雇用の流動化による生産性と成長率の劇的な低下

日本の雇用に、誤った方向への大移動が発生し、日本経済の成長率を大きく引き下げてきたことについては、今までに何度も書いてきた。12月25日に、2012年度の国民経済計算確報が発表され、2011年度の統計にあった不備が解消された。その新しい統計を使って、もう一度その内容を説明したいと思う。

「雇用の流動化を進め、生産性の上昇率の低い分野から生産性の上昇率の高い分野へ、成熟産業から成長産業へ雇用を移動させ、経済全体の成長をはかるべきだ。」という考え方が広まっている。しかし、この考え方は、現実の経済で何が起こっているかを全く理解していない誤った考え方である。こうした誤りを少しでも正すために、説明を繰り返すことにする。

国民経済計算では、全産業を、「産業」、「政府サービス生産者」、「対家計民間非営利サービス生産者」の3つに大分類し、その下に中分類で15分類、小分類で28分類に分けている。その中から主要な24業種を選択し、産業別実質GDPの1994年-2012年の推移のグラフを下記に示す。


実質GDP

実質GDPの上昇率がずば抜けて高いのは「製造業 電気機械」である。理由は、過去10数年間の技術革新が、ITを中心とする電機産業に集中していたからである。技術革新はあらゆる部門で存在するが、経済成長に大きな影響を与えるほどの大きな技術革新は、IT産業、電機産業部門に集中していた。いわゆるIT革命のハードの分野である。この分野は、実際の生産性の上昇と、製品の性能が飛躍的に向上し、製品の質的な上昇も、生産量の上昇に換算されて、実質GDPの上昇に貢献してきた。電機産業に大きく離れて2位となったのは、「情報通信業」である。この分野は、IT革命のソフト・サービス部門である。この分野がハードほど上昇していない理由は、ソフトという製品が持つ特別な性質のためである。ハードの場合、価格がゼロで売買される物は、ほとんど存在しない。ソフトの場合、フリー、すなわち無料であるものが多い。どんなに素晴らしいソフトを開発しても、フリーで配布すれば、GDPの増加金額はゼロである。フリーソフトは、消費者の利便性向上に非常に大きく貢献してきたが、所得を生まない限り、GDPの増加として認めるわけにはいかない。広告を掲載した場合、広告収入を手にすることができるが、広告収入の金額は、GDPを大きく動かすような金額にはならない。また、有料ソフトの場合、たえず性能の向上が続いているが、ハードと異なって、生産量の上昇に換算して計算するのも不可能である。IT革命のソフト部門は、ハードと両輪で経済の成長に大きく貢献してきたのは事実である。しかし、GDPを尺度にした場合、生産量の上昇に、ハードほど貢献することはできないのである。実際、日本の場合、情報通信産業の増加の多くを占めるのは、ソフトではなく、通信産業の増加分であり、携帯電話の通信料というサービスに属する部門の増加である。

次に、産業別就業者数の推移のグラフを下記に示す。


就業者数

全体の就業人口は減少しつつある。その中で比較的大きな増加率を示しているのは、「サービス業」と、「情報通信業」である。

次に、産業ごとの実質GDPを就業者数で割った、産業別一人当たり実質GDPの推移のグラフを示す。


労働生産性

産業別一人当たり実質GDPというのは、産業別の労働生産性と言い換えることができる。「製造業 電気機械」の生産性の上昇が、他を圧倒している。それ以外に上位に来ている産業も、製造業が多い。

上記のグラフにある1994年と2012年の数字から、労働生産性の上昇率を計算し、その期間の就業者数の増減数、2012年の就業者数を並べて比較する表を下記に示す。


集計表f

表に余裕があるので、産業の分類を24業種ではなく、大から小までの分類を30業種に分けて掲載した。

繰り返しになるが、電気機械の生産性の爆発的な上昇と、それを含む製造業の生産性の大幅な上昇が目立つ。一方、そうした爆発的な生産性上昇を示す電機を中心とする製造業は、就業者の数も大幅に減少している。その一部は、生産性の上昇率が比較的高い情報通信産業に流れているが、圧倒的に多くが流れて行く先はサービス業である。1994年-2012年の19年間に、製造業の就業者数は411.4万人減少し、全産業の就業者数は261.5万人減少している。しかし、サービス業は、就業者数は452万人も増えている。しかし、サービス業の生産性上昇率は、19年間にわずか2.1%でしかない。労働力調査などの他の統計から推測すると、サービス業の就業者数の増加分の多くは、医療・福祉産業であると考えられる。

過去19年間の労働市場で発生した大規模な変化は、生産性の上昇率が爆発的に上昇してきた電気機械を中心とする製造業から、生産性がほとんど上昇しないサービス業への雇用者の大移動である。日本は、生産性の上昇率が高い産業から、生産性のほとんど上昇しない産業へ、雇用を大規模に移動させてきたのである。その結果、経済全体の生産性、あるいは潜在成長率を大きく低下させてきたのである。政府は、この劇的な生産性上昇率の低下を食い止める努力をしなかった。経済成長戦略が繰り返し叫ばれたが、実際に行われた政策は、経済成長率低下の放置戦略でしかないものが多かった。

次に言えることは、電機を中心とする実質GDPが爆発的に伸びている成長産業から、実質GDPは増えているものの、その伸び率は電機産業などに大きく劣るサービス業へと労働者を大量に移動させてきたことである。「成熟産業から成長産業への雇用の移転が必要」と繰り返し叫ばれてきた。しかし、実際に起こってきたことは、爆発的な成長率を示した電機などの製造業から雇用者を追い出し、成長率が低いサービス業へと雇用者を大規模に移動させてきたのである。超少子高齢化社会を迎え、今後、医療・福祉などのサービス業が成長するのは確実である。問題は、その成長率である。医薬品産業では、画期的な新薬の登場が減少しつつある。しかも、その数少ない新薬の開発に莫大な費用がかかるようになった。バイオ・医薬品産業のイメージは、日進月歩の技術革新である。ところが、急激な技術革新はあっても、それが最終製品の完成にまで、ごく一部しか到達できていないのである。その結果、新薬が登場した場合、その価格が大幅に上昇するという現象が広まっている。iPS細胞を使った治療が広まる可能性は高いと思うが、その普及には10年単位の時間が必要であろう。また医療機械では、技術革新は進んでいるが、IT産業と違って市場が分断されているので、生産コストが高止まりしたままである。その結果、医療費の全体的なコストは上昇傾向にある。高齢者の増加と医療費自体の価格上昇により、医療・福祉産業は、今後も成長し続けることは間違いない。しかし、その成長率は、人口増加率プラスアルファにすぎない。電機産業は、1994年-2012年の19年間に、541%という爆発的な成長率を示した。このような爆発的な成長を、将来の医療・福祉産業に期待することは、100%不可能である。日本が行ってきたことは、爆発的に成長する電機産業などの製造業を成熟産業と決めつけて破壊し、低い成長率しか期待できないサービス業を成長産業と位置付け、その振興をはかってきた。これは日本経済の衰退加速化政策である。

そしてより重要なことは、電機を中心とする製造業は、税金創出産業であり、医療・福祉などのサービス業は、税金消費産業であるということである。税金創出産業が次々と崩壊し、雇用者が税金消費産業へとどんどん移動していく。その結果、日本政府の歳出は増えるが、歳入は増えず、財政赤字が慢性的に拡大する結果となってしまった。高齢化の進展により医療・福祉産業を成長させれば良いと考えている人は多いが、それは不可能なのである。医療・福祉産業というのは、税金消費産業であり、寄生産業である。他に大きな税金創出産業があって初めて成立する産業なのである。アフリカなどの貧困国には、無限の医療・福祉に対するニーズが存在するが、そのニーズに答えることができない。それは、アフリカなどの貧困国の税金創出産業が非常に弱いからである。日本が進んでいる道は、このアフリカなどの貧困国への道であるのだ。

諸悪の根源は、雇用の大規模な流動が、望ましい方向と正反対に発生し続けてきたことである。現在、雇用の流動性を高め、生産性の上昇率の低い産業から高い産業へ、成熟産業から成長産業へと移動させることは、日本経済の重要な成長戦略だと言われている。冗談もいい加減にしてもらいたい。日本の雇用は、過去においてすでに、大規模な流動化が発生してきたのである。問題はその流動化が、生産性の上昇率の高い産業から低い産業へ、爆発的な成長産業から緩やかな成長産業へと、望ましい方向と正反対に発生し、日本経済の衰退と没落に大きく貢献してきたことである。その認識を持たずに、「雇用の流動化は経済成長率の上昇につながる」という誤った神話を信じる人が多すぎる。経済の自由化が経済問題の解決に役立つ局面はいくつもあることは認める。しかし、雇用の誤った方向への移動という問題を、自由化によって解決することは不可能なのである。

岩盤規制の撤廃という目標を掲げて、雇用を流動化させることは、良い悪いの問題以前に、意味のない政策である。現在、早急に必要とされる政策は、すでに流動化している雇用の誤った移動の方向を、正反対に逆転させることである。生産性の上昇率が低い産業から生産性の高い産業へ、緩やかな成長が確実な産業から爆発的な成長が期待される産業へ、税金消費産業から税金創造産業へ雇用を移動させることである。この場合、サービス業が超人手不足になるのは見えている。サービス業の効率化、生産性の上昇を、困難ではあるが、強力に推進する必要性も同時に存在する。

安倍政権の成長戦略には、電機を中心とする製造業を立て直す政策があまり存在しない。産業振興策は、農業や医療などの産業を重点的に取り扱っている。農業や医療の振興策は必要であるが、それだけでは、日本経済は復活することができない。爆発的な生産性の上昇率と成長率を持つ電機を中心とする製造業を復活させなければ、日本経済の再生はありえない。製造業の中でも、特に電機産業は、成長産業であっても、比較優位と、規模の経済が失われてしまったものが多い。低賃金のアジア諸国との競争に勝つことは困難な部門が存在するのは事実である。その結果、「電機を中心とする製造業の成長あきらめ派」がいつの間にか多数派になってしまった。

何度も繰り返し主張してきたことだが、日本の電機を中心とする製造業の崩壊の半分は、運命としてあきらめるしかないが、半分は政府の政策の失敗が原因であり、避けることができたし、避けなければならなかったものであるのだ。日本周辺のアジア諸国は、大規模な自国通貨安誘導政策を実施し続けてきた。その結果として生じる超円高・アジア通貨安の結果、日本の電機を中心とする製造業はボロボロになってしまった(*1)(*2)。日本政府が、超円高・アジア通貨安を放置し続けなければ、すでに崩壊してしまった製造業の半分くらいは、崩壊を避けられたはずである。あきらめるしかない分野は、競争相手が、低賃金の中国である最終製品の組み立てや労働集約型部品製造の何割かである。一方、競争相手が韓国、台湾である産業は、長年にわたる超円高、韓国ウォン、台湾ドル安誘導政策がなければ、その大半が敗北することはなかったのである。従って、依然として続く円高、韓国ウォン、台湾ドル安を、完全に是正することにより再生が可能な分野が存在している。その例として、半導体等電子部品の何割かがあげられる。現在、日本の国内の半導体等電子部品産業は、過去の超円高で大打撃を受け、回復不能の状態に陥っている企業もある。超円高により一度破壊された半導体等電子部品産業を、円高是正だけで完全に再生させることはできない。それでもあきらめてはいけない。しかし、日本周辺のアジア諸国の大規模な自国通貨安誘導政策という為替操作を認識していない多くの人たちは、日本の製造業は、低賃金のアジア諸国との競争に勝つことはできないと決めつけ、「電機を中心とする製造業の成長あきらめ派」の立場をとる人が増えている。低賃金の原因として、大規模な為替操作の存在があることが見えていないため、このように考えるしかないのである。そして、今後は、製造業から、将来の成長が期待できる医療や福祉などのサービス業の成長に力を入れるべきであると主張する。しかし、この戦略は、先に述べた通り、税金創造産業を潰し、税金消費産業だけの成長を目指すわけであるから、日本経済破壊戦略であるのだ。

昨年の11月から超円高の是正が行われたことは評価できる。しかし、その先の成長戦略が存在しない。長く続いた超円高でボロボロになってしまった電機を中心とする製造業を再生させることは、困難であるが、不可能ではない。私が今までに提案してきた政策は、超円安誘導(*3)、半導体産業への大規模支援(*4)、ロボット技術の海外流出の禁止(*5)などである。電機を中心とする製造業を見捨ててはいけない。必ず立ち直らせなければならない。生産性の上昇率が低い産業から生産性の上昇率の高い産業へ、緩やかな成長が確実な産業から爆発的な成長が期待される産業へ、税金消費産業から税金創造産業へ雇用を移動させるようにしなければならない。現在必要な政策は、雇用の誤った流動化の方向を逆転化させるという政策である。この困難な問題を解決できたならば、その後、初めて、雇用の流動化自体が意味のある政策になりうるのである。


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