対中貿易赤字の拡大と必要な成長戦略

日本の貿易収支の赤字が定着しつつある。(*1)で対アメリカ、対EUとの貿易収支は時間と共に改善していく可能性が高いが、対アジアとの貿易収支は時間だけでは解決せず、超円高・アジア通貨安の是正が必要であることを説明した。ところが、超円高の是正がなされても貿易収支の赤字を解消できそうもない国が存在する。それは、中国である。日本の対中貿易赤字は、このところ急激に拡大している。まず、日本の中国に対する輸出入の推移のグラフを下記に示す。

日本の対中貿易 全体

2011年3月頃から、対中貿易赤字が急速に拡大している。日本が東日本大震災に襲われた時期と一致するが、震災との関係はほとんどないと考える。なお、上記のグラフは、対香港との輸出、輸入の数字が含まれていない。従来は、香港をも加えた収支を見ると、日本と中国の貿易収支は日本側が黒字基調であった。しかし、最近では、香港を加えた収支で見ても、日本側が赤字基調になっている。

次に日中貿易を商品別に見た場合、どの商品で赤字が拡大したかを見ることにする。特に大きく悪化したのは、電気機械である。電気機械の対中輸出、輸入の推移のグラフを下記に示す。


電気機械の対中貿易

2010年の半ば頃から、電気機械の収支が急激に悪化している。その中でも特に目立った動きをした通信機器の対中輸出、輸入の推移のグラフを下記に示す。

通信機器の対中貿易

2008年頃から赤字が拡大し始め、直近は赤字額が急増している。中身の大半はスマホである。ガラケーからスマホに変わるにつれて、生産地が日本国内から中国へと大移動し、大幅な赤字を記録するようになった。

次に、半導体等電子部品の対中輸出、輸入の推移のグラフを下記に示す。


半導体等電子部品の対中貿易

ここはまだ黒字であるが、最近、急速に輸入が増え、黒字幅が縮小しつつある。私は、スマホの赤字以上に、半導体等電子部品の黒字縮小の方が問題が大きいと考えている。台湾や韓国のスマホメーカーも、スマホの生産地は、中国やベトナムなどの低賃金国家へと急速に移しつつある。しかし、半導体等電子部品の輸出が増えているため、全体の貿易収支は悪化していない。日本の場合、スマホ本体だけではなく、その部品を生産する多くの工場もまた、アジア諸国に移転しつつある。日本の電子部品産業には、完成品のスマホとは異なり、依然として競争力を維持している企業は多い。しかし、その生産地は、急速に日本国内からアジア諸国へと移転しつつある。その結果、スマホは、ごく一部の部品を除いて、大半が非日本製となり、貿易赤字の急拡大につながっている。

こうした日本の対中貿易収支が悪化した大元には、中国の極端な自国通貨安誘導政策、すなわち為替操作があった。人民元の対円での為替レートが、長期でどのように推移したかを表すグラフを下記に示す。


人民元の為替レート

中国は、1979年-1994年の15年間に、人民元の対円レートを91%下落させた。この超人民元安誘導政策こそが、中国の労働者の外貨建て賃金を大幅に低下させ、中国を世界の工場へと成長させた最大の原因である。

一方、経済成長とともに、中国では、賃金や物価の上昇も続いている。購買力平価で見た人民元の日本円に対する割安度合いの推移のグラフを下記に示す。


人民元の購買力平価

1980年-1994年まで、対円での購買力平価で見た人民元の価値は大幅に低下した。しかし、その後は、中国国内の賃金や物価の上昇、人民元レートの切り上げとともに、対円での購買力平価で見た人民元の価値は上昇しつつある。2013年のIMFの推計では、対円での購買力平価で見た人民元の価値は、37%割安であった。ただ、中国は、日本よりまだ貧しい国なので、対円での購買力平価で見た人民元の価値が、安くなるのは当然である(バラッサ=サミュエルソン効果(*2の後半を参照))。日本の半導体や液晶産業が崩壊寸前になっているのは、韓国と台湾の為替操作の結果である。そうした超円高・韓国ウォン、台湾ドル安を容認してきた財務省、日銀に大きな責任がある。しかし、スマホの場合、主な競争相手は中国である。中国の1979年-1994年の15年間における為替操作の規模は、極端に大きなものであったが、現時点での為替操作の規模は、それほど大きいとは言えない。従って、過去はともかく、現在の財務省、日銀に大きな責任あるとは言い切れない。半導体や液晶とは異なり、現時点で、為替操作がなかったとしても、スマホの生産は、日本から中国へと移っていったであろう。韓国や台湾と異なり、日本と中国との賃金格差は、為替操作の影響よりも、経済の発展段階の差から生じる影響の方がはるかに大きい。この点は、先進国として、ある程度は、運命として受け入れざるをえないのである。

このように、日本が対中国での貿易収支を短期に回復させることは、非常に困難である。しかし、中国との価格競争には勝てないというのは、運命的なものであるからといって、日本政府が何の対策も打たない現在の政策は誤りである。日本に残る競争力のある産業が、最近になって、急速に空洞化しつつある。この空洞化を防ぐために、日本は強力な規制という政策を導入することが必要である。

日本では、中国の不動産バブルの崩壊により、中国経済が危機に陥るという見方をする人が多い。一方、中国の側では、今後も経済成長が続くという強気の見方が多い。その理由として、ガーシェンクロンの後発性の利益を今後も享受することができる、という考え方があげられる。ガーシェンクロンの後発性の利益というのは、先進国よりも、後進国の方が、成長が容易である、という考え方である。例えば、先進国が、全く新しい技術を開発することは、容易なことではない。一方、後進国は、先進国から新技術を導入することは、より簡単であるからだ。中国は、鄧小平が改革、開放政策を進め、同時に人民元の通貨価値を極端に安く誘導して以降、そうした後発性の利益を、最大限に享受し続けてきた。後発性の利益を享受し続ける政策を継続すれば、今後も経済成長は可能という考え方があるようだ。多くの先進国は、世界最大の人口を有する中国市場に潜在的な魅力があると考え、その市場支配のために、中国に積極的に工場や技術を移転させてきた。中国の側も、国家主導で、巧みに先進国から技術を導入することに成功してきた。中国のエコノミストの一部は、今後も引き続き、後発性の利益を享受し続けることが可能であると考えているようだ。この点については、次に述べるように、日本政府が現在の政策を変更しないという条件を付けるならば、私も完全に同意できるのである。

日本から中国へ多くの技術が流出し、多くの日本製の製品は、中国製の工業製品に対する競争力を失ってしまった。しかし、依然としてまだ日本が優位にある製品が存在する。現在の市場規模が大きい製品としては、自動車があげられる。しかし、将来の市場規模を考慮に入れた場合、日本にとってより重要な製品は、製品の製造装置の方である。スマホの場合、製品と部品の双方の工場と技術が流出してしまい、その結果、日本国内のスマホの製造業が崩壊してしまった。しかし、スマホを作る製造装置の分野では、日本はまだ競争力を維持している。具体的には、工作機械、ロボットの分野である。特に重要なロボットについて述べたいと思う。

民生用のロボットは、衰退した日本の製造業の中で、依然として世界一の競争力を持つ数少ない製品である。しかし、日本製のロボットの生産金額は、2012年時点において、年間5300億円である。ロボット産業は、現時点では、日本経済の成長を左右するほどの大きな市場規模ではない。しかし、数十年という長期で見た場合、その市場規模は10倍、100倍にまで拡大する可能性を秘めている数少ない製品である。数十年後の数十兆円規模のロボット生産工場を、すべて日本国内で独占できるのならば、一番望ましい。ロボットの生産工場を日本国内に残すことができるか、できないかで、将来の日本人の生活水準は大きく変わってくる。将来、数十兆円の市場規模に膨れ上がるロボットだけは、何としても、生産工場を日本国内に残すような政策を、政府は実施しなければならない。ところが、ここ1~2年ほどの間に、将来のロボット生産国が、日本ではなく、中国になる可能性が、急激に高まっているのである。

以前から、ロボットの生産が、中国で行われる例は、多少は存在した。例えば、ファナックは、上海に中国企業との合弁工場を持っている。しかし、その生産品目は、本体以外の周辺システムとなっている。他の日本のロボットメーカーも、少数の例外はあるとしても、大部分は、ロボット本体を日本国内で生産し、輸出してきた。しかし、この状況が、最近、急激に変わろうとしている。

その先頭が、安川電機である。2011年12月に、ロボットの中国生産を開始し、2015年には年間6000台の生産を行うと発表した。2012年9月に尖閣諸島の国有化問題が発生し、チャイナ・プラス・ワンが叫ばれ、今後の日本の直接投資の多くは、中国以外のアジア諸国で行われるようになるという雰囲気ができてきた。ところが、2012年12月、川重が中国でのロボット生産を発表した。翌2013年1月になると、不二越が中国でのロボット生産を開始し、2015年に年間3000台生産することを発表した。6月に安川電機が2015年のロボット生産台数を年間6000台から1万2000台へと引き上げることを発表した。7月には、川重が、2020年に年間1万台のロボットの中国生産を行うことを発表した。11月の新聞記事によると、川重が年間1万台の中国生産を2020年から2017年に前倒しすることが掲載されていた。その他に、セイコーエプソンやヤマハ発動機が中国でロボット生産を開始している。これだけの生産規模でも、中国では過剰生産になる可能性があるらしい。以上は、私が気が付いただけの情報である。それ以外にも、日本から中国へロボット生産工場が移転しつつある案件はあるかもしれないし、移転の計画をしている案件はもっと多いと思う。

現在の環境下で、ロボットの生産が全面的に中国に移転することはあり得ない。旧ココム、現在はワッセナー・アレンジメントで、中国などの共産圏諸国への軍事技術の移転が禁止されているからである。1987年に、東芝機械のココム違反事件で、東芝機械の旧ソ連への工作機械輸出が、親会社の東芝をも巻き込んで、アメリカから非常に激しく非難されたことがあった。その結果、武器生産に使用される可能性があるロボットは、現在でも、中国で生産することだけではなく、輸出さえすることができない。しかし、日本の法律での規制は、それだけであり、純粋な民生用のロボットについては、以前から中国に輸出されてきたし、工場移転も可能である。

日本企業が続々とロボットの中国生産を始める理由は、中国の人件費上昇である。そのため、鴻海精密などの大規模組み立て工場に、続々とロボットが導入されるようになっているからである。スマホで言えば、製品の製造移転が完了し、部品の製造移転が大規模に進行し、最後の製造装置の製造の移転、すなわち、スマホ丸ごとの中国移転の最終段階が始まりつつあるのである。次に、その特需を獲得するために、ヨーロッパ最大のロボットメーカーであるスイスのアセア・ブラウン・ボベリ(ABB)社が中国でロボット生産を始めたからである。ヨーロッパの企業が中国へロボットを輸出するには、生産コストだけではなく、輸送費、輸送期間などの点で、日本企業に対して大変不利である。ABBが中国で日本企業に打ち勝つためには、中国でのロボット生産しか手段がなかったのであろう。すると、ABBに対抗するために、安川電機が、中国生産に乗り出すことになった。そして、他の日本のロボットメーカーが、安川電機の後を続々と追い始めているのである。

これは、ガーシェンクロンが考えていた以上に、中国が容易に獲得できる後発性の利益である。市場原理に任せていれば、規制がある武器製造に移転が可能なロボットを除いて、最終的には大半の日本のロボット生産工場が中国に移転してしまう可能性がある。

私は、中国のロボット市場の一部を、ABBや他の欧州メーカーに渡してでも、日本のロボットメーカーの中国生産を、今後、全面禁止にすべきだと考える。そもそも、中国では、直接投資の規制が非常に厳しい。中国に有利なロボットなどの工場建設なら、様々な特典付きで工場建設を大歓迎して迎え入れてくれる。しかし、中国に不要になった日本企業の工場建設には許可を出さない。富士重工が中国に自動車工場を建設しようとしても、中国政府は許可を出さない。そして、自動車の場合、中国生産企業の外資比率は、最大で50%までという厳しい規制がある。

一方、韓国や台湾の場合、先端技術を使う工場の中国移転には、政府の許可が必要である。特に、台湾は、言語も文化も共通だが、賃金だけは低い中国に対して、工場移転を自由にさせておけば、台湾の半導体、液晶などのハイテク製品の生産工場が、すべて低賃金の中国に移転してしまう恐れがあった。従って、台湾政府は、鴻海精密のような労働集約型の工場の中国移転は許可したが、半導体、液晶、電子部品などの工場で、先端的な技術を使う工場は、厳格な規制をかけて、中国への工場移転を禁止してきた。この規制は、中国とのECFA(=FTA)が締結されても変わらない。その結果、台湾の対中貿易収支は現在でも大幅な黒字を維持している。アメリカも同様である。アメリカのロボット技術は大半が軍関連である。アフガニスタンなどでは、ロボット兵器が大活躍しているが、そうした技術は、中国だけではなく、日本にも流出することはありえない。以前、インテルが先端的なMPUの工場を中国に建設することを計画したが、アメリカ政府が介入して旧世代の製品の生産工場しか許可を与えなかった。

このように、技術が中国に移転するのを政府が規制している国はたくさんある。日本だけが、規制が緩すぎるのである。日本の製造業は、超円高による高賃金が原因で劣化し、技術が続々とアジア諸国に流出してしまった。しかし、まだ、優秀な技術を有する製造業が存在する。従来の製造業、その中にはロボットのような将来性のある産業も存在するのである。そうした産業の海外流出を食い止め、将来の成長産業の柱とするような発想が、日本国内にほとんど存在しないのが大問題である。製造業=過去の産業、サービス産業=将来の産業という、とてつもなく
誤った考え方が蔓延しているのは、非常に残念である。

ガーシェンクロンの理論の通りに、今後も中国が高度経済成長を続けるか、あるいは不動産バブルの崩壊で経済が大打撃を受けるか、予想を的中させる能力は、私にはない。ただ、中国には、ガーシェンクロンの理論に基づいて、依然としてロボットなどの先端技術を日本から引き出すことができると想定し、その結果、今後も高度経済成長が持続可能であるという、日本にはほとんど存在しない意見が存在するのである。尖閣諸島などの問題で、どれほど政治的、軍事的に中国と日本が対立しようとも、ロボットなどの先端技術を持つ日本企業の中国進出だけは、常に中国政府は大歓迎するのである。

自由化や自由貿易が日本の経済成長に必要なケースは確かに存在する。しかし、それだけでは日本経済の将来は暗い。ロボットなどの数少ない優良かつ将来性のある産業は、アメリカの軍事産業並みに大幅に規制を強化して、戦略的に技術を囲い込まなければならない。民生用ロボットの製造技術は、直接的には武器の生産に使われなくとも、武器製造に応用可能な技術が多い。日本の高度な民生用ロボットの製造技術は、中国だけではなく、世界の多くの国の政府や武器製造企業が、その技術を盗み取ろうと努力を続けている。日本には、経済的だけではなく、軍事的にも重要な技術の海外移転を防止しようとする感覚が、不足していると言わざるをえない。将来の戦争は、ロボット対ロボットの戦争になるであろう。そこまでいかなくても、日本企業がスマホ製造用に中国で製造したロボットの製造技術が、中国企業に流出し、中国で武器製造用に転用される可能性はいくらでも存在するのである。民生用のロボット産業は、広い意味での武器製造業の基礎となる産業でもある。アメリカは、軍用ロボットの製造技術を囲い込み、中国どころか、日本に対しても流出させることはない。

1986年、富士通がフェアチャイルドというアメリカの半導体製造企業を、半分はフランス企業とも言えるシュルンベルジェ社から買収しようとした。しかし、アメリカは安全保障を理由にして、富士通による買収に許可を与えなかった。当時のフランスは、NATOの軍事機構から脱退しており、フランスは、アメリカと政治同盟を結んでいたが、軍事同盟を結んでいなかった。一方、日本は日米安保条約を締結する完全な軍事同盟国である。アメリカ政府は、相当乱暴な論理を使って、アメリカの半導体技術の日本への流出を阻止したのである。アメリカという国は、基本的には自由な経済活動が保障されている国だと思う。しかし、安全保障や軍事が絡むと、何でも禁止という極端に閉鎖的、保護主義的な国へと変身する。最近、
グーグルが、日本のロボットベンチャー企業を買収し始めた。重要な同盟国であるアメリカを怒らせるような政策を安易に発動すべきではない。しかし、いざという時には、たとえ相手が中国ではなく、アメリカであったとしても、ロボット技術の流出を阻止する気合と覚悟を持って、技術流出阻止の準備はしておくべきだと思う。アメリカの企業は、日本のロボット技術を保有する企業を自由に買収することができる。しかし、日本企業が、アメリカの軍用ロボット技術を少しでも保有する企業を、買収することはできないからである。

現在のような、ロボットなどの先端技術の流出を放置するような政策を続けることは、将来の日本を貧しくする道へと確実に導くことになる。仮に中国の不動産バブルが崩壊することなく、順調な経済成長をとげたとする。その場合、数十年後の日本は、ロボットが中国で生産する高価な工業製品を、買わせてもらうだけの三流の経済小国へと転落してしまうであろう。武器だけではなく、ロボット製造技術などの先端的な技術の海外への流出規制の強化は、日本経済にとって必要不可欠な成長戦略なのである。

日本の貿易収支 赤字から黒字への道(*1)
購買力平価とは(*2)
購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化



テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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