アメリカQE1、QE2、QE3の効果
まずは、QEという政策の核心部分である、FRBのバランスシートと資産内訳の推移のグラフを下記に示す。

以前、説明した通り、QE1は、必ずしもバランスシートの拡大を伴わなかった。しかし、QE2、QE3においては、バランスシートの明確な拡大を見いだすことができる。
次に、マネーストックM2の推移のグラフを下記に示す。

QEの期間、マネーストックの増加率が増えたのは、QE2の期間だけであり、QE1、QE3の期間は増えていない。QE否定論者の中には、マネーストックの伸び率が低いことを根拠にして、QEに効果がないと批判する人がいる。しかし、このような批判者は、QEという政策を、古いマネタリズムの教義の枠内でしか理解することのできない人たちである。QEは、マネーストックと無関係ではないが、直接的な関係は薄いことを理解しなければならない。
次に、中長期国債の金利の推移のグラフを下記に示す。

QEの間、中長期の金利はやや上昇している。QE3の期間では、2013年5月からの金利上昇が目立つ。これは、5月の始め頃に、FRBが、将来、QE縮小を開始するであろうとの予想が現れ始めたからである。その少し後の5月22日に、バーナンキ議長が、QE縮小を初めて示唆している。QEが金利を引き下げる効果があるとは言えないが、金利を引き上げる効果があるとも言い切れない。QEと金利の関係は複雑、としか言えないのが現状だと思う。
次に、代表的な資産価格である株価と住宅価格の推移のグラフを下記に示す。

QEが、株価と住宅価格という資産価格を引き上げる効果があったことを、見いだすことができる。QE2では、住宅価格の下落を止めることに失敗している。それを除けば、QEが、資産価格の下落を食い止めたり、上昇に向かわせたりする効果は大きかったと断言できると思う。
次に、為替レートの推移のグラフを下記に示す。

以前の記事(*1)では、QE1、QE2がドル安を引き起こし、その結果、対外純輸出は増加したと書いた。しかし、QE3では、ドル安は発生していない。一方、日本では、QE3開始から2ヶ月ほど遅れて、アベノミクスによる量的緩和強化の予想から、円安という大きな効果が発生している。
次に、消費者物価上昇率(CPI)の推移のグラフを下記に示す。

CPIの引き上げ効果は、QE1、QE2では、商品価格の高騰の影響を通じ、ある程度、存在した。しかし、QE3においては、バーナンキ議長も認めている通り、CPI引き上げの効果は現れていない。
次に、失業率の推移のグラフを下記に示す。

アメリカでは、多くの国と異なり、FRBが物価の安定だけではなく、雇用の最大化も目指さなければならないという法的義務を課されている。実際、バーナンキ議長も、雇用の拡大のためにQEを続けるという決意を何度も述べている。QEは、失業率の上昇阻止、低下に、貢献してきたとものと思われる。
ところが、現在のアメリカでは、失業率の低下が、必ずしも雇用の最大化につながっていない。 就業率の推移を示すグラフを下記に示す。

アメリカでは、グラフの赤茶色で示した年齢16歳以上の就業率か、あるいは分子を就業者ではなく、労働力人口にした労働参加率を見ることが多い。これは、アメリカには、雇用における年齢差別禁止法という法律が存在するためである。しかし、アメリカ社会も、日本ほどではないが、高齢化が進行しており、高齢者の就業率は大きく低下する。従って、グローバルスタンダードである生産年齢人口(16歳-64歳)の就業率をOECDのサイトから引用した数字が、グラフの濃紺色の線である。
このグラフを見ると、生産年齢人口の就業率上昇は、非常に鈍い。これは、多くの失業者が職探しを諦めてしまっているからである。ただ、アメリカでは、雇用の絶対数は、日本よりもはるかに速いスピードで増えている。問題は、雇用の増加率が、人口の増加率を、直近においても、ごくわずかしか上回っていないことである。この問題は、バーナンキ議長を悩ませてきた問題であり、次期イエレン議長も、しばらくは悩まなければならない問題となり続けるであろう。
次に、鉱工業生産指数の推移のグラフを下記に示す。

経済の体温を適切に表す指標を1つだけ上げるとすれば、日本では、鉱工業生産となるであろう。アメリカでは雇用統計の方が重視されるが、鉱工業生産も、重要統計であることに変わりはない。鉱工業生産は、11月に住宅バブル崩壊前のピークを上回り、過去最高を記録した。この回復にも、QEは貢献したものと考えられる。
次に、新設住宅着工件数の推移のグラフを下記に示す。

先に示した住宅価格と同様に、回復はしているものの、水準は低い。しかし、住宅価格にしろ、住宅着工件数にしろ、水準が低いことが問題と考えるべきではない。将来、まだいくらでも伸びる伸びしろがあると考えるべきであろう。日本と異なり、アメリカは人口が増え続けているのである。住宅価格、住宅着工件数は今後も上昇し続け、近い将来においても、アメリカ経済の力強い回復の牽引力となり続ける可能性が高い。
次に、すべての指標を総合した実質GDPの推移のグラフを下記に示す。

QE1の実質GDPの引き上げ効果は、明確に見いだすことができる。しかし、QE2、QE3では、表面上は、それほど明確な実質GDPの引き上げ効果を見いだすことはできないと思われる。
以上、アメリカの主要な経済指標を見てきた。その中で、QE3の効果は、どのように評価できるであろうか。目立った効果は、株価と住宅価格の上昇である。それ以外で、鉱工業生産なども回復しているが、QEが行われていない時期にも伸びている。従って、QE3の効果が大であるとは断言できない。
それでは、QE3は、資産価格の上昇以外に効果がなかったのであろうか。悪い言い方をすれば、資産バブルを引き起こす効果しかなかったのであろうか。その答えは明らかにNOである。財政赤字の推移を示すグラフを下記に示す。

単月の財政赤字は、変動が非常に大きいので、過去12ヶ月、つまり1年間の財政赤字額を合計してグラフ化した。QE3が始まって以降、財政赤字は急速に縮小しつつある。
アメリカでは、議会のねじれの影響で、「決められない政治」が続いているとも言われる。しかし、議会全体で一致している点は、財政赤字の削減である。ただ、削減のための手段が異なっていた。オバマ大統領と民主党は、主として高額所得者に対する増税の実施を柱にしていた。一方、下院を支配する野党共和党は、社会保障費の削減を柱にしていた。この両者の激突で、2012年の終わり頃、アメリカ経済は財政の崖から突き落とされるかもしれない、という予想が広がっていた。両者の妥協が成立しなかった場合、年間5000億ドル前後の強制的な財政赤字削減策が実施され、その結果、アメリカ経済は、再び景気後退に突入するかもしれない、という心配であった。民主、共和がギリギリで妥協案を成立させ、財政の崖を回避できた、というのが常識的な理解だと思う。
しかし、両者の妥協の結果、いくつもの財政赤字削減策が実施に移され、実際に、財政赤字は大きく減少したのであった。QE3の直前の2012年8月末から2013年11月末までの15ヶ月間の財政赤字削減額は、6100億ドルにものぼる。年率にすると、4900億ドルである。この金額は、財政の崖による年間の財政赤字削減額に近い金額である。対GDP比で2.9%、日本に当てはめれば、1年間で国家の財政赤字額を14兆円前後削減したのである。アメリカ経済は、財政の崖を回避したのではなかった。与野党間の妥協により、大規模な財政赤字削減策が次々と実施され、財政の崖からころげ落ちるのと大して変わらない不況圧力を、アメリカ経済は受けていたのである。
にもかかわらず、アメリカ経済は崖から落ちることはなかった。その理由は、QE3が、アメリカ経済の景気回復力を、強力に下支えしていたからである。QE3という景気刺激策がもたらした税の自然増収と、増税、歳出削減による財政赤字削減額が、年率で4900億ドルにも達し、景気回復と財政赤字の大幅な削減という結果につながったのである。
経済の成長、財政再建の2つの問題を同時に解決することは非常に難しい。アメリカでは、QE3という大規模な量的緩和策と、議会における財政赤字削減策の実施により、その2つを同時に解決することに成功しつつある。これこそが、QE3の最大の成果と言うべきである。ただ漫然とアメリカの景気指標を眺めるだけでは、QE3の効果を見いだすことはできない。QE3は、見えにくいところで、大変大きな効果を発揮していたのである。大規模な財政赤字削減という不況促進策が実施されていなければ、QE3によるアメリカ経済の刺激策の効果は、統計上に、もっと分かりやすい数値の形で現実化していたはずであるのだ。
日本は、このアメリカのQE3の成果から、今まで以上に学ばなければならない。日本では財政赤字削減を強く主張する政党がなく、バブル崩壊後、財政赤字は傾向としては拡大する一方であった。日本でも、財政再建を強く主張するエコノミスト、経済学者は存在する。しかし、その多くは構造改革派であり、量的緩和を、無意味、あるいは有害と考える人が多数派だと思う。増税、歳出削減、いくつかの構造改革も必要であろう。しかし、本当に財政再建を成功させるためには、大規模な量的緩和策が前提として行われることが、必要最低限の条件であるのだ。
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アメリカの量的緩和政策(*1)