銀行の不良債権問題 アメリカの成功 日本の失敗

失われた20年の前半期、すなわち1991年-2003年の時期において、日本経済が抱えていた最大の問題は、銀行の不良債権問題であったと思う。当時の日本経済低迷の最大の原因は、不良債権問題であったという認識は、現在でも広く共有されていると思う。

2007年頃からアメリカの住宅価格の下落が報じられ、8月にBNPパリバ傘下のファンドが、アメリカのサブプライムローン市場の混乱の結果、解約停止措置の実施に追い込まれた。このあたりから、アメリカのサブプライムローン問題が注目され始めたと思う。この問題はその後も深化し、2008年9月15日のリーマンブラザーズ倒産に行きつくことになった。その後、アメリカだけではなく、ヨーロッパの金融システムも危機に陥り、世界恐慌の懸念すら生じてきた。このリーマンショック前後の欧米の混乱ぶりを見て、日本の金融関係者の多くは、「ざまー見ろ」と感じていたと思う。日本は、1990年代初頭に始まったバブル崩壊により、10年以上苦しめられてきた。今度は、アメリカないしは欧米諸国が苦しむ番だと感じていたと思う。

ところが実際は、リーマンショック翌年にあたる2009年の実質GDP成長率は、主要先進国の中で、日本が一番低かった。リーマンショックから5年以上の年月がたったが、アメリカの住宅バブル崩壊の後遺症である不良債権問題は、ほとんど解決されてしまった。期間が短いだけでなく、不良債権処理のためにつぎ込んだ公的資金が、日本とは異なって、全額回収されたのである。日本は投入された公的資金の一部が返済されることはなく、国民負担となった。20年以上の時間がたった現在でも、不良債権問題は小さくなったものの、まだ完全に解決されていない。こうした不良債権問題の処理スピードの日米格差を、まず簡単に振り返ってみたいと思う。

リーマンショック直後の2008年10月に、アメリカではTARP(Troubled Asset Relief Program)と呼ばれる公的資金投入プログラムが開始された。リーマンショック直後にアメリカの金融市場が機能不全に陥ったのに対応して、銀行などに公的資金を投入する制度であった。このプログラムの中では、GM、クライスラーに対する資金援助も実施された。

アメリカ財務省のHPによると、2013年末時点でのTARPの実績と成果は次のようなものとなっている(AIGに投入されたTARP枠外の資金を含む)。

資金投入金額・・・・・・・・・・4,222億ドル
現時点における投入残高・・・・・・124億ドル
資金回収額・・・・・・・・・・・4,325億ドル
現時点における投入・回収差額・・・103億ドル

TARPでは、当初7,000億ドルの資金投入が計画された。その後、いくつかの大きな修正が行われて金額は減額され、TARPとは別枠のAIGへの資金投入と合計して4,222億ドルの資金が投入されることになった。その資金は、昨年末の段階で、4,325億ドルが回収され、103億ドルの利益が出ている。金融危機により公的資金が大量に投入され、その中で、GMの株へと投入された資金は、105億ドルの損失を確定したまま回収された。しかし、AIGなどの金融機関に投入された資金は、株価の値上がりにより利益が発生し、合計すると、昨年末時点で103億ドルの利益を獲得することができた。

アメリカの公的資金投入は、TARPのスキーム以外にも実施されている。その一つは、AIGが受けたFRB、財務省の双方からの資金投入である。

AIGが受けた公的資金とその返済額
(単位:ドル)(アメリカ財務省HPより)
NY連銀・供与1,125億・返済1,302億・返済超過額177億
財務省・・供与 698億・・返済 748億・ ・返済超過額50億
合計・・・供与1,823億・返済2,050億・返済超過額227億

AIGは、NY連銀と財務省の双方から合計1,823億ドルもの資金供与を受けた。しかし、2012年末までに、それを上回る2,050億ドルの資金を返済し、政府と中央銀行に対して、合計して227億ドルもの利益をもたらした。

もう一つの大きな公的資金の投入先は、ファニーメイとフレディマックである。この2社は、上場されている株式会社であったが、政府保証に近い債券を大量に発行していたので、リーマンブラザーズ倒産直前に政府管理下に置かれ、公的資金の投入が実施された。

ファニーメイ(ファニーメイHPより 2013年12月までの合計)
公的資金投入額・・・1,161億ドル
配当支払累計額・・・1,139億ドル
未回収金額・・・・・・・22億ドル  

フレディマック(フレディマックHPより 2013年12月までの合計)
公的資金投入額・・・713億ドル
配当支払累計額・・・713億ドル

公的資金投入額に、配当支払累計額は少しだけ不足している。しかし、財務省は、2社の株式を現在も保有しているので、将来の配当や、株の売却代金を考えると、相当大きな利益が転がり込んでくることは確実である。

以上のように、2007年頃から深刻化し、2008年9月にリーマンショックを引き起こしたアメリカの住宅バブル崩壊に対して投入された公的資金は、すでに投入された以上の金額が回収されている。アメリカは、リーマンショックから約5年で危機の処理がほぼ完了し、国民負担はゼロという結果に終わった。

一方、1990年代初頭に発生した日本のバブル崩壊はどうであったのであろうか。バブル崩壊の後、金融機関救済の法律が何本も作られた。そうした不良債権処理のスキームで中心的な役割を果たしたのは、預金保険機構であった。預金保険機構のHPにある数字から、その概要を示す。

預金保険機構
資金投入額・・・・・・・ 48.2兆円(2013年9月現在)
確定した国民負担・・10.4兆円(預金保険研究2007年4月)

預金保険機構の仕組みは、非常に複雑でわかりにくい。理由は、預金保険機構が投入した資金の財源が、政府から受けた公的資金だけではなく、預金保険機構自身の収入である預金保険料、政府保証債などいくつも存在しており、その資金が7つの勘定に分かれて管理されているからだ。従って、資金投入額48.2兆円は、公的資金の投入金額ではなく、それ以外の形で調達した資金の投入分も含まれている。そして、確定した国民負担10.4兆円というのは、預金保険機構が定義した国民負担である。また、資金回収が未確定の投入資金が、新生銀行、あおぞら銀行、りそな銀行などに、現在もなお存在している。

日本の公的資金の投入は、預金保険機構以外にも存在する。1996年に政府が住専に投入した6,850億円、1997年に日銀が山一証券に対して実施して焦げ付いた特融1,111億円などが思いつく。一方、国庫に返済された公的資金もあるので、それらを合計すると、不良債権処理による国民負担は、10.4兆円を少し上回る金額になる可能性が高いと思う。

このように、バブル崩壊に伴う公的資金投入による不良債権処理は、日米ともに最終段階にあるが、日本より15年ほど後に発生したアメリカの方が、完了に近付いている。そして、バブル崩壊に伴い投入された公的資金の国民負担が、アメリカではゼロあるいは利益超過であるのに対して、日本では、10.4兆円以上の損失が確定している。このような不良債権処理のスピード、国民負担の差はどこから生じたのであろうか。

その原因は、不動産価格の推移の差ということができる。日本の不動産価格と、アメリカの住宅価格の推移のグラフを下記に示す。


日米地価の比較


日本の不動産価格は公示地価であり、直近分は、2013年1月1日時点のものなので、データとしては少し古い。しかし、その後1年間に大きな変動があったとは思えない。アメリカの場合は、土地+建物である住宅価格であるが、2013年10月までのデータが存在する。

日本の場合、不動産価格のピークは1991年であり、その後のボトムは2013年である。高値からボトムまで58.2%下落している。そして、2013年がボトムかどうかも、まだ確定していない。一方、アメリカの住宅価格のピークは、2006年4月であり、そのピークから2012月1月のボトムまで34%下落し、その後、直近までに19%値上がりし、ピークからの下落率は直近で21.5%となっている。直近の地価(住宅価格)は、ピークから、日本では58.2%下落しており、アメリカでは21.5%下落している。アメリカの場合、住宅価格の下落率34%というのは、融資時の想定を超えていたと思うが、下落率21.5%というのは、融資時にも想定範囲内の下落率であったかもしれない。しかし、日本の場合、58.2%の下落率を融資時に想定した銀行は、皆無であったはずだ。

日本の場合、不良債権問題が長引き、10兆円以上の国民負担が生じた最大の理由は、不動産価格の大幅な下落が長期間続いたからである。一方、アメリカが不良債権問題を素早く解決できた理由は、住宅価格の下落幅が小さく、加えて、比較的短期間に住宅価格が上昇に転じたからである。住宅価格の下落と同時に不良債権になった債権が、住宅価格上昇とともに正常債権に転換したことの影響も大きい。日本の場合、不良債権が正常債権になることは、ほとんど発生しなかった。

アメリカは、素早く不良債権問題を認識し、ストレステストを行い、公的資金を投入したのは事実である。シティバンクを筆頭とするメガバンクは、一時は相当な危機と伝えられたが、素早く立ち直った。その理由は、住宅価格が2009年5月に一旦底を打ち、その後の下落幅が非常に小さかったためである。住宅価格が下げ渋り、損失も膨らまず、FRBによる大規模な量的緩和政策により、資金繰りも急速に改善した。リーマンショック後の大混乱が収まった後、確定した損失はそれほど大きくなかったのである。リストラによるコスト削減、資産売却と増資による資金調達などにより、大手メガバンクは、投入された公的資金を、2009年中に完済、またはそのメドをつけ、2010年中にすべて完済した。当時の日本の金融関係者の中には、アメリカで行われたストレステストは想定が甘過ぎ、日本と同様な不良債権隠しが行われていると批判する人もいた。しかし、実際のアメリカ経済、特に住宅価格は、最悪のシナリオよりも、大幅に高く推移するシナリオに従って進行することになった。その結果、日本とは異なり、アメリカのメガバンクは、非常に短期間で不良債権の処理を完了させ、公的資金を完済したのであった。

2012年に入ると、住宅価格の上昇が明確化し、不良債権が正常債権へと転換し、ファニーメイ、フレディマックという大口債権者の財務内容は一気に改善した。この2社は、政府に対して多額の配当を支払うことにより、実質的な公的資金の完済に近づいている。AIGは、当初は大規模な資産売却を実施することにより公的資金の返済を行っていた。しかし、2012年に入って住宅価格の上昇が明らかになると、AIGの株価も安定的な上昇に転じるようになった。その結果、財務省は、保有していたAIGの普通株を2012年中に全額売却し、投入した以上の資金を回収することに成功した。こうした不良債権問題を短期で解決することができた最大の理由は、住宅価格の下落幅が大きくはなく、下落期間も比較的短く、その後上昇に転じたからである。日本のように住宅価格の下落が20年以上続いていたならば、アメリカの不良債権問題は、現在でも未解決のままであったはずである。

アメリカとは反対に、日本では、バブル崩壊後、地価は基本的には下げ基調であり、右肩下がりのトレンドから脱出することができなかった。その結果、不良債権が正常債権へと転換することは、ほとんどなかった。逆に、正常債権が不良債権へと毎年のように転落し続けていた。そうした不良債権の増加に対して、「不良債権を隠している」と世間から厳しい非難を受け続けた。飛ばしなどの形による不良債権隠しがあったことは事実である。しかし、2003年頃まで不良債権問題が長引いた最大の原因は、地価の継続的な値下がりであった。銀行を中心とする金融機関は、毎年稼いだ利益を使って、毎年のように増え続ける不良債権を償却せざるをえなかった。そのため、日本の銀行は、不良債権問題の解決に大変長い時間がかかった、あるいはかかっているのである。

2013年4月4日に開始された異次元金融緩和は、バブル崩壊後、速やかに実施されるべきであった。その場合、土地の値下がり幅、値下がり期間は短いものとなり、不良債権問題は、それほど大きなものとならずに、早期に解決に向かっていたはずである。しかし、バブル崩壊後の日本においては、金融緩和により地価を引き上げるという発想が、ほとんど存在しなかった。当時、ゼロ金利+長期国債買いオペという金融緩和による不良債権問題の解決を提案すると、現実の経済が全く分かっていない愚か者扱いにされた。ただおもしろいのは、反対された理由である。多数派は、何の効果もない無意味な政策だから問題外という意見であり、少数派は、バブルが再燃するから問題外という意見であった。正反対に二極化した理由で反対されたのである。地価が下落から反転し、適切なスピードで上昇し始めるという中間派の意見に出会ったのは、相当時間がたった後になってからのことであった。

この点は現在とも共通する。異次元金融緩和は無意味、無効であるという意見は、現在でも根強く存在する。そしてまた、異次元金融緩和はバブルやハイパーインフレを引き起こすという意見も存在する。さらにまた、異次元金融緩和は、効果がゼロであるか、ハイパーインフレ、特大のバブルが起きるかのどちらかであり、マイルドなモノと資産のインフレが発生することはない、という考え方も存在する。

現在は、アメリカ、イギリスの量的緩和政策の成功などの影響を受けて、両極端の意見ではなく、中間派の意見を持つ人が増えてきた。その結果、日本でも大規模な量的緩和政策が実施されることになった。昨年4月の異次元金融緩和は、遅ればせながらもようやく開始された本格的な量的緩和政策である。

不良債権問題に長年苦しんだ経験を持つ日本国内の金融関係者の多くは、住宅バブルの崩壊の結果として発生するアメリカの長期不況は必然と考えていたであろう。しかし、アメリカは日本よりもはるかに早く、同時に国民負担額がゼロのまま、不良債権問題の解決をほとんど完了しようとしている。アメリカには、経済格差などの様々な未解決の問題が多数存在していることは、間違いない。それでも、住宅価格を短期間で反転上昇させることにより、速やかに不良債権問題を解決することには成功した。日本国内で依然として多数を占める反リフレ派、金融政策無効論者たちは、この事実から謙虚に教訓を学ぶべきである。

量的緩和という政策は、デフレ退治以前に、地価の上昇を通じた不良債権問題の解決にこそ使われるべき政策であった。開始の時期が遅すぎたため、現在では、異次元金融緩和を実施しても、経済を長期の高成長路線に復帰させることは不可能になってしまった。その間、あまりにも多くのものを失いすぎ、取り戻すことが不可能になってしまっているのだ。異次元金融緩和は、20年早く実施されなければならない政策であったのである。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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