量的緩和の出口戦略 増税、増税、増税 !

量的緩和政策に対する批判はいくつもあるが、その中で、過去1年間、一貫して行われている批判がある。それは、量的緩和の出口戦略についてである。たとえ予定通り2%のインフレが実現できたとしても、その後の出口戦略の段階で、日銀は大変な苦労をするだろう、あるいは、出口戦略時に日本経済は無茶苦茶になるであろう、といった批判である。出口戦略破綻派とでもいう考え方である。

日銀の黒田総裁は、従来、出口戦略を語るのは速すぎる、と具体的な出口戦略を語るのを避けてきた。ところが、11月22日、衆議院財務金融委員会で初めて出口戦略について語った。

「具体的な手段については保有国債の償還や、各種の資金吸収オペレーション、付利である補完当座預金制度の適用金利の引き上げなどが考えられる」

上記の発言は、通説的見解である。しかし、問題点をいくつも含む政策でもある。反リフレ派はその問題点を誇張して宣伝する。その一つに、2%を超えたインフレが発生すると、インフレの進行が止まらなくなる、という根拠のない主張をするのである。しかし、実際には、2000年以降の最近の例を見ると、スイス、香港、台湾などの中央銀行が、バランスシート、マネタリーベースを急激に拡大させたことがあるが、2%を大幅に上回るインフレは発生していないのである(*1)。ハイパーインフレが発生した例としては、ジンバブエがあるが、金融政策以前に、経済の供給サイドの崩壊という大元の原因が存在していた。

量的緩和の結果、高率のインフレが発生する可能性は非常に低い。しかし、高率のインフレが、絶対に発生しないわけではないので、その場合のことも頭に入れて、金融政策を実施しなければならない。

例えば、2%のインフレを達成した後、インフレ率が、2%から翌年に2.1%、翌々年に2.2%くらいの速度で進行するのであれば、保有国債の償還という、2006年に採られた、緩やかな引き締め政策だけで十分である。しかし、インフレ率が、2%から翌年に3%、翌々年に4%くらいの速度で進行するのであれば、もう少し厳しい金融引き締め策が必要になる。その場合、超過準備(補完当座預金制度)に対する付利の引き上げか、資金吸収オペか必要、というのが通説的見解である。付利の引き上げは、日銀から銀行へ利息分を与えるわけであるから、日銀にとっては損失となる。資金吸収オペは、国債の売現先、国債の売却(短期国債、CP、社債の売却なども含む)の2通りの手段がある。売現先の効果は、付利の引き上げと似た効果を持つ。国債の売却の場合は、日銀に国債売却損という実現損が発生する。付利の大幅な引き上げや国債の大量売却を実施した場合、日銀の決算は赤字になるであろう。赤字決算が続けば、いずれ債務超過になる。日銀の場合、債務超過になっても、倒産することはない。

2%のインフレが発生し、その後もグングンとインフレ率が上昇したため、日銀が、付利の大幅な引き上げと国債の大量売却という金融引き締め政策を行ったと仮定する。その結果、ある程度の時間が経った後、インフレ率が2%程度まで低下したならば、日銀は付利を大きく引き下げ、国債の売却を停止することができる。この場合、かなり長期の間、日銀は通貨発行益(シニョレッジ)を獲得することができず、日銀の国庫納付金がゼロの期間が長く続く。日銀の国庫納付金のゼロが続く場合、従来ならば獲得できた国庫納付金による収入分を、政府は、増税をするなどして、別の財源を探す必要が出てくる。このため、反リフレ派は、この部分を取り上げて、量的緩和の出口戦略を実行する局面に入ると、国民の負担が増えると主張する。私は、その主張は、正しくないと思う。付利の引き上げや国債の売却の際、日銀が、銀行や国債の投資家に対して、一種の補助金を与えたわけであるから、それに等しいだけ、国民の誰かが、増税などの形で、負担しなければならない。負担だけが発生するのではなく、利益も発生するのであるから、差し引きはゼロである。

ただし、この政策には別の問題点がある。問題点の第一は、出口戦略の際、ネットの負担はゼロだとは言え、受益と負担の主体が異なるため、所得分配を歪める効果は避けられないことである。第二は、出口戦略の際、金融引き締めを行うわけであるが、その際、補助金を銀行や国債の投資家に与えているので、金融引き締め、財政支出の拡大を同時に行っていることになり、金融引き締めの効果が弱くなることである。このような欠点があるので、私は、付利の大幅な引き上げや国債の大量売却という政策は、非常に筋の悪い政策であると考える。

加えて、出口戦略の実行時に、日銀が債務超過にでも陥ったら、経済的な影響を横に置いたとしても、政治的には日銀の債務超過に対する責任の声が高まり、日銀総裁が政治的に袋叩きにあうことは目に見えている。債務超過の前に、日銀の決算が赤字になっただけでも、政治的に大きな非難を受けるであろう。黒田総裁も、日銀の債務超過は言うまでもなく、民間企業の純利益に相当する日銀の剰余金を赤字にまでして、インフレを引き起こし、そして食い止める覚悟はできていないようである。

黒田総裁をはじめとする日銀執行部は、通説的な出口戦略しか持ち合わせていない。従って、今後、量的緩和を強化した場合、インフレが進行し、場合によっては、日銀の決算が赤字となり、その後、債務超過となるリスクを負いたくないようである。だから、金融緩和の強化が必要な時にも、金融緩和の強化を実施することができないのであろう。これは、黒田総裁の白川総裁化現象である。

日銀が通説的な出口戦略しか持ち合わせていない場合、将来の債務超過を覚悟してまでも、現在、必要な金融緩和の強化を実施する覚悟のある総裁や審議委員は、ほとんどいないと思う。中央銀行の債務超過の経済的影響については、長くなるので別の機会にしたいと思う。その前に、根本的に間違っているのは、黒田総裁が国会で述べた、通説的な出口戦略の方なのである。

インフレを抑制するためには、通常は、金融引き締めという政策が採られることが多い。しかし、金融引き締めが、唯一のインフレ抑制策ではない。他にも政策が存在する。それは、財政政策である。財政政策によるインフレ抑制政策が最も大きな効果を発揮したのは、1949年のドッジ・ラインという政策である。

ドッジ・ラインの中心は、超均衡財政の実現である。超均衡財政と呼ぶ理由は、財政赤字を無くし、均衡財政に戻しただけではなく、債務償還も含めて財政を均衡化させたからである。たった1年間で、財政を、大幅な赤字から大幅な黒字に転換させたのである。第二次世界大戦後に発生したハイパーインフレは、ドッジ・ラインの少し前から鎮静化の兆しを見せていたのであるが、超均衡財政により、一挙にデフレへと転換したのであった。この時、金融政策は、量的には、現代用語で言うところのテーパリングの状態にあった。一方、金利については、超均衡財政の開始からしばらくして、発生しつつあるデフレ不況を食い止めるために、いくつかの規制金利の引き下げを行っていた。ハイパーインフレは、金融引き締めではなく、超均衡財政の実現によって、終結したのであった。しかし、この直後、日本経済は深刻な不況に陥り、1950年に朝鮮戦争が勃発していなければ、戦後の日本経済は、異なった歩みをとげていたであろう。

財政政策を利用したインフレ抑制という政策は、現在でもなお、有効である。終戦直後と同様に、現在の日本政府も、毎年、巨額の財政赤字を出している。2%を超えるインフレが発生した場合、金融引き締め政策を発動すべきではない。財政赤字の削減の方が、インフレ対策として重要である。1949年の時のような「超均衡財政」は、ハイパーインフレが発生していない状況では、採用すべきではない。しかし、漸進的に財政赤字を削減していくことは可能であり、同時にそのようにすべきである。

私の考え方は、(*2)で詳しく述べた通りであるが、もう一度別の角度から説明することにする。量的緩和の出口戦略の柱は、増税にすべきである。通説的な付利の引き上げや国債売却は、先に述べた通り、いくつかの問題点があるので、採用すべきではない。

まず、2%を超えるインフレと名目GDPの上昇が発生している場合、経済に何が起きているかを説明する。GDPから減価償却費などを差し引いた国民所得は、賃金、利潤、利子の3部門に分解できる。日本の国民経済計算では、賃金を主体とした雇用者報酬、利子を主体とした財産所得、企業の利潤を主体としたとした企業所得の3部門に分かれている。インフレが発生し、名目GDPが上昇した場合、賃金、利潤、利子のどれかが必ず増加する。出口戦略の前に、インフレ率が2%を超えて上昇し、名目GDPも上昇した場合、必ず賃金、利潤、利子のいずれかか、あるいはその全てが増えるのである。長期で見た場合、インフレ率が上昇して、同時に名目GDPが上昇した場合、インフレ率と一番連動して増えるのは、賃金である。日本の消費者物価と賃金の上昇率を表すグラフを下記に示す。


消費者物価と賃金

完全とは言えないが、大体は連動している。ただし、バブル以前は、実質GDP成長率が高かったため、賃金マイナス消費者物価上昇率である実質賃金の上昇率が高かったが、最近では実質GDP成長率の低下を反映して、実質賃金はほとんど上がらなくなっている。もう一つ、何度も使ったことがあるが、労働分配率の推移のグラフを下記に示す。

労働分配率

国民経済計算ベースでの労働分配率は、雇用者報酬/国民所得の数字である。最新の数字が2011年と古いので、それに類似した法人企業統計ベースでの労働分配率をも示した。2012度の時点において、労働分配率は高くも低くもなく、ほぼ適正水準であった。しかし、昨年11月14日に、当時の野田総理が衆議院解散を表明して以降、円安が進行し、今年の6月以降、デフレからインフレへの転換が実現している。円安とインフレ進行の結果、雇用者報酬が増えない中、企業所得が増えているので、足元では、労働分配率は低下しているはずである。

現在では、主として輸入品価格の上昇によりインフレが発生し、一方、賃金は上昇していない。従って、実質賃金の上昇率はマイナスである。しかし、この状態は一時的なものである。景気回復とインフレ率の上昇が続く場合には、雇用者報酬もラグをおいて必ず上昇するはずである(*3)。現在のインフレは、円安を原因とする輸入インフレである。しかし、輸入インフレは、円安の進行が止まれば、鎮静化する。

将来、インフレ率が2%を超えて上昇する場合、その時には、輸入インフレから賃金インフレへと転換している可能性が高い。そのインフレを、金融引き締めで抑え込むのが、普通の政策である。私は、所得税の増税により、インフレを抑え込むのが一番望ましいと考える。仮に、企業が労働者に分配することなく、利潤だけが増加し、その結果、インフレが進行した場合には、法人税を引き上げればよいのである。インフレ率が上昇し、その結果、名目GDPが上昇する場合、日本国内で誰かの所得が上昇しているはずなのである。インフレ率が2%を超えてグングン上昇し、同時に名目GDPも上昇する場合、所得が増えた主体、すなわち賃金に対して、場合によっては企業の利潤に対して、税金を引き上げればよいのである。

そしてまた(*2)において、増税が不動産バブルの抑制にも有効であることを示した。前回のバブルの時は、バブルが崩壊し始めた後の1992年に地価税が導入された。タイミングとしては、あまりにも遅すぎであり、最悪であった。次回は、不動産バブルが始まったと認識できれば、すみやかに不動産に対する課税を強化すればよい。なお、株については、増税の余地はあるが、小さいので、ある程度のバブルとその崩壊を覚悟する必要がある。

通常は、増税と経済成長はトレードオフの関係にあり、双方を追求することは、非常に困難である。しかし、これからの日本で、インフレ率と名目GDPの双方が上昇し始めた場合、インフレ率の上昇で利益を獲得する人たちに対する税金を増やし、インフレを抑え込み、同時に財政再建にも貢献することが可能となる。1990年以降、インフレ率の上昇が発生したことはある。しかし、そのインフレは、名目GDPの成長を伴わないインフレであった。今回、2%超のインフレが発生し、なおかつそれ以上に名目GDPが上昇すれば、財政再建を実施するチャンスの到来になる。

2%を超えるインフレが発生した場合、そのインフレの進行を止めるのは、日銀の役割ではなく、政府の役割にしなければならない。2%を超えるインフレが発生した場合、あるいは資産バブルが発生し始めた場合、政府が、インフレやバブルで利益を獲得する人たちに増税をすると宣言し、その準備をすべきなのである。出口戦略を日銀に任せてはならない。出口戦略の時期こそが、増税が不況をもたらさない数少ない機会であるからだ。インフレ率が中長期で見て3%を超えて進行した場合は、日銀ではなく、政府がインフレ抑制の責任を負うと宣言すべきである。そうすれば、日銀は異次元金融緩和とは何次元も異なる金融緩和を追加して実施することが可能になる。ただ、増税の場合、増税法案を作成し、国会で成立するまで時間がかかり、金融政策のような機動性がないという欠点がある。従って、インフレ率の上限を厳密に3%とすべきではない。上限の3%は中長期的な目標にとどめ、一時的にインフレ率が5%くらいまで上昇するのは、容認すべきである。

政府債務の残高が1100兆円を超えているが、政府債務の削減の展望は、ほとんど描かれていない。財政再建のためには、ハイパーインフレが不可欠であると言う人もいるし、消費税の税率を30%にまで引き上げなければならないと主張する人もいる。どちらの政策を採用しても、実質GDPという日本経済の成長率を大きく引き下げることを避けることはできない。加えて、最初に指摘したように、2%のインフレ率が実現した後、その後もグングンとインフレ率が上昇してくれれば、増税という財政再建策を発動することが可能になる。しかし、実際には、2%のインフレ率が達成できても、その後もグングンとインフレ率が上昇する可能性は低い。加えて、すでに決定済みの消費税増税も存在する。可能性としては、財政再建が可能なほどには、インフレ率が上昇してくれない可能性が非常に高い。出口戦略破綻派が期待する、際限のないインフレの発生が実現してくれればよいのであるが、実現してくれない可能性が非常に高いのである。

そうした事態を避けるためには、もっと踏み込んだ、攻めの財政再建策が必要である。まず、日銀は、2%のインフレ目標を取り下げるべきである。代わりに、ハイパーインフレの発生も可能なくらい、猛烈に国債などの資産を買いまくるべきである。そして政府は、インフレやバブルを無理して押さえつけるために、大規模な増税を繰り返すのである。日銀はアクセルを踏みまくり、政府はブレーキをかけまくるのである。日銀による無制限の金融緩和と政府による無制限の増税のポリシーミックスの実施である。このポリシーミックスにより、結果として、中長期的なインフレ率を、2-3%の範囲に誘導することができたならば、財政再建を、最小限の痛みで実現することが可能になる政策となる。こうした政策は、口で言うのはやさしいが、実際に実行に移した場合、計画通りに行かない様々な問題点が噴出するに違いない。その場合でも、そのコストは、ハイパーインフレや消費税率を30%まで引き上げる時のコストよりは、小さなものになるはずである。

2%を超えるインフレが発生したならば、付利の引き上げ、国債の売却、というのが、出口戦略の通説的な見解である。そんな筋の悪い政策を実施して財政再建のチャンスを逃すのは、あまりにも、もったいなさすぎる。終戦直後のハイパーインフレを封じ込めたドッジの政策を思いだそう。正しい出口戦略は、増税以外にありえない。「量的緩和の出口戦略は、増税、増税、増税 !」でなければならない。


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