日銀は全く気がついていなかったのである。

2012年11月以降、超円高・アジア通貨安は、何割かは是正されたが、依然として修正不十分である。4年余りの超円高・アジア通貨安により、日本の情報通信機械器具製造業はボロボロになってしまった。収益が大赤字になり、過去に貯め込んだ蓄積を吐き出しながら、エルピーダは倒産し、シャープは大赤字で倒産の瀬戸際にまで追い込まれた。加えて、日本政府が貿易市場、為替市場を自由に開放し続ける限り、資金力を完全に失った日本企業が、規模の利益を獲得したアジアのライバルメーカーとの競争に、永久に勝つことはできないということが、クルーグマンの新貿易理論により運命づけられているのである。

二番目のグラフで示した通り、日本の企業には過剰と思えるほど資金が余っており、政府は資金が大きく不足している。こうした環境下において、以前、政府が資金運用の方法を変えるという手法で、財政再建が可能であることを示した(*4)。今回は、法人税を増税するという財政再建の手法もありうることを示したい。日本企業に資金が余っていることは分かり切っているが、それを根拠にして法人税の増税を主張する人は、最左翼の人以外には、ほとんど存在しないと思う。理由は、日本と海外との法人税率の差である。日本の製造業の国際競争力を今以上弱体化させてはならないという観点からは、法人税は、増税ではなく、減税の方が望ましい。私は、法人税は、原則として増税すべきだと考えている。ただし、超円高の結果、ここまで弱体化した製造業に対しての増税は厳し過ぎる。それを回避するために、製造業、より厳密には、貿易財、貿易可能なサービスを生産している企業に対して、「ものづくり所得控除」というような、新たな租税特別措置を設けるべきだと考えている。

アメリカでは、オバマ大統領が、2013年の一般教書演説で、法人税率引き下げと、製造業に対する軽減税率の導入に言及していた。しかし、2014年の一般教書演説では、法人税率の引き下げだけで、製造業に対する軽減税率に触れることはなかった。オバマ大統領は、製造業ルネサンスのために、製造業に対する軽減税率を導入したかったのであろう。しかし、実務として考えたならば、企業を製造業と非製造業に厳密に分類することは難しいので、その構想は取り下げたのだと思う。私のアイデアは、ある企業が、貿易財か貿易可能なサービスを生産して所得を獲得している場合、そこから得られる所得に対してのみに、一定の率(例えば50%)の所得控除を設け、事実上の製造業に対する減税を行ってはどうかという提案である。この場合でも、実務上、非常に多くの問題が生じるはずだが、製造業全体に軽減税率を設ける場合よりは、問題は少なくなると思う。

税制は、原則として、公平かつ簡素なものでなければならない。「ものづくり所得控除」のような新しい租税特別措置を設けると、税の不公平感を生みだし、利権の温床にもなりやすい。そうは言うものの、所得控除のような制度は、海外にも多数存在している。そうした税の抜け穴を利用し、アップルはアイルランド子会社を使って節税をしている。東京エレクトロンがアプライドマテリアルズと合併して持株会社をオランダに置く理由は、法人税率が25%の法定税率ではなく、所得控除による軽減税率をも考慮した実効税率が17%と低いからである。海外の法人税にも、さまざまな所得控除、税額控除、軽減税率、非課税措置などが多数存在するのである。

法人税の実効税率は、引き上げるべきである。そして非製造業が保有する過剰な資金を税を通して吸い上げ、財政再建に役立てるべきである。製造業に対しては、「ものづくり所得控除」のような租税特別措置を新設し、実効税率を大幅に引き下げ、外国企業との競争条件を今まで以上に悪化させないようにすべきである。日本企業の競争力を強化するという名目で、法人税全体の実効税率を大きく引き下げるべきだと主張する声は非常に大きい。しかし、この場合、非製造業に無駄で過剰な資金がますます累積し、税収も大きく減少してしまう。非製造業の資金余剰、一般政府の資金不足がさらに拡大してしまうのである。政府の資金不足を補てんするために、消費税を10%以上にまで引き上げ、様々な商品に様々な軽減税率を設けると、これまた無期限の軽減税率獲得闘争が開始されるであろう。それならば、消費税は10%で一律にして据え置き、法人税の増税と所得控除を広げた方が、よりマシだと思う。

日本経済はすでにサービス化が相当進んでいる。GDPに占める製造業の比率は、2012年の段階で18%程度にすぎない。仮に製造業に対する実効税率を20%引き下げ、非製造業に対する実効税率を20%引き上げたならば、法人税収は大幅に増加し、財政再建に貢献することができる。

現在の日本の製造業に対する法人税の実効税率を20%引き下げたとしても、情報通信機械器具製造業の復活は不可能である。日本の情報通信機械器具製造業に属するメーカーと、アップル、サムスンとの資金力の極端な差を、減税だけで埋めることは不可能である。加えて、情報通信機械器具製造業に属するメーカーが没落したのは、収益が大幅な赤字になったからである。法人税をゼロにしても、赤字を黒字に変えることはできない。さらに、今後、法人税率ゼロ+超円高アジア通貨安の完全な是正が行われたとしても、規模の経済を失った日本の情報通信機械器具製造業に属するメーカーの復活が不可能なことを証明する、クルーグマンの新貿易理論を超えることはできないのである。

非製造業に対する増税を実施する最大の目的は、財政再建である。非製造業のもうけ過ぎの収益に対して増税を実施した場合、経済成長率を引き下げる効果が小さい状態で、財政再建が進行するため、大変望ましいのである。この点が、少なくとも短期的には、経済成長率を大きく引き下げる消費税増税よりも、長所が大きい。レントシーキング(独占企業などが獲得する過剰な利益)に対する課税ではないが、それと共通点のある政策なのである。

「ものづくり所得控除」を創設し、製造業に対する法人税の実効税率を引き下げる最大の目的は、日本の製造業の収益が、今以上に悪化することを防ぐためである。法人税を減税、撤廃するという政策は、日本の製造業を再生させるという目標に対して、非常に小さな貢献しかできないのである。日本の製造業、特に情報通信機械器具製造業を本当に再生させるためには、クルーグマンの新貿易理論を超越するような政策を実施する必要がある。そのためには、無制限の金融緩和による超円安誘導などの、全く別の政策体系が必要であるのだ。


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エルピーダ倒産の原因(*1)
シャープと日本液晶産業の将来(*2)
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*3)
国債投資から対外証券投資への転換による財政再建策(*4)



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