リーマンショックと財務省、日銀の責任

リーマンショックから5年以上過ぎた。日本経済新聞は「シリーズ検証・危機は去ったか・リーマンショック5年」という表題で、5年前のリーマンショックの前後に何が起こったかを、日曜版で何回かに分けて解説している。その中には、大変違和感を感じる記事がいくつもあった。特に2013年11月17日の11面の記事は、見過ごすことのできない大問題が含まれていると感じた。その記事は、歴史を振り返り、リーマンショック時に何が起こっていたかを、あらためて読者に伝えるつもりで書かれた記事だと思う。しかし、歴史として書く場合、何が起こったか正確に記述する必要がある。しかし、その記事は、あいまいな表現や、明らかに読者を誤解に導くような表現が、多数見受けられた。その中で、非常に重要な論点で、真実とは異なるとしか考えられないことが記されていたので、その点を指摘しておきたいと思う。

記事の見出しは、「日本を襲った円高デフレ」、「円売り介入 米が封じる」、「緩和競争、日銀にためらい」となっている。見出しだけを見たならば、日本は、リーマンショック直後に、急激な円高に襲われ、円売りドル買い介入を実施しようとしたが、アメリカの反対で実施できず、結果として円高が進行していてしまった、と読み取れる。その内容を説明するために、本文の一部を下記に示す。

政府は円売り介入を封じられていた。
「外需に活路を求めた米国が狙ったのは人民元の切り上げ。先進国である日本が介入すると、主張の説得力が落ちる」。
7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場で米国からクギを刺されたと、日本の当局者は証言する。財務相だった中川も生前に「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」と日本経済新聞社のインタビューに答えている。

新聞記事にしては、拙い表現になっている。一番下で、『財務相だった中川も生前に「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」と日本経済新聞社のインタビューに答えている。』という文章が、何を認めてほしいかという目的語が書かれていない。ただ、前後関係からみれば、「円売り介入」のことだと読み取れる。この発言は、いつのことに関する発言のことか。7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場であると推測できる。中川氏が参加したG7の会議は、2008年10月のワシントンと、2009年2月のローマの2回である。そして、G20の会議が、2008年10月にワシントンで、11月にサンパウロで開催されているので、そこにも出席している。この4回のどれかの会議で、アメリカは日本に介入を認めないとクギを刺したと読み取れる。ただ、こうした内容は、前後関係から意味が推測できるだけである。中川氏が何時、どこで、誰から、何を言われたかという事実関係が全く書かれていない。「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」の本当の意味を、新聞記事からは、正確に読みとることができない。しかし、普通の読み方をすれば、中川氏がG7などの会議の中で、アメリカ政府高官の誰かから、介入を認めないと言われ、その時、中川氏は、武士の情けで介入を認めてほしいと感じた、と読めるはずだ。

私は2008年10月-2009年2月の間、アメリカが日本に介入を認めなかったということはありえないと考えている。そのように確信できる事実が、多数存在するからだ。

まず、原則として、1990年代後半以降、現在に至るまで、日本は介入を単独で実施することができない。介入を実施するためには、最低限、アメリカの許可が必要である。この点が、介入による通貨安誘導で高度成長を実現した日本周辺のアジア諸国と条件が決定的に異なっており、日本経済が没落した大きな原因の一つとなっている(*1)。1990年代後半からそのような雰囲気ができ始め、2003年-2004年に溝口財務官がアメリカのテーラー財務次官の承認の下、35兆円の円売りドル買い介入を実施して以降、日本が介入する際には、アメリカの許可が必要であるという事実上の約束が、出来上がっていた。そうした約束は、G7、G20の財務相・中央銀行総裁会議の声明文などの中で、何らかの文言の形で含まれるようになった。そうしたG7、G20の声明文や、その他の不文律により、介入は、日本が単独で実施することができず、最低限、アメリカ、場合によってはヨーロッパの許可が必要になってしまっているのである。現在のように、為替レートが戦後最高値より安くなっている状況で、日本がアメリカに介入の許可を求めても、アメリカが介入の許可を与えるはずがない。従って、現時点において、日本が介入を実施することは不可能なのである。そのことを、日本経済新聞では、「7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議などの場で米国からクギを刺された」と表現しているのである。過去10数年間、そして現時点においても、日本が介入を実施するためには、最低限アメリカの許可が必要なのである。

問題は、中川氏がG7とG20の会議に出席していた2008年10月-2009年2月の間、アメリカが日本から介入の要請があった場合、許可を出していたかどうか、という点である。私は100%の確率で許可を出していたと断言できる。その理由がたくさんあるからだ。

2008年9月15日にリーマンブラザーズが破綻し、その後半年くらいの間、アメリカはドル安の発生を極度に恐れていた。その証拠として、2008年10月8日、バーナンキFRB議長は、ECB、BOE,カナダ中央銀行、スイス国立銀行、スウェーデン中央銀行に協調利下げを呼び掛け、同時に0.5%の利下げを実施した。アメリカの金融政策の変更は、アメリカが単独で実施するのが通常の姿である。なぜバーナンキ議長は、他国に協調利下げを呼び掛けて実施したのであろうか。これは、アメリカが単独で利下げを実施した場合、ドルの為替レートが急落することを恐れていたからである。アメリカのドルは、第2次世界大戦以降、一貫して世界の基軸通貨であり、基軸通貨であるという特権をアメリカは保持し続けていた。ところが、リーマンショックというパニックが拡大する中、単独利下げを続けていたならば、世界各国は、信用不安があり、金利の妙味もなくなり、将来の価値が下がり続けるかもしれないドルを保有したがらなくなるかもしれなかった。その場合、ドル暴落が発生し、結果として、ドルが基軸通貨国の地位から転落することを、アメリカは非常に恐れていたのである。当時のアメリカ政府、中央銀行の高官のほとんど全てが、そうした恐怖感を抱いていたはずである。平時であれば、財務長官が「ドル高は国益」と発言しても、ドル安を望む政府高官も多数いたと思う。しかし、リーマンショック直後という100年に一度のツナミの影響を受けていた時期は、ドルが基軸通貨の地位から本当に転落してしまう可能性が、ある程度の確率で存在していた。そのことを、当時のアメリカ政府、中央銀行の高官たちが理解できないはずがない。そのため、バーナンキFRB議長は、5ヶ国に協調利下げを呼び掛け、実際に0.5%の協調利下げを実施した。この時、日銀だけが協調利下げに加わらず、結果として、ドルは日本円に対してだけは大幅安となった。この時の白川日銀総裁の判断ミスは、犯罪といってもいいほど重大なものであり、その直後の深刻な不況と、現在にいたるまでの日本の電機産業を中心とする製造業を、回復不能なものとする結果へと導いた。

2009年にオバマ政権が誕生し、クリントン国務長官が最初に日本を訪問した後、中国をも訪問した。2009年2月22日に、クリントン国務長官は、中国にアメリカ国債の購入継続を要請している。中国は、日本と異なり、リーマンショク前の2008年7月に、管理変動レート制から、ドルとの固定レート制に戻していた。つまり、中国は、アメリカから要請を受ける以前から、人民元の上昇を阻止するために、ドルとアメリカ国債を買い続けていたのである。クリントン国務長官は、そうした中国のアメリカ国債の購入を、今後も続けてもらうことを確実なものとするために、改めてアメリカ国債の購入継続を要請したのである。2009年2月22日の段階でも、まだアメリカの金融市場は不安定であり、アメリカは、外国政府、中央銀行が、ドルとアメリカ国債を買うことを強く望んでいたのである。中国は、アメリカにとって軍事的には潜在的な敵国とも言える立場にある。しかも、その直前の2009年1月22日に、当時のガイトナー財務長官候補が、「大統領は中国が自国通貨を操作していると信じている」と発言していた。従って、オバマ氏は、大統領になる直前までは、他の多くのアメリカの国会議員と同様に、中国の為替介入がアメリカの国益に反すると信じていたのである。ところが、大統領の地位につくと、アメリカの金融危機の深刻さを理解し、180度意見を転換し、中国にドル買いの継続を要請したのである。アメリカはドル買いを中国に要請して、日本には要請しなかった。この差は、円安が発生した場合、ビッグ・スリーの再建がより困難になるという事情があったからであろう。しかし、ビッグ・スリーの再建などよりも、ドルが基軸通貨の地位を失わないということの方が、アメリカにとって、はるかに重要な価値であり、国益であったはずだ。従って、日本の方が、1995年秋のようなドルの押し上げ介入容認を要請した場合、アメリカが拒否していた可能性はゼロではない。しかし、日本の方が、円高進行阻止のためだけのドル買い介入を要請した場合、アメリカがその要請を拒否することは、100%ありえなかった。中川氏が4度のG7、G20に出席したのは、アメリカの協調利下げと、クリントン国務長官の訪中の間の時期である。この時、中川氏がアメリカに円高進行阻止のためのドル買い介入の許可を要請した場合、アメリカが許可を出さないはずはなかったのである。「円売り介入 米が封じる」は、アメリカの原則であるが、中川氏が財務相を務めていたリーマンショックから数カ月間は、例外の時期であった。それから約1年後の2010年3月11日に、オバマ大統領は、輸出倍増計画を発表した。この時、アメリカの金融危機は確実に遠のき、オバマ大統領は、本音の部分ではドル安を武器に輸出を増やそうと考えるように変化したのである。「円売り介入 米が封じる」という元の立場に、アメリカは完全に復帰したのである。

さらにまた、2010年9月に民主党の管内閣が為替介入を実施しようとしたが、当時の玉木財務官は、介入の許可の求め方が分からず、溝口元財務官にその方法を教わっている。引用記事では根回しという言葉を使っているが、その実体は許可である。玉木氏は、中川氏が財務相であった時期には、国際金融局長であり、篠原財務官のすぐ下で、介入を実施する担当でもあった。その玉木氏と篠原氏が、介入の許可の求め方がわからなかったということは、中川氏が財務相の時期で、円高が急激に進行していた間、日本がアメリカに介入の許可を求めたことが、一度もなかったことの証拠である。ただ、2003年-2004年は、日本の財務官とアメリカの財務次官との合意であったが、2010年以降は、日本の財務大臣とアメリカの財務長官との合意というように、合意する担当のランクが切り上がることになった。合意と言うのは、この場合は、許可がおりるという意味である。こうした状況証拠があるので、中川氏が財務相の時代に、介入を実施しようとしたことがあったとは考えられない。

一方、ネット上では、2009年2月14日にローマで行われたG7の後、中川氏が、深酒居眠り会見をし、辞任に追い込まれたのは、中川氏がアメリカからの国債購入という要求を拒否したため、アメリカが仕組んだ陰謀に引っかかったという説が流れている。その説を一部裏付けるような記事を、9月22日に、産経新聞の田村秀男氏が書いている。この記事の中の、中川氏が「日本は、キャッシュ・ディスペンサーにはなるつもりはない」という発言を、アメリカが日本にドルとアメリカ国債の買いの要求をしたが、中川氏が拒否したという意味ととらえ、一種の陰謀説となっている。産経新聞の記事が正しければ、中川氏が、日本経済新聞の記事の内容と、180度異なる発言をしていたことになる。ただ、日本はキャッシュ・ディスペンサーにはならないという発言が、ドルとアメリカ国債購入という要求を拒否したという意味であるかどうかは、産経新聞の記事だけではわからない。介入は贈与ではなく、キャッシュ・ディスペンサーとは意味が異なる。日本はアメリカに資金を大量に貸してはいるが、資金を贈与しているわけでは、決してない。日本が大量にアメリカ国債を買うのは、円高進行阻止という日本の国益のためである。田村氏は、ドル買い介入と、全く次元の異なる消費税増税とを結び付けており、田村氏の認識には混乱があることが読み取れる。中川氏がアメリカからのドルとアメリカ国債の買いの要求を拒否したという説も完全な誤りである。

中川氏が財務相時代に、ドル買いを拒否した気配を感じたことは全くなかったが、同時に、ドル買い介入を実施しようとした気配も全く感じたこともない。従って、『「武士の情けで認めてほしいという気持ちはあった」と日本経済新聞社のインタビューに答えている。』というあいまいな記事の真の意味が、中川氏がアメリカに円売りドル買い介入実施の許可を要請したが、アメリカが認めてくれず、その時、武士の情けで認めてほしいと感じた、という意味であるとするならば、その記事は100%事実誤認の記事だと断言できる。

アメリカは、平時は日本の介入を容易に認めなかったであろうが、中川氏が財務相であったリーマンショックから数ヶ月間の大混乱期には、アメリカは、日本であろうが、中国であろうが、世界のいかなる国家、中央銀行、民間の投資家でも、ドルとアメリカ国債を購入してもらうことを強く希望し、ドルが基軸通貨の地位を失うことだけは絶対に避けたかったはずである。

11月17日の日本経済新聞の記事を読めば、日本のドル買い介入の要求をアメリカが拒否したように受け止められる。しかし、これは、9月22日の産経新聞の記事と同様に、真実であるはずがない。日本経済新聞社が、後世に残る歴史の中の、非常に重要な問題を、正しくないと思われる形で記録を残しているのは大問題である。中川氏の部下である財務省の高官たちは、ドル買い介入の許可の要請すらしなかった犯罪者である。中川氏と財務省は、白川氏と日銀とともに、リーマンックョック後の超円高を容認し、日本経済を無茶苦茶にしたA級戦犯である。そうした事実は、歴史として、後世に正確に伝えておかなければならない。


追記
11月17日の日本経済新聞では、上に書いた通り、「外需に活路を求めた米国が狙ったのは人民元の切り上げ」であった。一方、12月22日の11面の「シリーズ検証・危機は去ったか・リーマンショック5年」には、リーマンショック直後の国債発行の急激な増加の引き受け手として、当時のポールソン財務長官が、中国に求めたことが記述されている。11月17日の記事とは正反対の内容である。平時は、11月17日の記事が正しかったが、リーマンショックという危機に直面した時には、12月22日の記事が正しかった。11月17日の記事は間違いであったのだが、日本経済新聞社は、訂正していない。

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購買力平価から見た円相場 超円高による産業の空洞化(*1)


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ツイッターフォローありがとうございました
おかげで良いブログにめぐり合う事が出来ました

国益に関してはアダムスミス2世さんが書いてある事がもっともだと感じます
ほんとに家電が日本産業から消えるのは日本人としてつらいと感じました

企業の問題ではなく国策によって生き残っていけない状況は国として断固としてやってほしい部分だと思います

私は小さいながらも輸入業をやっておりますので、これまでの円高が追い風となっておりましたが、国益を考えるとやはりこれまでのアジア諸国に対しての超円高の中では空洞化が避けられない事はこちらのブログを読ませて頂き感じさせられました

企業として生き残りを考えれば、労働賃金の安い国に工場を作る事が必要になってきます
作っても赤字になるのであれば、作らないでしょう

円安にならなくても良いと考える企業が出てきたと言う記事も理解できる部分があります
私自身も円高であろうが、円安であろうが生き残る方法を考えるしか無いと感じて事業をやっています

国益と一企業の利益が比例しない、国益と国民の利益が比例しないと言った部分も多くあるような気がします

私は一国民なので、自分の身の回りの部分しか見えておりませんが、やはり国益を任されている人達には日本全体の収支を考えて行動してほしいと感じました

今後とも記事を楽しみに拝見させていただきます
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